広葉樹(白)   
バックナンバー2012/1/1〜2012/12/2

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2012年1月1日 掲載
まずは痛みを取る!緩和ケアに大きな効果
がん患者の5%にうつ病が合併,ニーズ高まる精神腫瘍学の役割 国立がん研究センター精神腫瘍科・清水研氏に聞く
在宅で診る・在宅で看取る “おひとり様”でも自宅で幸せに死ねる
在宅で診る・在宅で看取る 地域に根差した活動を実践
在宅で診る・在宅で看取る 座談会 住み慣れた家で死にたい!地域ネットワークの現状と課題
2012年2月1日 掲載
医療の未来を見据えた100歳の提言 聖路加国際病院 日野原 重明 理事長
余命1年未満患者への薬剤の致死量処方を提言,英自殺幇助委員会
法令化求め枠組みを提示
遺伝子検査による鎮痛薬感受性予測システムを開発,東京都医総研など 下顎形成外科手術で有用性を検証へ
長崎市をモデルケースにがん医療ネットワークの在り方を模索
終末期胃ろう「治療差し控えも」…老年医学会
中央社会保険医療協議会 緩和ケア病棟、「評価機構」の認定なくても可 チームによる「外来放射線照射診療料」も新設
2012年3月4日 掲載
大きな転換期を迎えた日本の専門医制度 第49回日本癌治療学会
ナースが聞いた「死ぬ前に語られる後悔」トップ5
韓国の「臨終の質」は世界32位
第14回日本アロマセラピー学会 アロマセラピーや漢方が統合医療,緩和医療に貢献
第73回日本臨床外科学会 外科の努力で終末期の在宅医療が可能に
終末医療―医師と一般人はなぜ選択が異なるのか
2012年4月2日 掲載
第30回日本認知症学会 パーキンソン病治療薬・ACE阻害薬で嚥下機能が向上
第56回日本未熟児新生児学会
新生児医療 患児に最善の利益となる選択を
第30回日本蘇生学会 招待講演
延命治療中止の医療倫理〜米国では患者の自己決定権は終末期医療にも適用される
延命措置の「不開始」で、医師を免責- 超党派議連が法案原案を提示
よりよく生きるために 死を見つめることの大切さ 広がる知の体系「死生学」
2012年5月1日 掲載
遺族ケアに「臨床宗教師」…牧師や僧侶へ養成講座
オピオイド系薬の適正使用 患者の背景に適合した多職種協働のテーラーメード治療が理想
全日病が調査、「必要」だが認知度低く 終末期ガイドライン、現場への普及進まず
診断時からの緩和ケアを-初会合開催
2012年6月3日 掲載
米国では18歳の約4人に1人がオピオイド使用経験あり
第26回札幌冬季がんセミナー 子供を持つがん患者に支援を
米国ホスピスボランティア最期のときまで
がん告知後の道しるべ 医師と十分な意思疎通を
2012年7月2日 掲載
延命措置の「中止」でも医師免責 超党派議連、尊厳死法案で二案を提示
第109回日本内科学会 内科医が取り組むべき課題を提言
死亡前、鬼籍の親・仏ら「お迎え」…4割が体験
緩和ケア 「治す」から「生きることを支える」へ
2012年8月2日 掲載
診断時から治療終了後も続くケア 第17回日本緩和医療学会開催
第54回日本老年医学会開催 「超高齢社会における老年医学」をテーマに
【座談会】がん患者さんの“働きたい”思いをかなえる就労支援とは
2012年9月2日 掲載
都道府県拠点病院に「緩和ケアセンター」設置へ--厚労省・検討会
医療講座・死生学入門 福岡のNPOが開催、参加者を募集
医療過誤 「モルヒネ投与で死亡」 70代遺族が損賠提訴 山口地裁周南支部
続・時間の風景 胃ろうの是非について―高齢者の「自然な死」を取り戻すには
2012年10月2日 掲載
尊厳死:医師の処方による末期患者の自死、米マサチューセッツ州で合法化へ
自宅での看取り 家庭医に対する終末期医療の教育・支援が必要
尊厳死法案、臨時国会への提出目指す
基調講演「ホスピスマインドを語り合う」地域社会の中でケアの循環を
第17回日本緩和医療学会 在宅緩和ケア推進のための方策を検討
緩和ケア推進検討会が中間とりまとめ がん診療連携拠点病院に緩和ケアセンターを整備
「尊厳死法制化」は医療格差の拡大を招きかねない―川口有美子氏インタビュー回答編
2012年11月4日 掲載
携帯端末でがん患者のケアの質が向上? 第V相臨床試験の結果が発表
進行がん患者 死亡直前のICU収容や院内死亡の回避が高い終末期QOLと相関
女性がん患者 苦痛やニーズを感じ,適切に評価,対応
2012年12月2日 掲載
〜オランダの安楽死法〜 2010年の安楽死率および医師幇助自殺率は法施行前と同等
日本救急医学会、終末期医療についての調査結果を公表 人工呼吸の中止、水分・栄養補給の制限や中止に依然抵抗感
がん生存者のQOL改善 QOL低下につながる倦怠感を見過ごさないことが重要

まずは痛みを取る!緩和ケアに大きな効果
大日本仏教慈善会財団あそか第2診療所「ビハーラクリニック」(京都府城陽市)馬場祐康院長(49)

 がんの終末期で、痛みと精神的な苦しみを取り除くことに特化した医療を行うホスピス。「あそか第2診療所」は、「ビハーラあそか」の愛称を持つ、西本願寺が母体の仏教ホスピスだ。院長の馬場祐康医師は、外科出身の緩和ケア医だ。

 「手術という、目で見える対象と勝負する中で、“目に見えないものを相手にする医療”に興味が湧いてきたんです。40歳を過ぎて目も悪くなってきたし(笑)、新しいことにチャレンジするなら今しかないだろうと…」

 緩和ケアというと、単に痛みを取るだけの「後ろ向きな医療」と誤解されがちだが、そんなことはないと馬場医師は言う。

 「例えば肺がん患者を『化学療法のみ』と『化学療法+緩和ケア』の2群に分けて予後を見ると、後者のほうが生存期間が長かった−という報告がある。がんで痛みが出ているなら、まずはその痛みを取るべきで、それによって次のステップが生まれるんです。正しい緩和ケアの姿を広く一般に知ってもらうべきだし、そのためにできることは積極的に取り組んでいきたい」(馬場医師)

 馬場医師が院長を務める診療所には、通常の医療スタッフの他に僧侶が常駐し、効果的な緩和ケアを進める上で大きな役割を果たしている。

 「医師や看護師に話せないことでも、僧侶になら言えるということが実際にある。これは終末期の患者にとって “薬以上の効果”を発揮することにもなるんです」

 来年には診療所から病院への規模拡充を予定している。馬場医師のチャレンジは、確実に成果を見せ始めている。

ZAKZAK 2011年12月9日

がん患者の5%にうつ病が合併,ニーズ高まる精神腫瘍学の役割
国立がん研究センター精神腫瘍科・清水研氏に聞く
 がんという重大なライフイベントが与える精神的衝撃は甚大であり,うつ病などの精神症状を呈するがん患者は少なくないという。日本のあるデータによると,がん患者の約5%がうつ病と診断され,適応障害を含めると約20%が精神的問題を抱えているとされる。

 そのような背景から,がん患者やその家族に対する精神医学的アプローチを専門とする精神腫瘍科のニーズが高まっている。国立がん研究センターでは1992年に精神科(2008年に精神腫瘍科に名称変更)を設置,がん患者とその家族への精神医療や緩和ケアに取り組んでいる。同センター精神腫瘍科副科長の清水研氏に,精神腫瘍学の現状と課題,精神疾患に罹患したがん患者への薬物治療で注意すべき点や効果的な精神療法などを聞いた。

一般の精神疾患とは異なるがん患者特有の苦しみをケア
――精神腫瘍学とは。


 米国で1970年代に発祥した,がんと精神を専門とする学問である。英語ではpsycho-oncologyという造語で呼ばれている。米国では当時,がん告知が一般化しており,告知後のメンタルヘルスケアに対する臨床現場での需要が高まったことが背景にあったようだ。

 1986年に国際サイコオンコロジー学会(IPOS)が創設され,同年に日本支部として日本臨床精神腫瘍学会(JPOS)が設置された。日本サイコオンコロジー学会の前身である。一方,がん医療を専門とする当院においては,1992年に精神科の標榜を掲げた。ところが,一般の精神科を受診してもがんの苦しみを理解してもらえないと訴える患者が「精神腫瘍科」の標榜を探して来院するようになり,当院でも2008年に精神腫瘍科に標榜を改めた。

 精神腫瘍学の主な研究領域は,がんを罹患したときのストレスが与える精神的問題と,精神状態ががんの病態や進行に与える問題である。その他,患者本人以外を対象とした患者家族に対するストレスケアや,がん医療者の精神的問題まで取り扱っている。

がん患者は身体的・社会的・心理的要因によりうつ病を発症する
――精神腫瘍科の役割とは。


 現在,わが国では毎年およそ50万人ががんに罹患している。がん患者の約5%にうつ病が合併し,軽症のうつ状態である適応障害まで含めると約20%が精神的問題を抱えているというデータがあり,精神症状を有するがん患者は約10万人に達するといわれている。精神腫瘍科では,このような精神的問題を抱えるがん患者への治療介入を行っている。

 がん患者のうつ病に関しては,がんに罹患する以前にうつ病を経験するケースもあるが,がんという重大なライフイベントにより,それまでは精神的な適応に問題がなかったにもかかわらず,初めてうつ病を発症するケースが多く認められる。

 がんに伴うストレスといってもさまざまだ。具体的には,まず,がんによる痛みや化学療法などによる体のだるさなどの身体的要因。次に,がんを罹患したことで仕事ができなくなったり,治療費や生活費などの経済的な苦しみを抱えたりする社会的要因。さらに,余命宣告を受けたり,子どもや配偶者など大切な人との別れを覚悟したりすることによる心理的要因の3つがある。

 こうした人たちに対して精神医学的立場から医療を提供することが大きな役割である。当院の精神腫瘍科には現在,医師5人(常勤2人,他部門との併任1人,非常勤2人),臨床心理士3人(常勤1人,非常勤2人)がおり,入院中の約600人のがん患者のうち40〜50人程度の診療に当たっている。加えて,毎日15〜20人の外来患者にも対応している。

効果よりも副作用に配慮したがん患者のうつ病薬物療法
――精神腫瘍科における治療の実際は。


 うつ病の発症はがん罹患が密接にかかわっている。そのため,先述した通り,多職種連携が重要になってくる。例えば,がん患者の苦しみが身体的な痛みに由来するものと判断した場合,痛みの治療を専門とする診療科と連携して行う必要があるだろう。あるいは,社会的な問題によるものなら,ソーシャルワーカーとの連携が望ましいだろう。当院では患者のために医療者が連携を図るという理念を共有しており,精神腫瘍科側からも他科や他の職種へうまく意思伝達をする工夫をしている。それぞれの専門性を生かした医療連携が求められているのではないだろうか。

 薬物療法に関して,実際の治療における一般のうつ病患者との大きな違いは,効果よりも副作用に対して慎重さが求められる点だ。例えば,既に化学療法で吐き気に苦しんでいる患者に対し,副作用として吐き気が認められている選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)を処方することは避けるべきだ。

 また,抗がん薬と抗うつ薬との相互作用にも配慮が必要だ。一般のうつ病患者と同様に,抗うつ薬は有効ではあるが,急いで効果を出そうと性急に使用するのではなく,副作用に対して慎重な薬剤選択や投与方法が必要である。

 一方,精神療法としては,やはり最も基本的な支持的精神療法(SPT)を用いることが一般的である。SPTは,医療者が患者の悩みや不安によく耳を傾け,共感や理解を示して患者を支持する技法だ。その他,構造化された問題解決療法(PST)があり,当院でも導入している。例えば,乳がんの再発に対する不安にとらわれているうつ病患者に対して,家事など何かに没頭する時間を作るように促したりする。

がん患者のうつ病見過ごしや医師不足の解消に向け取り組み進む
――精神腫瘍科における課題と取り組みについて。


 当院での精神腫瘍科診療では,安定状態にある患者なら数分で診察可能であるが,場合によっては30分〜1時間ほどを要することもある。一般の精神科診療と比べカウンセリングにより重点を置くことが精神腫瘍科の特徴の1つだ。だが,精神腫瘍科の医師だけで診療に当たるには医師の数に限界がある。

 圧倒的な医師不足の解消に向けて,日本サイコオンコロジー学会では臨床経験の一定基準を満たした医師を認定する登録精神腫瘍医制度を昨年(2010年)から設けている。まだ制度が始まって日が浅く,まだ9人の登録医数にとどまっている。認定基準を満たしていても未登録の医師も多く,今後,登録する医師の数は増えるだろう。また,同学会では現在,検討委員会を設置して専門医制度の導入を検討している。精神腫瘍科を専門として活動する精神科医はまだ数十人と少ないため,精神腫瘍科の意義や役割,ニーズの高さを理解して,今後はより多くの精神科領域の医師に参加してほしいと願っている。

 現状でわれわれが取り組める打開策の1つとして,臨床心理士のほか,看護師など多職種との連携が挙げられる。われわれが行った厚生労働科学研究の結果,がん患者における「包括的精神症状スクリーニング介入プログラム」が有用であることが明らかになった(Psychooncology 2010; 19: 718-725)。

 先述したがん患者の5%がうつ病であるという現状についてだが,実は見過ごされているケースも多い。そこで,看護師と連携し,がん患者に対する精神症状のスクリーニング介入を実施することが重要である。既に当院では実践しているが,全国のがん診療連携拠点病院での普及を目指し,現在はそのプログラムの精度をより高めるための介入研究も行っている。

 また,当院では別の研究グループが行っている医師向けプログラムに関する研究がある。主治医がどのようにがん告知を行うと患者の精神的ショックを少しでも和らげることができるかという観点に立ち,主治医向けの教育プログラム,コミュニケーション・スキル・プログラム(CST)の構築を目指している。既に2007年から年5〜6回,コミュニケーション技術研修会と題して研修会が実施されている。

メディカルトリビューン 2011年12月12日

在宅で診る・在宅で看取る
“おひとり様”でも自宅で幸せに死ねる
小笠原内科(岐阜県)理事長 小笠原 文雄 氏

 住み慣れた場所を「ついのすみか」にしたいと考える人は少なくないが,独居の高齢者が自宅で亡くなると,たいていは寂しさの中で死んでいった印象を与える。しかし,在宅医療・看取りを行う小笠原内科(岐阜県)理事長の小笠原文雄氏は「希望する家で最期を過ごせるのであれば,患者は最後に笑顔を浮かべて死ぬことができる」と言い切る。患者の希望とマネジメントさえしっかりしていれば,“おひとり様”でも自宅で幸せな死を迎えられるという。その実態を探った。

独居がん患者を4パターンに

「痛みや治療のことは医師が責任を持ちます。皆さんはできることを少しずつやってもらえれば結構ですよ」。岐阜市内で独り暮らしをする85歳の女性宅に集まった小笠原氏や訪問看護師,ケアマネジャー,ヘルパー,ボランティアら15人の打ち合わせ風景である。民生委員や隣人も参加していた。特段の問題がなければ,打ち合わせに同氏がかかわるのは,これが最初で最後となる。

 女性は末期がんで1日3回の訪問ケアを利用し,ベッドのそばには緊急通報用の非常ボタンと小笠原内科へのホットラインが敷かれている。2カ月前までは寝たきりだったが,自宅で緩和ケアを受けているうちに寝起きができるようになり,「花を見に行きたい」と言い出すほど元気と笑顔を取り戻した。

 循環器科と在宅医療を掲げる同院は,訪問看護ステーションを併設する。同氏の持論は「“おひとり様”でも自宅で死ねる」である。これまでに500人以上を看取ってきた同氏は,独居の末期がん患者の看取りが4パターンに分類できることに気付いた(表)。

 卵巣がんで余命2〜3カ月の70歳代女性のケースでは,亡くなる10日前から身の回りの世話をする自費ヘルパー,いわゆる泊まり込みの家政婦を利用していた。利用料金は1日(24時間)で1万5,000円程度だった。独り暮らしの入院患者であっても,いよいよ死期が近づいた段階で30万円ほどあれば,自宅に戻り在宅で最期を迎えることが可能になる計算だ。

 自費ヘルパーやボランティアの協力が難しい場合は,公的保険を活用して看護師やヘルパーなどの多職種連携で対応する。下咽頭がんで胃瘻を造設して生活保護を受けている50歳代男性の例では,余命2カ月の時点で退院し,在宅医療を始めて半年が過ぎたころ,夜中に窒息で苦しむ可能性が出たため,同氏は睡眠薬による夜間セデーションを提案した。

 苦痛を感じることなく翌朝に目を覚ませるが,夜中は深い眠りの中にあるため家族が来ても分からない。がんの経過によって閉じた目を再び開くことなく,そのまま死んでいく可能性もある。しかし,病院でのつらい闘病経験から自宅で死にたいと望む男性は,夜間セデーションを選択。その後,久しぶりに来た息子が泊まった夜に旅立った。父親の安らかな表情を見た息子は「がんは苦しんで死ぬと聞いていたが,とても良い表情。この1週間は苦しんでいなかったんですね」と,お礼の言葉を述べたという。同氏に看取られた独居患者は10人を超えるが,「全員が誰かに見守られながら旅立っているのが不可思議であり,在宅ホスピスケアの極みかもしれない」と同氏は語る。

在宅で消えた患者の苦悶状顔貌

 小笠原氏は循環器科の医師として歩み始め,総合病院や大学病院で経験を積んだ。40歳を機に独立し,1989年に小笠原内科を開院したが,「往診だけはするまい」と考えていた。勤務医のころに,上司から「往診する開業医は金もうけをしている。患者をぎりぎりまで自院で治療し,手の施しようがなくなってから病院に送る」と聞いていたからである。

 だが,求められれば往診にも応じた。開院から3年目,末期の大腸がん患者に在宅医療を行っていたときに転機が訪れた。ほほ笑みながら亡くなった患者を見て「病院では苦悶状顔貌で死ぬ患者が多いのに,在宅ではどうして安らかな死を迎えられたのか」と考えるようになった。

 独居の患者が安らかな死を迎えるためには死を悟らせ,受け入れてもらうケースが多い。万策尽きた患者が死を受け入れられなければ,「死ぬまで疾患と苦闘し続ける」と指摘する。だから,患者には「もうすぐ死ぬかもね。どうせ死ぬなら朗らかに生き,清らかに旅立てれば最高だよね」と,自然に死の話題を切り出す。

夜間セデーションの有効性を明記

 小笠原氏は「死期に気付いている人に,『死なない』と言っても心は通わない。死を認めることで,初めて満面の笑顔になれる」と話す。短い余命を告知されずにいる患者に,生を全うする大切さを説いたとき,「初めて本当のことを言ってくれた人だ」と感謝された経験が心に刻まれている。

 かつては仲間の勤務医に「おひとり様でも家で死ねる」と説明しても,「24時間対応できるわけがない」などと返された。けれども,夜はセデーションで対応することもできるし,さまざまな職種やボランティアと連携すれば,実現できた。セデーションには呼吸抑制を心配する声があるが,苦しみを取り除き,生き抜くためのセデーションは特に安全に行っている。がんによってセデーション中に亡くなる可能性もゼロではないが,「患者が幸せな状態で死ねるのだから,心配はない」と説いてきた。

 今年4月には日本在宅ホスピス協会長に就任した。来年刊行される『今日の治療指針』では在宅疼痛ケアに関する執筆を担当し,治療方針に生きるために必要な夜間セデーションの有効性と方法を明記した。

 同院は現在,他の医療機関や他職種に在宅緩和ケアの実践を指導している。「携帯電話やテレビ電話もあるし,特定の医療行為を除けば,事前指示をしておくと在宅緩和ケアのほとんどは医師が往診しなくても大丈夫」と言い切る。

トータルヘルスプランナーの存在

 ただし,さまざまな職種が1つのチームとしてかかわったり,行政手続きなどが難しかったりする独居患者へのケアには,司令塔的な存在も必要になる。小笠原氏が提唱するのは,在宅緩和ケアのチームをマネジメントする「トータルヘルスプランナー(THP)」である。同氏は医療と生活の両面から患者をサポートし,医師やケアマネジャー,ヘルパー,ボランティア,家族の間をつなぎ,役割を調整するには看護師が適任と考えている。同院では,訪問看護部長を務める木村久美子氏ら2人が,THPとして活躍している。

 名古屋大学大学院では2006年から看護師や理学療法士,作業療法士などにTHPの教育を行っているが,THP専任としての採用実績はまだわずか。けれども,小笠原氏は「医師や他職種の負担が確実に減ることを考えれば,THPの視点を持った人材,特に看護師の存在が在宅医療連携の鍵を握る」との見方を示す。

 自宅で死と向き合いながら最期を迎える行為が当然のものとなるには,意識の変革も不可欠である。同氏は「病院の医師には,患者が病と無理して闘い,生命を長引かせることだけが最善ではないことを理解してもらう必要がある」と訴える。そして「病院の医師が変われば他の職種にも波及して,医療現場でも死を受け入れる土壌ができるはず」と続ける。

 安らかな死を迎えさせることが,在宅緩和ケアの要諦である。例えば,患者の日常生活動作(ADL)が極端に低下したとき,夜間セデーションを行えば痛みや苦しみの不安は除かれ,熟睡できるのでQOLは向上する。

 同氏は「おひとり様の在宅緩和ケアは,経験とこつをつかめば,医師なら誰でもできるようになる」と説明する。今年4月には,同氏など12人の医師らが「岐阜在宅ホスピス安心ネット」を立ち上げ,在宅医療の連携を強化している。「ある程度のレベルの医師がやっと育ってきた」と目を細める同氏は,国中で大きな問題となりつつある在宅の終末期医療に向け,さらなる教育と普及に余念がない。

メディカルトリビューン 2011年12月29日

在宅で診る・在宅で看取る 地域に根差した活動を実践
千葉健愛会(千葉県)理事長 和田 忠志 氏

 患者が望む自宅での(最期までの)療養を実現させるには,医学的な視点以外にもさまざまなアプローチが必要になる。東京都と千葉県,高知県で在宅療養支援診療所を開設する千葉健愛会(千葉県)理事長の和田忠志氏は,福祉や行政などとの連携を深めて地域に根差した在宅医療の実践に努めてきた。病気にとどまらず,患者の人生や生活にも責任を持って付き合うことを試みてきた同氏に,在宅医療の実践について聞いた。

がん患者の在宅死が高知県で急増
― 高知県内で在宅死のがん患者が大きく増えたと報じられました。


 国によると,高知県でがん患者が自宅で亡くなった割合は,2005年が3.7%(全国平均5.7%)で47都道府県の下から3番目。ところが,2010年には7.4%(全国平均7.8%)と急増しました。しかも,全国的に増えているのですが,高知県はそれを上回る勢いで伸びていました。

 千葉県松戸市で活動してきたわたしは,故郷での在宅医療の普及を目指し,2009年にあおぞら診療所高知潮江を開設しました。当初は「病院医療が強い土地で,在宅医療が定着するだろうか」という声もありました。しかし,高知にも在宅医療に意欲的な医療従事者はおり,自宅で亡くなるがん患者の増加は,それら多くの在宅医療従事者の努力が形になって表れてきたのだと思います。

 この数字に反映されているのは,同居家族がいたり,経済的余力があったりする人が多く含まれると推察します。というのは,まず在宅緩和ケアの利用を考える患者さんは情報に敏感で,教育水準が比較的高い方が多いからです。そうした人々には本人や家族の総合的な力があることが多く,在宅療養の手助けをすることは,それほど困難ではありません。

 われわれが命題としているのは貧困や障害などのために経済的,社会的に立場が弱く,情報アクセスにも弱い人々の「声なき声」に接することです。こうした患者さんは自分から声を挙げられないから,わたしたちの力が地域に浸透していないと出会えないのです。在宅医療の本質的な普及は,「声なき声」にしっかり対応できるようになることだと考えています。

― 家族の問題を抱えた患者は少なくありません。

 家庭内虐待事例などでは,家族の歴史を認識して対応しなければなりません。加害者が被害者に対し冷淡に,あるいはぞんざいに振る舞うとき,このような行動は第三者にはにわかに理解しかねますが,そこには家族の過去が隠されていることが珍しくない。医療や福祉のスタッフが継続的にかかわることで家族の負担が減り,心に余裕が出れば,虐待が緩和することは少なくないのです。

 患者が独居の場合は,在宅医療は困難が多いといえます。お金の問題をクリアすれば,介護体制を整えることができます。しかし,独居老人は経済的に弱い立場の人が少なくありません。そんなときでも,患者が希望する限りはさまざまな支援を行って,ぎりぎりまで自宅にいてもらえるように努めています。

夜間呼び出しは日中診療と密接に関係
― 24時間いつでも呼び出しに応じなければならない状況ですが。


 よく聞くのは「24時間対応は厳しいのではないか」という質問ですが,24時間対応は病棟医療と同じく,日中の診療内容にリンクしています。

 医師の仕事の大きなものに「予測すること」があります。在宅医療でも日中診療を適切に行っていれば,夜間・休日に不測の呼び出しを受けることは少ないし,その呼び出しにしても「大部分は予測された呼び出し」です。夜間や休日に起こりうることを予測し,必要になるかもしれない処置や処方を先回りして行います。さらに,家族の方に起こりうることをあらかじめ説明しておきます。そうした対応で,夜間相談や呼び出しを減らすことができます。

― 夜間の相談回数の実態は,どのようなものですか。

 千葉県のあおぞら診療所(上本郷,新松戸)のデータを基に説明しましょう。2007年4月〜08年3月の夜間(午後6時〜午前9時)の臨時往診回数は,上本郷が月平均8.9回で,常勤医1人当たりでは2.2回でした。新松戸はそれぞれ8.7回,2.2回でした。医師1人で月に2回程度です。

 両診療所とも,調査期間の在宅患者数は220〜240人で推移していました。患者数から月間呼び出し回数を算出してみると,50人の規模では3〜4回,10人では0.5回以下です。あおぞら診療所では医療依存度の高い方を診ています。つまり同等の重症度の患者を診ていても,その医師の受け持ち在宅患者が20人程度ならば,月1回程度の呼び出ししか受けないと予想されます。

 しかも,夜間電話の約85%は医師や看護師の訪問を必要としない内容でした。電話応対で可能であったり,訪問看護師の連携で乗り切れたりするケースだったのです。電話で対応できた夜間の相談内容も,大半は日中の診療から予想しうるものでした。

― 千葉県での活動はどうだったのですか。

 1999年にあおぞら診療所上本郷,2003年にはあおぞら診療所新松戸を開設しました。松戸市には在宅医療を実践する医師はそれなりにいたのですが,それでも当時は在宅医療過疎地だったと思います。

 だから比較的スムーズにスタートでき,開院から5年が過ぎたころには市内で最も大きな在宅医療機関として,在宅医療患者の2割を受け持つようになりました。市内で盛り上がっていた在宅医療の機運を,さらに促進できたと思っています。

行政から“在宅医療難民”の対応依頼も
― 市内最大の在宅医療機関となった理由はなんなのでしょう。


 1つには,在宅医療やプライマリケアに尽力する医療機関の方々としっかり連携できたこと。それから,訪問看護ステーションや介護保険の事業所と患者さんの支援を通じ,連携を深められたことがあります。

 もう1つ,行政からの相談をお受けすることが多くなったことがあります。市役所から,独居や生活保護を受ける方々の対応を依頼されるようになったのです。われわれの「声なき声」に接触する理念に合致していたので,手応えを感じました。

 わたしは「松戸市高齢者虐待防止ネットワーク」の会長も5年務めました。社会的困難事例を多く手がけた実績から,選ばれたのだと考えています。「通報制限年齢撤廃」や「通報受理時の即時緊急性序列化」などをシステム化し,千葉県初の高齢者虐待対応マニュアルをつくりました。

 在宅ケアでは,医師に限らず訪問看護師や介護保険にかかわる多職種に加え,自治体職員などさまざまな職種や機関が連携し,地域の高齢者や障害者のセーフティーネットとして期待されています。

― 日本は人口の高齢化で在宅医療の需要が急速に高まっています。

 全国の在宅死亡率の推移は,この5年ほどで下げ止まり,ようやく上昇に転じました。高齢者が増えれば,障害者やがん患者も必然的に増加します。さまざまな調査で,最期の療養場所に自宅を希望する人が多いことは周知の事実となっています。薬局や歯科医との連携も拡充する必要はありますが,鍵は訪問看護師です。

 在宅に限らず病院でもそうですが,患者と医学的な面で最も接するのは医師ではなく看護師です。在宅での緩和ケアや重症患者のケア,褥瘡ケアなどは訪問看護師との連携なくしては不可能です。

 わが国ではまだまだ基盤が脆弱な訪問看護ステーションの拡充が重要なのですが,わたしは国による後押しが弱いと考えています。訪問看護ステーションは全国的に設置数が伸び悩み,高知県では減少しているほどです。現場の看護師が励むことはもとより,国にはぜひ本腰を入れていただきたいと思います。

在宅医療側が病院や行政に積極的なアプローチを
― 将来への人材確保も急務です。


 あおぞら診療所が掲げる第2の目的は教育活動です。診療所では東京医科歯科大学や順天堂大学,高知大学の学生実習を行っています。また,将来の在宅医だけでなく,帝京平成大学看護学部の学生も実習施設として受け入れています。さらに東京医科歯科大学病院や虎の門病院(東京都),みさと健和病院(埼玉県)の臨床研修医も教育しています。

 第3の柱に掲げているのは,これまでの期間で培った経験を生かし,地域医療機関の在り方や診療能力のモデルを提示することです。在宅医療を中心に書籍の執筆や講演会,見学受け入れに加え,地域のネットワークを生かした活動も行っています。

 在宅医療の需要が高まっているため,診療所だけでなく,拠点病院の医師や看護師も地域の実態を把握しなければ,患者のための医療が機能しません。在宅医療を行う側が積極的に病院や行政へアプローチしつつ,患者やその家族とのやり取りを地道に積み重ねていくことが理想です。

メディカルトリビューン 2011年12月29日

在宅で診る・在宅で看取る
座談会 住み慣れた家で死にたい!地域ネットワークの現状と課題
司会 桜井 隆 氏(医師) さくらいクリニック(尼崎市)

出席者

井上 久美子 氏(訪問看護認定看護師) 東神戸訪問看護ステーション あじさい
田中 洋三 氏(ケアマネジャー) ケアプランだいとう(姫路市)
吉田 利康 氏(NPO) NPO法人アットホームホスピス


「病院では死にたくない,最期は自宅で迎えたい」と望む人が増えている。半面,「家族に迷惑はかけたくない」という理由から病院での死を選ぶ声も根強い。住み慣れた家で死ぬことを望みながらかなえられないのであれば,それはなぜか。どうすれば克服できるのか。

 末期がん患者を中心に約300例の在宅看取りを経験した医師の桜井氏,訪問看護認定看護師としてその教育と実践に携わる井上氏,介護サービスを提供するケアマネジャーとしてかかわってきた田中氏,自宅で家族を看取った経験から市民目線での啓発活動を続ける吉田氏に,在宅での看取りの現状と課題を語り合ってもらった。活発な議論からは,“終末期になれば「家に帰る」ことに匹敵する価値を病院は提供できない”といった,これからの医療の在り方を考える上で示唆に富む言葉が得られた。

在宅看取りとの出会い
人生という仕事が終わる時は家に帰ろう/ハンドブック『あなたの家にかえろう』

桜井:今日は在宅での看取りの現状と課題について,医師,看護師,ケアマネジャー(ケアマネ),市民の立場から考えていきます。まず自己紹介を兼ね,この問題にかかわるようになった経緯を話してください。

井上:私は卒業後,神戸市の市民病院に4年間勤めましたが,学生時代に講義を聞いて以来やりたかった在宅看護に移り,8年が経過しました。最初は看取りの事例はありませんでしたが,今の訪問看護ステーションでは多くのケースを経験しています。患者さんや家族の悩みや希望をじっくり聞けることが,訪問看護の素晴らしさだと考えています。

田中:私の場合,1986年に旧知の大頭(だいとう)信義が開設したクリニックの運営を手伝ったのがきっかけです。大頭は最初から在宅での看取りを目指しており,私も必要に迫られて勉強し,ケアマネの資格を取りました。特に,94年に立ち上げた「播磨ホスピス・在宅ケア研究会」で学んだことが大きかったですね。今は,行政や医師会とともに地域づくりのようなこともしています。

桜井:市民と一緒に考える,当時としては画期的な研究会でしたね。

吉田:僕は,12年前に急性骨髄性白血病の妻を家で看取りました。病院で余命告知を受けた妻が,帰宅を望んだからです。かかりつけ医に「緩和ケアはできません」と断られたため,男だけの親子3人で看取りました。見よう見まねのケアでしたが,やればできるものです。つらく悲しい経験でしたが,夜も寝ないで妻のことを心配した時間はほかにありません。プロから見れば間違いだらけだったかもしれませんが,それが至福の時間をくれました。往診を断られたことさえ,今では感謝しています。そして,こんな看取りの大切さを1人でも多くの人に伝えたいという思いが生まれました。

 その後,桜井さんの本と出合い,田中,大頭といった方々と知り合う中,遺族の声を医療者に伝える運動や,市民の目線に基づく在宅ホスピスケアの啓発活動を行うようになりました。

桜井:僕は病院で12年間働き, 1992年に内科と整形外科の診療所を開業しました。在宅医療,看取りをやるようになったのは,町医者としての外来診療の延長です。ふとしたきっかけでホスピスの研究者だった故・服部洋一さんと出会い,吉田さんたちと一緒に在宅看取りのハンドブックをつくることになりました。2006年に完成した『あなたの家にかえろう』です。本人が望むなら自宅で死ぬのは難しいことではないと,その方法を説明した手引きです。

吉田:「人生という仕事が終わる時は家に帰ろう」が副題でしたね。

在宅看取りの実際
(1)退院前カンファ→(2)退院当日往診→(3)翌朝電話→(4)携帯番号登録/桜井

桜井
:最近,在宅看取りは普及してきており,都市部で受け皿を見つけることは以前と比べ容易になりました。これからは,病院〜施設〜在宅をうまく結ぶことが必要になってきます。井上さんは,退院の決まった患者さんの病棟には行きますか。

井上:はい。家に帰る日が決まったら,病棟を訪れることにしています。

田中:今はそれが普通ですね。ただ,病院の情報を在宅スタッフが共有するのは容易ですが,在宅での情報を病院にいかに戻すかが問題です。

桜井:僕には在宅看取り,特に退院時の“つかみ”4点セットがあります。まず,退院前に病院に行き,本人や家族,スタッフと会う「退院前カンファレンス」。第二に,退院した日に家に行く「退院当日往診」。夜でも,たとえ5分でも,絶対に家に出向きます。第三が「退院翌朝の電話」で,昨日は眠れましたかと電話します。第四は「携帯番号登録」。これは,単に連絡先を聞くことではなく,固定電話,携帯電話番号をすべて,自分と看護師の携帯に登録し,着信履歴からコールバックできるようにすることです。「出られないときもあるけど,すぐコールバックするから」と説明しておきます。

吉田:それは大切ですね。医療者も風呂に入るし飲みにも行く。24時間いつも電話に出られるわけがない。

桜井:一番不安な退院前後にこれだけやっておくと,患者さんや家族は安心してくれます。そして,安心した方はあまり手がかからない。

井上:それはよく分かります。

桜井:在宅では24時間365日という言葉が問題で,うちでは無理と言う医療者も多いです。でも,通常のケアをしっかり行っていれば,夜間の呼び出しはそれほどありません。

 実は僕は,死亡確認もあえて夜中に行う必要はないと思っています。深夜3時に息を引き取り,8時まで医者は来ない。家族だけで5時間を過ごすのは「あり」ではないか。死の場面に医師や看護師が必ず同席する必要はないし,われわれが診断した途端,それは社会的な死となる。親戚や葬儀社が来ると泣いてもいられない。僕は,「亡くなっても慌てる必要はない。ゆっくりお見送りしていいんだよ」と言っています。

井上:私は夜中でも駆け付けてご一緒する例が多いです。たとえ夫婦でも独りで看取るのは心細くて怖いし,つらい。誰かにいてほしいという感情は自然だし,それに応えるのも大事だと思います。

在宅看取りの難しさと魅力
在宅の醍醐味を知ったスタッフは病院勤務には戻れない/井上


桜井:井上さんは先ほど,患者さんの話をじっくり聞けるのが在宅の素晴らしさだと言われましたね。

井上:私は訪問看護師の教育にもかかわっていますが,看護師たちの話を聞くと,彼らがこうだろうと想像していることと,患者さんや家族の本当の気持ちがイコールだと思っているような印象を受けます。

桜井:医療者の一方的な慮(おもんばか)りと患者さんの本音との隔たりですね。

井上:本音を聞き出す時間的,気持ち的な余裕もないのが実情ですが。

吉田:そもそも,医師に本当のことが言えない患者は少なくないようです。先日,『垣添忠生と妻を看取った8人の男達』という講演会を開きました。ある聴講者は,国立がん研究センター名誉総長という大先生の前で,皆が堂々と思いを語る点に驚いたそうです。また,ある人は,医療者に本音をしゃべることなど考えられないと言われました。

桜井:確かに,患者さんは医療やケアのサービス提供者にはなかなか本音を打ち明けません。不利益を被ったら嫌やから。一番抵抗があるのが医師で,次いで看護師,ケアマネ,ヘルパーの順でしょう。僕の場合,クリニックの外で吉田さんたちと出会ったから,生の声を聞くことができた。これは貴重な経験でした。われわれは,積極的に患者さんや家族の会に出かけるべきです。在宅では本音を聞くことができますか。

井上:在宅では患者さんや家族と話す機会も多いですし,自分のおうちで遠慮がないため,いろいろなことを話されます。そこで気付いたのが,病院では隠しておられる患者さんや家族の本当の思いを,在宅では知ることができるという点です。

桜井:それが在宅の醍醐味やね。

井上:在宅で初めて教わること,発見することがたくさんあります。一度在宅に携わった看護師がめったに病院には戻らないのは,そのせいだと思います。

田中:それは介護の世界でも一緒です。施設にいた介護職が在宅に行くと,もう戻れないですね。

桜井:ただ,在宅看護・介護では,患者さんの人生の最後の一瞬にしかかかわれない。これは少し寂しい。開業医は,普段からかかりつけ医としてかかわり,最期を看取る長い付き合いができる例もあります。これからは,かかりつけ医より“かかりつけ看護師”が求められるかもしれませんね。

在宅看取りと病院医療
病院と在宅をつなぐのは以前より難しくなっている/田中


桜井:病院〜施設〜在宅をスムーズに行き来できる重要性は明らかですが,病院の理解はどうでしょうか。

田中:私はがん専門病院の事例検討会に通っていますが,病棟の看護師が在宅医療を分かっていないことに驚かされます。例えば,地域の人が集まるカンファレンスのサマリーに,自分の診療科でしか通用しない略語や専門語を平気で使う。誰に伝えたいのか,不思議になります。

吉田:病院では今,退院調整が大きなテーマのはずですよね。

田中:それで地域連携室などは充実してきていますが,在宅を知っているスタッフが空回りする場面もよく見ます。専門分化の進む病院医療と在宅医療をつなぐのは,以前より難しくなっているのかもしれません。

桜井:僕がよく思うのは,病院のスタッフは外来通院や入院の大変さを理解しているかという点です。朝から病院に行き,採血され検査を受け,薬をもらうのに1日がかりの通院で,へばって翌日から寝込んでしまう例が多い。入院したら本人も家族も楽だろうと思い込んでいるけど,「毎日病院に行かなくていいし,家だったら洗濯機も回せて,化粧をしなくていいから楽」と言う家族の気持ちが伝わらない。

田中:在宅では医療材料が十分じゃない,手技の清潔操作が難しいといった点は理解しています。しかし,それでも在宅を求める本人や家族の気持ちに対する共感がない。

吉田:本人や家族の身になって考えれば分かるはずなんですが。

桜井:もう1つ指摘したいのは,介護認定の主治医意見書です。がん拠点病院の多忙なドクターにまで書かせるのは酷だと思います。訪問看護師に任せたら駄目なんだろうか。

井上:診断の部分を書いてもらえれば,後は看護師の方が適任ですね。

田中:私たちは姫路市で,要介護認定の迅速化を提言しています。末期がん患者で調べたのですが,認定調査は平均2.4日で済むのに,主治医意見書の提出が遅いため,認定結果が出るまでに19.6日かかっていました。この調査結果は,『ホスピスと在宅ケア』に掲載予定です。

桜井:意見書は,開業医が書くと1枚5,000円の収入になりますが,勤務医にはそうしたインセンティブもなく,後回しになるのでしょう。退院調整カンファレンスが来週,介護保険認定が再来週などといっている間に患者さんは亡くなってしまう。帰りたいという方は,早く家に戻してあげてほしいのです。

在宅看取りの将来
「私はこう死にたい」と言える市民を目指したい/吉田


田中:ケアマネの立場から言うと,「うるさい,わしは帰るんじゃ」と言う患者さんが一番やりやすい。本人の意志さえ明確であれば,細々した条件は後から整えていけます。

吉田:僕は在宅ホスピスケアの意義を伝えるため,妻の看取りのケースを題材に『いびらのすむ家』という絵本をつくりました。家族愛の物語と考える人が多かったのですが,僕は患者の自己決断の意義を書いたつもりです。医療を受ける側は「私はこう死にたい」と言えるようになるべきだし,そのための勉強が求められていると思います。

桜井:日々の診療で元気なジジババには聞いています。「お誕生日,おめでとう。あと何年くらい生きて,どんなふうに死にたい?」って。ただ,本当に死にそうな人に尋ねるのはつらい。初対面なら余計やね。

吉田:『いびらのすむ家』の読者にアンケートを行ったのですが,看取りの体験者と未体験者の間で意識の差が大きいことが分かりました。病院や施設は人の死の実態を隠してしまい,看取りの体験や死の学習の機会を奪っています。体験者が増えれば,もっともっと在宅看取りは増えていくと思います。

桜井:とにかく病院は,どんな状態でも家に帰るという選択肢はあることを患者さんに示してほしい。

田中:普段は早期退院を勧めているくせに,一方で「こんな状態では帰れません」と言う。これはおかしい。

井上:家に帰りたいと相談したときに,医療者に首をかしげられるだけで,患者さんや家族は「ああ無理なんだ」とあきらめてしまうんです。

桜井:極端な話,帰った晩に死んでもええやん。

田中:終末期になれば,「家に帰る」ことに匹敵する価値を病院は提供できません。つまり,医療者が取り扱ってはいるけど,これはもう医療の問題ではないのです。

吉田:人生観,死生観の問題ですね。日本人はお寺やお墓には詳しいけど,自分の最期のことは考えない。

桜井:終末期になったら,医療者は手を引き,本人や家族に返してあげる。病院が良ければ居たらいいし,自宅がいいなら帰ればいい。「手は離すけど,見放さない」。実は,その辺りの加減が一番難しいんだけど。

(終)

メディカルトリビューン 2011年12月29日

医療の未来を見据えた100歳の提言
聖路加国際病院 日野原 重明 理事長
 昨年10月に満100歳の誕生日を迎え,なお現役医師として臨床現場に立ち,講演,執筆など幅広いジャンルでの活躍で知られる聖路加国際病院(東京都)の日野原重明理事長。今は新しい10年先に向かうスタートラインに立った心境という。早くから予防医学の重要性を説き,「成人病」に代わる「生活習慣病」という新しい言葉を提案。また,ターミナルケアの普及にも尽力するなど,日本の医学の発展に寄与してきた。そこで,時代を見つめてきた“人生の達人”に,高齢社会との向き合い方,医療の将来像,人生の哲学を披露願った。

文化・伝統の継承と医療情報の提供の両面から貢献を果たす

─理事長は100歳を過ぎた今も,現役の医師としてエネルギッシュに活動を続けておられます。時代の証言者の立場から,豊かに老いることの意味,長寿・高齢化社会を迎える日本の未来像についてお話しいただけますか。

 現在,日本にいる100歳以上の高齢者の数は3万9,000人を上回ります。半世紀前は,たかだか100人にも満たなかったのに,今では世界で最も長寿の人が多い。全体の8割を女性が占め,男性は2割にとどまっている。全体の半分は要介護者で,自立ができていないのですね。これでは困りますから,生き生きとした高齢者を育成する必要がある。遠からず韓国が,次に中国が人口の高齢化に直面します。一歩先んじた日本は,高齢化に向けて上手に対応しなくてはなりません。

─具体的にはどのような方策がありますか。

 10年前,(財)ライフ・プランニング・センターに設立した「新老人の会」は,75歳以上のシニア会員,74歳以下のジュニア会員,20〜60歳までのサポート会員を合わせ,1万1,000人の会員を超えるまでになりました。国内の39カ所に加え,ハワイやメキシコにも支部があって,会員は日本の文化や習慣,戦争体験を次の世代に伝える一方で,身心両面の健康情報を提供し,医学・医療の進歩に貢献するヘルス・リサーチ・ボランティアの役割も受け持っています。会員同士の勉強会,趣味やスポーツのサークル活動も盛んで,10月16日に三重で開催したジャンボリーには8,000人が参加しました。そこでは,わたしの100歳の誕生日を祝って150人もの会員がフラダンスを披露してくれました。

 やはり,いろいろな活動を積極的に行うことで,幸福感も高まって,健康状態も良くなると思います。できるだけ多くの人が幸福感を持って暮らしてほしいものです。

「いのちの授業」を通じ,小学生たちとエネルギーをやりとり

─診療,講演,執筆など,多忙な生活を送られていますが,その元気の秘訣はどこにあるのですか。

 おっしゃる通り,わたしの1日は,会議や打ち合わせ,面談,病棟回診,講演,原稿執筆などで午前中から夜までスケジュールはいっぱいです。しかし,わたしには疲れというか,倦怠感がない。朝は爽やかに目覚める。けれども,100歳になったのを機に,深夜まで原稿を書くのをやめ,12時には床に就こうと決めました。また,わたしはここ5年ほど10日に1回のペースで各地の小学校に出かけ,「いのちの授業」に取り組んでいます。子供たちに「君たちの命はどこにあるの」と聞くと,たいていは心臓に手を当てる。心臓は酸素と栄養を持った血液を脳や手足や内臓に送るポンプであって,命ではない。命は目に見えない。君たちが持っている時間も目に見えないし,触れることもできない。時間と命は似ていて,君たちにはそれが使える。小さいうちは自分のためにだけ時間を使ってもよいけれど,大きくなったら何に使うか考えなくてはならない。そういうふうに自分の時間をどう使っていくかということが,生きているということなのだと説明すると,彼らはちゃんと理解してくれるのですね。5年前の著書『十歳のきみへ−九十五歳のわたしから』が英語,中国語に訳出されて以来,海外の子供たちからも素晴らしい感性にあふれた手紙が届くようになりました。これから大人になる世代が命の意味を知り,世界に平和をもたらす先駆者になる,それがわたしにとってのゴールです。わたしは教室で子供たちと接することによって,子供たちからたくさんエネルギーをもらっているわけです。

─65歳以上の年代のがんの罹患率は今や2人に1人といわれています。先生は早くからターミナルケアの重要性を指摘しておられましたが。

 医学の限界を知り,死を安らかに迎えるための医療が必要だという考えの下,ターミナルケアに力を入れてきました。1993年に富士山を望む神奈川県中井町に日本初の独立型ホスピスとしてピースハウス病院を設立しました。

 ターミナルケアは,大きく変わりましたね。少し前までは末期のがん患者の身体的な痛みや苦しみを取り除き,気持ちを落ち着かせ,静かに人生の終わりを迎えてもらおうという考え方が主流でした。しかし,最近では,最先端の放射線治療などが登場し,かつては治療法もなく亡くなっていた患者さんを数カ月〜数年,延命させられるケースも見られるようになってきました。例えば,先日亡くなった米国アップル社の創業者の1人,スティーブ・ジョブズ氏にしても,膵臓がんの切除手術から始まって肝臓を移植し,あれこれ手を尽くして8年間持ちこたえました。効果的なメソッドが使えるのに,この流れに背を向ける理由はありません。ホスピスケアでも治療をあきらめさせる代わりに,「いくつか方法はありますよ,それを使いましょうか」と提案する機会が増えました。

ナースプラクティショナリーが導くプライマリケアの進化

─日本の医療の将来像について,どのような考えをお持ちですか。

 医療テクノロジーこそ進歩したものの,医療制度はこの数十年,ほとんど進展がない。麻酔科,産科,小児科の医師不足が解消される気配もありません。医師だけに許された診断や治療といった医療行為がナースにも可能なら,事態は一変するはずです。医師の仕事とナースの仕事は3分の2が重なり合う。X線技師や検査技師などの仕事も同様です。そうしたオーバーラップした仕事を互いに分担し,協力しながら対応するチーム医療こそが望ましい。米国やカナダは40年も前にナース麻酔師(Nurse Anesthetists)が専門医の監督の下,独立して麻酔を行う体制を整えていて,現在では米国で実施される手術のうち約8割でその人たちが活躍しています。そこで,聖路加看護大学大学院の修士課程にこれまでの助産師に加え,麻酔師の養成コースを設置する計画を立てました。また,50年前から指摘し続けてきたように,日本のプライマリケアは海外に比べ,かなり遅れている。特にへき地では限られた医療機関に患者が集中し,十分な医療サービスができなくなっているばかりか,配属された医師も数年を経ずして交代してしまう。その打開に向け,なるべく早いうちにプライマリケアに従事できるナースプラクティショナーをつくりたい。人口3万人ぐらいの自治体を対象に,スーパーバイザー役の医師と協力して実績を積み上げていくつもりです。医学界をはじめ反対は多いでしょうけれど,地域住民には味方になってもらえるものと確信しています。

「寿命が続く限り,全力で生きる」をモットーに

─長年,支えとなってこられた奥様の認知症,さらに急な病に直面し,葛藤されるご様子が電波に乗り,多くの共感を呼びました。奥様への接し方で心がけていらっしゃる点をお聞かせください。

 本当に死というものを身近に感じました。家内とは68年前に結婚して以来,良き伴侶であり,3人の息子を育て上げた良き母,そしてわたしの仕事をサポートしてくれる献身的な秘書でした。今は92歳になりますが,20年前に右の肺に早期のがんが見つかって切除している。左の方の肺も気胸を患ったせいで呼吸機能が低下していた。脳が酸素不足に陥って認知力が落ち,言葉を出せなかったのですね。けれども,酸素を補ったらコミュニケーションが戻ってきました。100歳と92歳という高齢の夫婦ですし,お互いの寿命があるから,いつ死ぬか分からないと覚悟し,与えられた今日を全力投球して生きよう,それがわたしの人生論です。生きがいを持ってとにかく精一杯やってみる。「上を向いて歩こう」というあの歌がわたしは好きですね。

メディカルトリビューン 2012年1月5日

余命1年未満患者への薬剤の致死量処方を提言,英自殺幇助委員会
法令化求め枠組みを提示
 英国の自殺幇助に関する委員会Commision on Assisted Dyingが,余命1年未満の末期患者を対象に本人が希望した場合には医師が薬剤の致死量処方を可能にする提言を行ったとして,CMAJのFor the record欄が取り上げた(CMAJ 2012年1月12日オンライン版)。同委員会は安楽死や自殺幇助の合法化の必要性を訴えるとともに,明確な枠組みを提示しているという。

“適用患者評価は医師2人以上で”“最終作業は患者本人が”

 CMAJによると,これまでもたびたび議論されてきた末期患者の安楽死や自殺幇助をめぐる問題に対して,同委員会の報告書は「今なお自殺幇助は,それを求める人や,求められる可能性に対してプレッシャーを感じている人にとって,安全策が講じられていない」と問題視し,「現行の法律および政策は末期患者と医療者にとって不当である」と批判した。

 そこで同報告書では,余命1年未満の末期患者を対象に,安楽死を希望する場合は医師が薬剤の致死量処方を許可する法律を策定すべきと主張。主に次のような自殺幇助に関する法令の枠組みを提示した。

 明確に定義された患者の適用基準を設ける(2人以上の依存関係のない医師が評価)
 可能であれば患者をよく知っている医師が処方し,患者と家族をサポートする
 薬剤の致死量処方は, 不正使用や盗難から可能な限り安全に管理する
 自殺幇助を希望するのは治療に関する選択肢の説明を受けた患者とする
 自殺幇助を希望する患者本人が自身の命を絶つための最終作業を行う

 2人以上の医師が評価する患者の適用基準については,(1)症状が進行性で治癒不可能であり,今後12カ月以内の死亡が見込まれる末期状態,(2)他者からの強要ではなく,患者本人の自発的な意志による希望であることの証明,(3)患者本人が情報に基づく選択が可能な精神状態 を挙げた。

 さらに,医師に対して,自殺幇助を希望する患者が時宜にかなった処方(最短2週間。ただし,余命1カ月以内では最短6日)を受けられるよう,細心の注意を払いながらも,迅速に対応すべきとしている。

 なお,同報告書では,英国立臨床評価研究所(NICE)が自殺幇助における薬剤の致死量処方について手引き書を作成することを要請している。

メディカルトリビューン 2012年1月16日

遺伝子検査による鎮痛薬感受性予測システムを開発,東京都医総研など
下顎形成外科手術で有用性を検証へ
 東京都医学総合研究所参事研究員の池田和隆氏と東京歯科大学准教授の福田謙一氏らのグループは,鎮痛薬の感受性に関連する遺伝子多型を特定し,同薬の適切な投与量を予測する技術を世界で初めて開発。東京歯科大学水道橋病院で下顎形成外科手術を受ける患者を対象にテーラーメード疼痛治療を開始し,有用性を検証すると発表した。「がん疼痛治療への重要なステップになる」としている。

早期からの適切な疼痛治療が可能に

 今回開発されたシステムは,東京都からの運営費補助金による「がん・認知症対策」特別研究の研究成果。

 鎮痛薬感受性には大きな個人差があり,適切な投与量の探索には時間,コスト,労力を要するが,遺伝子解析技術の進歩により遺伝子要因を特定することが可能になっていた。

 そこで池田氏らは,術前には痛みがなく,画一的な手術が行われる下顎形成外科手術に注目。術後の疼痛管理に必要な鎮痛薬の量と患者の遺伝子多型を調べ,鎮痛薬感受性に関連するいくつかの遺伝子多型を発見した。さらに,遺伝子解析に基づく鎮痛薬の投与必要量の予測式を開発した。同氏らは「早期からの適切な疼痛治療の実現に貢献する技術」としている。

 今後,東京歯科大学水道橋病院で下顎形成外科手術数十例に対し同システムを用いたテーラーメード医療を実施し,従来の方法と有用性を比較する。がん性疼痛や他の手術後の疼痛にも利用できるようシステムの開発を継続するという。

メディカルトリビューン 2012年1月18日

長崎市をモデルケースにがん医療ネットワークの在り方を模索
 わが国では,2006年のがん対策基本法成立に伴い,がん対策推進基本計画(がん計画)が策定され,国としてのがん対策が進められている一方で,各都道府県単位でも同様の動きが見られる。しかし,がん患者に必ずしも恩恵がもたらされているとはいえない。第49回日本癌治療学会の特別企画シンポジウム「“届けがん医療 日本の隅々まで” 地域におけるがん対策」では,がん治療に関するネットワークづくりに向け,先進的な取り組みをしているとされる長崎市の例をモデルに,地域のがん対策の在り方が検証された。

 来年度予算案に小児がん対策費を追加
 ITを活用した地域医療連携で緩和ケアを推進
 常時相談可能な窓口を用意し緩和ケアの橋渡しを
 地域特性に基づく緩和ケア対策が重要


来年度予算案に小児がん対策費を追加

 医師であり,厚生労働省健康局がん対策推進室がん医療専門官の林昇甫氏は,がん計画見直しの動向やがん診療連携拠点病院による院内がん登録集計データ,来年度概算要求の概要について説明した。来年度予算の概算要求では,新しく小児がん対策に関する予算を計上し,重点的に推進するという。

 がん対策推進協議会は,5人のがん患者を委員に迎えた国として初めての協議会で,がん計画の策定に意見し,がんの予防や早期発見,がん医療の均てん化,研究などを推進する役割を果たしており,今回,がん計画が5年目を迎え,次期がん計画に向けた見直しが行われている。

 これまでのがん計画では,重点課題として,(1)放射線療法,化学療法の推進およびその専門医の育成(2)治療初期段階からの緩和ケアの実施(3)がん登録の推進 が掲げられているが,同氏は,がん医療の均てん化を担うがん診療連携拠点病院が,各医療圏の病院と有機的に連携し,これまで以上に地域で質の高いがん医療を実施する必要性に言及した。

 また,今まで国の支援がほとんどなかった小児がん対策として,小児がん拠点病院構想と小児緩和ケアを含む小児がん研修体制の整備などを推進するため,来年度予算要求に計上した。概算要求額は,小児がん対策費として約7億円という。さらに,各がん診療連携拠点病院で診療を受けた症例を集計した院内がん登録は,がん種や病期分類別などに集計されており,地域特性を踏まえ,各病院の特性に合わせた診療計画を立案する上で有用であるとした。

 同氏は,今後,がん診療連携拠点病院の指定要件の見直しや,地域連携を進め,がん患者とその家族が安全かつ安心してがん医療が受けられる地域連携クリティカルパスの運用,地域完結型のがん医療も検討が必要とし,「国と地域が協働してがん対策を推進すべきである」と結んだ。

ITを活用した地域医療連携で緩和ケアを推進

 近年,医療技術の進歩により,急性期患者の在院日数は短縮傾向にあるため,治療やケアが大病院だけで完結せず,地域の診療所などでも継続されるケースが増加してきた。長崎市医師会の野田剛稔会長は,同医師会が3年間従事した,緩和ケア普及のための地域プロジェクト(OPTIM)の概要や,独自の取り組みなどについて説明。ITを利用して大病院同士をネットワークで結び,緩和ケアなどに役立てる医療連携システムを紹介した。

 OPTIMは,同医師会が厚労省から委託され実施した研究で,目的は,わが国に適した緩和ケア地域モデルの構築である。研究期間は約3年間で,長崎がん相談支援センターを拠点に,緩和ケア専門医や看護師などから構成したチーム(地域緩和ケアチーム)を必要な病院,診療所,患者の自宅へ派遣した(図)。計画は段階的に立案し,OPTIMを市民に周知し,がん相談支援センターと地域緩和ケアチームが積極的に利用されるようにした。

 また,研修会や多職種共同カンファレンス,事例検討会などで緩和ケアの標準化や地域連携の強化を図り,市民向けの講演・講習会も開き,啓発や情報提供も行った。同医師会も独自に在宅療養患者向けの食事のレシピや,在宅療養費算出用のソフト,訪問薬剤指導用のDVDを作成したほか,リビング・ウィルに関する広報なども手がけた。

 さらに,ITを利用した地域医療連携策として,同医師会主導で,長崎市および大村市における大病院を医療ネットワークでつなげる「あじさいネット」を立ち上げた。このネットワークにより,長崎県内約4,000床分に当たる病院のいずれかで入院,受診した患者の検査結果や投薬状況,紹介先の情報などがリアルタイムで把握でき,緩和ケアにも生かせる態勢が構築できたという。

 同会長は,今後について「開業医をはじめとした医療従事者の高齢化や,医療リソースの不足,少子高齢化に伴う生活環境の悪化,認知症患者の増加などにも対応していかなければならない」とまとめた。

常時相談可能な窓口を用意し緩和ケアの橋渡しを

 長崎市医師会の白髭豊理事〔白髭内科医院(長崎市)院長〕は,OPTIMによって緩和ケアの現場が,拠点病院から在宅へとスムーズに移行するようになったとし,今後は緩和ケアチームのある病院とない病院,病院と在宅医療の現場の橋渡し役となる,常時相談窓口が必要と述べた。

 OPTIMは,(1)緩和ケアの標準化(2)地域連携の強化(3)専門緩和ケアサービスの利用の向上(4)市民への情報提供 の4つを主眼にしている。

 まず(1)を目指して,医師向けの研修会や多職種が参加するワークショップなど,重層的な教育が行われた。

 (2)を図るためには,緩和ケア,がん医療などに対する問題点について,複数の施設から複数の職種が話し合う地域カンファランスや,模擬事例検討会,施設職員向け研修会などが開かれ,患者のスムーズな退院やみとりなどを実現するスキルの向上が促された。また,病院での医療と在宅医療に従事するスタッフが合同で定期的に話し合う場を設け,在宅ケアの実情について情報を共有できたことも意義深かったという。

 長崎大学緩和ケアチームが抱える症例のうち,在宅医療に移行した件数や,同県内の拠点病院から退院した症例に在宅訪問診療を導入した件数なども,OPTIMに着手した2008年ごろから大きく増加しており,(2)がある程度達成できたと見られる。

 (3)に関しては,治療に難渋する症例についてのコンサルテーションや,出張緩和ケア研修などの方策を講じ,(4)には,公開講座や緩和ケアに関連する書籍などが利用された。

 これらの施策により,在宅療養患者のみとり数などは,がん患者を含めて上昇傾向にあるという。同理事は「長崎市では医師会が中心となり,複数の施設,職種が協働して緩和ケアを推進することができた。今後は,各病院間,あるいは病院と在宅医療の現場を有機的に結ぶ相談窓口が求められる」と強調した。

地域特性に基づく緩和ケア対策が重要

 長崎大学病院がん診療センターの芦澤和人センター長は,がん診療連携拠点病院としてOPTIMに参画した立場から,がん緩和ケアへの取り組みについて報告し,課題として,地理的特性の把握やマンパワー不足への対処などが挙げられるとした。

 長崎県内には,がん診療連携拠点病院および推進病院が計8病院あり,専門的ながん医療の提供,地域のがん医療連携体制の構築,情報提供,相談支援などの役割を果たす。

 同センターでは,既存の診療科などを横断的に運用した7部門があり,緩和医療部門は,院内の地域連携センターや地域の医療施設と協力し,患者が望む診療形態へのスムーズな移行の支援や,緩和ケアの普及・教育を担当する。そのため,同院の専従医師や看護師らに在宅医も加えた,緩和ケアオープンカンファレンスや,治療に難渋する症例に対する在宅ハイリスクカンファレンスなどを開催し,さらに種々の研修会,看護師育成事業などを行っている。

 相談支援部門では,患者・家族からの支援に携わっており,電話相談が約7割,直接面談が約3割を占め,相談内容は治療に関するものが約3割,不安・心のケアは約2割に上った。がん患者向けのサロンも開設し,毎月,各がん種や退院支援,在宅医療などをテーマにしたミニレクチャーや交流会なども催している。

 加えて,がん地域連携パスを作成し,患者の診療計画,検査結果,治療経過をかかりつけ医らと共有するツールとして運用を開始している。

 さらに,同センター長は,離島が多いという同県の地域特性や,医療者の人員不足に対応するため,がん診療の中核となる離島の病院を指定し,テレビ会議システムを利用した研修機会を提供したり,九州がんプロフェッショナル養成プランで人材育成を図ったりしているとした。

メディカルトリビューン 2012年1月19日

終末期胃ろう「治療差し控えも」…老年医学会
 日本老年医学会(理事長・大内尉義(やすよし)東大教授)は28日、高齢者の終末期における胃ろうなどの人工的水分・栄養補給について、「治療の差し控えや撤退も選択肢」との見解を示した。

 終末期医療に対する同学会の基本的な考え方を示す「立場表明」の改訂版に盛り込まれ、同日の理事会で承認された。

 「立場表明」は2001年に策定されたが、その後の実態に即したものにするため、10年ぶりに改訂された。近年、口から食べられない高齢者に胃に管をつないで栄養を送る胃ろうが普及。病後の体力回復などに効果を上げる反面、欧米では一般的でない、認知症末期の寝たきり患者などにも広く装着され、その是非が議論になっている。

 改訂版では、胃ろうなどの経管栄養や人工呼吸器の装着に対する見解が初めて盛り込まれた。高齢者に最善の医療を保障する観点からも、「患者本人の尊厳を損なったり、苦痛を増大させたりする可能性があるときには、治療の差し控えや撤退も選択肢」とし、「患者の意思をより明確にするために、事前指示書などの導入も検討すべき」とした。

YOMIURI ONLINE 2012年1月29日

中央社会保険医療協議会
緩和ケア病棟、「評価機構」の認定なくても可
チームによる「外来放射線照射診療料」も新設
 中央社会保険医療協議会総会(会長:森田朗・東京大学大学院法学政治学研究科教授)が1月30日に開催され、1月27日に続き、「個別改定項目について(その2)」を議論した(資料は、厚労省のホームページに掲載)。

 30日の総会で、最も活発な議論が展開されたのが、緩和ケア病棟の施設基準の見直しだ。現在は「がん治療連携の拠点となる病院もしくはそれに準じる病院であること、または財団法人日本医療機能評価機構等が行う医療機能評価を受けていること」という要件があるが、これを削除し、医師の人員基準をはじめ、他の施設基準を満たす病棟であれば、「緩和ケア病棟入院料」や「緩和ケア診療加算」が算定できる案を示した。緩和ケアの推進が目的だ。

 全日本病院協会会長の西澤寛俊氏は、「緩和ケア病棟の対象となる医療機関を増やすことはいいが、第三者の評価は大事なので、何らかの形で残せないか」と提案。連合総合政策局長の花井圭子氏は、「第三者機構の評価を受ける要件を残してほしい。日本の医療を客観的に評価しているのは、この機構であり、患者が医療機関を探す時に役立つ。評価を受けることをむしろ推進する立場に立つべきであって、(認定の)ハードルが高いからと言って削除するのは、患者の視点に欠けている」と述べ、要件を残すよう強く求めた。

 一方、国立がん研究センター理事長の嘉山孝正氏は、「日本医療機能評価機構ががんのことを評価できるとは思っていない」と指摘、緩和ケア病棟のそれ以外の施設基準で質は担保できるとした。

 そのほか、様々な意見があったが、厚労省保険局医療課長の鈴木康裕氏は、「緩和ケア病棟の施設基準に限らず、第三者評価は重要だが、認定病院等に限定していることが、緩和ケア病棟の数を限定している要因になっている」と説明、結局、「認定に準じる病院」との表現を加え、「がん治療連携の拠点となる病院もしくはそれに準じる病院であること、または財団法人日本医療機能評価機構等が行う医療機能評価を受けていることもしくはそれに準じる病院であること」という解釈に幅を持たせる表現に落ち着いた。

 緩和ケアをはじめ、がん診療関連は、「充実が求められる分野」、つまり点数の引き上げが予定されている分野。外来緩和ケアも、専門の医師を配置する場合の点数がアップするほか、医療用麻薬の4剤について、処方日数の制限を14日から30日に緩和するなどの改定を行う。

 さらに、放射線治療推進のため、「外来放射線照射診療料」を創設。放射線治療医不足の現状を踏まえ、医師が毎回診察しなくても、医師の指示で看護師や診療放射線技師等がチームで毎回観察することで放射線照射を実施する体制について、点数を新設する。

 がん関連の主な改定項目は以下の通り。

◆緩和ケアの推進
・緩和ケア病棟および緩和ケア診療加算の施設基準の変更(算定対象は、「がん治療連携の拠点となる病院もしくはそれに準じる病院であること、または財団法人日本医療機能評価機構等が行う医療機能評価を受けていることもしくはそれに準じる病院であること」に)。
・小児緩和ケア推進のため、「がん性疼痛緩和指導料」、「緩和ケア診療加算」、「外来緩和ケア管理料」を新設。
・「がん性疼痛緩和指導管理料」について、緩和ケアの経験を有する医師が指導管理を行った場合を新たに評価。
・コデイン(内用)、ジヒドロコデイン(内用)、フェンタニル(注射剤)、フェンタニル(経皮吸収型製剤)の4製剤の医療用麻薬について、処方日数を14日から30日に緩和。 

◆がんの診療連携の充実
・「がん診療連携拠点病院加算」は、がん患者だけでなく、「がんの疑い」の患者の紹介の場合も算定可能に。
・がん診療連携拠点病院において、紹介患者が入院に至らず、外来化学療法等を受けた場合の「がん治療連携管理料」を新設。
・「がん治療連携計画策定料」は、「入院中に策定」した場合に算定が可能だったが、「入院中または退院から30日以内」に策定した場合、「計画の変更」を行った場合でも算定可能に。
・「リンパ浮腫指導管理料」は、手術を実施した医療機関だけでなく、それ以外の医療機関で2度目の指導を受けた場合も算定可能に。
・「がん患者カウンセリング料」は、転院を受け入れる医療機関でも算定可能に。 

◆「外来放射線照射診療料」の新設
・外来放射線照射実施計画に基づき、1週間におおむね5日間の放射線照射を受ける患者に対し、医師の指示による看護師や診療放射線技師等のチームによる毎回の観察を評価。
・放射線治療医(放射線治療の経験5年以上)が勤務している、専従の看護師と診療放射線技師がそれぞれ1人以上勤務していることなどが要件。

◆小児入院医療管理料における放射線治療の評価
・小児入院医療管理料の包括範囲から、放射線治療を除外。

m3.com 2012年1月30日

大きな転換期を迎えた日本の専門医制度 第49回日本癌治療学会
 日本の専門医制度が大きく変わろうとしている。学会単位の専門医認定から,中立的第三者機関による認定へ転換されようとしているためだ。名古屋市で開かれた第49回日本癌治療学会の特別企画シンポジウム「日本の専門医制度:大きく変わるコンセプトと新たな方向性」では,わが国の専門医制度の歩みと計画されている新制度の概要,がん治療領域の専門医制度の現状が報告された。

 日本専門医制評価・認定機構の専門医制度あり方委員会と第三者機関検討委員会の委員長を務めた司会のがん研究会有明病院(東京都)・門田守人院長は,わが国の専門医制度のこれまでの経緯を紹介し,「専門分化」から「統合」への転換の必要性を指摘した。

 わが国の専門医制度は1962年の麻酔指導医制度から始まり,その後,多くの学会が専門医制度を導入した。81年に,学会ごとの専門医制度の整合性を図る目的で学会認定医制協議会(学認協)が発足。86年には学認協,日本医学会,日本医師会による1回目の三者懇談会が開かれ,個々の学会ではなく,この三者によって専門医を認定する方向への模索が始まった。

 三者の考え方の違いから時間はかかったが,1993年に基本的領域診療科13学会の専門医の三者認定が合意に達した。また,99年には日本学術会議から,専門医制度の整備と第三者的な専門医資格認定機構の設置が提言された。

緩和医療専門医制度 新制度への対応は学会で検討

 日本緩和医療学会理事長で大阪大学大学院緩和医療学の恒藤暁教授は,「緩和医療専門医制度」の現状について概説した。

 日本緩和医療学会の設立は1996年。がんや他の治癒困難な疾患の全経過において人々のQOLの向上を目指し,緩和医療を発展させるための学際的かつ学術的研究を促進し,その実践と教育を通して社会に貢献することを目的としている。

 米国臨床腫瘍学会(ASCO)と米国立がん研究所(NCI)が開発した緩和ケアの系統的教育プログラム(EPEC-O)を日本語版化し,2005年からこのプログラムに基づくトレーナーズワークショップを開催した。また,2007年からはがん診療に携わる医師を対象とした緩和ケア研修会を全国で開催。これまでに約2万6,000人が受講したという。

 2009年に暫定指導医と研修施設の認定を行い,2010年から緩和医療専門医の認定試験を開始した。現在,暫定指導医は619人,認定研修施設は445施設,緩和医療専門医は24人となっている。

 緩和医療専門医の要件として,専門的知識と技術に基づく臨床実践・コンサルテーション活動・教育指導と,専門的知識に基づく臨床研究が挙げられている。また,研修カリキュラムには,(1)症状マネジメント(2)腫瘍学(3)心理社会的側面(4)自身およびスタッフの心理的ケア(5)スピリチュアルな側面(6)倫理的側面(7)チームワークとマネジメント(8)研究と教育〜の大きく8つの柱がある。

 現在,専門医用の教科書を作成中で,今後,専門医養成のためのセミナー,専門医の生涯学習セミナーを計画していく予定という。

 新しい専門医制度について,同教授は「どのように対応していくか,学会で検討中である」と述べた。

メディカルトリビューン 2012年2月2日

ナースが聞いた「死ぬ前に語られる後悔」トップ5
 もし今日が人生最後の日だったら、あなたは後悔を口にしますか。それはどのようなものですか。

 人生最後の時を過ごす患者たちの緩和ケアに数年携わった、オーストラリアの Bronnie Ware さん。彼女によると、死の間際に人間はしっかり人生を振り返るのだそうです。また、患者たちが語る後悔には同じものがとても多いということですが、特に死を間近に控えた人々が口にした後悔の中で多かったものトップ5は以下のようになるそうです。
 
1. 「自分自身に忠実に生きれば良かった」
 「他人に望まれるように」ではなく、「自分らしく生きれば良かった」という後悔。Ware さんによると、これがもっとも多いそうです。人生の終わりに、達成できなかった夢がたくさんあったことに患者たちは気づくのだそう。ああしておけばよかった、という気持ちを抱えたまま世を去らなければならないことに、人は強く無念を感じるようです。
 
2. 「あんなに一生懸命働かなくても良かった」
 男性の多くがこの後悔をするとのこと。仕事に時間を費やしすぎず、もっと家族と一緒に過ごせば良かった、と感じるのだそうです。

3. 「もっと自分の気持ちを表す勇気を持てば良かった」
 世間でうまくやっていくために感情を殺していた結果、可もなく不可もない存在で終わってしまった、という無念が最後に訪れるようです。
 
4. 「友人関係を続けていれば良かった」
 人生最後の数週間に、人は友人の本当のありがたさに気がつくのだそうです。そして、連絡が途絶えてしまったかつての友達に想いを馳せるのだとか。もっと友達との関係を大切にしておくべきだった、という後悔を覚えるようです。
 
5. 「自分をもっと幸せにしてあげればよかった」
 「幸福は自分で選ぶもの」だと気づいていない人がとても多い、と Ware さんは指摘します。旧習やパターンに絡めとられた人生を「快適」と思ってしまったこと。変化を無意識に恐れ「選択」を避けていた人生に気づき、悔いを抱えたまま世を去っていく人が多いようです。
 
 以上、どれも重く響く内容でした。これを読んで、あなたは明日からどう過ごしますか。

Pouch[ポーチ] 2012年2月5日

韓国の「臨終の質」は世界32位
 慶尚北道(キョンサンブクド)のユンさん(66)は昨年1月末、腎臓がんという診断を受けた。ソウルの病院で抗がん治療と放射線治療を受けたが、効果はなかった。家族と連絡が途絶えて久しく、一人で苦労しながら過ごしていたが、寒くなり始めた昨年10月、知人の助けを受けて首都圏の療養院に移った。療養院側は鎮痛剤を与えているが、末期患者を管理する専門家ではないため、痛みを調節するのが容易でない。

 2010年にがんで死亡した人は7万2046人。末期がん患者に最も必要なサービスは痛みの調節だ。抗がん治療はそれほど意味がない。痛みを調節しながら人生を整理することが重要だ。専門家の相談を受けたり、瞑想・ヨガなどで心理的な安定を維持しなければならない。こうしたサービスを緩和医療(ホスピス)という。

 末期がん患者のうち緩和医療を受ける人は9%にすぎない。ユンさんのようにきちんとした医療サービスを受けられない人は32.4%にのぼる。40.7%は高麗人参やキノコ類などの食事療法や代替医療に頼っている。国立がんセンターががん死亡者の遺族1664人をアンケート調査した結果だ。

 末期がん緩和医療サービスは全国44機関(725病床)で提供している。国立がんセンターホスピス緩和医療事業課のチェ・ジンヨン研究員は「緩和医療先進国の英国は人口100万人当たり50病床を保有する」とし「この基準を適用すれば韓国では2500病床が必要となるが、現在はまだ29%しかない」と指摘した。

 ソウル大病院の許大錫(ホ・テソク)教授(血液腫瘍内科)は「病床が不足しているうえ、現在も延命治療を好む雰囲気があり、‘死の質’が落ちる」と述べた。末期がん患者の痛みの管理には麻薬性鎮痛剤が使われる。世界保健機関(WHO)によると、韓国国民1人当たりのモルヒネ使用量は1.2ミリグラムで世界62位。1位のオーストリアは153.4ミリグラムだ。ソウル大病院の許教授は「麻薬性鎮痛剤はほとんど末期がん患者が使うが、使用量が少ないというのは患者がそれだけ苦痛を受けて亡くなっているということ」と話した。

 シンガポール慈善団体のリン財団によると、韓国の「臨終の質」は世界32位という。保健福祉部は今年、全国44カ所の緩和医療専門機関に23億ウォン(約1億7000万円)を支援することにした。亜洲(アジュ)大病院が追加された。来年は一般病院も要件を満たせば末期がん患者を対象に緩和医療ができるよう診療報酬点数を出す計画だ。

中央日報 2012年2月7日

第14回日本アロマセラピー学会
アロマセラピーや漢方が統合医療,緩和医療に貢献
 今後,資源を有効利用し,疾病を予防するには統合医療が必要となる。東京都で開かれた第14回日本アロマセラピー学会(会長=東京警察病院整形外科・柴伸昌部長)のシンポジウム「統合医療へのアプローチ」(座長=昭和大学第一解剖学教室・塩田清二教授,大阪大学大学院生体機能補完医学講座・伊藤壽記教授)では,アロマセラピーは健康・美容やがん患者のQOL改善で,漢方はがん治療で,麻薬はがん性疼痛治療で統合医療や緩和医療に貢献すると報告された。

〜エコ医療におけるアロマセラピー〜セルフケアで健康・美容を達成
〜緩和ケアにおけるアロマセラピー〜がん患者のQOLを改善
〜がん治療〜西洋医学+漢方の統合医療確立が急務
〜がん性疼痛と緩和医療〜疼痛存在下では麻薬への精神依存が抑制

〜エコ医療におけるアロマセラピー〜
セルフケアで健康・美容を達成

 日本統合医療学会の渥美和彦理事長は,エコ医療におけるアロマセラピーの役割について検討し,今後の健康,長寿,美容は病気の予防とセルフケアにより達成される時代になるが,アロマセラピーは健康・美容面で貢献するとの見解を示した。

医師中心から患者中心の医療へ

 現在,さまざまな面で東西文明が衝突・融合しつつある。また,世界的な資源枯渇による有効利用・配分見直しが必要であり,ゲノム診断や再生医療の発達で医療は治療の時代から予防の時代に入りつつある。これらに対応する医療は必然的に統合医療になる,と渥美理事長は指摘した。

 西洋医学は情報学的,統計学的であり,数十万人のデータを集め理論的に結論を出すことで診断・治療を行うが,個別的例外に対して答えを出せない。このような個人の医療を扱うには伝統医学を含む相補・代替医療(CAM)が有効であり,両者を統合することで患者中心の医療を目指すのが統合医療である。

 統合医療の定義について同理事長は,(1)患者中心の医療(2)身体・精神(心理),社会(環境),霊性(魂)を含めた全人的医療(3)治療だけでなく疾病予防,健康維持,長寿(抗加齢)のための医療〜の3つを挙げ,「これまでの医療は医師中心の医療だったが,今後は患者中心の医療に変えていかなければならない」と強調した。

 さらに同理事長は,東日本大震災ではライフラインが寸断されて従来の西洋医学を行えなくなった結果,インフラをあまり必要としない漢方,鍼灸,ヨガ,マッサージ,アロマセラピーなどのエコ医療が役立ち,被災者を癒したと評価。また東日本大震災後に(1)エネルギーを消費しないエコ医療へ(2)治療中心から予防・健康中心へ(3)自分の健康は自分で守るセルフケアへ〜変化したと指摘した。

 最後に,同理事長は「今後の健康,長寿,美容は疾病予防とセルフケアにより達成されるが,単なる長寿でなく,健康で美しい長寿でなければならない。特に健康・美容面ではアロマセラピーが大きく貢献するだろう」と締めくくった。

〜緩和ケアにおけるアロマセラピー〜
がん患者のQOLを改善


 病院や患者自宅への訪問アロマセラピーを行うメディカルアロマ&リフレTori(神奈川県)代表でナースセラピストの所澤いづみ氏は,アロマセラピーと緩和ケアについて自身の経験を基に検討し,アロマセラピーはがん患者のQOLを改善できる療法の1つと述べた。

患者が最も安楽な姿勢を心がける

 ホスピスや緩和ケア病棟では現在,ボランティアのアロマセラピストが定期的に施術を行っているが,常勤のアロマセラピストがいる施設は少ない。病院看護師がアロマセラピーの講習会で勉強し,患者に施術している施設も増えているが,アロマオイル購入の問題などであまり普及していない。

 これらの現状を踏まえて所澤氏は,緩和ケアでのアロマトリートメントの要点として(1)自分ががんになったときに何をしてほしいかを考える(2)患者と家族の話をよく聞く(3)患者の痛みを少しでも理解しようという気持ちを持つ(4)心を込めて気持ちよさを与える施術をする(5)心身のリラックスと症状緩和に導く〜などを挙げた。また,緩和ケアでのアロマトリートメントでは,患者が最も安楽な体位で施術することが重要であり,その姿勢が本当に楽かどうかを確認する必要があるとした。

 アロマトリートメントの効果には(1)腹部の施術と足のマッサージによる腹水の改善(2)弱い下剤と腹部の施術による便秘の解消(3)アロママッサージによる高度浮腫および日常生活動作(ADL)の改善 などがある。

 緩和ケアとしてのアロマトリートメントを行う際の基本姿勢としては,(1)施術者の精神的安定(2)患者の動きや言動を読み取り,心を込めた施術を行う(3)その人らしい生き方のお手伝いをする姿勢(4)家族の話も傾聴し,その気持ちを理解する姿勢(5)人生の終末にかかわる意味を感じ,暗くならず明るさとユーモアを忘れない(6)チーム医療でサポートする などが必要である。

 最後に同氏は,アロマセラピーは,2002年に世界保健機関(WHO)から発表された緩和ケアの定義である「QOLを改善しようとするアプローチ」の1つにつながると結んだ。

〜がん治療〜
西洋医学+漢方の統合医療確立が急務


 がん研有明病院(東京都)消化器センター内科の星野惠津夫部長は,同院に漢方サポート外来を開設し,多数の進行がん患者に長年漢方治療を行ってきた。同部長は「今後20年以内に,がんに対する西洋医学と漢方による統合医療を確立することが,わが国のがん医療にとって必須」と強調した。

「がん証」改善に有効な補剤

 がんは全身疾患であるため,心身全体を調整できる漢方が役立つ。星野部長が2006年春に開設した漢方サポート外来の目的は,漢方薬によるがん患者の(1)諸症状の緩和(2)元気回復とQOL向上(3)副作用軽減による計画通りのがん治療の遂行(4)延命効果と抗腫瘍効果〜などの検討であった。

 同部長は,進行がん患者が呈する基本病態を「がん証」と呼んでいる。がん患者は,がん自体による苦痛に加え,治療による副作用や後遺症,さらに免疫細胞から放出されるサイトカインの影響によって,気力・体力が低下し元気がない。

 がん証に有効な漢方薬は「補剤」であり,補中益気湯,十全大補湯,人参養栄湯の三大補剤を患者の状態(証)に応じて使い分ける。また,ほぼ全例に滞った血行を改善する「駆お血剤」や,生来の生命エネルギーを蓄える「腎」を補う「補腎剤」が併用される。前者には桂枝茯苓丸,後者には牛車腎気丸などがある。

 同部長はこれまでに,放射線皮膚炎に対する紫雲膏,大腸がん肝転移例の術後肝不全に対する「茵ちん蒿湯+五苓散」,末梢神経障害に対する補腎剤,乳がんのホルモン療法によるホットフラッシュに対する「柴胡剤+駆お血剤」,高度進行がんへの抗がん薬と漢方薬の併用などが著効した症例を経験した。

 最後に,「がん患者を治療する医師は,患者に緩和ケアを勧めるだけでなく,現代のがん治療に漢方を導入すれば,がんに対する新たな統合医学が生まれる」と結論した。

〜がん性疼痛と緩和医療〜
疼痛存在下では麻薬への精神依存が抑制


 星薬科大学薬品毒性学教室の鈴木勉教授は,がん性疼痛のメカニズムと緩和医療について考察。「わが国では麻薬性鎮痛薬(麻薬)に対する誤解・偏見が強いが,疼痛存在下では精神依存は起こらず,便秘,悪心・嘔吐,眠気も十分対処可能」とした。

麻薬使用量は韓国よりも低い

 WHOは緩和ケアを「治癒を目的とした治療に反応しなくなった疾患を持つ患者に対して行われる積極的で全人的なケア」としている。

 また,下山らの分類ではがん性疼痛をその原因から(1)がん自体が原因の疼痛(2)がん治療に関連した疼痛(3)全身衰弱に関連した疼痛(褥瘡,便秘など)(4)がん自体にも治療にも関係がない疼痛(筋肉痛など)〜の4つに分けている。

 WHOのがん性疼痛治療の考え方では,非麻薬(アスピリンなど),弱麻薬(コデインなど),強麻薬(モルヒネなど)を痛みの強さに応じて3段階に使い分け(WHO三段階除痛ラダー),疼痛の評価によっては当初からの麻薬使用も推奨しているが,わが国では麻薬に対する誤解が根強い,と鈴木教授は述べた。また,各国の麻薬使用量を見ると,日本は韓国よりも低く,将来は英国程度の使用量を目安にすべきと指摘した。

 同教授らは炎症性および神経障害性疼痛モデルを用いて麻薬の精神依存性を検討した結果,いずれの場合も疼痛存在下では精神依存が抑制された。さらに,動物での検討でモルヒネの鎮痛用量を1とした場合,それより低い用量でも悪心・嘔吐,便秘は起こるが,眠気は2.6倍,呼吸抑制は10.4倍以上の用量でないと起こらなかった。「麻薬の3大副作用の便秘,悪心・嘔吐,眠気のうち便秘には下剤を用い,悪心・嘔吐は1,2週間で耐性ができる。また,眠気は早い時期に耐性ができるので用量調節により,ほとんどは乗り切れる」と述べた。

メディカルトリビューン 2012年2月16日

第73回日本臨床外科学会
外科の努力で終末期の在宅医療が可能に
 在宅で最期を迎えたいという希望を持つ人は多いが,実際にはさまざまな要因のために病院で過ごさざるをえないケースが後を絶たない。東京都で開かれた第73回日本臨床外科学会(会長=東京医科大学外科学第三講座・青木達哉主任教授)のワークショップ「ここまで出来る終末期の在宅医療」〔司会=東京女子医科大学八千代医療センター・城谷典保副院長(消化器外科教授),東京医科大学茨城医療センター緩和医療科・下山直人教授〕では,がん性腹水や胃がん腹膜播種など,従来は在宅への移行が不可能と考えられていた症例が,外科医の取り組みによって可能となるケースが続々と紹介され,終末期における在宅療養に新たな可能性が示された。

緩和治療への積極的介入で腸閉塞でも在宅へ
腹水濾過濃縮システムでがん性腹水を解消
早期の調整で在宅への移行がスムーズに


緩和治療への積極的介入で腸閉塞でも在宅へ

 胃がんの腹膜播種は終末期に腸閉塞に伴う経口摂取不能や嘔吐などの症状を引き起こし,在宅療養の最大の障害となる。金沢大学消化器・乳腺・移植再生外科の木下淳氏は,同科の胃がん腹膜播種例のうち腸閉塞を発症し,緩和治療で在宅支援を行った28例について報告。「病態に応じた緩和治療に積極的に介入することで一般的に入院が必要とされる状態でも在宅への移行は可能」と述べた。

各種治療を組み合わせ

 腹膜播種の終末期には腸閉塞,水腎症,黄疸など多様な合併症が発生し,予後の低下や終末期のQOL低下につながるため,同科では積極的な緩和治療に取り組み,在宅治療を支援してきた。そこで木下氏は,同科における緩和治療内容などを検討した。

 対象は2008〜11年6月に同科で経験した胃がん腹膜播種58例のうち,腸閉塞を発症し,緩和治療により在宅支援を行った28例。

 その結果,在宅中心静脈栄養は25例(89%)に,在宅オクトレオチド持続皮下注は8例(29%)に施行。これらは,携帯型ディスポーザブル注入ポンプ(7日間用)が在宅でも導入可能となったことで,がん性腹膜炎に伴う消化器症状の改善に役立った。経管栄養チューブによる腸管減圧は4例(14%)に施行。これは,8Fr経腸栄養用チューブの使用で違和感が軽減されたことから,閉鎖式ドレナージパックにつなぐことで,頻回の嘔吐が続いた症例でも在宅管理が可能となった。消化管ステントは5例(直腸狭窄1例,胃原発巣狭窄4例)に施行。水腎症に対する尿管ステントは治験により最大留置期間が12カ月と長く,交換頻度が少ない全長型金属尿管ステントを使用した。緩和手術は8例(29%)で,内訳は小腸人工肛門4例,バイパス手術3例,バイパス手術+結腸人工肛門1例。経皮経肝胆道ドレナージ(PTBD)は1例(4%)。

 緩和治療の総数は1種類33%,2種類30%,3種類26%で,4種類を組み合わせた例も11%あった。腸閉塞症状の出現からの在宅加療日数は中央値42日間(5〜645日間),在宅治療率は中央値42%(4〜76%)だった。

 これらの結果について,同氏は「胃がん腹膜播種症例の終末期でも,病態に応じた緩和治療により積極的に介入することで,腸閉塞など一般的に入院加療が必要とされる状態でも,在宅医療への移行は可能で,QOLの改善に寄与する」と述べた。

腹水濾過濃縮システムでがん性腹水を解消

 がん性腹水は強度の腹部膨満感や呼吸苦を引き起こし,在宅への移行や抗がん薬治療の継続が困難になることも多い。医療法人社団愛語会要町病院腹水治療センター(東京都)の松崎圭祐センター長は,大量のがん性腹水にも対応可能な改良型の腹水濾過濃縮システム(KM-CART)を考案,125例に施行した結果,患者の症状改善に有効で,在宅患者にも安全に施行可能であることを報告した。

翌日からゴルフも可能

 腹水濾過濃縮再静注法(CART)は,腹水を抜き取った後に,腹水濾過器で腹水中のがん細胞などを除去し,さらに腹水濃縮器で腹水を濃縮,アルブミンなどの蛋白成分を回収して,患者に静注するもの。迅速に症状が緩和されるほか,必要な蛋白が維持できるメリットがある。1981年に保険適用され,30年以上が経過するが,回路,操作が複雑で,細胞成分の多いがん性腹水は早期の膜閉塞により濾過できないなどの欠点によりほとんど普及していなかった。

 そこで松崎センター長らは,一般的な輸液ポンプと吸引器が利用可能で,操作が簡単なKM-CARTを考案,2008年6月に特許申請を行った。

 2009年2月〜11年3月にがん性腹水125例にKM-CARTを施行した結果,採取腹水は1回当たり平均5.9L,濃縮液は平均0.8L,所要時間は平均52分,洗浄回数は2.9回,洗浄を含む処理速度は1L当たり8.8分。副作用は軽度の発熱のみだった。

〔症例1〕60歳代男性,膵がんの肝転移:腹部膨満感により経口摂取が不可能となったため,緩和ケア病棟への転院を勧められ,同センターを受診。KM-CARTでがん性腹水14.9Lを採取したところ,翌日から経口摂取,抗がん薬の内服が可能となり在宅へ移行,一時復職も果たした。

〔症例2〕60歳代女性,乳がん:17回のドレナージでがん性腹水を破棄後に全身状態が悪化し,同センターを受診。腹水8.6Lを採取後にKM-CARTを施行したところ,翌日に退院し,3日後には友人とゴルフに出かけられるほどに回復した。

 なお,在宅患者にKM-CARTを施行する場合は,午前に患者宅で腹水穿刺ドレナージを行い,昼に医療機関で採取した腹水を濾過濃縮,午後に患者宅で濾過濃縮液を点滴する。具体例として,在宅KM-CARTを施行し,腹部膨満感と下肢の浮腫が軽減され,亡くなる直前まで散歩ができた症例,数カ月にわたる腹部膨満感から解放され笑顔が戻り,安らかに永眠できた症例が示された。

 同センター長は「KM-CARTは軽度の発熱以外に副作用もなく,循環動態に注意すれば末期がん患者,在宅患者でも安全に施行が可能。がん性腹水に対しては,KM-CARTで積極的な症状緩和を図るべき」と述べた。

早期の調整で在宅への移行がスムーズに

 東京女子医科大学八千代医療センター消化器外科の平井栄一氏は,がん終末期における地域連携の取り組みについて報告。早期に在宅療養を調整した結果,在宅死亡率は全国平均の12.4%を大幅に上回り42.2%に上ったことを明らかにした。

在宅死亡率42.2%

 同センターは2006年12月に355床の急性期病院として開院。緩和ケア病棟や放射線治療施設がなく,目標平均在院日数が短いため長期入院が困難などの状況から,地域連携の活用が不可欠となっている。

 平井氏は,同科における地域連携を活用したがん終末期医療の現状と問題点について報告した。対象は,2009年8月〜11年10月の同科死亡症例64例(男性42例,女性22例,平均年齢69.0±11.1歳)。疾患の内訳は大腸がん31例,胃がん28例,食道がん2例,肝がん,胆嚢がん,卵巣がん各1例。

 なお,同科では(1)十分な病状説明を可能な限り本人に行う(2)早い時期から病状が進行した際の療養の場,みとりの場についての情報を提供する〜の2点を方針としている。そのため告知は,本人と家族同席による全告知41例(64%)が最も多く,本人には病名のみで細かい点は告知しないため家族と別々に説明した部分告知が22例(34%)で,非告知は1例(2%)のみだった。

 64例のみとりの場は在宅が27例(42.2%)と最も多く,2009年の在宅死亡率の全国平均12.4%を大きく上回った。2番目以降は同院18例(28%),連携病院16例(25%),他院緩和ケア病棟3例(4.7%)。

 在宅死亡例の在宅導入経過を見ると,外来通院中に在宅療養を調整したのが22例(81.5%),入院中が5例(18.5%)で,早期に在宅調整を開始した方が在宅死を実現しやすい傾向にあった。同院死亡例には,病状の進行が早く,症状緩和が困難,若年者,オピオイド系鎮痛薬大量投与,死の受容が困難などの特徴が見られた。

 今後の課題として,同氏は「安心して在宅療養を行うには,入院が必要になったときのために5〜10床でも緩和ケアに特化した病床の確保が必要。地域連携システムの構築も進めていきたい。在宅に抵抗感を持つ人も多いので,在宅緩和ケアを地域住民に浸透させることも必要」と述べた。

メディカルトリビューン 2012年2月23日

終末医療―医師と一般人はなぜ選択が異なるのか
ケン・マーレイ
 何年も前、尊敬を集める整形外科医であり、私のメンターでもあるチャーリーは、胃に「塊」を見つけた。全米で最も良い外科医の1人は、それをすい臓ガンと診断した。その外科医は、患者の生活の質は低下するものの、5年生存率を3倍――5%から15%に――に引き上げられる手術を手掛けていた。

目を引くのは、医師が受ける治療の多さではなく、少なさだ

 しかし、68歳のチャーリーは、手術には見向きもしなかった。翌日、彼は帰宅し、診療をやめ、病院には二度と足を踏み入れなかった。家族と時間を過ごすことに集中したのである。数カ月後、彼は家で亡くなった。彼は、化学療法も放射線治療も外科手術も受けなかった。メディケア(米高齢者向け医療保険制度)は彼の治療費にほとんど使われなかった。

 言いたくはないことではあるが、医者も死ぬ。ここでの彼らの特徴は、大半のアメリカ人より、いかに多くの治療を受けているかではなく、いかに「少ないか」である。医者は、病気の進行について正確に理解しており、どんな選択肢があるのかを知り、受けたいと思う治療はどんなものでもたいてい受けられる。しかし、どちらかといえば、医者の最期は静かで穏やかだ。

 医者が、一般の人よりも生に執着がないというわけではない。しかし、彼らは、近代医療の限界について家族と常日頃から話している。その時が来たら、大掛かりな治療はしない、ということを確認したいのだ。たとえば彼らは、もう最期という時に、心肺蘇生救急(CPR)を施され、誰かに肋骨を折られたくはない(CPRの正しい処置で肋骨が折れることは十分にある)。

 医師が終末期の決断で何を望むかについて、ジョゼフ・J・ガロ氏らは、2003年に論文にまとめた。調査対象となった医師765人のうち、64%が、自分が再起不能となった場合、救命の際に取るべき措置と取らない措置を具体的に指示していた。一般人の場合、こうした指示を行う人の割合はわずか20%だ。(ご想像の通り、高齢の医者の方が若年の医者よりもこうした「取り決め」をする傾向にある。これは、ポーラ・レスター氏らの調査に示されている。)

 医者と患者の決断には、なぜこのような大きなギャップが存在するのか。これを考えるうえで、CPRのケースは参考になる。スーザン・ディーム氏らは、テレビ番組で描かれているCPRについて調査を行った。それによると、テレビではCPRの件数の75%が成功し、67%の患者が帰宅できた。しかし、現実の世界では、2010年の調査によると、9万5000件以上のCPRのうち、1カ月以上生存した患者は8%に過ぎなかった。このうち、ほぼ普通の生活を送ることのできた患者はわずか3%だった。

 昔のように、医者が信ずるに従い、治療を行った時代とは異なり、今は患者の選択が基本だ。医師は、患者の意志をできるかぎり尊重しようとする。が、患者に「あなたならどうしますか」と聞かれると、医師は答えるのを避けてしまうことがよくある。我々は、弱者に意見を強要したくない。

 その結果、むなしい「救命」治療を受ける人が増え、60年前よりも自宅で亡くなる人が減った。看護学のカレン・ケール教授は、「Moving Toward Peace: An Analysis of the Concept of a Good Death(安らぎへの動き:良い死という概念の分析)」という論文のなかで、美しい死というものの条件をいくつか挙げ、なかでも「やすらか」で「抑制されたもの」であり、「終わりを迎えたと感じ」、「回りの人々や家族がケアに関わっている」ことが重要だと指摘した。現代の病院は、こうした点をほとんど満たしていない。

 患者は、終末医療について書き記すことにより、「どう死ぬか」について、はるかに多くをコントロールすることが可能だ。大半の人々は、税金から逃れることはできないことはわかっているが、死は税金よりももっと辛い。アメリカ人の圧倒的多数が死の適切な「取り決め」をできないでいる。

 だが、そうともかぎらない。数年前、60歳の私の年上の従兄であるトーチ(彼は、懐中電灯の光をたよりに家で生まれた)が発作に襲われた。結局、それは肺がんによるもので、もう脳に転移していることが判明した。週3〜5回、化学療法のための通院など、積極的な治療を行って、余命は4カ月ということだった。

 トーチは医者ではない。しかし、彼は、単に生きる長さではなく、生活の質を求めていた。最終的に、彼は治療を拒否し、脳の腫れを抑える薬だけを服用することにした。そして彼は私のところに引っ越してきた。

 その後8カ月間、それまでの数十年ではなかったと思うくらい、楽しい時間を一緒に過ごした。彼にとっては初めてのディズニーランドに行った。家でゆったりと過ごした。トーチはスポーツ好きだったので、スポーツ番組を観て私の手料理を食べるのが大好きだった。彼は、激しい痛みもなく、はつらつとしていた。

 ある日、彼は目を覚まさなかった。3日間、こん睡状態が続き、そして亡くなった。その8カ月間の彼の医療費は、服用していた1種類の薬だけで、20ドル程度だった。

 私自身について言えば、主治医が私の選択肢を記録している。そうすることは簡単なことだった。多くの医師にとってもそうだろう。大掛かりな治療はなし。やすらかに永眠する。私のメンター、チャーリーや従兄のトーチのように。また、数多くの私の医者仲間のように。

(筆者のケン・マーレイ医師は、南カリフォルニア大学の家庭医学の元臨床准教授。この記事は、ウェブサイトのソカロ・パブリック・スクエアに発表されたものを編集した)

ウォールストリートジャーナル日本版 2012年2月27日

第30回日本認知症学会
パーキンソン病治療薬・ACE阻害薬で嚥下機能が向上
 アルツハイマー病(AD)を代表とする変性性認知症では,終末期に嚥下障害やこれに起因する誤嚥性肺炎が重要な問題となる。群馬大学保健学研究科リハビリテーション学講座の山口晴保教授は,終末期でも経口摂取できる期間をできるだけ延ばすために,薬物療法で嚥下機能を高める方法を検討。パーキンソン病(PD)治療薬・ACE阻害薬で嚥下機能が向上できると報告した。

終末期の経管栄養を回避

 認知症の終末期に,経皮的内視鏡的胃瘻造設術(PEG)などの経管栄養への移行をできるだけ回避するためには,誤嚥の予防と食欲の増進を図る必要がある。山口教授は,終末期の認知症患者に,嚥下機能に深く関与する神経伝達物質サブスタンスP(SP)を増やす効果のある薬剤を用いて,その有効性を検証した。

 具体的には,発症して10年以上経過した認知症終末期で発語・表情がなくなり,食物を口の中にため込む,むせるなどの約20例に対し,(1)SPの分泌を高めるアマンタジン(〜150mg)やL-DOPA製剤(〜300mg)(2)SPの分解を防ぐACE阻害薬(3)グレリン分泌で胃排出促進・食欲増進作用を示す六君子湯〜を適宜組み合わせて投与したところ,半数以上で嚥下機能が向上してむせ込みが減少しただけでなく,笑顔や表情が戻る,1〜2語程度の発語など,情動や言語面での改善効果も見られたという。

 同教授は「終末期の安易な経管栄養移行は予防すべきである。嚥下機能を強化する薬剤だけでなく,嚥下リハビリテーションや好物をソフト食,ミキサー食など食べやすい形で提供することも大切だ」と強調した。

メディカルトリビューン 2012年3月1日

第56回日本未熟児新生児学会
新生児医療 患児に最善の利益となる選択を
 新生児医療では,何が最善の利益となるのかを患児に代わり周囲が意思決定することになり,倫理的,法的,社会的な問題に直面することが少なくない。東京都で開かれた第56回日本未熟児新生児学会(会長=東京女子医科大学母子総合医療センター・楠田聡教授)のワークショップ「新生児の声の代弁者」(座長=早稲田大学先端科学・健康医療融合研究機構・河原直人研究院准教授・主任研究員,名古屋市立大学大学院新生児・小児医学分野・加藤稲子氏)では,家族支援を行う現場の主治医,患児の家族,医事法制の研究者など多方面からの発表が行われた。

医療側と患者・家族の共同意思決定を
家族参加型のチーム医療が不可欠
法の過剰介入は避けるべき
子供には医療,親には子育て支援を

医療側と患者・家族の共同意思決定を

 母子愛育会総合母子保健センター愛育病院(東京都)新生児科の加部一彦部長は,新生児医療における意思決定の在り方について講演。「医療現場では依然として医師から患者への一方的なコミュニケーションが行われているが,本当に必要なのは相互コミュニケーション。ガイドラインやマニュアルで安易に決定が急がれることがないよう,十分な話し合いに基づく共同意思決定を行うことが重要」と訴えた。

相互コミュニケーションが重要

 加部部長はまず,インフォームド・コンセントについて(1)医療側からの適切な情報の開示(2)情報の患者による理解(3)患者の自己決定能力の確認(4)患者が決定を行う際の自由意志・自発性の尊重(5)患者の同意〜の流れが必要であると説明。「インフォームド・コンセントを“取る”という言い方をする若い医師や研修医が多いが,本来の意味を十分に理解していないことが分かる。コミュニケーション能力が不十分な医療スタッフと,はっきり意思表示ができない患者との間で,新たな“お任せ医療”が出現しているのではないか」と問題提起。さらに「ただ情報を分かりやすく伝えるだけでなく,医師と患者が情報を共有し,相互理解を図ることが不可欠」と述べた。

 また,2004年3月に厚生労働省成育医療委託研究班が公表した「重篤な疾患を持つ新生児の医療をめぐる話し合いのガイドライン」に関して,「多職種の参加を前面に打ち出した点が画期的。意思決定の結論よりもプロセスを共有することに意義があることが強調されている」と述べた。

 さらに医療スタッフと患者が共有する情報の中には,正しい医療情報だけでなく,医療ミスなど診療内容にかかわる事実や都合の悪いニュース,人生観や生命感も含まれることを指摘。「双方向のコミュニケーションによる情報の共有が相互理解を生み,医療不信が払しょくされ,人を人として扱う温かな医療が実現する。ガイドラインやマニュアルに頼る安易な意思決定を急ぐのではなく,現場での話し合いを支える環境づくりが重要」との見解を示した。

家族参加型のチーム医療が不可欠

 名古屋市立大学大学院新生児・小児医学分野の伊藤孝一氏は,重篤な疾患の代表的な存在である18トリソミーについて,最近10年間の同院新生児集中治療室(NICU)での経験と,チーム医療での緩和医療の実践報告から「予後不良な疾患では家族参加型のチーム医療が不可欠」と述べた。
18トリソミーで緩和医療を選択

 伊藤氏は,18トリソミーの予後を調べるため,2001年1月〜10年12月の10年間に同院NICUに入院した18トリソミー19例(男児8例,女児11例)を対象に後方視的に臨床経過を検討した。対象の概要は,平均在胎週数36.2週,平均出生体重1,615.4g,帝王切開率68.4%,院外出生36.8%,出生直後の健康度を示すApgarスコアの中央値は1分3点,5分6点。手術施行は6例。生存率は1カ月80%,6カ月20%,1年10%。生存退院率は32%であった。

 さらに同氏は,緩和医療を選択した18トリソミーに対して同院NICUが取り組んだチーム医療の実践例を報告した。

 症例は在胎37週で出生の女児。29週で羊水過多を指摘され,33週で同院産科を紹介された。羊水細胞染色体検査で18トリソミーと診断,両親,祖母,新生児科医師,産科医師との話し合いの結果,「外科的な治療は望まないが内科的治療の範ちゅうで治療を希望する」との意向に基づき37週で経腟頭位自然分娩にて出生。出生直後に母親に抱かれた後,気管内挿管されNICUへ入室,呼吸管理を開始した。肺炎を併発し,日齢79で死亡するまで,母親はほぼ毎日面会に訪れ,人工呼吸管理下で抱っこや沐浴も行った。呼吸障害が進行し,肺炎も合併して厳しい状態の時期,チームで話し合い,病院屋上庭園への散歩を提案。前日にはスタッフと一緒にてるてる坊主をつくって,晴天の下,医師,看護師が同伴して初めての屋外への散歩が実現した。家族は終始笑顔で写真やビデオ撮影を行った。児が亡くなったのは,その3日後。家族は厳しい現状を受け止め,児とのかけがえのない時間を過ごすことができた。

 同氏は「予後不良な疾患の患児には家族参加型のチーム医療が不可欠。患児と家族がより充実した時間を過ごすために何ができるかを一緒に考えていくことも大事」と述べた。

法の過剰介入は避けるべき

 法律家の立場で発言した早稲田大学大学院法務研究科の甲斐克則教授は,小児の終末期医療について「子供の最善の利益を具現化するための判断は,ケースバイケースで対応せざるをえない。この領域で法が前面に出過ぎるべきではない」との考えを示した。

家族を含むチームで判断

 甲斐教授はここ数年の小児の終末期医療についての研究から,諸外国の取り組みについて報告した。米国医師会のルールでは(1)治療が成功する可能性(2)治療の実施および不実施に関するリスク(3)治療が成功した場合に生命が延長される程度(4)治療に付随する痛み,不快さ(5)治療実施の場合と不実施の場合に予想される新生児のQOL〜の5つが考慮されるべき項目として挙げられている。1989年に国連総会で採択された児童の権利に関する条約(日本は1994年に批准)では,児童の最善の利益の重要性が指摘され,子供の最善の利益は家族の最善の利益から独立したものとして位置付けられている。世界医師会オタワ宣言でも,子供の最善の利益が第一義に考慮されるべきこととされ,不必要な診断行為,処置および研究からすべての子供を擁護することとされている。

 小児のみとりを考える上では,家族の役割が重要となる。これについて,同教授は「両親の判断が子供に著しく不利益を与える場合など法的規制が介入せざるをえない場合もあるが,あまり法律が介入し過ぎない方がよいという立場をとっている」と述べた。

 重度障害新生児と延命処置の差し控え,中止に関しては「実際にはケースバイケースで判断せざるをえない。例えば治療を進めていくうちに状況が変化することはいくらでもある。人工呼吸器を装着し,その後外したら殺人になるといった機械的な判断はすべきではない。治療を中止した医療者に刑を科すことは法の過剰介入になると思う」との考えを示した。

 今後の日本でのルールづくりについては「両親を中心に,医師,看護師,法律家,生命倫理などの専門家が加わり,チームで慎重に判断していくことが大事。チームが決定したことを法は尊重するというスタンスが重要」と述べた。

子供には医療,親には子育て支援を

 患者家族の立場で講演した亀井智泉氏は,周産期のトラブルから植物状態になった長女を12年前に4歳で亡くした経験から,「長野県立こども病院では4年間,医師,看護師,多くの人がチームでわが子の命を支え,わたしたちを親として育ててくれた。NICUは福祉の場でもある。子供には医療を,親には子育て支援が必要」と述べた。

1人の人間としてかわいがってほしい

 亀井氏の長女・陽菜ちゃんは,周産期のトラブルから胎便吸引症候群による低酸素性虚血性脳症となり,出生直後から人工呼吸器を装着,家族を中心とした同院のチームに支えられ4年間を生きた。亀井氏は毎日,搾乳して母乳を届け,ベッドサイドに寄り添った。スタッフは陽菜ちゃんを患児としてではなく,1人の人間として心からかわいがった。

 亀井氏は「信頼するスタッフだったから苦しい情報でも受け止められ,親として逃げない主体性のある判断ができた。仁あるスタッフに支えられて幸せだったと思う」と当時を振り返った。また,重篤な新生児をケアする医療スタッフに対して「母親は,元気な子が産めずに母親失格だという自責の念にかられていることを知ってほしい。母親として何かがしたいという気持ちに応えてほしい」と,親がチームの一員として主体的にケアにかかわる環境づくりの必要性を強調。「わが子が生きていることを共に喜び,たくさんかわいがってほしい。NICUは福祉の場でもある。子供には医療を,親には子育て支援が必要」と述べた。同氏は陽菜ちゃんの入院中に次女を出産,現在は3人の娘に恵まれている。

メディカルトリビューン 2012年3月1日

第30回日本蘇生学会 招待講演
延命治療中止の医療倫理〜米国では患者の自己決定権は終末期医療にも適用される
 米国ではルーチンの医療行為として定着している人工呼吸器停止などの延命治療の中止だが,わが国では大きな議論となり,医師の刑事責任を問う事件にも発展する。コラムニストの李啓充氏(元ハーバード大学助教授)は,同学会の招待講演で「日本は35年以上前の米国と酷似した状況」とし,米国に現在のルールが確立するまでの経緯を紹介した。

米国の歴史を変えた2つの裁判

 1975年10月,後に米国を揺るがすことになる裁判が始まった。遷延性植物状態となった21歳の女性カレン・クィンランの両親が娘の人工呼吸器を外すよう,訴訟を起こしたのだ。裁判は「呼吸器につながれてまで生かされ続けたくない」という元気だったころの娘の意思は,憲法で保障された「患者の自己決定権」だとする両親に対し,「呼吸器外しは殺人で医療倫理にも反する。彼女の呼吸器を外すことは安楽死の合法化に道を開く」という主治医側の拒否の姿勢が争点となった。当時は証言に立った医師たちも人工呼吸器外しにはこぞって反対する状況だった。

 一審判決(高等裁判所)は医師側の主張を認めたが,控訴の結果,州最高裁は歴史的な裁決を下した(1976年3月)。(1)命を守る義務と患者の自己決定権の保護の優先度は,侵襲程度と予後のバランスで考えるべきであり,回復の見込みのない患者に対して,本人の意思に反する侵襲の大きな延命処置を続けるのは不合理(2)incompetentな患者の自己決定権も妨げられるべきでなく,本人をよく知る家族による意思の推定は合理的〜という理由の下,7人の判事全員一致で「患者が治療を拒否する権利は憲法で保障されており,呼吸器を外す行為は殺人罪でない」という判決を下し,同時に医師を訴追の恐怖から解放させる「倫理委員会」を病院内に設置することを推奨した。

 もう1つの大きな裁判が1988年3月に始まったクルーザン事件。交通事故の後遺症で植物状態となったナンシー・クルーザンの家族が事故後4年目に「経管栄養の中止」を病院に申し入れたところ,「呼吸器外しの要請は受けるが,経腸栄養は外せない」と裁判となった。先のクィンラン判決後,呼吸器外しは全米でルーチンとなっていたが,病院があるミズーリ州の州法では経管栄養は医療行為ではなく,中止は自己決定権の及ばない「違法」と定められていたほか,延命中止の根拠となる本人の意思についても確実な証拠を求めていた。

 最終的に連邦最高裁に持ち込まれた同裁判は,州法を合憲とし,家族側の敗訴に終わったが,同時に(1)患者が治療を拒否する権利は憲法が保障した権利(2)経管栄養も医療行為〜という画期的裁定が行われ,後のやり直し裁判につながった。判決後に「ナンシーは植物状態になり管につながれ生かされたくないと言っていた」という複数の証人が出現したことを受け,「明瞭かつ確固たる証拠」とし,1990年12月,州検認裁判所は経管栄養中止の命令を下し,ナンシーはその2週間後,絶命した。

安楽死・殺人と混同する矛盾

 李氏は以上を紹介した上で,「米国における議論は,終末期医療においていかに患者の権利を守るかに尽きる」と評し,会場に向けて1つの文を呈示した。「“治療”を開始しなかったり,中止した場合,確実に死ぬと分かっていても,患者には“治療”を拒否する権利がある」

 1982年8月,米ロサンゼルス郡検事局が,延命治療を中止した2人の医師を「殺人罪」で告発するという全米初の事例があった。2被告は術後,昏睡状態となった患者の延命治療を家族の要請と同意の下に中止するという「当時地方医師会と法曹団体との協議の上で作成されたばかりのガイドラインに従った処置」を行ったわけだが,一審公訴棄却,二審訴追妥当後の州控訴審(三審)は,告訴不当の裁定を下した。

メディカルトリビューン 2012年3月15日

延命措置の「不開始」で、医師を免責- 超党派議連が法案原案を提示
 超党派の国会議員でつくる「尊厳死法制化を考える議員連盟」(会長=増子輝彦・民主党参院議員)は3月22日に総会を開き、15歳以上の終末期患者が、栄養や水分の補給を含む延命措置の「不開始」を希望する場合、医師が措置をしなくても、その法的責任を問わないとする「終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案」(仮称)の原案を示した。同議連は2005年に発足し、民主、自民、公明など与野党の国会議員112人が参加しているが、原案を出したのは今回が初めて。

 同案は、書面などで患者の意思表示があることを前提に、2人以上の医師が、「行い得るすべての適切な治療を受けた場合でも、回復の可能性がなく、死期が間近」と判定した場合に限り、担当医が延命措置を行わなくても構わないと明記。終末期患者の傷病の治療や疼痛の緩和については、「延命措置」の対象外としたほか、現在行われている延命措置の中止は含まれない。

 医師の民事、刑事、行政上の責任は問わないとする一方、延命措置を始めない場合、医師は患者または家族に説明し、理解を得るよう努めるとした。

■日医、日弁連などから慎重論相次ぐ

 この日の総会では、日本医師会や患者団体、日弁連などからヒアリングを行ったが、各団体からは同案への反対意見や慎重論が相次いだ。

 日医の藤川謙二常任理事は、「(延命措置の)差し控えだけを法律化することが、本当に意味があるのか。中止の問題も含めて、やはり非常に境界が難しい」と指摘。その上で、「終末期で度重なる訴訟が起こるのはとんでもない」との危機感を示し、慎重な議論を求めた。

 また、障害者団体「DPI日本会議」の三澤了議長は、「なぜこのような法律が必要なのか。誰のために必要なのか」と反対の考えを強調。日弁連の人権擁護委員会医療部会の平原興部会長も、同案に反対の立場を表明した上で、「意思表示の撤回の方法や、その有無の確認も含め、過去の意思の表示から、いかに現在の本人の意思を判断していくのか」と問題提起した。

 一方、日本尊厳死協会の副理事長で内科医の鈴木裕也氏は、「医学の進歩によって、医師主導型の行き過ぎた医療が進んだ」とし、患者のQOLの観点から、制度の必要性を指摘。また、同協会の常任理事で、同じく医師の長尾和宏氏は、「尊厳ある生を支えながらも、あくまで患者さんの意思、基本的人権を尊重したい」と述べた。

 同議連では、今国会への法案提出を目指しているが、増子会長は「拙速に法制化する考えは全くない」とし、「それぞれの政党にお持ち帰りいただいて、われわれが出した案をご検討いただいた上で、最終的な取りまとめに入りたい」と述べた。

医療介護CBニュース 2012年3月22日

よりよく生きるために 死を見つめることの大切さ 広がる知の体系「死生学」
 よりよく生きるために死を見つめ、自分なりの死生観を形成して最期に臨む。その支えとなる新しい知の体系「死生学」が広がりをみせている。

 「家族に知らせていない負債はありませんか?」。聴衆の笑い声が何度もはじけた。マイクを握るのは、アルフォンス・デーケン上智大名誉教授。都内で開かれた「東京・生と死を考える会」公開セミナーでの講演だ。

 死別とグリーフ(悲嘆)ケアがテーマだが、ユーモラスな語りを盛り込みつつ、死別体験者に接する際に配慮すべき点、配偶者を失う時の備えについて話を進めた。

 1932年ドイツ生まれ。59年に来日、上智大で「死の哲学」を長年講じ、一般の人々にも「死への準備教育」の大切さを説いてきた。死をタブー視する風潮が強い日本で「死生学」を切り開いてきた草分け的存在だ。

 死生学。デーケン名誉教授は「死に関わりのあるテーマに対して学際的に取り組む学問」と定義付ける。医学や哲学、心理学などさまざまな学問を用い、死と向き合う知の体系。ホスピス運動と深い関わりを持ち、日本では70年代から死生学という言葉が用いられるようになった。

▽死生観

 死生学推進役の一人、島薗進(しまぞの・すすむ)東大教授によると、この新しい学問名に通じる「死生観」という言葉が"発明"されたのは日露戦争前後。この言葉に託して死に思いをはせ、最期に関する考えをまとめておこうとする思想や文学が一つの作品群を形成しているという。こうした伝統の中、日本における死生学は、生命倫理や葬儀、慰霊などの研究とも結び付きながら幅広い領域を構成してきたと島薗教授は話す。

「『日本人の死生観って何だろう』との問いは『日本人って何』につながり、自らの文化を問い直す良い切り口になる」

 市民の関心も高い。シンポジウムなどの反響の多さに驚かされるという。背景に、医療が生活にかかわる範囲の拡大、高齢社会の進行がある。医療現場からのニーズも高く、哲学や宗教学などの学問的蓄積を反映した「人文的な知の厚み」の必要性を痛感している、と島薗教授は話した。

▽いのちへの関心

 死生学は死と向き合う学問だが、必要としているのは必ずしもシニア世代だけではない。関西学院大人間福祉学部の藤井美和(ふじい・みわ)教授が死生学の授業を始めたのは、99年秋。最初の授業で、学生が教室の外にあふれているのに驚いた。「学生時代は何のために生きるのかを考える時期。いのちや死に関心がある」

 がんにかかった学生が亡くなる過程を日記形式で追体験し、大切なものを一つずつ手放す「死の疑似体験」など、生死を見据える授業で注目を集めてきた。同大の死生学・スピリチュアリティ研究センター長も務める。

 自身、死に直面した経験がある。新聞社で充実した毎日を過ごしたが、突然全身がまひする病気に。一命はとりとめたものの、全く動けない日々。同室の患者が安楽死を懇願しながら亡くなる姿を見て思った。「死んでいく人々のために何かできないものか」

 半年の入院、2年半のリハビリを経て大学に学士入学し、社会福祉を専攻。が、「死」の科目がない。最終的に米国で学んで博士号を取得した。

 死生学への関心が高まる中、体を気遣いながらも旺盛な活動を展開する。熱心なクリスチャンであり、そのぶれない生き方の核には信仰がある。

 「死を含め、生きることを考えるのが死生学」と藤井教授。「生死の問題は小手先では無理。人間に関心を持ち、若いうちから『いのち』について考えてほしい」

m3.com 2012年3月23日

遺族ケアに「臨床宗教師」…牧師や僧侶へ養成講座
 死期が迫った患者や遺族への心のケアを行う宗教者の養成などを目指す「実践宗教学寄付講座」が、東北大に設置された。

 仏教、神道、キリスト教などの団体の寄付を受け、3年間開講する。死に関係した宗教的な心のケアを専門的に扱う講座は国立大では初めて。

 東日本大震災後、牧師や僧侶らが中心となって「心の相談室」を作り、家族を亡くした被災者から話を聴く活動を続けてきた。宗教的な中立を図るため、事務局を東北大に置いた縁で、開講されることになった。教授は、鈴木岩弓(いわゆみ)・同大文学部教授(宗教学)が兼任。准教授は、学外から新たに2人の研究者を招いた。

 宗教者を対象に講習会を開催。遺族らの話を聴く姿勢や、宗教や信仰に対する地域住民の考えを踏まえた接し方などを学んでもらい、患者と遺族の悩みに答える「臨床宗教師」を育てる。

 文学部の大学生、大学院生向けには「臨床死生学」「死と宗教心理」などを講義。「心の相談室」室長で医師の岡部健氏の往診に同行し、終末期の患者ケアに触れる実習も行う計画だ。

 海外の病院では、患者から話を聴く聖職者(チャプレン)がいるが、国内では一部の病院にとどまる。鈴木教授は「宗教の違いを超えた形で宗教者が関わる心のケアのあり方を模索したい」と話している。

m3.com 2012年4月5日

オピオイド系薬の適正使用
患者の背景に適合した多職種協働のテーラーメード治療が理想
順天堂大学麻酔科学・ペインクリニック講座 井関 雅子 氏

 近年,疼痛患者は増加の一途をたどり,患者の年齢,生活習慣,併存疾患,社会復帰への要望などのバックグラウンドを個別に考慮した上で,簡便で適切な疼痛緩和治療が求められている。オピオイド系薬に関しては,習慣・依存性や中毒性などに対する危惧といった要因により,わが国は近年まで海外と比べて疼痛に対する投与には消極的であったが,最近は新しい薬剤の登場などにより状況は変化しつつある。順天堂大学麻酔科学・ペインクリニック講座の井関雅子先任准教授に,今後の非がん性疼痛に対するオピオイド系薬を中心に適切な薬物治療戦略について聞いた。

オピオイドは有効な治療選択肢

 薬物療法は,最も一般的な痛みの治療法であり,ペインクリニックや整形外科,緩和ケア科などで幅広く行われている。同クリニックでは,神経ブロックなどの専門的な治療の効果を高めるために薬物療法が行われることが多いが,痛みの程度や症状によっては薬物療法が第一選択となることもある。鎮痛薬にはオピオイド系鎮痛薬と非オピオイド系鎮痛薬がある。

 オピオイドは生体内のオピオイド受容体という鎮痛関連物質と結び付き,脳や脊髄などの中枢神経における痛みの感覚を鈍らせることで痛みを抑える成分である。オピオイド系薬は,効き目の強さによって,強オピオイドと弱オピオイドに分類されるが,非がん性疼痛に用いられるのは,強オピオイドのモルヒネ(アルカロイド系オピオイド)やフェンタニル(合成オピオイド),弱オピオイドのコデインなどであった。

 近年,弱オピオイドのブプレノルフィン貼付薬やトラマドール/アセトアミノフェン配合剤が保険適用となり,選択の幅が広がっている。

 従来,日本は非がん性慢性疼痛に対するオピオイド系薬の使用に対して欧米に比べて極端に消極的であった。複合性局所疼痛症候群(CRPS)に対する日本,米国,ドイツの薬剤使用状況調査*(トラマドール/アセトアミノフェン配合剤上市前)では,第一選択薬の第1位はいずれも非ステロイド抗炎症薬(NSAIDs)が日米では50%以上,ドイツでは約40%で,強オピオイドは米国15%,ドイツ23%,弱オピオイドは米国19%,ドイツ11%に対し,日本では強オピオイドの2%のみであった。

 第二選択薬でも,強オピオイドは米国31%,ドイツ18%,弱オピオイドは米国26%,ドイツ18%に対し,日本では弱オピオイド2%,強オピオイド7%であった。

 オピオイド系薬は使用の習慣化や麻薬中毒が危惧され,国内では使用が抑制的となっていると思われるが,使用量・時間・心理社会的背景を有する患者に対する適応などを守り,正しく用いればリスクは回避できる。

 井関先任准教授は「あまり使用に抑制的になり過ぎず,症状により他の薬物療法や神経ブロック,運動療法などとともに治療法の選択肢の1つと考えればよい」と指摘する。

非がん性疼痛の治療はQOL・ADLの改善を第一目標に

 一方,米国などでオピオイド系薬の処方が多いのは,がん性疼痛に対する世界保健機関(WHO)三段階除痛ラダーの影響もあると考えられる。しかし,井関先任准教授は「非がん性疼痛に対して,軽度の痛みは非オピオイド,軽度〜中等度の痛みは弱オピオイド,中等度〜高度の痛みは強オピオイドといった,がん性疼痛と同様の処方をすべてのケースに適用するのは誤った考え方だと思う」と警鐘を鳴らす。

 がん患者と異なり,非がん性疼痛患者は痛みの緩和により早期の社会復帰を果たし,その後も長期間にわたり痛みの発生以前と同様の活動性を保ちたいと希望するケースが多い。そのため,痛みの治療がQOLや日常生活動作(ADL)を改善させ,活動性を回復させることを第一目標に組み立てる必要がある。

 治療は,患者の年齢,生活習慣,併存疾患,社会復帰への要望などのバックグラウンドを個別に考慮し,適切な診断と評価の下に実施しなければならない。薬物療法であれば,使用する薬剤の作用機序と患者のバックグラウンドをできるだけ正確にマッチングさせる。なかなか痛みの取れない慢性疼痛に対しては,症状によっては痛みと上手に付き合う手助けをする形で介入することも重要である。

 同先任准教授は「痛みは取れたが,QOLやADLが低下したら本末転倒。患者の生活や併存症に影響を与えない程度で薬剤を使用することが大切」と強調する。

併存疾患や社会復帰後の生活習慣を十分に考慮した薬剤選択を

 非がん性疼痛に対する薬物療法にはオピオイド系薬のほか,NSAIDs,ピリン系鎮痛薬,非ピリン系鎮痛薬といった非オピオイド系鎮痛薬など,症状によりさまざまな種類の薬剤が使用されている。炎症などを伴う侵害受容性疼痛の場合は,NSAIDsや非ピリン系鎮痛薬のアセトアミノフェンが主に用いられる。しかし,NSAIDsには副作用として腎障害を伴う可能性があり,腎疾患の患者には使用できない。また,アセトアミノフェンも肝障害時には使用できない。

 一方,幻肢痛や中枢神経疼痛など神経障害性の疼痛には,脳内物質に作用して痛みを和らげる抗うつ薬,末梢の痛みなどに効果のある抗てんかん薬のほか,NMDA受容体拮抗薬ケタミンや抗不整脈薬リドカインなども用いられる。そのほか,中枢神経に作用するワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液含有製剤や,近年上市されたプレガバリンなどもよく用いられている。ただし,これらの薬剤にはワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液含有製剤を除いて眠気などの副作用があるものが多く,社会復帰後,運送業など車の運転業務に長時間従事する若年者には慎重に使用する必要がある。

 これらの薬剤で効果が少ない場合や,副作用や併存疾患などの事情で使用できない場合,強力な鎮痛作用を有するオピオイド系薬は有効な選択肢となり,特に急性疼痛に対しては速効性が認められる。さらに症状により柔軟に用量を変えて処方でき,腎毒性・肝毒性がなく,透析患者や心疾患を有する患者にも使用できる。

 ただし,依存症,中毒などのリスクや,便秘,眠気などの副作用が存在し,鎮痛効果にも個人差がある。早期に社会復帰を希望する若年者には有効な一手段であるが,習慣化を防止するため,長期の高用量投与を避けるなどの配慮が必要となる。また,慢性疼痛の場合,患者のQOLやADLとのバランスを考慮し,オピオイド系薬で痛みをすべて緩和するのではなく何割かを緩和することで目標を達成する場合もある。

 オピオイド系薬を処方する場合は,まず依存症・中毒などのリスクの少ない弱オピオイドから使用し,それで効果が十分な場合は強オピオイドへ移行しないことも選択肢の1つである。その点で弱オピオイドのトラマドール/アセトアミノフェン配合剤やブプレノルフィン貼付薬の上市は,治療の幅を広げたといえる。

短期間のモニタリングで患者個々の治療適正を掌握

 薬剤の効果は,痛みの種類(侵害受容性疼痛,神経障害性疼痛,心因性疼痛など)により異なり,これらの痛みが複雑に絡み合う混合性疼痛も存在する。

 井関先任准教授は「痛みの治療においては,複数の治療法や薬剤を組み合わせた複合的な治療を行うことが有用なことも多く,2週間程度のモニタリングにより痛みの原因や症状,患者個々のバックグラウンドと治療法との相性などをしっかりと検証することが必要である。そのためには,他科の医師や他の医療従事者,スタッフとの多職種連携・協働により,来院前からの投与歴を把握し治療法を整理することが大切で,ペインセンターの設置などの工夫も必要。社会復帰を目指す慢性疼痛患者に対して,若年者,高齢者にかかわらず行えるテーラーメード型医療が理想である」と締めくくった。

* 齊藤洋司ほか. 慢性疼痛に対する薬物治療を中心とした治療実態調査〜日本,米国,ドイツの比較. Phama Medica 2010; 28(2): 137-148.

メディカルトリビューン 2012年4月26日

全日病が調査、「必要」だが認知度低く
終末期ガイドライン、現場への普及進まず
 終末期ガイドラインは必要だが、知っているものも利用しているものもない―。全日本病院協会(全日病)が病院などを対象に実施した調査で、終末期ガイドラインが普及していない実態が明らかになった。

 全日病は2011年度、病院や介護保険施設などを対象にアンケートを実施。そのうち病院(427カ所)、介護老人福祉施設(325カ所)、介護老人保健施設(200カ所)、介護療養型老人保健施設(32カ所)、グループホーム(638カ所)、訪問看護ステーション(319カ所)の合計1941カ所から回答を得た(回収率27%)。同時に、各施設に所属する職員(医師、看護師、介護士など)、患者の家族に対してもアンケートを行い、職員7869人、家族5215人から回答を得た(回収率は22%、15%)。

 終末期ガイドラインの必要性について施設ごとに聞いたところ、「あった方がいい」と答えたのは、病院(409カ所)の62.8%、介護保険施設(546カ所)の73.4%、グループホーム(625カ所)の71.4%、訪問看護ステーション(318カ所)の67.6%。医療や介護の現場で広く終末期のガイドラインが求められている実態が明らかになった。

 射水市民病院(富山県)の呼吸器外しなどがきっかけとなり、関係学会および団体は相次いで終末期ガイドラインを整備した。06年には日本集中治療医学会が「集中治療における重症患者の末期医療のあり方についての勧告」を、07年には厚生労働省が「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」を発表。その後も日本医師会や日本救急医学会、全日病などが終末期についてガイドラインを策定した。

 しかし、これらのガイドラインが医療や介護の現場には普及していない。既存の終末期ガイドラインを知っているか、職員に聞いたところ、「知っているガイドラインは特にない」と答えたのは、病院職員(1870人)の64.1%、介護老人福祉施設職員(1347人)の74.3%、介護老人保健施設職員(812人)の75.5%、介護療養型老健職員(149人)の75.6%、グループホーム職員(2348人)の79.9%、訪問看護ステーション職員(1326人)の68.2%に上った。厚労省のガイドラインの認知度は比較的高かったものの、「知っている」のは病院職員(1870人)の19.6%が最高だった。

 終末期ガイドラインの利用実態を聞くと、「利用しているものはない」と回答したのは、病院(408カ所)の66.7%、介護保険施設(536カ所)の47.2%、グループホーム(613カ所)の52.5%、訪問看護ステーション(310カ所)の63.9%。終末期ガイドラインが複数あっても、現場での認知は進まず、利用もされていないことが示された。

 また、終末期ガイドラインに明記すべき事項を職員(7852人)に聞いたところ、「意思確認できない場合の対応」が64.7%と最も多く、次いで「本人の意思確認の方法」と答えたものが50.6%に上った。例えば厚労省のガイドラインでは、いずれの事項についても触れられていることから、存在自体の認知が進めば現状のガイドラインが活用される可能性もある。

 臓器不全や肺炎などの非癌疾患を持つ患者については、施設側と家族側の終末期に関する認識のズレが大きいことも明らかになった。施設に入っている患者について、施設と家族それぞれに終末期だと思うかどうかを聞いたところ、癌では、施設が終末期だと思っている患者(120人)のうち、家族も終末期だと思っていたのは90.8%。これに対して非癌では、施設が終末期だと思っている患者(148人)のうち、家族が終末期だと思っていたのは79.7%。非癌では、癌に比べて終末期の予後予測が難しいことなどから、認識のズレが大きくなったのではないかと考えられる。

 この調査研究は、厚労省の2011年度老人保健事業推進費等補助金で全日病が行った「終末期の対応と理想の看取りに関する実態把握及びガイドライン等のあり方の調査研究」。詳細は全日本病院協会のウェブサイトで公開されている。

日経メディカルオンライン 2012年4月26日

診断時からの緩和ケアを-初会合開催
 がん対策推進基本計画を受けて、緩和ケアに関する具体的施策を議論するための「緩和ケア推進検討会」の初会合が25日に開かれた。会合では、癌診断時から緩和ケアを提供することの重要性が、複数の委員から指摘された。議論のスケジュールでは、短期的な施策については来年度予算案に反映させ、緩和ケアチームの配置や教育など中長期的な課題は、診療報酬や拠点病院のあり方などを見据えて議論をすることが確認された。座長には花岡一雄氏(JR東京総合病院名誉院長)が選出された。

 癌患者とその家族ができる限り質の高い生活を送るためには、診断時からの緩和ケア提供や、診断、治療、在宅医療の各場面での切れ目ない緩和ケア実施が求められる。一方で日本では未だ、疼痛緩和に用いられる医療用麻薬の消費量は少なく、国民のみならず医療関係者の間でも、緩和ケアに対する正しい理解が進んでいないのが現状だ。

 こうした背景を受けて検討会では今後の論点として、▽診療体制▽診療の質▽教育体制--を切り口に議論を進めることが確認された。診療体制では緩和ケアへのアクセスの改善や情報提供のあり方、緩和ケアチームなど各職種の適正配置や連携について議論する。診療の質では、▽患者の心情への配慮▽診療への緩和ケアの組み入れ方▽身体的苦痛緩和のための薬剤使用▽精神的苦痛を含めた苦痛緩和--などが盛り込まれた。

 ディスカッションでは、診療側、患者代表双方の委員から「癌の診断時からの緩和ケア提供の必要性」が強調された。これに対してがん対策・健康増進課の林昇甫課長補佐も「診断時および診断プロセスの段階から、いかに患者負担を軽減するかは、がん対策基本法の立法精神にも含まれるキーワードだ。ぜひそこを汲んで議論してほしい」と応じた。

 加賀谷肇委員(横浜市南部病院薬剤部長)は「在宅医療における医療用麻薬の適正使用を考えると、ぜひとも保険薬局を巻き込んだ連携のあり方を議論に加えてほしい」と要請した。

 議論全体のスケジュールに関し事務局は、「今年度中に実施できる提案はどんどん提案してほしい」と要望し、次年度予算に反映させられる短期的な議論と、2年後の診療報酬や今後の教育など中長期的に取り組む施策と分けて議論を進めることが確認された。

 次回以降の会議では、1議題3回での完結をメドにヒアリングなどを実施し、具体的施策の提言につなげていく。

m3.com 2012年4月27日

米国では18歳の約4人に1人がオピオイド使用経験あり
 米女性・ジェンダー研究所のSean Esteban McCabe氏らは,米国の18歳の高校生を対象とした,処方せんによるオピオイド(処方オピオイド)の使用経験を調査。全米の高校生のおよそ4人に1人に当たる22.3%が処方オピオイドを使用した経験があるとの推定結果が示された(Arch Pediatr Adolesc Med 2012年5月7日オンライン版)。最近,米国では若年者の処方オピオイドの薬物中毒例が激増,社会問題となっている。全米規模で高校生の処方オピオイド使用経験を検討したのはこれが初めてだという。

医療目的の使用経験は17.6%

 処方オピオイドは適正な使用により,急性あるいは慢性疼痛に強力な効果を発揮するとMcCabe氏ら。米国では,2000年ごろから同薬が知歯抜歯後の鎮痛などにも用いられている。同薬の若年者への処方機会は現在,1994年の約2倍にまで増えているとのデータもあるようだ。それに伴い,医療外目的の処方オピオイド使用(nonmedical use of prescription opioids:NMUPO)率も上昇,NMUPOによる21歳未満の若者の救急外来受診は4年間で2倍に増加しているという。

 同氏らは全米の薬物使用と健康に関する調査(National Survey on Drug Use and Health)を実施。2008〜09年の毎年春,18歳の学生を対象とした自己記入式のアンケートで得られた7,374人分の回答を解析した。

 その結果,18歳の高校生のおよそ17.6%が医療目的の処方オピオイドを使用したことがあることが明らかになった。一方,NMUPOの割合は12.9%,医療目的か否かを問わない場合,22.3%の使用経験があると推定された。

 医療目的か否かを問わず,使用経験の割合に男女の差はほとんどなかったが,人種別の検討から白人ではアフリカ系米国人またはヒスパニックに比べ「使用経験なし」が有意に低く,医療目的あるいはNMUPOの使用経験があった人の割合は有意に高い傾向が確認された。

 NMUPO例では,多くがそれ以前に医療目的の処方オピオイドを使用した経験があった。また,医療目的のみの使用経験ありの人に比べ,物質使用のリスクが増大していたという。

 同氏らは米国の18歳の高校生のおよそ4人に1人が医療目的か否かにかかわらず,処方オピオイドの使用経験があったと結論。若年者に処方されたオピオイドの量や数を十分考慮の上,後のNMUPOへの移行を減らすため注意深く観察すべきと考察している。

メディカルトリビューン 2012年5月8日

第26回札幌冬季がんセミナー 子供を持つがん患者に支援を
 近年,大腸がんや乳がんなどでは40〜60歳代と比較的若年の罹患者が増加している。チャイルド・ライフ・スペシャリスト(CLS)で,北海道大学病院腫瘍センターの藤井あけみ氏は,子供を持つがん患者の支援活動について報告。「子育て世代のがん患者の多くが,子供にどう向き合ったらよいのか悩んでおり,こうした親子双方への支援が求められている」と述べた。

知らされないと不安やストレスに

 CLSとは,病気の子供,病気の親を持つ子供を精神・心理社会的に援助する人で,1950年代に米国で誕生した。現在国内に25人,全世界で約4,000人が活動する。藤井氏は同院の緩和ケアチームに所属し,がんの初発時,治療期,終末期を通じて,子供を持つ患者からの相談に応じている。

 米国では,親ががんになった場合,子供にとって有益な情報として,(1)病気はがんという名前(Cancer)(2)がんは伝染しない(not Catchy)(3)がんになったのは誰のせいでもない(not Caused)〜の3Cが考えられている。CLSは,危機的な状況にあっても子供を「力のある存在」ととらえ,子供が自らの力を発揮できるよう支援するという。

 同氏によると,親の異変について,たとえ幼児でも何かを感じており,その事実を受け止める力がある。子供は,知らされないとのけ者にされたと感じ,しばしば実際以上に悪い事態を想像し,自分のせいで親が病気になったと思う。不安やストレスが,不眠,食欲不振,不登校として表面化することもある。

ピアサポートのサロンを月2回開催

 親が子供に病気について話すときは,子供の年齢や状況に応じて理解しやすい言葉を使い,学童期以上では身体図などを参照するとよい。事前に伝えたい内容をメモし,落ち着いて話せるタイミングと静かな場所を選ぶ。集中力が途切れたら休憩し,子供が聞く姿勢になるまで待つ。

 子供が安心できるためには,学童期までは親とのスキンシップが重要になる。親の入院などの変化があっても,特に乳幼児では,親族などが育児や家事を代行して日常生活がある程度保たれることが望ましい。思春期では,親の変化に戸惑いながらも親を気遣い平然と振る舞う傾向があり,同じ境遇にある仲間の存在が困難を乗り切る助けになる。

 藤井氏らは昨年5月に,ピアサポートの一環として,「わかばカフェ」という子育て世代のがん患者のためのサロンをスタートさせた。毎月第2・4月曜日の午後2〜4時に開催し,30〜50歳代の女性を中心に7〜8人前後の参加がある。また,親の見舞いに来た子供の個別ケアや同じ境遇の子供同士が交流できる場をつくるなどの支援活動を行っている。

メディカルトリビューン 2012年5月10日

米国ホスピスボランティア最期のときまで
資金集めから遺族のケアまで

 死がいつも近くにあるホスピスの現場。日本ではまだ閉ざされたイメージがあるかもしれない。だが、ホスピス先進国アメリカでは、多くの市民がボランティアとして関わっている。

 アメリカ、エッグハーバータウンにあるアトランティホスピスでは、ボランティアが重要な役割を担っている。

 活動の内容は、患者の訪問、年に数回のイベントの準備、資金集めなど。また数人ずつ、近隣の遺族のもとを訪ね、グリーフサポートもする。参加するボランティアは、グループごとに専門的な研修を受ける。

 先月、ボランティアの表彰式が行われ、これまで3000時間以上活動してきた145人に記念品が贈られた。

大切なのは患者への敬意と明るさ

 なかでも患者の訪問には一番やりがいを感じるというボランティアが多い。10年に渡り活動してきたハワードさん(81)はいう。

「ホスピスといっても、いつも死について話しているわけではありません。患者さんと歌ったり、祈ったり、家族のことを話したりしています。そんな時間がうれしくて、いつの間にか、私のほうが患者さんに会いたくてここに通うようになっていました。大切なのは患者さんに敬意を持って、そしてつねに明るく接することです」。

最期にひと言を告げて

 ボランティアが患者の死に立ちあうケースも多い。コーディネーターのホペさんは、そのときが来たら、何かしら患者に言葉をかけてほしいと話す。

「言葉かけがあれば、患者さんは最期に自分のことを気にかけて世話をしてくれた人がそこにいることに気づきます。それだけのことでも満たされ、安らかに眠りにつくことができるのです」。

チャリティニュース 2012年5月14日

がん告知後の道しるべ 医師と十分な意思疎通を
 がんと診断されて医師から告知を受けると、動揺しているにもかかわらず、病状やその後の治療の選択などを次々に考えなければならない。説明がよく分からないままだったり、聞きたいことが聞けなかったりすれば、いっそう不安は募る。

 国立がん研究センター東病院 (千葉県)の小川朝生・臨床開発センター室長(精神腫瘍学)はこのほど、患者と家族のため、よくある質問を項目ごとに整理した「重要な面談にのぞまれる患者さんとご家族へ」(図)をウェブサイト(http://pod.ncc.go.jp )で公開し、活用を呼び掛けている。

 告知を受けた患者の調査で「ほかの患者がどんな質問をするのか知りたい」「何を尋ねたらよいのか分からない」などの疑問が出されたのに応え、緩和ケアの進んでいる外国の先例などを参考に作成した。

 質問項目は「どのぐらい深刻ですか」といった「病状について」、「どんな治療法がありますか」「合併症や副作用は」といった「治療について」、「仕事への影響」「してはいけないことはありますか」といった「生活について」などの10項目計53問。

 主治医とのコミュニケーションを促すことを目的にしており、告知後の面談で医師が説明する順序にほぼ沿っているため、面談前にチェックしておいて聞き漏らしを防ぐことができる。

 小川さんによると、患者自身が知るべきこと、決めることがたくさんあり、重い負担が不安や落ち込みを招く。家族にも悩みを打ち明けられないことは誰にもある。「心のつらさをなくすのは治療と同じぐらい大切。しんどいときは専門家に相談を」と勧めている。

47NEWS 医療新世紀 2012年5月22日

延命措置の「中止」でも医師免責
超党派議連、尊厳死法案で二案を提示
 超党派で組織する「尊厳死法制化を考える議員連盟」(会長・増子輝彦民主党参議院議員)は6月6日の総会で、「終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案(仮称)」について、二つの案を公表した。

 両案とも、終末期にある患者の意思を尊重するために、延命措置に関する意思決定ができることを法律で定めるとともに、法律が定める条件に合致した対応をした医師を免責することが目的。

 両案の相違はその対象にある。延命措置は、(1)延命措置を開始しない場合(不開始)、(2)人工呼吸器の取り外しなど、現に行っている延命治療を中止した場合――が考えられる。今年3月に公表した原案では、前者に限られていたが、(2)も対象に加える案が新たに出された。またそれ以外の部分も、3月の原案から一部修正された。

 6日の総会では、日本医師会と日本弁護士連合会へのヒアリングが行われたが、いずれの団体からも現時点では、尊厳死の法制化について支持は得られなかった。

 日医副会長の羽生田俊氏は、「延命措置の不開始だけを対象にするだけでは不十分であり、延命措置の中止が加わった点は進歩した」としたものの、「尊厳死を法律で規定することにより、医師と患者の信頼関係に基づきこれまでやってきた現場に混乱が生じかねない。法律から外れた対応をした場合に、法律に則っていないとされ、医師が責任追及されることがかえって懸念される」との考えを示した。さらに、延命措置の定義も医療者の間でも必ずしも明確ではない上、厚生労働省や各学会の終末期医療に関するガイドラインが普及しているとは言い難いこと、一方で患者側においてもリビング・ウィルが浸透しているとは言えないことから、さらに慎重な議論が必要だとした。

 日弁連人権擁護委員会副委員長の増子考徳氏は、「尊厳死の法制化に反対」と明言。その理由として、「患者の自己決定権は、あらゆる医療の場面で尊重されるべきであり、何も終末期に限るものではない。しかし、今は患者全般の自己決定権を保障する法律はない。これを保障する法律を作れば、終末期における自己決定権だけを取り出して法制化する意味はない」と述べ、「患者の権利法」「医療基本法」のような医療全般にわたる法律を作ることこそが求められるとした。

 次回会議では、障害者関連の団体に対するヒアリングを行うが、障害者関連団体も尊厳死の法制化には反対しており、今後も議論の難航が予想される。増子会長は最後に、「拙速は避け、国民的な理解を得た上で、議員立法を目指したい」と挨拶。会議後、「今国会が延長されなければ、今国会への法案提出は難しい。しかし、延長されれば今国会、せめて今の議連の議員の任期が切れる前には法案を提出したい」とコメント、また6日の二案のいずれを採用するかは、今後の議論次第であるとしている。

「終末期」は2人以上の医師が判断

 尊厳死の法制化は、日本尊厳死協会などが支持しているものだ。6日に公表された二案は、前述のように法律の対象を「延命措置の不開始」のみとするか、「延命措置の中止」も加えるかで異なる。

 以下、共通部分を見ると、「終末期」は、「患者が、傷病について行い得るすべての適切な医療上の措置(栄養補給の処置その他の生命を維持するための措置を含む)を受けた場合であっても、回復の可能性がなく、かつ死期が間近であると判定された状態にある期間」と定義。

 終末期医療に関する患者の意思決定はあくまで「任意」。障害者団体などから懸念の声が上がっていたことから、「生命を維持するための措置を必要とする障害者等の尊厳を害することがないように留意しなければいけない」と明記している。また、国や地方公共団体に対して、終末期医療に関する啓発などに必要な施策を講じるよう求めている。

 延命措置の「不開始」あるいは「中止」ができる条件は、(1)患者が自らの意思を書面等で表示、(2)「終末期」の判定は、主治医を含む2人以上の医師が行う――など。また「不開始」あるいは「中止」の意思は、いつでも撤回できるとしている。

 この条件を満たし、医師が延命措置の「不開始」あるいは「中止」のした場合、「民事上、刑事上および行政上の責任(過料に係るものを含む)は問われないものとする」と規定している。

 6日の総会では出席議員から、「医師が免責される条件に該当するかどうかが、後から言い争いになることはないのか」との質問が出された。これに対し、議院法制局は、「どんな法律でも、その要件に該当するかどうかが争われることはあり得る」とし、今回の法律案でも同様だとした。日医副会長の羽生田氏も、仮に法律が制定されれば、「現実的には、十分に説明して、同意書を取り、対応していくことになるだろう」との考えを述べた。

m3.com 2012年6月7日

第109回日本内科学会
内科医が取り組むべき課題を提言
 京都市で開かれた第109回日本内科学会から,今回の総会テーマと同一タイトルのパネルディスカッション「内科学の使命と挑戦」〔司会=中尾会頭,住友病院(大阪府)・松澤佑次院長〕の模様を紹介する。国内外の医療や死生観に造詣の深い各演者からは,プライマリケアや予防研究の重要性が指摘され,同プログラムの狙いである21世紀の医学における内科学の使命,内科医の取り組むべき課題と今後の挑戦を考える場となった。

助けての声に応える誠意ある内科臨床を

 一般医療と終末医療を実践している,野の花診療所(鳥取県)の徳永進院長は,患者の「助けて」の声がある限り,臨床は枯渇しないとし,医師にとっては「誠意」が普遍であるという考えを示した。また,生き生きとした内科臨床を実践すること,精神的ケアを学ぶことなど,内科診療に求められることを列挙した。

 がん患者に対する非告知が医師の礼儀だった時代から,告知が当然の時代に変わり,同院長は「どちらが正しいのか」と自問自答したことがあるという。そして,「多くの患者と出会う中で,“どちらが正しいか”という問いこそが問題と思うようになった。告知/非告知だけでなく,病院死/在宅死,延命/鎮静などの双方向性のものは2つで1つであり,医療者が決め付けたり,押し付けたりするものではない。どちらであっても受ける誠意が医師には必要と考えるようになった」と述べた。

 また,内科臨床の進歩によって在宅で診ることのできる範囲が広まった中で,今後は病院・施設満床の状況をカバーする在宅医療とケアの発展が期待されるとしたほか,内科臨床のさまざまな要素が関与している分野として,同院長が携わる終末医療を挙げた。

 終末期と身体医療の関連は薄いと考えがちだが,胸腹水や高カルシウム血症への対応など,「体は死のときまで休まない。“生き生きとした内科臨床”を実践することが大切」と述べたほか,患者がパニックに陥るのは精神科医が勤務している時間とは限らないため,ベッドサイドにいる内科医が患者・家族の心のケアを理解する必要性を指摘し,精神医学を学ぶことを推奨した。なお,終末医療に限らず,生命現象は反対語で成立していることを知り(吸気/呼気,摂取/排泄,交感神経/副交感神経,失望/希望など),ホメオスターシスとは何かを意識して患者に向き合うことは内科臨床にとって最も肝要なことだと説いた。

 同院長はさらに,内科診療としての終末医療のこれからの宿題として,生活臨床の見直しや胃瘻の適応の再考,多幸感の生まれる鎮静薬の開発などを望むとともに,「患者の助けての声がある限り,臨床は枯渇しない。学んだものをもう一度学びほぐすunlearnを実践し,個々の患者に合った医療を提供していくことが大切となる」と述べた。

生と死の間に老と病が加わった時代の人生モデル再考を

 宗教学者の山折哲雄氏(元国際日本文化研究センター所長)は,人生50年の時代には「生」と「死」が同じ比重の「死生観」を誰しもが持っていたが,両者の間に「老」と「病」が入り込んできた人生80年時代の人生モデルは手探り状態にあると指摘。現在の老人終末期医療は長く生きる,生かすことが優先される傾向にあるのではと問題提起した。

 少子高齢化時代をどのように生き,どう死を迎えるか−ということについて考えることは重要である。

 つい30年ほど前まで,体感的な平均寿命はほぼ50年であり,当時は「死生観」という人生モデルが確固として存在した。しかし,この短期間に人生80年の長寿社会となり,生と死の間に,「老」と「病」という問題が入り込んできたことで,政治や社会,そして医学も対応できない状況になっているとはいえないか。

 同氏自身,20歳代に十二指腸潰瘍の手術を受け,40歳代で再度吐血・下血するも,その後,現在の80歳代まで現代医療に命を助けられた経験を持つ。「医療の重要性は分かっている。ただ,現在の多くの高齢者がどのように最期を迎えているのかを考えると,長く生きること・生かすことが優先されているような気がする」ととつとつと語った。

 折しも,『大往生したけりゃ医療とかかわるな〜「自然死」のすすめ』(中村仁一氏)がベストセラーとなっているように,大往生に対して潜在的要求を持っている層は少なくないのではないか−と自らの経験から話し始めた。

 40歳代に十二指腸潰瘍が再発したとき,1週間の絶食を指示されたが,「5日目に地獄の飢餓感を覚えたが,6日目には飢餓感が引き,生命力が盛り上がってくる体験をした。平安・鎌倉時代の僧侶は死期が近づくと,自ら断食を行ったという記録があるが,“願わくは花のもとにて春死なん その如月の望月のころ”と詠んで,その通りに死期を迎えた西行は計画的断食往生を行ったのではと考えるようになった。生と死の間に,老と病がはびこってきた中で,西行的な断食往生という可能性に少し関心を持っていただければ」と会場に語りかけた。

メディカルトリビューン 2012年6月7日

死亡前、鬼籍の親・仏ら「お迎え」…4割が体験
 自宅でみとられた患者の約4割が、亡くなる前、すでにいない親の姿を見たと語るなど、いわゆる「お迎え」体験を持ち、それが穏やかなみとりにつながっているとの調査研究を、宮城県などで在宅医療を行っている医師らのグループがまとめた。

 在宅診療を行う医師や大学研究者らが2011年、宮城県5か所と福島県1か所の診療所による訪問診療などで家族をみとった遺族1191人にアンケートした。

 「患者が、他人には見えない人の存在や風景について語った。あるいは、見えている、聞こえている、感じているようだった」かを尋ねた。回答者541人のうち、226人(42%)が「経験した」と答えた。

 患者が見聞きしたと語った内容は、親など「すでに死去していた人物」(51%)が最も多かった。その場にいないはずの人や仏、光などの答えもあった。

 「お迎え」を体験した後、患者は死に対する不安が和らぐように見える場合が多く、本人にとって「良かった」との肯定的評価が47%と、否定的評価19%を上回った。

 調査は、文部科学省の研究助成金を得て実施。「お迎え」体験は経験的にはよく語られるが、学術的な報告はきわめて珍しい。

 研究メンバーである在宅医療の専門医、岡部健・東北大医学部臨床教授は「『お迎え』体験を語り合える家族は、穏やかなみとりができる。たとえ幻覚や妄想であっても、本人と家族が死を受け入れる一つの現象として評価するべきだ」と話している。

m3.com 2012年6月21日

緩和ケア 「治す」から「生きることを支える」へ
コメンテーター 十和田市立中央病院 事業管理者 蘆野吉和 氏

 がんが日本人の死亡原因の第1位になったのは1981年であるが,それ以降もがんによる死亡者数は増加の一途をたどっている。現在,日本人の2人に1人はがんに罹患し,3人に1人はがんで死亡するといわれている。がんは脳卒中や心筋梗塞のように急死する疾患ではなく,多くは一定期間を経て悪化し,がん化学療法などの有効な治療手段が尽きる終末期を迎えて死亡する。そのため,疼痛などの症状のコントロールを目的とする終末期緩和ケアが極めて重要になる。長年のライフワークとしてがんの終末期医療に取り組んできた十和田市立中央病院(青森県)の蘆野吉和氏(前院長,現事業管理者)に,プライマリケアにおける緩和ケアについて聞いた。

緩和ケアの原点はホスピタリティー

 がん患者が増加していることへの対策として,2007年に厚生労働省は「がん対策基本法」を施行し,その中で緩和ケアの普及を強く打ち出した。これによって,全国各地の地域がん診療連携拠点病院で緩和ケア研修会などが盛んに実施されるようになり,参加したことのあるプライマリケア医も少なくないと思われる。しかし,これにより緩和ケアが普及しつつあるかというと,蘆野氏は「まだまだそうはいえないのが現状」と言う。「疼痛コントロールなどの知識や技術は多少身に付けたという医師は多いのだろうが,それは緩和ケアの表層的な部分。緩和ケアを本当に提供するのであれば,もっと深い理念を学ぶことが大事」と同氏は指摘する。

 確かに緩和ケアというと,一般的にイメージされるのは疼痛コントロールで,例えば非オピオイド鎮痛薬やオピオイドの使い方といったことである。もちろん,こうした知識や技術も必要であろうが,ただし,それを身に付けただけでは緩和ケアを学んだことにならない,と同氏は言う。では,同氏が学ばなければならないという緩和ケアの理念とはどういうことなのか。同氏は「緩和ケアの原点はホスピタリティー(温かみ,思いやり,優しさ,おもてなし,寄り添い)であり,医療の原点そのものである」とし,その基本理念として(1)1人1人の人間の生き方を支える(2)楽に生きることを支える(3)家族や介護者を支える(4)チームで支える−の4つがあるとする。

生活の質の向上を目的とした医療への転換

「1人1人の人間の生き方を支える」とは,がんならがんという病巣だけに目を向けるのではなく,その病巣を持っている人を“患者”ではなく自分と同じ“人間”として対応し,その病巣があることで起こる生活上の不便さなどをできるだけ少なくすることを,医療的な視点で,本人との相談の上で対応することを意味する。

「楽に生きることを支える」とは,どのような病状であれ,可能な限りさまざまな苦痛を取り除き,楽に生を全うできるように支援することを意味する。そのためには,病状に関する情報提供,決して見放さないことを保証する体制づくり,在宅ケアにおける生活支援体制の整備などが重要になってくる。

「家族や介護者を支える」とは,がん患者と同様に大きな不安,苦悩,苦痛を感じている家族もケアすることを意味する。そうして家族と一緒にケアをしていく体制を取ることで,家族による看とりを可能にさせる。

「チームで支える」とは,医師,看護師,薬剤師などの医療職,およびケアマネジャー,ヘルパーなどの介護職が,それぞれの視点で患者本人や家族のニーズを把握した上で,連携して必要な支援を提供することをいう。

 蘆野氏によると「これまでの日本の医療は,疾患を治すことを目的に,健康を目標として,病院中心に発達してきた」。しかし,この考え方では,がんの終末期のように治療手段が尽きたところでは,もはや十分な対応が取れなくなる。そこで,同氏は「これからは生活の質の向上を目的に,自立を目標として,生活の場を中心とした医療に転換していく必要がある」と言う。

 なお,以上のような考え方は,ただがんの終末期にだけ当てはまるわけではない。がんというのは慢性疾患の1つで,全ての慢性疾患は,やがては治療手段の尽きる終末期を迎える。だとすれば,緩和ケアの理念の持つ医療のパラダイムシフトは,全ての慢性疾患に当てはまると言ってよいだろう。「これからますます日本の超高齢社会は進展していくが,それは治らない疾患を持つ人が多くなっていく時代といえる。このような時代に向けては,どうしても治すための医療から生活を支える医療への方向転換が必要で,これが緩和ケアの理念であるといえる」と同氏。

緩和ケアの担い手としてのプライマリケア

 緩和ケアが生活の場を中心とした医療でなければならないとしたら,プライマリケアはまさにその場であるといえる。「これまでも,緩和ケアがうまくいっている場は,がん専門医のいる病院よりも,きめ細かい在宅ケアが行われているプライマリケアであることが多かった」と蘆野氏。「これからの緩和ケアの担い手としては,むしろ,プライマリケアこそが主役になるべき」とも提言する。

 がん診療の担い手としてのプライマリケア医は,病院勤務医に対して,幾つかのアドバンテージを持っている。まず,プライマリケア医は日ごろから患者と親しく接し,その生活習慣や職業,家族歴などを知っているため,がんのリスクを見積もりやすい。そして,リスクが高いときには検診・精査を勧めやすく,患者にも受け入れられやすい。また,がんに罹患した場合に告知を希望するかどうかといった話も,プライマリケア医なら,良い頃合いを見て持ちかけることができる。

 患者にがんが発見された場合も,既往症や併発症などについてよく知っているのはプライマリケア医である。したがって,「プライマリケア医は患者をがんの専門医に紹介するにしても,全てを委ねるのではなく,できるだけ自分も加わるようにすべき」と同氏。「がん専門医にとっても,プライマリケア医からの情報は貴重」と言う。

 がん専門医の下で治療が行われている間は,できるだけ経過を把握し,患者と専門医との橋渡し役を務める。患者と専門医だけだと,患者は専門医に遠慮して聞きたいことも聞けないということがあるが,プライマリケア医を介してなら,それができる。また,患者の家族もプライマリケア医になら,何かと相談しやすい。「患者と家族にとって,最も不安を抱かせ,また,それが解消されないと医療不信にも陥らせかねないのが,医療へのアクセスが途絶えること。それを防ぐ意味でのプライマリケア医の役割は大きい」と同氏。

在宅ケアに必須のチーム医療

 専門医の下でのがん治療が終わった後は,もちろんプライマリケア医が医療の中心になるが,その際に疼痛をはじめ呼吸困難,嘔気・嘔吐のコントロールなど,緩和ケアの具体的な知識や技術が必要になってくる。

 プライマリケアでがん患者の緩和ケアを行うようになると,どうしても欠かせないのが在宅ケアである。しかし,1人のプライマリケア医の行える在宅ケアには限りがある。そこで,看護師,ケースワーカー,ケアマネジャー,ヘルパーなどとの連携が重要になる。蘆野氏の経験では「特に緩和ケアに習熟した看護師,ケアマネジャーとタッグを組むことができれば,医師の負担は大きく軽減される」と言う。

「緩和ケアでは,最終的には患者の死を看とることになるので,何かつらいことばかりがイメージされがち。しかし,その一方で,「患者の生き方を支えた」という充実感もあり,また,患者の生き方から学ぶことも多い。幅広いプライマリケア医が,本当の緩和ケアを知り,実践してくれることを望みたい」と同氏は結んだ。

SUMMARY

 緩和ケアの原点はホスピタリティーであり,医療の原点である

 緩和ケアの基本理念として,(1)1人1人の人間の生き方を支える(2)楽に生きることを支える(3)家族や介護者を支える(4)チームで支える−の4つが挙げられる

「治す医療」から「生きることを支える医療」への転換という緩和ケアの理念は,今後の医療全般に必要なパラダイムシフトでもある

 緩和ケアの担い手の主役になるべく,プライマリケア医はさまざまなアドバンテージを有している

メディカルトリビューン 2012年6月28日

診断時から治療終了後も続くケア
第17回日本緩和医療学会開催
 第17回日本緩和医療学会が6月22−23日,神戸国際展示場他で開催された。「医療者にできることは,患者に関心を持ち,寄り添い続けること」と講演で語った松岡順治大会長(岡山大大学院)のもと,「ひろく ふかく たかく」という大会テーマが掲げられ,多くの演題が発表された。本紙では,サバイバーシップと,早期からの緩和ケアが議論されたプログラムのもようを報告する。

がんを治すだけの時代から次の時代へ

松岡順治大会長


 がん患者と医療者が同じ壇上に並んだパネルディスカッション「サバイバーシップという考え方――がん治療を終えてからも ひろく ふかく たかく」(座長=聖路加国際病院・山内英子氏)では,まずMDアンダーソンがんセンターのLewis Foxhall氏が,がんサバイバーのQOLを高めるために同院で実施している「サバイバーシップクリニック」について発表した。ここでは,再発防止を中心とした患者へのケアだけでなく,プライマリ・ケア医や看護師,ソーシャルワーカーへの教育も行っている。また,後遺症や治療に関する研究も盛んだという。氏は,がんサバイバーシップはがんの治療成績や患者のQOLを高める新興分野だとし,一層の発展に期待を寄せた。

 がんサバイバーの立場からは,桜井なおみ氏(NPO法人HOPEプロジェクト)と小嶋修一氏(TBSテレビ)が登壇。まず桜井氏は自身の経験から,がんと診断された患者は,病になる以前にあったさまざまな役割を喪失することによって,自身の根源的な存在が傷つくスピリチュアルな痛みを感じていると説明。参席した医療者に向けて,患者の生き方を共に支援してほしいと訴えた。一方で,こうした痛みは自分の生きる意味を問いなおすための貴重なキャンサーギフトでもあると,前向きな見解を示した。

 続いて発言した小嶋氏は,がんサバイバーは医療者にとって“生きた教科書”であると強調。氏は,がんの再発を疑って受診した病院で,検査を先送りにされ,強い不安と不信を感じた経験から,患者の不安を少しでも取り除くには即時即断の検査・手術が重要との考えを示した。また,患者の経験談には治療改善のヒントが多くあると主張し,患者の声に耳を傾けるよう医療者に求めた。

 医療者の立場からは三氏が登壇。博愛会相良病院の看護師である江口恵子氏は,同院で取り組んでいるサバイバーシップケアプログラムについて発表した。患者同士が互いの体験を語り合ったり,病や治療について学ぶことで,安心して治療に前向きに臨むようになったと述べた。

 医師の下山理史氏(国立病院機構名古屋医療センター)は,時には患者よりもその家族のほうが強い不安を抱いている場合があると指摘。同センターが設けたピアサポーターによる相談会や,患者や家族が語らうサロンなどの取り組みについて報告した。

 最後に乳がんの専門医である山内氏は,「患者らしくではなく,あなたらしく」というメッセージを伝えつつ,エビデンスだけでなく患者一人ひとりのナラティブに基づいた治療を行うことを提案した。

 その後のディスカッションでは,がんサバイバーであり医療者でもある参加者から,「医療者はいまだにがんサバイバーを医療行為の対象としか見ていない傾向がある。医療者の考える“良い枠組み”に患者を押し込んではいないか」という問題提起がなされた。これに対し山内氏は,今後は医療者と患者という二項対立ではなく,双方がひとつになっていかなければならないことを強調し,そのためには医療者が患者の就労問題に関与するなど具体的なアクションプランを実行していく必要があると述べた。

早期からの緩和ケア導入を

 WHOの新定義(2002年)で「早期からの緩和ケア」が謳われてから10年,その機運が徐々に高まりつつある。2012年度からの新たな「がん対策推進基本計画」においては「がんと診断されたときからの緩和ケアの推進」が重点課題のひとつとされ,緩和ケア研修体制の見直しや提供体制の整備を図ることが個別目標として明記された。

 また海外においては,がん患者のQOLに関する論文が年々増加している。中でも関心を集めたのは,転移性非小細胞肺癌患者に対する早期緩和ケア導入の効果を示したJennifer S. Temel氏らの論文だ(N Engl J Med. 2010[PMID: 20818875])。今学会では,マサチューセッツ総合病院がんセンターにおいてTemel氏とともに支持療法研究グループを率いるWilliam Pirl氏を招聘し,講演とパネルディスカッションが企画された。

 インターナショナルレクチャー「早期からの緩和医療」においてPirl氏は,「緩和医療は積極的治療とホスピスの間のギャップをどう埋めるのか?」と問題提起。モデルケースとして,看護師による電話カウンセリングによる介入が主体のENABLEプロジェクト(JAMA.2009[PMID: 19690306])のほか,前述の論文の研究デザインを報告した。この研究では,新たに転移性非小細胞肺癌と診断された患者151人を「癌の標準治療」群と「癌の標準治療+早期緩和ケア」群に無作為に振り分け,前者は患者・家族や腫瘍内科医の要望があった場合のみ,後者は月に最低1度は緩和ケア医が介入。その結果,一次エンドポイントである12週目のQOL変化においては,早期緩和ケア群のほうが有意にQOLが良好だった。また二次エンドポイントとして,早期緩和ケア群において抑うつ症状が改善したほか,生存期間の延長までもが認められたという。

 質疑応答では,「なぜ早期緩和ケアによって生存期間が延びたのか」という点に質問が集中した。Pirl氏は「(この研究デザインで)その理由まではわからない」と前置きしつつ,早期緩和ケア群では終末期において化学療法を中止する時期が早い傾向にあり,このことが生存期間の延長に寄与したという仮説を提示。また一方で,延命の効果にばかり焦点を当てるべきではないとも述べ,QOL改善こそがより重要な結果であると強調した。なお現在他の転移性肺癌や消化器癌において同様の研究が進行中と述べ,さらなる知見の集積に期待を寄せた。

 続くパネルディスカッション「がんと診断された時からの緩和ケアの実践のために――がん治療と緩和ケアの両立」(座長=JA高知病院・曽根三郎氏,岡山大大学院・藤原俊義氏)では,Pirl氏と日本の演者6人が自施設における早期緩和ケアの取り組みを報告。Pirl氏が腫瘍内科医との密接な連携による外来緩和ケアの試みを紹介したほか,日本からは院外薬局との勉強会や看護師による質問紙スクリーニングなどの取り組みが報告された。

週刊医学界新聞 第2986号 2012年7月16日

第54回日本老年医学会開催
「超高齢社会における老年医学」をテーマに
 第54回日本老年医学会が6月28−30日に,大庭建三会長(日医大)のもと,「超高齢社会における老年医学」をテーマに,東京国際フォーラムにて開催された。

 終末期状態に至った患者を前に,何が最善の医療およびケアになるのかを悩む場面は多く,医師の間でも意見の一致は得られていない。シンポジウム「高齢者の終末期医療をめぐる諸問題――これからの終末期医療はどうあるべきか?」(司会=国立長寿医療研究センター・遠藤英俊氏,東北大・大類孝氏)では,終末期の高齢患者に対する最善の医療およびケアの在り方が議論された。

シンポジウムのもよう

 まず西村美智代氏(埼玉県認知症グループホーム・小規模多機能協議会および社会福祉法人サン)と小坂陽一氏(東北大)が,終末期における過少・過剰な医療とケアに関して考察した。

 西村氏は,介護施設・グループホームの経営者,管理者,スタッフを対象に行ったアンケート結果を紹介した。「過少/過剰な医療行為になる背景」として,高齢を理由に医療者や患者家族が治療を控えることで「過少」となるケースや,介護者の医学的知識不足により医療者の多剤処方を受け入れてしまい「過剰」となるケースが挙げられたという。氏は,個々の患者に合った終末期医療を実現するために,医療者,患者家族,介護スタッフ間の情報の共有化を促進する必要性を訴えた。

 また,病院勤務医の立場から発言した小坂氏は,自身の経験から「寝たきりかつ認知症の高齢患者に対する経管栄養は過剰な医療行為」との見解を示した。その理由として,本人の意思ではなく家族の要求によって施行されるケースが多い点や,実施による1年生存率が高くないことに加え,その間も感染症に対する抗菌薬治療が繰り返し行われ,最終的には肺炎などの重篤な感染症による死亡が多い点を挙げた。

医療者−患者間で合意形成を図ることが重要

 門岡康弘氏(熊本大大学院)は,医療者と一般市民の「無益な治療」の捉え方の相違に関する調査結果を紹介した。無益性が問題となる治療の実施には医師よりも一般市民のほうが肯定的であり,また医師が病態や副作用といった医学的事項やQOLを重視する一方で,一般市民は家族の意向や納得・満足といった心理的利益を重視する傾向が認められたと指摘。患者・家族の終末期の意思決定においては,情報や経験を持つ医療者の意見も重要な判断材料になることから,「一般市民への啓発を行い,社会で適切な終末期医療に対する理解を深め,医療者と一般市民の合意形成を図る努力が求められる」と語った。

 「終末期患者の意思決定に必要なことは,患者本人にとっての最善を探ること」と強調したのは会田薫子氏(東大)。エビデンスに基づく標準的な「最善」と患者の価値観や死生観が,医療者−患者間で共有化されることで,それぞれの患者にとって最善となる判断が可能になると主張した。また,日本老年医学会『高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン』作成に携わった立場から,「ガイドラインに沿って医療者−患者間で合意形成が図られた処置であれば,後に法的問題になることはない」と語った。

 国立長寿医療研究センターの西田満則氏は,同センターで実施する「End-of Life Care team」の活動を報告した。同チームは,がん患者に加え,終末期の慢性心不全や慢性呼吸器疾患などの患者を対象に,苦痛緩和,人工呼吸器・胃ろう・輸液の差し控えや撤退の意思決定支援を行う。患者の「過去」の意思表示,「現在」の意向,延命治療実施後に予想される「未来」の患者・患者家族の生活という,3つの視点から個々の患者に対する最適な終末期医療を考慮する方法を示し,同チームの意思決定支援の実践例を紹介した。

週刊医学界新聞 第2988号 2012年7月30日

【座談会】がん患者さんの“働きたい”思いをかなえる就労支援とは
高橋 都氏(獨協医科大学准教授・公衆衛生学)=司会
近藤 明美氏(特定社会保険労務士・近藤社会保険労務士事務所代表/一般社団法人CSRプロジェクト理事)
金 容壱氏(聖隷浜松病院化学療法科・緩和ケアチーム)
和田 耕治氏(北里大学医学部准教授・公衆衛生学)


 5年生存率が平均54%まで上がり,長く付き合う病気へと姿を変えつつあるがん。16−65歳までの働く世代では,毎年新たに約22万人の患者が生まれている。本年6月に決定された,第二期のがん対策推進基本計画にも就労支援の必要性が明記されるなど,がん治療と働くこととの両立が課題となるなか,医療者の立場からはどのようなサポートができるのだろうか。本座談会では,がんの当事者が自分らしく働き続けるための,支援の在り方について考察する。

「働くこと」の意義とは?

高橋 まず「働くこと」が,がん患者の方にとって,あるいはがんの治療の上でどのような位置付けにあるのか,がん体験者である近藤さんからお話しいただけますか。

近藤 私にとって働くことは,“生活の糧”でもありますが,何より“生きることそのものの糧”という意味合いが強いです。それだけに,積み重ねてきた自己実現の過程ががんによってリセットされ,生きる糧を失ってしまうことに強い抵抗感があります。がんを人生のイベントの一つととらえ,その前もその後も同じように働き続けたいと考えるのは,がん患者にとってごく自然なことだと思います。

 働くことで社会における役割を見いだしていた方が,ある日がんという病名がついたことでその役割を奪われる。それはまさに,アイデンティティが引きはがされるような苦痛ですし,その苦痛は,心身に大きな影響を与えます。

 がんサバイバーのなかで,就業している方のほうがQOLがよい傾向にあるという研究結果も北米やアジアで報告されています。働くことが治療にプラスの影響を与える点にも,注目すべきだと思います。

和田 お二人のお話の通り,がん患者さんにとって「働くこと」は,生活や治療の費用を確保するためにも,“ライフ”を充実させるためにも重要な要素です。ですから医療従事者は,治療しながら働きたい患者さんがいることを認識し,その中で仕事の継続に困難を感じている方を特定する必要があります。全体から見ると少人数かもしれませんが,抱えている困難の内実は千差万別で,根深い問題が潜んでいる場合もあると考えられます。

治療やその副作用により就労継続が困難に

高橋 それでは具体的に,がんの治療と仕事との両立の難しさは,どういった点にあると考えられますか。

近藤 まず,手術が治療の第一選択肢に挙がることが多く,そのための検査や入院で,必ず仕事が中断されます。また,化学療法のための通院が長期間続き,スケジュール調整が難しくなることもあると思います。

高橋 2年前から始まった,厚労科研「がんと就労」(図)の研究班によるネット調査でも,手術日の急な決定,化学療法の予定変更など治療計画が予測しにくく,仕事に影響するという声が多くありました。

 あとは,やはり化学療法の副作用の問題です。副作用の程度には個人差があるため,その不確定さゆえの悩みもあるようです。心身に現れる倦怠感や集中力の低下,消化器症状,抑うつなどさまざまな副作用の症状により,思うように仕事ができずにつらさを感じている方は,たくさんおられます。

 副作用については大まかな想定は可能ですが,専門医でも詳細な予測はできないというのが実情です。ただ,化学療法の最初の1コースを経験することによって,2コース目以降のだいたいの感覚がつかめてきます。ですから患者さんには「1コース目の間だけは何とかお休みをもらうか,すぐ早退できるような態勢を整えて,どんな副作用があるか,様子を見てほしい」とお話ししています。

疾患イメージや,職場環境からくる“働きにくさ”も

近藤 がんという疾患に対して社会が持つイメージも,就労に影響していると思います。私自身も以前はそうでしたが,がんと聞くととっさに“死”を連想してしまう。当然「仕事のことなんて気にしている場合じゃないよね」と考える方もいると思います。

 『隠喩としての病い』(スーザン・ソンタグ,みすず書房)では“かつては結核が死の病だったが,結核が克服されてからは,がんがそのイメージに取って代わった”と記されています。これだけ生存率が上がった今でも,必要以上に悲観的なイメージががんという病名に被せられて,いまだに一人歩きしている感はありますね。

高橋 そういうイメージをどう打破して周囲に理解を得ていくか,その過程で悩まれる方も多いです。

和田 職場で理解と配慮を得るためには,病気の話を「どこまで」「誰に」してよいか,患者さん自身が見極める作業を要します。特に働き盛りの40歳未満に多い女性の乳がんや子宮がんに関しては,男性上司に説明しにくいなどジェンダーの問題も絡み,事態が複雑化する可能性もあります。

 最近では,企業の効率化を目的とした人員削減や非正規雇用者の増加などにより,職場で互いに助け合うという文化が失われつつあります。特に中小規模の企業は人的余裕に乏しく,体調不良などで戦力になれない人にとっては,必ずしも居心地のよい環境ではない。そうした状況が,患者さん本人の葛藤も生み,結果として辞めざるを得なくなるケースも少なくないようです。

まずは,就労について話しやすい雰囲気を作る

 以前,患者さんの勤め先の産業医/看護師から連絡をいただいたことがきっかけで,仕事と治療の調整がスムーズに進み「ここまで動いてくれるんだ!」と感銘を受けた経験があります。そうすると,ほかの患者さんのケースでもいろいろお願いしてみたいという気になり「職場に産業医の方はおられますか」とつい聞いてしまうのですが,空振りが多いのです(笑)。

和田 産業医の選任義務がある50人以上の職場は,日本の総事業所数のわずか3%,労働者数でみても4割弱です。さらにこれらの企業でも,産業医の訪問回数が月1回であったり,あるいは定期訪問さえない場合もあります。常勤の産業医へのアクセスが確保されている企業労働者は,全体の数%程度でしょう。

 こうした実情がありますから,主治医の先生には,少しでも産業医的な視点を持って患者さんの就労にかかわっていただけたらと思うのです。「職場の上司とどんな話をしているか」「重量物の運搬・出張・長時間労働への配慮が必要か」といった話題を出すことが,きっかけ作りになります。

 患者さんは,病院で就労の相談ができるとは考えてもいませんし,まずは医療者が気を配って,就労について話しやすい雰囲気を作ることからですね。

高橋 支援に当たっては,「がんと就労」研究の一環で作成した「実例に学ぶ がん患者の就労支援に役立つ5つのポイント」(表1)を参考に,できることから順に試みていただけたらと思います。


表1 実例に学ぶ がん患者の就労支援に役立つ5つのポイント(一部抜粋,改変)

(1)患者さんの仕事に関する情報を十分に集める
*集める情報の例:職種,業務内容(肉体的な負担の有無),勤務形態,通勤形態,職場環境,休める期間
*診療時間内だけでは情報収集が難しい場合は,問診票や看護師との面談の時間も活用

(2)医療職が幅広くサポートする
*MSWや医事課にもかかわりを求める。心理的な問題はサイコオンコロジストにも協力を依頼
*看護外来を作り,がん看護専門看護師や認定看護師が対応
*患者会など外部サポート団体を医療機関として支援

(3)患者さんの希望に応じて受診や治療ができるように配慮する
*外来での放射線治療は,その後に出勤できるよう午前中の早い時間に実施。抗がん剤治療は,副作用の強い日が週末に当たるように工夫
*放射線療法が実施可能な病院のリストを作成し,患者さんの勤務先の近くなど,都合に合わせ選択可能にする
*治療を標準化することで,患者さんが主治医の外来日に来院できなくても対応可能に
*待ち時間を軽減するため,診療日と別の日に採血するなどの検査機会の提供
*長期の抗がん剤投与を開業医の管理下で実施できるよう,地域の開業医や訪問看護師と意見交換できる研究会などを立ち上げ

(4)治療の仕事への影響について十分に説明する
*抗がん剤治療中などには,急な入院もあり得ることをあらかじめ伝える
*起こり得る副作用や避けるべき業務(重量物運搬や時間外労働等)を具体的に説明
*仕事の継続をためらう患者さんには,さまざまな工夫で継続できることを積極的に伝える
*インフルエンザワクチン接種など,感染症対策は積極的に勧める

(5)スムーズに職場に復帰できる工夫や,職場の理解を得るためのアドバイスをする
*手術などにより休職した場合の復職する日は木曜日にする(2 日勤務すれば休めるため)など徐々に仕事に戻れるよう工夫
*患者さんの要望に応じ,仕事上の配慮を受けやすいよう病状の見通しなどを記した詳しい診断書を発行。上司にどう理解を得るか,MSWなどが相談に乗る
*会社の理解が得られにくい場合,患者さんの要望があれば上司等に来院してもらい,直接病状を説明

※「がんと就労」HP内に全文掲載


和田 治療と就労の両立の支援に熱心な外科医や腫瘍内科医にインタビューを行ってまとめたものですが,多忙な中でも取り組んでいただけるような“好事例”を集めたつもりです。

 私自身,「5つのポイント」を参考に,患者さんに問いかけをしています。すると「こういう症状があった場合,どうしたらいいですか」などと,具体的な相談ができ,より進んだ対応につながることが多いです。

「役割分担」が生み出す柔軟な治療体制

高橋 日本臨床腫瘍学会と日本がん治療認定医機構の先生方のご協力を得て実施された調査では「治療スケジュールを患者さんの仕事の都合に配慮して決められるか」という設問に対し,放射線については28%,化学療法については42%が「決められると思う/まあ思う」と答えています。この数値にはよい意味で少々驚きましたが,金先生の実感としてはいかがですか。

 化学療法も放射線治療も,基本的に医師の診察が毎回必要ですから,勤務体制など病院運営上の限界もあります。しかし診療科ごとに役割を分担して,専門性を高めるほど,融通は利きやすくなると思います。私自身,薬物療法は一任されている一方,病棟は外科の医師も共同で診てくれており,外来中に急変で呼ばれることはありません。ルーチンの検査業務もあまり入っておらず,比較的まとまった時間が取れるので,患者さんと仕事の話もできるわけです。

高橋 例えば週に3−4日外来が開いていれば,患者さんも都合のいい曜日を選択しやすくなります。それも,各科の医師がおのおのの役割に専念できる環境が整っていれば,実現しやすいということですか。

 そうですね。そのためには,私たち腫瘍内科医も,病院の中で役割を自ら作り出すくらいの気概を持って治療計画に介入していく必要があります。一方で臓器別専門科の先生方にも「腫瘍内科に任せてもいいんだ」という認識をぜひ持っていただきたい。最近では早期からの緩和ケアの気運も高まっていますから,チーム医療の観点から,就労の問題へのコンサルトを「社会的苦痛へのアプローチ」という意図で緩和ケアチームにお願いするというのも,一つの方向性ではないかと感じているところです。

和田 「5つのポイント」作成の過程であらためて認識したのは,医師は病院の中で提案しやすい立場にあるということです。「仕事と治療の両立を支援する」ことを方針として表明していただき,その上で看護師やMSWなどメディカルスタッフも含め,どんな支援や役割を担えるか検討する。それだけで,状況はずいぶん変わるのではないかという感触を得ています。

 まずは現場の責任者が意識を変えて,役割分担とチーム医療を若手にも促していく。現場が変わることで,病院全体にも柔軟性が生まれ,結果として,働き続ける患者さんにより資するシステムができるかもしれない,と思っています。

高橋 患者さんの一番近くでかかわり続ける主治医の方々には,彼らの生き方の希望をできる限り聞いていただきたい,というのが私の願いです。「再発して,あと半年だから就労は考えなくていいよね」ではなく,ご本人に「働きたい」という思いがあるのなら,最強のサポーターとして,それをかなえる支援をお願いしたいのです。

 今後も研究班として「就労の問題に悩む患者さんが,こんな工夫で働きやすくなった」好事例を草の根的に収集し,臨床現場の方々と共有していきたいと考えています。

相談できる場の充実とそこにつながるルートの整備

高橋 ここ数年で,がんと就労への関心も少しずつ高まり,患者さんが活用できるツールも既にいくつか生まれています。今回近藤さんに,表にまとめていただきました(表2)。


表2 医療費支援・就労支援ツール

◆書籍
『がんと一緒に働こう――必携CSRハンドブック』(CSRプロジェクト,合同出版,2010)
※がん経験者たちが書いた就労支援の本
『がんとお金の本』(黒田尚子,ビーケイシー,2011)
※お金にまつわる制度を知る入り口として活用可能

◆調査報告
『病とともに歩む人が、自分らしく生きていくために――「がん患者の就労・雇用支援に関する提言」』(2008)
『がん患者の就労と家計に関する実態調査 2010』

◆その他
『Web版がんよろず相談Q&A』(静岡がんセンター,冊子版もあり)
※医療費,経済,就労問題の解決に役立つ制度や専門家の助言を紹介
『知っておきたい働くときのルール』(厚生労働省)
※労働者に向けた労働法解説書。行政の相談窓口を掲載 『退職後の年金手続きガイド』(日本年金機構)


近藤 がんに特化したものはまだまだ少ないのですが,患者さん以外にも,企業の方,そして就労支援に興味を持っている医師の方にも,参考にしていただけると思います。

高橋 こうしたツールの活用を促進する一方,それだけでは解決が難しい場合のために,個別に相談できる窓口の充実も求められるところですよね。

近藤 「どこに相談したらよいかわからない」という声は実際に多いです。

 がんの治療と仕事,両方を一度に相談できる場は現状では乏しいうえ,ハローワーク,年金事務所,市役所,協会けんぽなど,多くの機関を回らなければならない。精神力も体力も落ちている患者さんには,想像以上に大変なことです。

和田 病院において,社会保険労務士(以下,社労士)の方と連携し,患者さんの相談に対応できるような仕組みが今後できるとよいですね。

近藤 それは私も,医療提供者の方々にぜひ検討していただきたいと考えていることです。

 特段問題を抱えていない患者さんには,病院内での情報提供やツールの紹介で十分ですが,不当に辞めさせられそうだったり,保険給付がなされるか否か微妙なラインにいる方など,やはり専門家がかかわったほうがよいケースがあります。自力で相談機関を探し出せる患者さんばかりではない,という点から言っても,医療機関からのルートが整備されることで,救われる方は多いと思います。

 “社労士”という存在を知らない臨床医も,まだ当然のようにいると思われます。また,こうした問題に明るい社労士の方がどこにいるのかも,病院側ではなかなかわからないものです。例えば,社会保険労務士会などで一括して情報提供していただけると,非常に助かります。

近藤 一例ですが,障害年金に関しては,社労士による全国規模のNPO法人など組織的な支援が可能となっています。がんと就労の問題でも同様に,知識を持った社労士を増やすとともに,組織的な支援体制を整えていく必要がありそうですね。

高橋 院内に,ある程度就労の相談に乗れるノウハウを持つ窓口があること。さらに複雑なケースに関しては,社労士など院外の専門家にコンサルトできる体制が整備されれば,ベストだということですね。

 もう一つ,院外でも院内でもよいのですが,がんサバイバーの方に就労に関するアドバイスをお願いできるシステムの整備も必要と思います。患者さんも「先生」から促されるより,当事者の集まりやアドヴォカシーグループで「患者として/サバイバーとしてこう行動した」という事例を示していただけると,より腑に落ちやすいでしょう。関係性の要諦は“持ちつ持たれつ”です。そうやって仕事を続けるコツなど,現実的なノウハウを伝授してもらえることを期待しています。

近藤 確かに当事者同士が「働くこと」に特化して話せる場は,まだまだ少ないです。治療でいったん職を辞した後,再度求職する際に病気や通院のことをどう伝えるか,といった悩みを抱える方も多くいます。再就職に成功した方から具体的なアドバイスをもらうことで,大きな励みになります。そういう体験をシェアする場の必要性は,強く感じますね。

患者さんが主体となって問題を言語化していく

高橋 「ルート作り」や「役割分担」というキーワードを体現するものとして,「がんと就労」研究班では,患者本人,産業医,主治医をつなぐ「連絡手帳」のようなツールを検討しています。より効果的な活用のためには,どんな視点を加えればよいでしょうか。

近藤 あくまで患者さんが主体であることが,大切だと思います。

 例えば私は,治療中に利用できる社内制度について確認していただくために,「就業規則で“休暇”や“休職”に関するもの,短時間勤務などの勤務制度に関するものを調べる」といった作業を,相談者の方にお願いすることがあります。そうした作業が,状況の整理や理解に役立っているように感じています。

 がんは,腫瘍内科・外科・放射線科,そして場合によってはリハビリテーション科など,治療が細分化され,主治医さえ交代していく場合もあります。なので患者さんが主体性を持って就労の問題を解決できるツールができることは,大いに歓迎です。

和田 治療と仕事との両立のために調整が必要な多くの事柄に加え,治療の不確定性や,病気の知識不足などの問題もある。そうした状況で,どんな配慮をどのくらい求めているのか,患者さんが自ら言語化できるよう,ツールなどを通じて支援していければと思います。

登場人物それぞれの立場で,できることを考える

高橋 これからの支援の在り方について,抱負を一言ずついただけますか。

近藤 私が社労士になったのは,働きやすい職場が増えることで,いきいきと働ける人が増え,より皆が幸せになれるのではないか,という思いからでした。たまたまがんになるという経験をしたので,その経験を社会に還元する意味も込めて,社労士として働きやすい職場作りを進めたいと考えています。

和田 「働きたい」という思いは,社会に参加したいというヒトの根本的な欲求とも言えます。高齢化が進み,現在は70歳まで働くことが目標として示されるなか,一人でも多くの患者さんが「働きながら治療ができるようになる」社会作りを考えなければならない時期にあります。がんという疾患をその代表ととらえ,モデルケース作りなどによってさらに展開ができればと思います。

 問題そのものの認知度向上や法制度の整備といったハード面の課題がいろいろありますが,基盤は人と人との関係だと思います。人と人の関係では,“持ちつ持たれつ”のバランスの良い関係性を保つ,所与の関係性に責任を持つという努めがあります。患者さんにはぜひ良い関係作りのスキルを身につけていただきたいですし,私たちも診療科,さらには職種も業種も横断した関係を強化し,サポートしていきたいですね。

高橋 「がんと就労」の問題は,登場人物がとても多いのですが,それぞれの立場からできることがやっと少しずつ見えてきた感があります。今年度から始まる第二期がん対策推進基本計画の5年間が終わったときに「がん患者さんの就労環境はここまでよくなった!」と言える仕組みを,皆で連携しながら作っていきたいと思っています。本日は,どうもありがとうございました。

週刊医学界新聞 第2988号 2012年7月30日

都道府県拠点病院に「緩和ケアセンター」設置へ--厚労省・検討会
 緩和ケア推進検討会は7月11日、厚生労働省が示した「緩和ケアセンター構想」を大筋了承した。各拠点病院に「緩和ケアセンター」を整備しようというもので、まずは都道府県拠点病院での整備を目指す。

 緩和ケアチームと緩和ケア外来の連携、緩和ケア診療情報の集約・分析など、緩和ケアについて院内横断的な取り組みを進めるのが目的。

m3.com 2012年8月2日

医療講座・死生学入門 福岡のNPOが開催、参加者を募集
 東日本大震災で多くの人の命が奪われたことをきっかけに、死について考えようと、福岡市のNPO法人「患者の権利オンブズマン」(理事長・池永満弁護士)などは「医療講座 死生学入門」を開催する。天神チクモクビル(中央区天神3)などで全3回、参加費は各500円。

 講座は第1回(10月27日)が死生学研究者で作家の波多江伸子さんが講師の「笑う終活講座」▽第2回(12月1日)外科医の二ノ坂保喜さん「死を見つめて生きる〜在宅ホスピスの現場から」▽第3回(来年2月23日)元山口大医学部教授の谷田憲俊さん「日本人の死生観の変遷を振り返る」。

 問い合わせは同オンブズマン事務局092・643・7579。

m3.com 2012年8月2日


医療過誤 「モルヒネ投与で死亡」 70代遺族が損賠提訴 山口地裁周南支部
 周南市の総合病院社会保険徳山中央病院(林田重昭院長)で一昨年11月、柳井市の男性(当時79歳)が亡くなったのは、モルヒネ投与が不適切だったためとして、70代の遺族女性が、病院を設置・運営する社団法人全国社会保険協会連合会(東京都)などを相手取り、慰謝料など約1650万円の損害賠償を求める訴えを山口地裁周南支部に起こしていたことが13日、分かった。

 提訴は6月29日付。訴状によると、男性は白血病の治療で入院していた10年11月16日、呼吸苦を緩和するため塩酸モルヒネを投与されたが、約10分後に脈拍が低下し、副作用により死亡。高齢の男性は、呼吸不全など副作用を起こす要因が多数あったのに、その可能性を考慮せず漫然とモルヒネを投与したなどとしている。

 病院側は「担当者が不在で、何とも言えない」と話している。

m3.com 2012年8月15日


続・時間の風景
胃ろうの是非について―高齢者の「自然な死」を取り戻すには―
佐藤 順 神奈川県同胞援護会衣笠診療所(横須賀市)所長/元神奈川県立循環器呼吸器病センター所長

 私は長年,神奈川県立病院で心臓血管外科医として勤務し,定年退職後,特別養護老人ホームや老人保健施設などの老人福祉施設で,責任者として高齢者の健康管理に携わってきました。老人施設で超高齢者の死に間近に接するようになって分かったのは,不自然な死に方をしている高齢者が少なくないということでした。

 施設では高齢者が老衰で死にそうになったとき,看取ることはせず,ただちに病院へ送ります。そうすると病院では「食べられない病人」として扱われ,あらゆる手だてを使って命をとりとめようとします。医師は年齢に関係なく少しでも長く生かすのが義務だと考えているからです。

 しかも近年,「胃ろう」という「食べられない病人を治療する」手軽な方法が開発されました。おかげで医療の現場では「食べられなくなっているから,胃ろうをしましょう」と,いとも簡単に胃ろうの造設が勧められているのです。そこに本人の意思の介在はほんの僅かです。

 ここで問題は2つあります。ひとつは,高齢者の「老衰死」とはどういうものか,「自然死」とはどういうものか,医療従事者でさえよく分かっていないということです。今ひとつは,ひとたび胃ろうを造設すると中止できないということです。問題は深刻だと思います。高齢者が病気ではなく老衰で亡くなるとは,だんだん食べられなくなって,枯れるように死んでいくことです。その自然な死を迎えようとしているときに,胃ろうを造設するとどうなるか。寝たきりで発語がなく,手足が硬縮し植物状態となっても,胃腸が丈夫であれば生かされ続けることになるのです。

 フランスに長く滞在していた私の弟が,フランスの医師からこんな台詞を聞きました。「老人医療の基本は,本人が自力で食事を嚥下できなくなったら,医師の仕事はその時点で終わり。あとは牧師の仕事です」。

 そもそも胃ろうが初めて臨床に応用されたのは1979年。アメリカでの神経疾患による嚥下障害の子供が対象でした。現在日本では,多くが食べられない終末期の高齢者の延命のために使われています。そうした現状に対して,PEG(胃ろう)を開発した小児外科医のガウダラー医師は,適応を顧みない高齢者への過剰施行という,PEGの開発当初は意図しなかった実態を憂えているといいます。現在,胃ろうの患者は40万から50万人にものぼるといわれています。

 果たして高齢者本人は,胃ろうによる延命を望んでいるのでしょうか。東京都健康長寿医療センターの外来高齢者562名を対象に行なった調査があります(1999年)。

 認知症が進行し,食事の摂取困難,寝たきり,自分の意思を表明できない状態に陥ったことを想定した場合,胃ろうを希望するかどうかを質問しました。結果は,胃ろうの希望者が2.7%,経鼻胃管は6%,点滴は3.9%,何もしないが最も多く42%でした。

 しかし現実的には,胃ろうが延命処置として施行されているという報告です。また一方,その調査のため参加してもらったPEG造設をしている医師30名に,自分が患者の立場なら胃ろうでの延命を望むかという質問に対し,21名は否定的な回答でした。認知症末期は,日本人を含めた多くの研究者が,経管栄養法の適応でないと述べています。

 PEGの良い適応は,脳血管障害や軽度の認知症で,嚥下障害が生じたものの意識状態が悪くない症例や,頭頸部の外傷で一時期口から食べることができない症例だと思います。

 医療の目的は,本来,患者がよりよく生きるために役立つものでなければなりません。この胃ろうという生命維持の技術も,患者の「生活の質」(QOL)を高める上で役立つものでなければ,使うことが正当化されないと思います。

 問題は,胃ろうの手術をした医師たちの多くが,胃ろうを造設されたお年寄りのみじめな末路を詳しくは知らないことではないでしょうか。人間は誰しも,最後まで人として意味のある人生を送りたいと願うものです。しかし現状では,本人も家族も望まない肉体だけの延命を,誰も止めることができません。

 今年の1月,日本老年医学会が,「高齢者の終末期には,胃ろう造設を含む経管栄養などは慎重に検討されるべきであり,治療の差し控えや治療からの撤退(すなわち中止)も選択肢として考慮する必要がある」としました。急がれなければならないのは,胃ろうをする・しないを決める新しい基準を作ることや,患者の意識がもう戻らないと分かった時点で,胃ろうを中止する法的な基準を決めることではないでしょうか。

メディカルトリビューン 2012年8月23,30日


尊厳死:医師の処方による末期患者の自死、米マサチューセッツ州で合法化へ
 自分の意思と信条に基づいて生き、そして死ぬことはおそらく、人間が持つ最大の自由だろう。しかし、その自己決定権と安心感が、治療者としての医師の役割や、究極的には生命の価値と衝突するとしたらどうだろうか?

マサチューセッツ州で尊厳死が合法化の見通し

 マサチューセッツ州の住民は、来たる11月、こうした問題を考えることになりそうだ。病状末期の人々に、自分の命を終わらせるために処方された薬を自己投与することを可能にする法案の住民投票が行われるからだ。成立すれば全米で3番目の州となる。

「尊厳死法」を支持する人々は、薬を処方される患者自身以外の人がこの薬を投与することは出来ないのであるから、この行為は医師が幇助する自殺とは呼べないと訴える。しかし、反対派の人々は、死期の迫った高齢者や障がい者、貧しい人々が、治療費を抑えるために家族や相続人から圧力を受ける可能性が出てくる懸念があり、そうした人々の命を危険にさらすことになると主張している。

尊厳死は安楽死か

 オレゴン州は1994年、終末期にある患者が死期を早める薬を処方してもらうことを認めた。ワシントン州が2008年にこれに続いた。マサチューセッツ州の住民投票はワシントン州の法と事実上同一であり、オレゴンの法を下敷きにして作られていると、「マサチューセッツ尊厳死連合(The Massachusetts Death with Dignity Coalition)」の広報責任者ステファン・クロフォード(Stephen Crawford)氏は言う。

 2009年にはモンタナ州の最高裁判所が、医師が幇助する自殺は州法や判例に違反しないという判決を下したが、同州には公式な尊厳死法はない。

 この法律は、ある重要な点において、安楽死や医師が幇助する自殺とは違う、とマサチューセッツ尊厳死連合は言う。すでに病気で死期の迫った患者が、自分の生命を終わらせる薬を自己投与しなくてはならない、という点だ。医師はそのために必要となる薬を処方することは許されるが、患者の求めがあったとしてもそうする必要はない。

 しかし反対派は、尊厳死法は医師自殺幇助と変わらない、終末期の人々はそれを実行するためにさえ手助けを必要とするだろうからだ、と言う。「誰かが診察の予約を取らなくてはなりません。誰かが薬局にそういう薬を取りにいかなくてはなりません。こういう薬が自宅で、監視もなく投与されうるのです。これが本当に自発的な行為と言えるでしょうか」と、尊厳死法に反対する「選択は幻想(Choice is an Illusion)」の代表でワシントンの事務弁護士、マーガレット・ドア(Margaret Dore)氏は言う。中には弱い立場の患者たちを危険にさらす可能性を持つ条文も含まれているという。

「滑りやすいロープ」

 オレゴン、ワシントンの法に規定されているように、マサチューセッツの法案でも、患者は処方箋を手に入れる前に一連の条件を満たさなくてはならない。終末期の患者で顧問医師が余命6か月以下との診断をしていること。また、顧問医師は患者が健康に関して決定を行い、それを伝える能力が精神的にあることも認定しなくてはならない。さらに、薬の請求は、15日の間隔をあけ、2度にわたって、文書で主治医に対して行う必要がある。また、家族や主に看護を担当している人でない証人が2人必要だ。

 条件は厳しいように見えるが、防護策を犯した医師に対する罰則が明文化されていないことが問題だと反対派のドア氏は述べる。また、家族や介護者から、治療費がこれ以上かからないよう死を選ぶよう勧められるなどという圧力がかかることが、さらに心配なのだという。

 こうした点をマサチューセッツ尊厳死連合のクロフォード氏にぶつけたところ、「滑りやすいロープ、つまり一度始めてしまえば事態を止めることはできないという議論は、長年にわたって反対派が主張してきましたが、裏付けはないのです」という返答だった。

 実際、オレゴン州公衆衛生部のデータによれば、尊厳死を利用した患者の大部分は白人で、教育のある、経済的にも安定して保険にも十分加入した人々だった。また、件数自体も少ない。14年間で596例で、転移性のがんに苦しみ、死が迫っているという明確な診断が出た人々がほとんどだ。

 しかし、少なくとも1件は、さらなる治療ではなく死へ向かうことになった例があった。2008年、末期の肺がんを患っていたオレゴン州のバーバラ・ワグナーさんが、オレゴン保険プランによる自分の健康保険では主治医の処方した月4,000ドルの薬物治療をカバーしきれないが、尊厳死に必要な薬の料金はカバーできることを知り、後者を選んだのだ。この例は全米に議論を巻き起こした。

「自己投与」のあいまいさ

 法案支持者たちは、尊厳死は、自分の命を終わらせる薬を自分で投与できなくてはならないのだから、幇助自殺とは法的に区別できるとする。患者はそうした薬を、物理的に自分の体に入れることが出来なくてはならないのだ。

 しかし反対派の人々は、がん患者は別として、ALS(筋委縮性側索硬化症)の人たちがこの法律に基づいて死を選ぶことを疑問に思っている。この病気が進行すると筋力や協調運動機能が低下し、歩いたり動いたり、飲み込むことさえ出来なくなってしまうからだ。

 マサチューセッツ法の規定は法的にあいまいだと、反対派のドア氏は指摘する。患者は生命を終わらせるのに必要な薬を「自己投与してもよい」という表現になっている。「しなくてはならない」とは重要な違いだ。また、同法ははっきりと「このような手続きは自発的で」と述べているが、「自己投与」とは法的には、薬を単に経口摂取することでもありうる、とドア氏は言う。「経口摂取には『自発的な行為』は必要ありません。これは自分の選択の問題だと言いますが、法にある通りだと、選択は保証されていないのです」というのが彼女の主張だ。

 一方、マサチューセッツ尊厳死連合のクロフォード氏の主張は、条文では薬を投与できるのは患者だけだと明確に述べられている、というものだ。「薬は自己投与されなくてはなりません。それが条文の規定です。それだけです」と彼は言う。

オレゴン、ワシントンでは大多数が支持

 尊厳死が合法化されている2つの州では、少なくとも住民の70%が同法に好意的な意見を持っていることが、ナショナル・ジャーナルとリージェンス財団の行った2011年の世論調査で明らかになった。

 マサチューセッツの人たちも同じ意見のようだ。以前には、医師の処方による自殺は法制化に至らなかったが、最近の世論調査の結果では、同州が東海岸で最初に尊厳死を合法化する州になりそうである。パブリック・ポリシー・ポーリングの行った最近の調査では、住民の58%が尊厳死に賛成票を投じるとしたのに対し、反対と答えたのは24%にとどまった。

IBTimes 2012年9月4日

自宅での看取り
家庭医に対する終末期医療の教育・支援が必要
 病院ではなく,住み慣れた家で死を迎えたいと望む人は多いものの,ベルギーではそれを実現できた者は全死亡者の25%ほどで,がん死亡者でも29%にとどまっている。この数字は過去10年間で増加していない。なぜ,自宅で死を迎えることがこれほどまでに難しいのだろうか。ゲント大学・ブリュッセル自由大学合同終末期医療研究グループのKathleen Leemans氏らは,この問いに関して「家庭医が終末期の疼痛,呼吸困難,倦怠感にうまく対処できないことが原因の1つにある」とBMC Family Practice(2012; 13: 4, オンライン版)に発表。家庭医を対象とした終末期医療の教育や支援の必要性を訴えている。

死の直前まで十分なケアが必要

 今回の研究の対象はSENTIMELC studyに登録された死亡者のうち,突然死ではなく,自宅で予期していた死を迎えた患者約205例(60%ががんにより死亡)。Leemans氏らは,これらの患者の最期の状態や環境などを調べるために,各担当医にインタビューを行った。

 その結果,病院で死亡した患者と比べて対象患者では(1)年齢が低い(2)家族と同居している(3)男性である〜割合が高かった。

 また,全身状態(Performance Status)が悪化したのは死亡する1週間前からで,それ以前の3カ月間は比較的良好な患者が多かった。死亡する直前まで完全に意識があった患者は46%に上り,残り54%のうち,最後の週に3日以上意識不明であった患者は,その半数程度であった。患者の90%が,死亡する当日まで周囲の人となんらかのコミュニケーションを取ることができ,57%には意思決定能力があった。

 患者の主な愁訴は,倦怠感(91%),食欲不振(86%),眠気(72%),疼痛(56%),呼吸困難(54%),悲しみ(51%),不安(46%)であったが,そのうち呼吸困難,倦怠感,疼痛については,多くの家庭医が「対処が困難だった」と回答していた(それぞれ27%,19%,12%)。

 Leemans氏らは「特に,呼吸困難と疼痛は患者にとって重大な問題で,不安を助長させる。家庭医がこれらの症状にうまく対処できないことが,患者が自宅で死を迎えることを阻む要因となっているのかもしれない」と指摘した上で,家庭医に対して在宅での終末期医療に関する教育と支援を行う必要性を強調。「こうした取り組みにより,“自宅で迎える死の質”を向上させることができる」と述べている。

メディカルトリビューン 2012年9月6日

尊厳死法案、臨時国会への提出目指す
「尊厳死法案、臨時国会への提出目指す」画像  超党派の国会議員でつくる「尊厳死法制化を考える議員連盟」(会長=増子輝彦・民主党参院議員)は7日に役員会を開き、今国会への法案の提出を見送り、各党内で引き続き調整を進めた上で、今年秋にも開かれる臨時国会への提出を目指す方針を確認した。

 議連は7月末の総会で、15歳以上の終末期の患者に対する延命措置について、経管栄養や人工呼吸器の装着など、新たに延命措置を実施しないとする「不開始」を対象とした「第1案」と、現在行われている措置の「中止」も含めた「第2案」をまとめ、今国会への提出に向け、それぞれ党内手続きを進めることを決めた。

医療介護CBニュース -キャリアブレイン 2012年9月7日

基調講演「ホスピスマインドを語り合う」
地域社会の中でケアの循環を
医師 山崎 章郎氏

 外科医として16年、その後15年施設ホスピス、今は7年間在宅ホスピスをしている。外科医8年目の83年、アメリカの精神科医故キューブラー・ロス氏の『死ぬ瞬間』という本に出合って人生が変わった。

 外科医の頃、患者さんが亡くなりそうなときに延命措置を提案したが、ほとんど断られた。われわれ医者は、当事者にとって必要なことを確認していないと気付いた。

 人間は身体的、社会的、精神的、そしてスピリチュアルな存在。スピリチュアリティは人生の危機に直面したとき、生きる力や希望を(1)宗教など自分の外の大きなもの、または(2)自己の内面〜に求める機能を持つ。スピリチュアリティが機能すれば、病気に翻弄(ほんろう)されない自己の存在意義を見いだすことができる。

 スピリチュアリティを働かせるのに必要なのがコミュニケーション。末期がんで家に戻ってきた患者さんに、狭くなった十二指腸を広げる治療を提案したが、その患者さんは「それをやっても私の病気は治らないでしょう? 私はこのまま家にいたい」と言った。

 「私は余命いくばくもない」と嘆く患者さんで「どうしたいですか?」と聞くと「家族に迷惑を掛けるかもしれないが家にいたい。毎日孫に会いたい」と言って、ニコニコと孫の自慢話も始める人もいた。

 05年から地域の中に出掛けていく在宅ホスピスケアを始めた。手伝ってもらっているボランティア80人のうち、2割が亡くなった方の遺族。自分たちが受けたケアを他の人にもしようと、地域の中でケアが循環している。われわれが目指すのは、最後まで住みたいと思える地域社会だ。

 課題は、在宅療養を開始したときには余命わずかで、半数の人が1カ月以内に亡くなること。延命が目的であると、患者さんが理解して病院で治療を受けているか危うい。人生の最後くらい、医療の管理から解放される生き方を考えてもらってもいいのではないか。

 家族の介護力の限界などで、在宅を諦めて入院する人もいる。多くの人は介護さえできれば入院しなくて済む。緩和ケア病棟は、在宅ケアを補完する役割になっていくのが望ましい。

やまざき・ふみお 1947年福島県生まれ。91年聖ヨハネ会総合病院桜町病院(東京都小金井市)ホスピス科部長。2005年「ケアタウン小平」を開設し、在宅医。著書に『病院で死ぬということ』ほか多数。

WEB TOKACHI 2012年9月11日

第17回日本緩和医療学会
在宅緩和ケア推進のための方策を検討
 わが国の年間死亡者数は現在の約110万人から2030年には180万人に増加すると推定されている。さらに,2人に1人はがんで死亡する時代となっていることから,在宅緩和ケアの充実が迫られている。神戸市で開かれた第17回日本緩和医療学会(会長=岡山大学大学院緩和医療学講座・松岡順治教授)のインターナショナルシンポジウム「緩和医療のネットワークと在宅」では,カナダから緩和医療ネットワーク構築の実際が紹介され,日本からは在宅緩和ケア促進のための診療報酬改定および地域での取り組みが報告された。

重要なのは死亡場所ではなくケアの場所
施設間連携・多職種連携が必要
まずは医療者から意識改革が必要


重要なのは死亡場所ではなくケアの場所

 アルバータ大学(カナダ・エドモントン)腫瘍学科緩和医療内科のRobin L. Fainsinger教授は,エドモントンで地域緩和医療プログラムを立ち上げ,ネットワークの構築に成功。緩和医療は,死亡の場所ではなくケアを受ける場所が重要であることを強調した。

医療費を上げることなく在宅ケアを増加

 1990年代,エドモントンでは緩和医療が発達しておらず,がん患者の85%が急性期病院で死亡していた。そのため,医療費の高騰を招き,医療費削減,急性期病院のベッド数減少などに迫られた。

 そこでFainsinger教授らは,1995年から地域緩和医療プログラムを開始した。これは,急性期病院での緩和ケアを在宅緩和ケアあるいはホスピス緩和ケア病棟に移行させることを目指したもの。緩和ケア管理事務所が地域の緩和ケアに関する情報や患者情報などを全て把握し,地域にある高次緩和ケア病棟,急性期病院,がんセンター,ホスピス緩和ケア病棟,地域緩和医療専門コンサルティングチームおよび在宅緩和ケアを統括し,患者が状態に適した場所で緩和医療を受けられるようにコーディネーションを行う。このプログラムは非がん患者にも適用される。

 同プログラム導入により,導入前は急性期病院でのがん関連死が86%であったのが,導入後は49%に減少し,入院日数も約3分の1以下に短縮した。

 また,1993〜2000年の7年間にわたって約1万6,000例の患者をフォローしたところ,同プログラム導入により,医療費が上がることなく,緩和医療サービスの提供を増加させることができた。さらに,死亡場所は急性期病院,ホスピス,在宅などに分かれたが,死亡前1年間のケアの場所はほとんどが在宅であった。

 同教授は「最期の1年間は自宅で過ごし,最期の数日だけを病院で迎えることは,自宅で長い時間を過ごしたいという患者・家族の希望をかなえるものである。死亡場所でケアの質を評価できるものではなく,重要なことは死亡する場所よりも,どこでケアを受けるかである。本プログラムの成功は,緩和医療に対する医療従事者や患者・家族,一般市民の意識が変わり,患者・家族が緩和ケアを受ける場所を選択できるようになったことである」と述べた。

施設間連携・多職種連携が必要

 日本医師会の三上裕司常任理事は,在宅緩和医療を推進するためには,施設間連携と多職種連携が必要であることを強調し,平成24年度の診療報酬改定における在宅医療・緩和ケアにかかる診療報酬の評価などを概説した。

課題は医師などスタッフの確保

 在宅緩和医療を行うためには在宅医療を拡大していかなければならないが,日本医師会総合政策研究機構の2011年の報告によると,有床診療所による在宅療養支援診療所(在支診)の届け出は4割足らずと少なく,また大都市ほど届け出が少ないという地域間格差があった。有床診療所が在宅医療を実施しない理由として「医師の余裕がない,スタッフの確保が困難,不在時の医師の確保が困難」などが挙げられた。

 平成24年度診療報酬改定では,在宅医療の拡大には24時間対応を充実させる体制が必要との観点から,「常勤医師3人以上,過去1年間に緊急往診5件以上,看取り2件以上という追加要件を満たす機能強化型在支診・在宅療養支援病院(在支病)」が新設され,複数の保険医療機関の連携によっても同様の点数が算定可能となった。

 実際には,在宅医療の充実として,緊急時・夜間の往診料の引き上げ,緊急時在宅患者入院診療加算の引き上げ,在宅ターミナルケアと看取りが別の医療機関の場合であってもそれぞれの施設で在宅ターミナルケア加算と看取り加算の算定が可能となるなどの評価がなされた。

 また,在宅緩和ケアの充実としては,在宅悪性腫瘍患者共同指導管理料の新設,がん専門訪問看護料の新設,在宅がん医療総合診療料(名称変更)の引き上げなどが行われた。

 さらに,在宅医療を担う施設と病院との連携が必要であることから,地域連携パスの評価も診療報酬と介護報酬の同時改定で拡充された。

 三上常任理事は「在宅緩和ケアを進めるには,各地域における施設間連携と多職種連携が必要であり,さらなる環境整備が国の責務である。また,緩和ケア研修の拡大も必要である。介護保険制度に関しては,末期がん患者の介護認定を短期間に行う,あるいは状態の悪化を見越して高い判定を行うなど,患者の症状の変化に対応した介護サービスへのアクセスを確保する方策が必要である。ただし,在宅医療・介護の連携を考える際には,各地域の特性を考慮した対応が求められる」と述べた。

まずは医療者から意識改革が必要

 吹田市民病院(大阪府)緩和ケアチームの村田幸平外科主任部長は,2007年に医療従事者と市民を中心とする「吹田在宅ケアを考える会」を設立。その活動の1つとして,近隣の在宅ケア医や訪問看護ステーションを探す一助となるよう「在宅ケアマップ」を作成した。今回,マップを作成するために実施したアンケートの結果から,地域における在宅緩和ケアを推進していくには,まず医療従事者への啓発,意識改革が必要であることを報告した。

在支診では訪問診療体制が二極化

「吹田在宅ケアを考える会」は,病院・在支診・保険薬局・訪問看護ステーション(訪問看護ステ)などが連携して,在宅緩和ケアを継続的に提供できるネットワークづくりを目指すというもの。「在宅ケアマップ」を作成するため,在支診51施設,訪問看護ステ25施設,保険薬局90施設を対象に,在宅ケアに関するアンケートを実施した。回答率は在支診26施設(51%),訪問看護ステ8施設(32.0%),保険薬局36施設(40.0%)であった。

 まず,在支診では,在宅ケアマップへの施設名公開を承諾したのは,11施設と少なく消極的であった。1年間の訪問診療内容を見ると,緩和ケアに特化している施設と,通常の診療業務を行いながら在宅ケアを行っている施設に二極化された。一方,訪問看護ステでは,マップへの施設名公開は8施設が承諾し,多くの施設が「看取り時の家族への準備教育」や「麻薬性鎮痛薬の服薬管理」などを実際に行っており,緩和ケア研修への参加も積極的であった。保険薬局に関しては,マップへの施設名公開は32施設が承諾し,積極的であったが,訪問薬剤指導は半数の施設が実施しておらず,緩和ケア研修への参加予定なしが19施設,麻薬製剤取り扱いも不可が8施設あった。

 こうした結果を踏まえ,村田外科主任部長は「在宅ケアを推進する上では,訪問看護ステが積極的であり期待できるが,診療所については複数の施設が連携する必要がある。また,保険薬局は1人の薬剤師が薬局に従事している場合が多く,在宅ケアを専門にする数人の薬剤師がいる薬局に在宅ケアを集約させることで可能と考えられる」とし,さらに「いまだ緩和ケアは病院でという意識が医療従事者にも一般市民にもあるため,研修医や医学生への教育を中心に,まずは医療者から意識改革が必要である」と強調した。

メディカルトリビューン 2012年9月27日

緩和ケア推進検討会が中間とりまとめ
がん診療連携拠点病院に緩和ケアセンターを整備
 厚生労働省は第5回緩和ケア推進検討会を9月26日に開き、緩和ケアチームがより積極的に癌診療に関わることができるよう、がん診療連携拠点病院などに「緩和ケアセンター」を整備することなどを求めた中間とりまとめ案を大筋で了承した。

 中間とりまとめは、癌と診断されたときからあらゆる患者に緩和ケアを提供できるようにするための方策をまとめたもの。現状の緩和ケア提供体制を強化するため、がん診療連携拠点病院などにおいて、緩和ケアセンターを整備することを求めた。同センターには緩和ケアチームや緩和ケア外来の運営に加え、地域の医療機関との連携調整や緩和ケア関連研修会の運営、緩和ケア診療情報の集約などを行う機能も持たせる。

 緩和ケアセンターには、在宅で療養する癌患者の疼痛症状が増悪した際などに、緊急に対応できる機能も求める。例えば、緩和ケア病床のない拠点病院などにおいては、一般病床の一部を緊急緩和ケア病床とし、疼痛の緩和を目的とした緊急入院ができる体制を作ることなどを想定している。

 また、癌診療における身体的苦痛の評価が徹底されるよう、がん診療連携拠点病院には、外来時の問診表に「疼痛等の身体症状」の項目を設けたり、カルテのバイタルサインの欄に疼痛の項目を設けることなどを推進する。精神心理的苦痛に対する緩和ケアの提供を充実させるため、癌診療に携わる看護師に研修を行うことや、看護師による継続した相談支援を行う体制を整備することも求める。

 中間とりまとめは、近日中に最終版が確定し、厚生労働省の健康局長に提出される。厚労省は2013年度の概算要求で、新規事業として「がんと診断された時からの緩和ケアの推進」に8.2億円を計上している。この事業で、がん診療連携拠点病院に緩和ケアセンターを整備したり、同センターに緊急緩和ケア病床を設ける計画だ。

日経メディカル オンライン 2012年9月27日

「尊厳死法制化」は医療格差の拡大を招きかねない―川口有美子氏インタビュー回答編
 前回は、「尊厳死の法制化を認めない市民の会」呼びかけ人・川口有美子氏インタビュー「『尊厳死法制化』は周囲の人間から”自殺を止める権利”を奪う」を掲載いたしました。今回は、読者からいただいた質問や意見に川口氏が答える回答編をお届けします。

「尊厳死法」に基づいた政策の数々は、医療費の調整(縮小)機能

―前回の記事に対して、「尊厳死法が成立したとしても、そんなに影響があると思えませんでした」「法制度化されたら尊厳死しなければならないわけではないのだから、尊厳死に反対する人は、法が出来ても自分は同意しなければいいだけの話では」といった感想が寄せられています。現状の法案の問題点について、もう少し詳しく教えていただけませんでしょうか?

川口氏:まず、超党派の「尊厳死法制化を考える議員連盟」が、民主主義を逸脱したやり方で法案を上程、議会を通そうとしているところに問題があります。

「尊厳死法制化を考える議員連盟」の増子会長は、2つの法案は各党に持ち帰られ、検討されていると言っておられましたが、「尊厳死の法制化に反対する会」が行った国会議員対象のアンケート調査によれば(近々発表されるようです)、各党で検討された様子はなく、議連の議員の多くは深く考えず、お付き合いで議連に名前を連ねていているだけのようです。

 各党の厚生労働委員会での審議もなく、法案を公表しパブリックコメントを求めるなどの手続きも通さずに、次の臨時国会に上程決議しようと言うのは、あまりに乱暴なやり方ではないでしょうか。

そもそも人の尊厳をどう考えるのか。そして「終末期」をいつからと考えるのか。

 これは定義できないものです。「亡くなって振り返って、あぁあの時からが『終末期』だったのだと初めてわかる」と尊厳死協会副会長の長尾氏も言っています。それを法制化で一律に定義しようとしているわけです。

「法律ができても影響はない。嫌なら使わなければいい。好きに治療を続ければいい」と言われるのですが、法律に従わない人は、「血税を使って無駄な治療をしている人」「利己主義者」「非国民」のレッテルを貼られるようになるでしょう。国家として、一律に「延命処置」「終末期」を定義し、しかも健康なうちに定義通りに死ぬことを自ら誓わせることになります。

 これを全体に普及させ、守るべき道徳として広めること。それが法制化です。この死に方を手本として、子どもから高齢者にまで徹底して定着させ、守らせるためのあらゆる施策が講じられるようになります。

 法案をざっと見ていきましょう。

 法案1法案2の第三条「終末期の医療について国民の理解を深めるために必要な措置を講ずるよう努力」、第十一条「国及び地方公共団体は、国民があらゆる機会を通じて終末期の医療に対する理解を深めることができるよう、延命措置の不開始(第一案)と中止(第二案)を希望する旨の意思の有無を運転免許証及び医療保険の被保険者証等に記載することができることとする等、終末期の医療に関する啓発及び知識の普及に必要な施策を講ずるものとする。」とあります。

 これで地方公共団体は、法律を積極的に広めるための事業を行うことになるので、学校や病院などでは、終末期の人工呼吸器や胃ろうなどの治療を断る旨を書きおくことを積極的に推奨していくことになります。しかも満15歳以上に適応するとあり、免許証や保険証の裏に記載させるというのですが、これでは書き換えは非常に困難です。

 第十二条では「厚生労働省令への委任」、附則3では「この法律の施行後三年を目途として、この法律の施行の状況、終末期にある患者を取り巻く社会的環境の変化等を勘案して検討が加えられ、必要があると認められるときは、その結果に基づいて必要な措置が講ぜられるべきものとする」とあり、厚生労働省において、時代の情勢に則して3年ごとに見直していくのです。

 つまり、日本経済に連動した医療費削減の切り札として、この「尊厳死法」に基づいた政策の数々は、高齢者、障害者などの社会的弱者に対する医療費の調整(縮小)機能の役割を負うことになります。

―医師側に掛かる負担を指摘する声もありました。「今、医者の判断で延命措置を止めると、医者が殺人を犯したことになりかねない」という意見です。この点については、どうでしょうか?法制化されていない現状において、どのように「尊厳死」が進められているのかとあわせて教えてください。

川口氏:現在でも、治療の不開始による「尊厳死」は実施され、胃ろうや呼吸器の中止も行われていますが、きちんと話し合いがなされていれば、問題になるケースは少ないです。

 医師が殺人罪に問われるのは、家族に説明もせず同僚に相談もせず、これらを独善的に行った場合。病院の勤務医は激務の上、毎日大量に救急搬送されてくる病人にベッドを効率よく空けなければならない。そんな医師の責務を軽減し、独断を避けるために、国は「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」を2007年に策定し、多職種による相談体制や家族の同意に基づく医療を推奨しました。これで医師が一人で決定、ということはなくなるはずです。

「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」

 しかし、このたびの法案の第四条、第六条はこれにも逆行しています。

 医師2名で終末期を判定できることにしているからです。他職種や家族との「信頼関係に基づき」とはあるが、合意形成の義務については書かれていません。これは手間を省き、少数の医師で末期を決定し治療の停止もできるよう効率化を狙ったもののようではないかと考えられます。

 尊厳死の法制化により、入院時には必ずや法律に則って「延命治療」を断る旨を一筆書かされるようになるでしょう。(「延命治療」と判定するのは本人でも家族でもなく病院ですが)。

 そのようにしておけば、家族が合意していないのに尊厳死させても医師は免責になります。

 加えて本人が「臓器提供カード」も携帯していれば、治癒の可能性があっても、人工的に「尊厳死させる」ことになりかねません。たとえば、交通事故等で意識不明の15歳の子どもの家族が、積極的な治療を要求している場合でも、少年の従前の意思に従い、一切の治療をせず「脳死」に持ち込み、その臓器を取り出してよいのかは、議論の余地があるところです。

尊厳死法制化は「医療格差」の拡大を招く可能性も

―高齢者の延命の問題とあわせて、経済を含めたリソースの観点から、尊厳死の必要性を主張する意見もありました。「治療を待つ人の精神的・肉体的負担を減らすためには、医療全体のボリュームを減らすことを考えなければならない」「延命を続けることで、家族の負担は増し、自治体や国の負担も増す。家族は財産をすりつぶし、国の財政は悪化する」といった意見です。この点については、どのようにお考えでしょうか?

川口氏:先日、石原伸晃氏もテレビで、「日本経済の立て直しのためには終末期医療対策が必要、そのために自分は尊厳死協会に入る」と言っていましたが、これは尊厳死の法制化が国の経済対策の特効薬と見なされている証拠です。

 この法律により、国が終末期を3年ごとに見直し、定義し直して統制ができるので、費用対効果のエビデンスがない疾患や障害のある高齢者には保険の適応を切り詰めていくこともできます。

 これが進めば、日本の誇る国民皆保険制度もイギリスのNHSのように、公的保険で受けられる治療の範囲は狭まり内容もお粗末になります。終末期でなくても胃ろうを増設してもらえなくなり、透析その他の高額医療は保険で受けられなくなる。嫌なら高価なプライベート診療を選択しろということになり、医療格差は拡大するでしょう。適切な医療を受けられない人がいても自業自得という社会になっていきかねません。

 国民に積極的に尊厳死を選択させることで医療費を切り詰められる、というのではなく、私たちの安心安全のためには、その人ごとに過不足のない医療を届けられるようにしていく。そのための法制度を考えるのが、政治の役割ではないかと思うのですが。

―本日はありがとうございました。

プロフィール 川口有美子(かわぐち・ゆみこ):「尊厳死の法制化を認めない市民の会」呼びかけ人。2005年日本ALS協会理事就任。2009年ALS/MND国際同盟会議理事就任。

BLOGOS 2012年9月28日

携帯端末でがん患者のケアの質が向上? 第V相臨床試験の結果が発表
E-MOSAIC(SAKK 95/06)より,ESMO 2012
 近年,目覚ましい勢いで普及している携帯情報端末(PDA)やスマートフォンは,手のひらサイズで持ち運びしやすく,さまざまな情 報を素早く入力・検索できるため,進行がん患者のケアへの応用も検討されている。スイスのがん臨床研究グループ(Swiss Group for Clinical Cancer Research)は,緩和ケアの必要な進行がん患者自身が症状をPDAで毎週記録することにより,患者の症状や医療者とのコミュニケーションに変化が見 られるかについて、多施設共同クラスターランダム化第V相臨床試験を実施。2012年欧州臨床腫瘍学会年次学術集会(ESMO 2012;9月28日〜10月2日,ウィーン)において同グループのFlorian Strasser氏より,一定の成果が得られたことが報告された。

自分の症状,服用した支持療法薬などを毎週記録

 同グループはPalm社のPDAで症状や栄養摂取状態,服用した支持療法薬,全身状態(Karnofsly PS),体重などを入力できるようにし,このプログラムをE-MOSAICと命名。従来の用紙記録式と比較して,E-MOSAICが総合 QOL(global quality of life)や患者の症状,患者と医師とのコミュニケーションにどのような影響を及ぼすかを評価することとした。

医師にも登録規準「治療経験豊かでコミュニケーション力を有し…」

 患者の登録規準は,緩和治療を受けている切除不能進行がんで,抗がん剤治療を外来で受けている者の全身状態の悪い症例とした。医師の登録規準は,治療経 験豊かでコミュニケーション力を有し,緩和治療法の決定権を有する者とされた。主要評価項目は,ベースラインと6週目における総合QOLの差とし,尺度に はEORTC-QLQ-C30の項目29,30を使用。2群間で10ポイントの差が認められた際に臨床的意義があるものと設定した。副次評価項目もベース ラインと6週目における症状のつらさの変化をエドモントン症状評価尺度(ESAS)を用いて評価した。また,患者と医師とのコミュニケーションを見るた め,患者の感じる医師の優しさを視覚的アナログスケール(VAS)で評価することとした。

用紙記録式と比べて,症状が軽減し医師とのコミュニケーションが向上

 スイス国内の8施設が参加し,医師84人,患者264人が登録された。患者の生存期間中央値は5.8カ月(E-MOSAIC群6.3カ月,用紙記録群 5.4カ月)であった。解析は,ベースラインの総合QOLやその他の共変量で補整した混合効果モデル(mixed effects model)で行われた。主要評価項目であるベースラインと6週目における総合QOLの2群間の差は6.84 ポイントと,統計学的有意差は確認されなかった(P=0.111)。一方,副次評価項目である症状のつらさは,E-MOSAIC群−4.9(改善),用紙 記録群2.0(悪化)であり,E-MOSAIC群で統計学的有意に改善することが示された(P=0.003)。また,患者の感じる医師の優しさもE- MOSAIC群で有意に向上したが(差18.9,P=0.014),用紙記録群では大きな変化は見られなかった(差4.7,P=0.403)。

 以上から,Strasser氏は「主要評価項目は達成されなかったが,E-MOSAICの利用が,症状のつらさや患者と医師とのコミュニケーションを改 善しうることが示された」とし、「今後も患者サポートのため,ツールの開発や医師間のネットワーク構築など,さらなる取り組みが必要」とまとめた。

メディカルトリビューン 2012年2012年10月5日


進行がん患者
死亡直前のICU収容や院内死亡の回避が高い終末期QOLと相関
 ダナ・ファーバーがん研究所(DFCI)心理社会腫瘍学とハーバード大学(ともにボストン)精神疾患学のHolly G. Prigerson准教授らは,進行がん患者の終末期QOL向上に寄与する因子を検討し,Archives of Internal Medicine(2012; 172: 1133-1142)に発表した。それによると,入院や集中治療室(ICU)収容の回避,不安の軽減,祈りや瞑想,施設の牧師によるケア,治療に対する医 師と患者の協力関係が,高いQOLと相関していた。

9項目から成る予測因子のセットを特定

 患者のがんがもはや治癒不能になった場合,ケアの焦点は延命から終末期のQOL改善に移行することが多い。しかし,今回の研究の背景情報によると,終末期QOLの予測因子に関して,これまで一貫したデータは存在しなかった。

 そこで,筆頭研究者で今回の研究実施時にDFCIの研究員であったBaohui Zhang氏は,人生最期の1週間におけるQOLに関し,最も優れた予測因子の組み合わせを特定するために今回の研究を実施。その結果を用いて,末期患者 のQOL改善に向けた医療介入の有望な標的を見極めようと試みた。

 今回の研究はCoping with Cancer Studyの一環として,2002年9月1日から2008年2月28日に実施された。対象は,DFCIなどの施設の進行がん患者396例(平均年齢約59 歳)とその介護者で,登録から死亡までフォローアップ(中央値4.1カ月)した。

 さまざまな予測因子の組み合わせを検討した結果,

(1)最期の週におけるICU収容(QOLの低下と関連)
(2)院内死亡(QOLの低下と関連)
(3)登録時評価における患者の不安(QOLの低下と関連)
(4)登録時における患者の宗教的祈りや瞑想の程度(QOLの上昇と関連)
(5)がん治療施設
(6)最後の週における経管栄養使用(QOLの低下と関連)
(7)病院やクリニックの牧師によるケア(QOLの上昇と関連)
(8)最後の1週間における化学療法(QOLの低下と関連)
(9)治療に対する患者と医師の協力関係(QOLの上昇と関連)

の9項目から成る変数セットにより,最期の1週間におけるQOLのほとんどを説明することができた。

 同氏は「終末期のQOL不良を規定する最も重要な因子は,院内死亡と最期の週におけるICU収容であった。したがって,費用のかかる入院を回避し,入院 患者を自宅もしくはホスピスに移す試みにより,終末期の患者のQOLが改善する可能性がある」と述べている。さらに「今回の研究では,ベースラインにおけ る患者の不安感の強さも,終末期QOL不良の有力な予測因子であった」と指摘している。

看過されてきた終末期QOL

 Zhang氏は「患者の不安を軽減し,黙想を奨励し,パストラルケア※を取り入れる。また,治療に対する患者と医師の協力関係を育み,不要な入院や延命治療を回避することで患者は最期の数日を最も安らかに過ごすことができる」と結論付けている。

 米国立加齢研究所(NIA)所内研究プログラムのAlan B. Zonderman,Michele K. Evansの両博士は,同誌の付随論評(2012; 172: 1142-1144)で「これまでのがん医療では末期がん患者における終末期QOLの問題は看過され,効果的だが細胞毒性を有する新しい介入法の開発に目 が向けられてきた。疾患の全経過にわたって一貫性のあるがん治療戦略を立てる上で,終末期QOLの研究は欠かせない。それにもかかわらず,この領域におけ る研究はあまりにも不足している」と指摘している。

 さらに「現在,複雑で多様ながん治療戦略の開発や導入が着々と進んでいる一方で,終末期QOLに大きく影響する因子に関しては,いまだ明確に定義できて いないのは意外である」と述べ,「今回の研究は,米国臨床腫瘍学会(ASCO)の声明と同じく,進行がん患者に対する緩和ケアの早期導入を支持するもので ある」と付け加えている。

※患者やその家族の「心」を専門的にケアすること。具体的には霊的ケア(スピリチュアルケア)および宗教的ケアが中心となる

メディカルトリビューン 2012年10月18日

女性がん患者 苦痛やニーズを感じ,適切に評価,対応
第41回日本女性心身医学会

 女性がん患者は,人としてまた女性としてさまざまな苦悩を抱えている。東京都で開かれた第41回日本女性心身医学会(会長=東京医科歯科大学大学院生殖 機能協関学分野・久保田俊郎教授)のシンポジウム「女性のがんと心のケア」〔座長=東京医科歯科大学大学院心療・緩和医療学分野・松島英介教授,国立病院 機構東京病院緩和ケア科・永井英明氏(呼吸器内科外来診療部長)〕では,精神腫瘍医,腫瘍内科医,緩和ケア医らが苦悩を抱えた女性がん患者の心のケアにつ いて報告。苦痛やニーズを感じ,適切に評価,対応することの重要性を訴えた。その一部を報告する。

全人的苦痛への適切な評価・対応を
腫瘍内科医は「道案内役」
スピリチュアルニーズを感じ支える


全人的苦痛への適切な評価・対応を

 埼玉医科大学国際医療センター 精神腫瘍科の大西秀樹教授はがん患者とその家族の心を診る精神腫瘍医の立場から,「女性には各年代,疾患に応じた全人的苦痛があり,それを適切に評価・対応することで幸せな生活ができるようになる」と述べた。
がん患者の精神医学的有病率50%

 がん患者にとって「がん」が意味するものは「死」であり,死亡原因の1位,治療,仕事,家族の問題などさまざまなストレスを抱えている。

 治療中のがん患者にはうつ状態,適応障害,うつ病などが多く見られ,精神医学的有病率は約5割と高い。終末期の緩和ケア病棟ではせん妄,適応障害などが多く認められる。

 大西教授は,がんのために苦痛を抱えた女性患者3例について紹介した。

 29歳の女性患者は不妊治療中に子宮体がんが発見され,子宮全摘となる。「子供を産めない嫁は価値がない。離婚しなくてはいけない」,「子供を抱いている人を見ることができない」などの訴えから,心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断した。

 7歳の子供を持つ36歳の女性患者は左上腕部の骨肉腫で手術,化学療法を行うが,再発。患者は担当医の左腕切断の提案を選択せず,再手術に賭ける。しかし,胸膜に転移。呼吸困難が進行し,緩和ケア病棟に入院。「子供を残して死ねません」と訴え,座ったまま死亡した。

 72歳の?粘膜がん患者はさまざまな治療を受けたが終末期となり,緩和ケア病棟に入院。?のがんから小さな穴が開き,それが徐々に拡大し,数cmの穴となった。死亡する直前まで,毎日のように?の穴を鏡で眺めていた。

 上記の患者を通じて,女性には各年代,疾患に応じた身体,精神心理,社会,実存面と多岐にわたる苦悩,全人的苦痛があることが分かる。それを適切に評価し,対応する必要がある。

 苦悩,苦痛を適切に評価・対応することによって元気になり,幸福な生活ができるようになった例として63歳の乳がん患者を紹介。この患者は乳がん手術後 にうつ病を発症し,化学療法を受ける気力がなかったが,うつ病の治療を受けて意欲が改善し,化学療法を受けることができた。その後,東日本大震災後に苦悩 を抱えている福島県の人たちに絵手紙で応援メッセージを送るまでになった。

腫瘍内科医は「道案内役」

 虎の門病院(東京都)臨床腫瘍科の高野利実部長は「腫瘍内科医はがん患者の『道案内役』で,薬物療法を行うだけでなく,人生・生き方を見渡すことが仕 事。患者が困っていることをすくい上げて対策を講じ,さまざまな職種とチームを組んで医療を行っていく必要がある」と述べた。
人生の目標を考慮し治療方針を決定

 腫瘍内科医の主な役割は,抗がん薬,分子標的薬などによる積極的薬物治療について最新のエビデンスに基づいた治療方針を患者と話し合いながら決定,施行 していくことである。また,がん症状の緩和,副作用のコントロール,全身状態の管理,合併症の治療,精神的サポートの他,臨床研究・臨床試験を行い,新し いエビデンスを確立することも重要な役割である。そして,もう1つ求められる役割が,がん医療のコーディネートである。これは,道に迷いがちな患者の「道 案内役」を務めるとともに,チーム医療の「かじ取り役」として,全体を見渡しながら,患者にとって最適な治療方針を調整する。

 がん患者は,がんをめぐり「つらい治療にこそ希望がある」,「治療を諦めたら絶望しかない」と苦しみ,これら誤ったイメージのために「治療すること」自 体が目的化し,なんのためだか分からない「治療のための治療」が行われている。まず「治療目標」を持つことが重要であり,治療目標のためには「抗がん薬を 使わない」ことが適切な選択である場合も多い。

 患者はよく治療が人生の全てであるかのように思い込んでしまう。治療は疾患への向き合い方の一部であり,疾患は人生の一部でしかない。治療目標は「人生 の目標」の中にあるはずで,患者の人生の目標,生き方を考慮し,人間性,価値観を重視して治療方針を決めていく必要がある。

 がん患者はがんと診断されてから死亡するまでに,がんの根治治療を受けている人(Cancer Patient)と,それ以外の人を含む全て(Cancer Survivor)に分けられる。Cancer PatientからCancer Survivorに移行する際に道に迷ってしまうことが多いので,治療後も持続する身体的,心理的,社会的対応Survivorship Careが必要である。

 日本人女性で罹患数が多いがんは,乳がん,大腸がん,胃がんなど,死亡数が多いのは大腸がん,肺がん,胃がん,膵がん,肺がん,乳がんである。日本の働 き盛り世代では,男性より女性でがんが多く,特に乳がんと子宮頸がんが多い。一般社団法人CSR(Cancer Survivors Recruiting)プロジェクトによる乳がん患者の生活ニーズ調査から,最も困ったこととして「精神的に不安定になる」,「治療や生活に関連する費用 がかさむ」,「温泉に行きたくとも行けない」が抽出された。またパートナーのいない者は悩みが深く,がん患者の就労は重要な課題であった。

スピリチュアルニーズを感じ支える

 聖路加国際病院(東京都)緩和ケア科の林章敏部長は,女性がん患者の緩和ケアについて「スピリチュアルなニーズを感じ,患者がスピリチュアルペインを感じる前に支えることが重要」と述べた。
うれしさ,穏やかさ,笑顔が大事

 がん治療と緩和ケアで重要なのは時期によって両者の比率を変えるのではなく,患者の必要に応じてどちらも提供できる体制を整え,そのような意識を持って 患者を支えること,いずれ患者が死と向き合ったときに心の動揺に寄り添っていくことである。緩和ケアでは,身体的,精神的,社会的,スピリチュアルな視点 で,平和,安楽,うれしさ・穏やかさ,納得を大切にしながら患者を支えていく必要がある。

 女性のがんでは,乳がんの疼痛管理における副作用,炎症性乳がんなどでの滲出液や悪臭,リンパ浮腫などへの特別な対応や乳房切除後神経障害性疼痛などの 慢性疼痛を含めたサバイバーへの鎮痛補助薬や精神面でのサポートも必要になる。婦人科腫瘍では,骨盤内腫瘍による下半身の浮腫,膀胱直腸障害などへの対応 が必要となる。

 人として生きていくからこそ求めるものに愛・所属,自我・自尊,自己実現があるが,これら全てが満たされなくても希望があることでスピリチュアルな面で より良い状態で過ごしていくことができる。しかし,がんになると,時間が限られ,関係性や自立性が障害され,人としての欲求が満たされなくなり,スピリ チュアルペインが生じる。普段からスピリチュアルなニーズが感じられるように関わっていくこと(スピリチュアルコミュニケーション)で,患者がスピリチュ アルペインを感じる前に支えることができる。その人らしさやその人の立場を認めること,気持ちを分かって一緒に考えること,疾患以外のこともよく聞くこと などがスピリチュアルケアとなる。

 また,うれしいという感覚を日々の生活で持つことが重要であり,女性特有のケアの1つにメイクがある。メイクをすることで笑顔を取り戻すことができる。

 宗教は患者が持つさまざまな罪の意識に対する許しを与えられることがある。

 近年,徐々に老人ホームや介護施設で死亡する人が増えており,介護も重要な視点となっている。

 苦痛,つらさ,悩みを軽減することだけを意識しがちだが,知識,技術,経験を積みながら,どうしたら喜んでもらえるか,心を和ませられるか,笑顔を見せてもらえるかという思いやりの気持ちで患者と接することが大事である。

メディカルトリビューン 2012年10月18日

〜オランダの安楽死法〜
2010年の安楽死率および医師幇助自殺率は法施行前と同等
 安楽死が合法化されているオランダにおいて,安楽死法施行前後の安楽死および医師の幇助を受けた自殺(医師幇助自殺)の動向を検討したところ,2010年の安楽死率および医師幇助自殺率は,同法施行前の水準と同レベルであることが自由大学医療センター(アムステルダム)のBregje D. Onwuteaka-Philipsen教授らが行った横断研究で明らかとなった。詳細はLancet(2012; 380: 980-915)に掲載された。

施行前後の20年間の動向を検証

 オランダでは2002年に,一定の条件を満たせば安楽死および医師幇助自殺を認める安楽死法が施行された。今回の研究により,2010年の安楽死率および医師幇助自殺率は,2002年の同法施行前と同レベルであることが分かった。

 2002年の安楽死法施行後,2005年には安楽死率および医師幇助自殺率がいったん低下したが,医師幇助自殺を希望する患者の増加などを背景に,2005年から2010年にかけて再び上昇した。しかし,2005年に低下したために2010年の安楽死率および医師幇助自殺率は2002年の同法施行前と同レベルだった。

 Onwuteaka-Philipsen教授らは,オランダ統計局の死亡登録データを分類し,終末期の意思決定が患者または医師によってなされた可能性のある症例を同定した。その後,それらの症例を担当した医師に調査票を送付し,投薬中止などの決定を医師が行ったかどうか,あるいは患者の死を早めるために薬剤を投与したかどうかなどについて調査した。回答から2010年における安楽死率および医師幇助自殺率を推計し,1990年から2010年にかけての安楽死および医師幇助自殺の頻度の推移を検討した。

合法化で透明性高まるか

 分析の結果,2010年における安楽死あるいは医師幇助自殺の件数は推計4,050件で,オランダの全死亡数の3%を占めた。そのうち77%が「安楽死に関する地域審査委員会」に報告されていた。この割合は2005年とほぼ同等で,安楽死法の施行前よりも高かった。

 Onwuteaka-Philipsen教授らは「安楽死法の施行について不安視する声もあったが,安楽死が合法化された国々では,患者の明確な希望がない状態で医師が患者の死を幇助するケースは増加しておらず,オランダにおいて有意に減少している」と指摘している。

 患者が明確に安楽死を希望した場合,医師が致死薬を投与する安楽死と,安楽死を望む患者の意思表明を受けて医師が致死薬を処方し,患者が自ら投与する幇助自殺が合法化されているのは,世界でもオランダ,ベルギー,ルクセンブルクの3カ国のみである。幇助自殺については,スイスおよび米国のオレゴン,モンタナ,ワシントンの各州で認められている。

 オランダでは,安楽死や医師幇助自殺を選ぶ若年患者やがん患者が多く,ナーシングホームや病院よりも一般診療所で行われていることも,今回の研究で明らかになった。また,患者背景については20年間ほぼ変わらなかった。

メディカルトリビューン 2012年11月1日

日本救急医学会、終末期医療についての調査結果を公表
人工呼吸の中止、水分・栄養補給の制限や中止に依然抵抗感
 日本救急医学会救急医療における終末期医療のあり方に関する委員会は2012年11月5日、「救急医療における終末期医療に関する提言(以下、ガイドライン)」に対する救急医療従事者の意識の変容について、アンケートの結果を発表した。ガイドラインを出してから5年が経過し、認知度は高まっているものの、現場での適用については依然課題が残る状況が明らかになった。

 このガイドラインは同学会が2007年11月に公開したもので、1年後の2008年には救急科専門医を対象として認知度や適用状況の調査を行っている。今回結果を発表した調査は、ガイドラインの公開から5年が経過し、救急医療の従事者に意識の変容があったのかを調べる目的で行われた。調査期間は2012年5月8日から20日までの13日間。対象は、救急科専門医658人と救急医療に従事する看護師77人。

 まず、「ガイドラインの内容を知っているか」の設問には、救急科専門医の82.4%が「内容をよく知っている」または「おおむね知っている」と回答。2008年の調査時の73.3%を大きく上回り、ガイドラインの認知度が高まっていた。

 「終末期の状態にあると考えられる患者の診療にガイドラインを利用しているか」の設問には、救急科専門医の24.8%が「大いに取り入れている」または「取り入れている」と回答。2008年の調査時の21.7%を若干上回る結果となった。

 同学会のガイドラインでは、終末期と判断される患者については、家族の総意などを確認した上で延命措置を中止することができるとしている。その上で、延命措置の中止や積極治療をしない方法として、人工呼吸の中止、人工透析を行わないなど4つの方法を提示している。「こういった方法について許容できるか」を聞いた設問では、方法によって許容できる度合いが異なる傾向が示された。

 具体的には、「人工透析、血液浄化などを行わない」「人工呼吸器設定や昇圧薬投与量など、呼吸・循環管理の方法を変更する」については、許容できると肯定的に回答した救急科専門医は多く、それぞれ83.2%、76.9%を占めた。一方で、「人工呼吸、ペースメーカー、人工心肺などを中止、または取り外す」「水分や影響の補給などを制限するか、中止する」という方法については、許容できると肯定的に回答した救急科専門医が、それぞれ42.5%、67.0%。抵抗感を持つ救急科専門医が少なくないことが分かった。こうした傾向は、08年の調査時と大きく変化していなかった。

 これまでの5年間にガイドラインを適用しようとした症例があるかどうか聞いた設問には全体の20.5%が「適用しようとした症例があった」と回答。08年の調査時の13.8%に比べて増加した。

 ただし、「適用しようとした事例がなかった」と答えた471人(71.6%) のうち、253人(53.7%)は「適用する意図がなかった」と回答した。

 「適用しようとした事例がなかった」471人の中で、「適用したかったが、できなかった」と回答したのは114人(24.2%)。適用できなかった理由(複数回答可)は、「家族の意見がまとまらなかった」(86人、13.1%)、「法的な問題が未解決である」(73人、11.1%)、「医療チーム内の意見がまとまらなかった」(53人、8.1%)などだった。

 今回の調査では、ガイドラインの認知度は高まっているものの、現場への浸透には課題が残る結果が示された。

日経メディカル オンライン 2012年11月26日


がん生存者のQOL改善
QOL低下につながる倦怠感を見過ごさないことが重要
 現在,ドイツのがん生存者は320万人に上る。ドイツがん研究センター(ハイデルベルク)のVolker Arndt博士は「がんの予後が改善したことから,今後,がん生存者の数はさらに増えることが予測される。こうしたがん生存者の60%は65歳以上の高齢者が占めているが,長期にわたりQOLが低いことが問題となっている」とドイツがん学会の第30回会議で報告した。

社会復帰は依然困難

 がん生存者が直面するのは,がんそのものやがんの治療に直接関連する問題だけではない。それよりも深刻なのは,生命に関わる慢性の疾患を抱えていることから来る不安で,これはしばしばうつ病や認知機能の低下につながる。

 社会復帰も大きな問題となってくる。1年後に再就労していた患者は約半数にすぎず,50歳以上の患者では3分の1にとどまる。

 ただし,オランダで行われた調査では,再就労の状況はがんの種類によりかなり異なることが示されている。例えば,1年後に再就労していた患者の割合は,皮膚または生殖器のがんでは最大約80%であるのに対し,血液のがんや肺がんでは極めて低かった。

 また,ドイツ地域がん登録協会(GEKID)がザールラント州に居住する乳がん患者を対象に診断後10年間のQOLを調査したVERDI研究では,乳がん患者のQOLは全体的には健康人に近いものの,中には社会生活機能や日常動作,感情的機能,認知機能が著しく低下しているケースも見られた。

 QOLを低下させる極めて大きな要因として倦怠感が挙げられるが,Arndt博士は「倦怠感については,客観的に評価する尺度がないため見過ごされることが多い」と指摘。その他,睡眠障害,食欲不振,疼痛,呼吸困難,胃腸障害なども長期間続くと患者に悪影響を及ぼす。

がん発症が自分自身を見つめ直すきっかけになる場合も

 その一方で,Arndt博士は「発病をきっかけに,自分自身を見つめ直す患者も少なくない」と述べた。これは外傷後成長(Posttraumatic growth;PTG)として知られており,心的外傷をもたらす経験による苦悩から,自己形成や他者との関係,人生に対する考え方にポジティブな変化が起こることがあるというもの。同博士は「長期のがん生存者のQOLについては,まだ不明な点が非常に多い。がん患者のアフターケアを本質的に改善していくには,がん生存者に質問するだけでは不十分で,この分野での研究を強化していく必要がある」と強調した。

 ロベルト・コッホ研究所(ベルリン)のBenjamin Barnes博士によると,ザールラント州,ハンブルク市,ミュンスター市で収集されたがん登録データの解析の結果,乳がん患者の5年生存率は約80%であることが判明している。しかし,これら乳がん生存者の死亡リスクは同年代の健康人と比べて,長期にわたり高いことが分かっている。一方,結腸がんも治癒したり長期治療が奏効する可能性が高いが,同がん生存者の死亡リスクは,診断から8〜10年後でも健康人とほぼ同等であるという。

 また,慢性骨髄性白血病患者の生存率も診断直後は著しく低下するものの,数年経過すると健康人とほぼ変わらなくなることが示唆されている。ただし,慢性リンパ性白血病の場合は,健康人と比べ,がん生存者で死亡リスクが明らかに高いままであるという。

メディカルトリビューン 2012年11月22,29日