3.環境にやさしい採集法

a.材採集

 私はどうもこの『材割り』という言葉が嫌いである。実際は『割る』のではなく、『削る』若しくは『削ぐ』と言った感じなので、くれぐれも薪を割る様なイメージで材に斧を入れてはいけない。それに削るのも諦めが肝心で、出るまで削るなどは愚の骨頂と言える。
 さて、それではどの様にすればよいのか。一番良いのは虫達と共に採集者も冬眠していれば良いのだが、それでは採集好きな者にとっては寂しすぎる。そこで材を削る時もほんのちょっと削らせてもらう程度で、食痕が出なければ直ぐにやめるくらいの余裕も必要なのである。もっともネブトクワガタの場合は蛹化のときに土繭を作るので地面(土)と接している部分の樹皮裏にいることが殆どのようで、あまり材を削る必要はない。

 ↑の画像は松の根部を削って採った幼虫だが、ご覧の通り殆ど樹皮裏のところにじっとしている。ネブトの幼虫の場合、あまり食痕を張巡らすことはない様である。そして画像を見て解るように決して土化しきっている材ではないのである。
 次の画像を見てみよう。これは赤松の倒木をひっくり返して、まさに樹皮をめくってその裏に居た幼虫である。これからも解るように材の中心部まで削らなくても幼虫は採集できるのである。っというよりもこれより先の幼虫はそっとしておく余裕というかやさしさが採集者には求められるのでないだろうか。小さな虫を採集すること自体、すでに可愛そうで残酷と言われればそれまでだが、それであるから尚更むやみな乱獲は避けなくてはならない。

 そして成虫を採集したければ材下の土を掘ってみるとよいようだが、私はまだこの方法で成虫を採集したことがないのでどの程度掘ればよいか解らない。くれぐれも掘った跡は埋め戻して元通りにして帰ろう。
 以上の様に、冬期におけるネブトクワガタの材採は材を割らずとも採集が可能であり、比較的環境にやさしく採集することが出来るのである。しかしながら採集者の増加に環境が耐え切れないのはオオクワガタ同様であり、その生息環境を把握した時点でそっとしておくことが、この小さな昆虫達を守る必要条件ではないだろうか。つまり幼虫が生息しているということは確実に成虫も採集可能という証なのである。
 それでは次に成虫の樹液採集について少々講釈を垂れてみることにしよう。


b.樹液採集

 樹液採集は一般に樹液を多く出しているクヌギで行う。クヌギの他にもモミの樹液でも採集が出来るようだが、松林と雑木林の境目に生えているクヌギが狙い目になるだろう。前項の様に幼虫の生存を確認することによりネブトの存在を知ることも出来るが、幼虫の材をいじらずともネブトの存在を確認できる方法がある。それは樹液焼けしたクヌギの根元を探るという極めて単純な方法であるが、これがなかなか大切でその上とても環境にやさしいのである。この方法で私は2ヵ所のポイントでネブトクワガタの生息を確認することが出来た。

 まず落ち葉をよせてみよう。すると夏場昆虫達で賑わっていた樹ほど足跡が多く残されているのである。つまり死骸が多く見られるのだ。なかには越冬中のスジクワガタやコクワガタなども見付けることが出来る。運が良ければネブトの成虫も見付けることが出来るようである。樹の根元には様々な昆虫達の情報が詰まっている。その中からネブトの痕跡を探すことも出来るのである。
 根元から見付けたネブト♂の上翅

 ネブトの樹液採集というと、どうも根元を探すイメージがあるが決して根元に拘る必要はない。樹液をたくさん出していれば頭より上の樹皮捲れでも採集は出来るのだ。ここで必要なのは他のクワガタでも言えることだが、樹液を非常に多く出しているクヌギを見つけることである。樹液を多く出すということは水分が豊富に供給される必要があるということである。決してベチャベチャしている必要はないがこういった環境を探すことも重要なポイントの一つである。

 今までに述べた様な環境で樹液を非常に多く噴出すクヌギを見付けたら、樹液の溜まった樹皮捲れや洞を覗いてみよう。ここで一つ気を付けなくてはならない事がある。それは絶対に樹皮捲れを剥がさないということである。樹皮捲れを剥がしてしまうと折角ネブトクワガタやそのほかのクワガタなどを見付けても、もうそこで採集することが出来なくなるからである。オオクワガタなども同じであるが、一度ネブトクワガタを見付ければ何度も同じ樹皮裏や洞で採集が可能だからである。くれぐれも樹皮はそっとしておくようにしよう。では樹液採集にはどの様な道具が必要なのであろうか。まずはライトである。専らクワガタの活動時間は夕刻から夜半に掛けてだがネブトクワガタもご多分に漏れず夜の採集がもっとも効率的だからである。そして出来うればペンライトもあるとよいだろう。この他に必要な道具はピンセット或いは掻き出し棒(スポークなど)だけである。薬品や煙幕などは全く必要としない。私の場合は掻き出し棒だけである。これで採集出来なければ軍配は虫に挙がったと思い諦めるようにしよう。是が非でも採集しようなどと思えば樹皮を壊したり薬品をたらしたりと環境に非常に悪い採集になってしまうので気を付けようではないか。

 ↑の画像は実際にネブトクワガタが入っていた洞である。樹液溜まりが出来ているのが解るだろうか。ネブトクワガタはこのような環境を好むのである。そしてこの様な環境を作りだすのがボクトウガなどの蛾の幼虫達である。

 ボクトウガの幼虫

 樹液を出そうと人為的にクヌギに傷を付けた所で樹液溜まりができる程、樹液を出すことは出来ないのである。クヌギから樹液を出させるのはボクトウガに任せておこうではないか。そしてこの樹液を出してくれるボクトウガの幼虫の住処も樹皮裏なのである。決して樹皮捲れを壊してはならい。



 以上、環境にやさしい採集法を述べてきたが、お解り頂けたであろうか。何も壊さずに採集するということは困難であるかも知れない。しかし、それを必要最小限に抑えることはできるのである。如何にして採集するかではなく、如何に環境にやさしく採集するかも我々採集者に課せられた大きな課題ではないだろうか。我々昆虫愛好家の手で大切な友を失う様な結果をもたらしてはならない。それだけに余りにも基本的な事とは思うが、これからも増えるであろう採集者に対し、この様な採集方法の一例を挙げてみた次第である。いつまでも昆虫採集の楽しめる環境を我々愛好家の手で守って行こうではないか。

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