白馬の民話
今回は「おつる」という女の子に起こる悲しい物語です

ちょっと長いお話ですが最後まで読んでくださいね



鶴が池の主(つるがいけのぬし

(沢渡)

 むかし、神城(かみしろ)のあたりはいちめんの沼地でした。沼地は次つぎと、田んぼにかわりましたが、ただ一つ大きな池がのこり、人びとはそれを鶴が池とよびました。
 池のそばの道は千国街道(ちくにかいどう)です。そのすぐそばに、およそ三かかえもあり大きな「ヘボチ」の木がありました。この木は旅人にとってたいせつな目印でした。
 ヘボチは湿原(しつげん)近くに育ち、大きくなる木です。
 いつからか、この木のそばに若い夫婦が住みつき、やがて、かわいい女の子が生れ、「おつる」と名づけました。
 おつるが十七歳になった、冬近いある晩のことでした。りっぱな若者が家の戸をたたき、
「わたしは道にまよい、困っています。どうぞ一晩とめてください。」
と、たのみました。気のどくに思った夫婦は、若者を一晩とめて、あたたかくもてなしてやりました。
 冬がすぎ春がくると、田畑の仕事がいそがしくなってきて、仕事につかれると、おつる親子は、いつもヘボチの木のかげで、ひと休みしました。

「きょ年の冬近いころだったが、とまっていったあの若者は、いってえどこから来たずら。」
「そうだいね、今はどこにどうしているずら。」
 おつるの両親が、こんな話をしているのを聞くと、おつるはいつも、ぽっと顔を赤くしました。 ところが、それから数日すぎたある夜のこと、おつるの寝ているまくらもとに、あの時の若者が、だまってすわっているのです。おどろいて声を出しそうになったおつるの口に、若者は、さっと手をあてて青ざめた顔でいいました。
「わたしは、あなたを、はじめて見た時からとても好きになつてしまいました。わけがあって、ひののき(日中)には、たずねてこられないのです。」
「まあ!、そうでしたかね。おらもまい日おまえさまことばかり考えておりました。」
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 二人は、この夜から人目をしのんであっていました。
 ところが畑の仕事が、ますますいそがしくなったある日のこと、おつるは、ひどく腹がいたくなって苦しみました。
「おめえ、このごろ顔色がよくねえが、まさか父ちゃや母ちゃに、かくしごとでもしているじゃ、あんめえなあ?」
と、母親にせめられて、おつるはとうとう、かくしていたことをしゃべってしまいました。
 びっくりしたおつるの両親は、
「何てこった!この親不孝者が!それであいつのようすは、どんなふうだっただ?」
とせきこんで聞きました。おつるは泣きながら話しました。
「肌は凍りのように冷たかったわね。」
それを聞いた父親は、きびしい声で、
「こんどやつがきたらな、針に長い糸を通しておいて、着物にさしこんでとめておけ。」
といいました。
 その日も夜になると、若者がおつるのもとへしのんできました。その時おつるは、思いきって父のししつけどおりにしました。
 朝になってよく見ると、糸は障子の穴からぬけ出ていました。三人は血にぬれた糸を、おそるおそるたどっていくと、その糸は鶴が池の中に消えていました。
 鶴が池には親子三匹の大蛇が住んでいたのです。
 おつるは恐ろしさのあまり、気をうしない、たおれてしまいました。父親と母親はあわてておつるをだきおこしましたが、二人とも体がふるえ、青ざめていました。
 その時、池の底からうめくような声が聞こえ、なにやら話し声が聞こえてきました。
「わりゃまあ、体へ黒金(くろがね)をさされて……、そんななりになっちゃ、どうせ生きちゃいられめえ……。とんだことをしたむんだ。」
「おら、おら……、おつるが好きになってしまっただ。それにおつるの腹にゃ、おらの子をのこしてきたわ、おら、どうしたっておつるが好きだ。おつるがすきだ。」
「ばかいうでねえ。人間てもんは、りこうなもんだ。そんなもの、よもぎ・しょうぶの湯に入って流しちまうわい。」
 これを聞いた、おつる親子は、ころげるように家ににげ帰りました。そしてさっそく、よもぎ・しょうぶの湯につかったおつるは、二日たつと、蛇の子のような、ぐじゃぐじゃとしたものを鬼笊(おにいざる)に三つも産み増した。
 ところがおつるの耳の底には、池の底から聞こえてきた「おら、おつるが好きだ」という若者の声が残っていて消えませんでした。
 そのころから、おつるはすがたを消してしまいました。
「おつるは、いったいどこへ行っちまったもんずら。」
「きっと鶴が池にでもむぐったっちゅうことじゃねえかい、もうらしいこんだいな。」
と口から口へとうわさが広がりました。
 そのころから、このあたりでも、めずらしい黒っぽい色をしたサンショウウオが鶴が池に住みつくようになりました。
「ひょっとしたら、あの黒サンショウウオは、おつるの生れかわりかもしらねわな。」
「きっと、そうにちげえねえ。」
と、人びとは、うわさしあったといいます

白馬の民話より

次回もお楽しみに・・・!!
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