広葉樹(白)   
バックナンバー2011/1/1〜2011/12/3

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2011年1月1日 掲載  
ICUの終末期医療に大差 宗教や文化,医師の姿勢などが影響
医師の宗教観が終末期医療に影響
子のみとり、向き合い 小児がん患者支援団体、終末期ケアの手引き作成
中学生から「がん教育」 東大准教授訴え、アニメDVDを制作
2011年2月3日 掲載  
特養に「看取り部屋」 介護・医療の現場で 千葉・老いの未来図
重病の子癒すホスピスを 湘南の森の古民家で開設へ
食の喜びへ凝らす工夫
死んでみないとわからない!? 台湾、医療系専門学校に「死亡体験カリキュラム」を開設
命のともしび
がん宣告の『余命わずかの花嫁』 病院内で挙式2日後に死亡 米
3年前に告知も…延命拒否した和田勉さん、専門医は?
子ども終末期医療:本人の意思尊重 学会が指針案、「治療中止検討」明記
重度の認知症には緩和ケアを 「介護オアシス」に延命効果
子育てさがし 病院の子に笑いを 道化師の大棟耕介さん
2011年3月3日 掲載  
進行癌患者には早い段階で終末期医療について話す必要がある
苦痛緩和や延命治療の決定に倫理的な問題はない
がんは愛に弱い…末期だった妻、夫と夢マラソン
「臨床僧の会・サーラ」を設立
末期大腸がんをいかに負担なく治療するか? その方法とは
延命治療中止7%の病院が経験 回復困難な子どもの患者
2011年4月3日 掲載  
こころ元気塾 緩和医療医・大津秀一さんインタビュー 残された時間で、どう生きたいか
胃ろう 終末期をどう迎えるか
がん2015年問題 患者数増加、どう克服
日本胃癌学会で終末期の緩和ケアについて見解
遺族への緩和ケア,家族の“機能”により異なる方法が効果的
乳がん告知直後の女性に自己喪失の脅威 3段階の順応過程を経て次第に克服
2011年5月5日 掲載  
人生最後の願いは「妻に指輪を」 周囲の協力で97歳男性の想い実る
がん生存者の多くが慢性疼痛を経験
〜オピオイド鎮痛薬〜非がん性慢性疼痛には慎重に関節リウマチ(RA)や変形性関節症には有効な可能性も
ホスピス:八鹿病院、開設6年 余命、その人らしく 高水準の緩和ケア スタッフ一丸、心癒やす
第28回日本ストーマ・排泄リハビリテーション学会 広がる患者・医療者と地域の協力連携
病室で叶えた母の最後の願い 同級生の力も借りて息子の“卒業式”実施
2011年6月2日 掲載  
〜在宅みとり〜大病院信仰と家族への負担感がバリアーに
最期を選ぶ 終末期医療を事前指示
患者本人に代わる意思決定は苦痛 家族など患者の代理人に強いストレス
県立12病院が「緩和ケア研修」 若手医師に義務化
終末期患者の積極的安楽死,受容できる腫瘍内科医は10%以下 韓国,国立がんセンターの研究
2011年7月4日 掲載  
点滴不要、モルヒネ使用が在宅ホスピスの極意
緩和ケアの充実を目指し,現状を踏まえた議論を−第83回日本胃癌学会
がん患者を多職種で支え合う地域づくりが課題−第13回日本在宅医学会
「高齢者の終末期の医療およびケア」に関する「立場表明」,改訂案を発表 日本老年医学会,Q&Aを追加し個別ケースにかかわる疑問に答える
〜終末期在宅ケア〜 訪問看護師と医師との連携に課題−第15回日本在宅ケア学会
2011年8月3日 掲載  
がん患者のうつ病は過大評価 有病率は一般人口と同等
「在宅死」意義探る ホスピス・在宅ケア研
【東京都・緩和ケア実態調査】進まぬ退院時カンファレンス‐参加薬局は約1%
2011年9月4日 掲載  
「国会がん患者と家族の会」総会を開催
終末期患者に“dignity therapy”は有効 初のランダム化比較試験で明らかに
医療現場でもユーモア「死が近くても」「医者と患者の壁崩す」
治す医療から生活を支える医療へ 第16回日本緩和医療学会開催
がん告知で大切なのは「患者の希望を断たず支えること」と医師
〜進行肺がん高齢患者の終末期医療〜米とカナダでパターン異なる
2011年10月4日 掲載  
疾患トレンドを探る
高齢医学 多職種連携と合意形成の仕組みを
尊厳死=Living Will(LW)の普及運動は患者の人権尊重の運動
2011年11月6日 掲載  
第16回日本緩和医療学会 地域コミュニティーの中でホスピスケアを展開
患者側から見た理想的なお見舞いの作法
中央社会保険医療協議会 がん対策、放射線治療の充実と早期緩和ケアが柱
臨終間近の患者の願い…ひとめ会いたい相手とは?
2011年12月3日 掲載  
東日本大震災で感じた“ゆがみ”解消の一助のために 終末期医療に関する本人の意思確認カードを作りました
今さらながらの死生観(前編)「死」を知らない医師
中央社会保険医療協議会 在宅療養支援診療所、3パターンの体制を検討 社保審との合同会議、「医師は偉い」発言への苦言も


ICUの終末期医療に大差
宗教や文化,医師の姿勢などが影響
 ワシントン大学呼吸器内科・救急医学科のJ. Randall Curtis教授らは,集中治療室(ICU)における終末期医療の差と,医師と家族の考え方や姿勢が終末期医療に及ぼす影響について検討し,その結果をLancet(2010: 376; 1347-1353)に発表した。同教授らは「医師は“型通りの手順”になりかねない生命維持装置の取り外しの決定に関して十分に注意すべきこと,また臨床医は生命維持装置の取り外しを迫る施設からの圧力を警戒しつつ,同時に患者が望まない医療を行うことがないよう留意しなければならない」としている。

集学的連携に遅れ

 救命医療において患者が最新の生命維持治療を受ける場所がICUである。救命医療は高額で多くの医療資源を必要とするが,重篤な多臓器不全があっても生命を維持することができる利点がある。しかし,同時にICUの死亡発生率は高く,終末期医療が頻繁に行われる場所でもある。ICUでは生命維持に重点を置くため,質の高い終末期医療の提供が難しく,臨床医にとって救命と終末期医療の提供を同時に行うことは大きな負担となっている。

 ICUの終末期医療に差が生じる理由としては宗教,文化,ICUの医療体制,終末期医療に対する医師の姿勢,疾患の重症度,ケースミックス分類,予後と将来のQOLに関する医師の予測などの違いが挙げられる。

 Lancet同号のSeries of Critical Careに掲載された論文では,人口の高齢化によりICUの終末期医療の需要は増大するとしている。米国では全死亡の5分の1がICUで発生しており,85歳までは年齢が増加してもこの比率は減少しない。同論文では「社会と国家は増大しつつある高齢者人口,特に生命を脅かす慢性疾患を有する高齢患者に適切な救命治療を提供する必要がある」と述べている。

 終末期医療と医療チームとの連携には地域差がある。例えば,21カ国の集中治療専門医1,961人を対象に行われたアンケートでは,「家族のいない患者について終末期医療の検討に看護師を含める」と答えた医師は北欧と中欧で62%であったのに対し,南欧では32%,日本では39%,ブラジルでは38%,米国では29%にすぎなかった。終末期医療に関して集学的連携が進んでいないことは,ICUで働く臨床医における燃え尽き症候群,うつ病,心的外傷後ストレスの増加に関連している。

家族の関与の程度にも地域差

 欧州17カ国,37のICUで行われたETHICUS試験によると,終末期の意思決定に関する家族との話し合いは南欧(47%)より北欧(84%)と中欧(66%)で一般化していた。家族の関与についてはインドの100%,香港の98%,レバノンの79%,スペインの72%からフランスの44%まで大きな差が見られる。

 Curtis教授らは「終末期医療に関して,医師は現代社会における多様性と複雑性を認識し,状況に合わせてアプローチする必要がある」と述べている。同教授らが提案するICUにおける意思決定アプローチでは,まず医師が予後を評価する。次に,家族の役割を評価し,この2段階に基づいて最終的な取り組み方を決める。医師は患者や家族と共同で意思決定を行うが,その際,患者の状況や家族の好みに合わせて修正すべきである。

 同教授らは,ICU医療チームと患者家族とのコミュニケーションを成功させる要素として(1)私的な話し合いの場を確保する(2)医師が家族から質問を受ける(3)患者を見捨てないことを家族に確約する(4)患者自身が好む治療と価値観を重視する?といった点を挙げている。

 死が予測される人だけでなく,ICUの患者全員にとってコミュニケーションは重要である。同教授らによると,逆説的ではあるが,生き延びた患者の家族の方が,死亡した患者家族よりICU臨床医とのコミュニケーションに満足していないという。

宗教による影響も大きい

 生命維持の開始保留または停止に関して,医師の間で考え方が異なる。ある研究結果によると,北欧では死亡の47%が生命維持の保留または停止後であったが,南欧では18%のみであった。

 宗教は臨終と死亡,終末期医療に対する考え方を左右する重要な決定因子で,患者,家族,臨床医の宗教が関係する。例えばETHICUS試験の結果では,医師がユダヤ教(81%),ギリシャ正教(78%),イスラム教(63%)の場合,治療は停止されるより継続されることが多いが,医師がカトリック(53%),プロテスタント(49%)あるいは無宗教(47%)の場合は停止されることが多い。宗教はまた,広く受け入れられているとはいえ,普遍的ではない脳死の受容を決定する重要な要因でもある。

 Curtis教授らは「ICUで発生する死亡数は増加しつつあり,生命維持の開始保留または停止に関する重要な決定を行う上で,有益な信頼できるエビデンスや指針が欠如している」とし,「こうした治療の停止は,他の手順と同様の臨床手順である。このような決定はICUで働く臨床医にとってルーチンの手順となりうるため,臨床医は生命維持の停止を求める施設からの圧力を警戒しなければならない。生命維持装置を停止する決定の理論的根拠を医療記録に残すべきである」と述べている。

 同教授らは「終末期医療に関して可能な限り世界的に意見を一致させるには,これらの問題を国際的なフォーラムでオープンに検討していく必要がある。あらゆる地域において,品の高い救命医療を提供するためには倫理的な意思決定,集学的チームにおけるコミュニケーションと連携,患者とその家族との効果的なコミュニケーション,チーム内と患者・家族との対立点の確認と解決に重点を置いた訓練が不可欠である」と結論付けている。

メディカルトリビューン 2010年12月2日


医師の宗教観が終末期医療に影響
 ロンドン大学のClive Seale教授は,臨床医の宗教観が終末期医療に与える影響を検証したところ,無神論者あるいは不可知論者の医師では,終末期の鎮静治療など末期患者の死期を早める治療を行う可能性が,深い信仰心を持つ医師に比べて約2倍高いことが分かった。詳細はJournal of Medical Ethics(2010; オンライン版)に発表された。また,信仰心のあつい医師は,鎮静薬を使用した治療について患者と話し合うことが少ないことも示された。

直近の死亡症例を検証

 Seale教授らは,英国の医師8,857人を対象に郵送によるアンケートを実施した。対象となった医師の専門には,特に終末期医療の意思決定に携わることの多い神経科医,高齢者ケア,緩和ケア,集中治療,病院専門医,一般内科医など幅広い領域が含まれた。

 アンケートでは,直近の死亡症例について,最期まで鎮静薬を持続的に使用したかどうか,また,その治療を選択することで死期が早まる可能性があることを患者と話し合ったかどうかを尋ねた。同時に,自身の信仰や民族性,医師による死のほう助,あるいは安楽死に対する考え方を調査した。およそ4,000人が回答し(回答率42%),うち3,000人が死亡症例の治療について報告した。

 回答者のうち多数を白人医師が占めており,これらの医師では信心深いと回答した割合が最も低かった。医師の専門と信仰の関係を見ると,高齢者医療の専門医は他の専門医と比べてヒンズー教徒やイスラム教徒が多く,緩和ケアの専門医には他の専門医に比べてキリスト教徒,白人が多いほか,「信心深い」と自認している医師が多い傾向にあった。

安楽死やほう助死の賛否にも影響

 死を早めることを予期,またはある程度意図した意思決定をするか否かは,医師の専門に大きく関係していた。こうした意思決定を行うと回答した医師は,緩和ケア専門医に比べて病院専門医でほぼ10倍だった。

 また,専門にかかわらず「信仰心がほとんどない」または「信仰心が極めて薄い」と自認している医師では,こうした死期を早めることを予期,またはある程度意図した意思決定を行うと回答した数が「信仰心が極めてあつい」または「信仰心がかなりあつい」と自認する医師のほぼ2倍であった。

 最も信心深い医師では,終末期医療の意思決定について患者と話し合ったことがあると回答した人が,他の医師に比べて著明に少なかった。

 こうした姿勢は死のほう助や安楽死の法制化に対する支持にも反映されており,緩和ケア専門医と信心深い医師は,強固な反対の姿勢を示した。

 アジア系と白人の医師では,死のほう助や安楽死の法制化に対する反対の姿勢が,他の民族グループに比べて緩やかであった。

 Seale教授らは「医師の価値観と臨床における意思決定との関係について,認識を深める必要がある」と結論付けている。

メディカルトリビューン 2010年12月9日

子のみとり、向き合い 小児がん患者支援団体、終末期ケアの手引き作成
 小児がんのため余命が限られた子どもの親に必要な心構えなどを示した手引き「この子のためにできること 緩和ケアのガイドライン」を患者支援団体が作成、12月19日に大阪市で開かれるシンポジウムで発表する。あえて「死」に踏み込んだ国内では例のない冊子は、子どもをみとった家族や医療関係者らの経験の結晶ともいえる内容となっている。

 「がんの子供を守る会」(東京都)を中心に、小児がん治療や緩和ケアに携わる医師・看護師、ソーシャルワーカー、養護教諭、子どもを亡くした家族らが協力して作った。「子どもにとっての死」「親や家族ができること」「痛みの軽減」「ターミナル(終末)期の過ごし方」など10項目を、B5判16ページにまとめた。

 末期がんの子どもが抱える恐怖や苦痛、寄り添い方にはいろいろな形があると説明している。子どもの思いを尊重するのが最善とし、そのために家族・医療チーム・学校の教師らがよく話し合うべきだと指摘する。病気の子どものきょうだいへの配慮や死別後の悲嘆(グリーフ)への向き合い方も考える内容だ。

 子どもの緩和ケアについて、医学書や体験記などは出版されているが、家族にも医療者にも通じる心構えを分かりやすく説く資料はこれまでなかった。年明けから、全国の専門医や保健所、特別支援学校などに配布する。家族には治療開始時に他の書類と一緒に医師から手渡すなど、ショックにならない形で手に入れられるよう工夫するという。

 作成に携わった同会のソーシャルワーカー、樋口明子さんは「子どもが亡くなる可能性を考えるだけで罪悪感を覚える親もいる。子どもの思いに寄り添うため、親や医療関係者がよく話し合ってほしい」と話す。

 シンポは19日午後3時、大阪市北区中之島5の大阪国際会議場で。問い合わせは同会(03・5825・6311)。

m3.com 2010年12月19日

中学生から「がん教育」 東大准教授訴え、アニメDVDを制作
 がん患者を減らすには、中学生のうちから「がん教育」が不可欠。長年、放射線や緩和医療に携わってきた東京大学医学部付属病院准教授(緩和ケア診療部長)の中川恵一氏の訴えで、早期に学校教育を実現しようと、地域・学校関係者らの草の根的な活動の輪が広がりつつある。

鈍い行政

 「がんの臨床医として、進行がんの患者を診てきたが、がんの知識がなかったゆえに損をしている患者があまりに多い。そういう知識のなさは国民全般に言える。学校で早くから教えて関心を持たせるのが一番」と中川氏は話す。

 中川氏によると、米国を筆頭に先進国では、がんによる死者が減少。しかし、日本だけが増え続け、2人に1人が罹患(りかん)し、3人に1人が死亡している。検診率は欧米各国が80%台に対し、日本は20%以下。子宮頸(けい)がん予防のワクチン接種も同様の状況だ。「世界一のがん大国なのにがん対策ができていない。行政の動きも鈍く、保健体育の授業も現実的にカバーしていない」

 がんを知り、死と向き合うためにも学校教育の充実が必要だという。昨今、子宮頸がんなどで命を落とす人が20、30代で急増し、授業でも中学3年ごろから始めないと間に合わない。

 そこで中川氏は、生徒たちに分かりやすく興味を持たせる教材として、アニメのDVDを制作中だ。総合学習や保健体育の授業で使い、家庭に持って帰って親子でがんを学んでもらおうというわけだ。

親子で勉強

 11月下旬、埼玉県杉戸町で「知ろう がんのひみつ」と題する地元ロータリークラブ主催の講演会が行われた。

 講師は、中川氏と子宮頸がんの体験がある女優の向井亜紀さん。中川氏を知る同町のPTAらの働きかけで実現し、町長や9小中学校の校長ら学校関係者も参加した。

 元PTA会長の原田寿々子さんは「高校生になる娘がいるが、もう遅いくらい。子宮頸がん検診のクーポンを配る前に、授業で正しい知識を植え付けることがとても大事。私たちの動きで学校関係者の意識もだいぶ変わってきた」と話し、参加した女子中学生も「人ごとのように思っていた。ぜひ授業で話を聞きたい」。終了後のアンケートでも保護者の7割が授業を欲していた。古谷松雄町長もDVD配布には積極的な構えだ。

 中川氏は「授業に組み入れることは文部科学省とも協議中。中学生対象の講演会は一種の授業であり、広がれば学校教育への突破口となるかもしれない」と指摘。そのうえで、「がんのことを最低限知っておけば、がんと診断されたとき平常に振る舞えることもある。生徒向けアニメのDVDを全国に配布し、親子で勉強できるようにしたい」と話す。

産経ニュース 2010年12月26日

特養に「看取り部屋」 介護・医療の現場で 千葉・老いの未来図
◇「最期」見守る若手職員 施設で亡くなる入所者増

 入所者の最期を職員や家族が看取るための部屋を用意する特別養護老人ホームが、県内でもみられるようになった。病院ではなく福祉施設で生涯を終えるお年寄りが増え、それを若い職員たちが見守り、支えている。人の最期に向き合い、痛みを覚えながら、高齢者に寄り添う仕事に手応えを感じている若者たちの年末年始を追った。

 「ほら、獅子舞だよ獅子舞!」

 八千代市の特養「グリーンヒル八千代台」で今月3日、佐藤真冬さん(21)が、86歳の女性入所者に語りかけた。この日はご機嫌斜めで、車椅子に座らせたが表情は険しく、職員の必死の獅子舞にも無表情だ。名前を呼んで肩をたたき「あなた美人さんだねえ」とささやく。すると、魔法のように笑顔がこぼれた。

 福祉の専門学校を昨春、卒業。施設に就職して間もなく、初めて1人で夜勤に入った。深夜、認知症の男性入所者が個室から起き出してきた。「会社に行かなきゃ」。外に出ようとするのを必死で止めた。「暗くて危ない。朝にしようよ」。繰り返し語りかけ、どうにか居室に戻した。

   ◇  ◇

 施設は3階建てで計39の居室があり、2階フロアの奥まった一室を「看取り部屋」に指定している。遺体を霊きゅう車まで運ぶ際、人目につかないよう配慮。室内にはベッドのほか布団が敷ける畳のスペースがあり、家族も寝泊まりできる。「あと数日」となると職員は家族に宿泊を勧める。

 施設での看取りは、往診して死亡に立ち会う医師がいなければ成り立たない。立ち会う医師がいなければ警察や消防に通報するしかなく、「変死」事案として警察の検視が必要となる。

 同ホームでは、最期を看取ると速やかに主治医に連絡し、駆けつけた医師が死亡診断書を作る。その後、職員らは遺体を洗って着替えさせる「エンゼルケア」を行う。

 特養入所者の平均要介護度が年々高まり、入所者が施設で亡くなるケースを踏まえ、厚生労働省は06年の介護報酬改定で「看取り加算」を新設。これにより、看取りを行う特養が増えたとされる。

 佐藤さんはまだ新人で、看取ったことはない。「いつも接する身近な入所者が突然亡くなったら、混乱するのでは」。かすかな不安が消えない。

 昨年結婚し、長男も生まれた。「仕事がきついのでは」「給料でやっていけるのか」。そう心配する友人たちには、「きついけど楽しい」と胸を張って答える。「利用者に寄り添いたい」という思いは揺らいでいない。

   ◇  ◇

 ♪と〜しの初めのためし〜とて〜

 昨年の大みそか、印西市の認知症者のグループホーム「秋桜(コスモス)」に、高齢者の歌声が響く。ホームで元旦を迎えるお年寄り9人の輪の中心で、山下藍香(あいか)さん(20)がキーボードを弾く。台所から年越しそばの香りが漂う。

 08年春に高校を出てホームに就職。昨年の春先、98歳の女性との「別れ」を経験した。別棟でデイサービスに従事していた午前中に異変を聞き、昼休みに居室へ駆けつけた。息はなかったが、安心しきった表情で目を閉じていた。「今までありがとう。よく頑張ったね」と声をかけた。

 「家族のようなものですから……」。取材に涙があふれ、言葉がなかなか続かない。

 入所者の最期に初めて向き合ったのは、昨年の1月末。満100歳の女性だった。口数が少なく、意思の疎通に難渋したが、半年ほどたつと表情から気持ちが読み取れるようになった。介助の時、女性の好きな「リンゴの唄」をよく一緒に歌った。手を握ってくれることもあった。

 女性は徐々に衰え、肺に水がたまるようになった。手術には耐えられない。食が細り、呼吸も「ひゅう、ひゅう」と苦しげになっていく。「頑張って」。懸命に世話をした。休日の夜、外出中に携帯電話で亡くなったと知らされ、絶句した。

 幼いころから一緒に暮らす祖父母にかわいがられた。「お年寄りの役に立ちたい」。そんな思いで介護の世界に飛び込んだ時、つらい別れが伴う仕事だとは思わなかった。「最後に後悔しないようなケアをしたい」。今はそう考えている。

m3.com 2011年1月7日

重病の子癒すホスピスを 湘南の森の古民家で開設へ
 小児がんなどの重い病気や障害と闘う子どもたちが宿泊できる"子どものホスピス"を神奈川県大磯町に2012年秋に開設しようと、小児科医やNPO法人のメンバーらが準備を進めている。

 湘南の海を一望できる高台の古民家を再利用した施設の名称は「海のみえる森」。こうした施設は日本初といい、運営する財団法人の理事甲斐裕美さん(41)は「子どもたちが自然に触れ、生きる力を養える場所にしたい」と話している。

 甲斐さんによると、子どものホスピスは重い病気の子らと家族が安心して休養するための医療ケア付き宿泊施設で、英国から各国に広まった。未整備の日本では、在宅で世話をする家族は緊急時などの子どもの預け先がない上、心身ともに休まるときがないという。

 そうした家族の負担を軽減する「第2の家」をつくろうと、小児緩和ケアに取り組む細谷亮太聖路加国際病院(東京)副院長らが発案。命の大切さを考える授業などの活動をしている東京のNPO法人理事長の甲斐さんが、亡き義父の残した古民家3棟を提供し、09年に施設を運営する財団法人が発足した。

 がんとエイズの患者しか入院できない日本の緩和ケア病棟(ホスピス)とは違い、海のみえる森では重症度にかかわらずさまざまな状態の子を受け入れる。開設後は看護師が常駐し、当面は親子で年7日間程度、宿泊できる施設を目指す。

 「大磯は農家や漁師など地元の人が協力的なので、ミカン狩りや地引き網を体験する機会もつくりたい」と甲斐さん。森での木登りや、近くの海岸で磯遊びもできる。

 現在は、親子で泊まれる宿泊棟などのバリアフリー工事をする一方、体験宿泊を受け入れ中。

 昨年12月上旬、全身が動かなくなる難病を患う長女理子ちゃん(8)を連れて体験宿泊した千葉県松戸市の水沢実さん(44)は「病気の子を持つ家族は家にこもりがち。こうした施設を増やしてほしい」と期待した。

m3.com 2011年1月7日

食の喜びへ凝らす工夫
 特別養護老人ホーム、ブルーバレイの管理栄養士の中尾有佳子さんが「主菜のチキントマトクリーム煮です」とスプーンで軽くすくった。野菜のジュレとフォアグラのムース、スモークサーモン、七面鳥のムース入りロワイヤル……。

 昨年12月11日、クリスマスツリーが飾られた神戸ポートピアホテル(神戸市中央区)の広間。10卓の丸テーブルを家族連れがそれぞれ囲み、フレンチのフルコースを楽しんでいた。

 一見、普通のパーティー。違いは、老化や病気、腫瘍などでのみ込む能力が低下した「嚥下障害」の人向けの嚥下食ということだ。

 単なる流動食とは少し違う。とろみをつけたりムース状にしたりして、軟らかいが口の中である程度固まりになってのみ込めるよう工夫されている。

 兵庫医療大の野崎園子教授がホテルと協力して2009年から企画し、今回で2度目。患者から「たまには外食を」との声を聞いたことがきっかけという。介護施設の入居者も訪れた。

 パーキンソン病に伴う誤嚥性肺炎に苦しんできた宮野嘉男さん(81)は、妻の幸子さん(76)と2人で訪れた。普段はうまくのみ込めず、食事を残すことも多いが、この日は完食。

 「楽しみで、前日からネクタイ選びに悩んでいたんですよ」と目を細める幸子さん。その横で嘉男さんは「ネクタイなんて締めるの、久しぶりだからね」と照れた。



 嚥下食は、近年進化を遂げている。主役の一つはミキサーをかけた食材をプリンのように固めるゲル化剤だ。

 神戸市灘区青谷町2丁目にある特別養護老人ホーム「ブルーバレイ」でコンソメスープをいただいた。以前ならミキサーにかけられた具がスープと混ざっていたが、ニンジンとキャベツがゲル化剤で固められた状態で入っていた。確かにそれぞれの味がした。

 管理栄養士を務める中尾有佳子さん(35)は「おいしいものは誤嚥を防ぐ」が持論。雰囲気もおいしさの要素と考え、行事や季節ごとに特別なメニューの食事を提供する。

 昨秋にすしバイキングをしたときのこと。普段は嚥下食しか食べない利用者が、ホタテの握りずしに、すっと手を伸ばした。中尾さんは居合わせた介護士と仰天。注意深く見守った。しっかりのみ込むのを見届けた。「好きなものなら食べたいし、食べられるんだ」。胸が熱くなった。



 取材の最後に、養父市八鹿町の八鹿病院の緩和ケア科(ホスピス)を訪ねた。計20床。末期のがん患者が、残された人生の時間を過ごす。

 毎朝、各部屋を管理栄養士がまわり、体調を見つつ、その日の昼食と夕食の希望をとる。メニューには昼夜それぞれ21品の写真が並ぶ。ビフテキやうな重、お造り定食や海鮮の陶板焼きなどレストラン顔負けの内容を誇る。どれを選んでも一食の値段(260円)は変わらない。一番人気は鍋焼きうどんだそうだ。

 同病院の栄養管理科技師長の渡辺善利さん(54)は「メニューに載っていない献立も材料の都合が付くようだったら対応する」と話す。

 とりわけ人気で、特別な料理は、卵かけご飯という。サルモネラ菌やカンピロバクターによる食中毒の心配があり、病院での提供はきわめて困難な生卵。八鹿病院でも緩和ケア科以外の病棟では出さない。殻の上からアルコール消毒した上で、30分以内に食べてもらう。

 一昨年の春先、全く食欲が出ず、ふさぎ込んでいた70代の大腸がん患者の男性がいた。「卵かけご飯、食べませんか」。渡辺さんの提案に男性の顔色がぱっと明るくなった。「おいしい」と食べる姿に、妻と息子が涙ぐんだ。1カ月後に他界する間際まで、食生活を楽しんでいたという。

 「自分たちが出した食事が、患者さんの人生の最後の食事になる。出来る限りのことをしたい。後悔しないように」

アサヒ・コム 2011年1月7日

死んでみないとわからない!? 台湾、医療系専門学校に「死亡体験カリキュラム」を開設
 死んで初めて命の尊さを知る! 台湾仁徳医護専科学校(以下仁徳医専)は世界で初めて死亡体験カリキュラムを開設し、12月8日に公開発表会を行った。学生は実際に遺言状を書き、入棺、出棺、埋葬等の死亡のプロセスを体験することができる。

 報道によると、仁徳医専は2009年に職業専門クラスにライフケア事業学科を設置し、2010年、台湾教育部(文科省に相当)から補助金500万台湾ドル(約1400万円)を受け、「葬儀実務教学センター」を設立した。センターではグリーフケア、終末期ケア、各種斎場等の専門教室以外に、10の特製棺桶が設置されている死亡体験室があり、学生は完全な死亡のプロセスを体験することができる。

 仁徳医専ライフケア事業学科助教の邱達能氏によると、死亡体験カリキュラムはまず生死教育導入として「実践前教育」を行い、その後、学生は遺言状を書き、死に装束に着替え、遺影を撮影してから棺桶に入る。指導教官の指導により、肉体と自分の生涯に別れを告げ、本物の遺体のように葬儀師が自身のために行う入棺、出棺、埋葬等の一連のプロセスを体験する。

 邱達能氏によると、学校がライフケア事業学科を設立した目的は、各方面で活躍できる葬儀師の育成である。学生の棺桶の中での体験時間は10分ほどでしかないが、「間近に死を感じ、相手の立場に立って考えることができるようになる」そうだ。死者や遺族を更に尊重し思いやり、命の価値を自ら体験することで、葬儀サービスの向上につながっていくと言う。

 指導教官の羅那氏は、死亡体験カリキュラムは医学、心理学、宗教などの角度から死を見つめるだけでなく、「死の下の意識」という意識概念に達することができると言う。葬儀業に従事する者は儀式を完璧に執り行うだけでなく、「死者の感覚」を尊重することが更に重要なのである。

 死亡体験カリキュラムを受けた看護学科の林さんは、「棺桶に入ったあの瞬間、たくさんのことをまだやり遂げていないことを思い出して、すごく残念に思った」と語る。体験が終わって「復活」した後、もっと1分1秒を大切にしないといけないと思ったそうだ。

 また、学校側は、目下、部外者も死亡体験プログラムに参加できると表明した、将来的には地域、各種団体、更には民間企業にまでその対象を広げ、より多くの人に他とは違った「いのちの教育」を受けてほしいとしている。

ロケットニュース24(β) 2011年1月8日

命のともしび
 「自然な死を」変わる意識

 回復が見込めず、死が近いとわかったら、どんな治療やケアを受けたいか。

 厚生労働省が2008年、一般の人たちを対象に実施した調査によると、死期が6カ月以内に迫っている場合、71%の人が延命医療を「望まない」「どちらかというと望まない」と回答した。

 一方で希望するのは、「苦痛を和らげる」が52%で最多。「延命医療を中止して、自然に死期を迎えさせる」が28%で、割合は10年前の同様の調査から倍増した。

「患者を生きる そのままで」で紹介した磯辺紀子さんは、管による栄養補給といった措置を拒み、娘の家で亡くなった。

 90年代に80万人台だった国内の年間死亡数は、03年に100万人を超した。2020年代には150万人台と推計されている。

 医師の措置で生命を終わらせる「安楽死」や「人工呼吸器取り外し」の事例が表面化し、いわゆる終末期医療に注目が集まった。最近は「患者にとって、どんな最期が望ましいか」に焦点が移ってきている。

「終末期」とは具体的にどんな状態をさすのか、実は明確な定義はない。「延命」についても、何が延命にあたるのかははっきりと決まっておらず、人生の終わりをめぐる議論が本格化するのはこれからになる。

 厚労省の人口動態統計によると、日本人が亡くなる場所は、かつては医療機関より自宅が多かった。それが76年以降は逆転。09年には医療機関で亡くなった人が81%、自宅は12%だった。国は06年、24時間体制で往診する医師への診療報酬を手厚くする「在宅療養支援診療所」の制度を作り、在宅への支援を進めている。ただ、地域によって診療所の数や質にはばらつきがある。

 最期を家で迎えるための支援のしくみとして、医師の往診や訪問看護、場合によっては介護保険を利用した訪問入浴やヘルパーのサービスなどがある。終末期医療に関する厚労相の懇談会が昨年末にまとめた報告書は、医療に加えて、患者の生活を支えるしくみを含めた情報の普及を課題にあげた。

 懇談会座長の町野朔上智大教授は「まず医療や福祉にかかわる人が、終末期医療についての正確な知識を持ち、わかりやすく説明することが必要。一般の人も、末期になっても条件次第で家で過ごせることなど、理解を深めてほしい」と話す。


 もう終末期…? 戸惑う家族

 脱水の症状で2010年10月に三重県内の病院に入院した87歳の笠間一男さんは、水分や栄養の補給でいったん回復したように見え、一時は退院への期待もあった。だが、入院4日目の17日に38度を超す熱を出し、それからは話をほとんどしなくなった。

 補った水分の量は、自分でとっていたよりずっと多かった。このため一男さんはたんがからみ、吸引が必要になった。

「父は終末期なのか」

 長男の睦さん(52)は、迷っていた。通常の脱水なら、1、2日の点滴で回復するはず。今回はただの脱水とは違うことが、医師の睦さんにはよくわかっていた。

「死期が迫っている場合、延命措置は断る」。一男さんが書いた事前指示書の写しを、担当医に渡していた。でも、いまがその「延命を断る」時期なのか、どうか。

 一男さんが指示書を作ろうと思った直接のきっかけは、09年7月、妻と一緒に青森県の友人夫妻を訪ねたときだった。同年代のその男性は、脳梗塞の後遺症で2年以上寝たきりだった。呼びかけても反応はなく、鼻から管を通して栄養を送り込まれていた。

 一男さんはこの旅を終えてすぐ、インターネットで調べ、指示書を書いた。自分にとっての最期を強く意識したようだった。

 睦さんは、一男さんが口から食べることができなくなっても、退院して家で療養できるよう、胃に穴を開けて栄養を送る「胃ろう」を検討していた。一男さんの状態に合わせ、介護保険の変更申請もした。「最期は自宅で」が、一男さんの願いだった。

 だが、容体は悪化した。入院6日目の10年10月19日、脈が異常に速まる頻脈が出た。血圧が下がり、意識もはっきりしなくなった。

 睦さんの迷いは、続いていた。

「本当に『終末』と納得できたなら、迷わず指示書に従う。でも、指示書があることと、家族が『終末期』と認めることは別問題だ」。睦さんはそう考えていた。

「プルルル」

 21日午前7時ごろ。睦さんが犬の散歩から家に戻ると、居間の電話が鳴った。表示された相手先の市外局番は、一男さんが入院する病院のものだった。

「ああ、何かある」

 電話をとると、やはり夜勤明けの看護師からだった。


 呼吸停止の連絡 最期を実感

 2010年10月21日朝。津市の笠間睦さん(52)が自宅の電話をとると、87歳の父、一男さんが入院する病院の看護師からだった。

「お父さんの脈拍が30くらいで、呼吸が止まっています。お母さんには連絡がつかないのですが、すぐに来てもらえますか」

 睦さんは「これは無理だ。もう助からない」。父の死が間近だと、初めて実感した。

 死期を延ばすためだけの措置は一切しない。睦さんは、一男さんの希望を記した事前指示書の写しを病院に渡していた。一方で、「回復の可能性があるならば、人工呼吸器を着けてほしい」と頼んでもいた。

 ごみを捨てに実家の外に出ていて、病院からの電話に出られなかった母(85)のところに、睦さんが車で立ち寄り、一緒に病院に行くことになった。実家への途中、睦さんはいったん車を止めて母に電話し、頼んだ。

「呼吸器を着けるか着けないか、病院で迷っているかも知れない。時間ないし間に合わへんから、お母さんのほうから『本人の希望もあり、着けなくていい』と伝えておいて」

 母と合流し、2人で病院へ。入院から8日目の朝だった。「早かったな」と睦さんが言うと、母は「早かったね」と答えた。

 実家から5分ほどで、病院に着いた。がらんとした個室のベッドで、呼吸と心臓が止まった一男さんが寝ていた。点滴や導尿、酸素マスクはしたままだった。睦さんらの到着を受け、医師が死亡を確認した。

 午前8時10分。死因は肺炎だった。

 母は、一男さんと結婚して57年目だった。夫にはもっと生きていてほしかった。でも、入院の後半はたくさん、たんが出て、苦しそうだった。かわいそうだった。

 医師の睦さんは、ずっと迷い続けた。もし、指示書がなかったら――。きっと、呼吸器を着けていただろう。

 そして今回、わかったことがある。

 家族というのは、最後まで希望を捨てないものなんだ。「終末期」だと受け入れるには、一定の時間がかかる、と。

 自身の患者の家族に意向を聞くとき、「難しい判断ですよね」と自然に口にできるようになった。

 父が渡してくれた事前指示書は、いまも睦さんの手元にある。書くのに使ったパソコンも、しばらくは実家の居間にそのまま、置いておくつもりだ。


 普段から話し合って

 病気で回復が見込めず、死が迫ったときに備えて、治療についての希望を示しておく書面が事前指示書だ。「リビングウイル」(LW)とも呼ばれる。考えが変われば、登録をやめたり書き換えたりできる。

 よく知られているのは、1976年設立の日本尊厳死協会(事務局・東京)が始めた「尊厳死の宣言書」。死期を遅らせるための延命措置や、いわゆる植物状態が数カ月以上続いた場合の生命維持を断る内容で、本人が署名、押印した原本を協会が保管し、コピーを家族らに持っていてもらう。約12万5千人が登録している。会費は年間2千円。

 実際の医療現場では、本人が望まない過剰な医療を受けたり、してほしい治療が受けられなかったりすることがある。書面があれば、そんな事態を避けられる可能性がある。

 一般を対象にした厚生労働省の08年の意識調査では、LWを作っておき活用するという考えに賛成したのは62%。10年前の同様の調査から14ポイント増えた=グラフ。

 独自の書式を用意する病院も出てきた。

 全日本病院協会の書式の場合、輸液や経管栄養など六つの医療行為について、希望する、しないを選ぶ。加入する約2200病院の参考にしてもらうために作った。

 国立長寿医療研究センター(愛知県大府市)の書式は、本人が判断できない時に主治医が相談すべき「代理人」を明記し、終末期を迎えたい場所を選んでもらうのが特徴だ。

 聖路加国際病院(東京都中央区)の書式では、「人工呼吸器、(心停止した時の)心臓マッサージなど最大限の治療を希望する」「水分補給も行わず最期を迎えたい」などの五つの中から、自分の考えに最も近い項目にマルをつけてもらう。待合室に置いている。

 ただ、これらはそれぞれの病院にかかる患者を対象にしていて、書面がない病院を利用する患者は接する機会がない。そのため、存在すら知らない人も多い。

 書面は患者の治療方針について、家族が医師と話し合う助けにもなる。とはいえ、本人の意思を「その時」に突然示されても、家族は戸惑うかも知れない。

 聖路加国際病院のLWを作った林章敏・緩和ケア科医長は「書面はあくまで、本人の希望を知るための一手段。書いて終わり、ではなく、普段から家族らと希望を話し合い、考えを深めてほしい」と話す。

アサヒ・コム 2011年1月16,21,22,23日

がん宣告の『余命わずかの花嫁』 病院内で挙式2日後に死亡 米
 がんを宣告され、余命わずかと診断されたジェシカ・ワースさん(25)が13日に米インディアナ州エバンスビルのセント・マリー病院内で結婚式を挙げ、その2日後の15日に死亡した。

 夫のダニエル・ローレンスさん(26)は同州のレイツ高校時代からの知り合い。ジェシカさんは昨年9月にがんを宣告され、余命が幾ばくもないことを知らされた。しかし、ローレンスさんは「彼女の最後の望みをかなえたい」と結婚を決意。病院内のチャペルで行われた結婚式には友人ら150人が列席した。

 式ではジェシカさんのおじのジェリー・ワースさんが牧師を務め、「2人は結ばれてより強くなるでしょう」と祝福。しかし、その2日後の15日午後7時35分、ジェシカさんはローレンスさんに看取られながら静かに息を引き取った。

 ジェリーさんは「私たち家族は深い悲しみに包まれましたが、結婚式の喜びは、それをはるかに上回るものでした」と話す。ジェシカさんとローレンスさんの間には1歳6カ月になる息子がおり、ジェリーさんは「ジェシカは、私たち家族の仲は決して切り離せないものだということを示してくれた」と話している。

MSN Japan産経ニュース 2011年1月19日

3年前に告知も…延命拒否した和田勉さん、専門医は?
 今月14日、食道上皮がんのため、80歳で死去した元NHKの名物ディレクター、和田勉さん。約3年前に、がん告知を受けたが、手術や特別な延命治療を希望せず、病院や川崎市内のケアハウスで緩和治療を受けていたようだ。こうした、がんとの向き合い方について、専門医はどう見ているのか。

 虎の門病院外科部長・黒柳洋弥医師は「和田さんがすべての治療を拒否したのか、あるいは抗がん剤治療だけを拒否して放射線治療などは受けていたのかがわからないので、はっきりしたことは言えない」とした上で、こう語る。

「もし前者であれば残念だ。食道がんには放射線と抗がん剤治療の組み合わせで手術と同等の治療効果が得られるケースが珍しくない。この“効果”が半年の延命なのか、あるいは数年に及ぶ生存期間の延長なのかは個人差があって一概には言えない。また抗がん剤を使うことで副作用がおきるのも事実だが、そうしたあらゆる要素を考えあわせたうえで、最終的にどうすべきかを決めるのは患者さん自身。大切なのは、患者さんがその選択肢についてよく理解することだと思う」

 最近、週刊誌などで「抗がん剤は効かない」といった論調も、見受けられるが…。

「一部は納得できる部分があるし、議論を生むことはいいことだが、総じていえば“極論”。医師が一方的に患者に押し付けるのは、患者の不利益につながりかねない」と黒柳医師。

「確かに標準治療での抗がん剤の使い方には問題点はある」と語るのは、国際医療福祉大学化学療法研究所附属病院教授・高橋豊医師。

「効果や副作用の出方には個人差が大きく、副作用のリスクを考えずに、誰に対しても一律にドカンと使ってから、あとで調整していく−という考え方は患者本位の医療ではないし、すべきではない。副作用で苦しまないギリギリの線で、個別の投与量を見定めていく細やかな配慮をすべきだ」

 ただ、高橋医師も、最近の「抗がん剤は効かない」という一部の論調には否定的だ。

「いまどき『抗がん剤が効かない』などという医師がいることに驚きを禁じ得ない。まさにナンセンスだ」

 どこまでの治療を希望するかは、患者の人生観しだい。決して、和田さんの安らかな死を否定するものではないが、抗がん剤に希望を託す生き方もあったのだ。

ZAKZAK 2011年1月25日

子ども終末期医療:本人の意思尊重 学会が指針案、「治療中止検討」明記
 日本小児科学会(五十嵐隆会長)の倫理委員会作業部会は、重い病気やけがを抱える子どもの終末期医療に関する指針案を作成した。年齢にかかわらず、本人の気持ちや意見を最大限尊重することを原則とし、治療中止や差し控えを検討する事態を認める一方、方針を決める際の留意点や手順を示している。

 終末期医療をめぐっては07年に厚生労働省が患者本人の意思決定を基本とする指針を発表したが、子どものルールはなかった。同学会は会員や一般の意見を聞いた上で年内の正式決定を目指す。

 指針案は、医師や看護師らの医療者が子どもに分かりやすく説明し、子どもが自分の気持ちや意見を自由に発言する機会を確保するとともに、両親(保護者)はその意思を尊重して治療方針を決めることを求めている。

 治療の差し控えや人工呼吸器の取り外しなどの治療中止については、子どもの最善の利益にかなうと考えられる場合に「提案できる」と明記した。ただし、両親と医療者の納得いくまでの話し合い▽決定過程への多くの医療者の参加▽判断根拠の書面への記録−−などの点検項目を提示した。さらに虐待の有無について、関係機関と協力して確認する、としている。

 ただし、治療中止・差し控えと判断する基準は、子どもの病気や状態が患者で違いが大きいことを背景に、明記すると機械的な治療中止の判断が起きかねないとの理由で定めなかった。

 同学会は一般の意見を聞くため、2月26日午後1時半、早稲田大井深大記念ホール(東京都新宿区)で公開討論会を開く。問い合わせは学会事務局(03・3818・0091)。

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 ■解説
 ◇「年齢」線引き示さず 現場には裁量広く

 富山県射水市の病院で起きた末期患者の人工呼吸器外し問題(09年に医師は不起訴)を受け、厚生労働省が07年にまとめた終末期医療の指針は、主に大人を対象に検討していた。一方、回復が見込めないまま、集中治療室にいる子どもがいるのも現実だ。また、08年に国立成育医療センター(当時)は、家族の同意を得て心肺停止が予想される小児30人の治療中止を実施したと公表。透明性を確保するルールが必要になっていた。

 日本小児科学会は子どもにとって、客観的にも最善といえる治療の保障を目指した。指針案は、子どもの「気持ち」を尊重して方針決定の当事者に加え、両親、医療者を含む関係者全員が話し合い、納得できる意見の一致を目指す手続きや点検項目を提示している。

 子どもの意思の確認法は、子どもの終末期医療の課題だが、指針案は年齢についての線引きはしなかった。子どもの発達や病状は一様ではなく、状況に応じて「ケース・バイ・ケース」に対応することが子どもの最善の利益になるとの判断からだ。同じ理由で、回復力が高いとされる子どもの治療の中止・差し控えの基準も定めていない。その結果、説明の仕方など現場の裁量に委ねられた点も多い。

 指針案作成の意義について、担当者は「子ども本人、両親、医療者が後悔しない手続きを示せた」と話す。同学会が指針作りに乗り出したことは、ぎりぎりの判断を迫られていた医療現場にとって朗報になるとみられるが、同時に小児科医の間には「安易な治療中止をもたらさないようにすべきだ」との声は残る。指針案をきっかけに議論を深めることが求められる。

毎日jp 2011年1月27日

重度の認知症には緩和ケアを
「介護オアシス」に延命効果
 重度の認知症患者は自分の症状を十分に伝えることができないため,医師も介護者も患者の状態を把握しにくい。そこで,ケルン大学病院緩和ケアセンターの老年精神科医であるKlaus Maria Perrar博士は,こうした患者に対するケアについて「現時点では,認知症は治癒不可能な疾患であるため,終末期には緩和ケアを行うべきで,患者が苦痛に感じている症状を見極めて,その症状を予防・緩和するとともに,不要な医学的介入を減らすことが極めて重要である」と第8回ドイツ緩和医療学会議で指摘した。

経過とともに患者の考え方は変わる

 Perrar博士によると,認知症患者は,疾患の経過とともに自身の病気に対する感じ方が変わってくるという。初期段階では脳機能が正常なときもあり,その際に自身の知的能力が劣っていることに気付き,苦しむ患者が多い。しかし,認知症が進行すると,多くの患者が幸福感を抱くようになり,中には発症前よりも満足感を得る患者もいる。つまり,進行するにつれ,多くの患者が楽観的となり,自分が健康で魅力的であると思うようになる。ただし,このような経過は十分な介護態勢が整っている場合にのみ認められる。

 また,同博士は「進行とともに新しい情報を蓄積できなくなり,時間の概念も薄れていく。それに伴い,自身の生命の有限性や死についての知識も次第に失われていく」と説明。実際,同博士はこれまでに,老人ホームに入所している重度の認知症患者が親しい肉親の死に直面した後に,一時的に取り乱すことはあっても,すぐに元の生活に戻る様子を目にしている。

 同博士らは,これに伴う重要事項として「患者が発症前にリビングウィルなどの形で示した意思表示か,それとも発症後でも,ある程度自主性が保たれている状態での意思表示のどちらを尊重すべきか」といった問題を挙げている。

 一方,「認知症をすべて同一に扱うのは間違いである」とも指摘。認知症というと,発症率が最も高いアルツハイマー型認知症を思い浮かべるが,つらい妄想や幻覚などの精神症状を特徴とするレヴィ小体型認知症などもあり,それぞれ経過も異なる。例えば,アルツハイマー型では認知能力が何年にもわたり徐々に低下するが,まれに見られるクロイツフェルト・ヤコブ病では認知症は長引かず,2〜3年で死に至る。また,脳血管性の場合は,認知症が段階的に悪化し,安定期が長く続くといった特徴があり,この型では自殺率が高いという。

 現在,認知症の終末期に関するデータはほとんどない。患者自身の病識と理解が失われていくため,苦痛を感じる症状について知ることが困難で,また現時点では,苦痛の度合い(疼痛は分かるかもしれないが)を測定する有効な機器もなく,憶測するしかない。そのため,同博士は「今後,終末期前と終末期における認知症の診断法が改善され,それにより予後が向上することが切に望まれる」と強調した。

「介護オアシス」という解決策

 ドイツでは近年,重度の認知症患者に対する新たなケアの形態として「介護オアシス」が試みられている。重度認知症患者は,言語による意思疎通が全く,あるいはほぼ不可能で,寝たきり,またはほとんど身体を動かすことができないため,介護度が最も高くなる。「介護オアシス」では,こうした重度認知症患者 6〜8人がカーテンや壁の一部で仕切られた大部屋で共同生活し,ケアスタッフが14時間常駐する。

 現在,その評価が行われているが,既に発表された報告によると,患者の注意力は高まり,栄養状態も改善され,筋緊張と精神的緊張も低下する。介護スタッフの目も患者に届きやすく,通常の施設より満足感が得られていた。また,家族は患者を預けることで負担が軽くなったと感じているという。さらに,複数の追跡調査では,このような形態で介護を受けた患者の方が長生きすることも確認されている。

メディカルトリビューン 2011年1月27日

子育てさがし 病院の子に笑いを 道化師の大棟耕介さん
 日ごろはサーカスや遊園地のショーでパフォーマンスする道化師(クラウン)が、病院に入院中の子どもたちを訪問する「ホスピタル・クラウン」。日本ではまだ馴染みの薄い活動だが、欧米の病院では治療の一貫として定着し、免疫力を高める笑いの効用についての研究も進んでいるという。そんなホスピタル・クラウンの日本での普及を目指す道化師の大棟耕介さん(41)=名古屋市=は「病と闘う子どもたちが、子どもらしさを取り戻す手伝いをしたい」と話している。

 ▽正月のサンタ

「メリークリスマス!」―。2011年1月1日、名古屋市中心部にある名古屋第一赤十字病院。人けのない小児病棟に、明るい声が響いた。180センチの長身を鮮やかなオレンジ色のつなぎに包み、大きすぎる金色の靴に赤い鼻。そして、サンタクロースの衣装。大部屋のカーテン越しに「メリークリスマスって…もう正月だよ!」とあきれる子どもたちの表情には、既に期待と喜びがあふれていた。

「正月の病院は、医師、看護師も少ないし、外泊できる患者は家に帰るので、すごく寂しくなるんです。だから、毎年元日は必ず病院の子どもたちに会いに来ます。誰にとっても初笑いは大事。正月にサンタって、テキトーな感じがして、なんかいいでしょ?」

「超能力で名前当てようか?」「入り口に書いてあるの読んだんでしょ!」「はい、この時計、プレゼント」「あ、これ、ぼくの!いつの間に取ったの?」―。絶妙なボケで笑いを誘った後は、手品のような風船アートを披露。治療の副作用で多くの髪が抜け落ちた子も、鮮やかな手つきに目を輝かせ、ベッドの上で飛び跳ねるようにして手を伸ばしていた。

「締め切った部屋の窓の隙間から新鮮な風を入れるように、子どもたちが病院の張り詰めた空気の中でふっと息をする時間をつくってあげたい。少しの間でも、つらい治療を忘れて、子どもらしさを取り戻す瞬間を見るのが嬉しいです」

 ▽病気に向かう勇気を

 ホスピタル・クラウンについて知ったのは、既にプロの道化師として本格的に活動していた03年。米国で開かれた道化師の技術を競う大会で銀メダルを獲得した翌日、大会で知り合った仲間の病院訪問に同行したのがきっかけだった。

「訪問先は終末期100+ 件の患者が入院するホスピス。死を目前にした人たちを前に、圧倒されながらも、日本でもこれをやらなくちゃいけないと思いました」

 米国での活動は大人も対象だったが、真っ先に頭に浮かんだのは、学校に通うこともできず、治療に耐える子どもたちの姿だった。すぐに自ら率いる道化師チームのメンバーにも呼び掛けて準備を進め、翌04年には名古屋第一赤十字病院での活動をスタート。訪問は原則月2回。サーカスやショーに出演する合間を縫ってのボランティア活動だ。

「初めは不安もありましたが、子どもたちが喜んでくれればこちらも楽しい。半年以上言葉を失っていた子が『ありがとう』と言ってくれたこともありました。僕たちには病気を治すことはできないけれど、病気に立ち向かう勇気はあげられるかもしれないと感じています」

 他の病院からも要望が寄せられるようになり、06年にはNPO法人ホスピタル・クラウン協会を設立。現在の活動は、定期訪問だけで全国約50病院に広がっている。最近は、サービス業を中心に、道化師特有のコミュニケーション術についての講演を頼まれることも多いという。

「道化師の役割は、主役の引き立て役。相手の下に潜り込むようにして持っているものを引き出すテクニックは、病院やサーカスだけでなく、子どもの教育に携わるすべての人に参考になると思います」

 元日の病院訪問の締めくくりは、恒例のお年玉。ただし、袋の中身は、海外の公演先から持ち帰った外貨だ。「なにこれ、使えないじゃん」とぼやきつつ、遠い国への想像を膨らませる子どもたちの笑顔を背に、赤い鼻のサンタは、次の病院訪問に向かっていった。

47NEWS 2011年1月30日

進行癌患者には早い段階で終末期医療について話す必要がある
「進行癌患者は、早い時期に終末期医療の選択肢について医師と話し合うべきである」とする米国臨床腫瘍学会の新しい方針声明が発表された。声明の著者である米デューク大学(ノースカロライナ州)メディカルセンター准教授Jeffrey M. Peppercorn博士は、「癌治療において万能な方法はないが、患者に権利を与え、疾患に直接的に対処する治療、症状管理を目的とした緩和療法、臨床試験への参加などの選択肢があることを知ってもらう必要がある」と指摘している。

 現在、あらゆる治療選択肢について公平な話し合いをしている癌患者は10人中4人に満たないと推定されており、患者の死の直前(数日前から数週間前)になって初めて話し合いが行われるケースもあるという。しかし、このような話はもっと早い時期に行うべきであるという。また、直接的な疾患治療に加えて支持・緩和ケアを行うことによって、生活の質(QOL)が向上するだけでなく、余命が延長することを示すエビデンス(科学的根拠)もあると同氏は付け加えている。

 今回の声明では主に以下のことが推奨されている:

* 進行癌治療におけるすべての段階において、生活の質を優先する必要がある。
* 最初に進行癌と診断した時点で、医師はすぐに患者の予後および治療選択肢について患者と話し合う必要がある。
* 患者は、臨床試験に参加する機会を与えられるべきである。

 Peppercorn氏は「患者が治療から何を得たいと望んでいるか、何を恐れているかを医師が理解することが重要である」と述べている。また、医師は不確実な点も含めて患者の予後について明らかにする必要がある。この種の踏み込んだ話し合いをするには時間が障壁となることがあるが、「一度に提供する情報量および詳細については、個別的に対処する必要がある」と同氏は指摘している。また、今回の声明では、緩和ケアも含めて進行癌の治療計画の話し合いに要する費用を保険適用の対象とすることを推奨している。

 米モンテフィオーレ-アインシュタインMontefiore-Einstein癌治療センター(ニューヨーク)のSteven Libutti博士は「患者や家族がこのような話をする準備ができているかどうかを見極めることが重要である」と述べるとともに、「多くの医師は治療を諦めることが難しく、最初に現実を受け入れるのは患者自身である場合が多い」と指摘している。

 Peppercorn氏は「進行癌患者に対し、医師からこのような率直な話がない場合は、患者の方から尋ねるべきである」と述べている。

NIKKEI NET いきいき健康 2011年2月2日

苦痛緩和や延命治療の決定に倫理的な問題はない
 メイヨー・クリニック一般内科医のPaul S. Mueller博士らは,延命治療の継続・停止についての問題や,苦痛緩和のための鎮静(palliative sedation)を許容することについて「医師による自殺幇助や安楽死とは別物だ」と発表した。

 同博士らは,苦痛緩和のための鎮静が適切な緩和ケアにおいて重要な役割を果たしている点を強調している。

副作用情報は伝えるべき

 Mueller博士らは「人生の終末期を迎えた患者は,安楽を求める傾向にあり,負担や苦痛の除去が最重要となる。しかし,多くの医師は,緩和ケアの持つ倫理性の是非について疑問を感じており,延命治療の停止や苦痛緩和を目的とした治療をためらいがちだ」と指摘した上で「自殺幇助や安楽死とは異なり,延命治療の選択や苦痛緩和のための鎮静を行うことは倫理的になんら問題もない」と強調している。

 苦痛緩和のための鎮静は,難治性あるいは耐えることのできない重度の苦痛に対する重要な治療でもある。その一方で,同博士は「他の治療と同様,患者や代理人は副作用情報について知る必要がある。例えばこのような鎮静により,社会交流が難しくなったり,致命的ともなる誤嚥や呼吸障害を起こしたりするリスクがある」と述べ,「苦痛緩和や延命治療の倫理性が周知され,適切に施行されるようになることを願っている」と付け加えている。

メディカルトリビューン 2011年2月3日

がんは愛に弱い…末期だった妻、夫と夢マラソン
 末期がんで2年前に医師から「余命3か月」と宣告された滋賀県長浜市の元看護師・泉みどりさん(26)が、病魔に負けずに治療とトレーニングを重ね、昨年暮れにホノルルマラソン(42・195キロ)で完走を果たした。

 心身ともに支えたのは、宣告後に結婚した夫の浩太さん(26)だ。2人は5日、同市勝町の六荘公民館で約120人を前に〈二人三脚〉の2年間を振り返り、「生きようと思うことが大事。大切な人の愛がそう思わせ、元気をくれた」と語った。

 同市内の病院の看護師だった泉さんは、体調に異変を感じて2009年1月に受診し、胃がんと告げられた。家族の前では毅然としていたが、当時、交際していた浩太さんから「みどりの体は僕の体でもある。一緒に乗り越えよう」と言われ、初めて涙を流した。

 同年2月、家族や浩太さんは「余命3か月、長くても年を越せない」と医師から告げられたが、泉さんには伝えられなかった。不安を感じた泉さんだったが、余命以外を質問すると浩太さんが答えてくれ、「自分の余命は自分で決める。生きたいと思ったら、体は応えてくれる」と考えられるようになった。

 抗がん剤による治療を続ける一方、「病気だからこそ夢を持ち、できることをとことんやろう」と、1000個の夢を書き込む「夢ノート」を作った。おしゃれな店で食事する、旅行に行く……とつづった。

 浩太さんの応援で、2人で次々と夢を現実に変えていった。同年4月には「結婚しよう」という浩太さんの申し出を受け、泉さんの意志で婚姻届は出さずに、泉さんの誕生日に市内のホテルで結婚式を挙げた。

 同年7月頃には症状が改善を見せ、2度目の手術で胃の3分の2を摘出。泉さんは、「結婚」を説得し続ける浩太さんの思いを受け入れられるようになり、10年4月に婚姻届を出した。

 ホノルルマラソン出場も夢ノートには記していたが、この頃から具体的に考えるように。2人でジムに通うなど練習を積み、同年12月12日、浩太さんと一緒に、フルマラソンを約8時間で走りきった。

 泉さんは今も、通院治療を続ける。「『がんは愛に弱い』は本当だった! 末期からの復活」と題した講演会で、浩太さんは「今という瞬間を目いっぱい生きる大切さを、妻から教わりました」と話し、泉さんは「大きな暗闇に放り投げられた感じでしたが、自分は十分幸せだと実感し、人生をリセットできました。夫や支えて下さる人に感謝しています」と話した。

m3.com 2011年2月8日

「臨床僧の会・サーラ」を設立
 入院患者の心のケアや在宅介護に従事する僧侶を「臨床僧」と名付けて育成していこうと、僧侶で医師の対本宗訓さん(56)らが2月16日、「臨床僧の会・サーラ」を京都・長岡京市を拠点に設立する。

 全国的にも珍しい取り組みで、対本さんは「生老病死の苦しみや恐怖と向き合う人に寄り添うことにこそ宗教者の役割があるはず」と、賛同者の広がりに期待している。

 愛媛県の寺に生まれた対本さんは京大で哲学を学んだ後、天龍寺(右京区)で修行し、38歳で臨済宗佛通寺派管長に就任。父親や信者を看取った経験から、次第に終末期ケアや生命倫理への関心が高まった。

 一念発起して受験勉強を始め、2000年、帝京大医学部に入学。管長を辞任して勉学に打ち込んだ。06年に医師資格を取り、研修医や総合病院での勤務を重ねる中で現代医療の限界も目の当たりにした。

 医師不足による過酷な勤務。「病気を診て患者を診ない」と言われるように、がんや難病の患者が直面している死への恐怖を和らげるすべを十分には持ち合わせていない。かといって、宗教家が病院に出入りすれば「縁起でもない」と白い目で見られる。

 欧米の病院には、臨床教育を受けた「チャプレン」と呼ばれる聖職者がいる。これを参考に、「僧侶の役割」を追い求めて同会を発足することにした。

 同会では、医療ソーシャルワーカーやホームヘルパーなどの資格を取得した僧侶に研修を行ったうえで「臨床僧」に認定。約1週間の病院実習を行った後、病院や在宅での法話や相談、入浴や移動の介助などに従事してもらう。賛同する僧侶はすでに約20人おり、今後、受け手となる病院や介護業者を募るという。

 12日に開いた医師や看護師、NPO関係者らとの意見交換会では、「安楽死や尊厳死は医師だけの問題ではない」「僧侶が現場になじむには十分なカリキュラムが必要」などの声が上がった。小泉欣也・京都大外科交流センター理事長は「現代医療は心の問題が大切になっており、ともに考える時期だ」と話した。

 16日には参加する僧侶らが顔合わせし、会がスタートを切る。現在は英国で臨床学を学び、日本とを行き来している対本さんは「患者に『人は死んだらどこに行くのか』と問われたら、宗教者としてなら語り合える。宗派を超えて活動を広げていきたい」と話す。

 問い合わせは同会(075・954・1005)へ。

m3.com 2011年2月15日

末期大腸がんをいかに負担なく治療するか? その方法とは
 原発の切除困難な大腸がんの腸狭窄には、従来人工肛門の造設が行なわれる。しかし、全身麻酔による開腹手術が必要なため、特に末期がんの患者には心身の負担が大きい。そこで狭窄部分を通すために、大腸にステントを留置する治療が導入された。開腹手術をしないので患者の負担が少なく、数日で食事ができるなど、QOL(生活の質)も改善できる緩和ケアの一つとして期待されている。
 
 大腸がんやその他のがんのため、大腸が圧迫され狭窄が起こると腹痛や圧迫感などで、身体的、精神的苦痛を感じる。狭窄の切除が不可能な場合、従来は人工肛門を造設することが多い。しかし、人工肛門は全身麻酔による開腹手術をする上に、使用に慣れる必要があるなど、特に末期がん患者にとっては心身ともに負担が大きい。そこで近年、大腸の中にステントを留置することで狭窄を改善する治療が実施されるようになっている。

 2005年から2010年までに大腸ステントを留置した治療結果を発表した、市立豊中病院(大阪府豊中市)下部消化管外科の畑泰司医師に話を聞いた。

「今回は根治術が不可能な、大腸に閉塞をきたしたがん患者(胃がんや子宮がんが原因の場合も含む)19名に対して、大腸ステントを留置しました。ステントは異物なので長期間置くと弊害もあるため、余命半年で狭窄解除の手術が困難、もしくは人工肛門よりステントを強く希望する患者を対象としています。留置すると狭窄が改善され、楽になるだけでなく、食事もできるようになり、退院して家で過ごせるようになった人もいます」

NEWSポストセブン 2011年2月19日

延命治療中止7%の病院が経験 回復困難な子どもの患者
 救命したが回復が見込めない子どもの救急患者に、投薬量を減らしたり人工呼吸を止めたりする「延命治療の中止」をしたことがある病院は7%、投薬量を現状より増やさないなどの「差し控え」は34%が経験したとの調査結果を、阪井裕一国立成育医療研究センター総合診療部長らの研究班が26日までにまとめた。

 今後そうした患者の家族に、選択肢として治療中止や差し控えを示す可能性があるという医師は、60%以上だった。

 終末期の子どもに延命治療を続けると、子どもの尊厳を冒す場合もあると考える医師もおり、研究班は、その一端がうかがえる結果とみている。

 調査では、中止や差し控えに関する法律や指針などの公的システム整備を求める声が強く、治療の選択を判断する医療現場の戸惑いも浮かび上がった。

 研究班は2009年、日本小児科学会と日本救急医学会の約950の専門医研修施設にアンケート。498施設から回答があった。

 過去3年間に、臨床的に脳死と判断した15歳未満の子どもがいたのは37%。延命治療の中止経験は7%で5例以上が5施設、差し控えは34%で10例以上が20施設あった。



もっと知りたい ニュースの「言葉」

延命治療(2007年2月16日)終末期の患者に対し、人工呼吸器や人工心肺装置を装着したり、栄養補給をするなど生命維持のための処置を行うこと。治療を中止する際の判断基準や医療機関の手続きを定めたガイドラインについて、厚生労働省は昨年9月/(1)/患者の意思尊重を基本とする/(2)/治療について患者と合意した内容を文書化する/(3)/主治医だけでなく他の医師や看護師を含む医療チームが治療方針を決める―などを柱とした原案を公表。同省の検討会が原案を基に議論を続けている。

延命治療中止(2006年6月15日)人工呼吸器や栄養補給など生命維持処置を含めたすべての治療を止めることで、毒物の投与などによる「積極的安楽死」と区別して「消極的安楽死」ともいわれる。自然な死を望む患者が自分の意思で治療を拒否した場合を「尊厳死」と呼ぶ。東海大安楽死事件の横浜地裁判決は「治る見込みのない病気で死期が迫り、家族らによる推定も含め本人の意思があること」などを許容条件として挙げたが、医療現場にはより具体的な指針を求める声が出ている。

47NEWS 2011年2月25日

こころ元気塾
緩和医療医・大津秀一さんインタビュー 残された時間で、どう生きたいか
 ――大津さんの著書「死ぬときに後悔すること25」に、精神分析学者フランクルの「どれだけ長く生きたかはどうでもいいことで、人生の質や意味には関係ない」という趣旨の言葉が書かれています。それを実感した体験はありますか。

 大津 ええ、あります。10代、20代でも、すごく安らかな顔で、「先生、いい人生でした」と言って逝かれる方がいます。「僕は幸せです。後悔はありません」と言い残していった25歳の青年もいました。人間の底知れない強さを感じます。一方で、高齢になっても「人生、不幸ばかりだった」と言って亡くなる方もいます。

 ――「私の中のあなた」という洋画があります。白血病の娘を救おうと、彼女に骨髄提供するためにもう一人、娘を産んだ母親の話です。10代になった上の娘は、妹からの骨髄提供を拒否して、逍遥として死を受け入れます。10代でもこのような心境になれるのか、と印象に残りました。

 大津 生まれながらに難病の総胆管拡張症があり、20代半ばで末期の胆管がんになった青年がいました。僕が会った時には、ホスピスで淡々と生活していた。「前の病院では治療の連続で苦しかったけれど、ここではみんな優しくしてくれて幸せです」と言うのです。最期の日まで安らかでした。誰よりも深く人生や死について考えたのでないでしょうか。

 骨肉腫のため14歳で亡くなった猿渡瞳さんは、生前の弁論大会で「病気になって、生きることが大切なものだとわかりました」とスピーチしていました。彼女は「瞳スーパーデラックス」という闘病記を出しています。彼や彼女たちのように、生と死に本気で向き合えば、生きていることがどれだけ幸せなのかに気がつきます。

 そうした心境にたどり着けるかどうかは、年齢に関係ない。できるだけ長生きして、たくさんの人に囲まれて死にたいと考えがちですが、周りの人に文句を言ってばかりで、家族はたくさんいるのに誰も死に際に来てくれなかった、という例もあります。

 「ありがとう」と言い残して亡くなっていった若い子たちの10分の1でも力を発揮すれば、人生への感謝の度合いは増えるし、QOLも高まると思います。そして、そういう力は本来誰もが持っているものなのではないかと私は思います。

 ――そう考えると、延命効果が少しある程度の抗がん剤治療や、さまざまな延命治療は、むなしい感じがしますね。

 大津 抗がん剤で根治する可能性がある白血病などを別にして、そうした治療を受けること自体では、人生の満足度は変わらないと思います。それは本質ではないでしょう。残された時間でどう生きたいかが大切で、ほとんどの方にとって本来、生きる目的はただ命を延ばすことではないはずです。抗がん剤を使って、その間にたくさん旅行に行こう、家族と一緒の時間をなるべく過ごそう、そういう方にとって抗がん剤は有益なものです。けれども、「治ること」だけが目的だと、それはほぼ裏切られますので、結局満たされることは難しい。抗がん剤の副作用で、かえって辛い目にあったのではないか、と後悔される方もおられます。

 自分が治療を受ける意味は何か、こういうことを話しあい、「私はこれがしたいからまだ生きたい」とか、「今の自分にとって、治療はもうそれほど重要ではない」とか率直に話せるようになれば、救われる人も多くなるでしょう。

 時が来て死んでいくこと自体に善悪はありません。医療者やご家族の一部が死を必要以上にタブー視していることが、患者さんの孤独を招いていると思います。皆が迎える死はタブーでも何でもありません。むしろ私たちはよき人生のために、タブー視しないで話し合うべき時代を迎えているのだと思います。それが世界で高齢化社会をリードし、2040年には年間170万人が亡くなる(現在は114万人)」死の大国」たる日本が率先して行い、範を示していくべきものでしょう。

 15年前に、がんの告知はタブーでしたが、今は告知することが当たり前になっています。それと同じように、今は死がタブーでも、世の中は変わっていくと思います。

YOMIURI ONLINE 2011年3月1日

胃ろう 終末期をどう迎えるか
 年をとって体が弱ると、口から食べられなくなり、やがて静かに息を引き取る−。かつてはこうした老衰死が珍しくなかった。

 いまは食べられなくなっても命をつなぐ手段がある。その代表格が「胃瘻(ろう)」である。おなかの壁に埋め込んだ管から直接、胃に流動食を入れる。

 終末期を迎えた高齢者に胃瘻をつくるべきか否かをめぐり、医療現場の葛藤は深い。日本老年医学会の調査では、認知症の末期で食事を取れなくなった人に対し、胃瘻や点滴で栄養と水分を補給するかどうかの決断が難しい−と医師のおよそ9割が考えている。

 必要性は個々の患者の状態によって異なり、一概に論ずることはできない。ただ、安易に胃瘻をつくることは、終末期にある人を苦しめることになりかねない。

 終末期の胃瘻について、緩やかなルールが求められる。さまざまな角度から論議を深めたい。

 胃瘻は有効性の高い栄養補給の方法だ。実際、体力を回復して口からものを食べられるようになり、閉じる患者もいる。

 問題は、回復が見込めず、本人の意思確認もできないケースだ。医師から提案されて、悩む家族が少なくない。

 老衰の場合、人工的な栄養の投与は無理な延命につながり、安らかな最期を奪うことになりかねない。一方、胃瘻をつくらなければ、手を尽くさなかったと後で悔やむかもしれない。どちらを選んでも迷いは消えない。

 本人の意思が置き去りにされるケースもある。退院後に施設や在宅での食事介助が楽になるよう、胃瘻をつくる実態がある。

 外す判断も難しい。いまの刑法では、治療の差し控えや中止は医師が罪に問われる可能性がある。法的、倫理的課題を整理し、一定の社会的合意を図りたい。

 特別養護老人ホームでみとりを重ねてきた医師、石飛幸三さんの意見が参考になる。著書「『平穏死』のすすめ」で、胃瘻をつける際の注意点を挙げている。

 本人の利益が第一であり、口から食べられないという判定が科学的になされること。医師が胃瘻のメリットとデメリットの両面を本人と家族に説明した上で、自発的な同意を得ることが必要だ。

 寿命が尽きるなら、なるべく苦しまずに自然な最期を迎えたい−。そう望む人は多いだろう。

 口からものを食べられなくなったら、どうするか。本人の意思が出発点になる。元気なうちから考え、家族と話し合っておきたい。

信毎web 2011年3月4日

がん2015年問題 患者数増加、どう克服
 高齢化の進展でがん患者数が増加し、医師や病院ベッド数が不足するといわれる「がんの2015年問題」の到来が迫りつつある。近年、治療の全てを病院で行うのではなく、かかりつけの診療所や訪問看護を積極的に利用しながら、地域でがん治療や緩和ケアに取り組む動きが活発化している。病院への一極集中を軽減する施策として、医療関係者の地域連携に対する期待は大きいが、ツールの運用や患者の不安解消など、克服しなければならない課題も多い。

 厚生労働省の試算によると、団塊世代が65歳以上となる2015年にがん患者数がピークに達する。03年に298万人だった患者は、15年に533万人にまで増え、50年までほぼ横ばいの状態が続くという。鳥取県健康対策協議会のがん登録集計によると、県内で新たにがんと診断された登録数は04年に3756件、05年に3876件、06年は4198件と着実に増加している。

■自宅で療養を

 厚労省は07年以降、都道府県ごとに地域がん診療連携拠点病院を指定するなど、地域間、病院間の医療水準の格差をなくす「均霑化」を進めてきた。さらに、「2015年問題」に備え、自宅での長期療養や緩和ケア、通院しながらの積極的治療ができる環境整備にも力を入れている。

 県がん診療連携拠点病院で鳥取大学医学部付属病院がんセンターの紀川純三センター長は「がん患者へのアンケートでは、6〜7割が『自宅で最期を迎えたい』と答えている。自宅での療養を支えるには、地域との連携が必要」と説明する。

■地域連携のツール

 地域連携を実践する上で有効なツールになると注目されているのが「地域連携クリティカルパス」だ。病院での検査や手術などを経て、自宅に帰り治療を続けるがん患者に対応した診療計画表で、診療方針や患者情報を一元管理。病院と近くの診療所、訪問看護ステーションなどの医療機関で情報を共有し、患者への説明にも役立てる。県内では統一形式のパスの整備を進めており、4月1日からの運用を目指している。

 紀川センター長は「地域の診療所で、がんの簡単な診療が行えるようになれば、待ち時間が少なくて済む、距離が近いなど患者にとってもメリットがある。パスの役割や仕組みについて周知を進め、安心して地域で治療できるようにしたい」と話す。

■存在を知って

 一方、退院して自宅に戻る患者からは不安の声も寄せられる。県内4カ所の地域がん診療連携拠点病院の一つ、県立中央病院(鳥取市江津)の「がん相談支援室」には、「今までの先生を離れるのは怖い」などのほか、自宅でのケア方法や最期をみとることに悩む家族からの相談もあるという。

 医療費の支払いに関しての問い合わせも多く、退院後には一度にまとまった額の医療費が必要になることも少なくない。

 相談に応じる臨床心理士の藤松義人さんは「入院時には医師や看護師が身近にいるが、地域に帰ると悩みを打ち明ける場がなくなってしまうのでは」と指摘する。「相談は入院、外来問わず、誰でも利用できる。もっとがん相談支援室の存在を知ってもらえるよう努めたい」と話し、地域連携の中での役割の大きさを実感している。

NetNihonkai 2011年3月9日

日本胃癌学会で終末期の緩和ケアについて見解
埼玉医大・奈良林氏

 がん医療の進展は目覚ましく,新たな治療法の登場だけでなく緩和ケアの理念も少しずつ普及し,医療者の意識を高めることとなった。一方で,実臨床においてはスタッフ数の充足やシステムの改編など個々の医療機関によってばらつきがあり,理想と現実との間に大きなギャップが存在する。第83回日本胃癌学会総会(3月3〜5日,青森県三沢市)の特別企画シンポジウム「化学療法後の切れ目ない医療の実践」ではこうした状況を踏まえ,緩和医療科,消化器外科,化学療法科,それぞれの専門的立場から率直な意見が発表された。その中で,埼玉医科大学国際医療センター緩和医療科教授の奈良林至氏は,がん薬物療法に携わる腫瘍内科を経て緩和ケアに専従している経験から,「化学療法後の医療にスムーズに移行するために」と題し,終末期の緩和ケアについて見解を述べた。

終末期への不安―「自宅で看取られたい」は11%

 “緩和ケアは,がんの診断時から始まる”との理念は広く医療者に普及してきたが,現実には多くのがん患者がその恩恵にあずかれていない。特に,進行がんではいずれ積極的な治療を終了せざるをえない時期が来るが,そこで身の置き場をなくしてしまう患者が少なくない。例えば「余命6カ月以内の末期状態」という状況下で,「療養場所」として自宅を希望する者は63.3%に達するも,「看取りの場」として自宅を希望する者は10.9%に減少することが示されている(厚生労働省2007年度調査)。

 その主な理由は「介護してくれる家族に負担がかかる」(79.5%),「病状が急変したときの対応が不安」(54.1%)であり,緩和ケアにおける医療者の支援が不十分であることを示唆している。

 奈良林氏は,治療終了後の医療へ切れ目なく移行するためには,まず「患者の不安を解消しなければならない」と訴えた。

病院医が調整役を

 上記調査でも取り上げられたように,治療終了後の医療,すなわち終末期の緩和ケアを提供する場としては,自宅,地域の緩和ケア病棟,地域の病院・診療所などがある。奈良林氏は,これらの施設は「患者さんの状況に応じて適切に選択されるべき」であるにもかかわらず,現状では“選択する”には至っていないと指摘し,その理由をいくつか挙げた。

 患者の希望は一様ではない。「最後まで治療継続したい」という人もいれば,「負担なく家で過ごしたい」と希望する人もいる。患者の希望に沿った緩和ケアのためのキーパーソンは病院医であるとし,同氏は「(多くの医療職の)調整役として,病院医の尽力が不可欠」と強調した。

メディカルトリビューン 2011年3月22日

遺族への緩和ケア,家族の“機能”により異なる方法が効果的
 末期患者の精神的苦痛や不安を和らげるための緩和ケアだが,近親者を亡くした遺族の喪失感を癒すことも本来の目的とされている。遺族に対する緩和ケアについて,米ニューヨーク・Memorial Sloan-Kettering Cancer CenterのDavid Kissane氏らが行ったランダム化比較試験(RCT)などを中心にまとめた記事が,CMAJ3月22日オンライン版に掲載された。家族の“機能”によって緩和ケアの方法を変えることが効果的である可能性などを示唆している。

“無関心”と“中間的”家族は改善効果あり

 記事は,End-on-Life Careと題された,終末期ケアをテーマとするシリーズの最終回(全9回)。Kissane氏は「緩和ケアは,広義の原則としては家族も対象とされ,それは素晴らしい目標ではある。しかし実際問題,対象は患者に偏るケースが大半だ」と認める。

 最初に紹介するのは,同氏らが数年前,患者の家族に対する緩和ケアについて行ったRCT(Am J Psychiatry2006; 163: 1208-1218)。末期がん患者の257家族に対してスクリーニングを行い,81家族・363人を被験者とした。81家族をランダムに(比率2:1),家族指向緩和ケア集団(53家族・233人)と対照集団(28家族・130人)とに分けた。患者の死をベースラインとして,6カ月後と13カ月後の2度にわたり調査を行った。調査は,簡易症状評価尺度(Brief Symptom Inventory;BSI)やベックうつ評価尺度(BDI)などを用いた。

 その結果,家族指向緩和ケアにおいては,患者の死後13カ月で遺族の悲嘆度への影響は全体的に軽度であったが,ベースライン時のBSIとBDI得点が高かった遺族の悲嘆度やうつ状態に関しては顕著な改善が認められた。また,対象家族の機能をタイプ別に,(1)敵対的,(2)無関心,(3)中間的 の3グループに分けて検討した結果,(1)ではうつ状態は変わらなかったが,(2)と(3)では改善傾向が見られた。また,(1)は緩和ケアそのものを拒絶する傾向があり,同氏らは「敵対的な家族に対しては個別に緩和ケアを行う方が効果的かもしれない」と,家族の機能により緩和ケアの方法を変える必要性を示唆した。

小児ホスピスと成人ホスピスで異なる期間や方法

 次に記事は,最近行われた緩和ケアに関する61の研究を対象とした,米メンフィス大学のRobert A. Neimeyer氏らによる分析も紹介(Curr Dir Psychol Sci2009; 18: 352-356)。それによると,愛する人を失った人たちのうち10〜15%はその現実を受け入れることが困難であるという。

 緩和ケアを最も必要とするのは,子供を亡くした親や,亡くなった子供の兄弟や姉妹だという。そのため,小児ホスピスでは長期的な緩和ケアを遺族に対して行っている。カナダ・ブリティッシュコロンビア州の小児ホスピスCanuck Placeでは,患者の死後3年にわたり亡くなった子供の誕生日や命日に,遺族にグリーティングカードを送っている。同ホスピスでは通常,患者の死後1年ほどは遺族が緩和ケアに参加しているという。また,そうした遺族らでつくる会も存在する。

 同ホスピスの緩和ケアコーディネーター,Kerry Keats氏は「小児患者をケアするということは,その家族までケアするということ。当ホスピスの役割は緩和ケアサービスに差別を生まず,流れをつくること。当ホスピスでは家族全体の緩和ケアを行っている」と話す。

 対して成人ホスピスの場合,少数ではあるが遺族への緩和ケアを行っている施設も存在する。ただし,期間は小児ホスピスと比べて短い。カナダ・オンタリオ州の成人ホスピスThe Hospice at May Courtでは,ソーシャルワーカーによる無料の緩和ケアを紹介するお悔やみ状を遺族に送っている。数週間後には同ホスピス職員が遺族に連絡を入れ,その後の様子を尋ねている。ソーシャルワーカーで同ホスピスの緩和ケアコーディネーターでもあるFrancine Beaupre氏は「悲嘆は人それぞれに違う」と話す。実際に緩和ケアを受ける遺族はまちまちだという。

 独自に緩和ケアを行わない成人ホスピスでは,無料の相互支援グループやボランティアグループ,あるいは個人の保険が適用される範囲での精神分析医による診療など,地域に存在するサービスを遺族に紹介する施設もある。遺族の悲嘆度が深く,心身に影響を及ぼすほど深刻な場合は,メディケア(医療保険制度)の適応範囲内で診療を受けられる,かかりつけ医や精神分析医への紹介も行われている。

 記事は最後に,「最善の緩和ケアには,近親者を失いつつある家族と失った遺族へのケアが含まれる」と語る,カナダ・オンタリオ州のHospice Torontoでクリニカルサービス課長Belinda Marchese氏の言葉で締めくくっている。

メディカルトリビューン 2011年3月25日

乳がん告知直後の女性に自己喪失の脅威
3段階の順応過程を経て次第に克服
 ニューヨーク州立大学看護学部のRobin Lally助教授は,乳がん患者が,がんを告知されてから,がんであることを受け入れるようになるまでの心の動きに関する研究結果を発表した。

 同研究では,告知を受けた患者は,初めての状況,知らない場所,聞きなれない言葉やさまざまな職種の人との出会いなど,それまでは無関係だった新たな世界に自身を順応させながら診断結果を受け入れていく過程が明らかになった。

告知直後の心理変化は考慮されないことが多い

「あなたは乳がんです」と告知されたとき,当該女性の心には何がよぎるのか。現在,米国では女性の8人に1人が人生のいずれかの時点で乳がんになるとされているにもかかわらず,女性が乳がんを告知されてから治療や手術が開始されるまでの間に起こる一連の心理過程についてはあまり研究されていなかった。しかし,治療が開始されるまでの期間,患者は相当なストレスを感じると予想され,これらのストレスが適切に解消されないと,メンタルヘルスに影響を及ぼしかねない。

 Lally助教授は,このような状況について「診断直後,医療従事者の意識は患者の身体への影響や治療に向いており,告知が患者の自己概念に与える影響は考慮されないことが多い」と指摘している。

 そこで同助教授は今回,米国中西部の乳がんセンターでステージ0〜Uと診断された乳がん患者18例(37〜87歳)に対し,診断から6〜21日後に面接を実施。患者に乳がんの告知を受けた日のことを回想させ,そのときの経験を話してもらった。

 その結果,大半の女性が“乳がん患者”あるいは“乳がん生存者”という事実を受け入れる過程において「自己の喪失感」,つまり,信じていた自己像が脅かされる不安を感じていることが分かった。また,他人の目を気にする,がんを発症した原因を自身の行動のせいにするなどによっても自己概念が揺らいだ。

 また同助教授は,患者が乳がんを受け入れるまでには,(1)状況の確認(2)行動を起こす(3)克服 から成る3段階の順応過程をたどるとする理論を展開している。

大半の女性は変化を受け入れ

 Lally助教授によると,告知を受けた女性は基本的に,乳がんが自身と周囲の人々にどのように影響するのかという内なる葛藤を克服し,否定的な思考を抑えて気分転換を図ることで現在置かれている状況をコントロールするようになり,最終的にはがんを人生の一部として受け入れて将来を見つめるようになる。

 事実,今回の研究では多くの女性が自身の変化を受け入れ,“乳がんの告知”によって,人生と周囲の人々への感謝の心を再確認できたと述べている。また,大半の女性は前向きに受け止め,がんを克服できると考えている。

 同助教授は「乳がんの告知を受けた女性は,自分だけがそのように感じるのではないこと,告知当初の思考は決して異常ではなく,ほかの人も同じように考えていることを知るべきだ」と強調。さらに,「乳がん患者であることを理由に社会と職場で直面する不愉快な場面から自身を守るため,がんであることを受け入れ,自身の置かれた状況をコントロールする際に発せられる患者の精神的エネルギーの大きさに驚いた」と付け加えている。

 また今回の知見について,告知後1〜2週間の早い段階で乳がん患者が心にどのような葛藤を有しているかを理解し,乳がん患者に対する早期心理サポートの意義を考える際に役立つと結論付けている。

メディカルトリビューン 2011年3月31日


人生最後の願いは「妻に指輪を」 周囲の協力で97歳男性の想い実る
 左手の薬指に光るダイヤモンドの指輪。それを眺めていたベティー・ポッターさん(86歳)は、ささやくように「素敵だわ、本当にきれいね」と喜びの言葉を口にし続けていたそうです。

 米放送局WHDHや米紙ボストン・グローブなどによると、マサチューセッツ州に住むペティーさんと夫のエヴェレットさん(97歳)が結婚したのは、今から65年も前のこと。エヴェレットさんは彼女にプロポーズした当時、経済的な理由によりダイヤモンドの指輪を贈ることができませんでした。「それがずっと気がかりで、後悔していたのです」。

 しかし先日、彼は念願だった妻へのプレゼントを渡すことができました。その陰には、彼らの住む養護センターや医療施設、宝石店などが一体となった協力があったのです。

 まず、養護施設が夫妻のために「2度目の結婚式」を計画し、会場を確保。そして、車での移動も体に負担となってしまうため、救急車の運営会社(※米国の救急車はほぼ私営)が送迎を手伝い、さらにある宝石店はダイヤモンドの指輪のみならず、新しい結婚指輪、ブーケやシャンパンなども格安で提供しました。

 これらの資金はホスピス施設が負担。そう、夫のエヴェレットさんは健康の衰えから、最近ターミナルケア(終末期ケア)を受けているのです。そこで「人生最後の願いは?」と聞かれた際に、迷わずベティーさんへの指輪のプレゼントと回答。これに周囲が協力して、“最後の願い”を実現させる手はずを整えました。

 念願のダイヤモンドのプレゼントのみならず、もう一度結婚式まで行うことができると知ったエヴェレットさんは、披露宴の食事のメニューなど細かい準備にも参加。そして迎えた当日、ベティーさんの幸せそうな姿を見ることができた彼は、「なんて幸せなんだ」と、心から喜んでいたそうです。

 人を笑わせるのが好きで、ロマンチックでもあるというエヴェレットさん。結婚式での誓いの言葉はこう結んでいます。

「ちゃんと歯が揃っていれば、もっとちゃんと言えるんだけどね……。でも、一生愛しているよ」

ナリナリドットコム 2011年4月7日

がん生存者の多くが慢性疼痛を経験
 ミシガン大学麻酔学および産科・婦人科学の Carmen R. Green教授らは「がん生存者の20%は,診断後2年以上経過後も,がん関連の慢性疼痛に悩まされている」との調査結果を発表した。今回の研究から,がんを生き延びることは,疼痛という新たな試練に直面することであるという現実が浮き彫りになった。

高齢化とがん生存率の向上が疼痛問題を拡大

 Green教授らによる今回の研究は,がん生存者の支援組織であるランス・アームストロング財団(テキサス州オースチン)の助成により行われたもので,200人近いがん生存者が対象となった。調査の結果,被験者の40%超が診断以後に疼痛を経験し,疼痛の経験は女性で多いことが明らかになった。また,疼痛関連の機能障害も多いことが分かった。

 疼痛の原因として大きいものは,白人ではがんの手術(53.8%),アフリカ系米国人では抗がん治療(46.2%)であった。女性は強い疼痛や疼痛再燃,痛みによる機能障害が多く,疼痛による抑うつも男性より頻繁に経験していた。また,疼痛を有するアフリカ系米国人では,疼痛の激しさを訴えることがより多く,疼痛治療の副作用についての懸念も多かった。

 米国立がん研究所によると,現在では,がんと診断された人の60%超が最低5年は生存するという。同教授らは,社会の高齢化が進むと,疼痛の訴えは重大な健康上の懸念や保健政策の課題として大きくなってくると指摘。「がんや疼痛に苦しむ人が増え,がん生存者,特にアフリカ系米国人や女性の慢性疼痛の問題が大きくなりつつある中,がん治療の質をさらに向上させるためにわれわれが行うべきことは多い」と述べている。

メディカルトリビューン 2011年4月7日

〜オピオイド鎮痛薬〜
非がん性慢性疼痛には慎重に関節リウマチ(RA)や変形性関節症には有効な可能性も
 オピオイド鎮痛薬は,がん性疼痛,重度の急性疼痛,周術期の疼痛の緩和には欠かせないが,非がん性の慢性疼痛に対しても同薬を使用することが可能である。最近,非がん性慢性疼痛への使用を推奨する意見が増えてきているが,その一方で,副作用,忍容性,依存性,離脱症状の発現リスクなどの面から,使用に批判的な見方もある。

 こうした中,ライプチヒ大学病院〔独〕リウマチ科のMatthias Pierer博士らは,非がん性慢性疼痛に対してオピオイド鎮痛薬を使用する際の注意点について,Aktuelle Rheumatologie(2010; 35: 184-188)で解説。「非がん性慢性疼痛には慎重に使用する必要があるが,関節リウマチ(RA)や変形性関節症には有効な可能性もある」とした。

他の疼痛緩和療法と併用すべき

 非がん性慢性疼痛へのオピオイド投与に関するデータは限られており,3週間〜3カ月間という短期間のランダム化比較試験しか実施されていない。

 Pierer博士らが過去の文献を調査したところ,非がん性慢性疼痛に対する有効性を統計学的に示した試験は存在するものの,概してその効果は弱かったという。こうしたことから,同博士らは「非がん性慢性疼痛では,オピオイド鎮痛薬はオピオイドを含まない鎮痛薬と比べて疼痛緩和効果に優れているわけではない」と指摘。このため,非がん性慢性疼痛に対してオピオイド鎮痛薬の使用を試みる場合は,必ず他の疼痛緩和療法と併用することを勧めている。

 オピオイド鎮痛薬の投与を開始する際には,3週間以内にその患者の至適用量を決定し,痛みの強度に関する自覚的および他覚的なパラメータ,バイタルサイン,身体機能,依存性,臨床検査値を入念に記録する必要があるという。また,できれば追加で理学療法,心理療法,運動療法,またはそのいずれかの治療法を併用するのがよいとしている。

 さらに同博士らは,3カ月後にいったん休薬して効果を確認することを推奨している。ただし,オピオイド鎮痛薬では,離脱症状が生じる可能性があるため,突然中止してはならない。休薬する場合は,毎日10%ずつ徐々に減量していくよう忠告している。

最新のガイドラインでも変形性関節症への使用を支持

 Piere博士らによると,オピオイド鎮痛薬の使用が特に有効なのはRAである。RA患者へのアンケートでは,患者の18%が極めて重度の疼痛,37%が重度の疼痛,33%が中等度の疼痛を有していることが判明している。この割合は,罹患期間が長い患者だけでなく,2年以内に発症した患者でも同様であった。

 同博士らは「こうした疼痛に対するオピオイド鎮痛薬の長期的使用を検証した研究は極めて少ない。しかし,いくつかの研究では,同薬によりRA患者の身体機能と睡眠が改善することが認められており,RAへの使用が推奨される理由となっている」と説明している。

 さらに,最新のガイドラインは,変形性股関節症や変形性膝関節症など変形性関節症に対しても,オピオイド鎮痛薬を使用することを支持している。特に,短期的な使用は有効かつ比較的安全とされているが,その有効性と安全性に関して,パラセタモールや非ステロイド抗炎症薬(NSAID)と直接比較した試験は存在しない。ただし,いくつかの研究で,強オピオイド鎮痛薬(フルアゴニスト)であれば,パラセタモールやNSAIDよりも高い効果が得られることが示唆されているという。

 以上から,同博士らは「リウマチ性疾患による慢性疼痛に対してオピオイド鎮痛薬を投与する場合は,必ず個々の患者の状態を見極めながら,個別に治療計画を策定していかなければならない」と総括している。

メディカルトリビューン 2011年4月7日

ホスピス:八鹿病院、開設6年 余命、その人らしく 高水準の緩和ケア
 スタッフ一丸、心癒やす
 公立八鹿病院(養父市八鹿町)に末期がん患者らの人生の最期をみとる緩和ケア病棟(ホスピス)が開設されて6年。医師や看護師、理学療法士、医療ソーシャルワーカー、薬剤師、ボランティアがチームとなって昼夜を問わずケアにあたっている。

 「患者と家族の心を癒やすのが私たちの仕事」と岩佐加奈子看護師長。抗がん剤治療などはしないが、痛みや精神的な苦痛を取り除き、余命をできる限りその人らしく過ごせるよう支援し、年間120〜130人を送っている。

 「看護師の力が発揮できるよう、医師と話し合いを重ねます。スタッフが心を一つにして患者を見送る。みとった家族とスタッフの関係は続き、遺族が集まる年1回のお茶会には多くの人が集まって思い出を語り合います。やりがいは大きいです」

 八鹿病院のホスピスは全国的にも高いレベルにある。宮野陽介院長は、千葉県船橋市で開かれた全国緩和ケア指導者講習に参加し、その水準に「確信が持てた」という。

 6年間(05年4月〜11年3月末)で受け入れた患者は延べ23235人。「開設当初は“死ぬ場所”と思われていましたが、ホスピスがどのような場所か理解が深まり、患者も家族も思いが変わってきました」と宮野院長は話す。

 最上階の11階に高級ホテルのようなロビーや快適な個室、グランドピアノの生演奏を聴けるホールなどがあり、食事も面会も自由。暗い雰囲気はみじんもない。

 09年9月から入退院を繰り返している女性は「のんびりと自由気ままに過ごしています。頼れる医師や看護師がいてくれるので安心して過ごせます」と話し、屋上庭園に実ったミカンを摘み取った。

毎日jp 2011年4月18日

第28回日本ストーマ・排泄リハビリテーション学会
広がる患者・医療者と地域の協力連携
 高齢化が進む中,ストーマ・排泄ケアを必要とする患者の数も年々増加している。特に高齢者のストーマ管理では,他者の助けが必要な場面が多いにもかかわらず,支援体制の不備や患者のためらいなど,解決すべき課題は少なくない。福岡市で開かれた第28回日本ストーマ・排泄リハビリテーション学会(会長=福岡大学病院看護部・梶西ミチコ看護師長)のシンポジウム「排泄ケアを支えるよかねットワーク=地域ネットワーク」〔座長=高知医療再生機構・倉本秋理事長,山陽学園大学(岡山県)・藤原泰子准教授〕では,多職種による地域ネットワークについて,行政,医師,看護師の立場から発表が行われ,活発な議論が繰り広げられた。その一部を紹介する。

コンチネンスリーダーの介入で介護施設の排便障害が改善
〜オストメイトサロン〜オストメイトと家族を支援
〜在宅ホスピスケア〜患者の自己決定と家族の支援を最優先


コンチネンスリーダーの介入で介護施設の排便障害が改善

 NPO法人日本コンチネンス協会のコンチネンスリーダーであるくるめ病院(福岡県)地域医療センターの種子田美穂子看護師長は,医療職の配置が義務付けられていないグループホームの施設長から排泄ケアの指導を依頼され,職員に対して行った排泄ケア指導の経験を紹介。「専門職の介入により介護施設職員の知識や技術の向上が可能であることが明らかになった。今後,地域のネットワークづくりには,専門職による施設(現場)に入り込んだ教育や現場の意識改革への取り組みが必要」と述べた。

排便ケアは重要だが負担

 種子田看護師長は,まず以下の介入計画を設定した。(1)排泄ケア・アンケート→(2)排便ケアの学習会→(3)実践のための施設内ミーティング→(4)症例カンファレンス→(5)ケアプランの展開→(6)取り組みの評価。

 アンケートからは,排泄ケア(特に排便ケア)の重要性を理解する一方,排便ケアを負担に感じる職員の心情が明らかになった。その理由としては,(1)医療的な配慮の必要性(2)排泄トラブルと問題行動の同時発生(3)排便確認の困難さ(4)トイレ誘導に対する拒否(5)後始末の大変さ などが挙げられた。これらを克服するのに何が必要かという問いに対しては職員の約80%が「知識の習得」と回答した。

 同看護師長は介入計画の(2)以降で,アセスメントツール(お通じチェック表)で排便に関する情報を収集し,それを基にカンファレンスを実施。その1例としてカンファレンスを通して実際のアセスメント法とケアプランの立案に対して指導を行った78歳の脳血管性認知症の男性患者を紹介した。症例は排便が2日間なかったときに坐剤を挿肛する方法で普通便〜軟便が認められ,問題であった下痢と便秘が解消し,不潔行為もなく,介護負担もなくなった。

 今回のコンチネンスリーダー介入によるセルフ・エフィカシー(自己効力感)の変化をGeneral Self-Efficacy Scale(GSES)で評価したところ,職員では目立った変化はなかったが,リンクスタッフ3人は介入後に得点が上昇していた。

 最後に,同看護師長は「介護施設では排泄ケアに苦渋しており,その解決には知識の習得と情報の共有化が必要。多職種によるカンファレンスは有効で,それにはアセスメントツールの利用は必須。医療職のいない介護現場では職員の教育以外に,主治医との連携・協働も重要」と結論した。

〜オストメイトサロン〜オストメイトと家族を支援

 ストーマ造設者(オストメイト)に対する社会の認知や理解は近年深まっているが,それでも当事者やその家族でしか分かり合えない悩みや困難は存在する。岡山大学病院総合患者支援センター専門チームの奥野信枝氏は,2004年に開設された同センターの活動の一部として開始されたオストメイトサロンのこれまでの活動内容や,参加者の感想などを紹介。「オストメイトサロンを心のよりどころとして楽しみにしている参加者が多い」と述べた。

患者からの要望で開設

 同センターは,病院の各部門だけでなく,行政や医師会,他の医療機関,ボランティア組織や団体と連携を図りながら,患者を包括的に支援していく組織であり,その活動の一貫として多くのプロジェクトチームが活動を行っている。

 オストメイト支援チーム(OST)もその1つとして立ち上げられたが,オストメイトの経験者やその家族が集まって,経験や悩みを共有し,互いの相談に乗れる場がほしいという患者の要望で,2004年1月からオストメイトサロンが開催されるようになった。

 同センター内で,通常,毎月第1木曜日の10〜15時に開かれ,オストメイトやその家族,あるいは,これからオストメイトになる人が,事前の予約なしで参加できるシステムとなっている。

 活動の目的は,(1)自分の意思で自由に参加する集いの提供(2)先輩・後輩オストメイトが,交流の中で情報交換(3)胸の内を話し,仲間の存在を互いに感じる(4)ストーマを受け入れ前向きに日常を送れるように支援 の4つであり,当初はオストメイトビジター(社会復帰したオストメイトで,後輩のオストメイトにその経験を通し知識を提供し支援する人)の資格を持つオストメイトが中心に開催された。

 院内掲示板や広報誌,地方紙への掲載などの広報活動の成果もあり,過去5年間の参加者は毎月平均15人程度。参加者の中には「自分で張り替えができるようになり,ストーマの話が普通にできるようになった」,「同じ思いの人がいることを知り,前向きに生きていく気持ちがわいた」などの喜びの声が聞かれ,参加者にとっては生活の中の大切なものとして位置付けられるようになっている。

 最近の参加者の割合は,男性が約40%,年齢は50歳代20%,60歳代30%,70歳代30%,80歳代10%,その他10%と高齢化が目立つ。これは,社会人には参加しづらい平日の午前から午後にかけて開催されていることも関係している可能性があり,今後の検討課題の1つだという。さらに,奥野氏は「商業目的で参加する人や研究目的で参加を希望する医療者・学生などもおり,今後対処が求められる問題点だ」と指摘。それでも「この自助グループ活動の支援と見守りを続け,サロンの初心(志)をつないでいきたい」と述べた。

〜在宅ホスピスケア〜患者の自己決定と家族の支援を最優先

 齋藤醫院(福岡県)の齋藤如由院長は,在宅ホスピスケアの概念や良いホスピスケア提供のためのポイントを概説。末期がん患者に対するケアに焦点を当て,実際の症例を提示しながら在宅ホスピスケアにかかわる医療従事者の行動指針などを提案した。

患者の満足度を重視

 齋藤院長はまず,世界保健機関(WHO)の緩和ケアの定義(2002年)を紹介し,QOL改善を重視するアプローチそのものが緩和ケアであると述べた。

 同院長はホスピス・緩和ケアの考え方の重要な点として,(1)生きることの尊重と誰にでも訪れる「死への過程」に対する敬意(2)死を早めることも遅らせることもしない(3)痛みなどの症状緩和(4)患者に死が訪れるまで生きている意味を見いだせるようなケア(5)家族を支えるケア の5つを挙げ,このような理念に基づいたケアを在宅で行うことが在宅ホスピスケアであると説明。そして「患者の自己決定を支えることと,家族を支えることを最優先事項とすべきだ」と訴えた。

 さらに同院長は,良い(在宅)ホスピスケアを提供するために必要な条件について説明。(1)情報の共有化(多職種によるチームケアの質を担保するため)(2)24時間対応の体制整備(3)ホスピスケアに適した人材の教育と配置(4)緩和医療に通暁した医師の育成(5)医療機関(医師)同士の連携(6)患者・家族の死に対する認識を一致させることが重要であるとした。特に(6)については,死の文化に即した医療の展開として,家族に対して「家でみとってもよい」ことを理解させることが大切だという。

 ホスピスケアは,死が近づき日常生活動作(ADL)が低下していく一方の患者のQOLを向上させるという一見,矛盾した試みであるが,重視すべきは患者の満足度である。それが実現されているかどうかは,結局,患者の主観に依存するが,同院長は「医療者側が患者や家族に何かを強制したり禁止したりしてはならない」とし,患者や家族が困っているときにはいつでも手を差し伸べられる態勢を維持しておくことが大切だと述べた。

 一例として同院長は,新婚1年目で末期の卵巣がんとなった30歳代の女性患者を紹介。この症例はストーマを造設し,残存空腸が60cmになったが,食べることを楽しみ,高カロリー輸液調製(TPN)の自己作製もマスターし,食物の経口摂取を継続して栄養維持にも努めた。最後はストーマも十分機能しなくなり,胃チューブ(マーゲンゾンデ)自己挿入による胃内容排液も行い,自らの生命を全うした。これについて,同院長は「ストーマ・排泄ケアといっても,栄養サポートチーム(NST)として食のケアも考えたトータルなケアを考えることが重要だ」と述べ,患者の満足度を高める上でのトータルサポートの重要性を強調した。

 そのほか同院長は,胆嚢がん後にがん性腹膜炎を来した65歳の女性患者や,S状結腸がん末期の71歳女性患者の例も紹介。いずれにおいても,最後は自宅で過ごしたいという患者の希望を受け入れ,家族(夫や子供,孫など)の看護をケアチームが応援するという形で,満足のいくみとりができたと述べた。

メディカルトリビューン 2011年4月21日

病室で叶えた母の最後の願い 同級生の力も借りて息子の“卒業式”実施
 もうすぐ命が尽きようとする肉親を前にして、最後の願いを叶えてあげたいと思うのは家族にとって当然の心理だろう。米フロリダ州でいま、肺がんと闘い、昏睡状態に陥っている女性がいる。家族は予め聞いていた彼女の願いを叶えるために奔走し、今年高校を卒業予定の末っ子の卒業式を、周囲の力も借りて病室で決行した。

 米放送局WJXT-TVなどによると、この女性はフロリダ州ジャクソンビルのホスピスに入院しているメアリー・ヴィレットさん。残念ながら、いま「肺がんとの闘いに負けている」(WJXT-TVより)状態に陥った彼女は、最近は家族に対する反応も見せなくなっていた。6人の子どもを産み、7人の孫を持つに至った偉大な母と、いよいよ永遠の別れが近づいて来たことを悟った家族は、予め聞いていた願望のうちの2つを叶えるべく、数か月にわたり準備を進めてきたそう。そして4月21日、身動きができないメアリーさんのもとに、親族や末っ子のブレイクくんの同級生らが集まり、母の願望を叶えるイベントが行われた。

 メアリーさんの体調を考慮して、医師が許可した時間は「45分だけ」(米放送局CBS系列WTEV-TVより)。まず最初に行われたのは、夫ローリーさんとの20年目の結婚の誓いだった。それを見守ったブレイクくんは「父も、母も嬉しそうに見えた」(WJXT-TVより)と語り、感慨深かったよう。改めて夫婦の愛を確かめ合った両親の姿を見ると、今度は2つ目の願望を叶えるべくブレイクくんが主役となり、母の病室にガウンと角帽を被った同級生たちを招き入れると、彼自身の特別な卒業式を始めた。

 ブレイクくんの卒業を見届けたいという、2つ目の願望も叶えられたメアリーさん。本来、米国の高校では夏休み前の5月頃に卒業式が行われるのが一般的だが、「遅過ぎて待てない」(WTEV-TVより)との判断により、病室での“卒業式”を行うことにしたそうだ。協力して集まった同級生たちも式の正装を着て演出し、ブレイクくんには用意した仮の卒業証書が手渡された。

 このときの状況は、姉マンディー・セクレストさんによって動画で撮影されており、ブレイクくんの卒業を同級生たちも歓声を上げて明るく元気に祝っていた様子。そんな子どもたちのパワーに触発されたのか、メアリーさんは「卒業証書があるよ」と声をかけられると、手を伸ばす反応を見せたという。これには「この3日間で母が見せた唯一の反応」と、マンディーさんも驚いたようだ。

 周囲の大きな協力もあって、メアリーさんの願いを叶えられたと、胸を撫で下ろす家族たち。ブレイクくんは、多くの同級生が集まってくれたことを「心満たされる経験」と感謝の気持ちでいっぱいだという。

ナリナリドットコム 2011年4月28日

〜在宅みとり〜
大病院信仰と家族への負担感がバリアーに
第25回札幌冬季がんセミナー

 現在わが国では,がん患者の約9割が医療施設で死亡している。しかし,「在宅でのみとり」を希望する患者は多い。在宅緩和ケアを専門とする医療法人社団爽秋会ふくしま在宅緩和ケアクリニック(福島県)の鈴木雅夫院長は,同院の取り組みについて報告した。

支援側の問題点は多職種連携

 同クリニックのほか,宮城県に2カ所(岡部医院,緩和ケアクリニック仙台)の診療所を持つ爽秋会では,できるだけ在宅で過ごしたいと願っている終末期がん患者,神経難病患者,通院の困難な高齢者などを対象に,計画的な訪問診療を行っている。スタッフは,医師9人(常勤8人,非常勤1人)をはじめとして,看護師,作業療法士,ソーシャルワーカー,ケアマネジャー,鍼灸師,ヘルパー,チャプレン(病院付牧師)など計87人のスタッフが従事している。自宅でみとったがん患者は,昨年1年間で308人,2009年は315人,2008年は251人である。

 ふくしま在宅緩和ケアクリニックは,2007年10月に開院。現在は,医師2人(常勤),看護師4人,ソーシャルワーカー1人,事務員2人のほか,岡部医院から1〜2週に1回来るチャプレンにより,特にがんを専門とした在宅緩和ケアが行われている。

 鈴木院長によると,外来は行っていないため,収入もごく限られており,収入はすべてスタッフの給料に回される。医療施設などの固定資産に回せる費用はないため,家賃7万円のごく一般的な民家を借りて,診療所を開いているという。

 同院長は,在宅緩和ケアを提供する側の問題点の1つとして,「多職種連携」を挙げた。在宅緩和ケアの現場では,複数の職種でチームを形成する必要があるが,職種ごとに事業所が違う。1つ1つが独立採算の事業所であるため,それぞれが黒字を出さなければならない。その中で患者ごとにチームを形成したとき,理念の統一,情報交換,人間関係の構築を行うことは容易ではない。同院長は,必然的に同一組織内に多職種をそろえざるをえない現状を報告した。

 また患者側の問題点として,「“大病院信仰”と“家族への負担感”に集約できる」と指摘。病院で最期を向かえることを望む人たちは,死については嫌なものとして話し,点滴しながら心電図や人工呼吸器を付け,心臓マッサージをされながら死ぬのが正しい死に方であると考える人が多い。

 一方,自宅でみとられることを希望する人たちは,死について仕方がないものとして話し(“受け入れている”というのとは違う印象),死は人生のゴールであり,いつも通りの生活を大切にしている。「われわれの活動が,地域における死の文化の継承につながることを期待して日々の仕事を行っている」と報告した。

メディカルトリビューン 2011年5月19日

最期を選ぶ 終末期医療を事前指示
 大分市で一人暮らしの小野千江さん(75)は、毎年元日、便箋にペンを走らせる。人生の最期を迎えた時にどんな医療を受けたいか、をつづるのだ。

 〈1〉無駄な延命治療はしない〈2〉苦痛の緩和は最大限やってほしい〈3〉植物状態になったら一切の生命維持装置を外し、「胃ろう」(腹部に穴を開けて、胃にチューブで栄養を送る方法)は拒否する――。

 全く同じ内容を3枚書き、1枚は自分用に保管、2枚は近所に住む2人の息子に渡し、「その時が来たら医師に見せて」と頼む。こうした文書は「事前指示書」などと呼ばれる。

 7年前。末期がんの夫は、1年足らずの闘病生活の末に亡くなった。自分も高血圧や突発性難聴、ひざの痛みなどを抱え、最期の時を考えるようになった。

 心配なのが胃ろうだ。以前、近所の女性が認知症で食べられなくなり、胃ろうにするかどうかで家族間の意見が分かれた、と聞いた。

 「胃ろうで病気が良くなるならいいが、寝たきりでただ息をしているだけならつらい。自然な死を迎えたい」。そんな思いで指示書を書くようになった。

 東京都港区の会社社長高山智(さとし)さん(54)の母親、和子さん(享年83歳)は、糖尿病が悪化し、昨年2月に右足を切断した。認知症だが会話で意思疎通できたため、高山さんが病気の見通しを説明すると、「延命措置は望まない」と言う。

 6月に病院で胃ろうを勧められた際、母の希望を伝えて断ったが、医師は「何もしないなんて、江戸時代じゃあるまいし」と言い、理解してもらえなかった。

 結局、母は胃ろうの代わりに鼻からのチューブで栄養補給を受けたが、苦しそうで嫌がった。やがて肺炎になり、翌7月に亡くなった。

 ちょうどそのころ、医療ルネサンス「平穏死を考える」で、「私の生き方連絡ノート」を知った。終末期医療に関心を持つ医療者らで作る「自分らしい生き死にを考える会」が、自由記述式の事前指示書として考案、今は市販されている。

 高山さんはすぐに10冊を購入、友人にも配った。自分は「延命措置は望まない」などと希望を書き込み、家族とじっくり話し合った。

 「もっと早くこうしたノートがあれば、母の時に役立てられたのに」

 終末期医療の大きな問題の一つは、本人の希望が不明な場合が大半を占めることだ。そんな中、最期の医療を自ら選び、周囲に伝えておく「事前指示」が、少しずつ広がりつつある。

YOMIURI ONLINE 2011年5月23日

患者本人に代わる意思決定は苦痛
家族など患者の代理人に強いストレス
 米国立衛生研究所のDavid Wendler博士とチューリヒ大学生物医学倫理研究所(スイス)のAnnette Rid博士は,患者本人に代わって代理人が治療法の決定に関与する際に被る精神的影響を検討した研究40件のシステマチックレビューを行い,代理人の3分の1超が精神的に負の影響を受けていることが分かったと発表した。両博士は,こうした負担を軽減するための方策も提案している。

多くの代理人が精神的負担を経験

 代理人が行う決定の大半は,終末期医療に関するものである。今回解析された40件の研究(米国32件,カナダ6件,フランスとノルウェー各1件)は,29件が質的研究を,11件が定量的研究を行ったもので,計2,854人の代理人からデータを収集した。これらの代理人のほとんどは患者の家族であった。

 定量的研究から,治療の決定に関与した結果,代理人の3分の1超が精神的負担を感じていることが分かった。一方,質的研究からは,代理人の多くが精神的負担を感じていることが明らかになった。重度の負担となっているケースもしばしばあり,一般的には数カ月間,場合によっては数年間持続した。ほとんどの場合,代理人は自分が正しい判断を下しているか否かで悩み,ストレスや罪悪感などを感じていた。

 興味深いことに,少数ながら良い影響を受けたと報告している代理人もおり,その場合には患者を支えることに意義を感じているケースが多かった。

 今回対象となった研究のうち,モンタナ州立大学のYoshiko Y. Colclough博士らが2007年に発表した日系米国人の代理人らに関する研究では,代理人が大きな精神的負担を感じていないことが報告されており,人種的な要因も示唆される。

患者の希望を知ることがポイント

 今回の研究では,代理人のストレスを緩和するための方策もいくつか提案している。主なものは以下の通り。

 (1)患者の希望がはっきりしない場合には,時宜を得た話し合いの機会を早めに設け,患者に事前指示書を作成することを勧める

 (2)代理人が病院の環境を不快と感じる場合には,改善策を講じて代理人がその環境に慣れるように手助けする

 (3)意思決定のプロセスにおいて,代理人が悩んでいる場合は,その原因を同定し改善する

 (4)意思決定に関して医師と代理人との間のコミュニケーションに問題がある場合には,代理人の中で代表者を決め,その人物と医師が定期的な話し合いを行う。またその際には,医師は明確な説明をするよう心がける

 (5)代理人が時間をかけて納得できる判断を下すことができるように,十分な時間的余裕を持って代理人を決めておく

 (6)患者本人に代わる意思決定に関して,家族と医師,または家族間に対立が存在する場合,対立の原因を同定して対策を講じる

 (7)代理人が意思決定の責任を1人で担うことに負担を感じている場合には,医師はその負担を共有すべきである。ただし複数の観察研究から,治療に対する患者の希望をよく理解しているのは,医師よりも家族や親しい人であることが分かっており,その点には十分留意して意思決定を行う

 (8)代理人が自身の決定について不安などを感じた場合,医師は代理人の決定を支持するとともにカウンセリングを行うべきである

 今回の研究を受けて,Wendler博士らは「全体として,治療に対する患者の希望を知ることは代理人が意思決定をする際に重要なポイントであることが分かった。患者が希望する治療を同定する方法も含めて,代理人の精神的負担を減らす方法を検討する必要がある」と結論付けている。

メディカルトリビューン 2011年5月26日


県立12病院が「緩和ケア研修」 若手医師に義務化
 がん患者らの痛みに寄り添える医師を育てるため、兵庫県立がんセンター(明石市)など県立全12病院は本年度から、研修中の若手医師に「緩和ケア研修」受講を義務付けた。義務化は全国初という。がん治療に携わる医師全員の受講を国が求める中、緩和ケア浸透に向けた取り組みとして注目されそうだ。

 緩和ケア8 件研修は、県立12病院で学ぶ臨床研修医(定員計48人)の初期研修2年目の必修科目とし、本年度は37人が、県立がんセンターなど5病院で6月から順次開かれるプログラムに参加する。

 研修では、医療用麻薬の投与や、終末期に現れる症状など基礎知識を学ぶ一方、患者の声に耳を傾ける大切さが実感できるようグループワークを取り入れる。また、末期がんを告知する医師役と患者役を演じる「ロールプレー」を通じ、患者の立場を体験する。

 国は2008年、がん対策推進基本計画に基づき、各地の「がん診療連携拠点病院」に緩和ケアの研修会開催を義務付けた。全国で10万人ともいわれるがん診療医師全員に受講を呼び掛けるが、これまでに修了したのは約2万人という。

 県立がんセンターの西村隆一郎院長は「肉体的、精神的な痛みが理解できる医師は、がんに限らず患者が望む医療を提供できる。医師としての基礎を学ぶ時期に研修を受ける意義は大きい」としている。

【緩和ケア8 件】 命を脅かす疾患と向き合う患者と家族の「生活の質(QOL)」改善を目指す処置。治療初期から並行して進めるのが理想とされる。薬による痛みや倦怠(けんたい)感のコントロール▽告知後の悲嘆への対処▽死期を迎える精神的苦痛の緩和などを指す。

神戸新聞NEWS 2011年5月29日


終末期患者の積極的安楽死,受容できる腫瘍内科医は10%以下
韓国,国立がんセンターの研究
 がんなどで終末期を迎えている人が,生命維持を目的とした医療措置を中止するか,あるいはさらに踏み込んで積極的安楽死を選ぶか−立場の違いでかなり答えが違うことが予想される問題を議論するには,まずその違いを認識することも重要だ。このたび,韓国から3,000人強を対象とした調査結果が韓国・国立がんセンターのYoung Ho Yun氏らにより報告された。

 それによると,「生命維持を目的とした治療」などに対し,受容できると回答した腫瘍内科医の割合は一般の人とほぼ同等だったが,「積極的安楽死」「医師による自殺幇助」は,10%以下とかなり低い割合にとどまっていた。

患者,一般市民の約半数が積極的安楽死を「受容できる」

 Yun氏らによると,韓国では,2009年に最高裁が尊厳死を支持する判決を示すまで,終末期医療のあり方に関する社会全体での議論はあまり行われてこなかったという。一方,病院で死を迎えることが多くなっているなかで,終末期医療に関する研究のほとんどは安楽死(euthanasia)や医師による自殺幇助(physician-assisted suicide)だけだと指摘。

 そこでがん患者やその家族(family caregiver),腫瘍内科医,一般市民らが終末期の死に際し,どのような医療を本当に必要としているか,意識調査を行った。

 がんセンターおよび同国内16の総合病院で診療を受けているがん患者(1,242人),その家族(1,289人)および腫瘍内科医(303人),同国内の統計ガイドラインに基づき抽出された一般市民1,006人が調査対象となった。

 調査の結果,「無益な生命維持治療の中止」「積極的な疼痛コントロール」については,いずれのグループも90%前後が受容できると答えていた。

 一方,「積極的安楽死」および「医師による自殺幇助」に対してはがん患者本人と一般市民の約半数が受容できると答えていたのに対し,患者家族はそれぞれ約40%と低くなり,腫瘍内科医ではそれぞれ10%に届かない結果となった。

 今回の結果に対し,安楽死に対する受容率は欧米に比べ若干低く,その背景には欧米とアジアの個人,家族間の意思決定システムの違いがあるのではないかと考察。一方,腫瘍内科医が安楽死や自殺幇助に消極的なのは,欧米の国々と同様としている。

メディカルトリビューン 2011年5月31日


点滴不要、モルヒネ使用が在宅ホスピスの極意
 6月5日に行われた全国在宅医療推進協議会主催の市民講座で講演を行った井尾和雄氏(立川在宅ケアクリニック院長)は、自院で行っている在宅医療について説明した。

 立川在宅ケアクリニックの開院は、2000年2月。現在は、医師4人(常勤2人、非常勤2人)、看護師2人、事務5人、ボランティア(アロマ)1人という体制で、それぞれ30箇所以上の訪問看護ステーション、訪問介護事業所と連携しながら、立川市を中心に周辺14市町を訪問している。

「当院の在宅医療=在宅ホスピス」と話す井尾氏。同クリニックでは、末期がんの患者のほか、寝たきりの高齢者、難病患者(最年少は4歳)を対象に在宅ホスピスを提供し、2010年に看取った患者数は187人(在宅160人、特養27人)。開設以来、1,630人の看取りを行ってきた。

「僕は看取りません。看取るのはご家族」「家族が自宅で看取るための応援医療」と考える井尾氏は、「中途半端な気持ちの患者さんは受けません。看取るという覚悟を家族がされることが大事」と話す。

 そして1,600人以上もの看取りに携わってきた経験から、在宅ホスピスの成功のポイントを次のように紹介する。

・「点滴は原則行わない」

 中心静脈栄養は減らし、自然な苦しまない呼吸状態のためには「余分な水はいらない、最期まで口から」が看取りの極意という。
「点滴は何かしてもらっているという家族の安心感だけで、患者さんにとっては拷問」(井尾氏)

・「痛みは我慢しない」

 痛みを我慢することは心身ともに消耗するだけで、何の意味もない。痛みが消える量が適切な投与量であって、中途半端なモルヒネの使い方はしないとのこと。

・「呼吸困難の対応」

 肺がん、肺転移、呼吸器疾患の呼吸困難の、自宅でも24時間酸素が使用でき、モルヒネや座薬の使用で呼吸苦を軽減することができる。

 また、井尾氏は、在宅で看取った患者のうち、診療日数が1週間未満が13%、1週間〜1ヶ月未満が35%もいるという状況について、病院に対して「紹介がまだまだ遅い」と指摘する。

「医者は亡くなっていく過程について教育を受けたことがありません。亡くなっていく方にも助ける医療をしてしまう。でも、余命が短いと判断した患者はありのままを伝えて見放したほうがよい」と、患者が残された時間を有意義に使うために早めに紹介してほしいと主張した。

 このほか、講演後の質疑応答では、看取りに必要なことについて問われ、「構える必要はない。そばにいてあげること。普通に戻すためには何が必要か考えること。むしろ、残された人のメンタルケアが大事です。スピリチュアルといったことが注目されているが、日本はまだまだ未熟な国。自然体でいること、人は死ぬんだということを日頃から考えておくことが必要」と答えた。

ケアマネジメントオンライン 2011年6月6日

緩和ケアの充実を目指し,現状を踏まえた議論を−第83回日本胃癌学会
 がん医療の進展は目覚ましく,新たな治療法の登場だけでなく緩和ケアの理念も少しずつ普及し,医療者の意識を高めることとなった。一方で,実臨床においてはスタッフ数の充足やシステムの改編など個々の医療機関によってばらつきがあり,理想と現実との間に大きなギャップが存在する。三沢市で開かれた第83回日本胃癌学会〔会長=三沢市立病院(青森県)・坂田優院長〕の特別企画シンポジウム「化学療法後の切れ目ない医療の実践」〔座長=埼玉医科大学国際医療センター緩和医療科・奈良林至教授,がん・感染症センター都立駒込病院・佐々木常雄院長〕ではこうした状況を踏まえ,緩和医療科,消化器外科,化学療法科,それぞれの専門的立場から率直な意見が発表された。


〜緩和医療科〜

終末期に不安―「自宅でみとられたい」は11%

“緩和ケアは,がんの診断時から始まる”との理念は広く医療者に普及してきたが,現実には多くのがん患者がその恩恵にあずかれていない。座長の奈良林教授は,がん薬物療法に携わる腫瘍内科を経て緩和ケアに専従している経験から,終末期の緩和ケアについて,患者の不安を解消しなければならないとの見解を述べた。

病院医が調整役を

 近年では,がんに伴う身体症状や精神症状を和らげるための緩和ケアは,がんの診断時から治療と並行して行うべきとされている。一方で,特に進行がんではいずれ積極的な治療を終了し,全面的な緩和ケアへ移行せざるをえない時期が来るが,奈良林教授は,そこで身の置き場をなくしてしまう患者が少なくないのが現状であることを紹介した。

 例えば「余命6カ月以内の末期状態」という状況下で,「療養場所」として自宅を希望する者は63.3%に達するにもかかわらず,最終的な「みとりの場」として自宅を希望する者は10.9%に減少することが示されている(厚生労働省平成19年度調査)。さらに,その主な理由は「介護してくれる家族に負担がかかる」(79.5%),「病状が急変したときの対応が不安」(54.1%)であり,積極的な治療が終了した後,すなわち終末期の緩和ケアへ移行するための医療者の支援が不十分であることが示唆された。

 同教授は,緩和ケアへ切れ目なく移行するためにはまず,「患者の不安を解消しなければならない」と訴えた。終末期の緩和ケアを提供する場としては,自宅や地域の緩和ケア病棟,地域の病院・診療所などがあるという点に触れ,これらの施設は個々の患者の状況に応じて適切に選択されるべきであるにもかかわらず,現状では“選択する”には至っていないことを指摘した。同教授はその理由として,「医師(病院医)が,患者・家族の意向を把握していない」,「医師(同)が,在宅でどのような医療を提供できるのかを理解していない」,「医師(かかりつけ医)が,抗がん薬治療終了後の患者の受け入れに必ずしも積極的ではない」などの問題点を挙げた。

 患者の中には最後まで治療継続したいという人もいれば,負担なく家で過ごしたいと希望する人もいる。終末期において医療に求めるものは個々の患者によって異なる。医療者にとって重要なことは,患者に自己決定の機会を与えることと,それぞれの希望を把握しておくことであるという。

 同教授は,患者の希望に沿った緩和ケアのためのキーパーソンは病院医であるとし,「再発したとき,抗がん薬治療を終了するときは,患者の希望を確認する良い機会」と述べ,「多くの医療職の調整役として,病院医の尽力が不可欠である」と強調した。


〜消化器外科〜

“理想の緩和医療”に真の担い手を

 わが国ではがん診療において外科医が外科治療以外の業務も広く担ってきたという背景がある。一般病院や愛知県がんセンターで消化器外科医として多くのがん治療を行ってきた名古屋大学消化器外科の小寺泰弘准教授は,自身の経験と率直な見解を交えて,消化器外科医が現在がん医療の場でどのような役割を果たしているかを紹介した。

タフな外科医にも限界はある

 小寺准教授は発表の冒頭で「実は,こんなことを話すべきではないのかもしれない」と前置きした上で,いまだに全国の多くの病院で「外科医は手術に加えて診断や化学療法を担い,各科の麻酔から救急や熱傷の対応まで広く担当している」と指摘した。

 例えば,同准教授が勤務していた地方中核都市の一般病院では,他科の麻酔をこなし毎日必ず1人が当直し,加えて担当患者のみとりも行っていたという。当然,休息の得られないまま通常勤務に戻る機会も少なくないため,術中に「視野が悪いな」と思い顔を上げたら外科医が2人,立ったまま寝ていたこともあったとのことである。患者からすれば「手術をしてもらった医師に,緩和ケアを含めて最後まで診てもらいたい」という気持ちがあるかもしれないことを認めながらも,「外科医にもやはり限界はある」と述べた。

 また,患者をみとった後に,外科医は主治医として死亡確認や死亡診断書の作成以外に,死後の処置や遺体の搬送,焼香まで行うが,がん患者数の増加に伴い,みとりの件数も増えるため不眠不休で就労せざるをえない日も出てくる。業務の主体であるはずの外科手術に影響しかねない状況であり,同准教授は,患者を丁重に見送ることは人間として当然の行為だと思いつつも,「外科医として優先すべきことは何かと考えるようになった」と述べた。

 疲労の度合いと外科手術におけるミス発生には,関連が示唆されている。同准教授によると,近年では患者への負荷が低いため内視鏡下手術の件数が急増しているが,開腹手術と比べて「さらに集中力が必要だ」と言う。シミュレーターを用いた検討では,睡眠不足によるエラー発生や課題達成に要する時間の延長が報告されており(Lancet 1998; 352: 1191),外科医が不眠不休のまま手術を行うデメリットは看過できないと訴えた。

 同准教授は緩和ケアの理念について大いに賛同するとした上で,「狭義の外科医は,やはり手術療法を極めるのが最も重要な責務」と指摘。他の業務と並行して完遂できるほど,手術も終末期医療も簡単な内容ではなく,「理想の緩和医療のためには,真の担い手が必要」とし,「皆さまの病院の外科医を大切に」とまとめた。


〜化学療法科〜

「最後まで闘病したい」という患者にも応える

 現在のがん薬物療法は,臨床試験によってエビデンスの確立された治療法が無効となれば,期待される余命にかかわらず治療終了となることが多い。座長の佐々木院長は,がん薬物療法の第一線で活躍してきた経験から,現在日本で承認されているがん治療薬を上手に用いることで「最後まで治療を続けるという選択肢もありうる」と報告した。

分子標的治療薬の維持治療に可能性

 がん・感染症センター都立駒込病院は,総合病院ながら1975年に化学療法科を設置した病院である。同院の化学療法科には,セカンドオピニオンを求めて来院する患者も多いという。佐々木院長は,2009年に行われた東京大学病院による死生観調査でも,「最後まで病気と闘う」を選択する割合が,がん患者の81%に対して医療者では19%であったことに触れ,医療者と患者の視点が異なることはたびたび示唆されていると指摘した。

 さらに,同院長はこの数値に触れた上で,同院セカンドオピニオン外来における最大の受診理由が,「治療抵抗性と言われた。緩和しか治療法はないのか」と,治療法を求めての来院であったことを紹介〔34%(219例中75例)〕。さらに,そのうち40%(75例中30例)が実際には救援治療として保険適応内化学療法が可能であったことから,「医療者は,標準治療がないなら緩和ケアのみ,と結論してしまってよいのか」と疑問を投げかけた。

 同院長は,分子標的治療薬の登場により「死が近くとも,希望する患者には継続して治療する有用性がエビデンスとして成立する可能性がある」とし,切除不能大腸がん患者を対象に行われた2件の臨床試験(BRiTE試験,ARIES試験)を紹介。両試験では,たとえ増悪しても分子標的治療薬を継続投与することで生存期間の延長が得られる可能性が示されている。また,同院呼吸器内科で行った肺がん例の検討においても同様の結果が得られたことを報告した。

 同院長は「化学療法中止で納得される患者さんはそれでよい。しかし,無治療で死を待つのはつらいという患者さんもいるのだ」とし,こうした患者に手を差し伸べる選択肢として分子標的治療薬への期待を述べた。

メディカルトリビューン 2011年6月16日

がん患者を多職種で支え合う地域づくりが課題−第13回日本在宅医学会
 在宅医療は在宅でみとることととらえられがちであるが,在宅医療にかかわる医療者にとって在宅医療は「在宅で生きる」を支えることである。豊中市で開かれた第13回日本在宅医学会〔大会長=医療法人拓海会(大阪府)・藤田拓司理事長〕は「『生きる』を支える在宅医療」をテーマに開かれた。その中で,シンポジウム「悪性腫瘍患者が安楽に暮らすために」(座長=医療法人拓海会大阪北ホームケアクリニック・白山宏人氏)では,がんの診断時から最期まで「生きる」ことを地域で支えるためには,住み慣れた自宅での「安楽な生活」を,医療者を含めすべての人々が支え合える地域づくりを構築する必要性が指摘された。

患者の生き方を支援する体制を整備

 淀川キリスト教病院(大阪府)地域医療連携センターの三輪恭子氏は,急性期病院における退院調整看護師の役割について示し,がん患者が「どう生きたいか」を支援する体制を整えておくことが重要であると強調した。

院内・地域での看護連携を強化・促進

 がん患者・家族は「家に帰る」ことについて,自宅で自分らしい生活を過ごせるという期待がある一方,医療者が常にそばにいないことへの不安や,家族の医療処置や介護を担うことへの戸惑い,退院もやむをえないというあきらめと憤り,また末期の患者では死期を間近に感じる衝撃と落胆を感じている。したがって,退院支援・退院調整は単なる場所の移動ではなく,「その人がどう生きたいか」を支援することである。

 そのため,退院調整看護師は入院患者の退院支援プロセスとして,まず,関係者の気持ちや方向性を「合わせる」とともに,退院に向けたチームとして力を「合わせる」。その1つとして,医療ソーシャルワーカーとともに,退院支援の必要な患者をピックアップするため病棟看護師との方向性カンファレンスや,在宅・病棟双方の意見交換およびケアをつなぐため訪問看護師,病棟看護師,薬剤師,栄養士とのカンファレンスを行っている。次に,在宅療養への移行に向けて患者・家族の心身の状態を「整える」とともに,必要な医療・介護体制を「整える」。そして,院内から地域へとケアを「つなぐ」。さらに,在宅支援体制が整うまでの療養状況を把握し,緊急時に「備える」ことが役割となる。

 一方,外来患者の療養生活支援として,外来への受診時,外来化学療法時などに療養状況を把握,評価し,治療法の変更や緩和医療への移行に際してはタイムリーにかかわり,病状の変化を予測し必要なサポートを見極める。また,療養場所・療養方法の意志決定を支援し,療養環境を整える役割を担っている。こうした外来での適切な支援により不必要な入院が避けられるという。

 三輪氏は「患者がどう生きたいかを支える体制を整備しておくことが重要である。まずは院内・地域での看護の連携の強化・促進を図り,地域全体の在宅医療の質が向上するよう支援病院として取り組んでいきたい」と述べた。

診断から最期までかかりつけ医と看護師がケアを

 医療法人思葉会在宅緩和ケアセンターほすぴす(兵庫県)の市橋正子所長は,緩和ケア認定看護師・訪問看護認定看護師の立場から在宅医療への取り組みを報告。がん患者はがんと診断された時点から,かかりつけ医と看護師がパートナーとなって最期まで診ていくことが重要であると述べた。

訪問看護と療養通所介護で看護の連続性を図る

 市橋所長が運営する訪問看護ステーションは,2006年に療養通所介護,いわゆるデイホスピスを有する訪問看護ホスピスとして開設された。療養通所介護事業は,訪問看護だけでは時間やマンパワーに制限があるために設けられたもので,訪問看護と連動させて緩和ケアを提供することで看護の連続性が得られるという。

 同所長によると,がん患者が希望する場所で安楽に自分らしく過ごすためには,がんと診断された時点から,かかりつけ医や看護師が患者のパートナーとして病院医師の説明を分かりやすく伝えたり,治療の選択や療養の場をともに考えるなど,最期まで診ていくことが重要である。それは,患者の生活を知っているかかりつけ医や看護師だからこそ,その患者にふさわしい緩和ケアを考えることができるからであるという。

 同所長は「在宅医療は医師と看護師が協働してケアを考え,他職種と連携,または地域と病院が連携することで,患者・家族の『いのち』を大事に考えたケアを展開することができる。在宅医療は医学の視点と看護の視点が両輪となって支えている」と強調した。

訪問服薬指導でアドヒアランスが向上(アドヒアランス=患者が自分の病気の状態や治療の目的、使用する薬剤の副作用などを理解した上で、積極的に治療方針の決定に参加し、その治療法を守っていくこと)

 セコム薬局新大阪の二宮美智子氏は,調剤薬局の観点から在宅医療における訪問服薬指導の実際を報告。訪問服薬指導によりアドヒアランスが向上し,在宅医療の質の維持・向上が期待できると述べた。

すべての薬局が行うには解決すべき問題も

 薬剤師の在宅医療へのかかわりは,患者はもとより医療者にもあまり知られていないのが現状である。同薬局では,2000年から在宅患者への訪問服薬指導を実施している。その流れとしては,通院困難な患者を対象に,主治医が訪問服薬指導の必要性を説明し,処方せんに訪問指示を記載する。これを受け,薬剤師は訪問計画書を作成,患者宅へ訪問して服薬状況,自己管理状況,副作用などの情報収集を行うとともに,患者・家族に服薬指導を行い,改善すべき点があれば主治医へフィードバックする。

 実際の業務は,薬を一包化することで患者の負担を軽減し,それでも残薬がある場合は,その原因を見極め,薬の一覧表と説明書を作成し,薬箱にセットするなどアドヒアランスが上がるよう薬の管理を行っている。また,残薬状況を確認し,次回の処方に反映するように医師に依頼する。

 一方,すべての調剤薬局が訪問服薬指導を行うには課題も多い。経験ある薬剤師の不足,在宅医療に関する知識不足に加え,麻薬処方は麻薬の管理の問題や必要時にすぐに用意できないこと,麻薬に関する知識不足の問題,さらに輸液処方は無菌調剤ができないことや多種類の高カロリー輸液とその器材類の在庫の問題,輸液や器材に関する知識がないため処方の矛盾点を指摘できず,十分説明できないことなどが問題となる。

 しかし,訪問服薬指導により,患者の自宅での生活に適した薬物療法を選択・継続できることからアドヒアランスが向上し,患者の療養生活の質の維持・向上が期待され,患者にとってのメリットは大きい。二宮氏は「患者だけでなく医療者にも訪問薬剤師の役割を知り,利用してもらいたい」と述べた。

メディカルトリビューン 2011年6月16日

「高齢者の終末期の医療およびケア」に関する「立場表明」,改訂案を発表
日本老年医学会,Q&Aを追加し個別ケースにかかわる疑問に答える
 日本老年医学会は「高齢者の終末期の医療およびケア」に関する“立場表明”から10年を経た今年(2011年),同学会第53回学術集会(6月15〜17日,東京都)のシンポジウム「高齢者の終末期の医療およびケア:『立場表明』10周年にあたって」で改訂案を発表した。新たな試みとしてQ&Aを追加し,医療現場で生じる個別のケースにかかわる疑問に答えようとしている。今後,同学会の公式サイトを通じて学会員からコメントを募集し,最終案をまとめるという。

「最善の医療およびケア」を受ける権利を擁護・推進するための11の立場を表明

 同学会倫理委員会委員長の飯島節氏(筑波大学大学院人間総合科学研究科教授)によると,今回の改訂の意図は,この10年間の社会情勢の変化や関連領域のガイドラインの発表を受け,より実情に即した立場表明とすることであった。

 改訂案では,立場表明を出す目的を,すべての人が有する「最善の医療およびケア」を受ける権利を擁護・推進することと定義。同学会の11の立場を次のように記している。

立場1.年齢による差別(エイジズム)に反対する
立場2.個と文化を尊重する医療およびケア
立場3.本人の満足を物差しに
立場4.家族のケアも対象に
立場5.チームによる医療とケアが必須
立場6.死の教育を必修に
立場7.医療機関や施設での継続的な議論が必要
立場8.不断の進歩を反映させる
立場9.緩和医療およびケアの普及
立場10.医療・福祉制度のパラダイム変換を
立場11. 日本老年医学会の役割

 それぞれの立場には「論拠」が示され,終末期医療の実態に即して前回の立場表明から一歩踏み込んだ内容も盛り込まれた。立場1では,「最善の医療およびケア」を強調する一方で,胃瘻造設を含む経管栄養や気管切開,人工呼吸器装着の適応は慎重に検討されるべきとし,治療の差し控えや治療からの撤退にも言及している。

 また,立場6「死の教育を必修に」は今回の改訂で明確化された項目。医療・福祉職者への教育だけでなく国民に対する啓発が必要であり,「終末期における最善の医療およびケア」について発信していくことは,同学会が社会に負う「責任」としている。

Q&Aは学会員から募集,随時更新していく

 飯島氏によると,2001年に発表された立場表明は「終末期の定義」がマスコミでたびたび引用されるなど話題を呼んだものの,具体性がないという会員からの意見が多かったという。そこで今回の改訂では,医療現場で生じる医療従事者,患者,家族の疑問に日本老年医学会が回答するQ&Aが追加されることになった。

 同氏は,次のような例を挙げた。

 例えば,あらゆる代替医療が否定することは,患者個々の価値観の尊重と矛盾しないかという質問には,「(立場2の主旨は)終末期の医療やケアであっても,単に経験などにもとづいて恣意的に対応することは許されない,という医療者のあるべき姿を示すものです。場合によっては,患者や家族の切なる願いをかなえるために代替医療を受け入れる場合もあります」と回答。

 また,本人が告知を望んでいるのに,家族が告知を望まない場合の対応については「なぜ病名を知りたいのか,なぜ知らせたくないのかをそれぞれから聞き出す必要があります。(中略)病名告知にかかわるご家族の不安を取り除き,最終的には本人の意に添えるよう努力するべきです」と答えている。

 今後は,改訂案を同学会の公式サイトに掲載し,学会員からコメントを募集。その結果を理事会に諮り,最終版をまとめて公表する。Q&Aについては,学会員からの質問を随時募集して倫理委員会で議論し,回答ができたところから発表していく予定だという。

 シンポジウムの最後には質疑応答が行われた。会場からは「最善の医療と患者の意思は異なる。立場1と立場2をただ並べるだけでは分かりにくい」,「緩和医療に関して,痛みの予防を入れたらどうか」,「医療処置の決定にかかわる法律の問題がある点に触れるべき」,「自然死を含め,個人の意思を反映する医療をつくってほしい。世論の後を追いかけるだけの立場表明にならないように」などの意見が次々に出された。

 司会の植村和正氏(名古屋大学医学部総合医学教育センター教授)はそういった意見に対し,「例えば,自然死には倫理の問題でなく法的問題が存在し,それを無視するステートメントではいけない。学会員の皆さまには欲求不満が残る立場表明になるかもしれない。そのためにも,個別性のある現場の医療から疑問点を引き出し,Q&Aを蓄積し,随時更新していくことが,課題の共有につながるのではないか」と提案した。

メディカルトリビューン 2011年6月23日

〜終末期在宅ケア〜 訪問看護師と医師との連携に課題−第15回日本在宅ケア学会
 がんの終末期を自宅で過ごしたいと願う患者は多いが,実現には数々の課題が指摘されている。東京大学大学院健康科学・看護学専攻緩和ケア看護学分野の大園康文氏は,医療専門職の中でも患者や家族に最も身近な訪問看護師から見た在宅療養の問題点について調査,その結果を報告した。同氏は「往診日に同行し,地域病院の勉強会に参加するなど医師との連携をスムーズにするための努力が必要」と指摘した。

情報共有で相互理解を

 大園氏は,患者や家族が望む在宅療養を実現するためには,看護師が把握している在宅療養の問題点を明らかにし,その対応策を共有することが有益であるとの観点から,訪問看護師から見た終末期がん患者の在宅療養に関する問題点と,対策について調査を行った。

 調査期間は2009年12月〜10年3月。対象は,関東地方で24時間対応の訪問看護ステーションに常勤する看護師で,過去1年間に終末期がん患者を3例以上担当した25人(男性1人,女性24人)。看護師経験10年以上が24人,訪問看護経験10年以上が12人,過去1年間に10件以上にかかわった人が19人で,経験豊富な訪問看護師が多いのが特徴。

 先行研究のレビューから終末期がん患者の在宅療養に関する問題点を抽出し,インタビューガイドを作成,半構造化面接で得られた結果を分析し,カテゴリー分けを行った。

 その結果,多職種との連携に関する問題として,(1)訪問看護の依頼が遅く,患者・家族とかかわる時間が短い(2)医師と患者・家族との話し合いに入れない―などが指摘された。

 訪問看護師の対策として,(1)地域病院が主催する勉強会に積極的に参加(2)参加している医師や病棟看護師にアピールする―などが挙げられた。

 医師の問題として,(1)在宅ケアをサポートする開業医と連絡が取れないことがある(2)終末期がん患者の緩和ケアに関心がないと感じる病院医がいる―などがあり,その対策として,医師の指示を明確にするために,訪問開始前に事前指示の取り決めを必ずすることが挙げられた。

 病院看護師に関しても,(1)退院指導が自宅での生活に合っていない(2)終末期在宅ケアに関心がないと感じる病棟看護師がいる―などの指摘があり,在宅療養を病院看護師に理解してもらうために自宅での様子を書面でフィードバックするなどが挙げられた。

 患者に関しては,医療用麻薬に偏見を持つ患者で疼痛コントロールが不十分になる点に対して,医療用麻薬に関する情報提供は特に丁寧に行うなどの対策が挙げられた。

 以上について,同氏は「医師の終末期在宅ケアへの無関心を指摘する声もあったが,医師会の調査によると,医師は決して関心がないわけではない。訪問看護師が事前指示を取り決めておくよう留意したり,医師に対する情報提供は口頭ではなく書面で行い記録を残すなど,情報共有の工夫をすることで医師の協力が得られるのではないか」との考えを示した。

メディカルトリビューン 2011年6月23日


がん患者のうつ病は過大評価 有病率は一般人口と同等
 がん患者のうつ病有病率については問題視されているものの,今なお不明な部分が多い。レスター大学(英)のAlex J. Mitchell博士らの国際研究チームは,がん患者の気分障害を検討した研究のメタ解析を実施。「がん患者のうつ病有病率はこれまで過大評価されていた可能性がある」とLancet Oncology(2011; 12: 160-174)に発表した。

生存期間にも影響するうつ病

 今回の解析結果によると,がん患者のうち,うつ病を合併している割合は約6分の1で,気分障害全体を含めても約3分の1である。しかし,がん生存者が増加する中,うつ病が未治療のまま見逃されることも少なくなく,Mitchell博士らは「うつ病だけでなく,不安障害や適応障害といった関連気分障害(related mood disorders)にも焦点を合わせた体系的なスクリーニングプログラムが必要である」としている。

 うつ病はがん患者にとって重大な合併症の1つで,非常に深刻な影響を及ぼす。うつ病により,治療に対するコンプライアンスが低下し,入院期間も延長する。また生存期間にも影響を及ぼす。これについての研究はこれまで相当数行われているものの,がん患者におけるうつ病や他の精神疾患の正確な有病率は不明であった。

 そこで同博士らは今回,さまざまな病院環境で,がん患者のうつ病,適応障害,不安障害などの有病率を検討するためにメタ解析を実施した。がんや白血病などの専門治療施設(早期がん患者以外にも,さまざまな病期の患者が含まれる)で実施された24試験(計4,007例)と緩和ケア施設(晩期や進行がん患者が含まれる)で実施された70試験(計1万71例)を抽出。これらの試験はいずれも,訓練を受けた研究者や医療従事者が面談によりうつ病診断を行った質の高い試験である。ただし,ほとんどは患者ががんと診断されてから約5年以内のデータであった。

うつ病以外の気分障害にも注意

 解析の結果,がんや白血病などの専門治療施設で行われた24試験では,うつ病,軽度うつ病,適応障害,不安障害の有病率は,それぞれ14.3%,9.6%,9.8%,15.5%であった。緩和ケアの施設で行われた70試験では,それぞれ14.9%,19.2%,19.4%,10.3%であった。

 またこれらの障害を併発することも多く,前者の試験では軽度うつ病も含めたうつ病全体,うつおよび適応障害,不安障害も含めた気分障害全体の有病率はそれぞれ24.6%,24.7%,29%。後者の試験ではそれぞれ20.7%,31.6%,38.2%であった。

 Mitchell博士は「これらの数値はあまり高くないが,決して軽視はできない。がん全体の有病率が上昇し,生存率も高まっていることから,大うつ病とがんの合併例は英国で34万人,米国では200万人と推計される(がん有病率×うつ病の有病率で計算)」と強調。また,「今回の研究では,緩和ケア施設とそれ以外の病院で,うつ病有病率あるいは不安障害有病率に有意差は認められなかった。このことから,治療施設や病期の違いはそれほど影響しないことが示唆された」と付け加えている。さらに,年齢や性などうつ病の危険因子を調整しても,大きな変化は見られなかった。

 同博士らは「医師が直接面談した質の高い試験を解析した結果,がん病院などにおけるうつ病のみの有病率は,これまで考えられていたほど高くなく,6人に1人程度であることが示された。この数値は,プライマリケアにおける割合と同等である」とした上で,「うつ病以外の気分障害も併発している例を含めると有病率は30〜40%であった。このことから医師は,うつ病だけに限らず不安障害,適応障害などの気分障害についても注意を払う必要がある」と結論付けている。

メディカルトリビューン 2011年7月7日

「在宅死」意義探る ホスピス・在宅ケア研
 終末期ケアなどについて考える日本ホスピス・在宅ケア研究会の全国大会が16、17の両日、沖縄コンベンションセンターで県内で初めて開催された。高齢者や重度障がいがある小児の在宅生活を地域でどう支えていくか、緩和ケアの在り方、みとりの現状などさまざまなテーマで討論した。

「死ぬの怖くないね」18歳の娘 臨終立ち合う

 鳥取県でみとり支援を行っている一般社団法人なごみの里の柴田久美子代表理事が、がんを患った友人を自身の腕に抱き抱えてみとった事例を紹介した。

 友人3人の子どもたちと一緒に、呼吸が止まる瞬間まで過ごした体験を語り、「18歳の娘は『死ぬのが怖いと思っていたけど、臨終の時にそばに居ることができて、死ぬのは怖くないね』と喜んでくれた」と振り返った。

 この経験からみとりの意義について柴田代表は「友とゆっくり関わることができた。生きて立派に死ぬことが人間の意味、ということを教えてくれた。次世代へ命のバトンをつないでいる」と話した。

 人口規模が少ない県内の離島での在宅医療について、県立看護大学の大湾明美教授は、医師や看護師、ヘルパーなどのマンパワーが足りず希望する在宅死がかなわない実情を説明した。「小規模離島では保健福祉の社会基盤整備が進まず、在宅療養も困難。在宅を支える終末期ケアの仕組みづくりのためには公助、自助、互助・共助が必要」と指摘した。

 宮古島市と鎌倉市で在宅医療を手掛けるドクターゴン診療所の泰川恵吾院長は、在宅で皮膚移植の手術を行うなど、施設と同等の治療を行う態勢があることを説明した。

 宮古島市では、地域との付き合いもなく、孤立している寝たきりの高齢者への訪問診療やみとりをした事例を挙げ、「末期患者に十分なケアができるような在宅支援をしていきたい」と語った。

 琉大医学部保健学科の古謝安子講師は、離島の高齢者は住み慣れた島で最期を迎えたいと望む一方で、島外の家族と過ごしたいとも願う現状を紹介した。離島での看護やみとりの体制の構築や火葬場の設置などの課題を挙げながら、「家族や親族、隣近所が互いに支え合う文化が求められる」と話した。

台風時の停電「不安」 地域連携のサポートを
災害時の在宅ケア


 NPO法人阪神高齢者・障害者支援ネットワークの黒田裕子理事長は、震災や緊急時に備えるために「『医・衣・職・食・住・育』といった生活と暮らしに視点をあてたネットワークづくりが必要」と指摘。さらに自助、共助、公助の仕組みが不可欠だとした。

 県声友会の田名勉代表は、東日本大震災の被災地で咽頭がんで声を失った仲間を支援した。電動式人工咽頭器のマイクでコミュニケーションを取る仲間が震災で機器をなくし、避難所で取り残されている状況だったことなどを報告。「機器を送るなど支援したが、まだ十分でない」と支援継続の必要性を訴えた。

 訪問看護師の金城千里さんは人工呼吸器や吸引器などを使う医療度の高い在宅患者が台風時の電源確保に不安を抱えている状況を指摘した。「災害に見舞われたときでも自宅で安心して過ごせるようなサポートを行政や地域も一緒に考えていく必要がある」と訴えた。

 フリージャーナリストの山城紀子さんは、ケアを必要とする人への関心を日常の中でいかに持つかが、震災時の在宅ケアにつながると指摘。全国の盲老人ホームを紹介しながら「障がいがある人も、専門的なケアを身に付けた社会資源(人材)があることで、いざというときの安心と安全につながる」と述べた。

 介護老人保健施設・嬉野の園相談員の安慶名緑さんは、在宅療養者の日ごろの生活状況や近隣との付き合いなどの生活環境を把握することが緊急時の対応につながると話した。

沖縄タイムス 2011年7月19日

【東京都・緩和ケア実態調査】進まぬ退院時カンファレンス‐参加薬局は約1%
「退院時カンファレンス」は、入院から在宅へ切れ目のない緩和ケアを提供するために重要だが、カンファレンスに参加する薬局は約1%と少なく、依然として取り組みが進んでいない実態が明らかになった。

 在宅療養支援診療所などと連携する薬局も2割にとどまり、在宅に取り組む多くの薬剤師が、「カンファレンスへ参加できない」「患者に関する情報提供が少ない」などの悩みを抱えていた。東京都によるがんの緩和ケア提供体制の実態調査報告書で分かった。

 調査は、「東京都薬局機能情報提供システム」で、「麻薬に係る調剤の実施」をしている薬局3432軒を対象に実施。2703軒から有効回答があった。

 癌患者に対する退院時カンファレンスへの参加実績は、「あり」が36軒と、全体のわずか1・3%で、制度はあるものの、実際に開局薬剤師が病院に出向いて連携を取ることの難しさが浮き彫りとなった。

 薬局が連携している他の医療機関では、「連携している在宅療養支援診療所がある」が約2割、「訪問看護ステーションがある」も約1割と、連携医療機関がある薬局は少数だった。

 他の医療機関との連携で、薬局サイドが難しいと感じることは、「カンファレンスに参加できない」が最多。そのほか、▽在宅医療への参画が難しい▽患者に関する情報提供が少ない▽人手不足で連携の時間が取れない▽麻薬の在庫管理・流通−−などが挙がった。一方で、薬局自身が在宅緩和ケアの推進に必要と考えるのは、「学習会等によるスキルアップ」で、知識の向上を必要としていた。

 オピオイド製剤は、7割の薬局が取り扱っていった。取り扱いのない薬局は、「該当患者がないない(需要がない、処方箋がこない)」が半数を占め、▽在庫がない▽人手不足▽別店舗へ紹介▽基幹病院が使用していない−−などを理由として挙げている。

 オピオイド製剤の取り扱いのある薬局での平均調剤件数は、1カ月で「0件」「1件以上2件未満」がそれぞれ2割あり、取り扱い体制はあっても、調剤実績はほとんどないという結果だった。製剤としては、▽デュロテップMTパッチ(56・1%)▽MSコンチン錠(62・4%)▽オキシコンチン錠(72・2%)▽オプソ内服液(57・9%)▽オキノーム散(57・7%)−−などで、これ以外の製剤の取り扱いは少なく、特に注射薬は極めて少なかった。

 無菌調剤の実施は全体の1割未満にとどまった。未実施の理由としては、「設備がない」が半数を占め、そのほか「該当患者がいない」などの理由だった。

 訪問服薬指導は、約3割で行っていたが、09年度の年間服薬指導件数では「0回」が5割、「1回以上5回未満」が1割だった。このことからも、訪問服薬指導の体制はあっても、実際にはオピオイド製剤の服薬指導実績はほとんどない薬局が多いことが分かった。

 麻薬調剤を実施している薬局の平均職員数は4・32人だった。

薬事日報 2011年7月26日

「国会がん患者と家族の会」総会を開催
 超党派の国会議員で組織する議連、「国会がん患者と家族の会」は8月4日、総会を開催し、2012年度の予算概算要求などについて議論した。

 代表世話人を務める自民党の尾辻秀久氏は、総会の冒頭、「がん対策はギアを入れ替える時に来ている。これまではローギアでやってきた。これはこれまで何もしなかったわけではない。がん対策基本法ができ、患者も交えた、がん対策推進協議会も発足、がん対策情報センターなども誕生した。こうした動きがあったが、いよいよ一段と高速のギアに入れなければならない。今日はその作戦会議」と挨拶。

 総会には、様々な患者会が出席。厚生労働省のがん対策推進協議会委員で、NPO 法人グループ・ネクサス理事長の天野慎介氏は、がん患者の身体的痛みや精神的な痛みの軽減には一定の取り組みが行われてきたものの、患者の経済支援と就労支援は取り残された領域であると指摘。「金の切れ目が命の切れ目」にならないよう、高額療養費制度の負担上限額を所得に応じて軽減するほか、「がん患者の働く権利擁護制度」の確立などを求めた。

 厚生科学審議会医薬品等制度改正検討部会委員で、卵巣がん体験者の会スマイリー代表の片木美穂氏は、未承認や適応外などで多くの患者が薬を使えず、困っている現状を紹介し、ドラッグ・ラグ解消を要望。さらに、抗がん剤の副作用被害救済制度について厚労省の検討会で現在議論されていることを踏まえ、「救済後も、患者が、医薬品を開発した製薬企業や治療に当たった医師を提訴する権利は残る。それにより、医療が萎縮することがないよう、慎重に制度設計する必要がある」と求めた。

 そのほか、「シーズからベッドサイドまで、シームレスながん研究体制の確立」、「相談支援センターの充実などによる、情報提供・相談体制の充実」、「小児がん拠点病院や、小児がん情報センターの整備」などの要望が上がった。

 総会では、厚労省、文部科学省、経済産業省の三省が、2010年度の予算と執行状況や2011年度予算を説明。厚労省の場合、2010年度のがん対策予算額316億円に対し、執行額は314億円である点を尾辻氏は指摘。都道府県の事業に対する、国の補助的な性格の予算であることから、「ただでさえ少ない予算をなぜすべて執行しないのか。国が一生懸命になれば、都道府県も動く」とし、同省の対応を促す場面もあった。

 超党派議連、「国会がん患者と家族の会」の8月4日の総会には、20人弱の国会議員、約30人の議員秘書が出席した。同議連は約55人の国会議員から成る。

「今の患者の要望は、氷山の一角」、門田氏

 総会では、がん対策推進協議会での検討状況も紹介された。

 同協議会会長で、日本医学会副会長の門田守人氏は、がん対策をめぐる現状認識を、「患者の要望は、がん難民、がんの専門医不足のほか、医療不信、医療格差などの問題として顕在化しているが、表面に出ているのは氷山の一角。これらを本質的に解決するためには、水の底に沈んでいる様々な問題も解決していく必要がある」と説明。

 諸問題解決には、まず長期的視野に立った基本計画を立て、中・短期的計画を策定していく必要性を指摘。特に重要課題として、(1)教育改革(国民への病気と健康、がん、予防、早期診断や死生観などの教育)、(2)医療提供体制の改革(施設完結型から地域完結型への移行など)、(3)医療データ登録制度(がん登録)の確立(がん患者登録から全国民の登録制度にし、検診からがんの治療成績まで、全国規模で登録)の3点を挙げた。

 同協議会の三つの専門委員会からは、予算概算要求の要望に当たって、重視すべき分野が紹介された。

◆がん研究専門委員会
 (1)がん臨床試験統括支援機構の設立、(2)アカデミア創薬の支援強化と創薬支援機構の設立、(3)がんバイオバンクの設立とゲノム・エピゲノム解析拠点の整備

◆緩和ケア専門委員会
 (1)診療体制と連携体制、(2)療養に関する相談支援、(3)教育研修、(4)地域緩和ケアに関する質的な評価

◆小児がん専門委員会
 (1)小児がん情報センターの設置、(2)小児がん拠点病院の設置、(3)小児がん用薬剤の企業知見の推進 

m3.com 2011年8月4日

終末期患者に“dignity therapy”は有効
初のランダム化比較試験で明らかに
 マニトバ大学(カナダ)のHarvey Max Chochinov教授らは「患者の尊厳を重視した新しい精神療法である“dignity therapy”(あなたの大切なものを大切な人に伝えるプログラム)は,標準的な緩和療法や患者中心の療法(client-centered care)と比べ,終末期患者のQOL改善と尊厳維持,さらに家族の負担軽減の点で有意に優れていた」とのランダム化比較試験(RCT)の結果をLancet Oncology(2011; 12: 753-762)に発表した。今回の結果は,この療法がすべての終末期患者に幅広く提供されるべきことを示唆している。

QOLなどさまざまな主観的項目で効果

 終末期患者のケアは,身体的負担軽減の面で近年大きく進歩した。しかし,患者の情緒的,社会的,精神的ニーズに応えるための介入手段はほとんど開発されておらず,未解決のままである。

 Chochinov教授が独自に開発した個別化精神療法であるdignity therapyは,患者が最も知ってもらいたい,または忘れないでほしいと思うことについて,文書に書き留めたり,人に伝えることにより患者の苦痛を軽減し,終末期の人生を豊かにすることを目的としている。以前に行われた第T相試験では,ほぼすべての患者に有効であることが示唆されていた。

 同教授らは今回,実際にdignity therapyが患者の精神的苦痛を軽減し,終末期の人生を豊かにするか否かを検討するため,この療法に関する初めてのRCTを実施。カナダ,米国,オーストラリアの病院または地域施設(ホスピスまたは自宅)で緩和ケアを受けていた18歳以上の終末期患者326例を,dignity therapy(108例),患者中心療法(107例),標準緩和ケア(111例)のいずれかにランダムに割り付けた。試験開始時と終了時に,精神的豊かさ,尊厳,うつ状態,QOLを測定する各尺度のスコアを調査。また試験終了後,患者の終末期経験について自記式調査票を用いて調査した。

 試験の結果,dignity therapy群では(1)治療は有効だった(2)(治療によって)QOLが改善した(3)尊厳が保たれている感覚が増大した(4)家族の自分への見方や尊重の仕方が変化した(5)家族にも恩恵があった?と報告した患者の割合が,他の2群よりも有意に高かった。

 Dignity therapyはまた,精神的豊かさ向上の面で患者中心の療法より有意に優れ,悲しみとうつ状態の軽減で緩和療法より有意に優れていることが分かった。しかし,苦痛のレベルに関しては有意な群間差は認められなかった。

 同教授らは「dignity therapyがうつや自殺願望といった明白な苦痛を軽減できるか否かについては依然検討の余地があるが,自己報告による終末期経験で効果が認められたことから,この療法を終末期患者を対象に臨床で実施することは有益と考えられる」と結論付けている。

メディカルトリビューン 2011年8月11日

医療現場でもユーモア「死が近くても」「医者と患者の壁崩す」
 〈がん細胞 正月ぐらいは 寝て暮らせ〉

 大阪市東淀川区の淀川キリスト教病院。末期がんの50代男性が亡くなる10日前に詠んだ川柳だ。延命治療ではなく、身体的な苦痛を取り、残りの日々を少しでも充実して過ごすホスピス。沈みがちな気持ちをユーモアで切り返そうとする思いが伝わってくる。

 同病院名誉ホスピス長の柏木哲夫さん(72)は、昭和59年に日本で2番目のホスピス病棟を立ち上げ、これまで2500人以上の命を看取ってきた。「死が近い、ということを自覚して生きるのは、確かに笑いとはかけ離れた状況です。でも、必ず笑うことができる。笑いは人間の本質だと思います」と確信する。

              ×  ×  ×

 入院生活の中で、患者たちが楽しみにしている入浴後の会話。

 柏木「“海外旅行”はどうでしたか?」

 患者「やっぱりニューヨーク(入浴)はいいですねえ」

 柏木「時差ぼけ(体調)は?」

 患者「少し頭がフラフラしますが、2、3日経てば大丈夫」

 症状が落ち着いた患者が一時退院する際は、「大丈夫。太鼓判押せますよ」と言って、「太鼓判」の文字を彫った大きな特製判子をドカンと患者の身体に押す。放射線治療を頑張った患者さんには、「表彰状」を贈呈する。

 あるとき、食道がんの中年女性が、食道の狭窄(きょうさく)で物が食べられなくなった。深刻な状況下で柏木さんは「固形物食べたいよね。トロぐらいだったらトロトロっと入るかもしれないね」。それを受けて女性は「私もトロトロ寝てないで、トロにでも挑戦しようかしら?」。看病で側にいた夫もすかさず「トロい亭主ですが、トロぐらいなら買いに行けますよ」。すると、本当に2切れのトロの刺身がトロトロと食べられたという。

 見事な連携プレーに「オチ」までつく。医者も患者も夫も全員、大阪人。大阪のホスピスならではの光景かもしれない。

 しかし、それは単なるダジャレのやりとりではない。互いを深く思いやる心があるからこそ、まごころが通じ合い、ユーモアがユーモアを生む。そして「生きる力」が生まれる。

               ×  ×  ×

 医療現場で笑うことは不謹慎だ、という声があるかもしれない。しかし思想家、内田樹さんは、病院というどこか緊張感のある空間では、その場を温めたりなごませたりする効果がある、と指摘する。「まず始めに笑いがあると、不思議とお互いの呼吸が合ってくる。それはコミュニケーションの前段階」という。

 笑うことで縮まる相手との距離。息を合わせることは、あまり親しくない者同士が周波数を合わせるチューニングのようなものなのだろう。「笑いの効用で相手に対する感度が上がると、言葉に表れる以上の真意が伝わるのではないか」と内田さんはいう。

 柏木さんは「医者と患者という立場の壁を崩すためにも笑いは必要」と強調する。治療する医師と、治療される患者の間には、上下関係が生じやすい。だが「笑うことで距離がぐっと縮まり、信頼関係が生まれる。最期の場だからこそ、対等の立場のコミュニケーションは大切」。

               ×  ×  ×

 厳しい現実や困難な局面に立たされても、人はなぜ笑うことができるのか。

 「死を目前にした究極的な状況で笑えるということは、裏を返せば、現実を受け入れ、自分で困難を背負えるという心構えができているということでしょう。それは人間としての成熟度にもつながっているのでは」と内田さん。

 看取る側、看取られる側、お互いのつらさをちょっとだけ横に置き、思いやりやまごころをやりとりする。柏木さんは「『〜にもかかわらず笑う』とき、笑いの持つ本来の力が、最大限に発揮されるのではないでしょうか」。

MSNJapan産経ニュース 2011年8月15日

治す医療から生活を支える医療へ
第16回日本緩和医療学会開催
 第16日本緩和医療学会が7月29−30日,蘆野吉和大会長(十和田市立中央病院)のもと,さっぽろ芸術文化の館(札幌市)他にて開催された。開催テーマは「いのちをささえ いのちをつなぐ 緩和ケア――病院から地域へ」。ますます加速する高齢・多死社会の進展のなかで,医療全体をとらえなおし,緩和医療の果たすべき役割を考えるべくさまざまなプログラムが用意された。

QOLを低下させる神経障害性疼痛の克服をめざして

 末梢や中枢神経の直接的な損傷,圧迫や機能不全によって生じる神経障害性疼痛は,触覚刺激で灼熱痛や刺すような痛み,電撃様痛など激烈な痛みを誘発する。帯状疱疹後神経痛や糖尿病性神経症,悪性腫瘍の脊髄や神経叢への浸潤などが代表的だが,モルヒネにも反応しにくい難治性の慢性疼痛であり,患者のQOLを著しく低下させることから有効な治療法が模索されている。シンポジウム「神経障害性疼痛のメカニズムからマネジメントまで」(座長=長崎市立市民病院・冨安志郎氏,星薬科大・鈴木勉氏)では,近年明らかになってきた神経障害性疼痛のメカニズムや診断・治療について最新の知見が語られた。

 津田誠氏(九大大学院)は,神経障害性疼痛のメカニズムについて報告した。神経が障害されるとグリア細胞の一つ,ミクログリアが活性化され,細胞間情報伝達物質であるP2X4受容体が過剰に発現。これにより,脳由来神経栄養因子であるBDNFが放出され,痛覚二次ニューロンのCl−くみ出しポンプの発現低下を引き起こし,通常抑制性の神経伝達物質であるGABAが興奮性として作用。このような流れで触刺激が疼痛を引き起こすという。

 さらに氏らは,神経障害性疼痛の維持に重要な役割を果たすアストロサイトの増殖にミクログリアの活性化が関連していることを解明。今後の創薬におけるターゲットとなる可能性を示唆した。新たな創薬を進める一方で,氏らは既承認薬から新規作用を見いだし早期の臨床適応をめざす「エコファーマ」を提唱。その一例として,SSRIなどの抗うつ薬が神経因性疼痛を抑制するとの研究結果を示した。

 住谷昌彦氏(東大病院)は,神経障害性疼痛の診断・評価,薬物療法について概説。氏は「神経障害性疼痛患者は人口の7%程度」というフランスの疫学研究結果を提示し,日本においても潜在患者がいる可能性を示唆した。薬物療法に関しては,日本ペインクリニック学会が本年7月に発表し,氏も作成にかかわった「神経障害性疼痛薬物療法ガイドライン」を紹介。本ガイドラインでは,非がん性神経障害性疼痛の第一選択薬には三環系の抗うつ薬とプレガバリン(商品名 リリカカプセル)が推奨されている。鎮痛効果の高いオピオイドは長期的投与の安全性が確保されていないため,生命予後が長い非がん性の患者では第三選択薬となっている。

 さらに氏は,神経障害性疼痛が従来モルヒネ抵抗性とされてきたことについても触れ,オピオイドが有効な症例もあると指摘。その上で,頓用を避ける,オピオイドとプレガバリンとを併用する,頻回なスクリーニングを行うなど,薬物依存の予防への十分な配慮を求めた。

 瀧川千鶴子氏(KKR札幌医療センター)は緩和ケア医の立場から,神経障害性疼痛のマネジメントについて発言。氏は,神経障害性疼痛の原因には,手術や化学療法,がんの浸潤,さらに併存疾患など多面的な要素があるため,既往歴,痛みの部位,性質,程度などをベッドサイドで詳細に聴取し,経過観察を怠らず,多職種でかかわる重要性を強調した。さらに薬物療法については,安易なオピオイドの投与・増量に警鐘を鳴らし,鎮痛補助薬と併用しながら慎重に管理すべきと説いた。鎮痛補助薬についても副作用は避けられないことから,各薬剤のメリット・デメリットを熟知し,患者の背景,病態に応じた投与を心がけることを呼びかけた。

 薬剤師の佐野元彦氏(埼玉医大総合医療センター)は,抗がん薬による末梢神経障害について,予防,治療ともに有効な方法が確立していない現状を説明。白金製剤の1つであるオキサリプラチンに関しては,Ca/Mg投与によって末梢神経障害の発生頻度の減少が期待されているものの,これを検討したCONcePT trialでは「大腸がんのFOLFOX療法の奏効率を低下させる」との中間解析結果によって試験中止となり,明確な結論は出ていないと述べた。また氏は,評価基準として用いられているNCI-CTCAEとDEB-NTCの一致率が低いこと,末梢神経障害の発現率や改善率の評価に差があることを明らかにし,評価に当たっては患者の自覚症状の重要性を強調。医師,看護師,薬剤師によるカンファレンスを毎週行い,シームレスな緩和ケアに努めていると結んだ。

多死社会をいかに乗り切るか

 パネルディスカッション「超高齢化・多死の時代への準備」(座長=北大名誉教授・前沢政次氏)では,これからの社会の変化に医療がどう対応し,転換していくか議論された。

 在宅医療の草分け的存在である黒岩卓夫氏(医療法人社団萌気会)は,国が提唱する地域包括ケアシステムを,医療・介護・予防・住まい・生活支援サービスが切れ目なく提供されるシステムと評価。生活を支える24時間ケア体制と,中小病院・有床診療所・無床診療所との連携強化が要となると述べた。氏らは医療者の研修の場,多職種の仲間づくりの場,住民が健康について学ぶ場として「地域医療魚沼学校」を設立。住民と医療機関が双方向的にかかわり合う新たなコミュニティへ期待感を示した。

 島崎謙治氏(政策研究大学院大)は,人口構造の変容からみた医療政策の課題を概説。氏はこれからの医療の在り方として,全人的な医療,生活そのものを支える医療,尊厳ある看取りの医療への転換が求められていると強調。さらに,患者の自己決定の重要性が高まっていることに触れ,専門家の助言や支援が必要だとし,医療の切れ目をつなぐ役割を担う家庭医を推進すべきではないかと提案した。

 辻哲夫氏(東大)は,都市部での急激な高齢化と死亡者増加を見据え,在宅医療の普及を提言。多くの医師が臓器別専門医として育っていること,医師1人では在宅医療を担えないという認識があること,病院と地域をつなぐ適切なコーディネーターがいないこと,患者が病院依存的であることなど,現状の問題点を挙げた。それを踏まえ,現在千葉県柏市と協働で進めている超高齢社会時代のまちづくりプロジェクト(柏プロジェクト)を紹介。在宅医療・看護・介護サービス拠点の開設や開業医に対するon the jobの研修プログラムの開発などを紹介した。

 大島伸一氏(国立長寿医療研究センター)は"病苦に対する共感"という人間的な営みとして始まった医療は,技術の高度化,人権の確立,社会の巨大化・複雑化に伴い技術的な営み,社会的営みに変わっていったと指摘。超高齢社会を迎えた今,在宅医療が核となり,医療・介護・福祉が連携した"治し,支える"医療が求められていると,医療界の変革を促した。

週刊医学界新聞 第2941号 2011年8月22日

がん告知で大切なのは「患者の希望を断たず支えること」と医師
 患者と直に対面してがんの告知を行なうことは医師にとっても苦行である。心ある医師たちは、冷静な表情の裏で、患者の心中を思い胸を痛める。

 彼らが心がけているのは、患者の残りの人生を意義深いものにすべく、最善の治療を提供することだ。

「病気を診ずして病人を診よ」――これは東京慈恵会医科大学が掲げる医療理念だ。告知には人間とどう向き合うかが問われている。緩和ケア医療の最前線を走る同大学の相羽惠介教授(内科学講座 腫瘍・血液内科)が、告知の現実を語る。

 * * *

 医療は「机の上のお勉強」でなく「実学」である――そのことを最も感じるのが「がん告知」という局面ではないでしょうか。

 告知に「こういうケースにはこうするとよい」というガイドラインはありません。患者さんはそれぞれ別の社会生活を営んでいるひとりの人間ですから、抱える悩みも様々です。だから個別に対応を考えていかなければならない。

 やはり医師としてのキャリア、ベッドサイドでの実績がものをいいます。若い医師はどうしても、ストレートに物事を伝えすぎてしまう傾向があります。

 当病院では告知の全権を主治医が、外科分野であればチーム医療の年長者が担うことになっている。患者をいたわりながらも事実を正確に告げる告知には、やはり失敗から学んだ経験が役に立つのです。

 患者と医師が共同作業でがんに立ち向かうためには、真実の告知は原則必要です。やはり本当のことをいわないと、治療に協力してもらえない。医療は患者と医師の共同作業です。ただし「本当のことをすべて知りたいわけではない」という患者さんもおられます。

 当科では患者さんとの意思疎通を確かなものにするため、初診時に問診票へ記入して頂きます。「すべて隠さず告知してほしい」「限定的で構わない」「まず家族にだけ告げてほしい」など、患者さんの希望をなるべく具体的に書いて頂き、それを参考に柔軟に対応します。しかし、それが本心とは限らないので、探りながらの対応が必要です。

 適切な告知が必要なのはもちろんですが、その一方で告知が当たり前となったことによる問題点も感じます。それは末期がんの患者さんに「大丈夫です」といえる医師が少なくなったこと。

 私は若い医師によくいうんです。たとえ余命が短い患者さんがいても、「大丈夫」と伝えることも必要だと。生きる希望を断ち切ってしまうわけにはいかない。いかなる場合においても、常に希望を持って頂く。

 たとえ見通しが厳しかったとしても、「大丈夫」という言葉で患者さんの不安を引き受けてあげるタフさがなければ良医ではない。患者さんの希望を断ってしまうような余命告知は決して行なうべきではない。

 もちろんご家族には予想される余命も含め現実的な告知をしますが、患者さんの希望を支えるためには、いつも真実をお伝えすることが最良とは限らないと思います。スキンシップも大切で、患者さんの肩や手に触れて、言葉では伝わらないシグナルやメッセージをお伝えすることもあります。

 患者さんにとって告知はなかなか受け入れ難く、それは医師にとっても厳しい現実です。だからこそ、医師は患者さんの最期の瞬間まで、心身の痛みを分かち合う伴走者でありたいと思います。

NEWSポストセブン 2011年8月25日

〜進行肺がん高齢患者の終末期医療〜
米とカナダでパターン異なる
 米国立がん研究所(NCI)保健科学・経済学部門のJoan L. Warren博士らは「米国の進行性肺がんの高齢患者では,カナダ・オンタリオ州の高齢患者と比べて病院や救急診療室の受診回数は少ないものの,化学療法を受けている割合は高い」とする研究結果をJournal of the National Cancer Institute(2011; 103: 853-862)に発表した。

異なる医療保険システム

 米国もカナダも高齢患者を対象とする公的医療保険制度が整備されているが,終末期医療の補償範囲は異なる。米国では一定の基準を満たした患者に対してはメディケアがホスピスケアをカバーする。一方,カナダで最も人口の多いオンタリオ州では,米国のホスピスに相当するプログラムはないが,急性期の入院施設や外来,在宅医療により緩和ケアを提供している。

 Warren博士らは,米国の地域がん登録であるSEER(Surveillance,Epidemiology and End Results)プログラムとメディケアのデータ,オンタリオ州のがん登録データを用いて両国の終末期医療を比較した。

 1999〜2003年に非小細胞肺がん(NSCLC)で死亡した65歳以上の患者を抽出し,死亡前5カ月間の保険請求データを分析。化学療法や救急医療室の受診歴,入院,診断から死亡まで6カ月未満の短期患者と,同6カ月以上の長期患者の支持療法歴に関するデータを収集した。

 両国とも終末期医療サービスの利用率は高く,死亡前1カ月間の利用率は突出していた。オンタリオ州の高齢患者の入院率と救急診療室の利用率は,米国の高齢者に比べて有意に高かった。

カナダでは半数が院内死亡

 オンタリオ州では,大多数の短期患者が自宅で最期を迎えたいと希望していたが,在宅死を希望する短期患者のうち,院内死亡率は48.5%と米国の20.4%の2倍以上高いという結果だった。

 死亡前の5カ月間に化学療法を受けていた米国の高齢患者の割合は,オンタリオ州の高齢患者に比べて有意に高かった。

 研究グループは,この知見は米国では医師はより積極的な治療を行い,患者はより集中的な治療を受けることが多いという大方の見方を裏付けるものだと指摘している。

 米国の高齢患者にはホスピスサービスを利用するという選択肢があるが,オンタリオ州の高齢者にはそれがない。Warren博士らは「オンタリオ州ではホスピスサービスがないことが,入院率や救急診療室の受診率と院内死亡率の高さにつながっている可能性がある」と指摘している。

 さらに「これらの知見は,医療政策立案者や為政者に対して終末期医療の現状を提示するとともに,医療サービスやプログラムの在り方に変革を促すきっかけとなるかもしれない」と結論付けている。

意思決定の質向上が共通課題

 ダートマス医療政策・臨床診療研究所(米ニューハンプシャー州レバノン)のDavid Goodman博士は,同誌の付随論評(2011; 103: 840-841)で「終末期医療は米国とカナダ・オンタリオ州との間の違いだけでなく,米国内あるいはカナダ国内でも地域によって異なる」と説明。その上で,「重要なのは患者がそれぞれに見合った多様な医療を希望している一方で,こうした声は埋もれがちだということだ。社会全般における平均的な患者の希望が,個々の患者の希望とニーズを示したものだと決め付けてしまうと,終末期医療の質を向上させることはできないであろう」とコメントしている。

 同博士は「最も望ましい形の終末期医療とは,患者が意思決定プロセスに参加できるケアだ」と指摘。「やみくもにホスピスケアや緩和ケアの利用率を高めるようなシステム改革を進めることが解決策ではない。積極的な治癒的ケアや支持療法,緩和ケアなど現行のケアを患者がどのように感じているかについて理解を深めるとともに,患者が十分な説明を受けた上で選択できるように,意思決定の質を向上させることが肝要である」と述べている。

メディカルトリビューン 2011年8月25日

疾患トレンドを探る
高齢医学 多職種連携と合意形成の仕組みを
 超高齢社会の到来が目前に迫っているわが国では,高齢者をめぐってさまざまな問題に直面しており,早急に対策が求められている。リハビリテーション(以下リハビリ)の対応や退院までの道筋を付けること,そして希望する終末期を迎えさせるための合意形成など,医療従事者や専門家はより良い手法を確立すべく,日夜,患者への対応と研究に追われている。今回は,高齢患者の問題に焦点を当てた。対処法の確立や普及が急がれる嚥下障害のリハビリに関する連携と終末期の退院前連携,患者の意思表示が難しくなった際の合意形成について,3人の専門家に聞いた。

Transdisciplinaly Team Approach/嚥下障害リハビリにおける医師の役割
椿原 彰夫 氏


 高齢者の肺炎の多くは誤嚥の関与が示唆され,嚥下障害への対策が急がれている。川崎医科大学リハビリテーション医学の椿原彰夫教授は,嚥下障害のリハビリには医師や看護師,理学療法士(PT),作業療法士(OT),言語聴覚士(ST)などさまざまな職種が垣根を越えて連携するTransdisciplinaly Team Approach(TTA)が不可欠と訴える。医師や歯科医師はTTAでのまとめ役になるか,リーダーとはならなくても他のスタッフの業務を適切に評価することが求められるとしている。

食べる行為で得られる満足感

 嚥下障害のリハビリについては,そもそも医学生への教育機会が少ないために,未整備の部分が小さくない。例えば重度の嚥下障害患者に胃瘻を施行した後は,リハビリに積極的ではない医師も少なくないという。椿原教授は「栄養問題をクリアできても,リハビリによって何かを食べられるようになるかもしれないし,少しでも食べる行為を実感させることが患者の満足感に影響するはず」と説く。

 嚥下障害のリハビリでは,医師や看護師以外にも多くの専門職種が日常的にかかわっている。しかし,単なる見守りや情報交換を密に行うのみでは不十分で,同教授は「専門職種間で足りない治療を補完し合うTTAが重要になる」と話す。さらに,TTAの成功条件として(1)治療目標を明確に設定する(2)機能の帰結予測が可能である(3)各構成員の役割が決定されて相互に尊重し合う(4)適格なリーダーがいる(5)知識と技能向上のシステムがある?ことを挙げる。

 入院患者の在宅生活を想定して畳の上で歩く訓練は,どの職種が行うべきかという疑問と同様に,嚥下障害治療にも境界線が不明瞭な部分は必ずある。どの職種が何をするかは,状況に応じてチーム内で検討することが望ましい。同教授は,TTAでリハビリ介入ができれば「患者の状況や環境に応じた最良の治療が提供でき,チーム構成員の能力も向上し続ける」と説明する。

 TTAの有用性は,日本摂食・嚥下リハビリテーション学会が多施設共同研究で実証している。嚥下障害が認められる脳血管障害患者でTTAによる摂食機能療法で介入した124例(介入群)と非介入群27例を対象に,摂食嚥下機能の変化を調査した。

 介入群で継続して調査に参加できた69例を臨床的重症度分類で見ると,初回の2.86±1.13から最終回には4.62±1.63へと有意に改善していた。一方,非介入群は初回2.52±1.29,3カ月後の評価では2.81±1.44と有意な変化はなかった。摂食状況レベルは介入群が初回2.54±1.41,最終回6.07±2.42で有意に改善したのに対し,非介入群はそれぞれ1.38±0.86,2.52±2.27と有意差は認められず,TTAによる介入の有効性が明らかとなった。

 同大学で行われているリハビリ患者への具体的な介入例としては,嚥下造影の評価には担当医や放射線技師だけでなく,STや看護師なども加わっている。同教授は,学生教育の行き届いているSTの役割について「基本的には嚥下機能の評価を行ったり,検査時にも同席して細かく指示を出したりすべき」と考えている。嚥下訓練も看護師やPT,OTらが補完し合いながら実践する。TTAの最適な実施のために重要なカンファレンスやミーティングを適宜開催している。

要に位置する医師に必要な能力

 リハビリのためにさまざまな職種が融合するチームの中で,医師はどのような役割を果たすべきか。椿原教授は「すべてを医師が自らこなすのは難しいが,検査を行ったり,スタッフに指示を出したりするなどリーダーとしての役割を果たすことになる」と説明する。さらに,「TTAにかかわる医師や歯科医師は単に存在するだけでは意味がない。機能の帰結を正確に予測でき,治療に対する明確な責任を負わなければならない」とも付け加える。

 嚥下障害のリハビリが取りざたされ始めてから,同教授はTTAの重要性を感じていたが,スタッフの理解を得るのは簡単ではなかったという。従来にない方法論を用いることに対するスタッフの反応はやむをえないが,「TTAがうまくいかない要因の1つには,医師の姿勢がある」と指摘する。同教授は「『医師とその他大勢』という独善的な態度を変えなければ,連携はうまくいかない。問題があれば即座に改善点を指摘することは重要だが,スタッフの行為を否定するだけでなく,成功例の称賛も重要であることを忘れてはならない」と高いマネジメントとコミュニケーション能力が求められるとした。

 一方,嚥下リハビリの専門医がいない施設で非常勤などの立場としてTTAに加わらざるをえない医師や歯科医については,「必ずしもリーダーとしての立場を担う必要はない」と話す。その場合は,「スタッフの意見に耳を傾けてから指示を与えるというスタンスでいいだろう」との見方を示す。ただし,「医師はスタッフに治療を任せるにしても,よく分からないからと嚥下機能の評価も適切にできないようでは,チームはゴールを見失いかねない」と注意を促している。

 同教授によると,リハビリを十分に教育する医学部・医科大学は,現在30校ほどしかない。超高齢社会が目前に迫る今,嚥下障害をはじめ高齢者に適切なリハビリを行える医師の需要が急激に高まっている。日本摂食・嚥下リハビリテーション学会や日本リハビリテーション学会,全国回復期リハビリテーション病棟連絡協議会での研修,講演など,学校以外でも学習できる場は設けられており,耳鼻咽喉科医や内科医などの参加者も増えている。同教授は「リハビリ科の医師の需給比は,他科と比べても悪い。学べる機会はたくさんあるので,希望者はできるだけ参加してほしい」と呼びかけている。

理想の看取りは“オーダーメード”の発想で
緩和ケアの事例から考える
山口 聖子 氏


 在宅や病院など看取りの場所はさまざまあるが,わが国では一面的な看取りが推進されてきた感が否めない。順天堂大学浦安病院がん緩和ケアセンターの山口聖子看護師長は「理想の看取りはオーダーメード的な発想で行い,実現させるには経済的な評価と地域情報の取りまとめが不可欠」と指摘する。緩和ケアの事例から,超高齢社会に備えた退院前連携のヒントを探った。
在宅看取り「必ずしも最良でない」

 山口師長が昨年まで勤務していた同大学順天堂医院では,退院支援チームと医療サービス支援センター,がん治療センターがスクラムを組み,高齢者やがん患者などの退院支援を行っている。退院支援チームは月1回病棟を回診し,担当スタッフから退院困難事例の相談を受けたり,時には直接支援を行ったりしている。現場の努力だけでは対応できない状況にあれば,院内の医療連携委員会で改善方法などを提言する。

 病棟回診時の相談件数は2009年4月〜10年7月で474件あり,うち87件が症状の悪化や歩行困難などの理由で1回の相談や支援では解決しなかった。同院では患者が入院する際に,退院時を見据えたスクリーニングを行い,退院支援の計画を組み立てている。2010年2〜10月にスクリーニングした1万966例では約95%の患者が支援を必要とせず,約3%は病棟や診療科での対応で退院し,チームの直接支援が必要だったのは2%程度だった。

 同師長がチームでの退院支援を行うケースの大半は終末期の患者で,自律性の尊重を重視する。患者が病状を正しく理解し,自身で過ごし方を考え決めることができるよう,できるだけ早期からの情報提供を行っている。また,家族にも同様に働きかけ,患者と家族が今後の過ごし方を話し合う機会をつくるよう勧めている。患者の退院に際する業務連携を始める前には患者や家族が描く退院後の過ごし方とその理由を確認し,在宅ケア移行後も担当する医療機関と順天堂側との連携は継続されることも伝え,患者が抱える不安を取り除くようにしている。

 看取りについて,患者と家族の意見が異なることがしばしばある。同師長は「どちらを選ぶかと意見を戦わせるのではなく,家族が患者の自律性を尊重する気持ちになれるよう働きかける」と話す。そして得られた患者と家族の希望を院内の担当医に伝えて話し合わせ,方針決定へと導く。在宅での看取りは国策として推奨されたが,同師長は「必ずしも在宅での看取りが最良の選択肢にならないこともある」と考え,在宅ありきの説明は行っていない。

 在宅ケアなどを行う医療機関と連携する病院の立場としては,「連携先の正しい情報と“ゴール”の共有が欲しい」と訴える。特に在宅療養支援診療所の看板を掲げていても,いったん患者を受け入れながらすぐに病院へ投げ返す施設も少なくない。

 わが国の在宅ケアの現状では,人材の資質によらざるをえない側面もあり,人の異動で施設の力量が大きく左右されたり,患者の居住区が2次医療圏外で初めて連携する施設が増えたりするケースもある。同師長は「連携先の正確な情報が集約されていないため施設または担当者個人が調べるしかなく,それではあまりにも非効率的」と嘆く。

 患者の退院によって診療・管理のバトンを他施設に渡すことになるが,患者の望みは往々にして変化するものであり,途中で希望が変わることもある。「バトンを渡した医療者には患者の希望は変わるものという前提でゴールを考えてもらわないと,ゴールの共有には結び付かない」と連携強化を訴える。

 個別の問題としては,独り暮らしの場合に病状管理や生活支援体制を確認するが,家族が高齢だったり,精神疾患を発症していたりした場合に医師や看護師,ケアマネジャーなどがグループで対応する在宅医療施設の方が包括してサービスの提供ができることから,家族の事務的負担が少ないという。患者・家族と担当医の意向が乖離するケースも少なくなく,支援チームによる助言や支援が必要となってくる。

オーダーメード的なアプローチを

 それぞれの患者・家族のニーズに沿った支援は欠かせない。病院と診療所で用いる在宅用の医療機器(器具)が異なる場合は,いったん診療所に移し,そこで器具の取り扱いを指導した上で在宅に移行させることが多い。患者が2次医療圏外で生活するならば,バックベッドのために訪問診療が可能な有床診療所に依頼する。希望の看取り像は同じでも,最期にたどり着くまでの道のりは人によって大きく異なることから,山口師長は「ターミナル期こそオーダーメード的なアプローチが求められる」と分析する。

 在宅移行に伴う連携は緩和ケアだけでなく,高齢者医療でも多くの問題をはらむ。同師長は,連携を成功させるために担当者同士の意思疎通を書類のやりとりで終わらせず,できるだけ対面か電話などで直接話すようにしている。また「患者や家族の思いは常に変化するという前提で耳を傾け,連携相手に尋ねたいことがあれば率直に聞く」ことで,不測の事態を未然に防いでいるという。

 ターミナル期にある患者の在宅移行には充実した支援体制が欠かせないが,こうした業務に対する評価は高くない。同師長は「連携業務に費やす時間は長く,看護サマリーに診療報酬は付かない。個人任せではいつまでも恒久的な仕組みはできず,経済的な裏付けを必要としている」と訴える。さらに,地域の連携すべき相手の情報にはばらつきがあり,「効率的に必要な情報を共有するにはシステム化が必要」と話す。

末期認知症患者へのAHN,医師9割が「困難」
合議型の日本らしい終末期医療を
会田 薫子 氏


 認知症末期で経口摂取が困難となった患者への人工的な水分・栄養補給(Artificial Hydration and Nutrition;AHN)を導入する決断について,医師会員の9割が難しいと感じていることが,日本老年医学会の調査で分かった。調査を担当した東京大学大学院人文社会系研究科グローバルCOE「死生学の展開と組織化」特任研究員の会田薫子氏は,英米式の自律尊重型ではなく,時間をかけて合意形成を成す日本らしい終末期医療が必要と指摘している。

「幸せな人生の終え方」という考え

 同調査は2010年度厚生労働省老人保健健康増進等事業の一環として実施。会田氏は「『生命は延ばすべきもの』と考えるのみでは,患者は本当に望む最期を迎えられないのではないか」と行き過ぎた延命措置に疑問を投げかける。また,問題解決の方向性を「『助ける』,『助けない』の二元論ではなく,死というよりも幸せな人生の終え方ととらえて議論しなければならない」と訴える。

 調査対象は日本老年医学会の医師会員4,506人で,昨年10〜11月に郵送による無記名の自記式質問紙で実施し,有効回答は1,554人(同回答率34.5%)であった。回答者のうち男性は84%で平均年齢は53.8歳,平均臨床経験年数は27.2年。専門科は多い順に一般内科,老年科,循環器内科,神経内科,総合診療科であった。主たる現在の勤務先は一般病院32%,大学病院18%,診療所17%,療養病床10%,老人保健施設6%だった。

 末期の認知症患者とのかかわり方は,45%が日常的にあり,36%がかかわるときもあると答えた。AHN導入の意思決定にかかわった経験は68%があるとした。その経験者に,意思決定にどの程度難しさを感じたかを尋ねたところ,「非常に大きい」16%,「ある程度」46%,「少し困った」27%で,89%がなんらかの難しさを感じていることが分かった。

 困難と感じる理由(複数回答)については,「本人意思が不明なこと」が73%と最も多かった。続いて,経口摂取の継続を検討するものの「肺炎や窒息の危険があるため」としたのが61%,「家族の意思が不統一である」が56%だった。また,AHNを差し控えることについて51%が,行うことに33%が「倫理的に問題がある」と感じ,45%が「判断基準が分からない」ことを挙げた。同氏は「AHN導入に際しては,やはり困難な場面に直面しているとの率直な思いが表れているのではないか。難しい判断を迫られているというのが現実だろう」との見方を示し,判断責任全般が医師に帰する現状に警鐘を鳴らす。

 選択肢の示し方が治療の今後を大きく左右するが,摂食困難な患者の家族に胃瘻を「ほとんど常に示す」とした医師は53%で,末梢点滴も同様,経鼻経管は44%だった。一方,可能な限り経口摂取で対応し,AHNは行わないという選択肢をほぼ毎回示す医師は34%で,状況に応じて示す選択肢を選ぶ傾向にあった。

 いったんAHNを導入したものの,中止に至るケースも少なくない。AHN導入後の中止経験を尋ねたところ,44%が「ある」と回答した。その理由(複数回答)には,下痢や肺炎などの医学的理由が68%と最多で,43%は家族の希望によって中止を決断した経験を有していた。ほかには医師としてAHN継続は患者の苦痛を長引かせてしまうことから中止を判断したのが23%,医療チームとしての判断が21%だった。また,AHN継続が患者の尊厳を侵害するとして医師個人で中止を決めたのが14%,医療チームとしては13%に上り,AHN導入後も患者のために葛藤している状況が浮き彫りになった。

 導入後のAHN中止に対し,心配材料も少なくない。経験者にAHN中止で想定される問題を尋ねると,33%が「マスコミが騒ぐ」と答え,事件に発展しかねない風潮に懸念を感じていた。次いで29%が「法的に問題がある」,21%が「倫理的に問題がある」と考えていた。

末期のAHN差し控えは「緩和ケア」

 AHNは食事の代替であるため,差し控えは餓死させることに相当すると考える医療者もいる。しかし会田氏によると,末期の認知症患者にAHNを導入しないことは,生理学的に緩和ケアの作用をもたらすと指摘する論文もある(Printz 1988,Sullivan 1993,Ahronheim 1996,植村 2000)。それらによると,患者にとって苦痛の少ない最期のためには「AHNは不要」であり,「AHNの差し控え,中止は倫理的に妥当」である。同氏は「AHNを必要とする患者の大半は,時間がたつほど意思表示や経口摂取ができなくなる。そうなる前に,人生の最期の段階をどのように生きたいか,患者を中心に話し合っておくことが大切」と話す。

 同氏は「患者本人と家族が,本人にとって最善の人生の終え方を緩やかに導き出せる意思決定のガイドラインが必要」と提唱する。実際,日本老年医学会のワーキンググループは患者本人と家族のより良い終末期の選択を手助けする「意思決定プロセスノート」の試作版を作成している。同氏は「医師側だけに最期の選択を任せていてはいけない」と述べ,終末期の在り方を考える医療者の学会や委員会に,患者側も加えるべきとの考えを示した。

 終末期における自律尊重の姿勢が強い米国では,医師など専門家には情報提供を求める程度で,決めるのは本人かその代理人という傾向があるという。しかし,同氏は「この方法は日本にはなじまない。日本人は医療者にも一緒に考えてもらいたいとの思いが強いため,専門家がサポートする形で合議を進め,じっくりと合意を形成する仕組みが求められる」と指摘している。

メディカルトリビューン 2011年9月8日

尊厳死=Living Will(LW)の普及運動は患者の人権尊重の運動
大田 満夫 国立病院機構九州がんセンター(福岡市)名誉院長/日本尊厳死協会副理事長

 20世紀後半の医学医療の進歩はめざましく,人工呼吸器,人工透析,化学療法,栄養補給などの延命治療も大いに発達しました。そのため治る見込みの失われた終末期の患者が,安らかに自然死をしたいというささやかな希望をも無視され,辛い延命措置で苦しむ状況が生じてきました。疼痛対策の進歩により,末期がん患者でも肉体的痛みのために安楽死を考える必要はなくなってきました。ただ日本のがん患者の一部が,いまだに痛みで苦しんでいる現実は医師の怠慢や未熟によるもので悲しいことです。

 インフォームド・コンセント(IC)がないと,検査も治療もできない医療環境となり,安楽死事件の判決も患者の自己決定を最優先する方向に進んでおり,LWを登録する日本尊厳死協会の会員は12万5千人になっています。それでも日本国民の千分の1に過ぎません。

尊厳死とは何ですか?

 尊厳死とは,不治で末期の患者が本人の意思に従い,生命維持措置による延命治療を断りますが,痛みの除去などの十分な緩和ケアを受け,人としての尊厳を保ちつつ,安らかに自然死を遂げることです。日本尊厳死協会は,死を早める積極的安楽死や自殺幇助を尊厳死とは考えていません。人工呼吸器や人工透析などの延命措置の中止は,一見死期を早める行為となり得るため,違法と考える医師も多く,尊厳死に原則賛成であっても,中止するのをためらう医師は少なくありません。当協会は,延命措置なしには生きられない状態は終末期と考えており,延命措置の中止や差し控えは,患者に尊厳死希望の意思さえあれば,殺人や積極的安楽死とは根本的に異なると考えます。

 次に植物状態患者への対応が問題です。持続的植物状態とは,医学的には遷延性の意識障害をいい,3か月以上の治療にも拘らず,意思の疎通,自力運動,自力摂食が不可能で,尿便は失禁状態,眼球は動いても意識できない状態にあることですが,死は迫ってはいない状況も多いのです。日本では,脳卒中や外傷,交通事故,あるいは脳の手術後などに植物状態に陥る人も多く,大病院で3千人,一般医療施設まで全国的にみれば3万人位いると推定されます。

 日本学術会議もかような長期生存の植物状態患者に対する対応は,医療倫理上,社会経済的にも避けて通れぬ重要な問題として,「死と医療特別委員会」を設置して検討し,1994年に植物状態患者の医療中止の3条件を出しました。(1)患者が回復不能の状態にある,(2)意識のあった時に,患者が尊厳死希望の意思を表明,(3)延命治療の中止は担当医が行う,でした。終末期医療の対象に植物状態患者を是非とりあげて欲しいのです。世界のLWをみても,殆どすべての国でとりあげています。

尊厳死の法制化運動

 日本尊厳死協会の考えを込めた法律要綱案は,2003年の暮に坂口力厚生労働大臣に提出されました。しかし立法には,内閣提出法案と議員提出法案の2つがあり,当協会は議員立法をめざしました。超党派の「尊厳死法制化を考える議員連盟」(中山太郎初代会長)が立ち上がりました。生命倫理が絡む立法は,倫理観に基づく考え方が多岐にわたるので,国民的合意の形成が大切です。議員連盟は2005年より2007年まで9回の議員総会で関係団体からヒアリングを行いました。日本医師会,日本弁護士連合会,全日本病院協会,各宗教団体(仏教,キリスト教,神道など),日本救急医学会などの十数団体の代表が出席して尊厳死立法に賛否の意見を陳述されました。

 議員連盟も全国会議員に「尊厳死の選択について」のアンケートを行いました。回答は111名で,多くが「延命措置をしない選択」,「医師の免責」を認めていましたが,家族の反対の場合には答えが三分しました。これらを踏まえて議員連盟は,2007年の議連総会で「臨死状態における延命措置中止に関する法律要綱」案を発表しました。植物状態には色々問題があるので外されました。この議連の臨死状態での法律要綱案の主な骨子は,(1)患者の意思に基づく延命措置中止の手続き等を規定し,中止等の適切な実施に資する,(2)患者が延命措置中止の意思を文書で示し,2人以上の医師が「臨死状態」と判定すれば,栄養・水分補給を含む延命措置を中止できる,でした。

 しかし,この議連の要綱案は,日本医師会と日弁連の意見書でストップしました。日本医師会の意見は「尊厳死法制化に国民的合意が得られているかは甚だ疑問。このような状況での法制化は医療現場の混乱を招く」でした。日本尊厳死協会は,尊厳死の条件がそろっていれば,医師は免責されるように努力しているのです。最近の大きな安楽死事件は殆ど内部告発によるものです。また私共の主張は,終末期に尊厳死をしたいと考える人の権利・主張を守って欲しいだけで,延命治療を受けたい患者はどうぞ最大限受けたらよいのです。

メディカルトリビューン 2011年9月22日

第16回日本緩和医療学会
地域コミュニティーの中でホスピスケアを展開
 病院で死を迎える人が圧倒的に多い中,在宅ホスピスケアへの地道な取り組みが広がりつつある。札幌市で開かれた第16回日本緩和医療学会〔会長=十和田市立中央病院(青森県)・蘆野吉和院長〕の鼎談「コミュニティケアとしてのホスピスケア」(座長=青森慈恵会病院・小枝淳一緩和ケア科総括部長)では,わが国で在宅ホスピスケアの先駆的な取り組みを続けてきた,ケアタウン小平クリニック(東京都)の山崎章郎院長,ふじ内科クリニック(山梨県)の内藤いづみ院長,山口赤十字病院の末永和之副院長が,各地での在宅ケアの経験を基に,地域コミュニティーにおけるホスピスケアの現状と課題について話し合った。

20年で大きく変わった緩和ケア

内藤 わたしがホスピスケアを学び始めた約20年前は,日本でこうした学会もなく,海外で学ぶしかありませんでした。日本の緩和ケアはこの20年で大きく広がったと思います。

末永 わたしは22年前,訪問看護も何もなかった時代に家に帰りたいとおっしゃった患者さんを,病棟の看護師と家に連れて行ったのが在宅ホスピスケアに取り組むきっかけです。

山崎 わたしは外科医を16年,ホスピス医を14年して,現在,在宅専門の診療所を開いて6年になります。外科医のころ,患者さんに「家に帰りたい」と言われたのが,在宅ホスピスケアを始めるきっかけになりました。入院中はベッドから全く動けなかった人が,家に帰ると自分で歩いて玄関まで迎えに来てくれたこともあり,在宅ホスピスケアの力を日々感じています。

内藤 ここにいる3人は,いろいろな出会いの中で人生の最終章を送る患者さんを支える場所が,病院ではない別の場所にあるのではないかということに気付いたのだと思います。システムも医療保険もなかったけれど,患者さんのために何が必要かという自分の心の声に動かされた結果,ここにたどり着きました。

最低5年の臨床経験と幅広い人間力が必要

内藤 緩和ケアを専門にしたいと考える若者が増えてきました。非常にうれしいことですが,わたしは実習に来る学生には,「最初から緩和医療に飛び込むな」と言っています。出来上がったシステムの中で学んでいくのではなく,自分で医療の光と闇をしっかりと学び,感じた上で選択することが大切だと思います。

山崎 わたしはホスピスに研修に来る人に「日常の臨床経験を最低5年くらいは積んできて,今の医療の現場で何が問題なのかをきちんと見てこないといけない」と伝えています。また,全身の状態を診ていくためには,それくらいの臨床経験がないとできないのではないかと思います。

末永 基本は目の前の患者さんに対して何が最良の方法かがきちんと判断できることですから,やはり4〜5年はかかるでしょうね。がんの患者さんが圧倒的に多いので,がんの診断,治療も含め,内科的な診断学は身に付けておいてほしいですし,外科的な技術もあると安心です。

山崎 患者さんの人生をみとるという意味では人間力も必要です。それはどうしたら身に付けられますか。

末永 医療の世界だけにどっぷり漬かっていたらいけないと思いますね。わたしは若いころから,農業家,教員,弁護士,主婦などいろいろな職種の人との勉強会を1〜2カ月に1回続けています。人と人との関係性の中から,人としてわたしたちに求められているものは何かを考える機会をつくることは大切です。

内藤 わたしもやはりいろいろな職種の人と付き合うことを大切にしています。わたしはプラネタリウムで星やオーロラを眺める会に,患者会の方を呼んだり市民講座を開いたりしていますが,そこでわたしたちの命は137億年の星のかけらだということを学びました。そのようなことに思いをはせたら,患者さんと向かい合ったときに肝が据わるのではないかと思ったりします。

山崎 わたしは緩和ケア医になるためにどのような勉強をしたらいいかと学生に聞かれたとき,「医者になったら,ずっと仕事が続くわけだから1年くらい落第して,その間にいろいろな人たちと出会うのもいいんじゃない」と言っています。わたしは2年浪人して1年落第しましたが,それが良かったと思っていまして(笑)。やはり視野を広げるためには,同じ場所にい続けることがいいとはいえない気がします。船で南極に行ったとき,キュブラーロスの本に出会ったのが,この世界に入るきっかけにもなりました。

年齢制限なしで在宅を支援

山崎 山口県では,具体的にどのような取り組みをしていますか。

末永 山口県では介護保険制度がスタートした当時から行政と一緒になって,在宅緩和ケア支援事業を地域ケアの中に全部組み込んで,専門部会を立ち上げてきました。その中での一番の目玉は,年齢制限を設けないということです。患者さんが家に戻りたいと希望すれば,年齢にかかわらず,すぐに相談に乗って即実行することになっています。だいたい年間30人くらいが利用していて,2カ月に1度は医療,福祉,看護の各分野から70〜80人が集まって事例発表を行っています。

 食道がんの手術後,再発して3カ月大学病院に入院していたものの痛みがコントロールできず,寝たきりで中心静脈栄養(IVH)カテーテルを挿入していた患者さんがいました。「家に帰りたい」と言うので,すぐに持続皮下注射をして在宅に切り替えたところ,3日後には起き上がっておでんが食べられた。そして息子さんの結婚式に歩いて出席し,故郷にお墓参りに行くこともできたのです。

 わたしは,患者さんの全人生をみとれる場所に帰してあげるというスタンスで,それができるのは医療従事者ではなく,家族や友人,コミュニティーの人たちだと思っています。

地域の中でチームケアを展開

山崎 わたしはホスピス医としてホスピスケアの大切さを痛感し,ホスピスケアのチームが地域の中で展開していく仕組みを考えました。3階建ての建物の1階に,在宅を支える24時間の訪問看護ステーションと,医療ニーズが高くて一般のデイサービスが受けられない方たちに対するデイサービス,わたしどもが運営する在宅医療支援診療所,それに訪問介護ステーション,居宅介護支援事業所があります。1カ所に集中することによってチームケアが非常にスムーズにできるようになっています。建物の2〜3階は高齢や障害のため通常のアパートでは住みにくい方たちが入居するアパートです。ここが地域の中でホスピスケアのチームケアを展開していくための拠点となっています。ボランティアの約2割は在宅でみとった方のご遺族です。地域の中でホスピスケアを展開していくと,いろいろな人たちと新たな縁を結ぶことが可能になります。

在宅だからこそできたみとり

山崎 つい最近,40歳代の娘を家でみとったお母さんが,今度は自分ががんになってしまって,もう治療を選ばないと家に戻ってきました。「わたしは自分の娘をみとったときに,娘からいろいろなものを教えてもらったから,これからの時間は家族に自分が亡くなっていくプロセスを見せたい」と言うのです。1人の人が人生を終えていくとき,本当に多くのものを周囲の人たちに残してくれる。それは在宅で24時間,同じ空間の中にいてこそ体験できることだと思います。

内藤 わたしのところでも在宅ならではのみとりのエピソードはたくさんあります。あるとき,膵臓がんで腸閉塞を起こしかけて食べられなくなった患者さんが,「うまい天ぷらが食べたい」というんです。この望みをかなえなければと思い,そば屋を営む友人に「命の最後に,これで死んでもいいっていう天ぷらを揚げて」と頼みました。わたしたちがその人を抱えるようにして連れて行くと,患者さんは「うまい」といって天ぷらをたいらげ,食事が終わると,「今日はおれがおごるよ」と言うのです。本当に死期の近い顔色の悪い患者さんを,命の平等な間柄だと思いました。

「家族に迷惑をかけたくない」の本音とは?

山崎 患者さんに在宅ケアの良さを伝えても,やはり迷惑をかけるという話が1回は出てきます。でも,「本音は?」と聞くと,「家にいたい」と言うんですよね。

内藤 看護学生約100人に,自分が末期がんになったとき,どこで過ごしたいか聞いたら,ほとんどが家族に迷惑をかけるから家では亡くなれないと答えました。甘えられない家族関係なのだと思いました。

山崎 迷惑をかけるといっても,患者さんには,そんなにたくさん時間があるわけではないんですよ。

末永 わたしは娘さんや息子さんに「親あればこその自分の存在だよ」と言います。その親が最大の苦悩に遭うときに,命をどう終えていくかを受け止めることで,あなたたちがこれからどう生きていくかを考えることができるのだと。

不安を取り除き,背中を押す

内藤 みんなみとりの仕方が分からないから,何が起こるか不安なんです。やってあげたい気持ちが多少あっても,できないという気持ちがとても強いと思います。だから,訪問看護師さんやわたしたちが,「大丈夫,できるよ。わたしたちがちゃんと教えてあげるから」とみとりの後押しをしてあげることが必要だと思うんです。

山崎 「今一番心配で不安なことは何か」を丁寧に聞いていくと,たいていは解決できることなんですね。だから,前もって家族のいろいろな不安を聞いて,「これだったらこうできますよ」と伝えていくと,最初は「とても無理」といっていた人が,いつのまにか「これならできる」,そして「やってよかった」という達成感を持つことができると思います。

 ぜひ,皆さんも患者さんが安心して最期を迎えられるように,できる限り多くを学び,経験を積んで,地域に出て行ってほしいと思います。

メディカルトリビューン 2011年10月13日

患者側から見た理想的なお見舞いの作法
 お見舞いの際、どんな品物が患者に喜ばれるか-。がんなどで入退院を繰り返した岐阜市の加藤理恵子(かとう・りえこ)さん(42)が、見舞品の紹介・販売や病室訪問マナーの情報を発信するインターネットサイトを開設した。患者側から見た理想的なお見舞いの作法を掲載。「患者と気持ちがつながる助けができればうれしい」と話している。

 加藤さんは子どものころ、舌がんと悪性リンパ腫を発症。結婚と出産の後には卵巣腫瘍(しゅよう)も摘出し、がん治療の影響で抜けた歯の手術も受けた。今は緑内障を抱え、入院は計12回に及ぶ。

 病状が落ち着き、会社勤めをしていた30代半ばに「生きる理由や目的があるのか」と疑問を覚え「入院経験を生かして自分にしかできないことをしたい」と昨年、まずはブログを開設。自分やほかの入院患者がお見舞いで一喜一憂する姿が思い浮かんだという。

 今年8月にはサイト内にネットショップを開店。ベッドに寝転んで本を読むための枕や車いす専用の座布団...。患者の立場から厳選、特注した商品を並べている。

「義務的なお見舞いは、患者にはすぐ分かる」と話す。理想は「患者が一瞬でも笑顔になるお見舞い」で、そのためには相手の病や気持ちを考えることが大事だという。

 ブログコーナーでは「大腸がんは入院後2週間ぐらいがお見舞いのタイミング。(見舞品は)食べ物以外を」と、病気や患者の特徴ごとにお見舞いの作法を解説する。

 がん発症の不安が残り、定期健診が欠かせない加藤さん。自らを「お見舞いコンシェルジュ」と名付け、患者の笑顔につながる提案を続けている。

 サイトのアドレスはhttp://cocoro-sakura.jp/ 

m3.com 2011年10月21日

中央社会保険医療協議会
がん対策、放射線治療の充実と早期緩和ケアが柱
 厚生労働省の中央社会保険医療協議会総会(会長:森田朗・東京大学大学院法学政治学研究科教授)が10月27日開かれ、がん対策、生活習慣病対策、感染症対策をテーマに議論(資料は、厚労省のホームページに掲載)。

 がん対策では、放射線治療と緩和ケアが焦点。厚労省は、放射線治療については、患者数が伸びに比して放射線治療医が少ないことから、放射線照射のたびに放射線治療医が診察する「毎回診察」のほかに、「包括的な診察」のパターンも想定し、放射線治療医が包括的指示の下、チームで診療に当たる案を提唱。これにより、例えば、放射線治療医の診察は週1回以上などに減らすなど、負担を軽減する。

 緩和ケアは、末期ではなく診断早期から実施するとともに、身体だけでなく精神面でのケアもいかに行うかが課題。また、緩和ケア病棟も、看取りだけでなく、外来や在宅への円滑な移行を支援する取り組みの評価を目指す。そのほか、医療用麻薬には14日の処方制限があるが、30日に延長することも検討課題。

 生活習慣病対策の中での重点課題が、糖尿病。透析導入の原疾患において糖尿病性腎症が4割以上を占める現状を踏まえ、外来で、医師や看護師、保健師など多職種が連携して重点的に医学管理を行う例を診療報酬上で評価する方針。

 たばこ対策は、屋内全面禁煙を実施している病院は約64%にとどまっているため、生活習慣病患者、小児・呼吸器疾患患者などの指導管理を行う病院については、原則として屋内全面禁煙を進めるための方策を取る。

 感染症対策のメーンは、結核。諸外国と比較すると、日本は結核の「中まん延国」。問題の一つが、多剤耐性が再発例で多い点であるため、DOTS(直接監視下短期化学療法)を外来で推進する。また結核では退院が長期化していることから、退院基準に関する規定を定めるよう進めるほか、結核以外の合併症を持つ患者への対応体制を整備する。

糖尿病のチームでの医学管理を評価

 国立がん研究センター理事長の嘉山孝正氏は、日本の放射線治療の遅れを認め、「放射線治療医だけが患者を診ているわけはなく、他科の医師も診ている。放射線治療医が毎日見なければいけないという基準を外さないといけない」と指摘。医療用麻薬の処方期間の延長も支持。そのほか、がん登録推進へのインセンティブを設定するほか、医学物理士の評価なども求めた。

 日本経済団体連合会社会保障委員会医療改革部会部会長代理の北村光一氏は、「在宅療養の中でいかに緩和ケアを進めるか、そのシステムをどう考え、作り上げていくべきかがよく見えない。この点についても検討してもらいたい」とコメント。他の多くの委員も、緩和ケアの推進を評価した。

 日本対がん協会常務理事の関原健夫氏は、緩和ケア病棟入院までの待機時間は、がん診療連携拠点病院の約35%は2週間以上というデータについて、「もっと深刻。緩和ケアという選択肢に辿りつくまでに時間がかかっており、緩和ケア病棟入院に至るまでの時間はこれより何倍も長い」と指摘、さらに、「早期からの緩和ケアを実施するなら、より多くの緩和ケア病棟が必要」とコメント。これに対し、嘉山氏は、褥瘡ケアなどと同様に、「緩和ケア病棟」がなくても、緩和ケアチームを作り、各病棟を回る体制が可能だとした。

 そのほか、糖尿病への医学的管理やたばこ対策、結核対策についても、様々な議論が出たが、基本的には委員の支持が得られた。特に糖尿病対策については、チーム医療の重要性が強調された。

m3.com 2011年10月26日

臨終間近の患者の願い…ひとめ会いたい相手とは?
 死を目前にした患者の多くが最期に願うことは、「愛するペットにひとめ会うこと」という。「デイリー・テレグラフ」紙が報じた。

 患者の終末期ケアを行うホスピスを支援する慈善団体「ヘルプ・ザ・ホスピス」が、ホスピス職員を対象に行った聞き取り調査によると、死が間近に迫った患者から「ペットに会わせて欲しい」と頼まれたことがある職員は、全体の60%に上ったという。

 他に多かった『願いごと』は、「結婚式やデートなどロマンチックな機会をお膳立てして欲しい」(57%)、「お祝いやパーティーをやってほしい」(50%)など。

「ヘルプ・ザ・ホスピス」のへザー・リチャードソンさんは、「人生の最期を目前に控えたとき、小さなことで、大きな違いが生まれるもの。例えば、友人と飲んだり、家族の誕生日会に出席したり、愛するペットに会ったりする人もいる。その一方で、あこがれの地に旅したり、愛する人と結婚したりと、なにか達成感のある大きなことを求める人もいる」と話している。

ジャーニーOnline 2011年10月31日

東日本大震災で感じた“ゆがみ”解消の一助のために
終末期医療に関する本人の意思確認カードを作りました
加納三代(慶応義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)、精神保健福祉士、社会福祉士)

 脳梗塞などでいわゆる植物状態となり、物言わぬまま横たわる患者さんを前にして、「この方は果たして今の状態を本当に望んでいるのだろうか」と、臨床医なら誰しも一度は自問したことがあると思います。自らの意思を示せなくなった場合に備えて、あらかじめ医療に対するリクエストを明らかにしておいてほしい。私の夫は宮城県の内陸部のある病院に勤務しているのですが、東日本大震災を体験して改めてその重要性を痛感しました。

 災害時には、日頃表に出ない“ゆがみ”が顕在化します。避難所に身を寄せていた方が、寒さや慣れない環境のためにみるみる体調を崩し、夫の勤務先にも次々と搬送されてきましたが、その多くは、脳卒中の後遺症や認知症で寝たきりとなり、意思の疎通ができない高齢者でした。避難所の救護班からの紹介状には「津波で一家9人が流され行方不明」「本人はこの家で唯一の生存者」などと書かれてありました。胸が痛みましたが、何より困ったのは、家族がいなくなったために、患者さん自身の希望や意思の情報が入手できなくなっていたことです。

退院患者を引き受けない病院、家族

 次々に送られてくる患者さんを受け入れるためには、状態が落ち着いた患者さんから順々に退院させる必要があります。といっても、近くの病院や介護施設はどこも被災者で満員でしたし、たまたま見つかった施設からも「手がかかるから胃ろうにして」とか、「貴重な療養病床を提供するのだから、収益が上がるように気管切開や中心静脈栄養などで医療区分を高くしてくれたら受ける」など、厳しい条件を示されることもあったのです。また、夫の勤務先の事例ではありませんが、今回の震災後には下記のような話をよく耳にしました。

(1)家族と連絡が途絶えた

 介護施設が全壊して避難したものの食事を摂れなくなり、体調を崩して入院した、認知症のある方のケースです。意思の疎通ができないので、対処方針を相談するために家族をやっとのことで発見。しかし、「避難所で体調を崩した」「車が流されて交通手段がない」などと、面談の日をずるずると延期されてしまいました。電話で来院を催促したところ、「そもそも延命治療なんかこの人は望んでいない」と吐き捨てるように言われて音信不通に。果たして本人の意思がそのとおりなのか確認できないので治療の中止もできず、家族とコンタクトできないために病院からの行き先も決まらず、長期入院を余儀なくされてしまいました。

(2)医療費が無料なので病院から引き取らない

 病状が安定した慢性疾患の患者さんの話です。「入院して医療を受ける必要性がなくなったので退院です」と伝えたところ、本人も家族と暮らせることを楽しみにしていました。しかし、家族が「家が水をかぶったので行き場がない。介護施設だと病院並みのケアが受けられるか心配。このまま入院させてほしい」と譲りません。ところが看護師に話を聞いたところ、家族の本音は『月額20万円の障害年金が入ってくるし、身体障害者1級で医療費は無料なので、病院にこのまま入れておいた方が面倒がない』とのこと。自宅も床下浸水にとどまっており、家族は普通に生活しているそうでした。本人の希望などお構いなしです。退院調整も不発に終わったため、結局先が見えないまま病院にとどまることになり、本人は塞ぎこんでしまいました。

(3)世間体から家に引き取らない家族

 余命がわずかな患者さんについて、「最期は家で過ごしたいと言っていたから」と奥さんが自宅に連れて帰ろうとしました。ところが駆けつけた親族から「家で死なせたらご近所様に笑われる」「病院で逝かせてやるのが幸せだ」「家で亡くなって検視にでもなったら警察が来る。パトカーが停まってるなんて格好がつかない」などと押し切られて断念せざるを得ませんでした。奥さんが「嫁の話なんかだれも聞き入れてくれない。本人が書類で希望を残してくれていたら違ったのかな」とぽつりとこぼしたそうです。

終末期の意思表示の位置付けのあいまいさ

 今回の震災を通じて私たちは、「安定した日常も突如として終わる」ことを身を持って知りました。また、突然襲ってくる自然災害によって医療機関や家族から見放されてしまう可能性があることも悟りました。だからこそ、「治療によって回復が見込めなくなったとき、自分はどのように医療を行ってほしいのか」という意思を、形として残しておく必要性を痛感したのです。

ドナーカードを模した「終末期医療意思表示カード」(表面)。

 理想主義だと笑われるかもしれませんが、医療は患者さんの希望を叶えるためのものだと私たち夫婦は考えています。自分で意思表示ができなくなった時に、医療機関や介護施設、家族や他人の都合で生かされることを望まず、「自分の最期ぐらいは自分の意思で決めたい」という患者さんの想いがあれば、尊重されるべきでしょう。

 裏面。療養場所のほか、延命に関連する9点について、希望を記載できるようにした。サイズは一般的な名刺と同じ。

 私たち夫婦のそんな思いを形にしたのが、臓器提供の意思を表すドナーカードを模した「終末期医療意思表示カード」です。もちろん、終末期医療について希望を伝えるための書類は、ネットを探せばいくらでも見つかります。ただ、無料で簡単に書け、携帯できるタイプは発見できませんでした。今回作ったカードならば、サインをして丸を付けるだけで最低限の意思が表示できますし、気が変わったらいつでも書き直せます。ただ、高齢者にとっては字が小さいかもしれませんし、紙幅の関係で個々の医療行為についての説明もありません。内容についても十分練られていない面もありますが、もしもの時のことを家族でよく話し合っていただくための素材にはなると思います。

日経メディカル オンライン 2011年11月8日

今さらながらの死生観(前編)
「死」を知らない医師
 私の受け持ち患者が、不本意にも次々に亡くなられていく。筋萎縮性側索硬化症(ALS)で人工呼吸器の装着を希望しなかった患者、パーキンソン病で終末期を迎えた患者、若年性アルツハイマー病を苦に自殺した患者、難治性てんかんに胆嚢炎を合併し播種性血管内凝固症候群(DIC)を併発した患者…。

 永遠に尽きることのない「死」について、医師として人間として延々と繰り返している自問自答の一端を紹介したい。

 いわゆる“死生観”に、正解はもちろんない。100人寄れば100通りの回答があることも十分承知しているが、私のような仕事をしていると、個々の“人の死”というものに迅速に反応する一方で、どのような死も画一的に扱いたくなりがちだ。シビアに死を見つめようとする一方で、頭の中だけで軽率に解釈してしまう。

 正直なことを言えば、私はこのような仕事をずっとしているわりには、死がどういうものかをいまだに理解していない。恥ずかしいことだが、死の対処の仕方を知らない。

 医師として、生死を判断し、死亡宣告はできる。しかし、自死志願者に対して何を言ってあげたらいいか分からないし、天に召されようとしている人に何をしてあげたらいいか、まったく思考は追いつかない。

 つまり、私は“職業的医術師”というだけであって、感覚的には死を遠ざけている。人間の死を理解した医師という“人間的死術医”(勝手に私が創った言葉だが)とは、ほど遠い。

 当たり前だが、人の数だけ「死」がある。今後、死は確実に、そして大幅にその数を増やし、存在感を肥大化させていく。近い将来、日本人の2人に1人は癌で死亡するようになるといわれている(心筋梗塞はその半分で、脳卒中は半分弱)。

 それが何を意味するかといえば、「緩やかに確実に進行する病が急増し、それに伴いはっきり予見できる死が増える」ということである。さらに、余命もかなりの精度で算出可能になる。人々の切望している“正確な情報”が、医療の分野にも浸透してきた代償である。

 私たち医師は、「個人の尊厳の尊重」という名目の下、多分に「聞いていなかった」というトラブル回避のため、告知や余命などの情報開示に躍起になっている。「お医者様にお任せいたします」は「患者様がお決めください」へと主客が変換し、「癌という病名さえ告げられなかった」ものが、「癌で5年生存率は10%です」などと告げられるようになった。そして結局、手立てがなくなれば、「悔いのない人生を過ごしていただくために、病気と向き合ってください」と言い放つ。

科学は死を癒やさない

 当たり前のこととして勘違いしていけないのは、「どれほど科学が進化・発展しようとも、死を克服することはできない」ということである。

 医学は科学から成り立っているが、医療という技術は経験を拠り所とした仮説である。「目的が違う」と言われれば、その通りかもしれないが、臓器移植や再生医療、ゲノム情報の利用といった先端医療が、人の死を変質させることはない。さらに言うなら、長寿の秘訣や生きがいが強調されればされるほど、死に直面したときの安息は得られにくい。

 脳という臓器は、精神活動や運動、知覚を司り、ものごとを記憶して再生する。人間の知性と感性は脳によって支配されている。だから、私たち脳・神経内科医は「脳は唯一移植できない臓器である」と誇らしげに語る。しかし、裏を返せば、死んでしまえば誰も引き取り手のない、ましてや他者の中で生きることもない臓器ということである。

日経メディカル オンライン 2011年11月9日

中央社会保険医療協議会 在宅療養支援診療所、3パターンの体制を検討
社保審との合同会議、「医師は偉い」発言への苦言も
 厚生労働省は、中央社会保険医療協議会総会(会長:森田朗・東京大学大学院法学政治学研究科教授)で11月9日、在宅医療をテーマに議論、在宅療養支援診療所(在支診)の施設基準について、地域でネットワークを組む場合などでも算定できるよう見直す方針を打ち出した(資料は、厚労省のホームページに掲載)。

 在支診の届け出施設数は、2010年7月現在で1万2487施設。2006年7月の9434件から増加しているものの、やや伸び悩んでいる状況。24時間連絡を受ける医師や看護師をあらかじめ指定するという要件などがネックになっている。このため、(1)複数の医師等が在籍し、自院のみで完結する有床診療所、(2)複数の医師が在籍し、ほぼ自院のみで完結するが、緊急時の入院のみ在宅療養支援病院(在支病)と連携、(3)在支病を含む他の医療機関等と連携・補完し合う――という3パターンを想定、その体制を支える点数設定が検討される見込み。

 厚労省は、在宅医療推進の課題を、(1)高齢者向け住宅の普及促進や自宅以外の場所におけるサービスの充実、(2)急変時の対応など、在宅療養への不安を軽減する取り組み、(3)訪問診療や訪問看護等の医療サービスの充実、を挙げている。(2)の施策の一つが、在支診の施設基準の見直し。

 (1)の関連では、前回の2010年度改定で減額された、マンション向けの訪問診療料を見直す。高齢者だけを集めたマンションに効率的に訪問診療を行うケースが一部に見られたため、一般のマンションや高齢者向けの居住系施設などの類型にかかわらず、「同一建物居住者」に対する訪問診療料は830点だったが、2人以上訪問する場合は200点に減額された。ただし、一口にマンションと言っても高齢者ばかりであるとは限らないため、一律に減額にするのではなく、実態に配慮した対応を検討する。

 そのほか、在宅緩和ケアの推進、地域の在宅拠点機能の評価なども検討する。在宅拠点機能は、10月21日の中医協と社会保障審議会介護給付費分科会の「打ち合わせ会」で、診療側が打ち出した構想(『「医療・介護の連携のハブ」提言、中医協診療側』を参照)。医療と介護に関するヒト・モノ・組織・情報を包括的にコーディネートする「地域連携拠点(ハブ)」を、一定の圏域ごとに設置するよう提言した。

 11月9日の中医協総会では、後発医薬品の使用促進策についても議論(『「後発品促進、加算よりも品質保証が重要」、安達委員 』を参照)。

「在支病は、200床未満を維持」、鈴木課長

 厚労省の提案に対し、「在宅医療の問題点を明らかにする上で、うまくまとめられている」(健康保険組合連合会専務理事の白川修二氏)など、考え方自体は評価されたが、問題点も多々提示された。

 一つが、その実現可能性だ。白川氏は、前述の在支診の3パターンは、「絵としては理解できる」としつつ、実際には診療所に複数医師がいるケースは少ないため、在支病と連携したパターンが主になると見られるが、「在支病の届け出は、全国で331施設(2010年7月現在)しかない。これで現実的に可能なのか。都市部はまだ可能かもしれないが、地方では距離的条件も考える必要がある。都市部とそれ以外の地域で、いろいろなパターンを想定して考えていくことが必要」と指摘。

 国立がん研究センター理事長の嘉山孝正氏は、在宅医療の重要性を認めつつ、例えば、在宅での看取りなど一部分だけが評価されると、それ以外の部分がどう変わるか、医療全体のありようを考えた点数設定が必要だとした。また在宅緩和ケアについては、質を担保しつつ推進する必要性を強調。

 在支病の施設基準について、200床以上も対象とすべきだと求めたのが、日本病院会常任理事の万代恭嗣氏。在支病は、従来は「半径4km以内に診療所が存在しない」場合のみが対象だったが、2010年度改定で、「200床未満の病院」が追加された。この点について、厚労省保険局医療課長の鈴木康裕氏は、「大病院は、入院や高度な外来に特化するのが基本。中小病院は外来や在宅など地域医療を担う」と答え、200床未満という要件は維持するのが妥当だとした。「なし崩し的に大病院に、在支診を認めれば、しっかり在宅に取り組んでいる中小病院や診療所が淘汰されることにもなりかねない」(鈴木課長)。

 さらに、議論は、「在宅医療の重要性は共通認識になっているが、それが進まない。本当の原因はどこにあるのか、1回議論する必要があるのではないか。診療報酬上の評価だけではないのではないか。厚労省として、全体としてどんな方向にするのかを議論し、その中で診療報酬のあり方を検討すべき」(白川氏)など、患者家族まで含めた在宅医療を支える体制まで発展した。

「医師は偉い、との発言に暗澹たる思い」、安達委員

 9日の総会では、10月21日の社保審介護給付費分科会との「打ち合わせ会」への苦言も呈せられた。口火を切ったのは、同会を傍聴した日本医師会常任理事の鈴木邦彦氏で、「介護給付費分科会の出席者は学者4人で、中医協委員が学者の意見を中医協委員が聞くという形で違和感を覚えた」とコメント。

 同会に出席した京都府医師会副会長の安達秀樹氏がこれに続き、社保審介護給付費分科会会長の大森彌・東京大学名誉教授の発言を踏まえ、次のように語った。

「介護給付費分科会側からは、『こんな会議は要らないのではないか、事務局同士の打ち合わせでいいのか』との発言があった。では委員は何のための存在しているのか。介護給付費分科会からは、医療者も施設の関係者も出席せず、その姿勢に対し中医協として異議がある。また、『介護の現場では、医師が最も偉いと思っているケースが多い。これを是正しなければ前に進まない』という意見も出された。

 特に在宅医療の経験のある医師は、在宅医療は医師だけで成立しないことを身を持って経験している。にもかかわらず、こうした理解をしていることは非常に遺憾。確かに、介護における医療の部分については、我々医師は法的に責任を持つため、我々医師が前面に出る。しかし、全体としては、『医師は偉い』などと思っている医師がいるとは到底思えない。介護保険制度が始まる前の歴史から知っている立場の人が、そうした印象を持って議論をしてるのかと考え、暗澹たる思いを抱いた」。

【訂正】2011年11月23日に以下の点を訂正しました。
・上から4段落目、「同一建物居住者に対する訪問診療料は1人目は830点だったが、2人目以上は200点に減額された」とありましたが、正しくは「同一建物居住者に対する訪問診療料は830点だったが、2人以上訪問する場合は200点に減額された」です。

m3.com 2011年11月10日