四.『シンイチ』と『ハルカ』


 七月二〇日(水) 天気・晴れ

 今日は朝から楽しみなことがあった。昨日会ったあの子に、会えるかもしれないからだ。
 綺麗な子だった。髪の毛が金色だったから、きっと外国人なんだろう。目も蒼かったし。でも、日本語が通じていたから、二世か何かなのかもしれない。
 そう言えば、日本語が通じていたことに、今、こうして日記を書いていて初めて気付いた。きっと、あの子の前で舞い上がっていて、それどころじゃなかったんだろう。恥ずかしい。
 会えるかどうか、ちょっと不安だった。だって、約束をしたわけじゃなかったから。あの子は「またね」と言ってくれたけど……。

 緊張しながら、僕は昨日と同じ時間(午後二時くらい)よりちょっと早く、あの高台に出掛けた。歩いて行くにはちょっと遠い所だったから、自転車で行った。自転車に乗るもの久しぶりだ。いつもは乗る用事もなかったし。

 下の道ばたに自転車を置いて、石造りの階段を登った。心臓がドキドキ言ってたのは、階段を一段抜かしに駆け上がったせいだけじゃなかったと思う。
 そうやって付いた高台の公園には……あの子は、いなかった。
 首を振りながら歩いていた山鳩が一羽いて、僕を見て飛び立っただけだった。
 僕は自分で、体の力が抜けていくのがわかった。

 柵にもたれて街を眺めながら、僕はあの子が来るのを待った。あてはなかったけれど、あの子を待った。僕には他に、やることもなかったし。

「わっ!」
 いきなり僕は、後ろからの大声に驚かされたんだ。びっくりして後ろを見ると、あの子が、僕の会いたかったあの子が、笑いながら立っていた。
「待った?」
 あの子は、まるで待ち合わせていたように、僕に話しかけてきた。でも、僕はすぐに答えることが出来なかったんだ。何故かって?だって僕は、あの子に見とれていたから……。
 今日のあの子は、昨日とは違って私服だった。白の半袖のワンピースを着ていた。それがとても新鮮で、その、可愛かったんだ。

 それから僕たちは、色々な話をした。あの子はまず、僕の名前について聞いてきた。昨日の別れ際に、浜田シンイチと『呼ばれている』と言ったことが、気になっていたらしい。
 僕は、自分には一年以上前の記憶がなく、だから名前も本名かどうかがわからないことを話した。いわゆる『記憶喪失』だって。
 そうしたら、あの子は凄く驚いていた。そりゃそうだ。誰だって、目の前の人間が記憶喪失だって知ったら驚くだろう。
 でも、あの子の驚きは、そうした驚きとはちょっと違っていたんだ。

 それは、僕にとっても驚きだった。
 何故かって言うと……。あの子も僕と同じように、一年以上前の記憶がなかったんだって。
 あの子と僕、どこか似ているところが有るような気がしたんだけど、そう言うことだったのかもしれない。でも、このことはあの子には言ってないんだ。だって、僕と似ているなんて言ったら、あの子に悪いような気がしたから。

 それからも、色々な事を話した。
 自分のこと・学校のこと・記憶のこと。
 考えてみたら、こんなにたくさん話をするなんてことは、僕のこの一年間の記憶の中にはなかったことだ。あの子はそう言う意味でも、僕にとって特別だと思う。

 あの子、いや、これからはハルカと書こう。だってハルカが、自分のことはそう呼べって言ったから。そう言わないと怒るんだもんな。そのかわり、僕のこともシンイチって呼ぶって。なんだか、照れくさいけれど。

 今日は色々なことがあり過ぎて、この日記には書ききれない。でもこの日のことは、絶対に忘れないと思う。

 そう言えば、ハルカがなんで日本語が話せるのかを聞くのを忘れた。今度聞こうと思う。


(以上、浜田シンイチの日記より抜粋)








五.失われたもの、得られたもの

 

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