今後への展望

以上が、現時点での私の結論です。実はその後、完全に縮みが角長のみに効いているのではなく、胴体にも若干ながら影響しているのではという結果が、長角、中角の蛹の重さから出てきており、幼虫の縮みがどのように角の長さなど成虫の体型に効いているかは、細かい所でまだ実験、計測、分析が必要です。

最近では、数回縮んだり戻ったりを繰り返すと、体が小さく、同じ大きさでも角が伸びやすくなるのでは、という可能性も考えています。

少し理屈っぽくなりますが、私から問題提起させて頂きます。

コーカサスは当初、「幼虫が100gないと長角にならない」と言われました。80〜90gの幼虫が長角にならなかったためです。しかし、コーカサスでは体格に関わらず短角になり得る事、また月刊むし1993年11月号(No.273)18ページのグラフで、70mm弱の成虫が長角になっていること、更に30gの国産カブト幼虫から胴体長5cmほどの成虫になることからして、成虫胴体長の3乗に幼虫体重が比例などと計算すれば、80gで十分長角になると、もっと早くから予想できた筈です。

更に、マットを深さ60cmにしろとか、土を30cm入れた上で上にマットを入れろとか、スペースをとる方法ばかり提案されました。

他に、2年1化なら長角になるとも言われました。しかしそれにはクーラーをつけて夏25℃以下を保たねばなりません。成長の良い幼虫なら、5ヶ月で100gを越えるのです。

また、コーカサスは卵から成虫になるまで2年等と言われていましたが、実際には♂では1年強でも成虫になるようです。平均気温26℃(冬22℃、夏30℃など)の飼育では、卵1ヶ月、1齢1ヵ月、2齢2ヶ月、3齢8ヶ月、蛹2ヶ月です。もっと短い事もあります。♀では3齢が5ヶ月でも成虫になります。ただ、北海道では3齢の期間が1年以上かかったと言う事実も上で述べた通りです。夏暑くならず、冬暖房のしっかりした北海道での飼育なら、1年中平均気温20℃程度で飼育出来ますので、積算温度の関係から幼虫期間は長くなります。

幼虫期間を長くして、大きな容器でマットを大量に入れておくと、幼虫の食べた糞などが底で固まってきます。植物の遺体のうち、黒腐れで黒く見えるのがポリフェノールのリグニンですが、これは時間を経るとベンゼン環同士がくっついて大きな分子となり、黒土になります。黒土では長角になるので、この方法なら長角は出ます、が餌も場所も電気代もとります。なお、自然界の黒土の場合、分子が土壌鉱物由来のアルミニウムイオンなどと結合したりしているのが殆どです。

80gでも、最後に底に土さえ入れれば長角になるなら、もっと多くの方が長角に出来る筈です。より小型のジャワ産コーカサスでは、70gでも十分でしょう。

また、土を30cm入れろという文献もありましたが、コーカサスは横向きに蛹室を作るため、10cmで十分です。7cmほどでも蛹化出来そうです。

無理にマットを大量に購入し、大きな容器で、温度管理のスペースを大きく取らなくても(コーカサスを長さ60cmもの容器で飼育し、温室に入らず部屋ごと温めるなどしなくても)、マレーやスマトラ産で80g、ジャワ産で70g以上にして、最後に底辺の短い方の辺(或いは丸い容器なら直径)16cm以上、高さが土7cm+マット13cmも入れて20cmもあれば、長角が出るでしょう。ただ、大きな幼虫の場合、容器はそれに応じて大きくすべきです。

上に挙げた「高栄養」「スペース」「温度」「湿度」「気圧」「刺激無し」は、「高栄養」は80gを超えれば関係なく長角になり得、スペースも上に書いた通り、温度は30℃以下15℃以上なら十分成長し、湿度もマットが腐らない程度で十分、気圧と言うのは現時点では多分関係ないと思われ、刺激無しも、通常の家庭で、常に工事現場が隣にあって家中揺れているというので無ければ、長角になり得るのです。

インターメディアが、2年1化で長歯と言われたり、ヘラクレスで「130g幼虫から13cm成虫」「100g幼虫から13cm幼虫」の2つの説が出たりしていますが、これが同様に、蛹化の際蛹化適地探索及び蛹室作りで縮むからだ、と考える事も出来そうですが、実際に飼育して成功した後になりそうです。ツヤクワについては、一部の種で縮みだけでは長歯、短歯が説明できない物もあります。

ここで、月刊むし1988年9月号(No.211)22ページ「クワガタ虫の大顎はなぜ立派(下)」にあった、胴体長と角(大顎)長の長さの変化からカブトやクワガタにおける角(大顎)の進化の度合いを比べる方法を紹介します。

カブトムシ(族)やクワガタの角(や大顎)の長さをY軸、胴体長をX軸にとり、様々な個体で角長と胴体長をグラフ上にとると、そのグラフの形から、

1.雌雄差無し(角無し)-ユニコルニスタテヅノカブト、チビクワガタ

2.雌雄差あり-ヒメゴホンヅノカブト、マルバネクワガタ

3.雄の変異大-アクテオンゾウカブト、ヒラタクワガタ、マンディブラリスフタマタクワガタ

4.角長の非等比性-ダイナステス属、オオクワガタ

5.角型の分化-カブトムシ(国産)、ノコギリクワガタ(国産)

6.角長、胴体長の相関低下-カルコソマ、ツヤクワ、アルキデス

と、角、大顎への大きさの変化の現れ方を分ける事が出来る、とあります。実は原文ではクワガタのみが分類され、カブトムシの方は分けられていませんでした。この作者の河野和男氏は数年に1度このような文章を月刊むしに寄稿されています。

このような分化は分類群とは関係なく現れます。その種の角の潜在的な最大の大きさ、生態、周辺環境によって、どんな分類群も、6種類の角型変化全てに進化する可能性があるのです。

カルコソマやツヤクワで、同じ胴体長で角や大顎の長さが違う個体がいるのは良いですが、ダイナステスではそのような事は「あまり」起こりません。しかし、8cmの胴体の個体で胸角が5cmだったり7.5cmだったり、位の僅かな長さの差はあるようです。

ヘラクレスは日本のカブトムシ、あるいはそれ以上に、縮みが角と胴体両方に配分されるもののようです。

ヘラクレスの方が寿命も長いようで、またエルニーニョによる極度の旱魃年がない地域におり、角形を変化させてまで縮みに対処する必要が無かったのでは、とも思っています。

日本のカブトムシについても、最初に書いたように北海道で低温で飼育したものは角が短くなってしまいしたが、蛹室内に入ってからの縮みが、やはり角の長さだけに影響するなどでこの様な現象が起こったのでしょうか。

そして、ヘラクレスでは稀に150gの幼虫も出来ているようですが、これなら土を入れて楽に蛹化させる事で、17cm位になるのでは、とまで期待されます。ヘラクレスの場合、うまく体液で周囲を固めて蛹化しますが、この際やはり全体的な体重減少が起こっているのでしょうか。

生きもの地球紀行で、開墾地では短角コーカサスばかりになると放送していました。乾燥して餌の質が悪化したり、蛹になる時周囲の土が乾燥してぱさぱさになったり固まったりして、体液を出して蛹室を固めなくてはならなかったのでしょう。

エルニーニョ現象は、昔から数年おきに起こってきたことです。しかし、人間の活動の結果からか、その起きる周期が短くなってきていると言います。

長角コーカサスの勇姿が野生でいつまでも見られるかどうかは、人間が熱帯雨林の過伐採を防ぎ、地球温暖化を食いとめるなど、人類の地球への責任ある行動にかかっているのです。

問題点

・ツヤクワでも、アルケスやダールマンなどは大きい個体ほど大顎が長くなって行く傾向があるのですがが、ゾンメルツヤやキプルツヤなど、最大の胴体長を持つ個体に長歯型がいないものは、縮みだけでは説明出来ないのではと思っています。上の「一度縮んで戻った」状況で長くなる可能性や、2年1化で長歯になる可能性も残っていて、油断出来ません。

・カブトやヒラタでは、長角(歯)の個体ほど相対的に後翅が短いというグラフはありますが、タウルスヒラタに関しては、長歯の方が移動力に優れ、燈火への飛来数も多いと言われています。タウルスでは別の条件が効いている可能性もあります。いずれにしても、後翅の長さと角(歯)長について、更に計測が必要と思います。

・ツヤクワの問題の続きで、伸び縮みだけで様々な歯型が出る事を示すモデルは存在するのでしょうか。蛹の大顎の皮の中に骨組があり、それが引き伸ばされていれば引き伸ばされているほどその周囲に集中して成虫の大顎が出来、伸びていなければぼんやりと全体に成虫の大顎が出来る、と言う事になりそうですが、そんなソフトを作れないでしょうか。

謝辞

この文章は、ほりえっち氏の掲示板に書き込んだものを、一部加筆修正したものです。このような長い文章を投稿させて下さった、ほりえっち氏にお礼申し上げます。

一般に終齢末期には容器をいじらないのが普通とされる中、私のような未熟者の意見を採り入れて下さり、結果長角を羽化させたNOBU様及びその御友人に、心から感謝いたします。飼育が下手で、そそっかしく色々いじって成長を止めてばかりの私では、何年かかったか分かりませんでした。

最後の3匹の幼虫は、ここでは名前は伏せますが非常に親切な方が、80g以上のコーカサス幼虫を売って下さいと言う私の贅沢な申し出に快く応じて下さり、手に入れる事が出来ました。全ての個体を長角に出来なかった点をお詫びします。そして、私に大型幼虫を蛹化させるチャンスを下さった事に、心からお礼申し上げます。

飼育記録は、タウン様、AGUL様およびRoti様の掲示板に随時、非常に長々と書き込んで来ました。掲示板を重くしてしまい、また和やかな雰囲気も害したのではと恐れております。それでも、私の長いだけの文章を消さずに残して下さった事に、お礼申し上げます。また、同じ掲示板で私の書き込みを大目に見てくださった皆様にも感謝します。そして、様々なアドバイスを下さり、それで自分なりの理論を繋げて行く事が出来ました。

長角が出るのにスムーズな蛹化が必要として、マットを菌糸ビン並に固めるという実験を試み、見事に長角を出された上で、その際の体重の増減のデータ等を快く提供して下さったキャスバルレムダイクン氏に、心からお礼申し上げます。氏が、Q BOX 60に入れたマットを菌糸ビン並に固めるという、かなり大変な労力を惜しまず費やして下さったお陰で、初めて3齢末期に環境に手を加えての長角が成功しました。また、氏が夏場30℃近い温度で飼育されたお陰で、決して22℃などでなければ長角にならない訳ではないと分かりました。

AGUL様の掲示板でお会いしたムシゴヤシ氏には、私の「3齢末期、何かマット以外のものを食べているから縮まないのでは」との考えに対し、「その状況では蛹化を望んでいるのではと思われますよ」とアドバイスを受け、氏の言われた通りでした。コーカサスは3齢が1年以上かかるという私の固定観念を、見事打ち砕いてくださった事で、この説は一気に完成に近づいたのでした。コーカサス3齢は25℃平均での飼育では8ヶ月という事から、積算温度まで考えを広げる事が出来ました。

また、北海道の昆虫掲示板で長角を出されたと書き込まれているのを拝見し、メールで色々と質問してきた私に対し、丁寧に返事を下さったM-zoo様とけーじん様に、心から御礼申し上げます。北海道の室内という安定した気温の元で、飼育期間が長くても長角が出る例を教示頂き、温度との兼ね合いについて考えを広げる事が出来ました。

本文では取り上げませんでしたが、同じくAGUL様の掲示板でお会いしたプクプク氏が、ゴホンヅノで「容器の底のうち、土を固める部分と固めない部分を作る」という実験をされ、土を固めた部分に幼虫を落ち着かせる事に成功されました。老熟幼虫が容器の上を歩き回っている現象が、良い蛹化場所を求めての行動である事を、非常に分かりやすい形で示して下さいました。

また、まちかね掲示板で120g幼虫が蛹になるかを質問され、その後の私のメールにお答え下さったシーバス様、また沖縄でのカルコソマ飼育で、最後に赤土内で蛹化することを伝えて下さったゴルゴ斎藤様に、感謝の意を表したく思います。

最後に、このような駄文を載せて下さったくわ馬鹿編集委員の皆様に、心からお礼申し上げます。原稿の投稿で締切りを破ってしまい、ご迷惑をお掛けした事をお許し下さい。