6080 直結差動プッシュプル・5W モノアンプ(試作版)

初版 Aug.10,2008


 このアンプは、全段直結差動プッシュプル方式の実験のために試作した出力5Wのモノアンプです。回路構成は、電圧増幅にTVチューナー用双3極管6DJ8(現在は6RHH8)、ドライバーに双3極管7119(E182CC)をそれぞれ使用し、出力段はプレート損失が13Wx2の電圧調整用双3極管6080(6AS7G)単管プッシュプルで全段直結差動方式としています。


 あり合わせの部品で試作したためお見せできるような外観ではないので写真は夜景としました。左のドーナツ型の光は定電圧放電管でその隣が6080の長いヒータ、その隣が7119と6RHH8です。定電圧放電管の光は魅力的でゼナーダイオードには出来ない芸当です。


はじめに

 このアンプは昔から一度は試してみようと考えていた全段直結差動プッシュプル方式アンプの試作第1弾で、先に作製した6BL7 差動プッシュプル・ステレオアンプの好結果に勇気づけられ全段直結差動方式で試作して見ました。
 回路構成は、電圧増幅にはμが33の双3極管6DJ8を使用し、ドライバーにはμが24の双3極管7119(高信頼管:SQ)を使用しました。出力段はμが2でプレート損失が13Wx2の電圧調整用双3極管6080単管のプッシュプルで全段直結差動方式としています。

試作目標

 目標はあこがれの真空管式全段直結差動アンプに挑戦することに尽きます。本試作では全段直結のためのレベル設計の習得を目指しました。全段直結差動とは言っても出力段とスピーカーを直結するためのパーツ収集と設計ノウハウを身につける(色々な意味での)余裕が無かったので、出力段は出力トランス式A級プッシュプルとしました。また、レベル配分の設計を出力段からはじめた結果、初段のグリッド周辺の電圧が-200Vとなったため入力信号とNFBの経路はコンデンサ接続となり直流(DC)増幅器とはなっていません。

設計の概略

仕様
 構成:真空管式全段直結差動方式としたい
 出力:2Wから10Wの三極管A級プッシュプルとしたい
 ゲイン:
   入力を我が家の標準 0VU=0.3V RMSとする
   仕上がり出力 8Ω負荷
    2W時22.5db、5W時26.4db、10W時32.4db
 NFB:6db以上としたい

検討
 出力とゲインとジャンク箱の中身から実現可能な組合せを選ぶこととします。10W出そうなのはEL34三結ですが、このクラスの三極管を持っていないので7W以下で我慢することとしました。
・出力3Wなら出力管は6BL7(6BX7)で、ゲインはドライバーを12AX7とすれば1段でもぎりぎりセーフですが余裕を見て2段にしたほうが良いようです。
・出力7Wなら出力管は2A3がピッタリで、ゲインはドライバーが12AX7の1段では不足するため、低内部抵抗のドライバーを1段追加することが必要です。この構成での重要な問題は、直熱管と傍熱管のドライバーを直結すると立ち上がり時間差の間、直熱管がバイアス異常で壊れる可能性が大となることで、その保護のためのプリヒート用ディレイスイッチが必要となるので断念しました。
・出力7W付近ならテレビの垂直出力用複合管(6EM7,6GF7等)が使え、ドライバーは2A3と同じ構成で良く、ディレイスイッチも不要なのですが残念ながら手持ちがありませんでした。
・出力5W程度なら手持ちの傍熱型の電圧調整管6AS7Gや6080、6RA3が使え、ドライバーのゲインは2段で50dbあれば良さそうですが、この手の球は入力容量も大きく、μが2から3でバイアスが-100V級なので70VRMS以上のスイングを必要とする難しさがあります。

実現
 以上から複数保有している6080を出力管として、PP間5KΩのOPT、8Ωでの出力5W RMS、プレート入力21W(175Vx60mAx2)に決め、ドライバーはμが24で内部抵抗が2KΩと6SN7や12BH7Aより低い7119とし、電圧増幅はゲインが高くて入力容量が大きい12AX7は敬遠し、μが33で低入力容量、低内部抵抗の6DJ8としました。
 試作したアンプの回路図は、右の縮小画像をクリックしても表示できます。回路の解説等は次項を参照してください。
 性能的には、全段直結だけあって7119の出力までは広帯域ですが全体としては出力トランスの性能が効いているようで高域の減衰が28KHzぐらいから始まります。10KHz方形波応答に多少のリンギングが見られましたのでNFB回路に1000PFのコンデンサを入れています。システムの残留ノイズは0.5mV以下となっているようです。
 本アンプは30分程で状態が落ち着くようなのでバイアスやバランス調整などは十分にウオームアップしてから実施します。ドライバーの電源に定電圧放電管を採用したためACラインの電圧変動には強いようです。直流的な帰還等を考慮していないのでバランス等は使用部品や球の個性に左右されますので交換時には再調整が必要です。
 音の方は、6BL7差動アンプや最近試作した同じ出力トランスを使った2A3の差動プッシュプル・アンプと同類ですが、あえて比べると低域がより力強い感じがします。

 
 使用球(左から)0C3,VR-105GT,6080,7119,6DJ8,6RHH8
 

 6080差動プッシュプル・試作アンプの回路図

 

 試作アンプの電源回路図(参考)


設計などに関すること

 本ページをご覧になった方で本アンプに準じた物を自作される場合には、仕様設定や設計の前に、「きむらてつ氏のホームページ」「情熱の真空管」中の「全段差動プッシュプル・アンプの庭」などを熟読し真空管アンプの設計と差動アンプについての知識を仕入れておきましょう。次にTDSL Tube searchなどのデータベースを利用して使用する球とその仲間の規格とプレート特性図などのデータを収集しておく必要があります。また、定電流ダイオードやLM317などの半導体のデータも検索して入手しておきます。
 球と半導体も重要ですが、出力トランス(OPT)や電源の安定化手法などの情報も重要です。本試作では直結する各段のレベル配分の決定を重要課題としましたのでOPTは無印良品的な手持ちのノグチトランスのPMF-15Pとしましたが、これが音質を左右する重要なポイントとなります。
 差動アンプの場合には各部はほぼ一定の電流となるため電源の安定化を特に必要としないのですが、全段を直流的に結合した本アンプではAC電源の変動がバイアスとバランスに影響するためドライバーに供給する+B2, -C1, -C2の安定化が必要です。本試作では手持ちの関係で定電圧放電管0C3(VR-105GT)を用いた簡易な回路を採用しました。

出力ステージ

 差動プッシュプルアンプの場合、一寸乱暴ですが負荷抵抗を1/2としたシングルのA級動作と同じ考え方で進めます。6080をA級動作で出力5W RMS、プレート損失は最大定格(13Wx2)以内とし、負荷は手持ちのOPTのインピーダンス5KΩ(両プレート間)として動作点を検討すると、出力5W RMS(=7Wピーク)では、2.5KΩ(以下Ωを省略)に266Vの電圧がかかり106mAの電流が流れます(図中の青丸ABC)。これに6080の内部抵抗300Ωのドロップ分を加えると動作点は概ねプレート電流53mA以上,プレート電圧165V以上(図中の青丸B)に設定すれば良いことが判ります。これを基にプレート損失を超えない範囲で動作点を選び2.5Kのロードライン(図中の赤線)を引いてみます。本アンプの場合、電源の制約からプレート電圧175V、プレート電流60mAとしましたのでグリッドバイアスが約-80Vとなることがプレート特性から求まります(図中の赤丸B)。
 バイアスとプレート電流が決まりましたので差動アンプ特有の共通カソード電流=60mAx2(120mA)を定電流で駆動するため手持ちの可変電圧電源ICのLM317Fを定電流接続として用います。グリッド電位が0Vの場合は6080の特性からカソード電圧が80Vに落ち着きグリッドバイアスが-80Vとなります。LM317が正常に動作するためには入力と出力の端子間電圧を3V以上35V以内とし、さらに、放熱構造の関係で損失を3W以下にしたいため直列に500Ω/20Wの抵抗を挿入します。これにより直列抵抗が常時60Vを受け持ち、LM317が残り(=20V/2.6W)を受け持つ電圧配分となります。


ドライバーステージ

 -80Vのバイアスの6080をフルスイングするためには160V p-p(約56V RMS)以上の出力が要求されます。また、6080は入力容量も大きいので低内部抵抗の球が適しています。一般的には6SN7や12BH7Aが使われますが、7119は内部抵抗が2Kと彼らの半分以下でμも24と高く電圧増幅部の増幅度も低く抑えることが出来ます。
 ドライバーのプレート負荷抵抗(ra)はCR結合の場合、供給電圧250V程度で20Kから100Kとしますが、交流負荷はこれと次段のグリッド抵抗と入力容量などの合成インピーダンスとします。本試作ではドライバーと出力段を直結するので、概ねドライバーのプレート負荷抵抗=交流負荷と考えてこれに並列に入る容量分は無視することとして160V p-pを得ることを目標に動作点を決定します。
 設計の出発点として差動回路の共通カソード電流を決める必要がありますが、これをを駆動する定電流ダイオード(CRD)を手持ちのE-562とします。これにより動作点のプレート電流を2.8mA、プレート電圧0Vの基点を5.6mAに決定します。基点から2.8mAに向かって負荷線を引き、これとグリッド電圧0Vとの交点(A)と2.8mAの交点(B)のプレート電圧差が80Vとなる勾配を最小負荷抵抗とします(図中の青線)。7119の場合電圧差80Vとなる2.8mAとの交点は100V付近となりraが35.7Kの勾配となります。手持ちの関係からraを36K(33k+3K)に決めて供給電圧やバイアス、電圧増幅部の諸定数などを決定します。
 具体的には動作中央の電流が2.8mAですから36kの負荷の場合、プレート電圧は100.8V、プレート供給電圧は201.6Vとなります(図中の赤丸ABC)。バイアスは約-4.4Vとなります。またプレート電圧はVg=0Vで15V、Vg=-8.8Vで170Vとなり、ゲインは17.6(24.9db)であることが判ります。この設定ではプレート電圧振幅が160V P-Pとはなりませんが試作なので我慢することとします。
 以上から、終段のグリッド電圧=ドライバーのプレート電圧を0Vとするためにはドライバーのバイアス-4.4Vとしてカソードに-100.8Vを与えてプレート電圧100.8Vを相殺すればよいことが解ります。プレートには100.8V(+B2)を供給して実効プレート供給電圧を201.6Vとします。CRDの動作電圧は5V以上必要なのでカソードの供給電圧にこれを加え-105.8V以下(-C2)とします。この段の所要電流は5.6mAです。+B2と-C2の電圧を大きくすると出力振幅を大きくすることが出来ますが、その結果、システムの立ち上がり時に出力管に過大なグリッド電流が流れる危険性が高くなります。
 一般にカソード(自己)バイアスの設計時にはグリッド電位を0Vとするので、本ドライバー回路は定数を変更することなく多くの自己バイアス出力段に対応可能となります。特に、6080や2A3のためのドライバーは大振幅出力なので殆どの球を押すことが可能です。


電圧増幅ステージ

 電圧増幅部のプレートはドライバーのグリッドと直結しますのでプレート電圧はドライバーのカソード電圧-100.8Vからバイアス電圧-4.4Vを引いた-105.2Vを中心に-109.6Vから-100.8Vの変化となります。電圧増幅に使用する球は6DJ8としました。この球の動作プレート電流もCRDの手持ちの関係から1mA(E-102)とします。この段のプレート電圧振幅は負電圧の範囲なのでカソードに負電圧を与え、プレート側を0Vとする電源供給方法で良いことが解ります。
 負荷抵抗は計算が容易な100Kとしました。これでプレート電流1mAの動作点はプレート電圧が100V、バイアスが-3.3Vとなることがプレート特性図から判ります。この時のプレート供給電圧は200Vですが、カソードに200Vの負電圧を供給するためこれを0Vとします。この状況でのプレート電圧は-100Vで設計値の-105.2Vになりませんので-5.2Vを加える調整回路を追加してドライバーのバイアスの微調整も行います。さらに、カソード供給電圧はCRDの動作電圧を加えて-210.2V以下とします。この状態でグリッドに-3.3Vのバイアスを与えるとカソード電圧は-205.2Vに落ち着きます。この段のカソード供給電圧(-C1)は-210.2V以下とし、バイアス回路分を含めて約4mAを供給します。この段のバイアスは-C1から分圧して-208.5Vをグリッドに与えますが、ここに全体の直流バランスを取る調整用ポテンショメータを入れます。

 出力電圧とバイアスを基にプレート特性からゲインを求めると約27(28.6db)であることが判ります。この結果、電圧増幅とドライバーの二段で475.2倍(53.5db)となります。このゲインを基にNFBを検討します。8Ω負荷で出力を5W RMSとすると、本アンプの裸のゲインはおおよそ34.5dbとなります。NFBをかけた場合の仕上がりゲインを26.4dbとしましたのでNFBの量は8.1dbとなります。また、電圧増幅段のグリッド電圧は-208.5VでNFBループと入力端子とは直結出来ませんので0.047uFのコンデンサで直流をカットして接続することとします。このNFBは交流には適用されますが直流的には53.5dbのままですからバイアスやバランスなの設定電圧のアンバランスな変動が大きく増幅されることに留意願います。

電源について

 本アンプの各部で必要な電源をまとめると、終段の+B1はプレートカソード間電圧が175Vでカソード電圧が80Vであるため供給電圧は255Vで120mAの電流容量。ドライバー段の+B2は電圧100.8V、-C2は電圧-105.8Vでこのループには5.6mAの電流が流れます。電圧増幅の-C1は電圧-210.2V以下で4mAになります。ドライバーの電源はACラインの変動を軽減するための安定化が必要となります。
 本試作では回路を簡単にするため手持ちの定電圧放電管0C3/VR-105GTを使用しました。資料によると0C3の安定電圧は108Vで電流は15mAぐらいが適当であるため、+B2,-C2を108V、-C1を216Vとします。-C1と-C2に関してはCRDの端子電圧が増えるだけで問題はありませんが+B2は終段のバイアス電圧に影響しますので、電圧増幅部のプレート電圧調整部と同様に終段のグリッド電位が0Vになるように半固定抵抗で調整します。本アンプの電源回路の-C2電源に用いたVR-105GTは放電開始電圧がもう少し欲しかったようで放電が不安定になることがありました。

調整方法やその他のこと

 定電流源を用いた差動回路の場合にはバイアスが球の個性に見合った値に落ち着く性質を持っているので、設計パラメータは許容値から大きく外れない限りそのままで良く、さらに調整機能も持たせたので中古の球もある程度カバーできますがバイアスとバランスの調整は微妙です。
 本アンプの場合、OPTのP1とP2の直流抵抗が大差ないことを確認した上で、NFBの経路を外した状態にし、各種調整用半固定抵抗を設計値に合わせ、LM317の定電流回路とCRDの電流が設計値に近くなっていること、電圧増幅部のバイアス電圧が設計値となっていることをチェックしてから電圧増幅とドライバーの球だけをセットして火を入れて十分にウオームアップして各部の電圧が設計値に近くなっていることを確かめます。ここで7119の両方のプレート電圧が±5V以内(出来れば0V)で電圧差が0.2V以内となるようにプレート電圧とバランスを仮調整します。
 次に6080をセットして立ち上がった後に終段のカソード電圧とバランスが大きくずれていないことを確認します。もし、カソード電圧がずれている場合は7119の+B2の半固定抵抗で調整します。バランスが崩れている場合はカソード間の電圧差が50mV程度となるようにバランスを取り直します。最後は、十分にウオームアップした後、ダミーロードを接続してSGから1KHzの正弦波を与えオシロスコープで入出力を観察しながら、出力が5Wになるようにボリュームを調整します。このとき出力波形のどちらかだけがクリップしている場合はバランスを調整して正常になることを確認しますが調整できない場合は配線間違いか球の不良が考えられます。最終的に終段のカソード間電圧差を10mV以内に追い込めればOKです。
 初段の6DJ8は若干の調整で6BQ7や6RHH2/8に差し替え可能ですが7119を12BH7Aなどと交換する場合は実効プレート電圧を高くしないと出力振幅が得られなくなります。出力段のみの変更によりEL34の三結などにも対応できます。
 NFBの調整は、裸で34.5db(53倍)ほどであることが確かめられたならNFB経路を接続して26.4db(1/2.5)近くに減衰することを確認した後にNFB量調節半固定抵抗で希望の値に調整して終了です。

まとめ

 試作の終わったアンプの各部を測定していたら、CRDの温度特性によりシャーシー内部が暖まると設定が変わってくることが判りました。また、本アンプの裸のゲインは実測値で30.4dbでNFBが設計値の半分の4dbとなりましたが電圧増幅球の不良では無いようなので原因は不明です。試作第2弾では直流アンプとして実現し、NFBは交流も直流も同じ経路となるようにしたいと考えていますがかなり難しい課題だと思います。

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