少女は、夢を渡る



第壱話 ユメの始まり







   「ホントにばかよねぇ。」





 周りを見回して、あたしは、隣のこの娘にだけ聞こえるように言う。





   「こんなの、チョコレートメーカーの策略じゃないの。」





 赤やピンク色の包装紙に包まれてずらっと並んでいるそれらの中からひとつ、

あたしは小さ目の包みを手に取って、呟いた。





   「こんな事やってんの、世界中で日本人だけよ。」





 包みのリボンを人差し指と親指でつまんで、目の前でそれをくるくると回す。





   「まったく……。」





 その回転が止まると、あたしはそれを、もとあった棚へと戻した。





   「あーーあ。」





 あたしの隣にいるこの娘は、さっきから熱心な様子で物色している。

 楽しそうだな。





   「うーん、やっぱり既製品はだめよね。」





 そう言ってあたしの方を見て笑うその娘は、そばかすが可愛いあたしの親友。

本人はそれを気にしてるみたいだけどね。いいと思うんだけどな、あたしは。





   「やっぱり手作りでいかなくちゃ。」





 この娘のこの笑顔、本当に奇麗だと思う。





   「で、まだぶつぶつ言ってんの?

    いいじゃない。みんな嬉しそうなんだし。」





 その娘はまた、陳列棚の方に目を向けながら言った。





   「それに、年に一回、女の子から告白してもいい日、なんてロマンチック

    じゃない?」





 あたしはなんだか、すっきりしない気分。





   「そりゃ、誰かさんみたいにあげる人が決まってればいいけどさ。」



   「そ、そんなんじゃないわよ!」





 真っ赤になって否定するその顔は、やっぱり可愛いな。未だに男の子の事を話題にすると

ムキになるところなんかさ。





   「またまたぁ、ムリしちゃって。別にいいじゃない。

    ねね、どこまで進展してるの?」





 わざと意地悪く、あたしは言った。





   「進展って…… 私たち、べ、別になんにも…。」





 その娘は俯いて、顔中をこれ以上ないくらいに真っ赤にしてた。





   「キスくらいした?」



   「……もう、しらないっ!!」





 ぷいっと横を向いて、あたしから顔を背けたけど…でも、髪の脇から覗く耳は

真っ赤になったまま。





   「あははは、ごめーん。つい、羨ましくってさ。」





 そう、これはあたしの本音。

 素直なこの娘を羨ましく思う、あたしの本音。

 あたしには… この娘みたいな真似、出来ないな。

 だから、とっても羨ましい。





   「ね、ごめん。怒った?」



   「…別にいいわよ。」



   「あ、やっぱり怒ってるぅ。」



   「怒ってないってば。」



   「ほんとに?」



   「ほんとほんと。」





 そう言ってまた、あたしを見て笑ったの。

 あの奇麗な笑顔で。





   「よかったぁ。」





 あたしもまた、笑った。



 でも、それだけでは終わらなかったの。

 あたしの顔を覗き込んで、こう言ったんだ。





   「それよりも、さ。」



   「ね、一緒に作らない? チョコレート。」





   え? 

     つくる?

       あたしが?

         チョコレートを?





   「一緒に作ろうよ。」



   「でもあたし、あげる人いないし…。」





 あたしが戸惑ってると、その娘は急に元気になって言ったの。





   「同棲してる誰かさんにあげたらいいじゃない。」



   「ど、同棲って、そんなんじゃないわよ!

    任務で一緒にいるだけなんだから!!」





   そうよ、それだけなんだから。

   アイツだって、絶対にそう思ってるに違いないんだから。





   「別に大げさに考えなくったっていいじゃない。いつもお弁当とか作って

    もらってるんでしょ?だったら感謝の気持ちって事でさ。」



   「でも…。」



   「ぜったいに喜ぶわよ。」



   「だけど…。」





   あたしがチョコレートを作る?

   アイツに?

   そんなこと… できないわよ。



   それに……



   どんな顔して渡したらいいのよ。





   「ほら、うじうじしないの! らしくないわよ、そういうの。」





   らしくない、か。

   そうかな。

   いつものあたしって、どんな風だったかな。

   だんだん、わからなくなってきた。





   「いつもみたいに自信を持たなくっちゃ。」



   「ね?」





   自信……

     あたしの自信。

       それって、なんだっけ。





   「ほら、一緒に作ろ。ね?」





 この娘はいつも以上に優しい顔で、あたしを見ていた。





   「…………。」





   「でもあたし、やっぱりやめとく。」





 下を向いてそう言ったあたし。





   「ふーん、そう。私がせっかく誘ってあげてるのになぁ。」



   「なかなかこういうチャンスってないと思うけど。」



   「あーぁ。」





 大袈裟なため息が、あたしの耳元で聞こえる。

 でもあたしは、顔を上げられなかった。





   「実は私、さっきの結構傷ついたのよねぇ。」



   「あー、胸がずきずき痛いなー。」



   「誰かさんのせいよね。」





 あたしは思わず、顔を上げた。

 そしたら目の前で、悪戯っぽい顔をしたあたしの親友が笑ってた。





   「誰かさんがいっしょにケーキでも作ってくれたらねぇ。

    直るのになぁ。」





 …やられた。

 一枚上手だったわ。

 こう言われたら、一緒に作らないわけにはいかないじゃない。





   「……わかったわよ。いっしょに作ればいいんでしょ。」





 あたしはほっぺたを膨らませながら、そっぽを向いてそう言ったんだ。

 ちょっと悔かったけど、でも…





   「そうそう、はじめっからそうすればよかったのに。」





 本当に楽しそうに笑うんだ、この娘。

 思わず、あたしもつられて笑っちゃった。





   「それにね」





 ちょっと、まじめな顔になってあたしに言うの。





   「信じていればいつかは叶うって、あれは嘘よ。」



   「信じてるだけじゃだめなんだから。」



   「信じていても叶わないものって、いっぱいあるんだから。」





 急にこんな事を言われたあたしは、ちょっと驚いた。





   「え? なに? なんのこと?」



   「ん? さぁ、なんのことでしょ。」





 頭の中がクエスションマークだらけになってるあたしを見て、一瞬だけクスリと笑ったと思ったら…

 さっさと歩いていっちゃうんだもん。ずるいわよね。





 結局あたしは、この娘の言うとおりに材料を買って、この娘の思惑通りにチョコレートケーキを作る

羽目になっちゃったんだ。





 …だけど、ま、いいか。





































 第弐話へ続く









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