十二.ココロの悲鳴


 その朝、少年は激しい頭痛と共に目覚めた。
 実のところ、ここ一週間ほど、度々頭痛に襲われることがあった。しかし今日の痛みは、今までのものとは比較にならないほどのものだった。
 「……っぅ」
 声にならないうめき声を上げ、少年はベッドから這い出る。なんとかシンクまで歩くと蛇口を捻り、冷たい水を頭から浴びる。けれどもそれは、痛みを和らげることにはならなかった。
 少年は、頭から水滴を滴らせたまま部屋の隅まで歩く。引き出しから頭痛薬を取り出すと、カプセルを三つ引きちぎって口に放り込み、無理矢理に水で流し込んだ。
 冷蔵庫の脇に置いてあったタオルをひっ掴み、頭を乱暴に拭くと、少年は再びベッドに倒れ込んだ。

 ……ポ〜〜ンッ!

『遠くで何かが鳴っている。何の音だろう。よくわからない。遠くなのに、良く響くな……』

 ピンポ〜〜ンッ!!

『……ン?』

 ピクリと反応した少年は、もそりと起きあがる。そして周りを見回す。

 ピンポンピンポ〜〜ンッ!

 再び鳴るチャイムに、少年はようやく我を取り戻したようだ。重たそうな体を引きずりながら、玄関先へと歩き、扉を開けた。
 そこには少女が、少し怒った顔で立っていた。
「なぁに?もしかして、今起きたの?」
「あ、うん……ゴメン」
「まったく、時々だらしないんだから。しっかりしてよね」
「ゴメン」
「……もしかして、体調悪いの?」
 少女は少年の顔色を伺って、急に心配そうな声色に変わる。
「……とりあえず上がってよ」
「うん……」

 ウーロン茶を注いだグラスをテーブルに置いて、少年は話し始めた。
「最近、どうも頭痛が取れないんだ。風邪じゃないと思うんだけど……。ずっと痛いわけじゃなくて、朝起きたときとかによく、痛くなるんだよ」
「病院には行った?」
「ううん」
「行った方がいいわよ」
「うん、そうだね……」
 少年は生返事を返すと、グラスに口を付けた。ウーロン茶の渋みが、妙に気になった。
「それと……」
「え、他に何かあるの?」
「うん、最近、変な夢を見るんだ」
「変な夢?」

 少年は暫し目を瞑ると、テーブルの上のグラスを見ながら続けた。
「僕が、誰かとケンカしている夢なんだ。それも、普通じゃないケンカ。僕は相手に助けを求めてるんだけど、その相手は僕を罵って蹴ったりしてるんだ」
「なに、それ……」
 少女は眉間にしわを寄せ、険しい表情に変わる。
 しかし少年は少女の変化には気付かずに、声のトーンを落として続けた。
「そして……」
「そのあとで僕は、その相手の首を絞めるんだ」
「えっ……」
「……殺し合いだよね、それって」
「……」
 少女の表情は、ますます暗く変わっていく。
「で、相手はどんなヤツなのよ」
 気を取り直したように、少女は聞く。
「わからない。相手の顔は見えないんだ。でも……」
「でも?」
「うん……。ゴメン、なんでもない」
 暫く、沈黙が続いた。

「ゴメン、変な話して。大丈夫、なんてことないよ。逆夢って有るじゃない。きっとそれだよ、それ」
「さ、それよりも勉強しようよ」
「うん、そうね」
 取り繕ったように笑う少年に、少女もぎこちない笑みを向けた。
「今日は数学からだよね」
「そうよ、ビシビシ行くから覚悟しなさいよ」
 テーブルの脇に置いてあった教科書とノートを広げると、少年と少女は向かい合って勉強を始めた。

             *

 二人が少年の部屋で勉強をするようになってから、十日ほどが経っていた。あの事件以来、二人は図書館通いを止め、少年の部屋で勉強をすることにしていた。それは二人にとって、とても楽しい時間であり、空間だった。
 昼になると、少年の作った昼食を二人で食べる。テレビを見ながら、他愛ない話をする。午後になってまた勉強を始め、夕方になると、見送りがてら二人で散歩する。
 週に一度は、勉強を忘れて遊びに行く『休息日』を持つ。
 それは、本当に楽しい毎日だった。

 全てに終わりがあるように、今日という日にも終わりはやってくる。
 少年と少女は、真っ赤な夕焼けの中を、今日という日が過ぎ去っていくことを惜しむかのように、歩いていた。
「じゃ、この辺でいい」
「うん」
「今日は早く寝なさいよね。変な夢を見ないように」
「うん、そうだね」
 そう言って、少年は微笑んだ。少女も、少年に笑みを返す。

「じゃ、またね」
「うん、また明日」

 明日という日の約束を交わし、二人は別れた。
 少女の背中を暫く見送って、少年は帰途についた。






十三.呼びかけるもの

 

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