随筆 『空跳ぶカエル 4』 梅雨
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 梅雨  いつ頃、田んぼに水が入るか知ってる。 それは入梅前の五月中旬頃なの。 田んぼに水が入ると僕達は大喜びで集り、お祝いの宴会を毎晩開くんだ。 美味しい虫のご馳走が沢山居るし、綺麗なお姉ちゃん蛙も同席するので、ケロオケ大会も盛り上がって大騒ぎだ。 毎晩大騒ぎするのでとうとう声が嗄(か)れて、ゲゲとかケロケロとかゲロゲロとかあまり良い声に聞こえないが、僕の彼女はあなたの声は素敵ね、と言ってくれるんだ。

 ところで、君は田んぼの周りにピカピカ光るネオンサインを見たことがある。六月の初旬頃から薄暗くなる19時以降に沢山見ることが出来るの。 淡い薄緑色をしたネオンサインはボクの心を熱くするんだ。3秒程度の間隔で光る誘いは、ボクを呼んでいるのかと思ったの。それはボクの思い込みで実はホタルの愛の会話であることが判ったの。

 それを知った時、ボクは気を失って水の中に沈んでしまった。これを意気消沈と言うようだ。もうこれでこの世のお別れかと思い始めた。 その時、助けてくれたのが隣に居たケロ子ちゃんだったの。いっそう輝きを増したネオンサインの下では思わず彼女の手を握ってしまいたくなるくらいにロマンチックな光景だったの。

 その後、僕達は大切な行事をしたんだ。それは彼女と相談して愛の結晶を田んぼの片隅に置いたの。僕と彼女は私達に似た子供が誕生するのを楽しみに、卵の孵る日を待った。

 暫らくして待ちに待った日が来た。しかし、残念な事に卵から出てきた子どもは私達に似ているどころかナマズの子の様で、あまりの驚きにヒックリカエルをしてしまったの。 しかも、水の中を泳ぎ回っていているだけで、陸には上がらず、食べるものも水藻類で、とても自分たちの子どもとは思えない。ケロ子ちゃんは鳴きながら、「信じてください」「わたしはナマズと深い関係にはありません」と言ってくれたの。

 この季節、僕の気持を察してか、雨が降る日が多い。雨の日は移動しやすいので、雨が降る日に僕は泣き泣き元の家にカエルことにした。君は僕の家がどの方角か知っている。それはもと来た方向なの。だから北なの。  でも山が南側にある地形の場合は南になります。



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