花めぐり1-5 1(皇居)-2(浜離宮)-3(後楽園)-4(護国寺)-5(墨堤)-6(日暮里)-7(両国)-8(葛飾)-9(千住)-10(新宿) 11(増上寺)-12(目黒)-13(豪徳寺)-14(駒込)-15(板橋)-16(飛鳥山)-17(日野)-18(青梅)開催履歴へ 【1-20回へ】 トップページへ
【江戸歴史散歩の会 紹介文】 【コンパクト・デジカメによる花の撮り方ガイド 】都心エリア『千代田区、中央区、文京区』 1◆江戸城跡と大名藩邸跡を歩く------------------■↑top 和田倉噴水公園(チューリップ)→皇居外苑(黒松と芝)→二重橋→巽櫓→大手門→ 下乗橋跡→番所→百人番所→大番所→富士見櫓(シャガ、ホタルブクロ) →松の廊下跡(カンザン、ヒョウタンボク)→竹林(キッコウチク、キンメイモウソウ ) →本丸跡→天守台跡→二の丸雑木林(白山吹、紫陽花、ツバキ、) →二の丸庭園(ハナショウブ、サツキ、ウメ、コブシ 他)→梅林坂(白梅、紅梅)→平川門 →竹橋駅解散 【銀座・煉瓦亭】《洋食》 有楽町駅から徒歩約5分、銀座松屋の近くにある、明治38年創業の洋食屋。 この洋食というジャンルを日本で作ったというお店である。定番メニューはポ ークカツレツ。コートレットを日本人の味覚に合うようにアレンジした、トン カツの元祖。柔らかい豚肉がまとう、サックリとした歯ごたえの衣がたまらな い。 【有楽町・おかめ】《おはぎ》 東京交通会館を地下1階に下りる。おかめのお面が目印の座席数20席前後 のこじんまりとしたお店。レトロな雰囲気が漂う。注文してから作るおはぎは、 やはり王道の「あんこ」がお勧め。おにぎりの様なもち米、に少し甘めのつぶ あんが包まり、びっくりする大きさ。1個食せば充分満足できる。冷めてもお いしいが、できれば柔らかさも味わえる温かい内に食して欲しい。 【九段下・九段 斑鳩】《ラーメン》 地下鉄九段下駅から飯田橋方面へ。2つ目の信号を右に折れすぐにあるラー メン店。おすすめは、料亭でも使われている本枯鰹節をベースにした魚介系ス ープと、トリガラと豚骨の動物系スープを合わせたWスープが売りの「特製らー 麺」。モチモチとした食感の中太ちぢれ麺とまろやかな味わいのスープが絶品。 【神田・御菓子処さゝま】《松葉最中》 地下鉄神保町駅より徒歩約5分。駿河台下交差点そばにある、創業昭和6年の 老舗和菓子屋。おすすめのお菓子は、創業当時から作られている「松葉最中」。 しっとりとした皮の中に小豆の風味がしっかりと感じられる漉し餡が入った一口 大の最中。そのほか、月替わりで用意される季節の和菓子も楽しめる。 【歩き方アドバイス--1】 皇居外苑は日比谷入江といわれた埋立地だったため、平坦で歩きやすいコースで す。 江戸城は全国の大名に築かせたものですが、巽櫓、二の丸、と本丸御殿に近づく につれて、石は大きくなり、精緻に加工されていることに注目してください。東京 は関東ローム層で石はなかったため、当時の大名たちの運搬や普請の苦労は計り知 れません。黒い石は伊豆石、白い石は御影石ですが、白い石は西国の大名が忠誠の 証に領国からわざわざ船で運んで来た石です。 現在、皇居本丸、二の丸では貴重な花々が四季折々楽しめます 【寄り道-1】 江戸城の火事の跡 江戸は大火が頻繁にあり、幕末には本丸御殿も、天守閣も江戸城にはありません でした。慶応4年(1868)、明治天皇が江戸城に入城したときに本丸御殿は無く、二重 橋を渡り控えの御殿の西の丸に入城をしました。私たちが見る、皇居正門は江戸城 西の丸大手門であり、江戸城本丸の大手門は東御苑の入り口です。 火災の多かった江戸城跡には焼けた跡がいくつもあります。 大手門(戦災で消失、復元)から東御苑に入ると、渡櫓は総漆喰の耐火建築ですが、 内側の床が露出していて、下からは簡単に燃えてしまう作りです。当時の戦では内 側から火を掛けられることは有り得ないことなのかもしれません。 下乗橋際の番所を始め、大番所、百人番所も板張りの建物で火が掛かれば直ぐに燃 えてしまいます。 御殿玄関前の中雀門の石垣は火事に遭った跡があり、石垣が黒ずんで、はじけていま す。修理することも出来ずに開城した幕府の動揺を感じます。 案内板に御殿の図面があり、本丸御殿は10,000坪以上、本丸の大半を占めていました。 今のこっているのは、天守台、大奥跡の井戸、建物は多聞だけです。天守閣は家光の 時代に現在の場所に築かれ、明暦の大火(1654)で焼失しました。今ある天守台の石垣 は四代家綱が加賀前田藩に命じて再建させたものですが、天守閣は再建されることは 有りませんでした。 天守台に登ると、内部の石垣が見えますが、三代将軍家光時代に築かれたものです。 外部の石が御影石で出来ているのに伊豆石で出来ています。この天守台の石垣も本丸 御殿の火災で火が掛かり黒ずんでいます。30tを越える石垣をはじけさせる火災の凄 まじさが分かります。本丸周辺部も土居になっていて石垣がありますが、いずれも火 災の跡を見ることが出来ます。
2◆浜離宮、銀座、京橋あたり------------------■↑top 新橋駅→土橋跡→金春通り→新橋跡(銀座の柳) →浜離宮庭園(ソメイヨシノ、菜の花、関東タンポポ群落、タブノキ、三百年の松) →築地市場前→新橋演舞場→采女橋(ハーブ園、フキノトウ、カキ、カリン) →狩野画塾跡→歌舞伎座前→万年橋→祝橋→亀井橋(サクラ)→三吉橋→弾正橋 →京橋跡→銀座発祥地→尾張町跡→南町奉行所跡→数寄屋橋跡→泰明小前 →有楽町駅解散 【築地市場・丸武】《卵焼き》 築地場外市場に店を構える、卵焼き専門店。緑地に黄文字ののぼりが店先に 並び、初めて訪れてもすぐにわかる。 演出家・テリー伊藤の実家としても有名で、三代目の現店主は実兄である。 ダシの入った甘い厚焼き玉子で、種類もプレーン・海老・三つ葉・青海苔など 豊富。ふわふわとした食感、滑らかに口の中で解れていく舌触りは冷めてもお いしい。 【銀座・新富寿司】《寿司》 昭和二年創業。新橋の「新富鮨」創業者の弟がこの地に開いた。銀座コア裏の あづま通りに面したビルの1階に位置する。ねじり鉢巻や、威勢良く張り上げ る大声を禁じているため、落ち着いて食べることができる。赤酢と塩のみを使 用したさっぱりとしたシャリは、ネタに良く合う。特に酢〆と煮物がお勧め 【歩き方アドバイス--2】 銀座の周りの交差点が新橋、京橋など「橋」と付くのは、運河の跡だからです。 高速道路の要壁をよく見ると確かに排水溝の跡があり運河の跡と分かります。 浜離宮は池を中心に作庭され、また海を見て楽しめるようにもなっています。 皇室で使用されていた、珍しい鴨場も復元されています。 江戸は稲荷信仰が盛んな所で、多い物のたえで「伊勢屋、稲荷に犬の糞」と言 われました。また、銀座に稲荷が多いのは、町人の稲荷信仰の名残です。 また、銀座は柳並木が有名ですが、今は「セイヨウボダイジュ」「サクラ」 「コブン」「ハナミズキ」「ヤブツバキ」と通りごとに分けています。 【寄り道-2】稲荷 東京都心を歩くと小さな神社が多くあることに気付きます。江戸時代に厄除、 火防、身近な守護神として、武家屋敷、町人地の別なく神社が祀られ、今日ま で受け継がれてきたものです。 浜離宮庭園の菜の花畑を過ぎると、石鳥居のある社があります。小さな神社 が出来るほどの大きさがあり、石鳥居には天明という文字が読みとれ江戸時代 の物と分かります。町人地とは規模は違いますが、幕府の施設でも稲荷を祀っ ていた事が分かります。 銀座にも今日まで信仰されている、稲荷があります。表通りを外れると、豊 岩稲荷神社、宝童稲荷神社、幸稲荷神社、あづま稲荷神社などがあります。 豊岩稲荷神社(銀座7-8-10)は江戸初期から祀られていて、明智光秀の家臣安 田作兵衛が祀っていたものと言われ、火防神、縁結神として信仰されています。 宝童稲荷神社(銀座4-12-3)辺りは弥左衛門町と言われていました。弥左衛門は 江戸城内で使えた侍で、隠居後に銀座に屋敷を賜り、江戸城内にあった、宝童 稲荷大明神の御神霊を分けてもらい、今日まで子育神、火防神、縁結神、開運 神として信仰されています。 屋上にある稲荷としては、越後屋の銀座稲荷(参拝日は限定)は銀座に町人が 移住した時から祀られている稲荷です。そのほか、松坂屋のかく護稲荷神社、 新橋会館の金春稲荷神社(参拝日限定)、三越の三囲神社などがあります。
3◆小石川後楽園と徳川の女性------------------■↑top 小石川後楽園(ロウバイ、枝垂桜、フジ、サルスベリ他)→西門(外堀普請石垣移築) →北野神社(牛天神、紅梅/紅梅祭 木槲;モッコク、ツバキ)→伝通院 →礫川公園(ハンカチノキ、ハゼノキ)→文京シビックセンター展望台→本郷弓町(楠) →麟祥院(白梅、ツバキ)→湯島天神(白梅、菊祭) 【湯島・つる瀬】《豆餅》 おすすめの豆餅は、十勝産の赤えんどう豆が、石臼で搗いた餅にたっぷりと 入っており、もちもちとした食感と薄い塩味。豆との相性は抜群。湯島天神そ ばにお店を構え、平成14年の菅原道真公千百年大祭には「ふく梅」というお 菓子を献菓した。今では豆大福と並ぶ定番商品。 【湯島・大喜】《とりそば》 天神下交差点を湯島天神方向へ。和食出身の店主が作る、おすすめのとりそ ばは、鶏ガラに煮干や宗田鰹の魚介系ダシがほのかに香るあっさりスープに、 細麺を合わせた塩ラーメン。鶏肉のチャーシューや味付玉子が具に入る。とり そばよりも、魚介系ダシが効いたしっかり醤油味のラーメンや、つけ麺も絶品。 【歩き方アドバイス--3】 後楽園は、枝垂桜、花菖蒲、紅葉が著名ですが、奥の内庭(うちにわ)は、白 で統一された睡蓮が多く咲きます。睡蓮は遊歩道から近く、中島の石橋を入れ て撮影するのが、おすすめです。 「春日の局」に由来する春日通りをわたると、伝通院です。家康の母於大の 墓前には「菩提樹」があり、晩春には花が咲き甘いか香りがします。文京シビ ックセンター展望ラウンジは「関東の富士見百景」の一つで、新宿副都心の間 に富士山が見えます。東大赤門は11代将軍家斉の溶姫が前田家に嫁いだときに 作られたもの、屋根瓦には、前田家の「梅鉢紋」と徳川家の「三つ葉葵」が見 られます。牛天神は紅梅、湯島天神は白梅が綺麗です。 【寄り道-3】 江戸時代、東京には全国の大名が暮らしていた屋敷がありました。 東京の発展と共に多くは失われましたが、後楽園は縮小はしていま すが、往時の姿を止めていています。切り絵図本郷絵図を見ると、 今は人通りの少ない小石川橋が、水戸家赤門前の橋で、枡形の堅固 な城門であったことが分かります。大名、旗本は水戸家の赤門を見 ながら登城したはずです。 後楽園入口を中に入らないで右にしばらく行くと、あまり知られて いませんが、小石川後楽園展示室があります。「御守殿」と刻まれ た石があり、後楽園にも東大の赤門と同様のものが後楽園にあった ことを示しています。赤門は将軍の姫が大名に嫁ぐときに作られ、 再建は許されなかったそうです。 入口の脇には徳川光圀像があり、テレビでの杖を持っている黄門様 とは違い、若き御三家藩主の姿です。並んでいる像は朱舜水(ル/し ゅしゅんすい)で後楽園の造営に助言をして中国的な趣味を取り入れ ました。上屋敷の画図も展示されていて、広大な敷地を占めていま すが、藩士達は御長屋と言われた所で生活をしていたことが分かり ます。藤田東湖が地震で圧死した場所も後楽園でした。 水田は日本の風景の一つですが、後楽園内では徳川光圀に由来す る水田が、今でも地元小学生により田植えが行われています。 6月中旬に行くと撮影が出来るはずです。
4◆護国寺から小石川植物園あたり−−小石川植物園と桂昌院の権勢---------■↑top 護国寺交番前→護国寺(ツツジ3000本 桂昌院発願寺)→吹上稲荷神社→大塚先儒墓所(室鳩巣など) →教育の森公園・占春園(陸奥守山藩跡)→石川啄木終焉の地→播磨坂(ソメイヨシノの名所) →吹上坂→極楽水→宗慶寺(家康側室:茶阿の局) →小石川植物園(レンギョウ、ハギ、フジ園、ハンカチノキ、精子発見の銀杏) →白山神社(3,000株の紫陽花)→白山駅 【小石川・ソーニヤ】《ボルシチ》 小石川植物園から茗荷谷へ下る途中にある、喫茶店風のロシア料理店。ボル シチは、ビーツで真っ赤に染まったトマト風味のスープ。あっさりしているの に深みの感じられる味で、中には牛肉とたっぷりの野菜が。じっくり煮込んで あるのに、牛肉がとても柔らかい。注文が入ってから揚げる、ピロシキも絶品。 一緒に味わって欲しい。 【護国寺・群林堂】《豆大福》 護国寺から江戸橋方向へ。大塚警察署の向かいにある、こじんまりとしたお 店。東京で一二を争うと言われる豆大福は、開店前から行列のできる人気商品。 あまりの人気で14時頃には売り切れてしまう。富良野産の赤えんどう豆がた くさん入った餅が、たっぷりのあんこを包み、甘さは強めだが豆の塩気との相 性が抜群。 【歩き方アドバイス--4】 護国寺本堂内部は時間により拝観することが出来ます。綱吉公直筆の『悉地 院』の篇額、桂昌院の毛髪を内部に納めている仏像が並び、歴史の人物に会う ことが出来ます。説明をする職員によると、毎日お経を聞いている欅の柱に願 を掛けると叶うそうです。また、材木商紀伊国屋文左衛門が納めたものだそう です。 石川啄木終焉の地所有者は二代目に当たる方だそうです。うまくいくと直接 話が聞けます。宗慶寺ではお寺の方にお伺いすると、小さな宝篋印塔で残る家 康の側室茶阿の局の話が聞けます。 小石川植物園はサクラの時期はピクニック気分で花見がお勧めです。また、 日本庭園から旧東京医学校を背景に記念撮影もお勧めです。
下町エリア『台東区、江東区、墨田区、江戸川区、葛飾区』 5◆墨堤の桜と隅田川七福神------------------■↑top 吾妻橋橋詰→吾妻橋→アサヒビール本社前→枕橋・北十間川→隅田公園(ソメイヨシノ) →牛嶋神社(撫で牛)→見番通り→すみだ郷土文化資料館→三囲神社→桜橋→山谷堀跡 →今戸神社(招猫発祥地)→待乳山聖天(大銀杏 ダイコン)→弘福寺→長命寺→[桜餅] →墨堤植桜の碑(ソメイヨシノ)→[言問団子]→白鬚神社 →向島百花園(福禄寿 400種:秋の七草、朝顔、萩のトンネル、彼岸花) →東武東向島駅 【向島・山本や】《桜もち》 墨田公園の向かい、長命寺の裏手にある享保二年より続く老舗。塩漬けにし たオオシマザクラの葉を贅沢に三枚使い、薄めの皮とあっさりとした甘さの漉 し餡を包んである。葉っぱのしょっぱさに餡の甘さが丁度良く、しっとりとし た皮の歯ざわりと、鼻に抜けるほのかな桜の香りが楽しめる。桜の開花時期に はかなり混雑するが、並んででも食べる価値あり。 【長命寺桜もち・向島】《江戸時代からの名物》 墨田公園の向かい、長命寺の裏手にある享保二年より続く「山本や」の名物、 桜もち。塩漬けにしたオオシマザクラの葉を贅沢に三枚使い、薄めの皮とあっ さりとした甘さの漉し餡を包んである。食すと、葉っぱのしょっぱさに餡の甘 さが丁度良い。しっとりとした皮の歯ざわりと、鼻に抜けるほのかな桜の香り も楽しめる。桜の開花時期にはかなり混雑するが、並んででも食べる価値あり。 【歩き方アドバイス--5】 見番通りに入りしばらく行くと、すみだ郷土文化資料館あり、墨堤のサクラ の資料もジオラマなど資料が充実しています。隅田公園の桜祭りの時期、向嶋 墨堤組合が桜橋のたもとに茶店を出店しています。あまり会う機会の無い芸奴 さんに会うことが出来ます。花見ではぜひお立ちよるとよいと思います。 三囲神社は銀座三越屋上にもありますが、こちらが本社で三井家との関わり が深い神社です。杜深く石碑の多い神社です。 豪徳寺は実在の「招猫」の発祥地で、お土産の招猫の置物は今戸焼きです。 ここ、今戸神社は「招猫の焼き物」発祥地となるようです。神社にはたくさん の招猫の置物、お守りがあります。 【寄り道-5】 切り絵図見ながら歩くと向島は風光明媚な江戸郊外の観光地であったことが 分かります。墨堤には桜が描かれ、新梅屋敷があり、寺社地も府内とは違い、 花や木が描かれています。 水戸家の屋敷は隅田公園として春には桜が綺麗ですし、墨堤の桜は歩いて見 ても、屋形船から見ても綺麗で、東京の代表的な風景の一つです。桜橋で対岸 に渡れば待乳山聖天です。 切絵図にある長命寺名物サクラモチは現在も残り、周辺には名物梅飯茶ヤ、 料理屋平石、料理屋武蔵屋、料理屋大七などあったことが分かります。多くの 文人が行き来し、いまでも粋な花街として有名です。 向島の花街を抜けて水戸街道を渡ると、秋葉神社です。広重の浮世絵「請地 秋葉の境内」にもあるように紅葉の名所でした。石灯籠をよく見ると4組は、大 名が寄進したもので、鎮火の神として信仰されていたことが分かります。 柳沢吉保の子甲斐守吉里室源頼子が寛保元年(1741)、前橋城主酒井雅楽頭忠挙 が宝永6年(1709)、関東郡代伊那忠宥が宝暦8年(1718)、沼田城主本多伯耆守正 永が宝永元年(1704)などに寄進しています。(一般の神社では珍しい。)
6◆日暮の里から谷中寺町−−谷中寺町と日暮の里------------------■↑top 田端駅→田端文士村記念館→東覚寺→与楽寺→道灌山(ソメイヨシノ)→向陵稲荷→青雲寺(花見寺) →修性寺→富士見坂→諏方神社(トイレ)→経王寺→本行寺→御殿坂→夕焼けだんだん→谷中銀座 →岡倉天心記念公園(トイレ)→大円寺(アジサイ、キク)→全生庵→西光寺→瑞輪寺 →観音寺築地塀→長安寺→五重塔跡(トイレ)→伊達家墓塋→徳川慶喜家墓塋→福山藩阿部家墓塋 →田安、一橋徳川家墓塋→徳川将軍家正室墓塋→天王寺→日暮里駅 【追加部分】 田端駅→田端文士村記念館→東覚寺(赤札仁王)→与楽寺(六阿弥陀仏)→道灌山(ソメイヨシノ)→向陵稲荷 →青雲寺(花見寺)→修性寺→富士見坂→諏方神社(トイレ)→養福寺(仁王門、ボタン、サクラ、キク)→御殿坂 →経王寺(樹齢200年加比丹藤、芍薬、ツツジ、萩)→本行寺(月見寺、太田道灌由来、白雲木、ヒメシャラ、萩) →延命院(樹齢600年シイ)→夕焼けだんだん(アオギリ)→谷中銀座→六阿弥陀道→宗林寺(萩寺)→岡倉天心記念公園(トイレ) →大円寺(萩、ハナキササゲ)→全生庵(泰山木)→西光寺→瑞輪寺(銀杏)→観音寺築地塀→長安寺→五重塔跡(トイレ) →伊達家塋域→徳川慶喜家塋域→福山藩阿部家塋域→田安、一橋徳川家塋域→徳川将軍家正室塋域→天王寺 →五重塔跡(桜並木 鬱金桜) →JR日暮里駅解散 【田端・かしやま】《蕎麦》 創業は1968年。JR田端駅北口からふれあい橋を渡り2分程、カウンター のみのいわゆる立ち食いそば屋なのだが、毎日お店の二階で打っているという 自家製麺に化学調味料を使わず鰹節の一番ダシだけを使ったつゆ等、味への妥 協はない。食べてみれば、そのおいしさに誰もが驚くだろう。おすすめはちく わ天。 【日暮里・羽二重団子】《文豪達の愛した団子》 JR日暮里駅南口歩道橋を下りて、すぐ右手へ。「文政二年創業羽二重団子」 の看板が目印。夏目漱石や正岡子規の作品にも登場する、老舗である。焼けた 生醤油の香ばしさがたまらない「焼団子」と、甘さ控えめのさらし餡で包まれ た「餡団子」の二種類。どちらも口当たりが滑らかで柔らかい。由来となった 「羽二重」の生地のような滑らかさを食べて実感してほ しい。 【歩き方アドバイス--6】 谷中寺町をこまめに巡ると、お寺ごとに四季折々花が楽しめます。天王寺の サクラ並木、本行寺の白雲木、大円寺のハナキササゲ、宗林寺の萩、長久院の ハコネウツギ、東覚寺のムクゲを始め、仁王門のある善福寺は境内の木、花に 名札も就いています。 岡倉天心記念公園あたり、旧谷中初音町は初音の森といわれ、ウグイスがた くさん住んでいて、ウグイスの名所でした。年の初めに鳴くために初音と言わ れました。いまでも、築地塀の路地をしばらく進むと面影があります。 経王寺は慶応4年(1868)上野戦争の時に敗走した彰義隊士をかくまったため、 新政府軍の攻撃を受け、山門欅戸に数カ所の弾痕が残っています。 日暮里富士見坂は東京で富士山が見える最後の坂です。1月30日と11月11日 前後の二回は夕日が富士山頂に沈む「ダイヤモンド富士」が見られます。 【寄り道コラム-6】江戸郊外の観光地 信仰と茶屋 将軍菩提寺として寛永寺創建され、その後、江戸発展の拡大に伴い、谷中に 寺院が移転するようになると、谷中は寺町として発展しました。寺院境内は奇 石を配し、四季草木絶えず、「ひぐらしの里」と言われるようになりました。 お参りする人が多くなり、道灌山各所、門前には酒屋、茶店が出て大いに賑 わいました。いま、JR京浜東北は道灌山に沿って走っていて、向陵稲荷を過ぎ てしばらくした辺りは崖地になっています。風光明媚な地形を利用して出羽・ 久保田藩下屋敷は衆楽園を造営した。かつては、日光山、筑波山が見えました が、今はビルで見ることは出来ません。 道灌山は「マツムシ」「キリギリス」「スズムシ」の「虫聴」の名所として 有名で、一晩中出ている「有明の月」の日が最適でした。冬は諏方神社に近い 淨光寺が、雪見寺とて有名でした。 江戸時代、疱瘡(天然痘)は死亡率が高く恐れられていました。各地に瘡守 (かさもり)稲荷、笠森稲荷があり、天然痘を避けるための神として信仰され ていました。 谷中の切絵図で「カサモリイナリ」とある大円寺には瘡守稲荷の石碑が残っ ています。また、江戸三美人として名高いお仙のために、永井荷風の歌碑『笠 森阿仙之碑』がありますが、実際は今の功徳林寺あたりの笠森稲荷門前の水茶 屋「鍵屋」で働いていた看板娘でした。お仙の墓は中野区上高田1-1 正見寺墓 地にあります。
7◆新開地の両国と清澄------------------■↑top 両国駅→旧安田庭園(駒止銀杏、サルスベリ)→震災記念堂(ムクゲ)→北斎通り→野見宿禰神 →回向院→吉良邸跡→竪川→一之橋→隅田川テラス→新大橋→御船蔵跡→芭蕉記念館(句関連の花樹) →芭蕉庵展望庭園→芭蕉稲荷→小名木川→万年橋→清洲橋(ケルンの眺め)→深川稲荷 →清澄庭園(萩、白彼岸花、酢漿草、クロマツ、オオムラサキツツジ、アジサイ、ハナショウブ、カンヒザクラ) →深川江戸資料館通り→霊巖寺→松平定信墓塋→江戸六地蔵→[深川飯]→清澄白河駅 【両国・ほそ川】《大人のための蕎麦屋》 大江戸線両国駅A3出口から清澄通りを横断、北斎通りの一つ目の路地を右に 入る。落ち着いた外観と内装のお店。入り口には「小学生以下の入店お断り」 の但し書きが。一日に使う量だけ自家製粉しているという蕎麦は「せいろ」と 「田舎」の二種類、どちらも喉越し滑らか、鼻に抜ける蕎麦の香りがたまらな い。つゆは少し辛めだが、鰹でしっかりダシがとられていて蕎麦に良く合う。 1枚の量は少なめなので注文は2枚以上をお勧め。 【両国・とし田】《両国力士もなか》 回向院の裏手にある、大正14年創業の老舗和菓子屋。昭和60年に新国技 館が完成した記念に作られたという「両国力士もなか」は、北海道産の厳選し た小豆を使ったつぶし餡が、香ばしい皮の中にたっぷりと入る。その皮は土俵 入りの力士が型どられ、見た目にも楽しい。姉妹品には人形焼風の「両国焼」 も有り。 【歩き方アドバイス--7】 回向院にはねずみ小僧次郎吉の墓があり、御利益がある削り取るための墓石 も金網に覆われた本物の前に用意されています。 隅田川テラスに出ると、川と行き交う水上バスを見ることが出来ます。萬年 橋袂のテラスからの清洲橋の眺めは、ライン川のケルンの吊り橋に似ていて、 「ケルンの眺め」と言われています。日没にはライトアップされて青色が美し い。 この辺りは国技館に近く相撲部屋が多くあります。このコースの万年橋から 清澄庭園までのあいだには、尾車部屋、北の湖部屋、大巖部屋があります。 また、墨田区は芭蕉関連の句碑が多いですが、芭蕉記念館の花樹は句関連の ものが植えられています。
8◆葛飾区散歩------------------■↑top 京成高砂駅→ 観蔵寺(真言宗、寿老人)、医王寺(真言宗、恵比寿)→佐倉街道→柴又公園寅さん記念館 →柴又帝釈天→良観寺(真言宗、布袋)→宝生院(真言宗、大黒天)→万福寺(曹洞宗、福禄寿)→ 真勝院(真言宗、弁財天)→題経寺(日蓮宗、毘沙門天) →柴又駅 京成高砂駅【出発地】 →観蔵寺(真言宗、寿老人) →さくらみち(旧佐倉街道、サクラ) →鎌倉公園(サクラ、野草園) →医王寺(真言宗、恵比寿 ボタン) →宝生院(真言宗、大黒天) →柴又街道 →万福寺(曹洞宗、福禄寿) →柴又公園(ツツジの大刈込) →寅さん記念館 →山本亭 →江戸川河川敷(ヨモギ) →矢切の渡し →帝釈天題経寺(毘沙門天、瑞龍松)→帝釈天参道(草ダンゴ) →真勝院(真言宗、弁財天 ボダイジュ、ナツスイセン) →良観寺(真言宗、布袋 ブラシノキ、ナツスイセン) →柴又八幡神社(鳳凰の松) 京成柴又駅 【柴又・高木屋老舗】《草もち》 江戸時代から帝釈天参道に店を構える老舗の甘味処。「男はつらいよ」シリーズ で寅さんの実家「とらや」のモデルとして使われた事でも有名である。名物の草 だんごは、筑波山麓ヨモギの野趣溢れる味わいと香りが楽しめる。十勝産小豆を 使用したあんこは、甘さ控えめ。 【柴又・川甚】《鯉料理》 寛政年間創業。帝釈天の裏手に店舗を構える。夏目漱石や谷崎潤一郎などの作品 にも登場し、多くの文人が暖簾をくぐったという。お座敷からは江戸川を望め、 四季折々の土手風景を楽しみながら食事ができる。鯉こく、鯉の洗いにうな重が 付く花ランチが人気。1日限定20食の幕の内弁当もおすすめ。 【歩き方アドバイス--8】 葛飾区は米産地として古くからひらけ、葛西三万石と言いわれていました。 寺の創建も大同元年(806)の真勝院など古くからのものが多くあります。 帝釈天参道で有名な草団子、かつてはヨモギが何処にでも生えていましたが、 今は、探すと意外に有りませんが、矢切の渡しに行く江戸川土手に多く生えて います。この辺りの江戸川は金町浄水場で取水されていて、東京都民の飲料水 です。 帝釈堂の彫刻は欅材で作られて、回廊で続く大客殿は総檜で作られています。 南天の床柱は日本一です。邃渓園を一周できる、回廊も歩いてみたい。 堂前の瑞龍松は毎年、一升瓶で百本分の酒粕を周りに埋めて樹勢を保ってい るそうです。樹齢350年、帝釈天の創立から程なくして植えられた松です。 ※瑞龍松は寺の事務員から聴いたものですのです。 あれだけの勢いを保つためにはかなりの肥料が必要と思います。 ※珍しいサイカチを見つけました コース途中の観蔵寺を過ぎて、高砂児童館脇にサイカチの木がありました。トゲ が危険なためか、町中で見ることは少なく、有っても下の方のトゲは無くしていま す。豆科の木ために、8月には大きなサヤエンドウのような種が見られます。
9◆千住宿と日光道中------------------■↑top 南千住駅→回向院B→小塚原刑場跡(トイレ)→泪橋→永久寺B→大関横丁→浄閑寺→日本堤跡(白山吹、トイレ) →円通寺B→荒川ふるさと文化館B(休憩:トイレ)→素盞雄神社B(樹齢600年銀杏)→誓願寺→熊野神社 →千住大橋B→隅田川→奥の細道矢立初の碑(トイレ)→橋戸稲荷→やっちゃ場→一里塚跡→不動院 →慈眼寺→勝専寺→本陣跡→本氷川神社→[槍かけだんご]→金蔵寺→北千住駅解散 【南千住・尾花】《うな重》 小塚原回向院から常磐線の線路沿いの道を三河島方向へ。江戸の風情を感じる 風格のある外観の名店。注文が入ってからうなぎをさばき調理するため、出てく るまでに小一時間かかる。しかし、この待ち時間を帳消しにしてしまうおいしさ。 ふっくらと柔らかく香ばしさが鼻をくすぐる。甘辛のタレはあっさり薄味でうな ぎに良く合う。、 【北千住・かどや】《槍かけだんご》 「槍かけ」の由来はその昔、水戸の黄門さまが千住宿で休憩した際、持ってい た槍をお店の前にあった松の木に立てかけたことから、槍かけ松の前のだんごと 言われる様になり、やがて、「槍かけだんご」となったのだそう。漉し餡のたっ ぷりのったあんだんごと、炭火で焼いて甘辛のたれをかけたみたらしの2種類。 場所は、北千住商店街の北千住郵便局向かい。 【歩き方アドバイス--9】 日比谷線で行くと南千住駅に近くで電車の中から、首切り地蔵がみえます。回向院前の道が 旧奥州街道、街道脇に処刑場があるのは、東海道の鈴が森と同様です。小塚原回向院は二十万 人余といわれる処刑者を弔うために建立されました。近年、吉田松陰の墓などは整備されました。 近くの吉野通りの交差点は「泪橋」(なみだばし)といい、今生 (こんじょう)の別れ地でした。 浄閑寺には新吉原総霊塔があり、脇からは無数の骨壺を見ることが出来ます。いずれも江戸の 結界の外であり、五色不動の一つとして目黄不動永久寺が建立されています。 千住大橋の両側は千住宿です。芭蕉が上陸した辺りは小公園として整備されていてます。千 住商店街は宿場の名残を活用しようとしていて、本陣、一里塚の石碑があり、問屋場・貫目改 所跡は広場として整備されています。商店街が終わり、名倉医院手前の道を右に折れると水戸 街道です。今は、細い脇道のように感じます。しばらく行くと「槍掛けの松」のあった清亮院 です。
城西、城南エリア『新宿、渋谷、港区、品川区』 10◆内藤新宿と江戸郊外の社寺−内藤新宿の成立と四谷寺町------------------■↑top 千駄ヶ谷駅→新宿御苑(一葉、関山、普賢像など八重桜、プラタナス並木)→大木戸門(高遠コヒガンザクラ) →四谷大木戸跡→多武峯内藤神社(樫の木)→お岩稲荷→荒木町(高須藩上屋敷跡、元花街) →全勝寺→西迎寺(阿弥陀如来坐像)→たんきり地蔵→笹寺→田安・鎮護稲荷神社→内藤新宿 →太宗寺(内藤家墓所、江戸六地蔵)→新宿二丁目→正受寺(奪衣婆)→成覚寺(ソメイヨシノ、遊女供養塔) →末広亭→花園神社(枝垂桜、大山桜)→新宿ゴールデン街→追分→[追分だんご]→天竜寺 【新宿・つるかめ食堂】《ソイ丼》 昭和30年代をほうふつとさせる、新宿西口商店街(通称思い出横丁)にあ る定食屋。数々のオリジナルメニューの中でも一番のおすすめは「ソイ丼」。 大豆とひき肉をカレー味で煮込んである。豆くささはないので、苦手な方でも おいしく食べられるだろう。ボリュームのある「元気丼」もおすすめ。 【新宿・追分だんご本舗】《追分だんご》 新宿三丁目交差点そば、店先にはだんご屋らしい大きな団子の暖簾がある。 大田道灌が好んで所望したことから、道灌団子と呼ばれていたが、高井戸、内 藤新宿、追分と店を移していく中でいつしか追分だんごと呼ばれる様になった。 焼き・赤あん・白あん茶あんの四種類。どれも甘さが抑えられた上品な味。 【歩き方アドバイス--10】 【�T】荒木町三業地 荒木町は天和3年(1683)美濃高須藩藩祖の松平摂津守義行が、現在の新宿区荒木町一帯を幕府より拝領し、上屋敷 としました。明治5年7月の政令により荒木町が誕生し、気品が高い芸妓と摂の守三業組合の花街として発展したと ころです。近くの「摂の守坂」(つのかみざか)はこの松平摂津守に由来します。 藩邸の守護神として建立された金丸稲荷神社は、荒木公園の一角に残り崇敬されています。脇の路地は荒木町奥 の細道と言われ石畳から、石段を降りると徳川家康が鷹狩りの折りに訪れた「策の池(むちのいけ)」にでます。津の 守(つのかみ)弁財天にお参りして、ベンチで一休みできます。 【�U】新宿御苑の伝説 江戸時代、広大な新宿御苑は内藤清成の屋敷地でした。徳川家康公は江戸入府後に清成を呼び、「馬で一息に回 れる土地を与えると」語ったといい、清成の乗った駿馬は南は千駄ヶ谷、北は大久保、西は代々木、東は四谷を走 り、疲れ果てて死んでしまい、大樫の下に埋めたという。今の多武峯(とうのみね)内藤神社であり、内藤清成の伝 説に関わる白馬堂がある。 【�V】宿場の太宗寺 宿場としての新宿は太宗寺正面の新宿通り両側でした。江戸の外れ太宗寺に建立された江戸六地蔵の石組み、像 には寄進者の名前が彫り込まれ、六地蔵全体では72,000名以上が刻まれています。江戸時代の人名、町名が書かれ、 商店は「尾張屋」「伊勢屋」などの屋号が見受けられ、江戸町人の姿がうかがえます。焔魔堂は照明のスイッチが あり、押すと一分間明るくなり、閻魔様がよく見えます。同じ堂にある、奪衣婆像(だつえば)は、衣をはぐところ から、内藤新宿の妓楼(ぎろう)の商売の神として信仰されていました。 寺務所まえには高遠藩主内藤家墓地から出土した切支丹灯籠(きりしたんとうろう)があり、脚部にはマリア像の 象徴が見えます。
11◆将軍家菩提寺の増上寺から麻布十番------------------■↑top 浜松町駅→旧芝離宮庭園(サツキ 他)→芝大神宮→増上寺大門→増上寺三門→増上寺二天門 →増上寺御成門→増上寺境内見学(榧の木)→徳川家墓塋→経蔵→方丈黒門→東照宮(家光お手植えの銀杏) →芝丸山古墳→芝公園内(約70本;白加賀/しらかが)、冬至/とうじ、長束/なつか)、鴛鴦/えんおう) →宝珠院→赤羽橋→古川→一の橋→善福寺(境内サクラ、【親鸞上人逆さ銀杏】、八重桜一葉) →地下鉄麻布十番駅解散[鯛焼き 浪花家総本店] 【浜松町・正泰苑】《焼肉》 地下鉄大門(浜松町)駅から徒歩3分、芝大神宮のすぐそば。町屋に本店が ある焼肉屋。店内は、暗めの証明がシックで落ち着いた雰囲気。一番のお勧め、 上ロースは柔らかく生でも食べれる。とにかく人気なので、すぐに売り切れて しまう。その他には、上カルビもお勧め。 【麻布・浪花家総本店】《たい焼き》 たい焼きといったら、まず思い浮かぶのがこのお店。創業は明治42年、た い焼きの元祖と言われ「およげ!たいやきくん」のモデルにもなった。皮は薄 くパリパリ、甘すぎないあんこが頭から尻尾の先までぎっしりと詰まっている。 休日は大変混み合い、2時間以上は待つ覚悟を。できれば予約をお勧め。 【歩き方アドバイス--11】 芝離宮庭園はシオサイトの高層ビルと庭園の調和がおもしろい。芝公園はもともと増上 寺の境内だったところです。今でも、東京の中心とは思えないほど自然が豊かなところで す。戦後、植樹された花木は成長して、花に蝶が蜜を求めてきますし、林のなかで蝉取り を楽しむこともできます。秋、東京タワー脇のもみじ谷は渓流がながれ、紅葉の名所とな っています。旧台徳院廟惣門は東京プリンス東エントランスと一体に整備され、屋上庭園 には桜、バラ、アジサイなど花木が植えられ新しい散策コースとなっています。 戦災で残り、移築された台徳院廟の勅額門、丁子門、御成門は国の重要文化財として指定 されており、西武池袋線「西武球場前」駅下車徒歩1分、不動寺にあります。彫刻、色合い に徳川将軍家の権勢を見ることができます。
12◆目黒と徳川家光------------------■↑top 目黒不動駅→氷川神社→安楽寺(泰山木)→長応寺→かむろ坂(ソメイヨシノ並木)→安養院→成就院 →目黒不動(家光公鷹居の松)→五百羅漢寺(休憩)→海福寺→大鳥神社(オオアカガシ) →金比羅坂(銀杏並木)→目黒川【ソメイヨシノ並木】→太鼓橋→行人坂→大円寺→誕生八幡(銀杏) →千代が崎→白金桟道橋→茶屋坂→JR目黒駅 【目黒・とんき】《とんかつ》 目黒駅西口、権之助坂を下りすぐの角を左へ折れる。店内は清潔感に溢れ、 店員さんのキビキビとした接客が気持ち良い。薄めの衣はパリパリッとして香 ばしく、よくあるとんかつのそれとは違う独特な食感。お肉と良く合う。また、 油切れが良く食後にもたれることがないのも好ましい。きゃべつの千切りがお いしいことでも有名。 【目黒・目黒五十番】《肉まん》 大鳥神社から、目黒通りを自由が丘方向へ徒歩約10分。大きく「肉まん」 と書かれた看板が目印の肉まんの専門店。25種類以上の味が楽しめる。弾力 のある厚めの皮に、たくさんの具が詰まり、通常の肉まんの2倍はあろうかと いう大きさ。おすすめは、上質な豚肉のみを使う「純正肉まん」と、ホタテ貝 柱入りの「貝柱まん」。 【歩き方アドバイス--12】 ◆大円寺の五百羅漢 江戸名所図会の風景がそのままのこり、五百羅漢は行人坂大火の供養のために建立 されたもの。一体一体表情がちがい、お参りの人は亡き人によく似た羅漢さんを見つ けだして再会したような感慨を与えました。 ◆氷川神社鉄砲石 クスノキの大木が並ぶ参道を進み、境内にあがる階段脇に、大きな平坦な石があり ます。表面に弾けた跡があり、勤皇の志士が品川宿の料亭観桜館の庭で鉄砲の練習を したときに標的にした石といわれています。 ◆キリシタン灯籠が大聖院にある 島原の乱の収まった後で、九州肥前島原へ松平氏が移封されました。キリシタン灯 籠は目黒千代が崎の江戸屋敷庭園の小祠から見つかり、大聖院の境内に移設されてい ます。島原と言う地名から因果を感じます。 ◆蟠龍寺 蟠龍寺は小さな目立たない寺ですが、境内は整備されていて、江戸名所図会にも掲 載され、岩屋弁天の祠、池などに江戸の面影が今も残ります。 ◆目黒のサンマ 徳川家光を題材にした「目黒のさんま」は落語の話ですが、爺々が茶屋は実話であ り、茶屋坂はいまでもあります。近年、誕生八幡周辺で「目黒のさんま祭り」が行わ れ、賑わっています。 ◆安養院(浅野家室の墓) 墓地の奥に広島42万石の藩主浅野綱晟(つなあきら)室八千姫の墓がある。出身は五 摂家のひとつで九条家、近衛家に次ぐ序列の公家である。綱晟の死後出家して念仏三 昧の日々を過ごしたと言われています。江戸時代は浅野家の庇護にありました。 ◆長応寺(家康側室の開基) 山門に三ツ葉葵があるのは、徳川家康の側室西郡(にしのごおり)の局が再建したた めです。境内の巨大な石碑をみると、オランダ公使館として使用された芝伊皿子にあ った長応寺が北海道天塩へ移転するときに、子院蓮長院に名跡を譲られたことが分か ります。側室でもその権勢をいまに伝えています。 ◆権八・小紫 悲恋物語の史跡が三カ所あります。目黒不動山門前比翼塚、安楽寺連理塚、禿坂。 禿(かむろ)坂は小紫の帰りが遅く心配して迎えに来た「かむろ」が小紫の死を知り 帰る途中、暴漢に襲われ「二つ池」に飛び込み死んでしまった。村人が「かむろ」を 哀れみ「かむろ塚」を造った場所です。今は桜の名所になっています。
13◆豪徳寺と松陰神社あたり------------------■↑top 豪徳寺駅→世田谷八幡神社→豪徳寺【牡丹、藤棚】→世田谷城跡→勝光院(竹林)→代官屋敷跡 →浄光寺→世田谷郷土資料館→ボロ市通り→天祖神社→勝国寺→烏山川緑道→若林公園(トイレ) →桂太郎墓塋→松蔭神社(紫陽花、紅葉)→(東急世田谷線松蔭神社前駅→三軒茶屋駅) →教学院目青不動→三軒茶屋駅解散 【世田谷・PLATINO】《アンジェ》 おすすめのケーキ「アンジェ」は、フロマージュブランとフレッシュクリー ムを使ったチーズムース。チーズの余分な水分を吸い取るため、ガーゼで包ま れ、中には自家製カシスジャムが入る。甘さを控えたチーズムースにジャムの 程よい酸味が良くマッチしている。お店は世田谷代官屋敷跡向かい。 【三軒茶屋・天里】《天ぷら》 三軒茶屋駅北口から三軒茶屋銀座を抜けて茶沢通りへ。駅より数えて3つ目 の信号を左へ折れると「天里」の看板が見える。住宅街の中にある家庭的なお 店。てんぷらとしては手頃な値段だが、新鮮なネタと丁寧な仕事は、一口でも 味わえばすぐにわかる。おすすめの天茶は〆で。 【歩き方アドバイス--13】 烏山川緑道はソメイヨシノを中心に四季花が見れるように整備されています。 宮の坂駅あたりは万葉の小径として整備され、和歌と共に万葉集に出てくるヤマ ブキ、アジサイ、アセビなどが植えられています。豪徳寺の参道下辺りは、ソメ イヨシノ、ムクゲ、ツツジ、スイフヨウなど花が多く、山菜のタラノキがありま す。 豪徳寺は枝垂桜、ツツジ、ボタンが綺麗ですが、熱帯原産のアメリカディゴの 木が一本あり、真夏に真っ赤な花を咲かせます。また、招き猫発祥の地として三 重の塔蛙股にも招き猫が掘られています。
城北、多摩エリア『北区、足立区、荒川区、豊島区、多摩地区』 14◆ソメイヨシノの故郷と江戸の名残------------------■↑top 駒込駅(ツツジ)→津藩藤堂家屋敷門→西福寺桜並木(ソメイヨシノ発祥地)→旧古河庭園(バラ園、ツツジ) →六義園(枝垂桜、イロハカエデ紅葉)→富士神社(榧の木) →駒込駅 【駒込・こうさぎ】《塩大福》 駒込駅南口より六義園へ向かう途中右手、巣鴨の名店「みずの」の姉妹店と して2002年にオープンしたお店である。看板メニューは塩大福。味は本店 そのもので、薄皮にたっぷりのあんこ。ほのかな塩気が感じられ、この塩気が、 あんこの甘さを引き立たせている。他にも、お店の名前がついた「こうさぎパ イ」等も有り。 【本駒込・五右ヱ門】《湯豆腐》 白山上交差点近く、地下鉄白山駅からは徒歩3分の豆腐懐石のお店である。 江戸情緒溢れる外観の雰囲気が素晴らしく、通りからお店までの石畳を歩くと、 まるで江戸時代にタイムスリップしたかの様。料理は豆腐懐石なので豆腐がメ インだが、味はもちろん量も満足できる。 【歩き方アドバイス--14】 駒込駅は斜面にツツジが植えられていて満開の時期は実に綺麗です。染井通り周辺 はソメイヨシノの発祥地であり、大國神社、西福寺前などソメイヨシノの古木が町全 体に多く見られます。 六義園は枝垂桜がすばらしく、また、山陰橋(やまかげばし)辺りはハゼノキ、イロ ハモミジなど紅葉すると美しい樹木が多く、東京での紅葉の名所となっています。枝 垂桜、紅葉ともライトアップされ、幻想的な風景です。 池の周辺にはツツジが咲きますので、湖畔に映り美しい写真が撮れるはずです。藤 代峠を登ると、池が一望できますので、撮影ポイントとなります。 旧古河庭園洋館の1階には喫茶室があり、飲み物とケーキが有ります。
15◆板橋宿あたり 板橋駅【出発地】 →近藤勇の墓→平尾一里塚跡→旧中山道→板橋駅西口→東光寺→前田家下屋敷跡 →観明寺→平尾宿脇本陣跡→板橋出張所内宿場紹介コーナー→中宿本陣跡→遍照寺 →文殊院→御成道→板橋→石神井川→縁切り榎→智清寺→日曜寺→氷川神社→乗蓮寺跡 →板橋区役所前駅解散 【板橋・シュベスター】《洋食》 席数18席とこじんまりとした店内だが、メニューは全てボリューム満点の洋 食屋。おすすめは、ハンバーグとポークソテーにたっぷりのデミグラスソースが かかった「Bセット」と巨大なミンチカツに目玉焼きが添えられた「ミンチカツ セット」 アクセスはJR板橋駅西口より中山道へ向かい、板橋一丁目交差点を左へ。 【板橋・合格屋】《大学いも》 JR板橋駅、地下鉄新板橋駅から共に徒歩3分の所にある大学いものテイクアウ ト専門店。紅あずまを使用した大学いもは、外はカリカリ中はホクホクに仕上が り、たっぷりの蜜がからまる。冷めてもおいしいのがうれしい。店名にあやかり、 訪れるお客さんには受験生も多いと言う。 【歩き方アドバイス--15】 板橋区の石神井川辺りは、前田家下屋敷跡であした。周辺の地名は加賀であり、金 沢橋、御成橋などの名前が残っています。 実際に歩くと、加賀公園が庭園の築山跡、春には石神井川両側の桜が美しいところ です。板谷公園辺りは庭園の池が埋め立てられた所で公園入口に由来書があります。 池には弁天が祀られていましたが、この場所は漆坊弁財天の辺りです。建築物はわずか に、稲荷堂と仕切門が観明寺に移築されていてます。 東光寺の宇喜多秀家の墓に刻まれる、「秀」は豊臣秀吉より与えられたものです。前 田利家の豪姫を正室とした関係で、八丈島に流された後も前田家が援助をして、明治に なり、子孫が前田家を頼り、この地に入植をして供養のために建立したものです。
16◆飛鳥山から王子あたり------------------■↑top 十条駅→篠原演芸場前→十条富士神社→日光御成道→地福寺(茶の木)→三平坂→名主の滝公園(トイレ) →王子稲荷神社→装束稲荷神社(榎)→王子駅→新扇屋ビル前→音無川親水公園(花、木、トイレ) →王子神社(大銀杏)→金輪寺→紅葉寺→松橋弁財天洞窟跡→石神井川緑地→飛鳥山(ソメイヨシノ) →北区飛鳥山博物館(トイレ)→旧渋沢邸跡→六石坂→西ヶ原一里塚(榎)→七所神社(杉の古株) →[だんご]【平塚亭】→平塚神社→城官寺→上中里駅 【王子・カレーハウスじゃんご】《カレー》 王子駅から徒歩約1分、王子駅前公園向かいにあるカレー屋。店内には、香 辛料の香りが漂い、食欲をそそられる。カレールーには、スパイスのきいたイ ンド風と我々が普段食べている様なマイルドな欧風の二種類があり、お好みに 合わせて選ぶことができる。 【上中里・平塚亭つるおか】《和菓子》 平塚神社参道脇にある和菓子屋で、創業は大正初期。人気ミステリー小説の 「浅見光彦」シリーズで登場、小説の中で「大福おばさん」の愛称で紹介され た名物おばさんが、にこやかに出迎えてくれる。お勧めは、こしあんとみたら し二種類の焼きだんごと、北区の名品に選ばれた豆大福。 【歩き方アドバイス--16】 王子稲荷は狐の集まるところ、「いざあけんゑびや扇屋とざすとも王子のきつね鍵を くわえて」と言われ、鍵の台座の狐に守られて参道を行くと、江戸時代の丹塗り・金箔 の社殿です。境内には、色々な種類のアジサイが奉納されています。 飛鳥山方向に行くと、日光御成道にでます、将軍は北区役所辺りにあった金輪寺小休 止を取っていました。親水公園を駅近くまで行くと扇屋ビル1Fで江戸時代から有名な 「卵焼き」が売られています。上に上がると大銀杏で有名な王子神社ですが、ツバキも 沢山あります。 飛鳥山と言えば間違いなく、桜の名所、ほとどがソメイヨシノで、春には花が一斉に 咲き美しさはひとしおですが、さくらサミット記念植樹で王子駅側に仙台枝垂桜、蝦夷 山桜、八重紅大島など東京では珍しい桜もあります。公園内には展望台があり、ビルの 谷間から遠くの風景を見ることが出来ます。
17◆日野散策コース------------------■↑top 日野駅(キンモクセイ2本、サルスベリ1本 線路脇) →八坂神社(欅、白山吹、八重山吹) →大昌寺 A (佐藤彦五郎 ハス、白萩、彼岸花、ミズヒキ、ヤブラン、ムクゲ、サルスベリ、北山杉、キンモクセイ) →日野宿本陣(キンメイモウソウチク) →問屋場・高札場跡 →普門寺(アジサイ、枝垂桜、サルスベリ) →井上源三郎資料館 →日野駅前 →宝泉寺(サルスベリ、彼岸花、藤、ムクゲ) →坂(桐の木) →坂下地蔵 →矢の山公園(ソメイヨシノ) →中央道を橋で渡り →道際(フヨウ) →新撰組資料館 →桜並木 →実践女子短大 道際植木(キンモクセイ、ツバキ) →浅川崖線上(彼岸花、ミズヒキ、キツネノゴマ、ナンバンキセル、ツルボ、野草) →川辺堀之内で工事中のバイパスの下を通り →豊田用水際(水田、彼岸花) →高幡橋 →高幡不動 A (枝垂桜、アジサイ、野草園、萩、白萩、シュウメイギク、溝ソバ、彼岸花、シロバナ彼岸花、シャガ、他多数) 【高幡不動・アンジュナ】《カレー》 高幡不動参道を川崎街道方向へ。駅から数えて2本目の脇道を右へ折れる。 アットホームな雰囲気の南インド風料理のお店。おすすめメニューは「マト ンカレー」。辛味は強いが、後には引かないさっぱりとした辛さ。マトン独 特の臭みがないので苦手な方でも食べやすい。 【高幡不動・松盛堂】《高幡まんじゅう》 創業の大正7年から高幡不動の門前にのれんを構える、老舗の和菓子屋。 名物の「高幡まんじゅう」は、つぶし餡の茶色とこし餡の白の2種類。どち らもあんこがたっぷりと詰まっていて、甘さは控えめ。他にも日野出身の土 方歳三にちなんだ、「歳三最中」や「歳三まんじゅう」とユニークなお菓子も。 【歩き方アドバイス--17】 佐藤彦五郎邸は日野宿本陣でした、建物は転売されそば屋だった所ですが、日野市が 購入して整備をしています。内部では、ボランティアの方の説明を受けることが出来ま す。また、建物内は個人利用の範囲で有れば撮影することが出来ます。墓は直ぐそばの 大昌寺に有ります。境内は花木の手入れが良くできていて、佐藤彦五郎の墓地も拝観が 可能です。墓地前にはノートが置いてありますので、お参りの感想を書いてはどうでし ょうか。 高幡不動尊境内はアジサイ祭り、菊祭りが有名ですが、四季花は絶えることがありま せん。裏山は「四季の散歩道」として整備されています。「鳴き龍」は日光が有名です が、高幡不動は「鳴り龍」が大日堂の中央にあり、拍手を打つと天井に描かれた龍が鳴 ります。(拝観料が掛かります)
18◆青梅散策コース------------------■↑top JR青梅線日向和田駅(駅前 ソメイヨシノ、花壇) →へそまんじゅう本舗 →へそのお観音堂 →神代橋(梅の意匠、吉野峡の紅葉) →神代橋通り 梅並木 →和菓子店「紅梅苑」(ミズヒキ、ギンミズヒキ) →JA西東京グリーンセンター →神代橋通り(ヤマフジ、付近の渓谷:紅葉 ) →吉野梅郷 →天沢院(梅、ホトトギス、ダッタンソバ、シモバシラ、彼岸花、ツバキ、【ミツマタ】、フジバカマ、シュウカイドウ) →天満宮◆(吉野梅郷の眺望) →青梅市梅の公園(【120種15000本の梅】、彼岸花、ハギ、福寿草、ミツマタ、サンシュ、【ソシンロウバイ】) →青梅きもの博物館 →中道梅林 →観梅通り →下山八幡神社(参道 梅並木) →即清寺吉野山苑地(岩割の梅、カタクリ) →即清寺(招春梅、【ハクモクレン】、ミツマタ、イカリソウ、【シュウメイギク】) →大聖院(青龍梅、親木の梅(おやきのうめ)) →吉野街道 ハナミズキ並木 →吉川英治記念館(【椎】、ホトトギス、シュウメイギク、キツリフネ、彼岸花、オケラ、カタクリ、コンニャク) →金老梅 →愛宕神社:◆眺望、(【15品種約2万本のツツジ】、サクラ) →奥多摩橋 →青梅第六小学校(道際にタラノキ) →海禅寺(梅、クスノキ、【枝垂桜】、ヒガンバナ、ツツジ、イカリソウ) →JR青梅線二股尾駅 【歩き方アドバイス--18】 吉野梅郷天沢院(てんたくいん)の隣地には茶屋が出て一休みできます。ここから、 天満宮の参道の階段を上がり、見晴台まで、3分程度付きます。梅の公園を一望でき 撮影のポイントとなっています。見晴台からは、吉野梅郷が一望できます。眺望で お勧めなのが、愛宕神社、正面は階段ですが、ツツジの間を女坂が続き、本殿前か 二俣尾からの尾根が見渡せます。 吉野梅郷には、多摩川と平行して吉野氷川線歩道があり、所々で河原に降りられ るようになっています。奥多摩橋の下流柚木町下曲松の河原は鮎釣りの駐車として 整備されていて、夏は水遊びが出来ます、上流では奥多摩橋を望むことが出来ます。 ====================================================================== 【江戸歴史散歩の会 紹介文】 私は歴史が好きで、学生時代からよく、郷土資料館、博物館に行きました。ある時、 上野不忍弁天堂の石灯籠に三つ葉葵の紋を見て、なぜ、そこにあるのかが不思議に思 い、調べたところ、上野公園には、寛永寺の大伽藍があったことがわかりました。 このようなことがきっかけとなり、歴史的な散策をするようになりました。インタ ーネットで呼びかけると同好の人たちも少しずつ集まってきました。 少し視点を変え、江戸をキーワードとして、東京を散策すると、近代的な中にも、 江戸を勉強できる、風景、文化、建築、花木などが想像以上に残っていると感じま した。 東京に暮らす人々は、東京が城下町だったことを意識しないで日々を生きていま す。しかし、城下町であったと、気づくと江戸の下絵が見えてきます。それぞれの 時代に暮らした人々の息づかいも感じられるようになります。 季節、時間を変えながら歩くと、風景の変化に驚きます。ある時、私達の周りか ら貴重な遺産までもが、知らない間に失われていると感じてきました。このままで は、日本の文化遺産を継続できなくなると思います。 インターネットで呼びかけた登録者は、5年間で540名(2006/9/28)を超えています。 交流会参加者は01年第1回は15名から、06年第34葛飾柴又散歩では、3回で104名と なりました。延べ参加者で人数2,800名を超えました。参加男女比率は男60% 女40% です。年齢は22才から65才位まで、平均は45才程度です。 私は「江戸歴史散歩の会」を通して、文化を残す運動を起こしたいと思います。 同じ夢を抱く人と協調できれば幸いと考えています。 【コース選定の基準】 1---40名程度が、集まりやすい出発地 2---史跡、旧跡、名所のポイントを徒歩15分程度で結ぶ 3---ポイントのカテゴリが重ならない 4---グループで見学できる場所かどうか 5---コースに歩道がある 6---綺麗なトイレが3か所程度ある 7---休憩を合わせて、概ね4時間程度 8---事前申し込みの必要の無い、又は、簡易な申し込みのポイント 9---危険な場所がないか確認する 10-突然の雨の場合のルートを考える 11-途中で帰る方の交通方法を考える 【資料収集方法】 1----東京都立中央図書館5F東京室 東京の地域情報 必要なものをコピーする 2----各郷土資料館 地域資料館は必ず行きます。資料を買う、解説書をもらう 3----現地縁起書、教育委員会説明書 当然ですが、現地が一番詳しいです。宮司、僧職に解説を請う 4----1:10,000の地図 神社、寺院が詳しく乗っているもの。 【江戸歴史散歩のトップページ】 http://www.asahi-net.or.jp/~jt7t-enmt/
「コンパクト・デジカメによる花の撮り方ガイド 」===============================↑top 【マクロ機能付を選ぶ】 読者の皆様の中には、コンパクト・デジカメを使って、きれいな花の写真を撮ってみたい! と考えておられる方々もおられるのではないでしょうか? まず、カメラを購入する時に、マクロ機能(接写機能)が付いているかどうかを確認して下 さい。被写体にどれだけ寄れるかは、機種によって違います。極端なクローズ・アップを中心 に撮りたい場合は、1�pまで寄れる機種が必要ですが、最高5�p〜8�p位まで寄れるカメラで あれば、十分でしょう。 【アングルを決める】 さて、カメラを持って外に出ました。あるお寺の境内にヒガンバナが見事に咲いていたとし ます。まず、傷ついたり、汚れたりしていない株を探しましょう。次ぎにその株がどのアング ルから撮ったら、最も美しく見えるか、実際に被写体にカメラを向け、モニターを覗きながら 決めていきましょう。 その時、大事なのはどの部分を強調したいのか、ということです。それから、被写体だけで なく、バックの処理の仕方についても考えましょう。 おそらく、株全体を撮るにしても、特に、花にピントがピッタリ合うようにしたい場合が普 通でしょう。どうすれば良いか。まず、オート・フォーカスの設定は変えずに、画面の中央で ピント合わせをするように設定しておきます。 【ピントは雄しべに】 モニターを見ながら、花を画面の中央に来るように持ってきます。そして、シャッターを半 押し(完全に押し切らないで少し押す)し、ピントが合ったかどうか、目で確認します。花の 写真の場合、雄しべにピッタリとピントが合うようにするのがこつです。良いと思ったら、シ ャッターを半押ししたままで、被写体との距離は変えずに、撮りたいアングルに画面をずらし ます。背景に余計なものが入っていないか、逆に、入れたいものが入っているかまで見極めた 上で、シャッターを押しきります。シャッターを押す時にカメラが揺れないように、手でしっ かりと固定しましょう。ピンボケだと思っている写真の多くは、手ぶれによるものです。首か らぶら下げたカメラの紐をピンと伸ばして撮るのも、一つの方法です。一脚、三脚などを有効 に使うのも良いでしょう。固定できたと思ったら、息を止めて一気に押し切りましょう。 【ちょっとした工夫】 気に入ったアングルで、何枚も同じ写真を撮ってみて下さい。(消すのは簡単ですので。) 何枚かに一枚、ブレのない、きれいな写真が撮れていれば、しめたものです。 さらに言えば、 (露出による)画面の明暗も、半押し機能で調整できます。中央でピントを合わせると同時に、 画面の角度をずらすことによって、画面が暗くなったり明るくなったりします。ピントだけで なく、画面の明暗も意識して、シャッターを押し切るようにすれば、より表現は広がります。 試してみて下さい。