041「戦国バツイチものがたり」



細川伊也(1568―1651)


細川藤孝の女。細川忠興の妹。天正十年(1582)、丹後の国人一色義有に嫁ぐが、間もなく賤ヶ岳合戦で一色家は柴田勝家に味方した。義有は、細川家の策謀によって宮津へおびき出され殺害され、一色家は滅亡する。伊也は家臣によって奪われ、実家に戻される。この時、夫の仇をとろうと、兄忠興に斬りかかったという逸話が残っている。その後、細川家と縁続きの神道家吉田兼見の子兼治に再嫁。浄勝院雄誉英光大姉。


◆細川藤孝の娘伊也を貰うことになった吉田神社の神主吉田兼治は、新婦を一目見た時からその魅力のとりこになった。なかなか勝ち気そうな女性である。ツンととりすましたようなところが新郎には、またたまらない魅力である。兼治にしてみれば、その高慢そうな新妻を何とかして屈服させたいのだが、凛とした伊也は兼治の軽いノリに対して軽蔑のまなざしを送ってくる・・・。

◆婚礼から二、三日たった頃、とうとう兼治が新妻に向かって言った。

兼治「おーい。ちょっと足を揉んでくれへんか?」
伊也「どうしてアタシがそんなことしなきゃならないんですか!?」
兼治「なんでって、妻が夫の足を揉むのに何の問題があるんや?」
伊也「じゃあ、かわりばんこにアタシの足も揉んでくださいな」
兼治「アホちゃうか。夫が妻の足を揉むなんて話は聞いたこともない。ばかも休み休み言わんかい。ハア。まったくはじめてのおなごだというのに、どうしてこうも強情な女性と連れ添うことになってしまったんやろ。うむ、これは一首できそうじゃな。エート・・・」
伊也「えーえ。どうせわたしは出戻りの後家でございますよ」
兼治「なにを怒っているんや? もしかして、おまえ・・・・・・あの日とちゃうか?」
伊也「キーッ それって、セクハラよ!」

伊也、兼治が手にした懐紙を取り上げてビリビリ破り、ついでに夫の顔に爪をたててひっかきまわす。

◆前の夫を謀殺された時、張本人の兄・忠興の鼻先へ短剣で斬りつけたほどのオテンバである。青っちろい公卿の兼治がかなうわけがない。打つ。蹴る。叩く。踏んづける。悲鳴をあげて抵抗する、というよりも無抵抗状態の夫をさんざんひっぱたいた挙句、

伊也「先に夫を謀殺されて、仏門に入る身を、父の命でやむなく嫁いでまいったというのに、何が悲しくて足など揉んでおれましょう!」
兼治「ど、どうする言うんや?(瀕死)」
伊也「実家に帰らせていただきます!」
兼治「か、帰るて・・・来たばっかりやないか?」

呆然とする夫を尻目に、伊也は憤然と婚家を出て行ってしまった。

◆嫁がせた娘が数日もしないうちに戻って来たという知らせを聞いた細川家では大騒ぎ。兄の忠興はとにかくこの妹が苦手。前にも懐剣で鼻のあたまを斬られたおぼえがある。あわてて屋敷から逃げ出してしまった。残されたのは父親の細川藤孝。

藤孝「やれやれ、わしがまたしても尻拭いをせねばならんのか」

◆なにしろ、丹後平定のためとはいえ、娘の最初の夫をだまし討ちにしているわけだから、藤孝も腫れ物にさわるように慎重に相手をしなければ、と思った。伊也を茶室に招いて、まずは感情を昂ぶらせた相手の心を落ち着かせる作戦に出た。

藤孝「伊也。そんなに兼治どのがイヤか」(言った直後にハズした思った藤孝)
伊也「シャレてる場合ではございません。あの人ったら、わたしに足を揉め、なんて命令するんですよ」
藤孝「兼治が足を揉めと言ったからといって、決しておまえを軽んじて言ったのではない」
伊也「そうかしら」
藤孝「家にあっては妻は夫に従え、ということを身をもって示したのだ。ちょっとは我慢して旦那の言うことを聞いてやりなさい。さあ、わかったら帰って、兼治どのの足でも揉んでおやり」

◆父に諭されて、伊也は夫が待つ吉田家へ戻った。出迎えた夫は、縦にみみず腫れが走った顔でせいいっぱいの愛想笑い。いきなりまとわりついてくる夫。

兼治「伊也ちゃーん。待ってたよー。やっぱり帰って来てくれたんやなあ!」
伊也「な、なんですの。これは」
兼治「ささ、足など揉んでやろ。横にならんかい。ほれほれ」
伊也「ちょっと、変なところさわらないで」

以来、吉田家では毎日、妻が夫に足を揉ませているということである。




*ただいまの吉田兼治・細川藤孝両氏の発言の中で不適切な部分がございました。お詫び申し上げます。

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