「オッス、碇、おはようさん」 「おはよう」 古びた教室の扉の前で、碇シンジは級友に笑顔を見せる。 「何だ、今日は随分機嫌がいいなぁ。何かいいことでもあったのかよ」 彼の決して多いとは言えない友達の一人である藤沢ヒロアキは、シンジのその表情に驚きを浮かべた。 「う、うん。ちょっとね」 曖昧に語尾を濁すその物言いに、彼はピンときたのだろう。ニヤリと下品な笑みを浮かべると、シンジの肩を抱きかかえて問い詰める。 「女だろ」 「ち、違うよ!」 半オクターブばかり高い声で否定するシンジ。 「まぁまぁ、隠さなくなっていいじゃん。で、碇の彼女ってどんな娘?可愛い?」 ヒロアキは今まさに、好奇心の塊である。 「そ、そんなのじゃないよ!」 「そんなの、ね。センセイもやりますねぇ〜」 ヒロアキは間髪入れずに切り返すと、含みを持ったにやけ顔で、シンジの肩を両手で揉む。 「ち、違うって!」 真っ赤になりながらも、シンジは必死で否定する。 「ふーん、ま、いいや。今日の所はこの辺で許しとこ。今度写真でも見せろや」 「そんなの持ってないよ!」 必死に逃げようとするシンジを見てヒロアキは、妙に嬉しくなる。 『こんな顔の碇を見るのは初めてだな』 両手に思い切り力を込めるヒロアキ。 「い、痛いよ」 その泣き声に、ヒロアキは思わず笑みを漏らした。 教師の声をぼんやりと聞きながら、シンジはヒロアキの言葉を思い出していた。 『そんなに嬉しそうに見えたのかな』 急に気恥ずかしくなった彼は、意識して難しい顔を作ってみる。眉間に皺を寄せたり、口を真一文字に結んでみたり、頬を強張らせてみたりする。まるで百面相だ。 「こら碇、一人でなに面白い顔してるんだ」 教師の声に我に返ると、クラス中の視線がシンジに集中していた。 「あ、あの、その……すみません」 そして笑いの渦が巻く。その中でシンジは、真っ赤な顔で小さくなるしかなかった。 だがそれは、決して嫌なものではなかった。もちろん、恥ずかしくはあったけれど。 |