『アルマゲスト』私見


 プトレマイオス著『アルマゲスト』(薮内清訳)を初めて見たのは何時ごろだったか、新宿のジュンク堂だった。税込15,750円。誰が買うんやろ、と思っていた。個人が買うような書物とは思えない。
 ところがその店が閉店することになった時、これがやたら気にかかるようになった。これは私に買えという天の啓示ではないかと(まあ、昔から思い入れの激しい性格ではある)。そんなわけで閉店間際に大枚はたいて買いました。ビンボー人にはちょっとした散財であった。
 しかし、それから1年以上、この本を開くことはなかった。私が死ぬまでの何年か知らんが、つん読書として書棚に飾られるだけだろうと思っていた。それを開くことになったきっかけは、 を読んだ時だった。なるほど、古代のデータと近年の観測を比較すれば長い年月の間に星がどのように動いたかを知ることができる。それでアルマゲストを開いてみると、たしかに多くの星の位置が表に纏められている。これを用いればハレーの疑似体験ができそうである。
 もっとも、ハレー以降そんなことをやった人はザラにいるだろう。今更同じことをやっても学術的に評価される見込みはまずない。しかし筆者にはこんなことしかできないんだからしょーがない。そして、こんなことでもできることはやってみようというのが筆者のポリシーなのである。

『アルマゲスト』とは
 プトレマイオス『アルマゲスト』は、コペルニクス以前の天動説(地球中心説)の時代に広く信じられていた天文学の書である。原書は2世紀にクラウディオス・プトレマイオスが著した『マテマティケ・ジンキタス』で、薮内訳は Nicolas Halma が1813-1816年にフランス語に翻訳したものを底本としている。
 コペルニクスから既に500年が過ぎようとしているのだから、それ以前の天文学書なんて全くの時代遅れであるとも言える。ただ、その時代の天文学が全く稚拙で取るに足らないものであったとも言えない。たとえば、惑星は複雑な動きをする。それは惑星が太陽を公転しているが地球もまた公転しているため、その地球から見た惑星の動きが複雑に見えるのであるが、アルマゲストでは『周転円』という概念を導入してこの複雑な運動をかなりよく説明しているのである。
 そんなわけで、人類の宇宙認識の歴史を理解する上でアルマゲストは重要である。そして薮内は とも述べている。薮内による日本語訳にも大きな意義があると言うべきだろう。

1等星の位置
 それでは早速、星の位置の検証を行う。ここでは入力がメンドーなので1等星のみを扱う。現在1等星とされるもののうち、南天のαEri(アケルナル)、αCru、βCru はアルマゲストに載っていないので省略する。またβGem(ポルックス)はアルマゲストでは2等星となっているが現在では1等星なので加えることとする。結局、比較する1等星の数は17となる。

No.星名アルマゲスト黄経アルマゲスト黄緯2013年黄経2013年黄緯
 アルマゲストに記載されているのは黄経、黄緯である。このうち黄経は黄道12宮名と宮内での度、分で表わされているが、これを0°〜360°に変換した。各宮0°の黄経は次のようになる。
 黄緯もアルマゲストでは度、分で表示されているが、ここでは度で表わした。
 これに対比する現代の値は『天文年鑑』2013年版(誠文堂新光社)によった。こちらは赤経、赤緯から黄経、黄緯への変換を行った。
 ただし、
  λ:黄経
  β:黄緯
  α:赤経
  δ:赤緯
  ε:黄道傾角(=24.5°)

(黄経)
 2013年黄経を横軸(x)、アルマゲスト黄経を縦軸(y)にプロットしてみると、ほぼ正確に直線に載る。

 この直線(回帰式)は、
 Rが1にきわめて近いのは、これらのデータがほとんど完全に1本の直線に載っていることを表す。
 Bは、歳差による黄経の変化である。アルマゲストの黄経は137年のものとされているから、
 すなわち24870年で春分点が1巡することになる。現在この周期は25800年ほどとされているから、この移動速度は4%ほど過大である。
 Almagest黄経(y)と回帰式による計算値(1.001x+B)を比較すると次のとおりである。

No.星名1.001x+B

 2016年8月になって、相馬充さん(国立天文台)から、「西暦137年の正確な黄経はアルマゲストの値より約1.1°大きい」との情報をいただいた。相馬先生の根拠についてはまだお聞きしていないが、ともかく、アルマゲストの黄経に1.1°ずつを加えて計算してみると、
B=-26.053°
となり、かなり正確である。また、Newcomb による歳差(長沢工『天体の位置計算 増補版』pp53によって137年の黄経を求めてみると、アルマゲストより1.074°大きいという結果が得られる。これは相馬先生の1.1°ときわめて近い。

 なお、アルマゲストの黄経が137年の値より1.1°ずつ小さいということは、時代が約70年古いことに相当する。つまり137-70=67年頃となる。また図を見ると大部分のデータは非常にきれいに直線に載っている(それは相関係数が1にきわめて近いことからもわかる)。だからこれらにはランダムな測定誤差はほとんど含まれていないと考えられる。したがってこの1.1°の差は、これらが137年の測定値ではなくその70年前のデータを流用したものであろうと思われる。無論、ここでは1等星しか見ていないので、これは暫定的な結論であるが。

(黄緯)


 これはAlmagest黄緯と2013年黄緯がほぼ完全に一致していることを示す。このことは「でなければならない」のであるが、それをデータによって確認できたわけである。

(天球図)
黄道面の北側
N:天の北極
黄道面の南側
S:天の南極
は地球

 天球図にプロットしてみると、アルマゲストの星位置と2013年赤経赤緯から推定(歳差補正を加えた)は概ね一致する。
 ただし、αCenはやや差が大きい。

αCenと固有運動
 αCen は南天のためアルマゲストの時代には測定精度が悪かったとも考えられる。しかし、もう一つの可能性としては、固有運動の影響も考えられる。αCen は太陽系に最も近い恒星(距離4.3光年)だから、固有運動も顕著なはずである。実際、 とされる。これは天文年鑑に記載された星の中では最も大きい。
 これは固有運動より倍以上大きい。したがってアルマゲストのαCenの位置にはかなりの誤差があると判定される。
 いずれにせよ、ハレーも同様の計算を行ったのだろう。

(余談)
 昔、『中国天文同好会』という団体があった。といっても実は、広島市吉島の中学生達が大部分という会だった。その同好会誌を『プロキシマ』といった。αCenの第2伴星で太陽系に最も近い星(4.22光年)の名を採ったものである。なにぶん中学生ばかりだから、たいしたことができるはずもない。それでも、ガリ版刷りでほぼ月1回発行していたと思う。ガリ版は、 のものを借りた。会員の大部分は楽々園の会員でもあったのだ。紙代くらいは自分たちで出したと思うが、よーするに楽々園に「おんぶにだっこ」の子供の遊びのようなものだった。ただ、その会員の中には国立科学博物館の西城恵一さん、広島大学の佐々木茂美君など、後に立派な科学者になった人たちがいる。

 これまた2016年8月、プロキシマ Proxima Centauri に地球型の惑星が発見された。わずか4光年先。ということは、知的生命体(宇宙人)がいるなら、こちらからの呼びかけに最短8年後には応答があるかもしれない(さすがにそんなに甘くはないだろうが)。ともかく、かつて我々が同好会誌名に使った星が、半世紀経ってまた脚光を浴びている。

Sep. 2013
増補 Sep. 2016
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