広葉樹(白)  
  要 覧 − 心のケア

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心 の ケ ア
2008年
【サイコオンコロジーとメンタルケア】 グループ療法
プライマリケア医がホスピスケアを能動的に動かせる
終末期医療における患者・家族にとっての最善策を探る
第63回QOL研究会 医療崩壊阻止へQOLの観点で考察
終末期患者 医師との対話で死亡直前のQOL向上
2009年
東京大学調査:がんと「さいごまでたたかう」意識 患者と医師に開き
緩和ケアチームの課題に焦点 終末期がん患者への対応も話題に
市民公開講座:がんとの向き合い方 ホスピス医・山崎さんが講演
生きる:小児がん征圧キャンペーン 第25回日本小児がん学会・合同シンポ ◇10代の死、悩み深く どう向き合い、支えるか
2010年
第22回日本総合病院精神医学会 取り組み進むがん患者の心のケアに期待
ビデオで脳腫瘍の治療法選択に変化 視聴後は延命治療敬遠・CPR拒否に
がん患者:本音、知って 悲しみ、つらさ…体験語る活動広がる
患者の周囲の他者が,「私たちのために生きていてほしい」と願い,その生を最後まで肯定していくのは,当たり前のこと
ペットで癒やし、ホスピス緩和ケア広がる
2011年
3年前に告知も…延命拒否した和田勉さん、専門医は?
子育てさがし 病院の子に笑いを 道化師の大棟耕介さん
がんは愛に弱い…末期だった妻、夫と夢マラソン
「臨床僧の会・サーラ」を設立
こころ元気塾 緩和医療医・大津秀一さんインタビュー 残された時間で、どう生きたいか
乳がん告知直後の女性に自己喪失の脅威 3段階の順応過程を経て次第に克服
病室で叶えた母の最後の願い 同級生の力も借りて息子の“卒業式”実施
がん患者のうつ病は過大評価 有病率は一般人口と同等
終末期患者に“dignity therapy”は有効 初のランダム化比較試験で明らかに
医療現場でもユーモア「死が近くても」「医者と患者の壁崩す」
患者側から見た理想的なお見舞いの作法
臨終間近の患者の願い…ひとめ会いたい相手とは?
2012年
がん患者の5%にうつ病が合併,ニーズ高まる精神腫瘍学の役割 国立がん研究センター精神腫瘍科・清水研氏に聞く
ナースが聞いた「死ぬ前に語られる後悔」トップ5
よりよく生きるために 死を見つめることの大切さ 広がる知の体系「死生学」
死亡前、鬼籍の親・仏ら「お迎え」…4割が体験
【座談会】がん患者さんの“働きたい”思いをかなえる就労支援とは
携帯端末でがん患者のケアの質が向上? 第V相臨床試験の結果が発表
女性がん患者 苦痛やニーズを感じ,適切に評価,対応

【サイコオンコロジーとメンタルケア】 グループ療法
保坂隆 東海大学医学部教授・精神医学

 サイコオンコロジーの領域の中で,がん患者さんへの心理社会的介入が注目されています。

スピーゲル・モデルの集団精神療法
 スタンフォード大学のスピーゲル(Spiegel D)らは,遠隔転移を起こした乳がん患者さんを数名ずつのグループに分け,「集団精神療法」を行いました。これは90分間のプログラムを毎週1回,1年間にわたり行ったもので,ファシリテーター(進行役)は精神科医,ソーシャルワーカーなどが務めています。10年の追跡の結果,介入群では平均生存期間が36.6ヵ月と,対照群の18.9ヵ月に比べ,約2倍の延長がみられました。

ファウジー・モデルの構造化された介入
 UCLAのファウジー(Fawzy FI)らは,初期の悪性黒色腫の患者さんを数名ずつのグループに分け,全6回の集団介入を行いました。これは,何でも自由に話すというのではなく,毎回決められたテーマの話を聞いたり,リラクセーションの方法を学ぶというもので,特に,前向きで積極的なコーピング(対処様式)を獲得することを目標の1つにしていました。その結果, 6週間の介入プログラム終了直後では,介入前と比較し,情緒状態の改善,免疫機能の増強がみられ,6年後では再発率ならびに死亡率に有意差が生じました。

東海大式「乳がん患者さんへの構造化された介入」
 40名の検討の結果,介入後では介入前に比較して,情緒状態に有意な改善がみられました。さらに6ヵ月後のフォローアップ調査では,参加者の2/3は,介入が終了してからも定期的に会ったり,例会をつくったりするなど,他の患者さんと連絡を取り合っていることもわかりました。これは第5回で触れた,がんの経過によい影響を与える「ソーシャルサポート」,または「ソーシャルネットワーク」をつくることになります。つまり,このような介入は「ソーシャルネットワークを提供する場」としての意義ももつことになるのです。

 集団で介入を行うと,同じ病気をもった患者さん同士で支援し合うことが可能になります。そのため,患者さんの孤立感の軽減や,具体的な問題を解決するのにすぐに役立つ情報交換が可能になったり,さらには医療者の人的・時間的効率を高めることにもつながる方法であると思われます。
 このような介入が,研究レベルでなく,日常のがん診療の場でも当たり前のように治療方針の中に組み込まれていくことを期待しています。

cancercareonline 2008年1月24日

プライマリケア医がホスピスケアを能動的に動かせる
 『American Family Physician』3月15日の総説で、ホスピス患者の紹介と治療におけるプライマリケア医の役割が述べられた。ホスピスケアは、緩和治療を望む末期疾患患者の誰にでも利用できるものでなければならない。

 「家庭医は、人生の終わりに近づいている患者のケアにおいてかけがえのない役割を果たすことができる」とアイオワ大学病院(アイオワシティ)のMichelle T. Weckmann博士が記述している。

 「継続してケアを行い、親・子・孫にわたって人間関係を持っていて、患者の価値観、家族の問題、コミュニケーションのスタイルなど他者には分からない知識をもった家庭医だからこそ、患者と家族をホスピス紹介のプロセスに導ける。プライマリケア医は診ている患者と親しい関係にあることが多いので、ホスピスケアを勧めるのが必要な時期がいつなのかを判断できるなど、終末期医療に対して独自の役割を担うことができる。」

 「ホスピスケアに関して説明を受けた患者の介護者と家族の大半の者が、患者が終末期と診断された時にプライマリケア医からホスピスについての情報をもっと聞きたかったと答えている」と、Weckmann博士は記している。

 「ホスピスは終末期にいる患者をよりよく支援し、優れたケアを提供する手段になりうること、そして、プライマリケア医が患者の死までケア全体の指揮をとり続けていると患者へのケアが強化されることが、研究で示されている……またホスピスは、薬剤投与、症状の管理、患者とその家族とのコミュニケーションの際には医師にとってかけがえのないリソースになる。」

 臨床にかかわる個々の推奨は以下の通りである。

 * 癌と癌以外の診断を受けている患者は、ホスピスサービスでベネフィットを得ることができ、予後が2カ月以上であればホスピスに紹介すべきである。もっとも有効なホスピス入所期間については議論が残されているが、ほとんどの試算が最短で2〜3カ月間である。極端に短い入所は、むしろ介護者の体調を崩し、うつにつながる。

 * できるだけ早い時期にホスピスケアについて患者および家族と話し合うべきであり、それもケア目標の選択肢を広げる観点からなされなければならない。遅すぎる紹介は、サービスに関する家族の満足度が低くなり、介護者の体調を崩す。調査によると、ホスピスへの紹介が遅すぎたと感じている家族が11%から18%いる。

 * NYHA分類クラスIVの心不全(安静時に自覚症状あり)で、至適薬物治療でも症状が緩解しない患者には、ホスピスへの紹介が適している。

 * 日常生活のすべての活動に介護が必要で、意思疎通がもはやできないような認知症患者には、ホスピスへの紹介が適している。

m3.com 2008年3月27日

終末期医療における患者・家族にとっての最善策を探る
 第13回日本緩和医療学会のシンポジウム「終末期医療における臨床倫理:こんな時どう考える?」
 当日は座長から呈示された仮想症例を巡り,終末期において輸液・鎮静をどうすべきかについて各分野の専門家が討議を繰り広げた。

【症例1】家族の意向が異なる場合,輸液をどうするか

 2年前に卵巣がんにて骨盤内臓全摘出術を行った50歳代女性。化学療法施行もがん性腹膜炎が進行し,3か月前からサブイレウスを繰り返し,保存的治療(一時的絶食・輸液)で改善してきたが,2週間前からは経口摂取を制限,輸液1,000mL/日でも回復せず,1週間前から腹水が悪化,意識混濁のため明確な意思表示ができなくなった(呼吸困難はなし)。医療者は,輸液継続による腹水・呼吸困難の悪化を懸念し,家族に輸液減量の相談をしたところ,娘・息子(継続希望)と夫(中止希望)の意見の一致が見られない。

必要十分な医学的情報の提供を

 池永昌之淀川キリスト教病院ホスピス長は,夫も子供も延命の希望と苦痛緩和のなかで葛藤しているのは同じ。1,000mL以上の輸液で腹水が悪化した前向き観察研究の結果から,同症例で最も推奨できない対応は「輸液の増量」だと指摘。逆に推奨すべき対応は,意識混濁中にある患者の意思を推定しつつ,家族間の希望を調整し,家族にできることを一緒に考えていきながら,患者状態を繰り返し評価して,輸液量や治療内容を検討していくことだとの考えを示した。

 二見典子(財)ライフ・プランニング・センターピースハウス病院・看護部長も,医療者として現状を把握し,病状の判断と見通しを説明することが大切だとし,ケアの際には,(1)家族メンバー各人の患者に対する思いを聴く(2)患者ならどうして欲しいと思うかを聴く(3)可能であれば家族も一緒にケアをする―ことが重要で,家族だからこそ知りえる患者の好みに合った環境に整備することやケアを通じて家族も体の様子を知ることも考慮すべきだとした。

患者・家族の理解や意向を聞き取る姿勢が大切

 明智龍男名古屋市立大学大学院准教授 は,同症例について「輸液の減量が生命予後に悪影響を及ぼすのではないかなど,お子さんの病状認識に誤解がある可能性がある。医療側から患者側に伝える情報にしても,輸液を従来の量で継続したら生命を長く保てるのか,腹水・呼吸困難が悪化する恐れはどうなのか,減量・中止したらどうなのかを,すべて患者・家族にわかるように日常レベルの言葉で整理して伝え,患者・家族の理解や意向を聞き取ることが重要になる」と述べた。

【症例2】精神的苦痛に対する鎮静をどうするか

 2年前に腎がんで腎摘出術を行った50歳代男性。3か月前に胸椎転移と診断された。1か月前から自宅での介護が困難となり,緩和ケア病棟に入院。患者は「生きる価値と思っていた仕事もできず,家族に負担もかけている。やり残したことはなく,安楽死させて欲しい。無理ならずっと眠らせて欲しい」と要求する。

力付け,支え,勇気付けるケア

 池永ホスピス長は,苦痛緩和は意識水準や身体機能に与える影響が最も少ない方法を優先すべきであり,一般的には間欠的鎮痛や浅い鎮痛を優先し,十分な効果が得られない場合に持続的・深い鎮痛を考慮するという姿勢を示した。

 実際,同症例のような"心理社会的な苦痛"に対するわが国の鎮静の現状を,緩和ケア病棟医に調査した結果によると,持続的な深い鎮痛を行った患者で,心理社会的苦痛が鎮静の理由となった者は1%にすぎない。持続的鎮痛は大部分が生命予後1週間未満の患者に対して行われている。

 二見看護部長は,呈示された範囲では家族の意向が不明だが,「患者・家族の病に伴う喪失のプロセスと悲嘆を知り,患者と家族の関係性やそれぞれが患者を大切にしたいと思っていることを考慮すべき。もちろん,麻痺に伴う不快感や合併症に対するリスクを最小限にするケアも重要」との見解を示した。

うつ病も想定すべき

 明智准教授は,「ずっと眠らせて欲しい」という訴えが意味することを患者自身とともに検討すべきだと指摘。「本当は助けを求めているのかもしれないし,患者が認識している医学的状況は正確でないかもしれない。家族が重荷に感じているのは思い過ごしの可能性も強いし,遺言や葬儀の準備のことを指摘したらすませておくべきことに気付くかもしれない」と言う。

 同症例の場合,持続的な鎮静を行ったとき(苦痛からは解放されるが,一方まだ十分可能と思われる人間としての生活ができなくなる),間欠的鎮静を試したとき(しばしの間苦痛から解放され,覚醒時に再び尊い気持になる可能性もある。半面,しばしの間でも意識のある時期を放棄することになる),精神的苦痛に対する通常ケアを強化したとき(人間的生活を続けながら最期のときを過ごせるが,効果が出なかった場合,つらい生活を送ることになる)のさまざまなメリット・デメリットを検討するところから始め,患者本人および明らかにされていない家族の理解と意向を確認する必要がある。

メディカルトリビューン 2008年9月18日

第63回QOL研究会 医療崩壊阻止へQOLの観点で考察
 東京都で開かれた第63回QOL研究会では,特別講演の出演者や参加者らがQOLの観点から医療崩壊の予防を考察した。

「生きがい」など4つの原則を提示

 聖路加国際病院の日野原重明理事長は,高いQOLと医療環境を構築し,持続させる手順について講演した。同理事長は,QOLには(1)社会生活の能力(2)感性・知性が保たれる(3)苦しみの緩和(4)生きがい―の4つの原則があると前置きした。そして「人は自分が命を与えられている,自分の命が有用に使われていると実感できなければならない。目標(ゴール)への達成感など,つらくても生きがいを感じて乗り越えることで生を感じられる」と,終末期の患者にとっては生きがいが何よりも重要であることを強調した。

医師は言葉を扱う職人であれ

 日野原理事長は米国と日本の緩和ケア病棟の違いから,終末期に対する捉え方を論じた。日本では患者に個室を用意するが,米国は4〜5人の相部屋が主流であるという。このため「米国では部屋にだれでも入れ,観賞を楽しめる美しい花も簡単に置ける。患者を孤独なまま死なせないようにしている」と述べた。また,米国の緩和ケアにおける保険診療はあらゆる疾患に対応しているが,日本は法律でがんなど一部疾患に限られている点も解決すべき課題とした。

 医学者ウイリアム・オスラーの「医学はサイエンスではなく,アートである」という言葉を例に「病名などを告知することも,ある意味ではアートである」と主張した。同理事長は「『余命が1週間』だとか簡単に言う若い医師もいるが,医師は言葉を扱う職人でなければならない。どこまで言うべきか,言うべきではないかなど,自分のなかで少しずつ積み上げながら患者の心を解きほぐすことが肝要」と訴えた。

 最後にQOLの向上には他者の命を守るという姿勢が不可欠であり,「医師こそが平和の維持へ声を大にすべき立場にある。社会的なQOL向上には命を守る大切さを訴えなければならず,それをどう子供たちに伝えるかを考えて欲しい」と呼びかけた。

メディカルトリビューン 2008年12月4日


終末期患者 医師との対話で死亡直前のQOL向上
 ダナ・ファーバーがん研究所(ボストン)のAlexi A. Wright博士らは,医師と対話をした終末期患者では,対話をしなかった患者と比べて精神的苦痛を味わうことが少なく,生前の最後の週に積極的治療は行われない傾向があり,QOLも高い傾向にあると発表した。

 終末期における対話から,患者は自分が望む治療の在り方や,そのゴールを明確にする機会が得られる。しかし,このような対話で患者は医療の限界と人生には限りがあるという現実に直面することになるため,心理的苦悩の原因ともなりうる。

 これまでの研究では,医師と患者は死について語ることをためらうことが多い傾向が明らかにされている。しかし,実際にこのような対話が,患者の心理的苦悩および末期の治療内容と関連しているか否かについて検討した研究はなかった。

 そこで,Wright博士らは,末期患者を対象に,終末期における医師との対話が死亡前に受ける治療内容と関連するか否かを検討した。今回,進行期のがん患者とその親族の介護者332組を調査対象とし,患者を登録時から死亡まで追跡した。追跡期間の中央値は4.4か月で,死亡して6.5か月後(中央値)には介護者の精神疾患とQOLを評価した。対象患者332例中123例(37.0%)が実際に医師と終末期対話を行った。

 これらの対話は,医師と対話をしなかった患者に比べて,人工呼吸(1.6%対11.0%),蘇生術施行(0.8%対6.7%),ICU入院(4.1%対12.4%)の回数が有意に少なく,死亡前の積極的な医療介入が有意に減少していた。

 また,終末期対話を行った患者では,より早期にホスピス施設に入院していた(65.6%対44.5%)。ホスピス入院日数の増加は患者のQOL改善と関連し,積極的な医療介入の増加は患者のQOL低下と関連していた。

メディカルトリビューン 2008年12月18日

東京大学調査:がんと「さいごまでたたかう」意識 患者と医師に開き
 東京大学の研究グループによる「死生観」と「望ましい死」に関するアンケートで,自らが末期がんになった場合に「さいごまで病気とたたかう」と答えたがん患者の割合は81%で,医師の19%と大きな開きがあることがわかった。最期までふだん通りに自分らしく生きたいと願う患者の思いと,何人もの死を看取ってきた医師の考えが影響しているようだ。

患者は「自分らしさ」を重視

 同アンケートは昨年1〜10月に,同大学病院緩和ケア診療部長で放射線科の中川恵一准教授と同大学大学院健康科学・看護学専攻緩和ケア看護学分野の宮下光令講師らが,医療従事者やがん患者の死に対する意識の把握を目的に行った。同放射線科外来受診中のがん患者310人(男性59%)と層化二段階無作為抽出した一般市民353人(同38%),同院でがん診療に携わる医師109人(同88%)と看護師366人(同4%)からの回答を集計。患者は75%が治療ずみで,20%が治療中であった。

 望ましい死に関する「さいごまで病気とたたかう」との問には,患者81%と市民66%が「絶対に必要」,「必要」,「やや必要」とした。医師は19%,看護師は30%にとどまった。患者や市民が医師と看護師より重視した項目は「やるだけの治療はしたと思える」(患者92%),「明るさを失わずに過ごす」(同95%),「死を意識せずに,ふだんと同じように毎日を送れる」(同88%)などである。

医療従事者は「死に備える」傾向

 逆に,医療従事者が患者や市民より重視したのは「残された時間を知っておく」(医師89%),「会いたい人に会っておく」(看護師92%)などであった。患者や市民が死を意識せずに過ごして最期を迎えたいと考える一方,医師や看護師は余命を把握することで死を迎える準備を整えたいとする傾向にあった。

 どの回答者も同程度重視していたのは「体に苦痛を感じない」,「自宅や病院など,自分が望む場所で過ごす」,「信頼できる医師に診てもらえる」などであった。

 宮下講師は望ましい死に対する認識の開きについて,「闘病を,患者はがんを患いながらも前向きに毎日を過ごすことと考え,医療従事者は化学療法などの積極的な治療を終末期になっても続けることと捉えているのかもしれない」と分析。「あくまでも医療従事者個人の考えであり,決して患者の気持に対する無理解や治療姿勢の表れではない」と述べた。そのうえで「医療従事者は患者とのギャップを踏まえ,個々の患者が重視することを一緒に考えて終末期療養を支える必要がある」とまとめた。

「死への恐怖」は医師が強い

 死生観について「死後の世界はある」,「霊やたたりはある」の問を肯定したがん患者は2割強で,一般市民より約10ポイント少なかった。看護師はいずれも4割以上であった。全体的に,男性よりも女性が伝統的な死後の世界観を有する傾向にあった。運命論的な見方については「寿命は決まっている」,「生死は運命などで決まる」とした患者が35%超で,4群で最も高かった。

 中川准教授は「がん患者は死後の世界や霊魂など伝統的死生観を持たず,運命論的な傾向が見られる」と指摘した。

 「死が怖い」と答えた医師は64%で,患者の51%と一般市民の56%を上回った。類似する「死は恐ろしい」との問でも,ともに37%であった患者や市民よりも,医師のほうが48%と多かった。同准教授は「医療者は『生物学的に死は無となる』など,死を科学的に捉える意識があるからではないか」と述べた。

メディカルトリビューン 2009年2月26日


緩和ケアチームの課題に焦点 終末期がん患者への対応も話題に
 第14回日本緩和医療学会学術大会が19、20日の2日間にわたり、大阪市で開かれた。今大会のテーマは「緩和医療−原点から実践へ−」。緩和ケアチームの課題を取り上げた報告があったほか、NBM(Narrative Based Medicine)の観点から緩和医療の在り方を考えるシンポジウムも組まれた。終末期がん患者への対応も話題となった。

 学会2日目には「患者の心に寄り添う〜緩和医療におけるNBMの観点〜」をテーマにシンポジウムが開かれた。京都大医学部付属病院がんサポートチームの岸本寛史氏は、病を患者の人生の中で展開する1つの「物語」ととらえるNBMについて、患者からの物語の聞き出しを重視する考えを紹介。富山大保健管理センターの齋藤清二氏は、医療の現場でNBMがEBM(Evidence Based Medicine)を包括し得るとの持論を展開した。

  岸本氏によると、NBMとは病を患者の人生の中で展開する1つの「物語」ととらえ、患者を物語の語り手として尊重する手法。同時に、医学的な疾患概念や治療法を「医療者側の物語」ととらえ、両者の物語をすり合わせて「新しい物語」を作り出すプロセスを治療と位置付ける。

 岸本氏は「痛みをめぐる物語」と題して、尿管がん患者のエピソードを紹介した。患者はオピオイドで嘔気があった経験から、痛みを我慢してでもオキシコドンの使用を拒否し続けていた。しかしNBMに基づいたアプローチによって、最終的にオキシコドンの投与を受け入れたという。

 齋藤氏 は、岸本氏は患者と医師との具体的なやり取りの中から、患者の物語(=病)をまず聞き出すことをポイントとして指摘。このケースでは“痛みを消したい”というのは医療者側の物語であり、そのことに影響され過ぎると、「(患者の物語を無視して)痛みばかりを気に掛ける聞き方になってしまう」と注意を促した。

 また、仮に両者の物語がずれていても、擦り合わせて新しい物語を作り出すことは可能であるとの見解を提示。ただそれには、両者の違いや、擦り合わせの必要性を自覚しておくことが不可欠であるとした。

 齋藤氏はNBMとEBMの関係について、二項対立的な理解が主流であると説明。その上で、両者の世界観は異なるものの、患者と医師との対話の現場において、NBMはEBMを包括・統合し得るとの考えを強調した。

「NBMにエビデンス取り込める」

 NBMの手法がうまく機能すれば、医療者と患者との間で対話が進み、その結果、治療に関する共有の物語が作り出される。その物語を構築する外部からの要素として、エビデンスもNBMの中に取り込まれるという。

 齋藤氏はエビデンスの具体例として、インフォームド・コンセントなどを提示。「NBMの構造の中にエビデンスは十分に取り込むことができる」と力説した。

m3.com 2009年7月17日


市民公開講座:がんとの向き合い方 ホスピス医・山崎さんが講演
 ◇国民病「私もか」の余裕を

 がんとの向き合い方について考える市民公開講座がこのほど、甲賀市水口町のあいこうか市民ホールで開かれた。東京都の「ケアタウン小平クリニック」院長で、緩和ケアの専門家として知られる山崎章郎院長が講師として招かれ、「がんと向き合う〜地域で支える」をテーマに講演した。

 山崎氏は91年から、ホスピス医としてがん患者とかかわっている。著書も多数あり、代表作は「ぼくのホスピス1200日」「ホスピス宣言」など。

 講演で山崎氏は、がんが国民病と言われる現状を背景に、「(がんになっても)『何で私が……』ではなく『やっぱり私もか』とワンクッション置いてとらえた方が良い」と、余裕のある心構えの重要性を説明。その上で「一人の医師だけでなく、セカンドオピニオン、サードオピニオンを受け、納得いく治療法を選択すべきだ」と話した。

 また、ホスピス医の経験から学んだこととして、苦痛症状緩和の大切さ▽インフォームド・コンセント(説明と同意)の大切さ▽生きる意味を見失った人へのケア--などを挙げ、特にインフォームド・コンセントについて「がん患者の人生は期間限定。その中で『人間らしく』『自分らしく』生きるには、自分で考え、判断することが重要。医師が告知でウソをつけば、その人の人生を損なうことになる」と話した。

m3.com 2009年9月30日


生きる:小児がん征圧キャンペーン 第25回日本小児がん学会・合同シンポ
 ◇10代の死、悩み深く どう向き合い、支えるか
 第25回日本小児がん学会が2009年11月27〜29日、千葉県浦安市の東京ベイホテル東急で開かれた。小児がんや血液疾患の患者が幸せに、元気に なってほしいという願いを込めた「君の笑顔 みんなの夢」をテーマに、日本小児血液学会や日本小児がん看護学会と同時開催された。今では7割が治る小児が んだが、後遺症や治癒後の自立など多くの問題が残されている。一方で、治癒が望めない子どもがいるのも事実だ。患者本位の医療のあり方や、支援に向けた医 師や看護師、ソーシャルワーカーの発言などを紹介する。

 学会期間中、患者支援団体「がんの子供を守る会」と日本小児がん看護学会が開いた、合同シンポジウム「10代患者の死をめぐる問題」。理解や意思決定が 可能な10代患者のケアについて、医師や看護師、チャイルド・ライフ・スペシャリスト(CLS)などさまざまな立場から、意見が出された。

 ◇母性と父性が必要−−医師・小沢美和さん

 10代の患者は、大人を診ている人には理解しにくい部分をたくさん抱えている世代。自分を確立していく発展途上の時期で、とても不安定な状況に置かれて いる。その不安定な時期に、生と死を理解しようということは、さらに不安定さを抱え込むということを踏まえなければならない。

 揺れ動く彼らをしっかり受け止めて、「大丈夫だ」と支える母性と、現実に向き合うよう導く父性が必要だと思う。死の概念の発達は、10歳を超えるとほぼ 成人と同じくらいになるといわれるが、子どもによって幅もある。子どもがどれぐらい死を考えているかを個々に見極めて会話し、彼らが求めている情報を伝え ていかなければならない。信頼関係が土台となり、生と死という不安定で大きな問題を彼らは自分の中に何とか取り入れて、死を迎えているのではないかと考え ている。

 ◇答えはベッドサイドに−−看護師・田村恵美さん

 子どもは、自分自身で痛みや苦痛を訴えにくいところがある。特に思春期は心身共に成人へ移行し人間関係を形成していく時期であり、私自身も難しさを実感 している。

 エンドオブライフのなかで、看護師としてどう支えていくかと考えたとき、その子と向き合うこと▽共にいること▽看護師として自分の持っている力を最大限 出すこと▽生きる力を支えること▽希望を持ち続けること▽命を尊重すること−−などが必要なのではないか。私たち医療者は、患者などに何を言われるか分か らず不安になった時、ベッドサイドに行きづらいということを経験する。看護の専門職として自分が何かをしなければならないと迷った時は「必ず答えはベッド サイドにある」と信じ、命と向き合える自分でありたいと思っている。

 ◇同室の子どもの死への対応−−CLS・早田典子さん

 病棟で子どもが亡くなった時、年齢にかかわらず残された子どもも親もさまざまな反応を示す。メールなどの普及により、動揺は病棟だけではなく外来や訪問 学級にも広がる。こうした家族の反応を、医療者がどうサポートするのか考える必要がある。一方で、子どもを亡くした親の考え方に配慮することも大切だ。

 同室の子どもの死に、残された子どもたちはさまざまな喪失反応を示す。アルバム作りをしたりすることで、気持ちを整理し、心の中に亡くなった子どもを再 配置することの手がかりにもなる。自我確立期にある思春期の子どもへのグリーフケア(悲嘆への支援)は、友人の死を伝えるタイミングの配慮や、伝えた後の 心理、社会的背景を考慮した多職種による精神的なサポートが必要だ。

 ◇セカンドオピニオンの相談多く−−ソーシャルワーカー・樋口明子さん

 昨年度の相談件数は、延べ約1万8000件で、多くは母親からの相談だが、最近では本人からの相談も増えている。治療中から本人の相談を受けるケースも あるが、それは10代の患者が中心になっている。

 治すことが難しくなってきた段階になると、セカンドオピニオンの相談が多い。「もう治すことが難しくなった」というのをどう伝えるかという葛藤を、医療 従事者に理解してもらいたいと思う家族も多い。

 みんながお互いのことを思いやって頑張りすぎるからこそ、歯車がかみ合わないということが10代の患者の場合には多いと思う。ソーシャルワーカーは、兄 弟や親の支援をし、家族がどう患者を支えていくかを一緒に考える立場にある。今後も患者家族と一緒に、エンドオブライフの局面を考えていきたいと思う。

 ◇子どもの死受け入れられず−−患者家族・遠藤洋子さん

 娘は小学5年で白血病を発病し、6年半の闘病の間に5回の再発を繰り返した。5回目の再発の時は、いつもと違うと感じていた。

 医師に「これ以上続けると本人にとって苦痛でしかない」と言われたが、治療を止めることは死が迫ってくることだと恐怖を感じた。覚悟はあったつもりだ が、目の前に自分の子どもの死があるということを、どうしても受け入れられなかった。余命を宣告したことで、娘の気力がなくなったらと思うと怖かった。

 医師や看護師は最善を尽くしてくれたと思うが、その時はそれが分からないほど精神的に不安定だった。子どもと一緒に死と向かい合って話し合い、いい時間 を持てる家族はいると思う。一方で、精神的に不安になって話す勇気がない私たちのような親もいる。家族のことも考えてサポートしてもらいたいと思う。

 ◇ターミナル期のケア「ガイドライン」を検討−−ワークショップ

 「がんの子供を守る会」のワークショップでは、「ターミナルケアのガイドラインを作ろう」をテーマに意見が交換された。

 小児がんの治癒率が向上し、子どもが小児がんで亡くなることは少なくなってきたが、ターミナル期のケアへの意識や医療環境の整備は十分とはいえない。そ こで同会では、来年の発行を目指して検討を進めてきた。

 今回は、ガイドラインのうち「子どもの心に寄り添って」と「ターミナル期の過ごし方」の項目について文章を提示。「告知が前提になっているのでは」「緩 和ケアは、思いがあれば通じるのではないか」「『〜してあげる』という言葉はどうか」−−などと子どもを亡くした家族や医師、看護師らがさまざまな意見を 述べた。

 ガイドライン作成委員会の細谷亮太聖路加国際病院副院長は「ガイドラインができることで、治っていく子どもたちの親でも、治らなかった子どもたちのこと を考えてもらえれば」と話した。

 ◇思い届いた? がんの子ども絵画展

 大好きな家族や空の下のサッカーボール、夢をかなえてくれるクジラ−−。会場1階では小児がんの子どもたちの絵画展が開かれた。全国から集められた47 点が展示され、力強い絵に見入る人たちが絶えなかった。

 ポスターにもなった「いつでもいっしょだよ」は、東京都大田区の井田裕太君が、2歳6カ月の時に描いた作品だ。裕太君の小さな手形で、当時のえとにちな んだ鳥の「お母さん」を表し、「子どもたち」を指で表現した。裕太君は3歳7カ月で亡くなった。両親は、作品に「このにわとりさんとひよこさんたちのよう に、いつでも一緒だよ」とメッセージを寄せている。

 ボランティアで絵画展に参加した、母の正美さん(37)は、「裕太が残していってくれたものが、こういう形で伝えていけたら」と話していた。

毎日新聞 2009年12月12日

第22回日本総合病院精神医学会
取り組み進むがん患者の心のケアに期待
 がん診療連携拠点病院における緩和ケアチームの設置が必須となり,緩和ケアと並んで"心のケア(精神腫瘍学)"が注目されるようになってきた。大阪市で開かれた第22回日本総合病院精神医学会のシンポジウム「緩和ケアと精神腫瘍学の目指すもの」では,がん患者が呈するさまざまな精神症状や心理状態について,がん医療の現場の最前線で心のケアに携わる精神科医からの報告が行われた。

心理社会的介入法の開発が進む

 がん臨床におけるさまざまな心理側面の問題について言及した名古屋市立大学大学院精神・認知・行動医学の明智龍男准教授は,がん患者ではあらゆる時期に多彩な精神症状や心理状態が認められると概説。そうしたがん患者の個々の精神症状や心理状態に対して,なんらかの介入が必要となってきており,現在は心理社会的介入法の開発が進んでいることを報告した。

 明智准教授によると,精神医学的診断の観点からは,がん患者は全病期において約半数になんらかの精神症状が見られ,特に不安,抑うつの頻度が高いことが示されている。がんと共存しながら生きる「がんサバイバー」においても,再発・転移の不安,すなわち"再発不安"の頻度は高い。

 また多くの疫学研究において,がん患者は一般人口に比べて自殺率が約2倍程度,有意に高く,特に進行がんの患者で診断後数か月以内の自殺が最も多いことが共通して示されている。最近の緩和医療の現場では,終末期がん患者において多く認められる「実存的苦痛(Psycho-existential suffering)」(自己の存在と意味の消滅に起因して生じる苦痛)に関心が高く,その検討も進んでいる。

 また同准教授は,抗がん薬投与に関連して発現する特殊な嘔気・嘔吐として,催吐作用の強い抗がん薬を繰り返し投与されている患者では「予期悪心・嘔吐」が約30%に認められると報告。点滴室に入ったり,点滴ボトルを見たり,注射の前にアルコール消毒をされただけで悪心,嘔吐を来すことがあるという。

 こうしたがん患者の再発不安や実存的苦痛などに対しては,国際的にも標準治療法が確立されているわけではない。現在わが国では,特に厚生労働省の研究班が中心となり,再発不安に対しては「問題解決療法」,実存的苦痛に対しては「ディグニティセラピー」の開発が進められているという。

 問題解決療法は,問題が解決すれば精神症状が改善するというシンプルなモデルで,「問題解決技法(5ステップ)」で対応可能という考えのもとに治療マニュアルが作成されており,実際に術後の乳がん患者に対して適用した結果,精神症状が改善したことが示されている。

 ディグニティセラピーは,進行・終末期がん患者の実存的苦痛を緩和し,患者の個としての尊厳を維持するための治療で,9つの質問プロトコルに基づく面接(30〜60分を3,4回)を録音後,文書化したうえで患者と共同作業で編集を行う。

 同准教授は,こうしたがん患者に対するさまざまな精神症状,心理状態に対して新たな心理社会的介入法の開発が望まれていることを指摘した。

がん医療に精通した精神科医が必要

 がん患者はさまざまな精神症状を呈することが多い。埼玉医科大学国際医療センター精神腫瘍科の大西秀樹教授は,がん患者の精神症状は治療および日常生活のさまざまな面に負の影響を及ぼすことを指摘し,がん医療やがん患者およびその家族の心理などに精通した精神科医の診療の必要性を強調した。

登録精神腫瘍医制度もスタート

 大西教授は,がん患者にとって精神症状は"苦痛"であると指摘し,「がん患者は,化学療法よりも,うつ病のほうが苦しいと言う」と述べた。また,がん患者の約9割は術後化学療法を受けているが,抑うつ症状を呈するがん患者では,約5割しか術後化学療法を受けていないなどの報告があり,意思決定障害やQOLの低下,さらに家族の精神的苦痛や自殺など,さまざまながん医療に及ぼす精神症状の負の影響があると概説した。

 そのうえで同教授は,がん医療やがん患者の心理,精神医学的な問題に精通した精神科医による診療の必要性を強調した。

 また,がん患者の家族は自分の苦悩を訴えてはいけないと考え,家族の苦悩は過小評価される傾向があるが,がん患者の家族は"第2の患者"と言われており,治療とケアの対象であると指摘。がん医療に従事する精神科医は,がん患者の家族の心理にも精通する必要があるとした。

 同教授自身は既に,多くのがん患者,家族の診療を行っているが,たくさんの診療を行うなかで見えてくるものがあり,それを還元することで,精神医療全体の発展に寄与できると考えているという。

 最近になり,"サイコオンコロジー(精神腫瘍学)"という学問が注目されるようになった。日本サイコオンコロジー学会では,本年度から「登録精神腫瘍医」制度を開始し,ホームページ(http://jpos-society.org/)上で登録精神腫瘍医が公開される予定である。同教授は,がん医療における精神腫瘍医の必要性を強調した。

進行がん患者の大うつ病に対する薬物療法アルゴリズムを概説

 がん患者に合併するうつ病と適応障害は,一般人口に比べて有病率が高く,治療に当たってはがんの病状,治療を考慮した対応が必要になる。国立がんセンター中央病院(東京都)精神腫瘍科の清水研氏は,がん患者に合併するうつ病,適応障害の診断,特徴,介入法の実際などについて概説した。

医療チームの連携した対応も重要

 清水氏によると,同院ではがん患者のうつ病の診断については,特別な診断基準が用いられているわけではなく,米国精神医学会による精神疾患の分類と診断の手引き第4版(DSM-IV)が用いられている。しかし,同診断基準にある「睡眠障害」,「食欲低下」,「思考・集中力低下」,「倦怠感」といった症状はがんによる症状との区別が難しい。例えば,胃がんが進行すると,がんの症状として食欲低下が生じることもある。同氏は「うつ病の診断基準に含まれるこれらの症状をどのように評価していくかは,われわれが常に悩むところだ」と述べた。

 そのため,がん患者のうつ病診断法として,DSM-IVの診断基準のみに捕らわれない包括的診断(がんの症状による可能性があっても包括する),除外的診断(がんの症状による可能性がある症状は基準から外す),代替的診断(がんの症状に関連する可能性がある場合は代替基準を採用する)などいくつかのアプローチ法が推奨されている。どのアプローチ法も絶対的に正しいというものではないが,現在は「過大評価するより過小評価してうつ病を見逃してしまうことのデメリットのほうが大きい」というのが臨床でほぼ得られているコンセンサスであり,包括的診断が用いられることが多いという。

 また,うつ病に対する薬物療法を行う場合には,がん患者に既に出現している症状などを考えながら,抗うつ薬の選択を行う必要がある。同氏は,同センターでは進行がん患者の大うつ病に対する薬物療法のアルゴリズムを作成していると報告した。大うつ病の重症度評価で中等度から重症,あるいは軽症でもベンゾジアゼピン系抗不安薬のアルプラゾラム投与で無効な場合には,一般的な抗うつ薬が用いられるが,がん患者の個々の副作用プロフィールによって使い分けられている。例えば,抗がん薬を投与していて吐き気で苦しんでいるがん患者に,さらに吐き気のリスクのある選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)やセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)を投与することはリスクが高いと考えられている。

 また同氏らは,同院精神腫瘍科に紹介され,DSM-IVにより大うつ病と診断された症例のうち,精神科紹介後3か月以内に死亡が確認された20例を対象に,終末期がん患者のうつ病に対する精神科介入の有効性を予備的に検討した。その結果,予後1か月以内であった9例中8例は,抗うつ薬投与による症状改善は認められなかった。同氏は「予後1か月以内のがん患者に抗うつ薬を投与するメリットがあるのか。むしろ副作用だけが先に出てしまうのではないか」と指摘。終末期がん患者のうつ病については,あえて抗うつ薬は投与せず,倦怠感についてはステロイドを投与するなど,おもに症状を緩和することで対応していくのがよいのではないかとした。

 さらに同氏は,がん患者のうつ病の特徴として,疼痛などの身体症状の緩和や社会的問題(家族のサポートの低下など),実存的苦痛が関連しているとされていると指摘。これらの関連要因を含めたトータルなケアが必要であり,医療チームの連携した対応も重要であると強調した。

せん妄治療はがん罹患の特性を理解した支持的ケアを

 せん妄は,がん患者が緩和ケア病棟に入院する時点で約半数,死の直前には約8割に見られる。名古屋市立大学大学院精神・認知・行動医学の奥山徹講師は,がん患者におけるせん妄治療について,せん妄以外にもさまざまな苦痛を有していることを配慮し,支持的な対応が必要であることを指摘した。

オピオイド関連のせん妄への対応にも習熟を

 奥山講師は,がん患者におけるせん妄治療ではまず,がん罹患の特性をよく理解してケアに当たることが重要であることを強調した。すなわち,がんの経過,家族構成,生活歴,病状説明内容などの十分な把握が必要であり,せん妄の治療だけでなく,患者,家族への支持的なケアが必要であることを指摘した。
 またせん妄は,疼痛治療に対して頻用されるオピオイドに関連して生じることも多いが,痛みとせん妄の緩和の両立は難しいことも多い。せん妄となることで疼痛評価が困難になることもあり,難しい判断が迫られることも多いため,精神科医も痛みの治療,オピオイドの使い方に関する基本的知識を習得する必要があるとした。

 終末期がん患者におけるせん妄は頻度が高いうえに,非可逆的で治療反応性に乏しいことも多い。医療としてのゴールが不明瞭なことも多く,どの時点でせん妄の治療から深い持続的鎮静に移行するのかという問題もある。同講師は「身体的側面や患者およびその家族の意向を念頭に,医療としての最善のゴールを考え,包括的な視点からケアに当たる必要がある」と述べ,医療チームと情報,医療のゴール,その優先順位などを共有し,連携することが重要であることを強調した。

包括的ケアを提供する専門緩和ケアチームの育成を

 がん診療連携拠点病院(以下,拠点病院)における緩和ケアチームの設置が,2007年4月に義務化された。国立がんセンター東病院(千葉県)臨床開発センター精神腫瘍学開発部の小川朝生室長は,緩和ケアチームにおいて精神科医は,精神症状と心理社会的問題を合わせた評価と治療を行うことが求められていることを報告し,包括的なケアを提供する専門的緩和ケアチームの育成の必要性を強調した。

がん医療における精神保健専門家を支援する体制を

 小川室長は,コンサルテーション・リエゾン精神医療(臨床各科で見られる精神症状の診療)における精神科医の役割と,専門的緩和ケアチームにおける精神腫瘍医としての役割について比較し,前者では精神症状の緩和が求められるのに対し,後者では包括的な症状の緩和,すなわち精神症状だけでなく医療スタッフ,家族を含めた対応が求められると指摘。またコンサルテーション・リエゾン精神医療では,治療に関して時間の束縛は少なく,ある程度身体治療と独立した対応が基本的になされるが,専門的緩和ケアチームでは,がん治療の段階を踏まえた対応が必要で時間の制限もあり,見通しを立てた対応が求められると述べた。

 日本緩和医療学会が2008年に行った「がん診療連携拠点病院の緩和ケア及び相談支援センターに関する調査」の結果によると,拠点病院での緩和ケアチームの平均依頼件数は1か月間で平均4.5件,35%の施設は3か月間で依頼件数が10件未満であった。また日本緩和医療学会に所属している医師は 76%で,日本サイコオンコロジー学会に所属している医師は28%,看護師が認定または専門看護師であったのは57%であった。

 同室長は,わが国における緩和ケアチームが抱える問題点として,メンバーのほとんどが兼任で,勤務時間内の活動が確保されていない(個人のボランティア)ため研修機会が不足しており,過度に個人の能力・意欲に依存している面があることを指摘。また組織内の位置付けが不明確で,活動が体系化されていないことなどを挙げた。

 精神腫瘍学は比較的新しい学問であり,わが国の精神腫瘍医はまだ非常に少ない。多忙な現場で臨床の最前線に立つ精神科医にとって,従来の業務に加えて緩和ケアチームの運営に加わる負担は大きい。同室長は,一般診療においては精神症状の対応がほとんどなされておらず,看護師,医療ソーシャルワーカー,心理職への精神医学的教育もほとんど行われていないなど,現状での課題は多いとして,がん医療における精神保健専門家を支援する体制や育成の必要性,また精神保健専門家とプライマリケア・チームの連携システムの構築の必要性などを提唱した。

メディカルトリビューン 2010年1月28日


ビデオで脳腫瘍の治療法選択に変化 視聴後は延命治療敬遠・CPR拒否に
 マサチューセッツ総合病院(ボストン)内科のAngelo Volandes博士らは,脳腫瘍患者に末期患者の各種治療の様子を撮影したビデオ映像を視聴させ,その後の治療法の選択がどのように変化するかを調べた。その結果,ビデオ視聴後は緩和ケアのみを選択し,心肺蘇生(CPR)を拒否する傾向が認められた。
 
人生の最後を静かに過ごす選択

 ビデオには3通りの終末期医療の様子が収録されている。この映像を視聴した患者は,治療法の選択肢について口頭で説明を受けただけの患者に比べ,延命より人生の最後を静かに過ごしたいと望む傾向が強いことがわかった。実際,ビデオを視聴した患者全員が「脳腫瘍が進行しても延命治療を受けることを望まない」と答えたのに対し,ビデオを視聴しなかった患者では半数にとどまった。

 Volandes博士らは,MGHがんセンターで悪性神経膠腫の治療を受けている患者50例を対象に調査を行った。まずCPRが行われた患者や人工呼吸器につながれた患者がどのような経過をたどるかなどを含め,終末期医療に関する知識について患者に質問した。また,脳腫瘍が末期に至った場合に CPRを受けるか否かも聞いた。

緩和ケアや基本的治療の光景を映す

 患者は口頭のみでの説明を受ける群(対照群)と,口頭での説明とビデオ視聴の両方を受ける群(ビデオ視聴群)にランダムに割り付けられた。対照群には,(1)延命(CPRや機械的人工呼吸を含む)(2)基本的入院治療(抗菌薬や輸液投与を含む)(3)緩和ケアのみ―の3段階に関して口頭で説明を行った。ビデオ視聴群には上記の説明の後,その説明内容を補完する6分間のビデオ映像を見せた。

 ビデオにはCPRの模様や集中治療室での人工呼吸器による延命治療の映像,入院し点滴で抗菌薬を投与されている基本的治療の様子のほか,自宅やホスピスで普通に食事しながら酸素療法などの緩和ケアを受けている光景が映し出された。その後,脳腫瘍が進行した場合に3段階の治療のうちどのレベルを選ぶか,そしてCPRを受けることを望むか否か質問した。また同時に,患者自身が望んだ選択肢にどれほど確信を持っているかも評価し,ビデオ視聴群ではビデオの内容に対する感想も聞いた。

延命よりも緩和ケアを

 その結果,ビデオ視聴群では23例中21例が緩和ケアのみを,1例は基本的治療を選択した。残りの1例は決断を保留し,延命治療を選択した者はいなかった。対照群では約半数(27例中14例)が基本的治療を選択し,6例が緩和ケアを,7例が延命治療を選んだ。CPRを受けるか否かに関しては両群とも説明を受ける前では差がなく,半数が「受けない」,3分の1が「受ける」,残りが「わからない」だった。しかし,ビデオ視聴群は説明・ビデオ視聴の後では,2例を除く21例がCPRを望まなかった。一方,対照群では説明前とほとんど変化がなかった。

 Volandes博士は「ビデオ視聴群では,緩和ケアを選択する率が大幅に増加しただけでなく,視聴することで安心できたと話していた。ビデオによって医師と患者の話し合いが進み,患者が確信を持って治療法を選択できるようになる。今後さまざまながん患者を対象に,ビデオがどれほど役に立つのかを調べるつもりだ」と述べている。

メディカルトリビューン 2010年2月11日


がん患者:本音、知って 悲しみ、つらさ…体験語る活動広がる
◇医療現場の参考に/高校で授業、生徒ら共感

 がんを体験した人たちが、さまざまな場で本音を語り始めた。同じ患者や家族、若い世代にも、共感と理解が静かに広がっている。

 <胸が二つあるだけでうらやましかった。子どもに授乳できないのが悲しく、夫婦生活でも夫に申し訳ない気持ちになる>

 <5歳の息子にがんを伝えた。時々「ママを忘れないでね」と言っては、夫に怒られ反省する>

 NPO法人「健康と病いの語り ディペックス・ジャパン」(東京都中央区、電話050・3459・2059)は昨年12月から、ホームページ(http://www.dipex-j.org)で20-70代の乳がん体験者43人の「語り」を、発見▽治療▽再発・転移▽生活▽診断時の年齢--の5項目に分けて公開している。

 登場する人たちは全員匿名で、一部は音声や文章のみだが、大半は顔を出して語っている。英オックスフォード大の取り組みをモデルとしたもので、厚生労働科学研究費の助成を受けた。前立腺がんの体験者にも話を聞いており、近く一部公開する予定だ。

 「がんサポートかごしま」代表の三好綾さん(34)=鹿児島県薩摩川内市=は7年前に乳がんが分かり、乳房を切除。知人にこの活動を教えられ「自分の体験が役立つなら」と08年夏、インタビューを受けた。講演で話したことはあったが、洗いざらい語ったのは初めて。話しながら自然と涙があふれた。「悲しみやつらさを吐き出すことができた。患者の話をじっくり聞く時間のない医師や医学部生にも見てほしい」という。

 インタビュアーはオックスフォード大で研修を受けた臨床心理士や大学講師ら女性4人が担当した。その一人、射場典子さん(46)は、自身もがん体験者だ。東京都内の看護大でがんの緩和ケアなどを教えていた06年2月、卵巣がんが見つかった。治療後、活動に本格的に加わり、患者たちの話を聞いた。「私も本当につらいことは医師や家族にも言えず、同病の友人が頼りだった。サイトを見て、1人じゃないと感じてほしい」と話す。

 ディペックス・ジャパンの佐久間りか事務局長(50)は「いろいろな立場の人の語りから、自分が共感できるケースや情報を探せるはず」と期待する。認知症患者とその家族、がん検診、うつなどのデータベース化も検討中だ。

 がん患者の桜井なおみさん(43)=東京都豊島区=は昨年11月下旬、群馬県伊勢崎市の県立伊勢崎興陽高を訪れ、がんをテーマに授業をした。本紙連載「がんを生きる」で紹介された桜井さんに、生徒たちが感想文を送ったのがきっかけ。高校生約180人が真剣に耳を傾けた。

 桜井さんは37歳の時、乳がんが分かった。手術や治療の後遺症で当時の勤務先を退職し、再就職。昨年末にがん患者の就労を支援する会社を設立した。

 授業では福祉・医療職を志す3年生らを前に、がん患者の多くが以前の職場への復帰を望みながら転職を余儀なくされている現状や、なぜ会社を設立したのかについて説明。「がんになったことに何か意味があるはず。マイナスの経験に価値を見いだし、毎日を大切に生きていこうと思っています」と語った。

 授業を受けた中澤和也さん(17)は「ドラマなどで見るがん患者のイメージと違い、力強く前向きな生き方が心に残った」。担当の中山見知子教諭(43)は「生徒たちががんの問題をより身近に考えるきっかけになれば」と期待する。

 桜井さんは「感想文を読むと、話をしっかり受け止めてくれたようで安心した。教科書の知識だけでなく、生の体験談を聞くことは大事。がんが決して人ごとでないと感じてもらえたらうれしい」と話している。

m3.com 2010年3月15日


患者の周囲の他者が,「私たちのために生きていてほしい」と願い,
その生を最後まで肯定していくのは,当たり前のこと
川口有美子氏に聞く

 第41回大宅壮一ノンフィクション賞(日本文学振興会主催)に,医学書院刊『逝かない身体――ALS 的日常を生きる』が選出された。喜びさめやらぬ著者の川口有美子氏に,受賞作に託したメッセージや難病介護の現状に思うこと,これから取り組みたいことを伺った。

――受賞,おめでとうございます。

川口 ありがとうございます。このような大きな賞をいただくとはまったく考えてもいなかったので,とにかく驚きました。いまだに驚きが続いていて,私はどこにいってしまうのだろう,という気持ちです(笑)。

 本を書いたことは家族には内緒にしていたので,受賞によって知られてしまった今,どういう顔を向けたものか。家族も,自分たちのことが書かれている本がこうして世に出ているわけですから,少々複雑な面持ちでした。

――審査員の柳田邦男さんの講評をお聞きになって,いかがでしたか。

川口 共感の言葉がうれしかったです。柳田さんご自身が脳死状態の息子さんを看取った父親として,生と死の狭間での葛藤を『犠牲(サクリファイス)――わが息子・脳死の11日』(文藝春秋)に書かれていたこともあり,ご自身の過去を振り返りつつ『逝かない身体』を読んでくださったのかもしれない,と勝手に推測してしまいました。

 また,逝きゆく身体のケアにおいて言語化されていないことが多々あり,それらを文学にしたことを評価してくださったのも,ありがたかったです。

病人はアスリート,介護者はトレーナー

――ALS介護の記録というと,感傷的な「闘病記」と受け取られるかもしれませんが,それとはまったく別のものですよね。「植物的な生」を肯定し,植物を育てるがごとくケアをする。潔ささえ感じます。

川口 ALSの患者さんは文字盤を通して,「薬指にくっついている小指をちょっとだけ離して」といったミリ単位の要求をしてきます。「ン? 指の位置がおかしいの?」と言うと,パチッとまばたきが返ってくる。そこから位置の調整を始めて,またまばたきでOKが出るまで,何度も繰り返すのでたいへんな時間がかかります。

 1日24時間,家族とヘルパーさんが交替でそうした身体の微調整をずっと繰り返しているのが,ALSの介護。慰め合っている暇もありません。

――感傷に浸っている場合ではないと。

川口 ええ。患者さんは神経を研ぎ澄ませて身体に極力集中し,ベストな体調にコントロールしてもらおうとします。「今日は睡眠薬を4分の3に削って何時に飲ませて」「今日は気分があまりよくないから,呼吸回数をちょっと落として,呼気の量を450から475にして」などと実に細かく指定してくる方もいます。そうした調整を刻々と続けていると,良い体調は皆で作るという気概が生まれてきて,病人といえどもオリンピックのアスリートのようになってくるんですよ。介護者は,縁の下で支えるトレーナーの気分です。

――それは,患者が何も発信できない状態(TLS : Total1y Locked-in State)になっても同じなのですか。

川口 突然その状態になるわけではないので,介護のスタンスは変わらないですよ。それまでも経験の積み重ねを総動員させてケアをしてきており,患者さんの顔を見て,何を言いたいのかだいたい読み取ってきていますしね。あうんの呼吸です。そうして亡くなる瞬間まで,患者の意思を汲み取ろうとして身体をとても大事にし続けます。

 ですから,そんな身体介護をしてきた人にとっては,世話する身体を喪失したときが死なのです。私がいちばん悲しかったのは,母のお棺に釘を打つそのときでした。呼吸器が外された後も身体が存在している間は冷静でいられましたが,火葬場のボイラーが点灯した瞬間が最もつらかったですね。

 そんなふうに,身体を心や意識と同等に大切なものとして扱うことを心身一元論と呼びますが,母や他のALSの介護の様子から,そうした理論は自然に身に付いたと思います。

――日本には昔から,そうした考え方がありますよね。

川口 むしろどこの国にも,原初的な心身一元論はあるのではないかと思います。西欧では主流でないだけです。

 西欧では「我,思うゆえに我ありのデカルト的な心身二元論に基づいた生命倫理観が主流で,まず高尚な魂=思考する脳が重要視されているため,自己決定ができなくなったら生きていても意味がないと考えられがちです。

 そうした思考はALSの医療にも反映されていますよ。例えば,英国では優れた緩和ケアのプロセスがありますが,長期人工呼吸器の装着は QOLの低下であるとして,選ばないよう導かれます。自己決定できなくなるのだから自律できなくなる。だから呼吸器を選ばないという考え方が主流です。オーストラリアの患者会でもALS患者家族を対象に,穏やかな死を迎えるための講習会が行われています。

「それでも生きたい」への共感

――呼吸器の選択については,本人の意思が重要だとして,事前指示書やリビングウィルを書いておくべきとする風潮が,日本でも強まっていますね。

川口 それも,西欧的な心身二元論に基づくものでしょう。日本は西欧に比べて遅れていると言われますが,「あなたは生きたいか,生きたくないか」という問いそのものが,おかしいという議論もあります。

 心の中では生きたいと願っている患者さんでも,先々に不安があったり,自分が生きていることで家族が苦しむと思うと,その生きたい気持ちを表出することは難しい。葛藤の末「呼吸器を着けない」選択をしてしまうこともあります。日本は現在のところ呼吸器を選ぶことができる国ですが,ALS患者8000人強のうち,呼吸器を着けていない7割の中にも,そうした事情から着けられない方はかなりいます。押しつけに近いかたちで生死の選択を迫られる ALS患者の悲しみを,私は日ごろからひしひしと感じています。

 人間は孤独ですが,独りぼっちで生きているわけではなく,他者との関係性で生き方も考え方も変化していきます。誰かに好かれ望まれればうれしいし,嫌われると悲しい。ですから「死にたい」という者に対して家族,友人,恋人などの他者が「私たちのためにこそ生きていてほしい」と願い,その生を軽んじることなく肯定していくのは,当たり前だと思うのです。しかし,そうしたごく自然な感覚が,ALSをめぐる医療からはスポッと抜け落ちているように感じます。

――「機械に囲まれて生かされていて,かわいそう」という声も聞かれます。

川口 一般的には,医療機器に頼らないで,「最期まで自分らしく」「自然に」亡くなることが良いことだと考えられているかもしれません。でも私たちは,たとえまったく体が動かなくなっても,呼吸器を着け,経管栄養になっても,自分らしさを失わずに明るく生きている人を知っていますよね。その点はしっかりと伝えていきたいですね。

――『逝かない身体』には,診療所の中村洋一先生が,呼吸器を着けて生きることに意味があると励まし続けてくれたことが書かれていました。

川口 生きる意味を見失って悩み苦しんでいる母に対して,「それでも生きていたいよね」と共感してくれる人は本当に少なかったのですが,中村先生は一貫して「地域医療のパイオニアになるって言ったよね」と母を元気づけてくださっていました。

 先生は,母が「死にたい」などと言っても,「今度はいつ温泉へ行きましょうか」なんて質問をするんです(笑)。すると母も,「うーん… じゃあ,○月×日に」と(笑)。支援する人は患者の悲しみは受け止めても取り込まれずに強くありたいものです。一歩一歩,苦痛も生きている証と肯定して,「いっしょに生きていきたい」と言ってあげてください。

すべてが実践から生まれた

――「この病いは,あらゆることを体験から学びなおす機会を与えてくれる」(p. 160)とありますが,人工呼吸器や経管栄養も観念的な議論に固執せず,実践を繰り返したことで得られたものがとても大きいように感じました。

川口 私はそれまで医療を勉強したことがまったくなく,突然母の介護現場に足を踏み入れたんです。

 だから,それまで家族は全員同じご飯を食べていたのに,胃瘻にしたとたん母だけが急に食べる物も変わるなんてことは念頭になかった。母も経管栄養剤には吐き気を催していたので,極力ミキサー食を漉して経管で胃に流して命をつなぎました。管を詰まらせずに注入する方法を工夫し,カロリー計算をしつつオリジナルの経管栄養を作ったりしました。その他のケアにも勘を働かせて野性的な介護をしてきたのですが,それでも母は12年間元気に生きられたので,これでよかったんだ,という確信が得られました。

――医療者のほうが意外にも,人工呼吸器や経管栄養に否定的な場合が多いかもしれません。

川口 それは医療が標準化されてしまって,一対一の人間関係から入っていけないからではないでしょうか。

 介護者と一対一の関係での患者さんは唯一無二の存在ですから,できることは片っ端から試してみたくなるのは当然です。多くの介護者が戸惑いを感じ始めるのは,生存自体が苦痛であるとか,介護者のせいで苦痛を長引かせているなどと他人に言われたときからです。まぁ,生きていても仕方がないとさっさと見切りをつけてしまう介護者も少なからずいるんですけどね。

誰でも介護ができる社会へ

――12年間ALSの介護を経験されて,難病介護の現状や今後について,どう考えておられますか。

川口 今,病気になって治療しても治らないことがわかると,一足飛びに死ぬ話になってしまい,その“間”のこと,「ケア」がスポンと抜けているように感じます。でも介護や看護によってその“間”は埋められるし,元気なころよりも豊かな人生を過ごしている人もいます。

 そうした“間”のケアの大切さは実践の経験からしか学べませんので,誰でも基本的な介護――身体が不自由な人の車椅子への移乗や外出の介助,トイレや入浴介助――ができるといいなと思います。NPO法人さくら会でも,介護の未経験者向けに20時間の講習会を行っています。身体の介助などは現場で時間をかけて練習すれば身に付くので,この講習会では主に意思伝達が困難な重度障害者に対する支援の理念について教えており,これまでに約900人のヘルパーを養成しています。

 皆が障害に対して正しい考え方を身に付ければ,障害のある人への偏見もなくなるでしょう。それに並行して介護を有償化して,家族以外にも介護を依頼しやすくしたり,アルバイトで介護を手伝ったりできればと,次の障害者施策にも提言しています。

――家族だけで抱え込んでしまわないことが大切なのですね。

川口 家族だけで対処しようとすると,次第に介護やお金の工面に疲れ果てて,チラッと「いなくなれば楽になる」という考えが浮かぶ。やがて存在の否定が始まります。ですから最後までその生を肯定し看取るために,それこそ「ケアをひらいて」,他人と代われるところは代わりつつ,家族は愛情や思い出の共有といった家族でしかできない支え方をするべきだと,経験から学びました。

「個」ではなく「関係」が人間存在の最低条件

――『逝かない身体』では書ききれなかったこともあるのでしょうか。

川口 死にたいという人に「生きろ」と励ますのは傲慢だと批判されることもあります。「つらい」「死にたい」という思いに共感して楽に死ねるように支援することも重要だと。なぜ私たちが患者さんに,あるいは患者同士が「あなたには“生きる義務”がある」と言っているのか,この本には十分には書ききれなかったです。

 その答えは,歴代の,さまざまな医療介護制度を作ってきたALS当事者の生きざまに端的に現われていますから,彼らのことはいつかどこかに書きたいです。私の母の物語は文学的でロマンチックでさえありますが,それとは違い,重度障害者たちの破天荒な生き方や秀逸なアクティビストとしての顔を記した内容になるでしょう。

 例えば橋本操(ALS当事者/日本ALS協会副会長)さんは,お兄さんが何人もいて,生まれたときから至れり尽くせりで要介護度5だったという人で(笑),人は「生きる意思」だけでは生きられないことが,よくわかっている人です。人は原子のように「個」として存在するのではなく,「関係」を存在の条件と知っている。本人は自覚していないかもしれませんが(笑)。

――天性のものなのでしょうね。

川口 私と橋本さんは,よくコンビを組んで国の会議などで発言しますが,彼女は本当に短い言葉しか言いません。それを私が膨らませて説明しているから,どうしても私の考え方がブレンドされてしまって,橋本さんの思いとは,多少ずれていることもあります。でも橋本さんは,それでもいいと達観している。彼女の他者を信じる力,人を動かす才能が,彼女の療養を支えていると思います。

――これからこの本を手に取られる方に,ひと言お願いします。

川口 読む方によってはともすると耳の痛い記述もあるかもしれないのですが,私の経験してきたことを素直に書いたつもりです。ALS当事者の家族からは,本を読んで「自分がやっていたことが間違っていなかった」「ほっとした」とも言われますので,そう感じてくださる方もいるかもしれません。

 家族の介護をしている方,在宅介護の最前線で悩んでいる看護師さん・ヘルパーさんらに,ひらかれたケアで生の希望をつないだ私の体験を届けられたらうれしいです。

――ありがとうございました。

週刊医学界新聞 第2881号 2010年05月31日


ペットで癒やし、ホスピス緩和ケア広がる
 末期がんなどの患者をケアする「ホスピス・緩和ケア病棟」で、ペットの持ち込みを許可する病院が全国的に増えている。これまで病院では、感染症の恐れがあるとされ、ペットはご法度だったが、精神的な癒やしやストレスを和らげる医学的な効果の大きさに着目。緩和ケアでは患者やその家族が鬱(うつ)状態に陥ることもあり、患者を力づける“家族”としての役割をペットが担っている。

 富士山を一望できる山梨県中央市の玉穂ふれあい診療所。雄大な自然のもとで療養生活を送りたいと大阪や奈良などからも患者がきている。

 60代の夫妻は約4カ月間、愛犬のチワワと一緒に病室で療養生活を送った。

 ふたり暮らしの夫妻がチワワを家族に迎えた直後に妻の病気が判明した。夫(63)は「病院にペットなんてダメかと思ったら、いいというので驚いた。妻もそれで亡くなる最期まで気持ちが安定したと思います」と語る。

 昭和48年、先駆的にホスピスを開業した淀川キリスト教病院(大阪市)では当初から一定の理解を示してきた。ホスピスは独立棟でないため、小さいペットはケージに入れて持ち込み、大きなペットは玄関での面会としている。ホスピス専門病院「ピースハウス病院」(神奈川県)では、動物の苦手な患者に配慮して公共部分は利用できないが、大型犬なども各部屋が面した庭側のドアから出入りできるよう工夫する。

 また先月18日にオープンした大阪府和泉市立病院の緩和ケア病棟でもペットの面会を検討しているという。同病院がんセンター長の福岡正博医師は「厳しい闘病を強いられる患者や家族の気持ちをどう緩和するのかも医療者の重要な仕事」としている。

 こうした現象はペットの飼育人口が増加しているのも理由だが、ペットの医学的効用にも注目されている。

 がん患者は病気の進行に伴い、意識混濁や幻覚など精神症状を伴う「せん妄」が起こる。予防には病室を自宅の環境に近い状態をつくることも重要であることが最近の研究で明らかになり、緩和ケアでのペットの位置づけがさらに重要になっている。

 情緒水準が高度な哺乳(ほにゅう)類との触れ合いは人間に内在するストレスを軽減させる効果が考えられ、医療の補助治療として近年世界で用いられている。

 このため9月に緩和ケア病棟を増築オープンした和歌山県田辺市の南和歌山医療センターでは、これまでのペットの面会に加え、近くアニマルセラピーも実施する予定だ。

 がん患者や家族の精神的ケアを専門にする埼玉医科大の大西秀樹教授(精神腫瘍科)は「人間は五感を刺激すると精神的に安定する。がんの闘病は、家族の精神的負担も大きく鬱病などの診断がつくことも少なくない。患者が穏やかに過ごせれば、その家族の精神的ケアにとっても効果は大きく、ペットの持ち込みには大きな意味がある。今後もペットに理解のある病院は増えるだろう」と話している。

MSN産経ニュース 2010年11月6日


3年前に告知も…延命拒否した和田勉さん、専門医は?
 今月14日、食道上皮がんのため、80歳で死去した元NHKの名物ディレクター、和田勉さん。約3年前に、がん告知を受けたが、手術や特別な延命治療を希望せず、病院や川崎市内のケアハウスで緩和治療を受けていたようだ。こうした、がんとの向き合い方について、専門医はどう見ているのか。

 虎の門病院外科部長・黒柳洋弥医師は「和田さんがすべての治療を拒否したのか、あるいは抗がん剤治療だけを拒否して放射線治療などは受けていたのかがわからないので、はっきりしたことは言えない」とした上で、こう語る。

「もし前者であれば残念だ。食道がんには放射線と抗がん剤治療の組み合わせで手術と同等の治療効果が得られるケースが珍しくない。この“効果”が半年の延命なのか、あるいは数年に及ぶ生存期間の延長なのかは個人差があって一概には言えない。また抗がん剤を使うことで副作用がおきるのも事実だが、そうしたあらゆる要素を考えあわせたうえで、最終的にどうすべきかを決めるのは患者さん自身。大切なのは、患者さんがその選択肢についてよく理解することだと思う」

 最近、週刊誌などで「抗がん剤は効かない」といった論調も、見受けられるが…。

「一部は納得できる部分があるし、議論を生むことはいいことだが、総じていえば“極論”。医師が一方的に患者に押し付けるのは、患者の不利益につながりかねない」と黒柳医師。

「確かに標準治療での抗がん剤の使い方には問題点はある」と語るのは、国際医療福祉大学化学療法研究所附属病院教授・高橋豊医師。

「効果や副作用の出方には個人差が大きく、副作用のリスクを考えずに、誰に対しても一律にドカンと使ってから、あとで調整していく−という考え方は患者本位の医療ではないし、すべきではない。副作用で苦しまないギリギリの線で、個別の投与量を見定めていく細やかな配慮をすべきだ」

 ただ、高橋医師も、最近の「抗がん剤は効かない」という一部の論調には否定的だ。

「いまどき『抗がん剤が効かない』などという医師がいることに驚きを禁じ得ない。まさにナンセンスだ」

 どこまでの治療を希望するかは、患者の人生観しだい。決して、和田さんの安らかな死を否定するものではないが、抗がん剤に希望を託す生き方もあったのだ。

ZAKZAK 2011年1月25日

子育てさがし 病院の子に笑いを 道化師の大棟耕介さん
 日ごろはサーカスや遊園地のショーでパフォーマンスする道化師(クラウン)が、病院に入院中の子どもたちを訪問する「ホスピタル・クラウン」。日本ではまだ馴染みの薄い活動だが、欧米の病院では治療の一貫として定着し、免疫力を高める笑いの効用についての研究も進んでいるという。そんなホスピタル・クラウンの日本での普及を目指す道化師の大棟耕介さん(41)=名古屋市=は「病と闘う子どもたちが、子どもらしさを取り戻す手伝いをしたい」と話している。

 ▽正月のサンタ

「メリークリスマス!」―。2011年1月1日、名古屋市中心部にある名古屋第一赤十字病院。人けのない小児病棟に、明るい声が響いた。180センチの長身を鮮やかなオレンジ色のつなぎに包み、大きすぎる金色の靴に赤い鼻。そして、サンタクロースの衣装。大部屋のカーテン越しに「メリークリスマスって…もう正月だよ!」とあきれる子どもたちの表情には、既に期待と喜びがあふれていた。

「正月の病院は、医師、看護師も少ないし、外泊できる患者は家に帰るので、すごく寂しくなるんです。だから、毎年元日は必ず病院の子どもたちに会いに来ます。誰にとっても初笑いは大事。正月にサンタって、テキトーな感じがして、なんかいいでしょ?」

「超能力で名前当てようか?」「入り口に書いてあるの読んだんでしょ!」「はい、この時計、プレゼント」「あ、これ、ぼくの!いつの間に取ったの?」―。絶妙なボケで笑いを誘った後は、手品のような風船アートを披露。治療の副作用で多くの髪が抜け落ちた子も、鮮やかな手つきに目を輝かせ、ベッドの上で飛び跳ねるようにして手を伸ばしていた。

「締め切った部屋の窓の隙間から新鮮な風を入れるように、子どもたちが病院の張り詰めた空気の中でふっと息をする時間をつくってあげたい。少しの間でも、つらい治療を忘れて、子どもらしさを取り戻す瞬間を見るのが嬉しいです」

 ▽病気に向かう勇気を

 ホスピタル・クラウンについて知ったのは、既にプロの道化師として本格的に活動していた03年。米国で開かれた道化師の技術を競う大会で銀メダルを獲得した翌日、大会で知り合った仲間の病院訪問に同行したのがきっかけだった。

「訪問先は終末期100+ 件の患者が入院するホスピス。死を目前にした人たちを前に、圧倒されながらも、日本でもこれをやらなくちゃいけないと思いました」

 米国での活動は大人も対象だったが、真っ先に頭に浮かんだのは、学校に通うこともできず、治療に耐える子どもたちの姿だった。すぐに自ら率いる道化師チームのメンバーにも呼び掛けて準備を進め、翌04年には名古屋第一赤十字病院での活動をスタート。訪問は原則月2回。サーカスやショーに出演する合間を縫ってのボランティア活動だ。

「初めは不安もありましたが、子どもたちが喜んでくれればこちらも楽しい。半年以上言葉を失っていた子が『ありがとう』と言ってくれたこともありました。僕たちには病気を治すことはできないけれど、病気に立ち向かう勇気はあげられるかもしれないと感じています」

 他の病院からも要望が寄せられるようになり、06年にはNPO法人ホスピタル・クラウン協会を設立。現在の活動は、定期訪問だけで全国約50病院に広がっている。最近は、サービス業を中心に、道化師特有のコミュニケーション術についての講演を頼まれることも多いという。

「道化師の役割は、主役の引き立て役。相手の下に潜り込むようにして持っているものを引き出すテクニックは、病院やサーカスだけでなく、子どもの教育に携わるすべての人に参考になると思います」

 元日の病院訪問の締めくくりは、恒例のお年玉。ただし、袋の中身は、海外の公演先から持ち帰った外貨だ。「なにこれ、使えないじゃん」とぼやきつつ、遠い国への想像を膨らませる子どもたちの笑顔を背に、赤い鼻のサンタは、次の病院訪問に向かっていった。

47NEWS 2011年1月30日

がんは愛に弱い…末期だった妻、夫と夢マラソン
 末期がんで2年前に医師から「余命3か月」と宣告された滋賀県長浜市の元看護師・泉みどりさん(26)が、病魔に負けずに治療とトレーニングを重ね、昨年暮れにホノルルマラソン(42・195キロ)で完走を果たした。

 心身ともに支えたのは、宣告後に結婚した夫の浩太さん(26)だ。2人は5日、同市勝町の六荘公民館で約120人を前に〈二人三脚〉の2年間を振り返り、「生きようと思うことが大事。大切な人の愛がそう思わせ、元気をくれた」と語った。

 同市内の病院の看護師だった泉さんは、体調に異変を感じて2009年1月に受診し、胃がんと告げられた。家族の前では毅然としていたが、当時、交際していた浩太さんから「みどりの体は僕の体でもある。一緒に乗り越えよう」と言われ、初めて涙を流した。

 同年2月、家族や浩太さんは「余命3か月、長くても年を越せない」と医師から告げられたが、泉さんには伝えられなかった。不安を感じた泉さんだったが、余命以外を質問すると浩太さんが答えてくれ、「自分の余命は自分で決める。生きたいと思ったら、体は応えてくれる」と考えられるようになった。

 抗がん剤による治療を続ける一方、「病気だからこそ夢を持ち、できることをとことんやろう」と、1000個の夢を書き込む「夢ノート」を作った。おしゃれな店で食事する、旅行に行く……とつづった。

 浩太さんの応援で、2人で次々と夢を現実に変えていった。同年4月には「結婚しよう」という浩太さんの申し出を受け、泉さんの意志で婚姻届は出さずに、泉さんの誕生日に市内のホテルで結婚式を挙げた。

 同年7月頃には症状が改善を見せ、2度目の手術で胃の3分の2を摘出。泉さんは、「結婚」を説得し続ける浩太さんの思いを受け入れられるようになり、10年4月に婚姻届を出した。

 ホノルルマラソン出場も夢ノートには記していたが、この頃から具体的に考えるように。2人でジムに通うなど練習を積み、同年12月12日、浩太さんと一緒に、フルマラソンを約8時間で走りきった。

 泉さんは今も、通院治療を続ける。「『がんは愛に弱い』は本当だった! 末期からの復活」と題した講演会で、浩太さんは「今という瞬間を目いっぱい生きる大切さを、妻から教わりました」と話し、泉さんは「大きな暗闇に放り投げられた感じでしたが、自分は十分幸せだと実感し、人生をリセットできました。夫や支えて下さる人に感謝しています」と話した。

m3.com 2011年2月8日

「臨床僧の会・サーラ」を設立
 入院患者の心のケアや在宅介護に従事する僧侶を「臨床僧」と名付けて育成していこうと、僧侶で医師の対本宗訓さん(56)らが2月16日、「臨床僧の会・サーラ」を京都・長岡京市を拠点に設立する。

 全国的にも珍しい取り組みで、対本さんは「生老病死の苦しみや恐怖と向き合う人に寄り添うことにこそ宗教者の役割があるはず」と、賛同者の広がりに期待している。

 愛媛県の寺に生まれた対本さんは京大で哲学を学んだ後、天龍寺(右京区)で修行し、38歳で臨済宗佛通寺派管長に就任。父親や信者を看取った経験から、次第に終末期ケアや生命倫理への関心が高まった。

 一念発起して受験勉強を始め、2000年、帝京大医学部に入学。管長を辞任して勉学に打ち込んだ。06年に医師資格を取り、研修医や総合病院での勤務を重ねる中で現代医療の限界も目の当たりにした。

 医師不足による過酷な勤務。「病気を診て患者を診ない」と言われるように、がんや難病の患者が直面している死への恐怖を和らげるすべを十分には持ち合わせていない。かといって、宗教家が病院に出入りすれば「縁起でもない」と白い目で見られる。

 欧米の病院には、臨床教育を受けた「チャプレン」と呼ばれる聖職者がいる。これを参考に、「僧侶の役割」を追い求めて同会を発足することにした。

 同会では、医療ソーシャルワーカーやホームヘルパーなどの資格を取得した僧侶に研修を行ったうえで「臨床僧」に認定。約1週間の病院実習を行った後、病院や在宅での法話や相談、入浴や移動の介助などに従事してもらう。賛同する僧侶はすでに約20人おり、今後、受け手となる病院や介護業者を募るという。

 12日に開いた医師や看護師、NPO関係者らとの意見交換会では、「安楽死や尊厳死は医師だけの問題ではない」「僧侶が現場になじむには十分なカリキュラムが必要」などの声が上がった。小泉欣也・京都大外科交流センター理事長は「現代医療は心の問題が大切になっており、ともに考える時期だ」と話した。

 16日には参加する僧侶らが顔合わせし、会がスタートを切る。現在は英国で臨床学を学び、日本とを行き来している対本さんは「患者に『人は死んだらどこに行くのか』と問われたら、宗教者としてなら語り合える。宗派を超えて活動を広げていきたい」と話す。

 問い合わせは同会(075・954・1005)へ。

m3.com 2011年2月15日

こころ元気塾
緩和医療医・大津秀一さんインタビュー 残された時間で、どう生きたいか
 ――大津さんの著書「死ぬときに後悔すること25」に、精神分析学者フランクルの「どれだけ長く生きたかはどうでもいいことで、人生の質や意味には関係ない」という趣旨の言葉が書かれています。それを実感した体験はありますか。

 大津 ええ、あります。10代、20代でも、すごく安らかな顔で、「先生、いい人生でした」と言って逝かれる方がいます。「僕は幸せです。後悔はありません」と言い残していった25歳の青年もいました。人間の底知れない強さを感じます。一方で、高齢になっても「人生、不幸ばかりだった」と言って亡くなる方もいます。

 ――「私の中のあなた」という洋画があります。白血病の娘を救おうと、彼女に骨髄提供するためにもう一人、娘を産んだ母親の話です。10代になった上の娘は、妹からの骨髄提供を拒否して、逍遥として死を受け入れます。10代でもこのような心境になれるのか、と印象に残りました。

 大津 生まれながらに難病の総胆管拡張症があり、20代半ばで末期の胆管がんになった青年がいました。僕が会った時には、ホスピスで淡々と生活していた。「前の病院では治療の連続で苦しかったけれど、ここではみんな優しくしてくれて幸せです」と言うのです。最期の日まで安らかでした。誰よりも深く人生や死について考えたのでないでしょうか。

 骨肉腫のため14歳で亡くなった猿渡瞳さんは、生前の弁論大会で「病気になって、生きることが大切なものだとわかりました」とスピーチしていました。彼女は「瞳スーパーデラックス」という闘病記を出しています。彼や彼女たちのように、生と死に本気で向き合えば、生きていることがどれだけ幸せなのかに気がつきます。

 そうした心境にたどり着けるかどうかは、年齢に関係ない。できるだけ長生きして、たくさんの人に囲まれて死にたいと考えがちですが、周りの人に文句を言ってばかりで、家族はたくさんいるのに誰も死に際に来てくれなかった、という例もあります。

 「ありがとう」と言い残して亡くなっていった若い子たちの10分の1でも力を発揮すれば、人生への感謝の度合いは増えるし、QOLも高まると思います。そして、そういう力は本来誰もが持っているものなのではないかと私は思います。

 ――そう考えると、延命効果が少しある程度の抗がん剤治療や、さまざまな延命治療は、むなしい感じがしますね。

 大津 抗がん剤で根治する可能性がある白血病などを別にして、そうした治療を受けること自体では、人生の満足度は変わらないと思います。それは本質ではないでしょう。残された時間でどう生きたいかが大切で、ほとんどの方にとって本来、生きる目的はただ命を延ばすことではないはずです。抗がん剤を使って、その間にたくさん旅行に行こう、家族と一緒の時間をなるべく過ごそう、そういう方にとって抗がん剤は有益なものです。けれども、「治ること」だけが目的だと、それはほぼ裏切られますので、結局満たされることは難しい。抗がん剤の副作用で、かえって辛い目にあったのではないか、と後悔される方もおられます。

 自分が治療を受ける意味は何か、こういうことを話しあい、「私はこれがしたいからまだ生きたい」とか、「今の自分にとって、治療はもうそれほど重要ではない」とか率直に話せるようになれば、救われる人も多くなるでしょう。

 時が来て死んでいくこと自体に善悪はありません。医療者やご家族の一部が死を必要以上にタブー視していることが、患者さんの孤独を招いていると思います。皆が迎える死はタブーでも何でもありません。むしろ私たちはよき人生のために、タブー視しないで話し合うべき時代を迎えているのだと思います。それが世界で高齢化社会をリードし、2040年には年間170万人が亡くなる(現在は114万人)」死の大国」たる日本が率先して行い、範を示していくべきものでしょう。

 15年前に、がんの告知はタブーでしたが、今は告知することが当たり前になっています。それと同じように、今は死がタブーでも、世の中は変わっていくと思います。

YOMIURI ONLINE 2011年3月1日

乳がん告知直後の女性に自己喪失の脅威
3段階の順応過程を経て次第に克服
 ニューヨーク州立大学看護学部のRobin Lally助教授は,乳がん患者が,がんを告知されてから,がんであることを受け入れるようになるまでの心の動きに関する研究結果を発表した。

 同研究では,告知を受けた患者は,初めての状況,知らない場所,聞きなれない言葉やさまざまな職種の人との出会いなど,それまでは無関係だった新たな世界に自身を順応させながら診断結果を受け入れていく過程が明らかになった。

告知直後の心理変化は考慮されないことが多い

「あなたは乳がんです」と告知されたとき,当該女性の心には何がよぎるのか。現在,米国では女性の8人に1人が人生のいずれかの時点で乳がんになるとされているにもかかわらず,女性が乳がんを告知されてから治療や手術が開始されるまでの間に起こる一連の心理過程についてはあまり研究されていなかった。しかし,治療が開始されるまでの期間,患者は相当なストレスを感じると予想され,これらのストレスが適切に解消されないと,メンタルヘルスに影響を及ぼしかねない。

 Lally助教授は,このような状況について「診断直後,医療従事者の意識は患者の身体への影響や治療に向いており,告知が患者の自己概念に与える影響は考慮されないことが多い」と指摘している。

 そこで同助教授は今回,米国中西部の乳がんセンターでステージ0〜Uと診断された乳がん患者18例(37〜87歳)に対し,診断から6〜21日後に面接を実施。患者に乳がんの告知を受けた日のことを回想させ,そのときの経験を話してもらった。

 その結果,大半の女性が“乳がん患者”あるいは“乳がん生存者”という事実を受け入れる過程において「自己の喪失感」,つまり,信じていた自己像が脅かされる不安を感じていることが分かった。また,他人の目を気にする,がんを発症した原因を自身の行動のせいにするなどによっても自己概念が揺らいだ。

 また同助教授は,患者が乳がんを受け入れるまでには,(1)状況の確認(2)行動を起こす(3)克服 から成る3段階の順応過程をたどるとする理論を展開している。

大半の女性は変化を受け入れ

 Lally助教授によると,告知を受けた女性は基本的に,乳がんが自身と周囲の人々にどのように影響するのかという内なる葛藤を克服し,否定的な思考を抑えて気分転換を図ることで現在置かれている状況をコントロールするようになり,最終的にはがんを人生の一部として受け入れて将来を見つめるようになる。

 事実,今回の研究では多くの女性が自身の変化を受け入れ,“乳がんの告知”によって,人生と周囲の人々への感謝の心を再確認できたと述べている。また,大半の女性は前向きに受け止め,がんを克服できると考えている。

 同助教授は「乳がんの告知を受けた女性は,自分だけがそのように感じるのではないこと,告知当初の思考は決して異常ではなく,ほかの人も同じように考えていることを知るべきだ」と強調。さらに,「乳がん患者であることを理由に社会と職場で直面する不愉快な場面から自身を守るため,がんであることを受け入れ,自身の置かれた状況をコントロールする際に発せられる患者の精神的エネルギーの大きさに驚いた」と付け加えている。

 また今回の知見について,告知後1〜2週間の早い段階で乳がん患者が心にどのような葛藤を有しているかを理解し,乳がん患者に対する早期心理サポートの意義を考える際に役立つと結論付けている。

メディカルトリビューン 2011年3月31日


病室で叶えた母の最後の願い 同級生の力も借りて息子の“卒業式”実施
 もうすぐ命が尽きようとする肉親を前にして、最後の願いを叶えてあげたいと思うのは家族にとって当然の心理だろう。米フロリダ州でいま、肺がんと闘い、昏睡状態に陥っている女性がいる。家族は予め聞いていた彼女の願いを叶えるために奔走し、今年高校を卒業予定の末っ子の卒業式を、周囲の力も借りて病室で決行した。

 米放送局WJXT-TVなどによると、この女性はフロリダ州ジャクソンビルのホスピスに入院しているメアリー・ヴィレットさん。残念ながら、いま「肺がんとの闘いに負けている」(WJXT-TVより)状態に陥った彼女は、最近は家族に対する反応も見せなくなっていた。6人の子どもを産み、7人の孫を持つに至った偉大な母と、いよいよ永遠の別れが近づいて来たことを悟った家族は、予め聞いていた願望のうちの2つを叶えるべく、数か月にわたり準備を進めてきたそう。そして4月21日、身動きができないメアリーさんのもとに、親族や末っ子のブレイクくんの同級生らが集まり、母の願望を叶えるイベントが行われた。

 メアリーさんの体調を考慮して、医師が許可した時間は「45分だけ」(米放送局CBS系列WTEV-TVより)。まず最初に行われたのは、夫ローリーさんとの20年目の結婚の誓いだった。それを見守ったブレイクくんは「父も、母も嬉しそうに見えた」(WJXT-TVより)と語り、感慨深かったよう。改めて夫婦の愛を確かめ合った両親の姿を見ると、今度は2つ目の願望を叶えるべくブレイクくんが主役となり、母の病室にガウンと角帽を被った同級生たちを招き入れると、彼自身の特別な卒業式を始めた。

 ブレイクくんの卒業を見届けたいという、2つ目の願望も叶えられたメアリーさん。本来、米国の高校では夏休み前の5月頃に卒業式が行われるのが一般的だが、「遅過ぎて待てない」(WTEV-TVより)との判断により、病室での“卒業式”を行うことにしたそうだ。協力して集まった同級生たちも式の正装を着て演出し、ブレイクくんには用意した仮の卒業証書が手渡された。

 このときの状況は、姉マンディー・セクレストさんによって動画で撮影されており、ブレイクくんの卒業を同級生たちも歓声を上げて明るく元気に祝っていた様子。そんな子どもたちのパワーに触発されたのか、メアリーさんは「卒業証書があるよ」と声をかけられると、手を伸ばす反応を見せたという。これには「この3日間で母が見せた唯一の反応」と、マンディーさんも驚いたようだ。

 周囲の大きな協力もあって、メアリーさんの願いを叶えられたと、胸を撫で下ろす家族たち。ブレイクくんは、多くの同級生が集まってくれたことを「心満たされる経験」と感謝の気持ちでいっぱいだという。

ナリナリドットコム 2011年4月28日

がん患者のうつ病は過大評価 有病率は一般人口と同等
 がん患者のうつ病有病率については問題視されているものの,今なお不明な部分が多い。レスター大学(英)のAlex J. Mitchell博士らの国際研究チームは,がん患者の気分障害を検討した研究のメタ解析を実施。「がん患者のうつ病有病率はこれまで過大評価されていた可能性がある」とLancet Oncology(2011; 12: 160-174)に発表した。

生存期間にも影響するうつ病

 今回の解析結果によると,がん患者のうち,うつ病を合併している割合は約6分の1で,気分障害全体を含めても約3分の1である。しかし,がん生存者が増加する中,うつ病が未治療のまま見逃されることも少なくなく,Mitchell博士らは「うつ病だけでなく,不安障害や適応障害といった関連気分障害(related mood disorders)にも焦点を合わせた体系的なスクリーニングプログラムが必要である」としている。

 うつ病はがん患者にとって重大な合併症の1つで,非常に深刻な影響を及ぼす。うつ病により,治療に対するコンプライアンスが低下し,入院期間も延長する。また生存期間にも影響を及ぼす。これについての研究はこれまで相当数行われているものの,がん患者におけるうつ病や他の精神疾患の正確な有病率は不明であった。

 そこで同博士らは今回,さまざまな病院環境で,がん患者のうつ病,適応障害,不安障害などの有病率を検討するためにメタ解析を実施した。がんや白血病などの専門治療施設(早期がん患者以外にも,さまざまな病期の患者が含まれる)で実施された24試験(計4,007例)と緩和ケア施設(晩期や進行がん患者が含まれる)で実施された70試験(計1万71例)を抽出。これらの試験はいずれも,訓練を受けた研究者や医療従事者が面談によりうつ病診断を行った質の高い試験である。ただし,ほとんどは患者ががんと診断されてから約5年以内のデータであった。

うつ病以外の気分障害にも注意

 解析の結果,がんや白血病などの専門治療施設で行われた24試験では,うつ病,軽度うつ病,適応障害,不安障害の有病率は,それぞれ14.3%,9.6%,9.8%,15.5%であった。緩和ケアの施設で行われた70試験では,それぞれ14.9%,19.2%,19.4%,10.3%であった。

 またこれらの障害を併発することも多く,前者の試験では軽度うつ病も含めたうつ病全体,うつおよび適応障害,不安障害も含めた気分障害全体の有病率はそれぞれ24.6%,24.7%,29%。後者の試験ではそれぞれ20.7%,31.6%,38.2%であった。

 Mitchell博士は「これらの数値はあまり高くないが,決して軽視はできない。がん全体の有病率が上昇し,生存率も高まっていることから,大うつ病とがんの合併例は英国で34万人,米国では200万人と推計される(がん有病率×うつ病の有病率で計算)」と強調。また,「今回の研究では,緩和ケア施設とそれ以外の病院で,うつ病有病率あるいは不安障害有病率に有意差は認められなかった。このことから,治療施設や病期の違いはそれほど影響しないことが示唆された」と付け加えている。さらに,年齢や性などうつ病の危険因子を調整しても,大きな変化は見られなかった。

 同博士らは「医師が直接面談した質の高い試験を解析した結果,がん病院などにおけるうつ病のみの有病率は,これまで考えられていたほど高くなく,6人に1人程度であることが示された。この数値は,プライマリケアにおける割合と同等である」とした上で,「うつ病以外の気分障害も併発している例を含めると有病率は30〜40%であった。このことから医師は,うつ病だけに限らず不安障害,適応障害などの気分障害についても注意を払う必要がある」と結論付けている。

メディカルトリビューン 2011年7月7日

終末期患者に“dignity therapy”は有効
初のランダム化比較試験で明らかに
 マニトバ大学(カナダ)のHarvey Max Chochinov教授らは「患者の尊厳を重視した新しい精神療法である“dignity therapy”(あなたの大切なものを大切な人に伝えるプログラム)は,標準的な緩和療法や患者中心の療法(client-centered care)と比べ,終末期患者のQOL改善と尊厳維持,さらに家族の負担軽減の点で有意に優れていた」とのランダム化比較試験(RCT)の結果をLancet Oncology(2011; 12: 753-762)に発表した。今回の結果は,この療法がすべての終末期患者に幅広く提供されるべきことを示唆している。

QOLなどさまざまな主観的項目で効果

 終末期患者のケアは,身体的負担軽減の面で近年大きく進歩した。しかし,患者の情緒的,社会的,精神的ニーズに応えるための介入手段はほとんど開発されておらず,未解決のままである。

 Chochinov教授が独自に開発した個別化精神療法であるdignity therapyは,患者が最も知ってもらいたい,または忘れないでほしいと思うことについて,文書に書き留めたり,人に伝えることにより患者の苦痛を軽減し,終末期の人生を豊かにすることを目的としている。以前に行われた第T相試験では,ほぼすべての患者に有効であることが示唆されていた。

 同教授らは今回,実際にdignity therapyが患者の精神的苦痛を軽減し,終末期の人生を豊かにするか否かを検討するため,この療法に関する初めてのRCTを実施。カナダ,米国,オーストラリアの病院または地域施設(ホスピスまたは自宅)で緩和ケアを受けていた18歳以上の終末期患者326例を,dignity therapy(108例),患者中心療法(107例),標準緩和ケア(111例)のいずれかにランダムに割り付けた。試験開始時と終了時に,精神的豊かさ,尊厳,うつ状態,QOLを測定する各尺度のスコアを調査。また試験終了後,患者の終末期経験について自記式調査票を用いて調査した。

 試験の結果,dignity therapy群では(1)治療は有効だった(2)(治療によって)QOLが改善した(3)尊厳が保たれている感覚が増大した(4)家族の自分への見方や尊重の仕方が変化した(5)家族にも恩恵があった?と報告した患者の割合が,他の2群よりも有意に高かった。

 Dignity therapyはまた,精神的豊かさ向上の面で患者中心の療法より有意に優れ,悲しみとうつ状態の軽減で緩和療法より有意に優れていることが分かった。しかし,苦痛のレベルに関しては有意な群間差は認められなかった。

 同教授らは「dignity therapyがうつや自殺願望といった明白な苦痛を軽減できるか否かについては依然検討の余地があるが,自己報告による終末期経験で効果が認められたことから,この療法を終末期患者を対象に臨床で実施することは有益と考えられる」と結論付けている。

メディカルトリビューン 2011年8月11日

医療現場でもユーモア「死が近くても」「医者と患者の壁崩す」
 〈がん細胞 正月ぐらいは 寝て暮らせ〉

 大阪市東淀川区の淀川キリスト教病院。末期がんの50代男性が亡くなる10日前に詠んだ川柳だ。延命治療ではなく、身体的な苦痛を取り、残りの日々を少しでも充実して過ごすホスピス。沈みがちな気持ちをユーモアで切り返そうとする思いが伝わってくる。

 同病院名誉ホスピス長の柏木哲夫さん(72)は、昭和59年に日本で2番目のホスピス病棟を立ち上げ、これまで2500人以上の命を看取ってきた。「死が近い、ということを自覚して生きるのは、確かに笑いとはかけ離れた状況です。でも、必ず笑うことができる。笑いは人間の本質だと思います」と確信する。

              ×  ×  ×

 入院生活の中で、患者たちが楽しみにしている入浴後の会話。

 柏木「“海外旅行”はどうでしたか?」

 患者「やっぱりニューヨーク(入浴)はいいですねえ」

 柏木「時差ぼけ(体調)は?」

 患者「少し頭がフラフラしますが、2、3日経てば大丈夫」

 症状が落ち着いた患者が一時退院する際は、「大丈夫。太鼓判押せますよ」と言って、「太鼓判」の文字を彫った大きな特製判子をドカンと患者の身体に押す。放射線治療を頑張った患者さんには、「表彰状」を贈呈する。

 あるとき、食道がんの中年女性が、食道の狭窄(きょうさく)で物が食べられなくなった。深刻な状況下で柏木さんは「固形物食べたいよね。トロぐらいだったらトロトロっと入るかもしれないね」。それを受けて女性は「私もトロトロ寝てないで、トロにでも挑戦しようかしら?」。看病で側にいた夫もすかさず「トロい亭主ですが、トロぐらいなら買いに行けますよ」。すると、本当に2切れのトロの刺身がトロトロと食べられたという。

 見事な連携プレーに「オチ」までつく。医者も患者も夫も全員、大阪人。大阪のホスピスならではの光景かもしれない。

 しかし、それは単なるダジャレのやりとりではない。互いを深く思いやる心があるからこそ、まごころが通じ合い、ユーモアがユーモアを生む。そして「生きる力」が生まれる。

               ×  ×  ×

 医療現場で笑うことは不謹慎だ、という声があるかもしれない。しかし思想家、内田樹さんは、病院というどこか緊張感のある空間では、その場を温めたりなごませたりする効果がある、と指摘する。「まず始めに笑いがあると、不思議とお互いの呼吸が合ってくる。それはコミュニケーションの前段階」という。

 笑うことで縮まる相手との距離。息を合わせることは、あまり親しくない者同士が周波数を合わせるチューニングのようなものなのだろう。「笑いの効用で相手に対する感度が上がると、言葉に表れる以上の真意が伝わるのではないか」と内田さんはいう。

 柏木さんは「医者と患者という立場の壁を崩すためにも笑いは必要」と強調する。治療する医師と、治療される患者の間には、上下関係が生じやすい。だが「笑うことで距離がぐっと縮まり、信頼関係が生まれる。最期の場だからこそ、対等の立場のコミュニケーションは大切」。

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 厳しい現実や困難な局面に立たされても、人はなぜ笑うことができるのか。

 「死を目前にした究極的な状況で笑えるということは、裏を返せば、現実を受け入れ、自分で困難を背負えるという心構えができているということでしょう。それは人間としての成熟度にもつながっているのでは」と内田さん。

 看取る側、看取られる側、お互いのつらさをちょっとだけ横に置き、思いやりやまごころをやりとりする。柏木さんは「『〜にもかかわらず笑う』とき、笑いの持つ本来の力が、最大限に発揮されるのではないでしょうか」。

MSNJapan産経ニュース 2011年8月15日

患者側から見た理想的なお見舞いの作法
 お見舞いの際、どんな品物が患者に喜ばれるか-。がんなどで入退院を繰り返した岐阜市の加藤理恵子(かとう・りえこ)さん(42)が、見舞品の紹介・販売や病室訪問マナーの情報を発信するインターネットサイトを開設した。患者側から見た理想的なお見舞いの作法を掲載。「患者と気持ちがつながる助けができればうれしい」と話している。

 加藤さんは子どものころ、舌がんと悪性リンパ腫を発症。結婚と出産の後には卵巣腫瘍(しゅよう)も摘出し、がん治療の影響で抜けた歯の手術も受けた。今は緑内障を抱え、入院は計12回に及ぶ。

 病状が落ち着き、会社勤めをしていた30代半ばに「生きる理由や目的があるのか」と疑問を覚え「入院経験を生かして自分にしかできないことをしたい」と昨年、まずはブログを開設。自分やほかの入院患者がお見舞いで一喜一憂する姿が思い浮かんだという。

 今年8月にはサイト内にネットショップを開店。ベッドに寝転んで本を読むための枕や車いす専用の座布団...。患者の立場から厳選、特注した商品を並べている。

「義務的なお見舞いは、患者にはすぐ分かる」と話す。理想は「患者が一瞬でも笑顔になるお見舞い」で、そのためには相手の病や気持ちを考えることが大事だという。

 ブログコーナーでは「大腸がんは入院後2週間ぐらいがお見舞いのタイミング。(見舞品は)食べ物以外を」と、病気や患者の特徴ごとにお見舞いの作法を解説する。

 がん発症の不安が残り、定期健診が欠かせない加藤さん。自らを「お見舞いコンシェルジュ」と名付け、患者の笑顔につながる提案を続けている。

 サイトのアドレスはhttp://cocoro-sakura.jp/ 

m3.com 2011年10月21日

臨終間近の患者の願い…ひとめ会いたい相手とは?
 死を目前にした患者の多くが最期に願うことは、「愛するペットにひとめ会うこと」という。「デイリー・テレグラフ」紙が報じた。

 患者の終末期ケアを行うホスピスを支援する慈善団体「ヘルプ・ザ・ホスピス」が、ホスピス職員を対象に行った聞き取り調査によると、死が間近に迫った患者から「ペットに会わせて欲しい」と頼まれたことがある職員は、全体の60%に上ったという。

 他に多かった『願いごと』は、「結婚式やデートなどロマンチックな機会をお膳立てして欲しい」(57%)、「お祝いやパーティーをやってほしい」(50%)など。

「ヘルプ・ザ・ホスピス」のへザー・リチャードソンさんは、「人生の最期を目前に控えたとき、小さなことで、大きな違いが生まれるもの。例えば、友人と飲んだり、家族の誕生日会に出席したり、愛するペットに会ったりする人もいる。その一方で、あこがれの地に旅したり、愛する人と結婚したりと、なにか達成感のある大きなことを求める人もいる」と話している。

ジャーニーOnline 2011年10月31日

がん患者の5%にうつ病が合併,ニーズ高まる精神腫瘍学の役割
国立がん研究センター精神腫瘍科・清水研氏に聞く
 がんという重大なライフイベントが与える精神的衝撃は甚大であり,うつ病などの精神症状を呈するがん患者は少なくないという。日本のあるデータによると,がん患者の約5%がうつ病と診断され,適応障害を含めると約20%が精神的問題を抱えているとされる。

 そのような背景から,がん患者やその家族に対する精神医学的アプローチを専門とする精神腫瘍科のニーズが高まっている。国立がん研究センターでは 1992年に精神科(2008年に精神腫瘍科に名称変更)を設置,がん患者とその家族への精神医療や緩和ケアに取り組んでいる。同センター精神腫瘍科副科 長の清水研氏に,精神腫瘍学の現状と課題,精神疾患に罹患したがん患者への薬物治療で注意すべき点や効果的な精神療法などを聞いた。

一般の精神疾患とは異なるがん患者特有の苦しみをケア
――精神腫瘍学とは。


 米国で1970年代に発祥した,がんと精神を専門とする学問である。英語ではpsycho-oncologyという造語で呼ばれている。米国では当時,がん告知が一般化しており,告知後のメンタルヘルスケアに対する臨床現場での需要が高まったことが背景にあったようだ。

 1986年に国際サイコオンコロジー学会(IPOS)が創設され,同年に日本支部として日本臨床精神腫瘍学会(JPOS)が設置された。日本サイコオン コロジー学会の前身である。一方,がん医療を専門とする当院においては,1992年に精神科の標榜を掲げた。ところが,一般の精神科を受診してもがんの苦 しみを理解してもらえないと訴える患者が「精神腫瘍科」の標榜を探して来院するようになり,当院でも2008年に精神腫瘍科に標榜を改めた。

 精神腫瘍学の主な研究領域は,がんを罹患したときのストレスが与える精神的問題と,精神状態ががんの病態や進行に与える問題である。その他,患者本人以外を対象とした患者家族に対するストレスケアや,がん医療者の精神的問題まで取り扱っている。

がん患者は身体的・社会的・心理的要因によりうつ病を発症する
――精神腫瘍科の役割とは。


 現在,わが国では毎年およそ50万人ががんに罹患している。がん患者の約5%にうつ病が合併し,軽症のうつ状態である適応障害まで含めると約20%が精 神的問題を抱えているというデータがあり,精神症状を有するがん患者は約10万人に達するといわれている。精神腫瘍科では,このような精神的問題を抱える がん患者への治療介入を行っている。

 がん患者のうつ病に関しては,がんに罹患する以前にうつ病を経験するケースもあるが,がんという重大なライフイベントにより,それまでは精神的な適応に問題がなかったにもかかわらず,初めてうつ病を発症するケースが多く認められる。

 がんに伴うストレスといってもさまざまだ。具体的には,まず,がんによる痛みや化学療法などによる体のだるさなどの身体的要因。次に,がんを罹患したこ とで仕事ができなくなったり,治療費や生活費などの経済的な苦しみを抱えたりする社会的要因。さらに,余命宣告を受けたり,子どもや配偶者など大切な人と の別れを覚悟したりすることによる心理的要因の3つがある。

 こうした人たちに対して精神医学的立場から医療を提供することが大きな役割である。当院の精神腫瘍科には現在,医師5人(常勤2人,他部門との併任1 人,非常勤2人),臨床心理士3人(常勤1人,非常勤2人)がおり,入院中の約600人のがん患者のうち40〜50人程度の診療に当たっている。加えて, 毎日15〜20人の外来患者にも対応している。

効果よりも副作用に配慮したがん患者のうつ病薬物療法
――精神腫瘍科における治療の実際は。


 うつ病の発症はがん罹患が密接にかかわっている。そのため,先述した通り,多職種連携が重要になってくる。例えば,がん患者の苦しみが身体的な痛みに由 来するものと判断した場合,痛みの治療を専門とする診療科と連携して行う必要があるだろう。あるいは,社会的な問題によるものなら,ソーシャルワーカーと の連携が望ましいだろう。当院では患者のために医療者が連携を図るという理念を共有しており,精神腫瘍科側からも他科や他の職種へうまく意思伝達をする工 夫をしている。それぞれの専門性を生かした医療連携が求められているのではないだろうか。

 薬物療法に関して,実際の治療における一般のうつ病患者との大きな違いは,効果よりも副作用に対して慎重さが求められる点だ。例えば,既に化学療法で吐 き気に苦しんでいる患者に対し,副作用として吐き気が認められている選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)を処方することは避けるべきだ。

 また,抗がん薬と抗うつ薬との相互作用にも配慮が必要だ。一般のうつ病患者と同様に,抗うつ薬は有効ではあるが,急いで効果を出そうと性急に使用するのではなく,副作用に対して慎重な薬剤選択や投与方法が必要である。

 一方,精神療法としては,やはり最も基本的な支持的精神療法(SPT)を用いることが一般的である。SPTは,医療者が患者の悩みや不安によく耳を傾 け,共感や理解を示して患者を支持する技法だ。その他,構造化された問題解決療法(PST)があり,当院でも導入している。例えば,乳がんの再発に対する 不安にとらわれているうつ病患者に対して,家事など何かに没頭する時間を作るように促したりする。

がん患者のうつ病見過ごしや医師不足の解消に向け取り組み進む
――精神腫瘍科における課題と取り組みについて。


 当院での精神腫瘍科診療では,安定状態にある患者なら数分で診察可能であるが,場合によっては30分〜1時間ほどを要することもある。一般の精神科診療 と比べカウンセリングにより重点を置くことが精神腫瘍科の特徴の1つだ。だが,精神腫瘍科の医師だけで診療に当たるには医師の数に限界がある。

 圧倒的な医師不足の解消に向けて,日本サイコオンコロジー学会では臨床経験の一定基準を満たした医師を認定する登録精神腫瘍医制度を昨年(2010年) から設けている。まだ制度が始まって日が浅く,まだ9人の登録医数にとどまっている。認定基準を満たしていても未登録の医師も多く,今後,登録する医師の 数は増えるだろう。また,同学会では現在,検討委員会を設置して専門医制度の導入を検討している。精神腫瘍科を専門として活動する精神科医はまだ数十人と 少ないため,精神腫瘍科の意義や役割,ニーズの高さを理解して,今後はより多くの精神科領域の医師に参加してほしいと願っている。

 現状でわれわれが取り組める打開策の1つとして,臨床心理士のほか,看護師など多職種との連携が挙げられる。われわれが行った厚生労働科学研究の結果, がん患者における「包括的精神症状スクリーニング介入プログラム」が有用であることが明らかになった(Psychooncology 2010; 19: 718-725)。

 先述したがん患者の5%がうつ病であるという現状についてだが,実は見過ごされているケースも多い。そこで,看護師と連携し,がん患者に対する精神症状 のスクリーニング介入を実施することが重要である。既に当院では実践しているが,全国のがん診療連携拠点病院での普及を目指し,現在はそのプログラムの精 度をより高めるための介入研究も行っている。

 また,当院では別の研究グループが行っている医師向けプログラムに関する研究がある。主治医がどのようにがん告知を行うと患者の精神的ショックを少しで も和らげることができるかという観点に立ち,主治医向けの教育プログラム,コミュニケーション・スキル・プログラム(CST)の構築を目指している。既に 2007年から年5〜6回,コミュニケーション技術研修会と題して研修会が実施されている。

メディカルトリビューン 2011年12月12日

ナースが聞いた「死ぬ前に語られる後悔」トップ5
 もし今日が人生最後の日だったら、あなたは後悔を口にしますか。それはどのようなものですか。

 人生最後の時を過ごす患者たちの緩和ケアに数年携わった、オーストラリアの Bronnie Ware さん。彼女によると、死の間際に人間はしっかり人生を振り返るのだそうです。また、患者たちが語る後悔には同じものがとても多いということですが、特に死 を間近に控えた人々が口にした後悔の中で多かったものトップ5は以下のようになるそうです。
 
1. 「自分自身に忠実に生きれば良かった」
 「他人に望まれるように」ではなく、「自分らしく生きれば良かった」という後悔。Ware さんによると、これがもっとも多いそうです。人生の終わりに、達成できなかった夢がたくさんあったことに患者たちは気づくのだそう。ああしておけばよかった、という気持ちを抱えたまま世を去らなければならないことに、人は強く無念を感じるようです。
 
2. 「あんなに一生懸命働かなくても良かった」
 男性の多くがこの後悔をするとのこと。仕事に時間を費やしすぎず、もっと家族と一緒に過ごせば良かった、と感じるのだそうです。

3. 「もっと自分の気持ちを表す勇気を持てば良かった」
 世間でうまくやっていくために感情を殺していた結果、可もなく不可もない存在で終わってしまった、という無念が最後に訪れるようです。
 
4. 「友人関係を続けていれば良かった」
 人生最後の数週間に、人は友人の本当のありがたさに気がつくのだそうです。そして、連絡が途絶えてしまったかつての友達に想いを馳せるのだとか。もっと友達との関係を大切にしておくべきだった、という後悔を覚えるようです。
 
5. 「自分をもっと幸せにしてあげればよかった」
 「幸福は自分で選ぶもの」だと気づいていない人がとても多い、と Ware さんは指摘します。旧習やパターンに絡めとられた人生を「快適」と思ってしまったこと。変化を無意識に恐れ「選択」を避けていた人生に気づき、悔いを抱え たまま世を去っていく人が多いようです。
 
 以上、どれも重く響く内容でした。これを読んで、あなたは明日からどう過ごしますか。

Pouch[ポーチ] 2012年2月5日

よりよく生きるために 死を見つめることの大切さ 広がる知の体系「死生学」
 よりよく生きるために死を見つめ、自分なりの死生観を形成して最期に臨む。その支えとなる新しい知の体系「死生学」が広がりをみせている。

 「家族に知らせていない負債はありませんか?」。聴衆の笑い声が何度もはじけた。マイクを握るのは、アルフォンス・デーケン上智大名誉教授。都内で開かれた「東京・生と死を考える会」公開セミナーでの講演だ。

 死別とグリーフ(悲嘆)ケアがテーマだが、ユーモラスな語りを盛り込みつつ、死別体験者に接する際に配慮すべき点、配偶者を失う時の備えについて話を進めた。

 1932年ドイツ生まれ。59年に来日、上智大で「死の哲学」を長年講じ、一般の人々にも「死への準備教育」の大切さを説いてきた。死をタブー視する風潮が強い日本で「死生学」を切り開いてきた草分け的存在だ。

 死生学。デーケン名誉教授は「死に関わりのあるテーマに対して学際的に取り組む学問」と定義付ける。医学や哲学、心理学などさまざまな学問を用い、死と向き合う知の体系。ホスピス運動と深い関わりを持ち、日本では70年代から死生学という言葉が用いられるようになった。

▽死生観

 死生学推進役の一人、島薗進(しまぞの・すすむ)東大教授によると、この新しい学問名に通じる「死生観」という言葉が"発明"されたのは日露戦争前後。 この言葉に託して死に思いをはせ、最期に関する考えをまとめておこうとする思想や文学が一つの作品群を形成しているという。こうした伝統の中、日本におけ る死生学は、生命倫理や葬儀、慰霊などの研究とも結び付きながら幅広い領域を構成してきたと島薗教授は話す。

「『日本人の死生観って何だろう』との問いは『日本人って何』につながり、自らの文化を問い直す良い切り口になる」

 市民の関心も高い。シンポジウムなどの反響の多さに驚かされるという。背景に、医療が生活にかかわる範囲の拡大、高齢社会の進行がある。医療現場からの ニーズも高く、哲学や宗教学などの学問的蓄積を反映した「人文的な知の厚み」の必要性を痛感している、と島薗教授は話した。

▽いのちへの関心

 死生学は死と向き合う学問だが、必要としているのは必ずしもシニア世代だけではない。関西学院大人間福祉学部の藤井美和(ふじい・みわ)教授が死生学の 授業を始めたのは、99年秋。最初の授業で、学生が教室の外にあふれているのに驚いた。「学生時代は何のために生きるのかを考える時期。いのちや死に関心 がある」

 がんにかかった学生が亡くなる過程を日記形式で追体験し、大切なものを一つずつ手放す「死の疑似体験」など、生死を見据える授業で注目を集めてきた。同大の死生学・スピリチュアリティ研究センター長も務める。

 自身、死に直面した経験がある。新聞社で充実した毎日を過ごしたが、突然全身がまひする病気に。一命はとりとめたものの、全く動けない日々。同室の患者が安楽死を懇願しながら亡くなる姿を見て思った。「死んでいく人々のために何かできないものか」

 半年の入院、2年半のリハビリを経て大学に学士入学し、社会福祉を専攻。が、「死」の科目がない。最終的に米国で学んで博士号を取得した。

 死生学への関心が高まる中、体を気遣いながらも旺盛な活動を展開する。熱心なクリスチャンであり、そのぶれない生き方の核には信仰がある。

 「死を含め、生きることを考えるのが死生学」と藤井教授。「生死の問題は小手先では無理。人間に関心を持ち、若いうちから『いのち』について考えてほしい」

m3.com 2012年3月23日

死亡前、鬼籍の親・仏ら「お迎え」…4割が体験
 自宅でみとられた患者の約4割が、亡くなる前、すでにいない親の姿を見たと語るなど、いわゆる「お迎え」体験を持ち、それが穏やかなみとりにつながっているとの調査研究を、宮城県などで在宅医療を行っている医師らのグループがまとめた。

 在宅診療を行う医師や大学研究者らが2011年、宮城県5か所と福島県1か所の診療所による訪問診療などで家族をみとった遺族1191人にアンケートした。

 「患者が、他人には見えない人の存在や風景について語った。あるいは、見えている、聞こえている、感じているようだった」かを尋ねた。回答者541人のうち、226人(42%)が「経験した」と答えた。

 患者が見聞きしたと語った内容は、親など「すでに死去していた人物」(51%)が最も多かった。その場にいないはずの人や仏、光などの答えもあった。

 「お迎え」を体験した後、患者は死に対する不安が和らぐように見える場合が多く、本人にとって「良かった」との肯定的評価が47%と、否定的評価19%を上回った。

 調査は、文部科学省の研究助成金を得て実施。「お迎え」体験は経験的にはよく語られるが、学術的な報告はきわめて珍しい。

 研究メンバーである在宅医療の専門医、岡部健・東北大医学部臨床教授は「『お迎え』体験を語り合える家族は、穏やかなみとりができる。たとえ幻覚や妄想であっても、本人と家族が死を受け入れる一つの現象として評価するべきだ」と話している。

m3.com 2012年6月21日

【座談会】がん患者さんの“働きたい”思いをかなえる就労支援とは
高橋 都氏(獨協医科大学准教授・公衆衛生学)=司会
近藤 明美氏(特定社会保険労務士・近藤社会保険労務士事務所代表/一般社団法人CSRプロジェクト理事)
金 容壱氏(聖隷浜松病院化学療法科・緩和ケアチーム)
和田 耕治氏(北里大学医学部准教授・公衆衛生学)


 5年生存率が平均54%まで上がり,長く付き合う病気へと姿を変えつつあるがん。16−65歳までの働く世代では,毎年新たに約22万人の患者が生まれ ている。本年6月に決定された,第二期のがん対策推進基本計画にも就労支援の必要性が明記されるなど,がん治療と働くこととの両立が課題となるなか,医療 者の立場からはどのようなサポートができるのだろうか。本座談会では,がんの当事者が自分らしく働き続けるための,支援の在り方について考察する。

「働くこと」の意義とは?

高橋 まず「働くこと」が,がん患者の方にとって,あるいはがんの治療の上でどのような位置付けにあるのか,がん体験者である近藤さんからお話しいただけますか。

近藤 私にとって働くことは,“生活の糧”でもありますが,何より“生きること そのものの糧”という意味合いが強いです。それだけに,積み重ねてきた自己実現の過程ががんによってリセットされ,生きる糧を失ってしまうことに強い抵抗 感があります。がんを人生のイベントの一つととらえ,その前もその後も同じように働き続けたいと考えるのは,がん患者にとってごく自然なことだと思いま す。

 働くことで社会における役割を見いだしていた方が,ある日がんという病名がついたことでその役割を奪われる。それはまさに,アイデンティティが引きはがされるような苦痛ですし,その苦痛は,心身に大きな影響を与えます。

 がんサバイバーのなかで,就業している方のほうがQOLがよい傾向にあるという研究結果も北米やアジアで報告されています。働くことが治療にプラスの影響を与える点にも,注目すべきだと思います。

和田 お二人のお話の通り,がん患者さんにとって「働くこと」は,生活や治療の 費用を確保するためにも,“ライフ”を充実させるためにも重要な要素です。ですから医療従事者は,治療しながら働きたい患者さんがいることを認識し,その 中で仕事の継続に困難を感じている方を特定する必要があります。全体から見ると少人数かもしれませんが,抱えている困難の内実は千差万別で,根深い問題が 潜んでいる場合もあると考えられます。

治療やその副作用により就労継続が困難に

高橋 それでは具体的に,がんの治療と仕事との両立の難しさは,どういった点にあると考えられますか。

近藤 まず,手術が治療の第一選択肢に挙がることが多く,そのための検査や入院で,必ず仕事が中断されます。また,化学療法のための通院が長期間続き,スケジュール調整が難しくなることもあると思います。

高橋 2年前から始まった,厚労科研「がんと就労」(図)の研究班によるネット調査でも,手術日の急な決定,化学療法の予定変更など治療計画が予測しにくく,仕事に影響するという声が多くありました。

 あとは,やはり化学療法の副作用の問題です。副作用の程度には個人差があるため,その不確定さゆえの悩みもあるようです。心身に現れる倦怠感や集中力の 低下,消化器症状,抑うつなどさまざまな副作用の症状により,思うように仕事ができずにつらさを感じている方は,たくさんおられます。

 副作用については大まかな想定は可能ですが,専門医でも詳細な予測はできな いというのが実情です。ただ,化学療法の最初の1コースを経験することによって,2コース目以降のだいたいの感覚がつかめてきます。ですから患者さんには 「1コース目の間だけは何とかお休みをもらうか,すぐ早退できるような態勢を整えて,どんな副作用があるか,様子を見てほしい」とお話ししています。

疾患イメージや,職場環境からくる“働きにくさ”も

近藤 がんという疾患に対して社会が持つイメージも,就労に影響していると思います。私自身も以前はそうでしたが,がんと聞くととっさに“死”を連想してしまう。当然「仕事のことなんて気にしている場合じゃないよね」と考える方もいると思います。

 『隠喩としての病い』(スーザン・ソンタグ,みすず書房)では“かつては結 核が死の病だったが,結核が克服されてからは,がんがそのイメージに取って代わった”と記されています。これだけ生存率が上がった今でも,必要以上に悲観 的なイメージががんという病名に被せられて,いまだに一人歩きしている感はありますね。

高橋 そういうイメージをどう打破して周囲に理解を得ていくか,その過程で悩まれる方も多いです。

和田 職場で理解と配慮を得るためには,病気の話を「どこまで」「誰に」してよ いか,患者さん自身が見極める作業を要します。特に働き盛りの40歳未満に多い女性の乳がんや子宮がんに関しては,男性上司に説明しにくいなどジェンダー の問題も絡み,事態が複雑化する可能性もあります。

 最近では,企業の効率化を目的とした人員削減や非正規雇用者の増加などにより,職場で互いに助け合うという文化が失われつつあります。特に中小規模の企 業は人的余裕に乏しく,体調不良などで戦力になれない人にとっては,必ずしも居心地のよい環境ではない。そうした状況が,患者さん本人の葛藤も生み,結果 として辞めざるを得なくなるケースも少なくないようです。

まずは,就労について話しやすい雰囲気を作る

 以前,患者さんの勤め先の産業医/看護師から連絡をいただいたことがきっか けで,仕事と治療の調整がスムーズに進み「ここまで動いてくれるんだ!」と感銘を受けた経験があります。そうすると,ほかの患者さんのケースでもいろいろ お願いしてみたいという気になり「職場に産業医の方はおられますか」とつい聞いてしまうのですが,空振りが多いのです(笑)。

和田 産業医の選任義務がある50人以上の職場は,日本の総事業所数のわずか 3%,労働者数でみても4割弱です。さらにこれらの企業でも,産業医の訪問回数が月1回であったり,あるいは定期訪問さえない場合もあります。常勤の産業 医へのアクセスが確保されている企業労働者は,全体の数%程度でしょう。

 こうした実情がありますから,主治医の先生には,少しでも産業医的な視点を持って患者さんの就労にかかわっていただけたらと思うのです。「職場の上司と どんな話をしているか」「重量物の運搬・出張・長時間労働への配慮が必要か」といった話題を出すことが,きっかけ作りになります。

 患者さんは,病院で就労の相談ができるとは考えてもいませんし,まずは医療者が気を配って,就労について話しやすい雰囲気を作ることからですね。

高橋 支援に当たっては,「がんと就労」研究の一環で作成した「実例に学ぶ がん患者の就労支援に役立つ5つのポイント」(表1)を参考に,できることから順に試みていただけたらと思います。


表1 実例に学ぶ がん患者の就労支援に役立つ5つのポイント(一部抜粋,改変)

(1)患者さんの仕事に関する情報を十分に集める
*集める情報の例:職種,業務内容(肉体的な負担の有無),勤務形態,通勤形態,職場環境,休める期間
*診療時間内だけでは情報収集が難しい場合は,問診票や看護師との面談の時間も活用

(2)医療職が幅広くサポートする
*MSWや医事課にもかかわりを求める。心理的な問題はサイコオンコロジストにも協力を依頼
*看護外来を作り,がん看護専門看護師や認定看護師が対応
*患者会など外部サポート団体を医療機関として支援

(3)患者さんの希望に応じて受診や治療ができるように配慮する
*外来での放射線治療は,その後に出勤できるよう午前中の早い時間に実施。抗がん剤治療は,副作用の強い日が週末に当たるように工夫
*放射線療法が実施可能な病院のリストを作成し,患者さんの勤務先の近くなど,都合に合わせ選択可能にする
*治療を標準化することで,患者さんが主治医の外来日に来院できなくても対応可能に
*待ち時間を軽減するため,診療日と別の日に採血するなどの検査機会の提供
*長期の抗がん剤投与を開業医の管理下で実施できるよう,地域の開業医や訪問看護師と意見交換できる研究会などを立ち上げ

(4)治療の仕事への影響について十分に説明する
*抗がん剤治療中などには,急な入院もあり得ることをあらかじめ伝える
*起こり得る副作用や避けるべき業務(重量物運搬や時間外労働等)を具体的に説明
*仕事の継続をためらう患者さんには,さまざまな工夫で継続できることを積極的に伝える
*インフルエンザワクチン接種など,感染症対策は積極的に勧める

(5)スムーズに職場に復帰できる工夫や,職場の理解を得るためのアドバイスをする
*手術などにより休職した場合の復職する日は木曜日にする(2 日勤務すれば休めるため)など徐々に仕事に戻れるよう工夫
*患者さんの要望に応じ,仕事上の配慮を受けやすいよう病状の見通しなどを記した詳しい診断書を発行。上司にどう理解を得るか,MSWなどが相談に乗る
*会社の理解が得られにくい場合,患者さんの要望があれば上司等に来院してもらい,直接病状を説明

※「がんと就労」HP内に全文掲載


和田 治療と就労の両立の支援に熱心な外科医や腫瘍内科医にインタビューを行ってまとめたものですが,多忙な中でも取り組んでいただけるような“好事例”を集めたつもりです。

 私自身,「5つのポイント」を参考に,患者さんに問いかけをしています。すると「こういう症状があった場合,どうしたらいいですか」などと,具体的な相談ができ,より進んだ対応につながることが多いです。

「役割分担」が生み出す柔軟な治療体制

高橋 日本臨床腫瘍学会と日本がん治療認定医機構の先生方のご協力を得て実施さ れた調査では「治療スケジュールを患者さんの仕事の都合に配慮して決められるか」という設問に対し,放射線については28%,化学療法については42%が 「決められると思う/まあ思う」と答えています。この数値にはよい意味で少々驚きましたが,金先生の実感としてはいかがですか。

 化学療法も放射線治療も,基本的に医師の診察が毎回必要ですから,勤務体制 など病院運営上の限界もあります。しかし診療科ごとに役割を分担して,専門性を高めるほど,融通は利きやすくなると思います。私自身,薬物療法は一任され ている一方,病棟は外科の医師も共同で診てくれており,外来中に急変で呼ばれることはありません。ルーチンの検査業務もあまり入っておらず,比較的まと まった時間が取れるので,患者さんと仕事の話もできるわけです。

高橋 例えば週に3−4日外来が開いていれば,患者さんも都合のいい曜日を選択しやすくなります。それも,各科の医師がおのおのの役割に専念できる環境が整っていれば,実現しやすいということですか。

 そうですね。そのためには,私たち腫瘍内科医も,病院の中で役割を自ら作り 出すくらいの気概を持って治療計画に介入していく必要があります。一方で臓器別専門科の先生方にも「腫瘍内科に任せてもいいんだ」という認識をぜひ持って いただきたい。最近では早期からの緩和ケアの気運も高まっていますから,チーム医療の観点から,就労の問題へのコンサルトを「社会的苦痛へのアプローチ」 という意図で緩和ケアチームにお願いするというのも,一つの方向性ではないかと感じているところです。

和田 「5つのポイント」作成の過程であらためて認識したのは,医師は病院の中 で提案しやすい立場にあるということです。「仕事と治療の両立を支援する」ことを方針として表明していただき,その上で看護師やMSWなどメディカルス タッフも含め,どんな支援や役割を担えるか検討する。それだけで,状況はずいぶん変わるのではないかという感触を得ています。

 まずは現場の責任者が意識を変えて,役割分担とチーム医療を若手にも促していく。現場が変わることで,病院全体にも柔軟性が生まれ,結果として,働き続ける患者さんにより資するシステムができるかもしれない,と思っています。

高橋 患者さんの一番近くでかかわり続ける主治医の方々には,彼らの生き方の希 望をできる限り聞いていただきたい,というのが私の願いです。「再発して,あと半年だから就労は考えなくていいよね」ではなく,ご本人に「働きたい」とい う思いがあるのなら,最強のサポーターとして,それをかなえる支援をお願いしたいのです。

 今後も研究班として「就労の問題に悩む患者さんが,こんな工夫で働きやすくなった」好事例を草の根的に収集し,臨床現場の方々と共有していきたいと考えています。

相談できる場の充実とそこにつながるルートの整備

高橋 ここ数年で,がんと就労への関心も少しずつ高まり,患者さんが活用できるツールも既にいくつか生まれています。今回近藤さんに,表にまとめていただきました(表2)。


表2 医療費支援・就労支援ツール

◆書籍
『がんと一緒に働こう――必携CSRハンドブック』(CSRプロジェクト,合同出版,2010)
※がん経験者たちが書いた就労支援の本
『がんとお金の本』(黒田尚子,ビーケイシー,2011)
※お金にまつわる制度を知る入り口として活用可能

◆調査報告
『病とともに歩む人が、自分らしく生きていくために――「がん患者の就労・雇用支援に関する提言」』(2008)
『がん患者の就労と家計に関する実態調査 2010』

◆その他
『Web版がんよろず相談Q&A』(静岡がんセンター,冊子版もあり)
※医療費,経済,就労問題の解決に役立つ制度や専門家の助言を紹介
『知っておきたい働くときのルール』(厚生労働省)
※労働者に向けた労働法解説書。行政の相談窓口を掲載 『退職後の年金手続きガイド』(日本年金機構)


近藤 がんに特化したものはまだまだ少ないのですが,患者さん以外にも,企業の方,そして就労支援に興味を持っている医師の方にも,参考にしていただけると思います。

高橋 こうしたツールの活用を促進する一方,それだけでは解決が難しい場合のために,個別に相談できる窓口の充実も求められるところですよね。

近藤 「どこに相談したらよいかわからない」という声は実際に多いです。

 がんの治療と仕事,両方を一度に相談できる場は現状では乏しいうえ,ハローワーク,年金事務所,市役所,協会けんぽなど,多くの機関を回らなければならない。精神力も体力も落ちている患者さんには,想像以上に大変なことです。

和田 病院において,社会保険労務士(以下,社労士)の方と連携し,患者さんの相談に対応できるような仕組みが今後できるとよいですね。

近藤 それは私も,医療提供者の方々にぜひ検討していただきたいと考えていることです。

 特段問題を抱えていない患者さんには,病院内での情報提供やツールの紹介で十分ですが,不当に辞めさせられそうだったり,保険給付がなされるか否か微妙 なラインにいる方など,やはり専門家がかかわったほうがよいケースがあります。自力で相談機関を探し出せる患者さんばかりではない,という点から言って も,医療機関からのルートが整備されることで,救われる方は多いと思います。

 “社労士”という存在を知らない臨床医も,まだ当然のようにいると思われます。また,こうした問題に明るい社労士の方がどこにいるのかも,病院側ではなかなかわからないものです。例えば,社会保険労務士会などで一括して情報提供していただけると,非常に助かります。

近藤 一例ですが,障害年金に関しては,社労士による全国規模のNPO法人など組織的な支援が可能となっています。がんと就労の問題でも同様に,知識を持った社労士を増やすとともに,組織的な支援体制を整えていく必要がありそうですね。

高橋 院内に,ある程度就労の相談に乗れるノウハウを持つ窓口があること。さらに複雑なケースに関しては,社労士など院外の専門家にコンサルトできる体制が整備されれば,ベストだということですね。

 もう一つ,院外でも院内でもよいのですが,がんサバイバーの方に就労に関す るアドバイスをお願いできるシステムの整備も必要と思います。患者さんも「先生」から促されるより,当事者の集まりやアドヴォカシーグループで「患者とし て/サバイバーとしてこう行動した」という事例を示していただけると,より腑に落ちやすいでしょう。関係性の要諦は“持ちつ持たれつ”です。そうやって仕 事を続けるコツなど,現実的なノウハウを伝授してもらえることを期待しています。

近藤 確かに当事者同士が「働くこと」に特化して話せる場は,まだまだ少ないで す。治療でいったん職を辞した後,再度求職する際に病気や通院のことをどう伝えるか,といった悩みを抱える方も多くいます。再就職に成功した方から具体的 なアドバイスをもらうことで,大きな励みになります。そういう体験をシェアする場の必要性は,強く感じますね。

患者さんが主体となって問題を言語化していく

高橋 「ルート作り」や「役割分担」というキーワードを体現するものとして,「がんと就労」研究班では,患者本人,産業医,主治医をつなぐ「連絡手帳」のようなツールを検討しています。より効果的な活用のためには,どんな視点を加えればよいでしょうか。

近藤 あくまで患者さんが主体であることが,大切だと思います。

 例えば私は,治療中に利用できる社内制度について確認していただくために,「就業規則で“休暇”や“休職”に関するもの,短時間勤務などの勤務制度に関 するものを調べる」といった作業を,相談者の方にお願いすることがあります。そうした作業が,状況の整理や理解に役立っているように感じています。

 がんは,腫瘍内科・外科・放射線科,そして場合によってはリハビリテーション科など,治療が細分化され,主治医さえ交代していく場合もあります。なので患者さんが主体性を持って就労の問題を解決できるツールができることは,大いに歓迎です。

和田 治療と仕事との両立のために調整が必要な多くの事柄に加え,治療の不確定性や,病気の知識不足などの問題もある。そうした状況で,どんな配慮をどのくらい求めているのか,患者さんが自ら言語化できるよう,ツールなどを通じて支援していければと思います。

登場人物それぞれの立場で,できることを考える

高橋 これからの支援の在り方について,抱負を一言ずついただけますか。

近藤 私が社労士になったのは,働きやすい職場が増えることで,いきいきと働け る人が増え,より皆が幸せになれるのではないか,という思いからでした。たまたまがんになるという経験をしたので,その経験を社会に還元する意味も込め て,社労士として働きやすい職場作りを進めたいと考えています。

和田 「働きたい」という思いは,社会に参加したいというヒトの根本的な欲求と も言えます。高齢化が進み,現在は70歳まで働くことが目標として示されるなか,一人でも多くの患者さんが「働きながら治療ができるようになる」社会作り を考えなければならない時期にあります。がんという疾患をその代表ととらえ,モデルケース作りなどによってさらに展開ができればと思います。

 問題そのものの認知度向上や法制度の整備といったハード面の課題がいろいろ ありますが,基盤は人と人との関係だと思います。人と人の関係では,“持ちつ持たれつ”のバランスの良い関係性を保つ,所与の関係性に責任を持つという努 めがあります。患者さんにはぜひ良い関係作りのスキルを身につけていただきたいですし,私たちも診療科,さらには職種も業種も横断した関係を強化し,サ ポートしていきたいですね。

高橋 「がんと就労」の問題は,登場人物がとても多いのですが,それぞれの立場 からできることがやっと少しずつ見えてきた感があります。今年度から始まる第二期がん対策推進基本計画の5年間が終わったときに「がん患者さんの就労環境 はここまでよくなった!」と言える仕組みを,皆で連携しながら作っていきたいと思っています。本日は,どうもありがとうございました。

週刊医学界新聞 第2988号 2012年7月30日

携帯端末でがん患者のケアの質が向上? 第V相臨床試験の結果が発表
E-MOSAIC(SAKK 95/06)より,ESMO 2012
 近年,目覚ましい勢いで普及している携帯情報端末(PDA)やスマートフォンは,手のひらサイズで持ち運びしやすく,さまざまな情 報を素早く入力・検索できるため,進行がん患者のケアへの応用も検討されている。スイスのがん臨床研究グループ(Swiss Group for Clinical Cancer Research)は,緩和ケアの必要な進行がん患者自身が症状をPDAで毎週記録することにより,患者の症状や医療者とのコミュニケーションに変化が見 られるかについて、多施設共同クラスターランダム化第V相臨床試験を実施。2012年欧州臨床腫瘍学会年次学術集会(ESMO 2012;9月28日〜10月2日,ウィーン)において同グループのFlorian Strasser氏より,一定の成果が得られたことが報告された。

自分の症状,服用した支持療法薬などを毎週記録

 同グループはPalm社のPDAで症状や栄養摂取状態,服用した支持療法薬,全身状態(Karnofsly PS),体重などを入力できるようにし,このプログラムをE-MOSAICと命名。従来の用紙記録式と比較して,E-MOSAICが総合 QOL(global quality of life)や患者の症状,患者と医師とのコミュニケーションにどのような影響を及ぼすかを評価することとした。

医師にも登録規準「治療経験豊かでコミュニケーション力を有し…」

 患者の登録規準は,緩和治療を受けている切除不能進行がんで,抗がん剤治療を外来で受けている者の全身状態の悪い症例とした。医師の登録規準は,治療経 験豊かでコミュニケーション力を有し,緩和治療法の決定権を有する者とされた。主要評価項目は,ベースラインと6週目における総合QOLの差とし,尺度に はEORTC-QLQ-C30の項目29,30を使用。2群間で10ポイントの差が認められた際に臨床的意義があるものと設定した。副次評価項目もベース ラインと6週目における症状のつらさの変化をエドモントン症状評価尺度(ESAS)を用いて評価した。また,患者と医師とのコミュニケーションを見るた め,患者の感じる医師の優しさを視覚的アナログスケール(VAS)で評価することとした。

用紙記録式と比べて,症状が軽減し医師とのコミュニケーションが向上

 スイス国内の8施設が参加し,医師84人,患者264人が登録された。患者の生存期間中央値は5.8カ月(E-MOSAIC群6.3カ月,用紙記録群 5.4カ月)であった。解析は,ベースラインの総合QOLやその他の共変量で補整した混合効果モデル(mixed effects model)で行われた。主要評価項目であるベースラインと6週目における総合QOLの2群間の差は6.84 ポイントと,統計学的有意差は確認されなかった(P=0.111)。一方,副次評価項目である症状のつらさは,E-MOSAIC群−4.9(改善),用紙 記録群2.0(悪化)であり,E-MOSAIC群で統計学的有意に改善することが示された(P=0.003)。また,患者の感じる医師の優しさもE- MOSAIC群で有意に向上したが(差18.9,P=0.014),用紙記録群では大きな変化は見られなかった(差4.7,P=0.403)。

 以上から,Strasser氏は「主要評価項目は達成されなかったが,E-MOSAICの利用が,症状のつらさや患者と医師とのコミュニケーションを改 善しうることが示された」とし、「今後も患者サポートのため,ツールの開発や医師間のネットワーク構築など,さらなる取り組みが必要」とまとめた。

メディカルトリビューン 2012年2012年10月5日

女性がん患者 苦痛やニーズを感じ,適切に評価,対応
第41回日本女性心身医学会

 女性がん患者は,人としてまた女性としてさまざまな苦悩を抱えている。東京都で開かれた第41回日本女性心身医学会(会長=東京医科歯科大学大学院生殖 機能協関学分野・久保田俊郎教授)のシンポジウム「女性のがんと心のケア」〔座長=東京医科歯科大学大学院心療・緩和医療学分野・松島英介教授,国立病院 機構東京病院緩和ケア科・永井英明氏(呼吸器内科外来診療部長)〕では,精神腫瘍医,腫瘍内科医,緩和ケア医らが苦悩を抱えた女性がん患者の心のケアにつ いて報告。苦痛やニーズを感じ,適切に評価,対応することの重要性を訴えた。その一部を報告する。

全人的苦痛への適切な評価・対応を
腫瘍内科医は「道案内役」
スピリチュアルニーズを感じ支える


全人的苦痛への適切な評価・対応を

 埼玉医科大学国際医療センター 精神腫瘍科の大西秀樹教授はがん患者とその家族の心を診る精神腫瘍医の立場から,「女性には各年代,疾患に応じた全人的苦痛があり,それを適切に評価・対応することで幸せな生活ができるようになる」と述べた。
がん患者の精神医学的有病率50%

 がん患者にとって「がん」が意味するものは「死」であり,死亡原因の1位,治療,仕事,家族の問題などさまざまなストレスを抱えている。

 治療中のがん患者にはうつ状態,適応障害,うつ病などが多く見られ,精神医学的有病率は約5割と高い。終末期の緩和ケア病棟ではせん妄,適応障害などが多く認められる。

 大西教授は,がんのために苦痛を抱えた女性患者3例について紹介した。

 29歳の女性患者は不妊治療中に子宮体がんが発見され,子宮全摘となる。「子供を産めない嫁は価値がない。離婚しなくてはいけない」,「子供を抱いている人を見ることができない」などの訴えから,心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断した。

 7歳の子供を持つ36歳の女性患者は左上腕部の骨肉腫で手術,化学療法を行うが,再発。患者は担当医の左腕切断の提案を選択せず,再手術に賭ける。しかし,胸膜に転移。呼吸困難が進行し,緩和ケア病棟に入院。「子供を残して死ねません」と訴え,座ったまま死亡した。

 72歳の?粘膜がん患者はさまざまな治療を受けたが終末期となり,緩和ケア病棟に入院。?のがんから小さな穴が開き,それが徐々に拡大し,数cmの穴となった。死亡する直前まで,毎日のように?の穴を鏡で眺めていた。

 上記の患者を通じて,女性には各年代,疾患に応じた身体,精神心理,社会,実存面と多岐にわたる苦悩,全人的苦痛があることが分かる。それを適切に評価し,対応する必要がある。

 苦悩,苦痛を適切に評価・対応することによって元気になり,幸福な生活ができるようになった例として63歳の乳がん患者を紹介。この患者は乳がん手術後 にうつ病を発症し,化学療法を受ける気力がなかったが,うつ病の治療を受けて意欲が改善し,化学療法を受けることができた。その後,東日本大震災後に苦悩 を抱えている福島県の人たちに絵手紙で応援メッセージを送るまでになった。

腫瘍内科医は「道案内役」

 虎の門病院(東京都)臨床腫瘍科の高野利実部長は「腫瘍内科医はがん患者の『道案内役』で,薬物療法を行うだけでなく,人生・生き方を見渡すことが仕 事。患者が困っていることをすくい上げて対策を講じ,さまざまな職種とチームを組んで医療を行っていく必要がある」と述べた。
人生の目標を考慮し治療方針を決定

 腫瘍内科医の主な役割は,抗がん薬,分子標的薬などによる積極的薬物治療について最新のエビデンスに基づいた治療方針を患者と話し合いながら決定,施行 していくことである。また,がん症状の緩和,副作用のコントロール,全身状態の管理,合併症の治療,精神的サポートの他,臨床研究・臨床試験を行い,新し いエビデンスを確立することも重要な役割である。そして,もう1つ求められる役割が,がん医療のコーディネートである。これは,道に迷いがちな患者の「道 案内役」を務めるとともに,チーム医療の「かじ取り役」として,全体を見渡しながら,患者にとって最適な治療方針を調整する。

 がん患者は,がんをめぐり「つらい治療にこそ希望がある」,「治療を諦めたら絶望しかない」と苦しみ,これら誤ったイメージのために「治療すること」自 体が目的化し,なんのためだか分からない「治療のための治療」が行われている。まず「治療目標」を持つことが重要であり,治療目標のためには「抗がん薬を 使わない」ことが適切な選択である場合も多い。

 患者はよく治療が人生の全てであるかのように思い込んでしまう。治療は疾患への向き合い方の一部であり,疾患は人生の一部でしかない。治療目標は「人生 の目標」の中にあるはずで,患者の人生の目標,生き方を考慮し,人間性,価値観を重視して治療方針を決めていく必要がある。

 がん患者はがんと診断されてから死亡するまでに,がんの根治治療を受けている人(Cancer Patient)と,それ以外の人を含む全て(Cancer Survivor)に分けられる。Cancer PatientからCancer Survivorに移行する際に道に迷ってしまうことが多いので,治療後も持続する身体的,心理的,社会的対応Survivorship Careが必要である。

 日本人女性で罹患数が多いがんは,乳がん,大腸がん,胃がんなど,死亡数が多いのは大腸がん,肺がん,胃がん,膵がん,肺がん,乳がんである。日本の働 き盛り世代では,男性より女性でがんが多く,特に乳がんと子宮頸がんが多い。一般社団法人CSR(Cancer Survivors Recruiting)プロジェクトによる乳がん患者の生活ニーズ調査から,最も困ったこととして「精神的に不安定になる」,「治療や生活に関連する費用 がかさむ」,「温泉に行きたくとも行けない」が抽出された。またパートナーのいない者は悩みが深く,がん患者の就労は重要な課題であった。

スピリチュアルニーズを感じ支える

 聖路加国際病院(東京都)緩和ケア科の林章敏部長は,女性がん患者の緩和ケアについて「スピリチュアルなニーズを感じ,患者がスピリチュアルペインを感じる前に支えることが重要」と述べた。
うれしさ,穏やかさ,笑顔が大事

 がん治療と緩和ケアで重要なのは時期によって両者の比率を変えるのではなく,患者の必要に応じてどちらも提供できる体制を整え,そのような意識を持って 患者を支えること,いずれ患者が死と向き合ったときに心の動揺に寄り添っていくことである。緩和ケアでは,身体的,精神的,社会的,スピリチュアルな視点 で,平和,安楽,うれしさ・穏やかさ,納得を大切にしながら患者を支えていく必要がある。

 女性のがんでは,乳がんの疼痛管理における副作用,炎症性乳がんなどでの滲出液や悪臭,リンパ浮腫などへの特別な対応や乳房切除後神経障害性疼痛などの 慢性疼痛を含めたサバイバーへの鎮痛補助薬や精神面でのサポートも必要になる。婦人科腫瘍では,骨盤内腫瘍による下半身の浮腫,膀胱直腸障害などへの対応 が必要となる。

 人として生きていくからこそ求めるものに愛・所属,自我・自尊,自己実現があるが,これら全てが満たされなくても希望があることでスピリチュアルな面で より良い状態で過ごしていくことができる。しかし,がんになると,時間が限られ,関係性や自立性が障害され,人としての欲求が満たされなくなり,スピリ チュアルペインが生じる。普段からスピリチュアルなニーズが感じられるように関わっていくこと(スピリチュアルコミュニケーション)で,患者がスピリチュ アルペインを感じる前に支えることができる。その人らしさやその人の立場を認めること,気持ちを分かって一緒に考えること,疾患以外のこともよく聞くこと などがスピリチュアルケアとなる。

 また,うれしいという感覚を日々の生活で持つことが重要であり,女性特有のケアの1つにメイクがある。メイクをすることで笑顔を取り戻すことができる。

 宗教は患者が持つさまざまな罪の意識に対する許しを与えられることがある。

 近年,徐々に老人ホームや介護施設で死亡する人が増えており,介護も重要な視点となっている。

 苦痛,つらさ,悩みを軽減することだけを意識しがちだが,知識,技術,経験を積みながら,どうしたら喜んでもらえるか,心を和ませられるか,笑顔を見せてもらえるかという思いやりの気持ちで患者と接することが大事である。

メディカルトリビューン 2012年10月18日