盗賊都市
City of Thieves
Ian Livingstone
1983
日本語版初版:1985年10月20日


シルバートンの市長からの依頼で、「君」は「盗賊都市」と呼ばれるポート・ブラックサンドに潜り込み、魔術師ニコデマスの助言を受けて必要なアイテムをそろえ、「闇の王者」ザンバー・ボーンを倒す。

なんとなくスッキリしない粗筋ですが、実際のところ、この作品は3部構成になっていて、それぞれに目的が違っています。そのせいで、全体としては一貫していそうで、その実バラバラなストーリー展開になっているのです。
3部構成といっても、はっきりと章立てされていたりするわけではなく、便宜的に分けてみただけなんですが、
1.魔術師ニコデマスを探し出す
2.必要なアイテムを探し出す
3.「闇の王者」ザンバー・ボーンを倒す
となっています。以下、それぞれについてもう少し詳しく書きます。

まず、最初に「君」はシルバートンという市で、魔術師ニコデマスを連れてきてほしいと頼まれます。というのも、「闇の王者」ザンバー・ボーンが市長の娘を差し出せと要求し、それを断るとムーン・ドッグを送り込んで住人を襲ってきたので、事態に対処するためにニコデマスの力を借りようというのです。
そこで、「君」はニコデマスの住む「盗賊都市」ポート・ブラックサンドにおもむき、そのどこかにある彼の住居を探し出します。

続いて、ようやく探し出したニコデマスは、冒険をするには自分はもう年を取りすぎているので、「君」にザンバー・ボーン打倒の方法を教えると言います。その指示に従い、「君」は額に「黄色い太陽の中に白いユニコーンの刺青」を施し、そして「黒真珠」「魔女の髪の毛」「ハスの花」の混合物と「銀の矢」を入手するために、さらにポート・ブラックサンドを探索します。

首尾よく装備を整えた「君」は、ポート・ブラックサンドを後にして、ザンバー・ボーンの塔に行き、かの「闇の王者」を滅ぼします。

とまあ、そんな感じです。
なぜこんな回りくどい仕掛けになっているのかといえば、それはこの作品が、物語の舞台の中心を都市に設定している点に理由があるのでしょう。
これまでのシリーズ作品の中で、ファンタジーものが、ダンジョン→屋外(森)と舞台設定を変えてきていたところで、次に都市を舞台にしよう、というのはごくわかりやすい発想です。また、ファイティングファンタジーシリーズのコンセプトとして、そういったゲームのオーソドックスなバリエーションを読者に伝えていこうということがあったんだと思います。
当時のイギリスにおけるゲーム事情は知りませんが、日本では特に、ファンタジーをゲームとして遊ぶ際のテクニックが読者の側にありませんでした。そこで、作品を追うごとに舞台設定を変えていくことで、それぞれの舞台設定に応じた遊び方・魅力を読者に教えていったわけです。
以下、簡単に舞台設定の違いについて述べます。

ダンジョンというのは、基本的に行動範囲が通路の形に制約されているため、読者に提示する選択肢がきわめて限定されていてもそれなりの説得力があります。ただし、ストーリーはダンジョンそのものには希薄です。せいぜいが、通路を進んでゴールを目指すという行動を取るための裏付け程度にしかなりません。極端な話、ゴールまでストーリーを忘れてしまっていても問題ないのです。
物語の舞台が屋外になると、行動範囲はダンジョンの比ではなく広がります。とりあえず東西南北・四方八方へと、地形や障害物に規定される範囲内ではどこへ行こうと自由になるわけです。そこでは、読者に提示する選択肢への裏付けとしてのストーリーが必要になります。
都市という舞台では、行動範囲は一見すると屋外と同じです。ただ、屋外ではたとえば選択肢を選んで移動した先になにもイベントがなく、風景の描写だけ行われたとしても説得力があるのに対し、都市ではそうはいきません。都市の景色というものには、絶対になんらかの意味があるからです。読者に対して提示する行動が根本的には空間の移動に過ぎないという点で、屋外とダンジョンとは選ぶところがありません。他方、都市というのは人間(その他の生き物がいる場合もありますが)の住む場所であり、人間の作った建造物・道路・広場であり、どこを見ても絶対に人間が現れる舞台なのです。
人間が現れるということは、そこになにかしらのイベントが起こるということです。都市では、空間の移動ではなくイベントからイベントへの移動をするのです。そして、イベントの連続は、その積み重ねでの「物語の生成」を可能にします。ダンジョンや屋外といった舞台でもそれはもちろん可能なのですが、ただ、それには都市よりもはるかに長いスパンを必要とするのです。
都市を舞台としたシナリオでは、行動への裏付けとしてのストーリーもさることながら、過程で生み出される物語に、もっとも魅力があります。つまり、都市で行動をするということ、そのものに魅力が存在するのです。

ただ、それを楽しむには、読者の側にある程度のテクニックを要します。
ダンジョン・屋外と順当に冒険のステップアップをしてきた読者にとっても、それはなかなか容易にはできません。ですから、まずは手始めとして、この『盗賊都市』では、前作までと同様の手法を取り入れ、明確なストーリーによる読者の行動の誘導を行っているのです。都市での冒険はこうして楽しむものだと教えるために、それまでと同じ枠組で読者にまず体験させよう、というわけです。
ゲーム中の3つのパートのうち、都市内部での「魔術師を探す」「必要な装備を整える」という2つのパートは、都市の物語を楽しむための手引きとして設定されていました。そこで提示される目的に従って遊んでいるうちに、都市の冒険の魅力が自然とわかってくるようになっているのです。そしてこれこそが、ファイティングファンタジー第5巻目としての『盗賊都市』の狙いなのです。
しかし、本来とは異なる手法を用いたために、ストーリーの決着は都市の内部で完結させるわけにはいきません。ですので、ほとんど「いらないオマケ」として、3つ目の「ザンバー・ボーンを倒しに行く」というパートがくっ付けられることになったのです。

「闇の王者」なんていう仰々しい名前を持っているくせに、ただの捨て石にすぎないんですね、ザンバー・ボーンは。気の毒なんですけど。
その証拠にか、歴代の悪の親玉の中でも、ザンバー・ボーンはめちゃくちゃ軽い扱いしか受けていません。どんな悪行を働いたかといえば、語られているのは「ムリな求婚をした」ことと「犬を放した」ことだけ(まあ、死者も出てますが)。名前負けしているというか、なんというか、とにかくかなり小悪党っぽいです。ファイティングファンタジーシリーズの設定資料集『タイタン』という本にも、項目もらえていませんし。それどころか、ざっと読み返してみたところでは説明すら載ってないようです。

むしろ、『盗賊都市』における真の立役者は、街の支配者アズール卿です。アズール卿は腐敗した街の中でももっとも危険で謎めいた存在として描写され、彼の存在をほのめかし、ちらつかせることで、盗賊都市たるポート・ブラックサンドの性格は際立たせられているのです。それは、都市をストーリーの通過点であるという形式をとりつつも、実質は都市そのものを描くことを目的としていた作者のリビングストンが、周到に用意した狂言回しだったのでしょう。
実際、アズール卿のほうがザンバー・ボーンよりも数倍印象的で、かつボスっぽいです。『タイタン』の中でも紙面を割いて詳細に語られていますし……。

直接の続編ではありませんが、ポート・ブラックサンドという都市の物語の続編として、ファイティングファンタジー第29巻『真夜中の盗賊』もあります。

それと、『バルサスの要塞』でちょっと触れた訳語の問題ですが、この作品でもなぜか「妖怪」という単語が使われていることを発見しました。まあ、どうでもいいことですが、とりあえず。


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