ヒートアイランド(半井小絵のデタラメ)


Joe ドクターI、お久しぶりです。
Dr.I おお、ジョーか。久しいのお
Joe ところでドクター、「半井小絵のお天気彩時記」(かんき出版)ゆう本、知ってはりまっか?
Dr.I いや、知らんが、NHKのキャスターやな。おっぱいがどうのこうのて、騒いでる・・
Joe あんさんも、そーゆースケベオヤジやったんか・・
Dr.I 失敬な。ウォホン。ワイはただ、世間の風評を言うてるだけや。
Joe (ドクターが「ワイ」とか言うか・・)
Dr.I なんか、言うたか?
Joe いや、べつに。
 ところでその本なんですが、デタラメばっかりやと言うてる人もおりますねん。ほんで、僕も読んでみたんでっけど、まあ、たしかにひどい。
Dr.I ほう、そおか。
Joe ほんで、今日はその中で、この部分についてドクターのご意見を伺いたいもんやと思うて、来ましてん。
Dr.I ほう、どれどれ・・
ヒートアイランド現象を緩和するには?
 都会を歩いて緑を見つけると、何だかホッとできます。でも、その緑が年々少なくなってきてるようで気がかりです。まさに都会は「コンクリート・ジャングル」です。
 太陽の熱が溜まりやすく、水分の蒸発による冷却効果があまりありません。また、ビルのエアコンの廃熱や大量の車の排気ガスなどによっても、気温が上昇します。
 さらに、樹木が少ないため、二酸化炭素が光合成によって消費される量も少なく、気温の上昇を助長します。
 とくに夏は、日中、都市部の気温が周辺地域に比べてぐんと高くなります。等温線を描くと、都市部が島のように見えることから「熱の島」「ヒートアイランド現象」と呼ばれています。
 ・・・・
 では、ヒートアイランド現象を緩和するためにはどうすればいいのでしょうか?
 根本的な問題は、環境への配慮が不十分だったこれまでの都市づくりにあります。緑化を進めたり、風が通る道を確保したり、建物や道路を蒸散作用の高い素材に変えたりするなど、都市を”冷やす”ための取り組みが最大のポイントになります。
Dr.I ヒートアイランドは、夏に限らんやろ。冬の暖房の効果なんかも大きいで。
Joe そやけど、そんなことにいちいち拘ってたら、この本は1ページも読めまへん。
Dr.I そんなにひどいんか?
Joe 僕がひっかかったんは、「建物や道路を蒸散作用の高い素材に変えたりする」のとこですねん。「蒸散作用」て、こんな使い方しまっしゃろか?
Dr.I そやな。ここは百科事典ひいてみよか。
蒸散
じょうさん transpiration

水が植物体から大気中に蒸発する現象をいう。植物では,水は主として葉に存在する気孔を通して水蒸気の形で排出される。蒸散は気孔の開閉運動により制御され,気孔は通常光照射,低二酸化炭素濃度で開孔し,蒸散が増大するが,一方乾燥,暗黒,高二酸化炭素濃度,雨などで気孔は閉じ,同時に蒸散も低下する。一方,気孔の開度が一定であっても,高温,低湿,風などにより蒸散が増加する。気孔からの蒸散を気孔蒸散と呼び,葉からの蒸散のほとんどは気孔蒸散により行われ,夜間でもわずかではあるが気孔蒸散が行われる。葉の表面をとりまくクチクラからの蒸散をクチクラ蒸散と呼ぶが,気孔蒸散に比べてきわめて小さい。蒸散の旺盛な植物の葉では,葉温は気温よりも4〜5度も低く,また高さ13mのポプラで,1日に最大130l もの水が蒸散で大気中に失われるなど,大きな蒸散量を示す植物もある。⇒気孔‖根圧                        倉石 晋

(c) 1998 Hitachi Digital Heibonsha, All rights reserved.
Dr.I たしかに、「水が植物体から大気中に蒸発する現象」と書いたあるな。そやから君の疑問ももっともや。
Joe でっしゃろ?
Dr.I もっとも、植物の蒸散作用を期待してやな、建物の屋上に植物を植えたり、壁に蔦を這わせたりすることはある。そやから、そんなんを「蒸散作用の高い素材に変えたりする」と、言えんこともないかな?
Joe そんなもんでっしゃろか?
Dr.I それより、関連するねんけど、ワシが気になったんは、ずっと前のほうの、「樹木が少ないため、二酸化炭素が光合成によって消費される量も少なく、気温の上昇を助長します」ゆうとこや。
Joe と言いますと?
Dr.I 二酸化炭素(CO2)が「温室効果ガス」やゆうことは、よう知られてる。植物は光合成でCO2を消費するから、温暖化を抑えてる。これもそのとおりや。しかし、それは地球といったスケールで、100年といった時間を考えた時のことやろ。都市のヒートアイランドちゅうような、比較的狭い範囲の短期の問題に、それがどんだけ影響してるんか?
Joe たしかに、そうでんな。
Dr.I むしろここにこそ、蒸散作用の出番があるねん。つまりや。「(都市には)樹木が少ないため、二酸化炭素が光合成によって消費される量も少なく、気温の上昇を助長します」やのおて、「(都市には)樹木が少ないため、蒸散作用による冷却がなく、気温の上昇を助長します」と、こうやろ。
Joe なるほど。
 百科事典には「葉温は気温よりも4〜5度も低く」とありましたな。
Dr.I それだけやないで。その後の「高さ13mのポプラで,1日に最大130l もの水が蒸散で大気中に失われる」ゆうのんを注目せんかい。
Joe はあ・・
Dr.I 1日に130リットルちゅうことは、単純に24時間で計算して毎秒1.5gの蒸発になる。実際には夜はほとんど蒸散はないから、昼間はもっと大きいはずや。
Joe そうでんな。
Dr.I ところで、水の気化熱は(25℃で)2.44kJ/gやから、毎秒1.5gの蒸発なら3.7キロワットになる。これは家庭用のエアコンとええとこやで。
Joe ポプラの木一本で、でっか!
Dr.I そやから、ヒートアイランドに関連して言うんやったら、この蒸散作用の大きな効果を忘れたらあかんはずや。
Joe よお、わかりました。けど、でんな・・
Dr.I なんや?
Joe ほな、半井はんが言うてる「樹木が少ないため、二酸化炭素が光合成によって消費される量も少なく」が、都市の気温を上げてる効果はどれくらいのもんでっしゃろ?これをちゃんと見積もらんと、ちょっと説得力ないような・・
Dr.I それは、難しいな・・
Joe そんなこと言わんと。ドクターでっしゃろ?
Dr.I まあ、概算くらいならできんこともないかな?
Joe ヨッ。それでこそ大博士!
Dr.I やかまし。おだてても何も出えへんぞ。
 まず、ここから考えよか。
 潜在光合成速度という概念がある。太陽照射その他の条件が理想的な場合の光合成の能力や。その最大値は炭水化物換算で37.5g/m2/dayという(I.M.Campbell著、山元龍三郎/福山薫訳「エネルギーと大気」pp74)。一般にはもっと小さい。
Joe つまり、目いっぱいの上限でんな。
Dr.I 次に 地球大気中のCO2の量は、体積で0.033%程度である。地球大気は、深さ8000mの「海」で近似できる。つまり、植生で覆われた地表面1m2があるとして、その上に乗っている空気の体積は8000m3やな。したがってこの空気柱に含まれるCO2は、
8000×0.00033=2.64m3
 CO2の分子量は44、つまり22.4リットルで44gやから、
2.64÷0.0224×44=4761g
 これだけのCO2が地表面1m2の上に存在するわけや。
Joe きわめて初等的。
Dr.I さてそこで、次に植物が光合成によって1gの炭水化物を作るためには、どれだけのCO2が必要かを考えてみよう。
Joe はいな。
Dr.I これを知るためには次の化学反応式を考えたらええはずや。
  6CO2+6H2O+hν → C6H12O6+6O2
 ここでhνは太陽光のエネルギーや。
Joe つまり、1molの炭水化物(C6H12O6)を得るためには、6molのCO2が必要なわけですな。
Dr.I ちなみに、太陽光のエネルギーhνは、672kcalとされてる。C6H12O6の分子量は180やから、180gの炭水化物は、6molのCO2と6molの水と672kcalの太陽光のエネルギーから作られるわけや。この672kcal を180gで割ると、グラムあたり3.7kcalになる。栄養学の本をみると、炭水化物の栄養価は約4kcal/gとなってるが、まさにこれに一致する。つまり、我々は、炭水化物を食べることによって、この太陽光のエネルギーを摂取してるわけやな。
Joe ドクター、脱線してまっせ。
Dr.I そやった。すまん。
 ところでCO2の分子量は44やから、6molでは264gになる。それで180gの炭水化物ができるわけやから、炭水化物1g作るためにはCO2
  264÷180=1.5g
必要なわけや。
Joe これも初等的。
Dr.I さて、そこでや。前に揚げた潜在光合成速度の37.5g/m2/dayという量やけど、これを実現するためには、
  37.5×1.5=56.3 g/m2/day
の割合でCO2を消費するわけや。ところが、地表面1m2の上に存在するCO2は4761gやから、その1.2%を1日で消費する勘定やな。
Joe と、ゆーことは、1m2の植生があるとしますわな。その上の空気が全然動かへんかったとしたら、その中のCO2はたった80日で消費されつくしてまう、と。
Dr.I 有り得へん前提条件やけど、計算上はそうなるな。その意味では光合成の威力はそれくらい大きい、ちゅうことや。
Joe ほえー。
Dr.I しかしまだ、これが冷却効果としてはどうなんか、ゆうことは何も言うてない。
Joe そうでんな。
Dr.I そんで、ここで地球温暖化のシナリオについて、ある程度知っとく必要が出てくる。現在のペースで行くと、大気中のCO2は100年で倍増すると言われている。つまり、約4800g/m2が100年で増えるわけやから、1日あたりの増加量は0.13g/m2/day。したがって、さっきの潜在光合成速度によるCO2消費量56.3 g/m2/dayは、実にこれの433倍になる。
Joe やっぱし、すごい!
Dr.I そやから、地球表面積の1/433だけ今より植生が増えたら、CO2の増加はなくなり、温暖化を防げる計算になる。もっともこれは日本の総面積の3倍というとてつもない面積やし、しかも現実の光合成速度はもっと遅いはずやから、これでも到底足りんはずやけどな。
Joe それでも、すごいんちゃいまっか?
Dr.I まあ待て。地球温暖化のシナリオの、これはまだ半分や。CO2がそれだけ増えたとして、気温はどれくらい上がるか?
Joe そうです。そこが問題や。
Dr.I いろんなシナリオがあるみたいやけど、だいたい今より3℃上昇くらいが妥当なとこちゃうか?
Joe 僕もそんなふうに聞いてます。さすがに10℃とか、そんなすごいことはないやろと。
Dr.I そんで、空気の温度を3℃上げよ思うたら、どんだけの熱が必要か?
 まず、空気の定圧比熱は28.5 J/mol/deg。これは空気にかかる圧力が変化せえへんように、膨張させながら暖めた場合の比熱や。一方、地表1m2の上の8000m3の空気の重さはちょうど10000000gほどになる。空気の分子量は28.8やから、これは347000molほど。したがってこの空気を3℃暖めるためには
  347000×28.5×3=29668500J/m2
 しかし、これは100年間で与えられる熱量なので、1秒あたりにすると
  29668500÷(100*365.25*24*3600)=0.0094w/m2
 これが、CO2が100年で倍増のペースの場合の空気のエネルギー増加率や。
Joe えらい小さいでんな。
Dr.I 一方、潜在光合成速度によるCO2消費量は、これの433倍やった。それでも、たかだか4ワット/m2でしかない。これが光合成による大気の冷却効果やな。
Joe ポプラ1本の蒸散作用の冷却効果は3.7キロワットでしたな。そうすると、約900m2=30m四方の畑でポプラ1本分?
Dr.I ところが、それだけの面積やったらポプラは100本でも植えれるやろ。つまり、桁が違うんやな。
 話を元に戻すと、「都会には植物が少なくて、気温の上昇が助長される」これはええ。しかしそれは、半井はんが言うてる「CO2の消費が少ないから」は大嘘で、ほんまは「蒸散作用によって気化熱が奪われることが少ないから」なんや。
Joe よおわかりました。けど、疲れたあ。
Dr.I おっと、もうひとつ。
Joe まだあるんでっか?
Dr.I 「樹木が少ないため、二酸化炭素が光合成によって消費される量も少なく、気温の上昇を助長します」ゆう半井はんの言い方は、明らかに、温室効果ガスであるCO2を消費すれば気温が下がる、ゆう短絡的な発想やな。そんで、それが嘘やゆうことを今証明したわけや。
 そやけどそれとは別に、さっきも触れたように、炭水化物1gができるためには、約4kcal(16kJ)の太陽光エネルギーを吸収する。それが潜在光合成速度37.5g/m2/dayで作られるとしたら、ざっと600kJ/m2/day。これを80000秒で割ったら7.5ワット/m2。こっちのほうが倍くらい大きいな。そやけど、やっぱりたいしたことはない。それに、光合成に使われるんは多くは可視光のはずで、その帯域は植物がのおても多くは地表面なんかで反射されるはずで、あんまり大気を暖める効果は大きないんちゃうか?
Joe けど、ちょっと待ってよ。
Dr.I なんや?
Joe 蒸散作用の冷却効果は、CO2を消費することの冷却効果よりはるかに大きいと、こうでんな?そやったら、日本の面積の3倍も植生を増やさんでも、もっとずっと少ない植生でも、その蒸散作用で地球温暖化は防げるんちゃうか?
Dr.I 横山ホットブラザーズ!
Joe 「オ・マ・エ・ハ・ア・ホ・カ」でっか?
Dr.I よお、わかっとおやないか。
Joe へえ、おおきに(て、何がやねん!)
Dr.I 「蒸散作用」て、何やった?
Joe そやから、植物から水が蒸発しますんやろ?
Dr.I 気温が下がったら?
Joe 水蒸気がギョウケツ・・・あ!
Dr.I やっとわかったか?
Joe 水蒸気が凝結するとき、潜熱(凝結熱)を放出しますなあ。それで今度は周辺の空気を暖める。
Dr.I そや。蒸散に限らへんけど、温度が高いとこでは水蒸気が蒸発して、そのときに周辺から潜熱を奪って空気を冷却する。ところが気温の低いとこでは、逆に凝結して、その潜熱を周辺に放出して暖める。言うてみたら、この潜熱は当座預金みたいなもんで、熱の多い(温度の高い)とこでは預け入れて、少ない(温度の低い)とこでは引き出して、気候を調節してるんやな。実は気象現象の大半はこれに起因してる。
Joe うまいこと、できてますなあ・・
Dr.I 注意せなあかんのは、これは当座預金やから、地球全体で見たら、熱を増やしも減らしもしてない、つまり地球全体を暖めも冷やしもしてへんっちゅうことや。
Joe ごもっとも。
Dr.I ところが、温室効果ガスゆうのはちゃう。これは暖められた地球が放出する赤外線(物理学では「黒体放射」という)を吸収すんねんな。本来ならこの赤外線は宇宙へ逃げて行って、ほんで地球は冷却されるねんけど、それがいつまでも残ってるから冷えへんわけや。
 水蒸気潜熱が当座預金としたら、こっちは定期積立かな?たとえ額は小そうても、貯める一方で、それを地球全体で100年も積み立てたら馬鹿にならん、とこういうことや。
Joe そっかあ。そやから、温室効果(地球温暖化)の対策としては、蒸散作用は役に立たへんわけですな。
Dr.I 暑い都市部から潜熱を奪って、周辺の涼しいとこ(または涼しくなった夜間)に放出する、という効果は期待できるけどな。
 それから、近頃、温室効果は目の仇にされてるきらいがあるけど、それもちょっとちゃう。
Joe と言いますと?
Dr.I さっきちょっと触れた「黒体放射」で計算すると、もし温室効果ガスがなかったら、地表の温度は-15℃くらいにしかならへんねん。
Joe えら寒でんな。
Dr.I そやから、温室効果は元々あるわけで、そのお蔭で今の気候がある。我々も生きてられるねん。
 ただ、産業革命以後、大量の化石燃料を使うて、大量のCO2を人類は大気中にばらまいて来た。そいで、バランスが狂うて、地球温暖化が始まったんや。
Joe 温室効果も自然の恩恵なんですね。そやけど、人間がめちゃしよったから、おかしなった、と。
Dr.I そーゆーこっちゃ。
 しかし、ワシもこんなこと、こんだけ深く考えたことはなかったな。考えさしてくれた半井はんに感謝せんと・・
Joe 心の広いお方でんなあ・・

Apr. 2007
ご意見、ご感想