十四.幸せってなに?


「ほら、シンイチ、次はあれ乗ろ、あれ!」
 無邪気な笑い声を受けて、少年の頬は自然と緩む。少女は元気良く、走り出そうとしていた。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
「なにやってんのよ、早く早く!」
「そんなに急がなくても……」
「いいから早く!」
 少女に急かされながらも、少年の頬から笑いが絶えることはなかった。バタバタと二人は小走りに走り出す。

 今日は週に一度の休息日。二人は、先日少女が友達と行った遊園地へ、今度は二人で遊びに来ていた。
 天気は快晴。夏の強い日差しが、所構わず降り注いでいた。白い小さな雲がひとつだけ、遠慮がちに浮かんでいた。

「え、これ乗るの?」
「そっ、面白そうじゃん!」
 少年の目の前には、高さ五十メートルは有ろうかという二本の塔がそびえ立っていた。いわゆる『フリーフォール』である。
 颯爽と並ぶ少女を横目に、少年の表情はやや険しい。少年の表情を盗み見た少女はニタリと笑うと、意地悪げに言った。
「あれ、シンちゃん、自信ないのかな〜」
「いけるよ」
 少しムキになって、少年は答えた。
『『あれ……?』』
 不思議な既視感を、二人は感じた。しかし、それを口に出すことはなかった。口に出してはいけないような気がした。

             *

「思ったより、大したこと無かったね」
「そうね、端から見てると凄そうなのにね」
 フリーフォールから降りた二人は、ベンチで缶ジュースを飲んでいた。
「シンイチも怖がってた割に、全然平気そうだったじゃん」
「うん、思ったより平気だった。それに……」
「それに?」
「うん、特に急上昇するときなんだけど、なんだか初めてじゃない感じがしたんだ」
「え、シンイチも?」
「ってことはハルカも?」
「そうなのよね、なんだか、懐かしい感じがしたりして」
 少女は形の良い眉を曲げて、考え込むような仕草を見せた。
「ふーん、ハルカもなんだ」
 少年も、難しそうな顔をする。
「ヘンよね」
「うん、変だ」
 少女の胸を、不吉な予感が通り抜けた。それはとても、嫌な感覚だった。

             *


 かぁーー。

 遠くで、カラスが一声鳴いた。

 二人は、二つの長い影を引きずって、長い下り坂を歩いていた。
 会話はなく、二人は静かに歩いていた。

 少年は、右手を不自然に動かしていた。握っては開き、また握っては開く。その表情はやや堅く、強張っている。
 もう一回、少年は右手を強く握りしめた後で、そろりと隣の少女の左手を掴んだ。

 少女は肩をピクリと震わせて、少年を見る。
 少年は、前を向いたまま、硬い表情を崩さなかった。
 少女は僅かばかりに俯く。そうして頬に笑みを浮かべ、坂の向こうの夕日を見た。

 夕日は大きく、赤かった。






十五.勇気

 

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