過去ログ1451番目から1500番目までの記事です。
「名将の夫人たち」という特集ですが、もちろん真田家からは小松 姫はじめ真田家三代の女性たちが登場しています。 700号記念(今月号は702号)とかで、創刊号〜701号までの 特集名一覧や、98年総目次は資料としても貴重かも。
「朗」でよろしいですか?「郎」でなくて? 真田太平記館は、長野県上田市にあるそうです。実際、行かれた 安房守昌幸さんや佐平次さんのレポート、あるいは過去ログに同 館のホームページアドレスなどが言及されていますので、ご参考 になさってください。
わしも、皆々様とお話したいのじゃが、お仲間にくわれてくれんかのー。それと、池波正太郎殿の、真田太平記記念館はどこにあるのじゃ?教えてくれんかのー。
>高遠にすれば良かった・・・(ちょっと後悔) 「浦和の佐平次さん」では、お江も探しづらいかも(笑)。
>首都圏版でもニュースになりました? NHKの夕方のニュース、全国版でした。 向井佐平次さん、安房守昌幸さん、写ってたかもー/^v^/ 上田のお蕎麦って、ホントにおいしそうですね!! どれ私も今生の名残に・・・(死ぬ気か) 個人所有の「城と合戦図」は見る価値ありそうですねー。博物館などではあまり お目にかかれないだろうし・・ ・・すごい財産だ!
>めちゃめちゃカブってるじゃないですか! >ちなみに儂の昼食はベンガルでした。 え、何時頃行かれたのですか?>昌幸殿 私は11時10分頃ベンガルへ行ってビーフカリーと コンビネーションサラダを食しました(ブランチです)。 うまかったっす。 その後、商工会議所の方へ行ったり、記念館に2回入り直したり、 1時には駅前でまた真田陣太鼓聞き直したりして過ごしました。 思わずH2Oのコンサートも聞いちゃったし・・・ 4時に小腹が空いたので刀屋へ直行。 しかし、準備中! なぜだぁぁ 以前は開店から閉店まで休みなくやっていたのにぃぃ 池波正太郎氏も人混みをさけて3時4時に行っていたのに・・・ そこで、福昇亭へ行って焼きそば食べて 車取りに上田城まで行ってもう一度刀屋へ行きました。 やはり、上田行ったからにはかも煮ともり蕎麦ははずせない・・・ >で、対面されたんですか?昌幸さんと佐平次さん? お会いしていませぇぇん。 商工会議所内で真田太平記のストーリーを陶芸で模したものを展示していましたが、 そちらの方の記帳に 浦和市 向井佐平次 と書いてきました。 高遠にすれば良かった・・・(ちょっと後悔)
>何新聞?? 朝日新聞の朝刊でした。 佐平次さん、安房守昌幸さん、レポートありがとうございます。 地元の人って、結構知らないもんですよね。存在は知ってても、 行ったことがない、という人が大勢いると思います。 わたしとしては、氏の遺品よりも、「戦国時代の城と合戦絵図展」 が心ひかれるなあ・・・ しかし、年の瀬もせまったこんな忙しい時じゃなく、雪融けのころ にやってくれればよかったのに・・・。 で、対面されたんですか?昌幸さんと佐平次さん?
池波正太郎真田太平記館、行って来ました。 儂の行動は・・・向井殿の行動参照。 めちゃめちゃカブってるじゃないですか! ちなみに儂の昼食はベンガルでした。 で、感想。 池波正太郎館とは言うものの、氏のエッセイや作品を読んでいれば 知っていることが多く、ネタかぶってるなぁなんて思いました。 しかし、氏が使用していた物が展示されてたり、直筆の絵が見られることは重要。 ファンならば是非行っていただきたい場所です。 同時企画の「戦国時代の城と合戦絵図展」はマジで驚きました。 様々な資料に載っている城絵図なんかの原本がズラリ! しかもそのほとんどが個人所有とのこと。 ふぇぇ、よくもまぁ、残ってること・・・ってな感じです。 正直、こっちの方が目玉かも・・・うむむむ。 そう言えば、地元民の反応が気になりました。 朝方には「なんか今日やってるで、これ」なんてババァが騒いでるし、 周りの商店街は「あんなのやったってねぇ・・・」なんて言ってる始末。 開館記念と言うよりは、お祭りで何か食える! って、喜びの方が強いように思えました。 まあガキとババァじゃ是非も無しってところでしょうが。 とにかく! 皆様も是非一度足をお運び下さい。やっぱ、楽しいんで♪ イベントコンパニオンは儂の後輩がお出迎えいたします。 あ、コンパニオンは開館日しかいないか・・・残念。 では。
>いよいよですね。新聞でも紹介されていました。 何新聞?? >ニュースでも「池波正太郎・真田太平記館」のオープンをやってましたね。 首都圏版でもニュースになりました? テレビ局が取材していたのは見ていたのですが・・・ テープカットも脇から見ちゃいました。
0時30分に浦和を出て上田を目指しました。 5時30分に池波正太郎・真田太平記館の前に到着、その後別所温泉で朝風呂。 近くの旅館の旦那衆がたくさんいらっしゃいました。 7時には上田城公園に戻って1時間30分ほど仮眠しました。 9時30分からオープニングセレモニーが始まりました。 真田陣太鼓が足下からずっしり響きました。 さて、本題の方ですが必見の価値あり! ただ、人が多すぎてゆっくり見られませんでした。 もう少し落ち着いてから再度行って来ます。 池波氏の書斎の引き出しの中身もわかっちゃったし・・・ 直筆の年賀状も十二支揃って煙草吸っているし… 真田関係直筆ノート、真田太平記以外の真田ものを年表に整理してあったり 上田周辺の地形模型もビデオ付きで紹介。 ギャラリーでは真田太平記の挿し絵の原画が見られます。 期間限定(〜平成11年1月17日)で自筆画展、 剣客商売包丁ごよみをやっています。 上田商工会議所では開館記念として 真田太平記の舞台 ”戦国時代の城と合戦絵図展” を11月29日までやっています。 記帳するところが2カ所あったので、 受付嬢のいるところでは本名書いたけど、そうでないところでは ハンドルネーム書いてきました。 (^^;) 帰りがけに刀屋へ寄ってしまった。 1週間前の同じ格好で行ったからなぁぁあ・・・ おばちゃんに怪訝な顔されたぁ
ニュースでも「池波正太郎・真田太平記館」のオープンをやってましたね。 大盛況のようでおめでたいことです! 行かれた方、ご感想をおまちしていまーす。(^^)
>池波正太郎・真田太平記館のオープニングのために >夜通し車を走らせ(途中のSAで寝るけど…)、 いよいよですね。新聞でも紹介されていました。 体験レポート楽しみにしております。わたしも来年行くつもり。
上田にいってきま〜す。 池波正太郎・真田太平記館のオープニングのために 夜通し車を走らせ(途中のSAで寝るけど…)、 別所温泉で朝風呂に入り、9時ぐらいから館の前で開くのを待ちます。 幸村ゆかりの石湯は年内改装中なので他の外湯に入ってくる! お昼はベンガル(カレー屋)or福昇亭(焼きそば絶品)で取る予定。 小腹が空いたら刀屋へ! 詳細は明日のこの時間に… 上田でオフ会??>昌幸殿
>「池波正太郎・真田太平記館」のオープンまであと3日と迫りました。 >上田市観光課のHPもやっとのことで更新され、新しい情報もチラホラ。 >先週上田に行きますと、いつの間にやら宣伝ポスターがあちこちに。 そう、14日に行ったときに刀屋さんにも貼ってありました。 池波正太郎氏の取材旅行のシーンです。 上田商工会議所でも戦国の城展?が同時開催される模様 >前日に上田に帰省し、当日は開館セレモニーやらを見て、良さげなお土産を漁る予定です。 おぉ、お会いできるかな?>昌幸殿 私も23日、早朝出発します。 開館セレモニー混むかな?? 車は上田城公園に止める予定。 その前に別所温泉に行ってきま〜す。
こんばんわ。 久しぶりに書き込み致します。 「池波正太郎・真田太平記館」のオープンまであと3日と迫りました。 上田市観光課のHPもやっとのことで更新され、新しい情報もチラホラ。 先週上田に行きますと、いつの間にやら宣伝ポスターがあちこちに。 ああ、いよいよなんだなと思いました。 前日に上田に帰省し、当日は開館セレモニーやらを見て、良さげなお土産を漁る予定です。 ではでは。 上田市観光課 http://www.city.ueda.nagano.jp/shokoka/osirase/ienami2.htm
>雑誌「太陽」。今回は「そば特集」ですが、残念ながら刀屋は載っ >てませんでした。そのかわり、池波さん御贔屓の「神田・まつや」 >が大きく紹介されています。 私もチェックしていました。 刀屋載ってないかなぁぁって・・・ まつやが載っていたのはうれしかったけど… 今度、太打ちと卵焼きを予約して行って来ますかね・・・ もちろんお銚子いっぽぉぉん
>三楽堂さん >昔から気になっていたんですけど、真田十勇士って一応、虚構 >だから、描きかたも作家によって千差万別ですよね。もっとも際 >立つのが十勇士の素生と大坂の陣での動向です。 私は未だに司馬遼太郎説である、猿飛佐助実在説を信じており、 即ち猿飛佐助は三雲賢春佐助だと思ってるんですが・・・
昔から気になっていたんですけど、真田十勇士って一応、虚構 だから、描きかたも作家によって千差万別ですよね。もっとも際 立つのが十勇士の素生と大坂の陣での動向です。 まあ、オリジナルが「立川文庫」ということになるんでしょうかねえ。 わたしが読んだものでは、たいてい猿飛佐助が生き残ってます ね。百科辞典にはたいてい「大坂夏の陣で戦死した」とあるけど。 柴田練三郎原作のNHK人形劇で死んだのは、幸村と穴山小助 と由利鎌之助だけ。柴練の原作だと、これに三好清海も、死ぬよ うな雰囲気だった(死ぬ場面は出ないけどね)。
吉川弘文館から復刻刊行中の「国史体系」のうち、『徳川実記』 の1巻・2巻を入手いたしました。ちょうど家康から家光のはじめ 頃までですな。幸村は大坂の陣の項に登場してます。
しし座流星群、みなさまはいかがだったでしょうか? わたしは、3:00頃に起きて、5:30頃まで見てました。30個以上 は見えたと思います。 NHKの人形劇「真田十勇士」は星との関連づけがされていましたね。 さて、情報です。南條幹雄の『謀将真田昌幸』が角川文庫化され ました。上下巻です。昌幸が主人公というのも少ないのではない でしょうか。(どうも幸村は温泉場で女を♂♀するのが好きみた いです。あ、太平記の場合は、逆に女に♀♂されたのか。爆) 雑誌「太陽」。今回は「そば特集」ですが、残念ながら刀屋は載っ てませんでした。そのかわり、池波さん御贔屓の「神田・まつや」 が大きく紹介されています。
>纐纈城綺譚 投稿者:やこめ 投稿日:11月18日(水)21時09分12秒 >とかいう本があるらしい(笑) >作者は、田中芳樹。 『神州纐纈城』のほうがはやいぞ。著者は国枝史郎じゃ。じゃが、 もとの伝承はもっと昔からあるのだ!
とかいう本があるらしい(笑) 作者は、田中芳樹。 ゴミでした(^^ゞ
>伊豆守信之を忘れないでぇぇぇ 鈴木右近とふたりっきりでいくのでは?あまり団体でワイワイや りそうにもありませんし・・・(笑)。 ところで、樋口角兵衛は、源三兄ィと源二兄ィのどちらが好きだ ったんだろう? 流星観測帰り(20個ちょっと、といったところか?)で、芯まで冷えている・・・。
>佐平次さん、年間に何回「刀屋」へいらっしゃってるんですか!? 今年だけで3・5・9・11月に1回ずつ行っています。 冬になると車で行く気がなくなる・・・ ただ単に帰り上田→真田→嬬恋→吾妻(岩櫃)→渋川伊香保(沼田)の ルートが凍結する可能性があるから・・・ 去年車を買い換えて冬はスタッドレスに履き替えるので 今度から冬も行けるぅ?? でも雪解けを待って春先に行くのもいいんだよなぁぁ 23日は朝早く出ていって別所で朝風呂、 10時のオープンまで上田城公園で時間つぶすのだぁぁ お昼はベンガル? お腹が空いたら刀屋でなんか食べて帰ろう… (^^;) >大助と十勇士ですか。 伊豆守信之を忘れないでぇぇぇ
大助と十勇士ですか。 メシを食いにいくのにこれほどナチュラル(笑)な集団もめずらしいかも。 ところで、佐平次さんは12人の中のどなたでしょうか。
>14日、予定外に刀屋へ行って来ました。 佐平次さん、年間に何回「刀屋」へいらっしゃってるんですか!? 12人・・・あ、幸村+大助に、十勇士だったのでしょうか?
14日、予定外に刀屋へ行って来ました。 高校時代の友人と草津へ行ったのですが、 食糧の買い出しをどうしようかというので、 「上田に行こう〜」 と提案し、駅そばのイトーヨーカドーで買い物、 刀屋でお昼を食べました。 12人で行ってしまった。 (。-_-。) カモ煮は誰もが絶賛! 23日はベンガルでカレーを食べてこようかなぁぁ
>池田さん >PCゲーム「信長の野望 烈風伝」・・・ え、また出るの。 睡眠時間が減ってゆく・・・ 今度は「上田合戦」「大阪の陣」イベントも加えてほしいもんです。
>左衛門佐ともーか様 こちらこそよろしくお願いします。
講談社漫画文庫から『真田幸村―真田戦記―』が発売。 これは、もう20年以上も前に描かれたものなのですが、このたび 復活したようです。原作者は鬼才・宮崎惇氏(この人の『消された 日本史』で光秀=天海説などを知りました)。 絵柄は今の漫画にくらべてちょっと古いかもしれませんが、話の 筋立てはほぼ史実どおりです。猿飛&霧隠が登場するのはご愛 嬌(笑)。
>呂宋助左衛門殿 りょーかい致しました。 でも差し上げる予定の「国盗り物語」はコピーでっせ。 まあ標準でダ○○グするつもりですが・・・ それと浪速紀行は私の過去のログ如きがお役に立てて光栄です。 あと、マイナーな所では私の家から車で15分のところにある塙団右衛門の墓とか 岸和田城近辺の「市場最強の鉄砲軍団である雑賀衆を葬り去った恐怖の蛸地蔵伝説の寺」 とか、笑いネタもあったんですがねえ。。。。 (歴史までも笑いに結びつけるのは大阪人が全て実は吉本興業の回し者だからです)
>池田さん はじめまして、左衛門佐ともーかです。 ハンドル名の通り、幸村(信繁)のファンです。 ごひいきに。 >向井佐平次殿 今年の「大阪冬の陣」はいつからでしたっけ? 六文銭の旗を持って参戦せねば。。。。。 (何で毎年あんねん)
>三楽堂さん >それと、あのへんは柿が名物なんですね。わたしが行った頃は、 > 二度ともGWだったのですが、六文銭フラッグがいっぱいたって >おりました。 えーと、和歌山県高野口町の隣町の「かつらぎ町」という所が、柿の生産日本一という話を 聞いたことがあります。 柿の葉寿司で有名な(押し寿司を柿の葉で包んだものです。) 高野口町の隣が確か九度山だったかな。 家から車で飛ばせば(ジェットコースターのような運転ですが)一時間くらいで九度山に 着くと言う事は、先日知りました・・・ でも、上田に比べれば、九度山もイマイチなんですよねえ。なんか。 おまけに真田庵のおばちゃん(尼僧のこと)は年中ストレスだらけみたいで小うるさいし・・・ まあ過去2回ほど「説教」のつもりで聞いてましたけど。
呂宋助左衛門様、メールを頂きました。ありがとうございます。 向井佐平次様、三楽堂様、歓迎のお言葉ありがとうございます。 このホームページを見たとき、真田氏のファンがたくさんいて、非常にうれしく 思います。 PCゲーム「信長の野望 烈風伝」が、発売が一ヵ月延期されてしまい、少し がっかりしている今日このごろです。
PCが直ったようで。わたしも98マシンがスタンバイしているにも かかわらず、いまだに旧マシンのほうを使ってます。メールとか、 いろいろしがらみがあって・・・。 >ひさしぶりの評定・・・じっくり見ようっと。 じっくり見て「ばっちり」書きこんでくださいませ。
>ましたので。ショウケースが古かっただけかもしれませんけれど……。 ああ、助左衛門さんの書き込みで思い出してしまった(笑)。 ほんとにおっしゃるとおり、ショーケースが古かった。でも、テレカ だけ買ってきました。見本は色褪せて、保護用のビニールがシワ シワになってたけど、買ったやつはちゃんとしてました。 それと、あのへんは柿が名物なんですね。わたしが行った頃は、 二度ともGWだったのですが、六文銭フラッグがいっぱいたって おりました。
パソコンの調子がいまいちで、ずっとご無沙汰してました。 ひさしぶりの評定・・・じっくり見ようっと。
>池田殿 メールを送りましたので、ご確認ください。 >左衛門佐ともーか殿 ダビングは一段落しているのですが、多忙な状況なのです。申し訳ありませんが、 1ヵ月ほどお待ちください。 ところで、その際、『国盗り物語』をいただけるのですか。ありがとうございます。 実は、『黄金の日々』で最も好きなのは近藤正臣の石田三成なのですが、彼の 明智光秀も大好きなのです。高橋信長に打ち据えられた後の悔しそうな表情など、 今も瞼に残っています。もっとも、これは歴史的云々ではなく、私のトラウマが 原因でしょう。くせ毛短髪なので、近藤正臣さんのサラサラ前髪にあこがれていた という。”オゾンホール”に脅える今日では、なおさらの感があります。(^_^;) ともかく、後日改めてご連絡しますので、宜しくお願い申し上げます。 それで、大阪ツアーの件ですが、今回は、ともーか殿の過去ログを骨子にした 旅でした。加えて昭文社の『ニュータイプ大阪区分地図』を携行したので、 迷うこともありませんでした。お気遣いのほど、ありがとうございます。 また、真田庵の土産品、これは迷ったのですが、結局買いませんでした。 もともと、土産はあまり買わないのですが、それにしても手にするのが憚られ ましたので。ショウケースが古かっただけかもしれませんけれど……。 土産といえば、10年前に上田の駅前で、「Happy Village」と入ったTシャツを 見かけました。六文銭も入っていたような気がします。あれだけは、買わなかった ことをいまだに後悔しています。「六文銭の旗」ともども、懸案事項ですね。 でも、パチっちゃぁダメですよ。正しく交易しましょう。(^o^) >三楽堂殿 こちらこそ、ありがとうございます。 しましょう福井ツアー実現の際には、再度アドバイスをお願い申し上げます。
>呂宋助佐衛門さん いつぞや暇になったら、私が持ってない分の真田太平記のダ○○グお願いします。 (あまり大声では言えないもんで) お返しは「国盗り物語」でどうですかぁ?? でも、まだ先の話ですね。 (依頼が混んでると思われますので・・・) その前に、自分の持ってるやつで、どれが欠落してるかさがさんといかん。 その前に、どこ行ったんだろうか・・・・ さて、浪速に来られたそうで、安居天神の場所はわかりました? 結構迷った記憶があり、自分はもう一度行けと言われても自身がない。(大阪人のくせに) あ、そうそう、真田庵で真田グッズは買いませんでしたか?? まあ、いろいろ置いてましたよ。 で、あと5月の5日に九度山では真田祭りがあるのですが、その際、 道路10mおきに「六文銭の旗」が飾られます。 パチってくるチャンスです!!!←(黙って取ってくるチャンスです) ちなみに、「真田祭り」とはいえども5/3、5/4あたりは人影もまばらというか 真田庵以外は殆どいません。 六文銭愛好会の方々、チャンスですねえ。 向井佐平次殿、勝手にそんなにようけ取ったらあかんでぇ。。。(爆)
当節では、ヴァージンなるものが逆に珍重(?)されているのかもしれ ませんが、戦国武将は必ずしも女性の純血にはこだわらなかった ようです。それよりも「確実に子供が産める」ことが大事だった。 てっとりばやいのが、すでに出産を経験している女性。つまり人妻 なわけですが、そうそう、戦国大名とはいえ、人のものをとるわけ にも参りません。そいうところは、現代の芸能人なんかよりも、よ っぽどケジメをつけていたのですね(笑)。 で、夫を亡くした寡婦に目をつける・・・と。 信長の愛妾・お鍋の方もそうだと書きましたが、家康も後家が好き です。
こんにちは、溝尾勝兵衛さん。 > あと小島兵部少輔の参考した資料は、歴史と旅の増刊で戦国大名城郭事典の >p240に久野雅司という方が書いています。 「歴史と旅」は手元にありましたので、久野氏の文章を確認してみ ました。おそらく谷口克広氏の『織田信長家臣人名辞典』を参考に したものですね。くらべてみるとわかりますが、この部分はほとん ど同じ文章です(笑)。谷口氏は「神戸録」「勢州軍記」を出典とし てあげていますので、これらに記載があるものと思われます。 (「勢州軍記」は手元にありますが、確認はしてません)
溝尾勝兵衛の子孫の方がいたんですね。私の知りあいにも百武賢兼の子孫が います。(苗字も百武) あと小島兵部少輔の参考した資料は、歴史と旅の増刊で戦国大名城郭事典の p240に久野雅司という方が書いています。
>11月23日は上田に行くぞぉぉ >池波正太郎・真田太平記館の開館日! おお!。先鋒は佐平次どのらしいですねえ。 年内に行かれる方は、ぜひ様子などを知らせてくださいませ。
お初にお目にかかります>池田様 向井佐平次です。 真田ネタとあっては書き込まないわけにはいかない・・・ >特にここに書き込んでいらっしゃる方は、真田にかけては詳しい >人たちが多いので、きっと話しも盛り上がることと思います。 > >どんどん増えてきましたね、真田ファン。 \ ^0^ / 11月23日は上田に行くぞぉぉ 池波正太郎・真田太平記館の開館日! 混むかなぁぁ・・・
どうぞ、これを機会にどんどん投稿してくださいませ。 特にここに書き込んでいらっしゃる方は、真田にかけては詳しい 人たちが多いので、きっと話しも盛り上がることと思います。 どんどん増えてきましたね、真田ファン。
初めて投稿致します. 検索エンジンで「真田太平記」で検索をして、こちらのページにたどり着きました。 数年前にNHKでこのドラマを見まして、真田氏の大ファンになり、原作も読みました。 しかし、終りのほうの回しか見ていないため、全部見て見たいなと今までずっと考えて いました。 ここに投稿されている呂宋助佐衛門殿は、真田太平記を全部録画されているそうですね。 ここでお願いがあるのですが、わたしにもぜひ真田太平記のビデオをダビングしていただきたい のです。何卒よろしくお願いします。 ぜひメール頂きたく思います。お待ちしております。
> ところで信孝の老臣に小島兵部少輔という人物がいるのですが、ある本に信孝の >異父兄と書いてあったのですが本当でしょうか? そうですか。信長は「後家」が好きでしたから、もうすでに子を産 んだ女性を側室にしたケースはありますね。 信孝の母「坂氏」以外ですと、お鍋の方とか。吉乃も子は産んで ませんが、後家ですよね。 溝尾勝兵衛さんが参照された資料は何でしょうか?執筆者によ っても真偽のほどがわかりますし(笑)。 ところで、わたしの親戚には明智光秀の家臣溝尾勝兵衛の子孫 がおります(笑)。いまだに世間をはばかって(爆)おります。
おかえりなさいませ、助左衛門さん。 > 各地の晴明神社を訪ねました。特に、京都の晴明神社では、星を観ていただいた わたしも三度ばかり行ったことがあります。 秋だかのおまつりも面白いです。巫女さんが榊にひたした湯を参 拝者にぶちまけたり(笑) 瓦は寄進しませんでしたが、ステッカーがたしか数組み、部屋の どこかにあるはずなんだけれども・・・・(笑) 九度山・高野山・大坂城のレポートありがとうございます。 また行きたくなりました。
はじめまして。 私は神戸信孝が好きです。信長の息子の中ではピカイチのものを持っていたと 思います。(フロイスも確か聡明な青年と褒めていたと記憶していますが・・) ところで信孝の老臣に小島兵部少輔という人物がいるのですが、ある本に信孝の 異父兄と書いてあったのですが本当でしょうか? 皆さんの中で何か知っている方がいたら教えてください。それでは。
ご無沙汰しております。 東京者にしてカープファン(BSならぬBWも好き)の呂宋助左衛門です。 ついでに、過去ログを前向きに読むのも好きです。(^o^) (矢古女殿、二の丸のアップ、ありがとうございました。 うかつにも、稲葉義男さんが亡くなったのを知りませんでした。合掌)。 さて、2週間前に帰京はしていたのですが、体調が悪いやらなにやらで、 今ごろのご挨拶になってしまいました。申し訳ありません。 もともと、今回は「安倍晴明ツアー」として企画していたのですが、 このHPに触発されて「真田幸村」のパートを追加し、豪華2本立ての の旅になりました。出不精の私にしては、画期的なことでした。 それで、現地の話を、以下に少々。 ☆九度山 確かにひなびていましたねぇ。忘れ去られたような雰囲気が漂っていました。 宝物館も、入るのがためらわれる感じがしました。でも、地元の小学生の 自由研究を見て、高野山にも行こうと思い立ちました(当初は考えていなかった)。 地味だけど、あれこれ想いを巡らせるのには、かえってよいのかもしれません。 また、道々の電柱カバーの十勇士のイラストが楽しく、お祭りの時には、街全体が きっと華やいでくれるのでしょう(と期待)。 あと、真田最中を土産として買ったのですが、用途通りに使ってしまい、私は、 賞味出来ませんでした。再訪せねばなりませんね。 ☆高野山・蓮華定院 前述のように、急遽訪ねました。お坊様にわざわざ上段の間まで案内して いただき、恐縮しながら見学しました。ちなみに、もともと屋根が傷んでいた ところに、先の台風で追い討ちを掛けられてしまったそうです。修復のご寄進を 募っておられたので、わずかながらご寄進をさせていただきました。 ☆大阪城 初めてではないのですが、じっくりと見学をしました。秀吉創建時と徳川再建 時のジオラマがそれぞれありましたが、城は秀吉/黒、徳川/白と塗り分け られていました。これが三楽堂殿が書かれていたやつだなと、ちょっと得をした 気分になりました。また、ここで平野にある幸村が六文銭旗を勧請した神社の ことを知りました。どんどんリンクしていくと浮き立つものはあったのですが、 意に反して体調がボロボロだったので、残念ながら行くのを諦めました。 ☆安居天神、三光神社、茶臼山 史跡はおおむねそうなのでしょうが、静かでした(天王寺公園には、カラオケが 鳴り響いていましたが)。兵どもが夢の跡なのでしょうか。ゆっくりと出来ました。 また、何がよかったかといって、その晩に『堂々日本史』が見られたことが一番 でしょう。見てきたばかりの所をテレビで確認するのも、おもしろいものですね。 木之元亮はおろか、草刈正雄をはじめにオールスターズに再会出来ましたし。 (ちょっと皮肉です。でも、映像オタクにはたまらないだろうなぁ)。 ☆その他 その他とは、元来の主眼、安倍晴明ゆかりの神社です。大阪、京都、名古屋と、 各地の晴明神社を訪ねました。特に、京都の晴明神社では、星を観ていただいた りもしましたし!! まあ、まさに個人的なことなのですけれども……。 なお、こちらも屋根改修のご寄進を募っておられました。もちろん、ご寄進させて いただきました(節操がないと思わなくもなかったが)。おまけ(?)として 非売品の晴明桔梗のステッカーを頂戴し、ウキウキと帰ってきました。 ただ、ひとつ残念だったのは、葛葉稲荷と聖神社に行けなかったことです。 高野山から向かおうとしたのですが、体が持ちませんでした。こちらも、 再訪を果たしたいと思います。 といった具合に、けっこう長々とした旅になりました。文章まで長々として しまいましたね。お詫び申し上げます。 実は、晴明ツアー第2弾として、福井の名田庄村に行きたいと考えていたのですが、 これまた幸村とのカップリングになりそうです。前途広がるHPですね。 みなさん、ありがとうございます。