021「犬は知っていた」



百地丹波(?―1581?)


藤林長門とならぶ伊賀の上忍。服部氏の支流で同国喰代村を本拠とし、大和国との国境近い竜口城をおさえていたといわれる。天正九年(1581)の織田信長による伊賀攻めで徹底抗戦し、討死したと伝えられる。石川五右衛門の師匠・百地三太夫のモデルとされ、『絵本太閤記』などに登場する。墓は百地丹波の砦跡とされる喰代砦の麓・青雲禅寺と伝えられ、過去帳には法名本覚了誓禅定門とある。


★『猫は知っていた』ならば、ミステリーになるが、「犬は知っていた」というとどうも昔から利口モノとして民話などに登場するせいか、

「知っててあたりまえだろうが」
「キャイーン」(蹴っとばした)

という気もする。まあ、昨今の犬はろくにしつけもされていないので、道の真ん中に大きいのをシテいくバカばかりだ。(筆者注:犬のフン害については『天才柳沢教授』第一巻という論考がある)

★映画「もののけ姫」の中で乙事主という巨大イノシシが、「わしの一族をみろ。みんなからだが小さく馬鹿になりつつある・・・」と嘆くシーンがあるが、わたしに言わせれば「近頃のワン公を見ろ。みんな鎖につながれ、人ン家の玄関にまで排泄しておる・・・」
が、家人に聞いたところ、ドイツでは犬はきちんとしつけられているので、主人が買い物している間、おとなしく外で待っているそうだ。そういえば、彼の地で犬を散歩させている人々を結構見かけたが、吠えかかられたことはなかった(^^;。

★猫はいまだにミステリアスな一面をかろうじて保持しており、「こいつ何考えてんのかなー」とこちらの頭をひねらせるところがある。しかし、犬は
「腹減ってんのか、さっき食ったばかりだろー?」
「吠えりゃエサくれると思ってるのか。まとわりつくな、うっとうしい!」
とたいてい、あちらの要求はわかる。親戚が飼ってる犬なんか、家族が二晩以上、留守にするとさびしくて食物ものどを通らないってくらいだからね(笑)。おまけに「お腹掻いて」と要求してくるくらいだ。(かわいいけどね)

★もう、おわかりだろうが、わたしは犬より猫のほうが好きなのだ。

★しかし、今回は犬も利口だった頃の話。

★百地丹波といえば、某シミュレーションゲームで「暗殺の名手」として重宝している方もいらっしゃることだろう。当ページにおける戦国ランキングでもなかなか人気がある。彼は百地三太夫として知られているが、三太夫は江戸時代の書物に出てくる架空の人物らしい。とはいえ、実在した百地丹波をモデルにしたであろうことは想像できる。

★その百地。丹波のことであったか、一族の別の男だったかはわからないが、京都にのぼった折、みやこで言い交わした女があった。もちろん伊賀には妻が待っているので、不倫である。まあ、当時はそういわなかっただろうが。やがて、「役がとけて」というから御所にでも仕えていたのだろうか。伊賀へ帰ることになった。

★しかし、女は連れて帰れない・・・。ところが、京都の女のほうも百地のことが忘れられず、とうとう押しかける格好で伊賀へ来ちゃった。この時、女についてきたのがペットとして飼ってた犬。種類は不明だ(とはいっても、コリーとかシベリアンハスキーとかプードルなんかを想像しないでほしい)。

★案の定、百地の妻が嫉妬して、この女を家来に命じて殺害してしまった。ひょ〜、忍びの女はこわいよ。事情を知らない百地(案外、人のいいおっさんだったのかもね)は女の姿が見えないので、あちこち探してみた。しかし、女の死体は百地の妻が隠してしまっていたのだ。ウーン、くノ一は証拠を残さないのか。

★ところが、京都から女についてきた犬が、ここほれワンワン、ここほれワンワン(演出効果)と百地に教えたので、百地は犬が示す場所を掘ってみたところ、

「大判小判がザァーック、ザァーック、ザックザク♪」

・・・な、わけないだろ。

★女の変わり果てた姿を目にした百地は、なげき悲しんで、別の場所に遺体を葬り、シキミという木を植えた。そこでその地は「シキミ塚」と呼ばれるようになったという。『三国志記』にみられる話だが、『禁賊秘誠談』などが伝える話はもっと変わっていて、弟子の石川五右衛門が「百地三太夫」の妻と内通し、百地の愛妾式部を殺害、遺体を井戸へ放り捨てて逐電したという。

★いずれにしても謎多き老忍者・百地丹波(三太夫?)に「女房や弟子によって愛人を暗殺されちゃう」ような悲劇的な逸話があるとは意外である。おお、そうだ。犬で思い出したが、数年前の大河ドラマ「秀吉」のオープニングでパグという種類の犬が登場したが、「パグって、戦国時代にいたのー?」という投書を新聞か何かで見かけた記憶がある。結局「いた」のだろうか?


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