031「流行ってます、鬼十河カット」



十河一存(?―1561)


長正、之虎、又四郎、左衛門尉、民部大輔、讃岐守。一存の名は「かずなが」あるいは「かずまさ」とよまれることがある。三好元長の四男。讃岐の国人十河景滋の養子となる。兄長慶を助けて天文十八年(1549)、摂津江口の戦いで一族の三好政長を討ち、管領細川晴元の政権を崩壊させて、将軍義輝を近江へ追放。讃岐を根拠地に、備前にも進出、猛将として知られ、「鬼十河」の異名をとった。永禄三年(1560)、河内守護の畠山高政を追って河内国を領国支配下におさめたが、翌年、有馬温泉で療養中に落馬事故がもとで急死したと伝えられるが、讃岐の十河城内で没したとの説もあり、墓も城内の一画(現・称念寺)にある。法名清光院殿春月宗円禅定門。室は関白九条稙通の女といわれる。実子義継は長慶の養子になり、兄義賢の子存保が養子として十河氏を継いだ。


◆江戸時代中頃のこと。戦国の余風も人々の暮らしや風俗から消えかかった泰平の世に、とつぜん「十河額」なるものが流行した。月代(さかやき)は、「月額(つきびたい)」ともいう。月代はエボシをかぶった時に前髪がはみ出ないように半月形に剃刀で剃ったり毛抜きで抜いた(痛)、というのが起源ともいわれる。庶民に定着して「成人のしるし」となるのは、江戸時代のことである。

◆平和な世になれば、かえって荒々しい時代の精神を共有したい欲求は増すものなのかもしれない。若者たちは、戦国の猛将といわれた十河一存が、月代をひろく、四角く剃り込んでいたのを真似して「鬼十河の武勇にあやかりたい」とヘアスタイルをかえはじめたのである。

◆鬼十河、十河一存がそう異名をとったのは、讃岐国の国人寒川氏との戦いであった、といわれる。

◆この戦いの最中、十河一存は左腕を負傷した。戦況をにらみながら、彼は傷口に塩をすりこみ(キャー)、その上から藤の蔓をぐるぐる巻きにして固定した。「治療」が終ると、また何食わぬ顔して戦闘を続け、やがて勝利を得て、平然と帰陣してきた。

◆この時から一存は、「鬼十河」または「夜叉十河」と、その猛勇を世にうたわれることになる。三好氏が主家細川家を完全に凌ぐことになる摂津江口の戦いでは、一存は三人の兄たちを差置いて勲功第一とされた。この一戦で三好氏は畿内を制圧、入京を果たした。将軍足利義輝は近江へ逃走した。三好一族は名実ともに畿内の支配者となったのである。

◆さて、泰平の世。十河一存にあやかり、月代を大きく剃った旗本(小普請組、つまりは無役あたりか)の二男坊、三男坊たち。

旗本奴A「おお。かっこえー!」(旗本奴Bの四角い前額部をなでつつ)
旗本奴B「いいぜ、いいぜー!」(旗本奴Aの剃り込みのラインを指でなぞりつつ)

肩をいからして、往来をのし歩くふたり。どうだい、と商家の娘に見せびらかすが、周囲は逆にひいてしまう。現在もタレントと同じような格好して歩いている若い人たちがいるけど、彼等のことは笑えませんねえ。

◆しかし、十河一存は別に目立ちたがったり、とりわけ伊達者であったというわけではなかった。彼は脂性だったのかもしれず、長時間、兜をかぶっていると、オデキができた。汗でべとついた頭髪が兜の下でむれてしまうのが原因だったらしい。現在でもF1レーサーやライダーに頭のうすい人が多いでしょう?長時間、ヘルメットかぶっているのだからね。兜もけっこう頭髪には負担をかけるものなのだよ。

◆特に汗っかきの一存の場合は、夏場がきつかった。かゆい。臭いもたまらない。そこで、前髪をぜんぶ引き抜き、さらに月代を大きく広げて剃ってしまった、というのが「十河額」の起源だったという。

◆島津氏もそうだが、長慶、義賢、安宅冬康、一存の三好四兄弟もなかなか結束が固い。しかし、ひとつだけ意見があわないことがあった。長慶が重用している松永久秀を、三人の弟たちは好いていなかったのだ。

◆一存は瘧を患って、有馬温泉に湯治中、松永久秀の見舞いを受けた。この時、有馬権現へ詣でる一存が葦毛の馬に乗っていたのを見て、久秀は言った

久秀「権現様は葦毛の馬を嫌うから、別の馬に乗りかえられい」

一存は虫が好かない久秀の言うことなど聞かずに出かけ、落馬してしまった。今度ばかりは塩をすり込んだわけもないだろうが、この時の傷がもとで急死した、という。兄たちの年齢から類推すれば、まだ三十前後であったろう。すぐ上の兄安宅冬康も、久秀の讒言によって長慶に誅殺されている。一存のあっけない死も、なんだか非常にあやしい話である。もっともこの話もそのまま信用するわけにはいかない。死亡したという日(三月、四月、五月など)もまちまちである。しかも、一存の墓は今でも讃岐の彼の居城の一画にあり、彼は城内で亡くなったといわれているからだ。

◆ちなみに百貨店の「そごう」は、「十合」と書いて、江戸時代の天保年間に大坂で開業したものだ。鬼十河とは何の関係もない。店内で月代を広く剃った方を見かけても、間違っても「あ、十河額だ!」などと指差してはいけません。


XFILE・MENU