八.トゥルーマン・ショー


 七月二三日(土) 天気・曇り

 今日は何も予定がなかったから、近所のブックセンターに行って文庫本を買い、家でそれを読んでいた。『トゥルーマン・ショー』って言う、随分昔の映画のノベライズ。これがとても面白かった。
 どんな話かを掻い摘んで書くと……。

 ある男が小さな島に住んでいた。その男はとても正直者で、いい奥さんを貰い、何不自由なく幸せに暮らしていた。
 その男は生まれてからずっと、その島から出たことがなかった。いつかその島から出たいと思っていたが、今の今まで出たことはなかった。出ようとすると何故か船が座礁したり、天候が悪化したり、飛行機が故障したりして、結局願いは叶わなかった。
 ある時、男は昔の恋人に会い、告白される。「今まで騙していてご免なさい。あなたの人生は作り物なのよ」と……。
 それから男は、少しずつ、自分の周りの違和感に気付き始める。
 疑惑は徐々に確信に変わり、自分の人生が他人に演出されたものだと知った彼は、小舟で大海に乗り出す。
 しかし、行き着いた先は、空と海を描いた高い高い壁だった。
 彼の人生は、壁の中での作り物だった。彼の人生は、全世界にリアルタイムで放映されていたライヴショーだった。
 仕掛け人は彼に問う。そこから抜け出す勇気が君にあるのか?と。外界は恐怖の世界だと。本当に君はそれを望んでいるのか?と。
 彼は壁に備えられた階段を登り、外界へと続く扉の前で思い悩む。仕掛け人は、今なら戻れると彼を惑わせる。「壁の中の世界なら、君は何不自由なく暮らせるのだ」と。
 世界中の人がテレビに釘付けになる中、彼は、決断した。
 そうして彼は、笑顔で、視聴者に手を振りながら、扉の向こうに消えていった。
 それを最後に、記録的な視聴率を誇ったテレビ番組は終わりを遂げた。
 視聴者は、また次の番組にチャンネルを合わせた。
 彼のことなど、なかったかのように。

 そこで、この本は終わっていた。

 僕はこれを読んで、考えてしまった。僕だったら、扉を開けられただろうか。どうやって生きたら良いのかわからない世界に、飛び込んでいけただろうか。そもそもそれは、正しいことだったのだろうか。それとも、正しいことなんてなかったのだろうか。

 考えてみたら、僕の生活だって、作りものじゃないなんて保証はない。僕は身寄りのない中学生なのに、どうしてか、こうして生活できている。いわゆる『あしながおじさん』がいるって、生活保護の担当の人は言っていたけれど、僕自身はその人に会ったこともない。その人には凄く感謝しているけれど、僕なんかを保護したって、いいことなんか有るとも思えない。どうして、決して少なくないはずのお金を、僕に注ぎ込んでくれるんだろう。
 こんなことを考えるのは凄く失礼で罰当たりなことだけれど、僕は今日、そんな思いに駆られてしまった。

 そんなことを考えながら夕食の片づけをしていると、携帯が鳴った。はっきり言って、僕の携帯が鳴るなんてことは一年に何回もあるわけじゃない。もしかして、って思って携帯に飛びついたら、やっぱり僕の期待通りにハルカからの電話だった。

 ハルカは、今日の出来事を立て続けに喋った。遊園地の絶叫マシンが面白かったこと、お化け屋敷がちっとも怖くなかったこと、変な男にナンパされたこと、最後に夕立に降られたこと。息継ぐ間もないくらいに喋りまくるので、僕はもっぱら、聞き役に専念していた。

 暫くしてハルカが、「シンイチは今日、何してたの?」って聞いたから、『トゥルーマン・ショー』の話をした。ハルカも興味を持ったみたいだ。今度、本を貸すことを約束した。

 明日は何も予定がないって言ったら、図書館に行って一緒に勉強しよう、ってハルカは言った。この前、そろそろ受験勉強をしなくちゃいけないって言ったのを、覚えていたみたい。勉強は好きじゃないけれど、明日は楽しみだ。

(以上、浜田シンイチの日記より抜粋)








九.困惑

 

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