三. まるで百面相



 「オッス、碇、おはようさん」
 「おはよう」

 古びた教室の扉の前で、碇シンジは級友に笑顔を見せる。
 「何だ、今日は随分機嫌がいいなぁ。何かいいことでもあったのかよ」
 彼の決して多いとは言えない友達の一人である藤沢ヒロアキは、シンジのその表情に驚きを浮かべた。
 「う、うん。ちょっとね」
 曖昧に語尾を濁すその物言いに、彼はピンときたのだろう。ニヤリと下品な笑みを浮かべると、シンジの肩を抱きかかえて問い詰める。

 「女だろ」
 「ち、違うよ!」
 半オクターブばかり高い声で否定するシンジ。
 「まぁまぁ、隠さなくなっていいじゃん。で、碇の彼女ってどんな娘?可愛い?」
 ヒロアキは今まさに、好奇心の塊である。
 「そ、そんなのじゃないよ!」
 「そんなの、ね。センセイもやりますねぇ〜」
 ヒロアキは間髪入れずに切り返すと、含みを持ったにやけ顔で、シンジの肩を両手で揉む。
 「ち、違うって!」
 真っ赤になりながらも、シンジは必死で否定する。
 「ふーん、ま、いいや。今日の所はこの辺で許しとこ。今度写真でも見せろや」
 「そんなの持ってないよ!」
 必死に逃げようとするシンジを見てヒロアキは、妙に嬉しくなる。

 『こんな顔の碇を見るのは初めてだな』

 両手に思い切り力を込めるヒロアキ。
 「い、痛いよ」
 その泣き声に、ヒロアキは思わず笑みを漏らした。


 教師の声をぼんやりと聞きながら、シンジはヒロアキの言葉を思い出していた。
 『そんなに嬉しそうに見えたのかな』
 急に気恥ずかしくなった彼は、意識して難しい顔を作ってみる。眉間に皺を寄せたり、口を真一文字に結んでみたり、頬を強張らせてみたりする。まるで百面相だ。

 「こら碇、一人でなに面白い顔してるんだ」
 教師の声に我に返ると、クラス中の視線がシンジに集中していた。

 「あ、あの、その……すみません」
 そして笑いの渦が巻く。その中でシンジは、真っ赤な顔で小さくなるしかなかった。

 だがそれは、決して嫌なものではなかった。もちろん、恥ずかしくはあったけれど。





四. 溜息と共にごみ箱へ




Web拍手