少女は、夢を渡る



第参話 ユメの終わり





 

 

 家の玄関の前で、あたしはひとつ、深呼吸をする。


 妙にどきどきしている自分を自覚して、なんだか変な気分になった。




 

 

 だって、そうじゃない?


 自分の家に入るのに、どきどきするなんて。


 


 でも、その理由はわかってる。


 それは、あたしの懐に仕舞い込まれた、この箱のせい。


 それは、ここにいる、あたしの同居人のせい。



 あたしはもうひとつ、大きく深呼吸をすると、右手をぎゅっと握り締めて自分に宣言をする。




 

 

             『アスカ、行くわよ。』






 

 

    「ただいま〜。」



 あたしはいつもより大きな声で言いながら、玄関を開けた。


 でも、部屋の中は暗くて、誰もいないみたいだった。




 

 

    「あれ?まだ帰ってないのかなぁ…。」




 あたしは不審に思いながらも、ダイニングキッチンに入って行く。


 そこであたしは、一枚のメモがテーブルの上にあるのに気付いた。





 
『アスカへ。


 綾波から、どうしても来てくれっていう電話があったので

 出掛けて来ます。

 そんなに遅くならないと思うけれど、晩御飯は用意してお

 きました。

 もしお腹が減ってたら、先に食べちゃって下さい。

 遅くなるようだったら電話します。


                       シンジ 』






 
 なによこれ…


 
 なんでシンジが、ファーストの家に行くのよ…




 あたしのさっきまでの気分は、あっという間にしぼんじゃった。


 黒い影が、あたしの中に広がっていくのを感じる。


 それはあたしの中で、ざわざわと蠢いている。



 あたしは暫く、メモを握ったまま立ちすくんでいた。


 滲んだ汗が、メモにしわを作っていく。


 汗ばんだ手のひらとは対照的に、口の中はカラカラに乾いていった。




 どのくらい、そうしていたのかはわからない。


 あたしはふと、留守電が点滅しているのに気付いた。



 あたしはバッと駆け寄ると、すぐにボタンを押そうとした。


 けれどあたしの指は、ボタンのすぐ上で止まってしまう。








 何が入っているのか、聞くのが怖い。







 もし、もし、もし…・・・







 でもあたしは、ためらいながらも、それを、押した。









 
『ぴーー。一件です。

 …あ、もしもし?

 あたしよ、ミサト。

 まだ誰も帰ってないのね。

 今日ね、あたし、ちょっち遅くなりそうなの。だから晩御飯とか先に食べちゃってね。

 あ、もしかすると帰って来れないかもしれないから、先に寝ちゃっていいわよ。

 それじゃね。おやすみ。』





 あたしは急に、力が抜けた。


 フラフラと壁にもたれて、そのまま座り込んでしまう。



 急に疲れが押し寄せてきて、あたしはいつしか、まどろみに落ちていった。


















 




       …ブルッ

 



 寒さで、あたしは目が覚めた。


 無理もないわ。帰って来てから、エアコンも入れないでいたんだから。



 あたしは眠りながらも大事に抱えていた箱を、改めて確認する。


 それは、端の方が少し、つぶれかけていた。



 ボーッとそれを見ながら、あたしは立ち上がることも忘れていた。








       ぐぅ〜




 あたしのお腹が鳴る。


 時計を見ると…

 22時57分。



 でも、あのばかは…

 まだ帰って来ていない。





 あたしは何も、考えられなかった。


 考えると、悪い方にばかり思考が行ってしまう。







 あたしはまた、時計を見る。


 23時13分。




 でも、部屋にいるのはあたしだけ。


 あたしは冷たい床に、ひとりで座り込んでいた。




 あたしは、あたしの手の中で握り締められていたその箱の、赤いリボンをゆっくりと解いていく。


 すっかりリボンが解かれると、あたしは白いその箱の中から、チョコレートケーキを取り出した。









  これを作ったの、ついさっきなのよね…

  でも、もう、ずっと前だったような気がする……










 

 あたしは三度、時計を見た。


 23時55分。




 

 

「なによ…。

 あのばか、きっとファーストと楽しくやってるんだわ。

 あたしのことなんか、すっかり忘れて。


 ミサトだってそうよ。

 きっと加持さんと一緒にいるんでしょ。

 わかってるんだから。」











    『信じていればいつかは叶うって、あれは嘘よ』






 あたしの親友の声が、耳の中で木霊する。













 ……あたしは、あたしの中で、何かが壊れていくのを感じていた。









   「いや……」




   「嫌…  いや…  イヤ…」




   「みんなイヤッ。」







   「シンジもイヤ。


      ミサトもイヤ。


         加持さんもイヤ。


           ファーストはもっとイヤ!」









           「なによ!  バカシンジ!!」


















 あたしはテーブルに用意されていた晩御飯に、あたしの気持ちを投げつけた。



 茶色のクリームが、あたり一帯に飛び散る。


 あたしにはそれが、壊れたあたしの心に見えた。




 ハァハァと肩で息をするあたし。


 そしてまた、壁にもたれてずるりと座り込む。



 膝を抱えて、着たままの赤いコートに顔を埋めたあたし。









     ポタリ、ポタリ、ポタリ。




 ミニスカートから覗くあたしの足に、熱いものが落ちる。



 あたしはそれを両手で拭うけれど、でもそれは… 止まらない。


 ポタポタと、次から次へと落ちてくる。






    涙が、もう、止まらない。





































 第四話へ続く









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