随筆 『空跳ぶカエル 8』 終戦の日
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終戦の日  唐突なんだけど、君は迷子になったことがある? 誰でも一度はあるよね。そして、やっとの思いでお母さんに再会できた時、どんな気持ちだった? 泣き叫ぶほど嬉しかったよね。ボクもそんな喜びを夢見てお母さんを捜して歩いたの。だけど、ボクの場合は泣くのではなく、鳴いて喜ぶことになると思うよ。そんな思いを胸に母を訪ねて三千里の旅をしたつもり。 〜或る人家の庭にたどり着いたの。

 その家の庭には小さな池があって、そのほとりに背の高い庭木があった。その木を下から眺めると、真っ青な空の色にマッチした赤い花が沢山咲いていた。木の表面はテカテカしていて、滑りやすかったけど、天辺まで登って三千里先を見ようとしたの。木に登って遠くの景色を眺めて驚いた。三千里も歩いたと思っていだのだけど、僅か20〜30メートル先にボクが生まれた田んぼがあったの。ぼくらはあんまり遠くまで歩けないのか? これも遺伝子能力かと思いあきらめた。

 ボクが木の上で休んでいると、家の主人の話し声が聞こえてきた。

 今日は8月15日、終戦の日。昭和20年の今日も同じような晴天の中、戦争に負けたラジオ放送があったそうだ。それは、青い空に白い雲、そして赤い百日紅の花だった。今年も同じように青い空に百日紅の花が咲いた。

 そうなんです。ボクは百日紅の木に登っていたの。そして、思い出したように大きな声で「お母さ〜ん」と叫んだつもりだったが、その声はカエル語だったので、家のおじさんにはゲロゲロゲ〜ゲと意味のわからない声に聞こえただけだった。もっと大きな声でもう一度、ゲロゲロゲ〜ゲ(お母さ〜ん)と叫んだ。そうしたら、おじさんが怒鳴ったの。そんな所で騒いでいると鳥に食べられちゃうよ〜〜だって。

 その瞬間、ボクは殺気を感じた。黒いガラス玉のような鳥の目が、ボクを見つけると同時に鋭いくちばしを開いて、火のように赤い口がボクを目掛けて襲ってきた。 ヤバイ! と感じた途端にボクの後ろ足には満身の力が入っていた。

 そうです、ボクは高さが4〜5メートルもある百日紅の木の頂上から跳び出してしまったのです。こんなに高いところから墜落しては一巻のおわりだが、ものすごい速度で墜落し始めた。速度はますます速くなり、もうお陀仏だ! この世ともお別れかと覚悟を決めた。その時、頭能神経速度は数十倍もの高速となり、頭の中には様々な過去の思い出がスライドショーの様に蘇ってきた。今までは、お父さんお母さんの言うことを聞かなくてすみません。ごめんなさい。助けてください。あ〜ぁ神様・仏様・アラーの神様・キリスト様、決して悪いことはしませんので助けてください。と祈っても誰も助けてくれない。落下し続けた。 そうだ、この家の主人が毎朝仏壇に向かって祈っているあの言葉を唱えてみよう。『南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏・あ〜ぁ南無阿弥陀仏・ナムアミダ〜〜』『人生の中で今日が一番いい日です』『何が起きようとも今日が一番良いのです』と懸命に唱えた。

 懸命な祈りが通じたのか、無意識だけど空中で両手両足を開いてスカイダイバーのような姿勢をすると、落下速度と姿勢が調節できるようになったの。本能的なこの動作は遺伝子、良い遺伝子を頂いた父母に感謝したいが、その間もないままとうとう地上に激突して「ゲー」と叫んで一巻のおわりだと思った。その瞬間。バシャーンと大きな音と共に水の上に落下した。その後、ブクブクと沈んだが一命は留めた。

 そうなんです、運良く池の中に落下することができたのでした。

 しばらく池の中に沈んだ後、水面にボクの顔が出た。その時の波紋はゆっくりと岸に向かって広がって行ったの。その波紋の行く先を見て驚いた。その岸には土色をしたイボのような凸凹が沢山見えるではないか。これは何だ! なんだ! ボクは瞬きをしながらよく見ると、それは土がえるの家族が並んでいる姿だったの。ボクはほっと安心して「ケロケロ」(こんにちは)と挨拶したの。すると、彼らは黙ったまま次々と池の中に飛び込んで行ったの。何故か? 何故ダロウ? 普段は口数の少ない土がえる達は、あまがえる訛りのカエル語挨拶にビックリしたらしい。だけどボクもビックリしたことがあるの、それは彼らが飛び込む度にオシッコを噴射するので、あたり一面が小便臭いの。だから、彼らに『小便臭いよ』と教えてやったのだけど、それでも彼らは顔色も変えないで、イケシャーシャーとしていた。

 ところで、ボクが空へ跳んで、高い木から落下して無事にいられたのは、おじさんのお祈り言葉のおかげ。『何が起きても人生の中で一番良い出来事なんだ』と信じて、最大限の努力をしたおかげだ〜〜。 あ〜ぁ、良かった、よかった。

 ボクの無事を祝って友達は、ラジオの音楽に合わせて歌ってくれた。しかし、その歌はカエル語だったので、おじさんにはゲロ、ゲロ、ゲロ、ゲロ、ヴァ、ヴァ、ヴァ〜〜〜としか聞こえなかった。 

 


         

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