『中国の同時代演劇』目次へ  資料庫へ  表紙へ
 
             『中国の同時代演劇』まえがき

 1976年の文革終結後八十年代に入って、日中間の交流は文革期には想像もできなかったほど活発化した。演劇もその例外ではない。文革期には紙に書かれた戯曲(劇本)というかたちで味わうほかなかった演劇は、今日では中国へ出かけて直接糾合で鑑賞することもそれほど困難ではなくなった。伝統演劇にかたよってはいるものの、中国の劇団の訪日公演もあいついでいる。中国の演劇人との率直な交流も可能になり、まさに時代を同しくしているという印象を実感としてもてるようになった。

 本書では、文革後の演劇のうち、主に話劇とよばれる演劇を扱う.中国では文革後のことを“新時期”ということもあるので、本書ではこの用語も使用した。
 “話劇”とは日本の“新劇”に相当する演劇形態で、その源流をさかのぼれば20世紀初頭に在日中国人留学生が東京で結成した春柳社という劇団にいきあたる。
 いまここで中国詰刺史を概説する余裕はないが、“話劇”も“新劇”と同様に、直接間接に欧米演劇の影響を受けて成立した演劇であること、文学性が中心となりかつ“リアリズム”と密接な関係があること、知識人を主な基盤としそれゆえに“現在”を最も先端的に反映できた演劇であることは指摘しておきたい。

 中国においても日本と同様に、伝統演劇と話劇等の演劇的二重構造が存在している。そして、能・歌舞伎など日本の伝続演劇が今日ではほぼ古典化しているのに対して、中国の場合「戯曲」と総称される伝統演劇はその形成・発展の度合においてさまざまな形態が併存しており、中国の演劇状況は日本と比べてはるかに複雑な様相を呈している。事実、文革後の伝続演剛の新作には前衛的な“探索演劇”(中国語原文は探索戯劇)という評価を受けたものすらある。しかし、今日のところ「戯曲」の探索演劇はやはり例外であって、時代の感性の最先端にある演劇が話劇とよばれる演劇であることは、中国においても多くの人の認めるところとなっている。話劇とよばれる演劇を分析することによって、文革後の中国人の思考形態の最も重要な一面を明らかにできると考えて、おそらく間違いないであろう。

 私はいまここで、“話劇”とは書かずに“話劇とよばれる演劇”と書いた。それは今日中国で“話劇”という演劇概念に対して、八十年代中期あたりから根本的な疑問が提出されているからである.欧陽予倩の証言によれば、話劇という用語が本格的に使われるようになったのは、1928年にイプセン生誕百周年記念公演を計画した欧陽予倩・田漢・洪深らがそれまでアマチュア劇を意味する“愛美劇”を廃して“話劇”を用いるようにしてからであるという。“話劇”という演劇概念がイプセンに代表される言語、文学性に重点を置いたリアリズム演劇と密接な関係があることが、ここからもわかる。そして今日、中国の演劇人の中には、話劇の克服を公然と主張して実践している人がいるのである。
 日本の“新劇”も現在では何が新しいのか、何に対して新しいのか、その意味内容がまったく不明になった言葉であるが、中国においてもあと10年ほどたてば、すなわち21世紀になれば、話劇とはどんな演劇かわけがわからなくなってしまうのではないか。実際、“話劇”にかえで現代演劇(原文は現代戯劇)という用語を用いようという動きは、八十年代後期からかなり強くなっている。本書ではやはり“話劇”を使用したが、この用語の背後には上述のような状況かあることを、読者は予め理解していただきたい。

 私は一部の中国の演劇人が主張するように、話劇という演劇概念が誤解から生じたとは思わない。中国で話劇が出現・成立したのは、世界的に共通する歴史的必然性とその歴史的必然性を主体化させるための中国の演劇人の努力の結果によってであったことは間違いない。しかし、話劇という演劇形態が今日ではもはや“現在”を充分に反映できなくなっていると考えられていることもまた事実である。言葉を換えれば、話劇を克服・破壊しようとする動き自体、演劇を常に今日に活かしていこうという中国の演劇人の、試行錯誤の現れのではないか。また、一方では話劇という演劇を守ろうとする動きも根強い。そしてその外側には、日本では想像もできないむき出しの“政治”が存在しているわけである。中国での話劇をめぐる“劇”は、個々の作品−舞台と同様あるいはそれ以上に輿味深い。89年の六四天安門事件は重大かつ悲しい事件であるが、その大きな原因の一つはこの“劇”をもたらした思想・感性の変化と旧来の体制の矛盾の爆発ではないか。私自身事件そのものにも大きな関心をもたざるを得ないが、演劇研究者としては、事件の底にあるものをやはりみつめたい。

 本書は、作品分析と同時に、現在中国の演劇界でおこなわれているこの“劇”の分析にも力を庄いだ。そのためには、演劇をまず舞台芸術としてとらえねばならない。これまで日本の中国演劇(話劇)研究は主に戯曲く劇文学研究を中心に行なわれてきたが、このような研究方法のみに頼っては中国の話劇とよはれみ演劇をめぐる新しい動向を分析することは、もはや不可能であると思われる。

 本書は中国演劇愛好者のほか中国や中国文学に関心をもつ人に読んでいただき演劇についても認識を深めていただくと同時に、中国に直接の関係・関心をもたない演劇人や演劇愛好都こよっても読まれて中国現代演劇の動きを知っていただけたらと、私はひそかに希望している。日中関係の緊密化によって演劇界での日中間交流も活発化し.日本の演劇雅語にも時には毎月のように中国演劇に関する文章が掲載されるようになった。日本人の中国演劇研究者として、まことにうれしい。しかしながら、その交流は一部の例外を除いてまだ表面的なものに留まっているといわなければならない。演劇雑誌の文章も、その大部分は中国旅行の印象記でしかない。

 日本人の欧米志向・アジア軽視が問われて久しい、近年においても物質面や人的交流における関係密接化とはうらはらに、日本人の精神生活における現代アジアの比重はそれほど強まってはいないのではないか。本書がもし中国現代演劇の普及と日中演劇交流のさらなる本格化のきっかけになれば、筆者としてこれほどうれしいことはない。
『中国の同時代演劇』目次へ 資料庫へ 表紙へ