ふと気付くと、時刻は午後九時を回っていた。 「ファースト、もう来ないかもね」 「うん……」 複雑な面持ちで、シンジは頷く。 「やっぱり、会いたかった?ファーストに」 アスカのその問いに、シンジは慎重に言葉を選びながら答えた。 「正直に言って、わからない。本当は、会いたくないのかもしれない」 そうして彼は、グラスを伝う滴を見つめた。 「あたしは会ってみたいけどな、ファーストに」 シンジの顔に、驚きが浮かぶ。 「そんなに驚かなくたっていいじゃない。あたしだってあの子に会ってみたいわよ。そりゃ昔は気に入らなかったけど、それとこれとは別の話でしょ」 シンジの脳裏に、レイの顔が浮かぶ。『私は三人目』と言ったときの、彼女のあの表情が。 『アスカは知らないんだよな』 『綾波は、僕らの知っている綾波じゃないかもしれないんだよ』 水槽の中で崩れ落ちる、綾波レイの姿をしたもの。心の入れ物としてのアヤナミレイ。彼の脳裏に、今なおそのイメージは鮮明で。 『アスカに話した方がいいんだろうか』 『でも今さら、どうしようって言うんだよ』 「僕は、怖いのかもしれない」 ポツリと彼は、独り言のように呟いた。 「怖いって、ファーストが?」 驚き混じりの疑問符を、アスカはシンジに投げかける。 「うん……」 それは、消え入りそうなほどに小さくて。 そうして彼は、タンブラーを口に運んだ。 ライムの苦みが心地よかった。 「なんで?」 彼女のその問いに、彼は暫く口を閉ざし。 ようやく、その一言を絞り出す。 「いろいろあったんだ。あの時」 「いろいろって……」 彼女の脳裏に、様々な記憶が蘇る。その中の綾波レイは、確かにある種、浮き世離れしたイメージだった。 しかし……。 「今、ここで話せる事じゃないんだ」 それは、なにか遠くのものをぼんやりと眺めるような顔で。 「そのうちに、話せるときが来たら話すよ」 弱々しい作り笑いを、彼女に見せる彼。 その辛そうな顔を前に、それ以上、彼女が問うことはなかった。出来なかった。 |