地域協働社会作りへのお誘い

 

全国農街道第三十六次山梨甲府宿からのメッセージ

森本 優(2004/01/01)


 

一、グローバルな自由市場経済の土俵上で起きていること

 

 農業の分野では、商社等が中心となって、栽培技術・種子等を中国や第三世界に持ち出し、認証やトレーサビリティ等々の制度により差別化したより安全な農産物・加工物を、より安価に大量に輸入しています。

 また、国内外で、遺伝子組み換え作物による省力・大規模栽培での生産コスト削減の試みがなされています。

 工業の分野でも、生産の場を国内から海外に移し、安い人件費・固定費等で高品質の工業製品が安価に生産され、全世界に販売されています。国内では、より高度な先端技術を駆使した製品を開発して競争力を維持しようとしていますが、技術や頭脳は海外に流出しやすく、生産の場は依然として海外に依存することになります。

 金融の分野では、不良債権処理に手間取り、新たな不良債権を抱え込むのを恐れて、充分資金が中小企業に回らず、また中小企業も国際競争の中で慎重にならざるを得ないのが現状です。

 以上のように、経済効率が何よりも優先されるこのグローバルな自由市場経済にあっては、人件費・固定費等の負担が大きい日本では国際競争力を失い、国内の特に地域産業は衰退してゆく傾向にあります。そこで大半の企業は、人員整理により利潤を確保しようとしていますが、そのため失業者だけでなく一般社員にも将来に対する不安が広がり、消費を控えるようになるので、更に景気を冷え込ませることになっています。

 このように、国内地域産業の空洞化と日本経済の漸進的崩壊、そして資本の論理に基づく世界再編成(支配)は、このグローバルな自由市場経済の必然的結果と言えます。

 

二、日本経済の立て直し策(大前提の立て直し)

 

 「衣」・「食」・「住」・「金」の立て直しの中で、現在特に立て直しが必要なものは「食」です。

 国際競争力に乏しい国内農業では担い手の高齢化が進み、その為その担い手を個人・家族から法人等に移してゆこうとする動きが強まっています。

 特に、公共事業の見直しで仕事が少なくなっている建設関連企業では、農業法人を設立して農地を借りて環境保全型の農業に取り組み、付加価値のある農産物を生産・出荷しているところも多くなってきています。

 そのような試みは当然評価されるべきものなのでしょうが、WTOが指向するグローバルな市場経済を前提としているため、不安材料が山積しています。成功すれば、巨額の富を得られるかも知れませんが、失敗すれば負債が嵩むだけです。

 また、国際競争力がない米・麦・大豆等の基礎食糧は、国内では切り捨てられてしまいます。

 私は、そのようなグローバルな自由市場経済を前提とした社会にありながらも、基礎食糧の地域内自給を守り、地域を再生しながら代替社会を構築するため、以下の通りのやり方で地域内での自給を指向した経済圏を準備してゆくことを提案します。

 すなわち、基本的な食べ物は地域で(自ら)作り、地域で(自ら)消費し、余剰物・特産品等を大消費地で販売することを原則とするものです。

 そして、農産物を貨幣で買うというシステム・意識構造から、農産物を地域全員で(自ら)育て自然の恵みを頂くという意識変革を経て、地域内の人作り、工業・サービス・金融等の諸分野をも含めた地域協働社会作りにまで、射程範囲を広げるべきであると考えます。

 グローバルな自由市場経済の土俵上では、物資の輸送路を確保するためにも、海外派兵のための軍隊を設置し、同盟国と集団安全保障体制を整えなければならないと言う話になってしまうのでしょうが、もしその地域協働社会という自立した礎が日本国内に幾つもでき、繋がり合うようになれば、そのような軍隊は必要ではなくなります。また、日本という国の政治・経済が破綻したり、天変地異等が発生したりしても、地域住人が生き延びるだけの最低限の基礎は国内に準備しておくことも可能となります。

 さて、自給経済圏の農を担う者は個人・家族だけでなく、法人等も大きな役割を求められています。担い手の高齢化という事実からだけでなく、意識変革が個人レベルより容易であり、雇用対策という要請もあるからです。

 また農地に関しても、土地神話が崩壊し、また事業所の海外移転や人口の減少傾向も加わり、農地を工場用地や宅地等に転用しても、採算がとれるかどうか不透明な状況になってきていますので、今後担い手の高齢化が急速に進み、現状維持のまま耕作が放棄される農地が急激に増えてゆくものと思われます。その為、担い手の法人等による交替は、差し迫った課題となっています。

 ところで米作りに関して言えば、国の方針としては、少数の専業農家及び企業・組合等に農地を集約して大規模生産を勧め、生産コストを下げさせることで輸入米との競争に勝ち抜こうとしていますが、このようなやり方では、規模拡大の程度が限られている日本国内では、既に結果が見えているというものです。

 そこで日本が採るべき方向としては、このグローバルな自由市場経済の土俵の上では、自由競争の中で国際競争力がない第一次産業は切り捨てて、高次な産業だけでやってゆこうという経済界主導の考えが主流としてあります。

 しかしこのような考えに従うことは、資本の論理の下、技術・頭脳等が海外に流出し、物作りを担う第一次産業以外の国内産業も同時に空洞化している現実を見るなら、賢明な選択とはとうてい考えられません。

 私は、これからの日本では、政府の方針とは反対に、一億総兼業農家(自給生活者、即ち何でも屋)になるべきであると考えています。

 この途方もない力を持つに至ったグローバルな自由市場経済に、もしブレーキをかけ得るとするなら、それは地球全体が完全に管理・統制された全体主義社会になるか、若しくは、地球上の住人が、各々の心の内に、自ら足るを知り自然の恵みに感謝することのできる自給生活者としての価値・楽しみを、育ててゆくことができるかの、どちらかの場合だけでしょう。

 当然、宇宙の理法(タオ)に適うのは後者のはずです。

 自ら耕して育てた作物は、たとえ見てくれが悪くても、また少しばかり虫に食われていても、出来の悪い息子・娘と同じように、市場で流通しているどの作物とも比べようもないほど愛着のあるものです。

 そのような愛着を、たとえ直接農業に携わっていなくても、何らかの形で地域の農業に参加して、知ってほしいと思うのです。

 遺伝子組み換え作物の登場は、グローバルな自由市場経済の下で利潤や経済効率のみを追求してきた当然の結果と言えます。毒性を持たされた遺伝子が他の従来の品種に入り込み、私たちの子孫の命にまで影響を与えるようになるとしたら、取り返しのつかない環境汚染を私たちの代に許してしまうことになります。

 さて、農業の担い手に関しては、まず自給生活者の育成と共に、企業による自給努力も求めてゆくべきだと考えます。

 すなわち、社員の福利厚生として自給米等を生産・加工して社員に還元し、または現物支給することも考えて良いのではないでしょうか。

 また、国内企業において国際競争力をつけるためには、国内の人件費・固定費等の諸費用の負担が低くなり、同時に海外のそれが高くなることが必要になりますが、社員の賃金が相対的に減少した分を補填する意味でも、社員に対して自給農産物を現物支給することは、今後の政治的・経済的世界情勢の変動や天変地異を引き起こす不安定な自然環境等をも合わせて考えるなら、当然検討してゆかねばならないことだと思います。

 ところで、農業の分野を、自らの国際競争力をつけるための人員整理、すなわち切り捨て場所として注目している企業もあると思いますが、農業及びその周辺の産業(加工・観光等)の持つ隠された価値を再発見すべきだと思います。その上で企業は、自らも活きると同時に地域も活きる方策を立て、実践してゆくべきなのではないでしょうか。

 更に、環境保全型農業を実践し、若しくは支援していることで、企業イメージも向上するはずです。

 食べ物というものは土地と切っても切れない関係(身土不二)にあり、それぞれの土地に住む人々がそれぞれの土地で育てられた産物を食するようになるなら、自らが住み生産の場としている土地や水等、自然に対する環境保護の意識も、自ら高まらざるを得なくなります。

 以上のようにして、個人レベルだけではなく、企業レベルにおいても自給努力を進め、農業分野での事業化に向かう場合においても、まず地域内自給を大切にし、次に余剰農産物を大都市の消費者に提供するようにしたいものです。

 ところで農産物・加工品等を消費者に提供する際に、地域協働社会作りへのお誘いとなるような工夫は当然すべきでしょう。地域協働社会作りは、とりもなおさず人作りでもあるからです。

 代替社会を準備するためには、エネルギー保存の法則から、この途方もない力を持つに到った自由市場経済の土俵にありながら、その力を、土俵の外にある代替社会実現にむけてどのように利用してゆくか、明確に展望を示す必要があります。個人的な自給自足のレベルに止まるなら、その自由市場経済の波に呑み込まれるだけでしょう。

 それぞれの地域において、地域協働社会作りに必要な事業体を幾つも設立し、地域で金が回ってゆくシステム(地域自給経済圏)を準備して、地域内での雇用創出と経済の活性化を図ってゆくべきだと考えます。

 したがって、現在のグローバルな自由市場経済による生産物と地域自給経済(地域自給圏内の市場経済)によるそれとが一定期間混在しますが、長期的展望に立ち徐々に地域自給率を高める方向で進めるようにします。

 

第三十六次甲府宿からの提案

NPO法人「天国米自給塾」(仮)の設立

 目的・・ 麦・クローバー草生米作りの普及と米文化の承継

 内容・・ 米作りの担い手・自給生活者の育成

  天国米を使った酒作り等の加工

  農地の保全

  環境保護活動(無農薬・無化学肥料)

  環境教育

 対象・・ 個人・法人

 

 

 次に「住」に関してですが、家は一生に一度の買い物、その動く金も大きいので、事業化に向くものと思われます。

 その事業化においては、県内・国内の林業の活性化・水資源の確保・環境保護等も視野に入れ、県産・国産の木や資材等を使った家作りを中心に置くようにしたらどうでしょうか。

 設計者・工務店・林業家等、趣旨に賛同して頂ける所に呼びかけて、地域協働社会作りのための住関連事業を立ち上げてゆくことを提案します。

 またエネルギー関連の事業に関しては、住宅関連事業の中でソーラーパネル・風力・水力・燃料電池等の、クリーンエネルギー発生装置の設置を提案させて頂くようにしたらどうでしょうか。エネルギーも技術的に個人で自給できる段階に差し掛かっていますので、住宅関連事業の中で取り扱えば良いのではないかと考えます。

 また同時に、くつろぎ・アート・音楽に合った空間作りや、環境教育の場の設定・ライフスタイルそのものの提案、等々も、してゆくようにします。

 住宅に関連した分野は広いので、やり方次第で地域協働社会作りのための事業化は可能と考えます。

 

 また「衣」に関しても、地域で綿等を作り、糸を紡ぎ、布を織って、衣類を自給してゆこうとする動きが出てきています。作り方、糸の染め方、織り方、デザイン等々に、工夫を凝らしたり、伝統の技法を復活させたりして、高品質なものを産み出せるなら、多少高価ではあっても、事業化は充分可能であり、その中で「衣」を自給してゆく技術を後世に伝えてゆくべきだと考えます。

 

 最後に「金」ですが、今まで貨幣は、自然と人との関係のみならず、ややもすると人と人との関係さえも抽象化し希薄なものにさせる方向で機能してきました。

 そこで、地域協働社会作りにおいては、地域内の自然と人、そして人と人とを強く結びつけるものとして貨幣を機能させるようにしたいと思います。

 すなわち、地域協働社会を指向した事業の立ち上げに必要な資金を融通し合い、志のある人達の参加を促し、直接参加できなくても応援して頂ける人々を結びつける要として、市民バンクの設立を提案します。

 それは、一般人からの預金を貸し出すのではなく、地域協働社会作りの為の事業設立・拡大等に参加しまたは支援して頂ける人達からの融資を低利で受けられるようにします。

 更に、資金だけではなく、事業化に必要なノウハウと事業を支える人的繋がり合いの機会をも提供し、事業そのものをバックアップしてゆくようにします。

 また当然競争原理は働き、事業として成り立たなければ淘汰されますが、地域協働社会作りに必要な事業であれば、互いにフォローし合い事業としてやって行けるよう協力し合うことになるでしょう。ここでは、利潤の追求というより、使命感(理念)が重要な要素になっているからです。

 地域協働社会作りは、さまざまな事業主体(衣食住関連事業、それらに必要な工作機器やエネルギー事業、そして流通・サービス・リサイクル事業、等々)の協働で行われ、雇用対策・地域経済の活性化にも繋がりますので、そのような事業の立ち上げ・運営のための市民バンクは、地域協働社会作りにおいて、重要な役割を持たされることになるはずです。

 そして、以上のような協働作業をコーディネイトする核としての組織・団体を、あらかじめ準備し運営してゆくことも必要となるでしょう。

 

 以上


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