酸素ラジカルを用いた超巨大クワガタの飼育法

えりー

 

中国科学アカデミーの主任研究員であった、友人で、アマチュア昆虫研究科であるG.M.Chai博士からメールが届いたのは昨年の梅雨明けの頃であった。
彼の専門は生体内のフリーラジカル、とくにスーパーオキサイド(酸素ラジカル)の酸化ストレスによる細胞死(アポトーシス)に関する研究は有名である。
3年ほど前にアメリカの学会で出会ったときに、ひょんなことから彼がアマチュアの昆虫研究家であることが判明した。
彼はある単語の発音をラテン語読みで発音したのだ、それは虫屋にしか分からないであろう、ある有名な虫の学名であった。
彼はすぐに言い直したけれども、私はすかさず「中国では採れないよね」と切り返すと、彼は一瞬顔面を硬直させたあと、人なつっこい顔でニヤリと笑った。
まぎれもない虫屋の顔だった。
それ以後、ときおりメール、生き虫、標本を交換する仲になった。

多少日本語ができる彼は私が紹介した「くわ馬鹿」の愛読家であり、辛辣な批評家でもあった。
つまらない記事などは、私に「この部分の日本語が分からない。どういう意味だ?」とわかっているくせにしつこく聞いたあげく、耳の痛い批評を投げかけるのであった。
それは悪気があってのことではなく、むしろよりよい「くわ馬鹿」を作るための影の応援者としての意見であったことはいうまでもない。

彼からのメールの内容は私にとっては驚くべきものであった。
いや、このように書いたとしてもあのときの驚愕を誰が理解することができよう?
彼の研究について、その内容を発表するのは本来は私の仕事ではなかった。
というのは、
Chai博士自身によって準備が進められており、しかるべき雑誌に掲載されるのが理想的であったのだが、ある理由によってそれは断念せざるを得なくなった。
そこで、私は彼の家族の了解を得て、1年たった今ここにその驚くべき研究成果について速報として報告したいと思う。

  彼は仕事としてのフリーラジカルの研究から酸素ラジカルの生体に対する多方面の影響について知っていた。

それは、「生物の巨大化」である。

スーパーオキサイド(酸素ラジカル以下SOと略)とはエレクトロンを1つ余分に受け取ったために、不安定で、反応性の高い(他のものを酸化させる)酸素である。
その強い反応性のため、一般に細胞内では毒として働く。
しかし、ある濃度で細胞外から与えた場合、生物を巨大化させる働きもあるのである。
オゾン含む水中で金魚を飼育すると、まるでフナと見まごうばかりの大きさに成長することを読者諸氏はご存じだろうか?
具体的には何故オゾンがそのような現象をもたらすのかは解明されていないが、SOに関係があることは間違いない。

Chai博士は自分の研究室にあったオゾン発生装置を使ってオゾン水を作り、それを発酵マットや菌糸ビンに用いたのである。
同様にSO水を用いたら同じ結果が得られたのである。
発酵マットでの飼育条件は彼の実験ノートから抜粋すると以下のようになる。
組成は中国ブナのチップ(挽肉のようなブロック状だという)を3時間SO水に浸け、その後暗所にて自然乾燥、自然発酵させたものをベースに、添加物としては小麦胚芽(0.5% v/v)、小麦ぬか(ふすま、5% v/v)菌はヒラタケの変異種であるcd1R1菌を植菌し約3週間2次発酵している。
できあがったマットは大塚マットのように菌糸がまわって見た目に菌糸ビンのようになったという。
週に2回オゾン水あるいはSO水を少量噴霧した。
ヒラタケ変異種を用いた理由は、SOに対する抵抗性の問題らしい。
ふつうのヒラタケを植菌しても菌が死んでしまうそうだ。
この変異種は彼の(仕事としての)研究のなかで見いだされたもので、cd1SOD typeIIIという酵素持っており、SOやオゾンに対して抵抗性があるという。

オゾン水発酵マットの結果:

生存数13(5♂♂8♀♀)/31
最大固体は102mm(1♂)、55mm(1♀:鞘羽不全)。
♂の平均サイズ78.2mm
SO水発酵マットの結果:

生存数10(7♂♂3♀♀)/30
最大個体は108mm(1♂)、60mm(1♀)
♂の平均サイズ80.6mm
対照実験〜ふつうの煮沸水精製水を噴霧した場合〜

生存数25(10♂♂15♀♀)/28
最大クラスの個体は71mm(1♂)、70mm(2♂♂)、45mm(2♀♀)
♂の平均サイズ平均66mm。
 

 

上記写真の個体が108mmの最大個体である。 
由来は家からの里子である日本産のオオクワガタ(山梨産
F5)である。
何故SO水で大きくなるか?と言う点は未だ不明である。
しかし、オゾン水、SO水の持つ殺菌能力やフリーラジカルの酸化作用と関係があることは間違いないだろう。


さて、
賢明な読者はもしかしたらすでにお気づきかもしれない。
メールをもらった直後の8月14日、Chai博士は研究室で起きた爆発事故によってお亡くなりになったのである。
まだまだこれからというときに・・・無念であったろうに。
胸が痛む。
謹んでご冥福をお祈りしたい。
爆発後の火災で実験室は消失したが、生物の巨大化に関する実験ノートはたまたま家においてあり、そのなかに上記の写真が挟まれていた。
ご家族が遺品として家宅捜査の前に隠しておいたらしい。
爆発には不可解な点があったためか、実験に関する焼け残りのものはほとんどすべて当局の手に渡った。
どのような装置を使ったか、どのような条件で飼育したかはノートに克明に記載されているので、この実験を再現することは可能である。
興味をお持ちの方は、下記までメールで問い合わせてもらいたい。

えりー: ceruchus@mb.neweb.ne.jp

Chai博士は身辺の異常に気づいていたらしい。
このような生物の巨大化に関する研究が社会に与える影響力は計り知れない。
生物のサイズがどのようにして決まるかという研究は日本各地で進行しているがそのほとんどはオオクワガタなどDorcusに限られた話しのようである。
しかし、この酸素ラジカルを用いた巨大化と言う現象はどうやらオオクワだけでなく、どんな生物でも効果があるようである。
そういえば、Chai博士は小男であったのに、息子(中学生)のSung M. Chaiは背が高い。
我々の身近でオゾンを発生させる装置は案外身近にあるものである。
それはコピー機である。
ドラムへのインクの吸着、除去の際、高電圧によって空気中の酸素がチャージされてSO、そしてオゾンを発生させているらしい。
会社でクワを飼育している恵まれた環境の人はぜひ、コピー機の横で飼育することをお勧めする。

以上簡単ではあるが、報告を終わる。
是非とも、親日家でクワ愛好家であったChai博士の目を見張る研究を参考にして、みなさんの飼育荷役立ててもらいたい。
ただ一つ気がかりなのは、最近どうも人に見張られているような気配があるのだ。
私の気のせいなら良いのだが・・・。

 



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