十一. 会ってみたい



 ふと気付くと、時刻は午後九時を回っていた。

 「ファースト、もう来ないかもね」
 「うん……」
 複雑な面持ちで、シンジは頷く。
 「やっぱり、会いたかった?ファーストに」
 アスカのその問いに、シンジは慎重に言葉を選びながら答えた。
 「正直に言って、わからない。本当は、会いたくないのかもしれない」
 そうして彼は、グラスを伝う滴を見つめた。
 「あたしは会ってみたいけどな、ファーストに」
 シンジの顔に、驚きが浮かぶ。
 「そんなに驚かなくたっていいじゃない。あたしだってあの子に会ってみたいわよ。そりゃ昔は気に入らなかったけど、それとこれとは別の話でしょ」
 シンジの脳裏に、レイの顔が浮かぶ。『私は三人目』と言ったときの、彼女のあの表情が。
 『アスカは知らないんだよな』
 『綾波は、僕らの知っている綾波じゃないかもしれないんだよ』
 水槽の中で崩れ落ちる、綾波レイの姿をしたもの。心の入れ物としてのアヤナミレイ。彼の脳裏に、今なおそのイメージは鮮明で。
 『アスカに話した方がいいんだろうか』
 『でも今さら、どうしようって言うんだよ』

 「僕は、怖いのかもしれない」
 ポツリと彼は、独り言のように呟いた。
 「怖いって、ファーストが?」
 驚き混じりの疑問符を、アスカはシンジに投げかける。
 「うん……」
 それは、消え入りそうなほどに小さくて。
 そうして彼は、タンブラーを口に運んだ。
 ライムの苦みが心地よかった。

 「なんで?」
 彼女のその問いに、彼は暫く口を閉ざし。
 ようやく、その一言を絞り出す。
 「いろいろあったんだ。あの時」
 「いろいろって……」
 彼女の脳裏に、様々な記憶が蘇る。その中の綾波レイは、確かにある種、浮き世離れしたイメージだった。
 しかし……。

 「今、ここで話せる事じゃないんだ」
 それは、なにか遠くのものをぼんやりと眺めるような顔で。
 「そのうちに、話せるときが来たら話すよ」
 弱々しい作り笑いを、彼女に見せる彼。
 その辛そうな顔を前に、それ以上、彼女が問うことはなかった。出来なかった。




十二. ごめんなさい




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