新農民時代(百姓天国創刊準備号)

 

 

私の農業日記 その一

                          

◆一九九○年一月二十三日(火)くもり後晴れ。

 今日、テーラーを入れて麦踏みをする。

 三年ほど前から、クロバー共生の稲作・麦作を、不耕起・直播で繰り返してきたが、初年度偶然に成功したものの、二年目には、鳥と虫の害によって籾と芽が食われ尽くし、苗をもらって移植し直さざるを得なかった。三年目の今、クロ-バーの繁殖も思ったほどいかず、秋草・冬草がかなり圃場をおおっている。今年も失敗の見通しが濃厚となる。

 この福岡式農法は、クローバーをうまく利用し、活かさず殺さずして他の雑草を抑制しながら緑肥とする。同時に鳥から籾や苗を守る役目をも果すやりがいのあるもの。

 今後の米の自由化に向けて省力化でき、大規模に安全でおいしい米を作らねば、日本の農家のみでなく、日本の国そのものにも明日はないと思いつつ試行して来る。理論的には完成しているものでも、実際に個々違った条件下にある土地において理想通りもっていくには、多少なりとも時間がかかるだろうと覚悟する。でも一つ狂えば、農法そのものをも変えなければならなくなるので、まことに大変。今年も田植えをするはめになりそうだ。

 

◆一月二十五日(木)晴れ、低気温マイナス8度。

 今日はかなり冷え込み、鶏舎の中のバケツの水が厚く凍りつく。ここ数年異常なくらい暖冬だったので、寒さに対する抵抗力が落ちたのか、やけに寒い。自給用の地鶏が、寒さの為産卵をここ数週間ストッブしている。温度調節のきかない吹き曝しの小屋では、鶏たちも大変。

 夜8時、NHK教育テレビで『ETV8/夢野久作と竹中英太郎』を見る。

 奇怪な胎児の幻像。その胎児が見るという「生命そのものの悪夢」。

 夢の又夢。

 

 直線的「時間」の観念に困われた進化論からではなく、生命そのものの持つ、避けることの出来ない業(カルマ)か。胎児がこの世に生まれてからも、その「悪夢」は見続けられる。環境破壊・放射能汚染・飢餓・天変地異・戦争等々・・・・・。

 久作の本の中に、英太郎の插し絵があやしく光る。九州の八幡製鉄争議・水平杜運動等に身を投じたが。関東大震災直後に上京し、口を糊するため插し絵を描き始めたという。然し英太郎の志操はあくまでも革命であり、二・二六事件後間もなく満州に渡る。だが革命の夢見果せず帰国。日本の東北地方では冷害・豊作飢饉等で農村の苦悩は深刻になり、女子の身売りが相継ぐ。やがて日本は軍部の手によって戦時体制が敷かれ、世界大戦へと投げ込まれる。

 そして今も、私達の回りには様々な苦悩・地獄が描き出されつつある。

 玄怪な胎児のイメージがだぶる。

 無限に継続する「悪夢」の連鎖。

 

 この「悪夢」の連鎖を断ち切らねば・・・。

 

◆一月二十七日(土)晴れ。

 畑から収穫し残しておいたカブを取って来て料理してもらう。東京の友人から送ってもらったサケといっしょに鍋物にしてもらう。やわらかくて美味。マイナス6度からマイナス8度まで気温が下がる日が続いているのに、凍みずにいる生命力の強さに驚く。

 しばらく見にいかなかったキャベツの苗作付区画内で、鳥がしきりに葉をついばんでいる。よく見ると、キャベツの苗の葉がほとんど白い太い筋を残して食べられてしまった。今までになかったこと。回りに質の良い食ベ物がないということか。近隣のキャベツ畑ではそのような被害はないようだ。

 夜、依頼されていた原稿を書きながら一人考える。

 もし万有に、己を生成、発展させようとする「我」(意志)があるのなら、組織や団体、国家、体制などの、社会的集合の中にもその「我」が認められ、大抵の場合、その中にいる有力者(層)の「我」の影が見え隠れすることになる。そして、それぞれ己の欲求を主張し、己の価償基準を正当化・絶対化することから、それぞれの「我」の衝突が、個人対個人なり個人対国家から、国家対国家や体制対体制までの様々なレベルでの闘争をもたらすことになる。

 それでは、このような衝突・闘争が果たして、この世界から消滅し得るだろうか、更に永久平和なるものは実現され得るだろうか。もし、この為に「我」を捨て去ることが必要とされるなら、問題の解決どころか、問題そのものがなくなってしまう。この世に有るということから、「我」を切り離すことなど絶対に出来はしないから。

 そうであるなら、「ユートピア」なるものは如何なる理念の下で成立し得るか。

 即ち、一切の「我」が打ち消し合わず、互いに活かし合う、万物斉同の状態が理想となる。但し現実の世界では、「我」と「我」とが全く衝突し合わないということはなく、却ってその衝突が、この現実界の中で万物斉同の状態を、動的均衡の上に保つ役割を果す。

 ところで、この万物斉同の状態の背後にも、これを生成・発展せしめようとする「我」があるはず。

 この「我」は、一切の「我」を包み込み、慈悲もって活かしめるものでなくてはならず、「大我」とも呼ばれている。そして、それが持つ普遍的な精神を、全宇宙に貫き亙る理法と言うことも出来る。

 一切万有はこの宇宙の理法に従うことによって初めて、万物斉同の世を現出させ得ることが出来るだろう。諸々の狭い「個我」に囲われた低レベルでの争いは、この「大我」に目覚めて初めて、止むことになる。そしてその一番の近道は、これからの主導者となるであろう若い者達の「我」と同時に、現在社会において大きな力を有する組織・団体・国家の「我」(即ち実力者の「我」)をも目覚めさせることだと言う。それほどの「我」は、たとえ今道を誤っているとしても、必ず悟り得る素質を持って生まれて来ているからだろう。

 以上が、ミスターXさんの言いたいことなのだろう。

 

◆一月二十八日(日)くもり時々晴れ(東京)

 大地を守る東京集会に一般参加する。

 長崎市市長に対するテロ事件の後なので、天皇制に関する論議が自主的に差し控えられているみたい。講演者の井上ひさしさんも少し神経質ぎみ。でも堂々と(わざわざと)天皇の戦争責任に就いて自身の意見を述べられる。

 消賞者からのメッセージの中で「ただ安全でおいしい農産物が宅配便で送られるだけでは何か物足りない。会員の交流の場が是非必要だ」という意見が出される。今後の大きな課題といえるだろう。

 帰りに妻と新宿で飲む。

 「もし生産者と消賢者との提携運動が、単に安全で高品質の生産物のみを媒介として成立しているなら、自然・有機農法の普及と同時に大資本が流通を抑えることになれば、当然そのような運動は崩壊せざるを得ないだろう。そして百姓は、依然としてこの現経済システムの中で、大資本の搾取のままということになる。

 どうせやるなら、生産、流通、消費の各分野において、志のある者達が共に協働し合って、現経済システムの破綻・崩壊の後に入れ代わるべき、新しい経済システムを準備してゆくことが心要ではないか。せっかく、自然・有機・低農薬農業を切っ掛けとして、全国各地に、産消提携・地域自治社会・自然協働体村・百姓独立国等々の、新しい息吹が生まれて来ても、流通が大資本に握られ、現経済システムが崩れ去らない限り完全にアウトということ。それらの息吹もやがて掻き消されてしまう運命にあるのだろう。何とか、新経済システムを準備していける方向で大衆運動を起こさねば・・・。」

 以上のようなことを飲みながら話す。東京にある妻の実家に一泊。

 

◆一月二十九日(月)くもり時々雨(東京)

 今日都内にある「自然食品」大手卸しを二社訪ねる。

 過疎村に、一挙に共同体若しくは協働体を作ろうとしても、今の日本の状況下では決して大衆運動にはならない。来るべき難局を乗り切る為にその方向は重要であるが、現時点においては、日本を幾つかに区分し、その区域内で主要作物等は自給できるようにしておく必要がある。そしてその中には、新しい経済システムに基づいた新しい自治社会が、各地に根をおろしていることが必要だろう。大部市の消費者は、とりあえず全国各地の自治社会と提携し、いざという時の避難先を確保しておくこと。

 各地域の生産者のネットワーク、大都市及び各地域のネットワーク、そしてその両者を結ぶ流通のネットワーク。以上の三者を如何に有機的に結びつけ、新しい経済システムを準備してゆくかが大きな問通となる。私自身の意見としては、主要作物は各地域で自給するのが原則だと想うので、まず地城内の生産者と消費者との再編成を目指し、その両者の提携・交流の場若しくは核として、各地域に流通を準備しなければと思う。」

 以上のような思いから、その両者の再編成の核、交流の場として「自然食品」店を開くことを妻と話しあっていたので、その調査としで卸し会社を訪れる。ラーメンからハミガキ粉まで何でもあり、品種も二千点越えるとのこと。加工の段階では添加物は自然のものに限られ、ほとんど化学物質は使われていないと言う。でも、その原料となる農産物自体に関しては農薬等が使われている場合も多いのではないか。

 特に想ったのは、このような大手の流通に乗せるには、生産者も大規模にやっていなければならず、生産コストの引き下げ努力が要求されるだろうということ。現経済システムの中では生産者は、常に搾取の対象として止まるしかないのだろう。

 「自然食品」店を開いても、この大手資本の利潤追求の手先にしかならないのであれば、何の意義もなくなってしまうではないか。新経済システムを準備しながら、しかも経営として成り立っていける方向で、店を準備しなければと再確認させられる。

 (「新農民時代」創刊準備号 1990.2.15 掲載)

 おわり

 

つづく

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