◆銀河英雄伝説(ネタばれ)


 
「魔術師、還らず」

 このタイトルを見たとき、ヤンに対して度量の小さい帝国の一部将兵らが、彼を拉致、監禁するとかの展開を連想していました。そして、「査問会」の時のように丁々発止のヤンの弁舌があったりして、結局は解放されるか、悪くても、次章でユリアンたちに救出されるものと信じていました。ところが…。
 思いもかけない彼の死! まだ物語は、8巻の半分を残し、9、10と続いていくはずなのに、なぜ、こんなところで。
「え、まさか・・・(>.<;)」
 その1行手前まで、死出の旅立ちの描写だったと予測できるはずもなく、頭を“雷神のハンマー”で殴られたように驚き(誇張でなく、ギクリとして、体中が熱くなったんだよ)、呆然としながら、1ページ手前に戻り、読み返したのです。左大腿部貫通、動脈叢からの出血多量…。

 なぜ、それほど私自身のショックが大きかったかといえば、主役が物語の途中で死ぬはずがない、と思い込んでいたからです。錯覚の一つは、「銀河英雄伝説」の主人公が、ヤン・ウェンリーだと思っていたこと(少なくとも、ラインハルトとは、同格の主役と思っていました)。二人の勝負は、小説が終わる10巻の最後に決着するものと予想していました。
 物語を盛り上げるライバルの死というのは、つまり、「銀英伝」での“力石徹”(?)とは、キルヒアイスであり、それ以上の大きな事件(物語の終わり)は、主役の一人であるラインハルトの死でしかないと思いました。実際、キルヒアイスの死は、ラインハルトにもヤンにも大きな衝撃を持って受け止められ、その後の展開にもさまざまに影響していることは、キルヒアイスこそ二人に次ぐ準主役であったことを示している…と思ったのです。

 それでも、キルヒアイスは、まだ幸せだ。親友の腕の中で死んでいったのだから…。そして、それを逆手にとって大義名分を得、ラインハルトの地歩は固まったのだから。しかし、ヤン・ウェンリーは、だれに見看られることもなく、共和制の種を遺しただけでムダ死にに近い死であった。「いい人間を無益に死なせ」た、ユリアンの自責の念と計りしれない後悔と絶叫を残して。

    ◇    ◇    ◇

 …と、無慈悲な扱いに、私も理不尽な思いを持ったのですが、しかし、作者が真に描きたかったのは、ヤン亡き後の共和政府の存亡だったのですね。残された人々が、どう対処していくか、ヤンをこのまま活躍させることも一つの選択なら、ヤンに頼ることのできなくなったユリアンたちを描くことも、思索に値する選択肢であった。

「年長者から年少者へ、先人から後続者へ、想いのたいまつはリレーされていくのだろうか」

 ラインハルトが志半ばに倒れても、こんな書き方はできないはずです。彼の目指したものが、結果的に善政になったとしても、一個人の功績にすぎず、世襲の独裁制を採ることは、ラインハルト自身よく知っているように、いつかは腐敗と権力の濫用を生んでいき、それは作者も描く必要のないことでした。当然、作者は、ラインハルトの死による帝国側の混乱よりも(これもなかなか興味がありますが)、ヤンの死で共和体制の存続がどうなるか、ユリアンたちがどう対応していくか、描かなければならないテーマとしたのでしょう。

    ◇    ◇    ◇

 私の場合、とにかく、本編10巻、外伝4巻※注(全6巻にすると言っておられますが、どうなるのでしょう?)ということを先に知ってて読んでいるものですから、10巻目で、ラインハルトが倒れることが薄々推測できようとも、外伝の方は、年金生活をしている退役軍人ヤン・ウェンリーの回顧録か、アッテンボローやメックリンガーが戦史を執筆したという形で、「魔術師、復活」が語られるものと思っていました。

「立体TVの三文ドラマだったら、視聴者が泣きわめけば、死んだ主人公が生き返るだろう。だが、おれたちが生きているのは、それほどつごうのいい世界じゃない。失われた生命は、けっして帰ってこない世界、それだけに、生命というものがかけがえのない存在である世界に、おれたちは生きているんだからな」

 そうアッテンボローに言わせつつ、外伝でヤンの生前の活躍を描くことは、結局、作者が、書く意志のある限り、三文ドラマならずとも、小説のキャラクターは生き続けていくのだということですね。

(1991/06)


(ちなみに、7〜8巻くらいまで読んだときの私が予想したラストは、新帝国と、イゼルローン、そして地球教を乗っ取ったトリューニヒトの鼎立が続く、新しい『三国志』という形で終わるものと思っていました。ロイエンタールは、余計なことをしてくれましたねヾ(^_^)。トリューニヒトには美味しいところはやれないけど、(精神的に)苦しんでほしかったです。)

※注
 
外伝4巻・・・徳間書店の新書判は4巻ですが、ただいま刊行中の徳間デュアル文庫の外伝1巻は、新書判未収録作品がようやく1冊にまとまりましたね。

(2002/05/26)


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