十六. ケータイ



 時刻は午前三時を少し廻った頃。永久に続くかと思われたどんちゃん騒ぎも終焉を迎え、多くの者が雑魚寝を決め込んでいた。

 その頃テラスで、彼女は星を見ていた。
 気温は心持ち下がったものの、今日もまた熱帯夜のようである。
 されども、今日の彼女にとってそれは、決して不快なものではなかった。

 背後に、気配を感じた。

 「僕は、ずっと考えていたことがあるんだ」

 細い背中に、シンジは話し掛ける。
 「もし、万が一、アスカに会ったらしなくちゃいけないことがある、って」

 「僕は、アスカに、酷いことをした。アスカを……侮辱して、見捨てて、殺そうとした」
 「何を言ったって、赦してもらえるなんて思えないし、思わない」
 「でも僕は……自己満足かもしれないけど……」

 「アスカ」

 「本当に、ごめん」


 そうして彼は、頭を垂れる。

 背中で黙って聞いていた彼女は、ゆっくりと振り返った。
 だが彼は、彼女の気配を感じつつも、未だ顔を上げようとしなかった。

 幾ばくかの間、二人はそのままで。


 その緊張を破ったのは、彼女だった。

 「ケータイ」

 彼女のその一言は、全くもって理解不能だった。思わず彼は、面を上げる。

 「アンタのケータイ番号、教えなさいよ」
 「え?」
 「ケータイよ、ケータイ。持ってるんでしょ」

 戸惑い、目を白黒させながらも、彼は部屋にあったメモに自分の電話番号を書き記す。
 引ったくるようにそれを奪い取った彼女は、身を翻し、背後のシンジに言い放った。

 「気が向いたら電話してあげるから、首を洗って待ってなさい。いいわね」

 「あの……アスカ?」
 「なによ、五月蠅いわね」

 彼女は、夜空に浮かぶ月を見上げる。


 暫くその背中を、彼は眺めていた。
 暫くその視線を、彼女は受け止めていた。
 暫く二人は、熱帯夜の風に晒されていた。
 月の光が、ふたりを包んでいた。




十七. ホントに




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