4.3日目(暗くなるのを待って出撃)

翌6月28日はパリの職場での着任日であったため、着任手続きでバタバタと忙しい。生活面も、アパートに入居する準備が完了せず、 転々としながらホテル住まいを続ける。それでも、家族がパリにまだやって来ない暫くの間、一人きりの夜はやって来る。 この日は、入居予定のアパートを隅々までチェックするために、フランス人から勧められて購入した強力な懐中電灯が たまたま手元にある。これは、十分に暗くなってから出撃せよとの、神の思し召しかもしれない。

という訳で、21時半を過ぎてからホテルを出てみた。樹液採集に最有力のBポイントまで、徒歩でおよそ1時間。 そこに着く頃には十分に暗くなっているであろう。実は車があれば難なく近くまで行けるのだが、未だ車がないのが 辛いところだ。

宵が深まり始め、ブローニュの森はさすがに人影が少ない。周りから見れば自分は怪しげな外国人だろうから、まばらな人影に ホッとする反面、夜の森に不慣れな外国人として、人気のなさに恐怖心もジワジワと湧いてくる。時折、仕事帰りなのか運動のためなのか、 自転車が通り過ぎる。まだ薄暮の頃合いではあったが、森の中は十分に暗くなっていた。やがてBポイントに到着。 直ぐに、ナラの幹の樹液を懐中電灯で照らしてみる。残念ながら、樹液にはやはり甲虫の影はない。 昨日何頭か採ったことが影響しているかもしれない。それでも、幸運にも樹皮捲れから1ペアを掻き出すことができた。

   
[パラレリ♀] [パラレリ♂]
   
根元に潜り込もうとする♀ 根元に落ちた小型の♂(ピンボケで失礼)


日の暮れた森の道を帰るために、再び歩き出す。周りの暗さに不安がさらに募ってくるが、慣れると何ともなくなってくるだろうか。 幸い、ブローニュの森の名物の、娼婦に出くわすことはなかったが。

歩きながら、まだほんの少し明るさの残る空をできるだけ見上げるようにしていた。かのユーロミヤマ(Lucanus cervus)は、 ここブローニュの森でも飛んでいるのであろうか。森の中の車道沿いに外灯が連なっているが、蛾も含めて虫が集まっている気配はない。 しかし、森の暗闇から車道に出た場所で、大型の甲虫が一頭だけ飛翔しているのを目撃した。捕まえるべくもなかったが、一体何だったのだろう。 飛翔している姿からして、おそらくはウスバカミキリ(の近縁種)だったのではないか。こうしてパラレリを追いかけている間も、 実はミヤマのことも常に頭の片隅に入れてあるのだが、ブローニュの森を結構歩き回っていても、死骸の一部分を含めてミヤマの生息を 示す手掛かりは全く見かけていない。

次に、Cポイントへ。既に相当暗くなっていたこともあり、予想どおり、数ある小さな洞からパラレリが幹の上に出てきていた。 樹液にペアで付いているところも発見。結局、2♂♂3♀♀を幹の上で採集できた。この木は、昼間は採集に全く適していなくても、 暗くなってから来れば、かなり期待できる木のようだ。


[パラレリのペア]

樹液にペアでつくパラレリ


   
[パラレリ♀] [もう一頭の♀]
   
幹の上の♀ ここにももう1頭


さらに、Aポイントにも立ち寄ってみる。樹液の出は今一つというところだったが、それでも根元に1♀見つかった。1♀ずつとはいえ、 この木では連日の採集となり、なかなかの好ポイントなのかもしれない。

これで、3日間合計で4♂♂9♀♀採集できたことになる。パラレリは夜行性で、夜間にナラの樹液に集まることが 明らかになった。これはコクワと同様であるが、前述したとおり、どうもコクワよりも夜行性(あるいは警戒心)が強いように 感じる。この結論の当否についても、今後の観察に委ねられることであろう。



5.終わりに

何事につけても、第一印象や最初に閃いた直感といったものが、非常に大切であると思う。この採集記は、パリに到着してから まる2日少々というごく短い間の体験をまとめたものであるが、それであるが故に、自分としての新鮮な印象を書き記すことができた のではないかと思っている。そのとりあえずの結論が、「パラレリはコクワだ」というのだから、内容は何ら変哲のないものと なってしまったが、それこそが紛れのない第一印象であったことは確かだ。

しかし、東京都市部のような昆虫不毛地帯でも、コクワが見られることで嬉しくなってしまうことがしばしばある。 パリにパラレリが棲息していることが確かめられたことは、これからのパリ生活のスタートとして、 昆虫採集に希望の鐘を鳴らしてくれる上々の出来事であったことには間違いない。


Special thanks to 子連れ狸氏 & 夕凪氏



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