039「生きろ。シリ神と人間たちの戦い」



塙直之(1567―1615)


団右衛門、直次、長八。道号鉄牛。変名は須田次郎左衛門、時雨左之助。加藤嘉明に仕え、鉄砲大将として朝鮮の役に従軍。慶長五年(1600)、関ヶ原の合戦で軍令違反を犯したとして牢人。小早川秀秋、松平忠吉、福島正則らに歴仕したが、いずれも旧主嘉明の干渉によって退転を余儀なくされた。妙心寺の大竜和尚の下に参禅して鉄牛と号す。慶長十九年、大坂城に入城し、大野治房隊に属し、「夜討ちの大将」の名を高からしめた。翌年、和泉樫井の合戦で浅野長晟の部将亀田大隅・上田宗古らと戦って戦死した。


◆ひとり一話が原則(自分で自分の首を絞めている)となっている当コーナーで、塙団右衛門を登場させることは、実は非常に勿体無いことなのである。それは彼に関する逸話がけっこう残っているからだ。あれもこれもと迷うくらいで、それでいて、誰でもが知っているというわけではないから、実にお誂えむきなのだが、そうそう先伸ばしにするほどこちらもネタを持っているわけではない。ここらでご登場願うこととしよう。

◆福島正則の屋敷で奇怪な事件があった。トイレにモノノケが出没するというのだ。

家臣A「うわぁ―!!」(厠から袴がずり落ちたまま飛び出してくる)
家臣B「おいッ、どうした」(駆け寄る朋輩)
家臣A「や、やられた」(ずり落ちた袴に足をとられて転がる)
家臣B「出たか、モノノケか!?」(フンドシの白さが目を射る)
家臣A「無念。無念じゃあ」(むきだしの尻をふるわせて悔しがる)

◆噂を聞いた福島正則は内心面白くない。だいたい当代随一の武断派大名と自称する正則の屋敷内のトイレにモノノケが跋扈するとあっては名折れだ。仲間が知ったら物笑いのネタにされる。さっそくモノノケにでくわしたという家臣を呼んでたずねた。

酒くさい息を吐く福島正則の前に、うつむいた家臣がちぢこまっている。

正則「いったいモノノケとはいかなる奴じゃ。姿を見た者はおらぬのかッ」
家臣「それが・・・ちといいにくいことでして」
正則「いかがいたした?」
家臣「さっ、さわられてしまったのでござる」

家臣、涙目になる。

正則「さわられた?」
家臣「はっ。し、尻をこう・・・ぺろりと撫でられてしまったのでござる」

眼前でその時の瞬間を忠実にシミュレートする家臣に、正則が脇息を投げつける。

正則「尻をなでられたぐらいで、悲鳴をあげ卒倒するのか、おぬしらはー!!」
家臣「お、おゆるしを〜」

◆とはいうものの、家臣一同恐れて、夜中にトイレへ行かなくなってしまった。なんでも尻をなでる手は毛深くて、爪が長かったということである。中には、尻にみみずばれが残った者もおり、タタリ神にタタリをもらった、と同じ被害者たちの間でも同情を集めた。

◆ある時、福島正則を慕ってやって来た塙団右衛門直之。天下に名を知られた豪傑である。狭量の主人加藤左馬助を見限っての浪々の身の上。福島家の武断派らしい家風が性にあって、居心地がよさそう。正則のすすめもあって、しばらく根をおろすことにした。さっそく家中では団右衛門の歓迎会が催された。

◆夜半を過ぎたが宴はたけなわ。ふと、団右衛門が立ち上がった。

家臣C「団右衛門どの。いずこへ行かれるのか?」
塙直之「厠」
家臣D「か、厠ッ。いかん、やめとけ。モノノケが出るぞ」
塙直之「モノノケだと。面白い?」
家臣C「厠へ行ってなんとする?」
塙直之「曇りなきマナコで見すえるのじゃ」

◆小姓が手燭を団右衛門に手渡した。団右衛門、同輩たちの制止をふりきって、厠へ向かった。団右衛門が厠へ入ると、用を足す場所に二抱えほどもある松の大木があった。葛が生い茂り、松の梢は十二、三間ほどもある。その梢を伝ってくる音がして、団右衛門はきっとそちらを睨んだ。

塙直之「さては、こいつが評判のモノノケだな」

その顔は朱を塗ったように赤く、眼光は鏡のように輝き、剥き出された牙は鬼面のごとし。

◆団右衛門が尻を出したのを見計らって、モノノケの手が伸びた。団右衛門の尻を毛むくじゃらの手が撫で回す。やおら団右衛門、サッと身をかわして、伸びてきた手をむんずとつかんで引っ張る。たちまちおこる凄まじい殴り合い。

◆騒ぎを聞きつけて、福島家の家臣たちが抜刀して駆けつける。

家臣C「出会え、であえッ」
家臣D「モノノケじゃ、モノノケが出たぞぉ」

◆団右衛門と格闘していた黒い固まりはたちまち手足を押え込まれてしまった。

家臣E「どれ、モノノケのつらを見てやろうか」
家臣F「いずれの神かは知らねども、かしこみかしこみ、申す・・・」
手燭を近づけると、浮かび上がったその顔は・・・
「ウキッ」
・・・猿だった。

◆団右衛門はモノノケを退治したことで広島中の話題となったが、なぜか浮かない顔。時代は「生きろ。」から「適当」に移りつつあった。

塙直之「いにしえの源頼光は鬼、源頼政は鵺、俵藤太がムカデ。近くは岩見重太郎が狒々を退治したというのに、おれっちは猿か・・・わしも広島をサルかのう」




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