広葉樹(白)   
バックナンバー2010/2/1〜2010/12/5

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2010年2月1日 掲載  
ホスピスは不要の時代に
第13回日本統合医療学会
標準治療にとらわれない統合医療としてのがん治療の追求
医師は,死に対する"心"を涵養しつつ地域の実情に合った医療・介護システムの構築を
第22回日本総合病院精神医学会 取り組み進むがん患者の心のケアに期待
2010年3月1日 掲載  
死のにおいをかぎつけ50人の入院患者をみとった「死を予知する猫」
第10回日本クリニカルパス学会 円滑な地域連携パスの運用法を考察
新・がん50人の勇気
ビデオで脳腫瘍の治療法選択に変化 視聴後は延命治療敬遠・CPR拒否に
<チーム医療>真ん中の患者を支える
緩和ケア
2010改定/静岡がんセンター・山口総長がコメント がん関連 医師以外専門職の評価は画期的
「キュアからケアへ」、がん患者の相談支援のあり方でシンポ=東京
緩和医療:専門医を認定へ NPO法人、10年で1000人目指す−−4月から
2010年4月1日 掲載  
第14回日本在宅ケア学会 各職種の目線で家族支援の現状を捉え,方策を探る
第14回日本在宅ケア学会 地域での看取りを支援する新しい選択肢
子どもホスピス、日本にも 3カ所、重病の子や家族滞在
がん患者:本音、知って 悲しみ、つらさ…体験語る活動広がる
がんに関するマスコミ報道は楽観的情報に偏向
こども病院の写真セラピー 思いを形にして生きる力を喚起
立花隆さん、がん闘病体験語る−−長崎
2010年5月2日 掲載  
第12回日本在宅医学会 皮下輸液は管理・安全面から全身状態の改善に有効
第12回日本在宅医学会 地域医療研修で医療連携や機能分化を理解
ホームホスピス:「われもこう」開所 「もう一つの最期の居場所」地域の中に /熊本
医療問題、58人が熱演 医大生、自作でシナリオ /和歌山
薬物治療,栄養および呼吸管理
エビデンスに基づく筋萎縮性側索硬化症(ALS)のケア―日米のALS診療の違いを踏まえて―
終末期は病院希望 大阪府医師会が府民意識調査
余命わずかの生徒に卒業証書、学校と同級生が1か月早い卒業式を開く
「奈良県ホスピス勉強会」結成10年 検診受診率アップ目指す
2010年6月3日 掲載  
がん対策充実求め提案書
在宅死より病院死が増加 親族の介護人が多いと死の恐怖に
第8回英国緩和ケア関連学会報告 緩和ケアをすべての疾患に拡大する
医療における第3のパラダイムシフト
第107回日本内科学会 終末期がん患者への血液培養実施は慎重に行うべき
医療が危ない! 元国立がんセンター院長が警告!「厚労省は医療現場の状況をわかっていない」
患者の周囲の他者が,「私たちのために生きていてほしい」と願い,その生を最後まで肯定していくのは,当たり前のこと
2010年7月4日 掲載  
終末期医療 高齢死亡者の4分の1超が決定能力欠如 事前指示書の重要性を示唆
がんの死亡者3年で6%減 厚労省が中間報告
埼玉県立がんセンター新病院 平成25年度運営開始
「家庭医療専門医」は質とアクセス、どちらを優先すべきか 日本プライマリ・ケア連合学会、第1回学術大会のシンポジウムで議論
手を取り癒やしの歌 歌手の安田姉妹が病院を慰問 仙台
2010年8月5日 掲載  
病院が虚偽説明と賠償20万 末期がん治療、東京高裁
第51回日本神経学会 ALS 研修・教育の必要性を指摘
手足のマッサージが遺族の慰めにも効果
死に場所なら英国が一番、英調査
「がん相談対話外来」でよろず相談、国立がん研究センター
延命治療中止の妥当性は「司法だけで結論出せぬ」 川崎協同病院事件を巡りシンポ
第106回日本精神神経学会 がんセンター精神腫瘍科が新しい業務モデルに
第15回日本緩和医療学会
闘病に安らぎ「子供のホスピス」 医師ら団体発足
抗がん剤治療中も食べる喜び 味覚分析おいしいレシピ 県がんセンターとキッコーマン開発へ
2010年9月2日 掲載  
第21回日本在宅医療学会 退院や緩和ケアの意思決定を看護師が調整
認定看護師の教育課程を開設/香川県看護協会
第15回日本緩和医療学会 ガイドライン(GL)改訂
「抗がん治療が終了してから緩和ケア」の時代は終わった 米RCTで早期からの緩和ケアが生存期間延長にも寄与
2010年10月4日 掲載  
終末期患者への酸素吸入は室内気吸入と比べて息切れ改善に差がない オーストラリア,米国,英国共同のRCT
キノコ含有幻覚物質で進行がん患者のうつ,不安が改善の可能性 米の研究グループがプラセボ対照二重盲検によるパイロット試験
関心高まる日本緩和医療薬学会
高齢者の末期腎不全治療に大きな地域差
2010年11月2日 掲載  
乳癌患者の男性パートナーはうつ病リスクが高い
家族介護者の多くが患者と経験を共有 肺がん患者と家族対象の質的研究で明らかに
リビング・ウィルの普及・医療現場への浸透などを提言 厚労省・終末期医療のあり方懇談会、報告書案取りまとめ
緩和ケア様変わり 選べる食事、就寝・起床時間も自由
2010年12月5日 掲載  
懐かしい姿を送りたい 最後の装い、家族癒やす 化粧、ドレスその人らしく
終末期の疼痛保有率,死亡2年前から出現し3カ月前でさらに増加 米・コホート研究
ペットで癒やし、ホスピス緩和ケア広がる
意思表示不能患者の代理人の多くは自身で終末期の決定を希望
[私のあんしん提言] 家で看取り、欠かせぬ支援 高見澤 たか子さん(ノンフィクション作家)
在宅死は介護者のQOLやメンタルヘルスに好影響
急を要する日本の高齢者終末期ケア体制の改革 英国緩和ケア協議会・終末期ケアセミナーに参加して 加藤恒夫(かとう内科並木通り診療所)

ホスピスは不要の時代に
 大阪市北区の総合病院「北野病院」(七百七床)の副院長で消化器外科医の尾崎信弘さん(54)は「ホスピス(緩和ケア病棟)が将来とも必要だろうか」と意表を突くことを言った。

 わが国のホスピスは、診療報酬上の優遇もあって1990年代初頭から全国に広がった。ホスピスの果たした役割は大きい。以前はがん末期などで痛みのあるのは当然とされていたが、ホスピスでの医療用麻薬などの適切な使用で多くの場合、最期まで苦しまなくてすむようになったからだ。

 「治療手段が限られているときには、すぐに緩和ケアをするしかなくなってしまう。だが治療法はどんどん増え、治療と緩和ケアを同時に行う時代にきている」と尾崎医師。「どんな病棟であっても緩和ケアが適切に行えればいいわけです」と強調する。

 最近のがん治療は各診療科の協働作業になってきた。治療の選択肢が広がったのはいいが、担当医がコロコロ代わることで"見捨てられた"と不安を抱く患者が増えてきたという。

 北野病院では外科医の尾崎医師らが手術後の患者について、必要に応じて院内の緩和ケアチームに疼痛緩和をしてもらうが、主治医としての責任を最後まで果たす方針を貫き、患者の不安解消にも努めている。

 緩和ケアが広範に行われ、医療スタッフによる支援体制が充実し、ホスピスが不要になる日が待ち遠しい。

東京新聞 2010年1月6日

第13回日本統合医療学会
標準治療にとらわれない統合医療としてのがん治療の追求
 3人に1人ががんで亡くなる今日,がんの標準治療を確立するための研究が世界中で活発に行われており,手術療法,放射線療法,化学療法を駆使した治療は確実に成果を上げている。しかしその一方で,がんに対する現在の医療に不満を抱いている患者がいるのも事実であり,代替医療に魅かれていく人々も少なくない。東京都で開かれた第13回日本統合医療学会のシンポジウム「がんに対する統合医療的アプローチ」では,現時点では標準医療とはなっていない3つのがん治療(療法)についての講演と統合医療の視点を取り入れたがん性疼痛に対する緩和療法の在り方に関する講演が発表された。

〜痛みの緩和ケア〜
西洋医学と東洋医学の統合による包括的な苦痛緩和が重要


 国立がんセンター中央病院(東京都)手術・緩和医療部の下山直人部長は,統合医療における痛みの緩和ケアについて解説。「現在,がん性疼痛のほとんどは抑えることができるが,それでも克服できない痛みはまだ存在する。疼痛緩和薬そのものの副作用や精神的苦痛,社会的な苦痛,スピリチュアルな苦痛への対応なども必要であり,西洋医学と東洋医学の両方を駆使する統合医療的アプローチが求められる」と述べた。

望まれる全人的アプローチ

 1986年に発表された世界保健機関(WHO)の3段階ラダーは,専門医でなくとも施行可能で,疼痛管理に劇的な変化をもたらした。現在のがん性疼痛治療は,このWHOラダーを基本としており,その中心となるのがモルヒネに代表される強オピオイドである。

 鎮痛補助薬としては,(1)抗痙攣薬(2)抗うつ薬(3)抗不整脈薬(4)N-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)受容体拮抗薬(5)ステロイド(6)その他(漢方など)―があり,非薬物療法としては,(1)神経ブロック(2)支持療法(3)認知行動療法(4)理学療法(5)経皮的末梢神経電気刺激(TENS)(6)鍼灸―などが用いられる。しかし,WHOラダー以外の治療法は,科学的根拠という点では臨床的検討が不十分なものもあり,このことは緩和医療という特殊性からやむをえない部分もあるが,今後は科学的な検討の推進も重要である。

 がん患者のQOLを考える場合,西洋医学のみで対処すると副作用の連鎖が生じ,解決の糸口がつかめなくなってしまうことがある。そういう場合,適応がある患者には東洋医学による支持療法が有用となる。さらに,緩和ケアを専門とする医師,精神科医,専任看護師,薬剤師,その他さまざまな医療従事者や宗教家・カウンセラーなども一体となった全人的なチーム医療が理想的な緩和医療と言える。

四肢の痺れに対する鍼灸の効果を検討

 現在の薬物治療は非常に効果的だが,モルヒネを使っても効きにくい筋緊張の痛みや神経障害性疼痛などもある。下山部長は「このような痛みには鍼灸がよい適応となる」と述べ,その利点として侵襲の少なさと緊張緩和効果を挙げた。

 同部長は,末梢神経障害による四肢(手足)の痺れに対する鍼灸治療の効果を検討する進行中の前向きオープン研究を紹介。この種の副作用はタキサン系抗がん薬治療を受ける乳がん患者によく見られる。鎮痛補助薬を2週間内服しても効果が認められない患者を対象に,痛みと痺れに対する鍼灸の有効性を visual analogue scale(VAS)で評価する同研究の最終成績はまだ集計されていないが,施術の回数が増えるごとにVAS値が改善する傾向が認められているという。

〜高濃度ビタミンC点滴療法〜
第 I /II相試験が国内外で進行中進行抑制やQOLの改善に期待高まる


 高濃度ビタミンC(VC;アスコルビン酸)点滴療法(IVC)は大量のVCを静注投与することによりがん細胞を死滅させる治療法であり,ここ数年関心が高まっている。国際統合医療教育センター(東京都)の柳澤厚生所長は,IVCの歴史的経緯を振り返りながら,この治療法の作用機序や位置付けを概説。「現在,複数の臨床試験が進行中であり,適応,投与量・投与期間,化学療法との併用方法の確立が望まれる」と述べた。

IVCの始まりと"失われた30年"

 1976年,Ewan CameronとLinus Paulingは,がんの補助療法として大量のVCを投与することで,末期がん患者の生存期間が延長すると発表した1)。これは VCを10g,10日間点滴投与し,その後は経口で長期間服用した末期がん患者100例と対照群1,000例を比較した試験で,VC投与群の平均生存期間(210日)が対照群(50日)より4.2倍延長したという画期的な報告であった。その後,Paulingらは同様の方法で6倍延長という結果も発表したが,79年にメイヨー医科大学のグループから,進行がんに対するVC大量投与の効果を否定する論文が発表されて以来2),IVCの研究はほとんど行われなくなった。

 しかし柳澤所長は,PaulingらはVC 10gを10日間点滴投与した後,さらに大量のVCを可能な限り服用させたのに対し,メイヨーのグループは2か月間経口服用しただけであると指摘。「2件の試験のプロトコルは全く異なり,メイヨーの論文をもってがんに対するIVCの効果が否定されたのはIVCの研究者にとって不幸な出来事であった」と述べた。

 2005年になり,薬理学的高濃度のアスコルビン酸ががん細胞を殺すという論文が米国立衛生研究所(NIH)などから発表され3),IVC は見直されるようになってきた。

過酸化水素ががん細胞を攻撃

 がんに対するVCの作用機序は,2007年になってようやく解明された4)。VCは生体内で過酸化水素(H2O2)を生成するが,血管内ではカタラーゼにより水と酸素に分解される。一方,がん細胞に侵入したH2O2は,DNA およびミトコンドリアを傷害し,がん細胞を死に至らしめる。2008年に発表された進行がんに対するIVCの第 I 相試験では,最高で1.5g/kg(体重60kgの人で90g)までの安全性が報告されている5)。

 現在,IVC単独では第 I 相試験 (末期固形がん/Cancer Treatment in America Group;進行がん/マギル大学)と第II相試験(悪性リンパ腫/トーマス・ジェファーソン大学)が行われており,IVC+化学療法についても,東海大学血液腫瘍内科をはじめ国内外の施設で第 I 相試験と第II相試験が進行中である。

 また,少数ではあるが,奏効例が米国,カナダ,韓国などから報告されており,柳澤所長の自験例でも悪性リンパ腫や乳がんの肺転移例で腫瘍消失例があるという。

 現在のIVCプロトコルを確立したのはHugh D. Riordan博士であり,"Riordan IVC Protocol"と呼ばれている。VC 15〜100gを30〜200分程度かけて点滴投与するものだが,柳澤所長は「これは栄養療法の用量ではない」と注意を促した。禁忌は,G6PD欠損症,高度腎不全,活動性心不全である。

 最後に,同所長は「ようやく注目され始めた治療法ではあるが,既に国内約300施設で補助療法として行われている。放射線や化学療法との併用を含めた今後の発展に期待したい」と述べた。

* 1)Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS) 1976; 73: 3685-3689.
* 2)New England Journal of Medicine 1979; 301: 687-690.
* 3)PNAS 2005; 102: 13604-13609.
* 4)PNAS 2007; 104: 8749-8754.
* 5)Ann Onc, Advance Access (July 25, 2008)

メディカルトリビューン 2010年1月14日

医師は,死に対する"心"を涵養しつつ地域の実情に合った医療・介護システムの構築を
新春対談
唐澤人    日本医師会会長
羽田澄子氏 1926年生まれ.フリーの記録映画作家


 新春に当たり,今回は,記録映画監督として,『痴呆性老人の世界』などの作品を通して,高齢者医療や終末期医療などに関しても,さまざまな問題提起をしてこられた羽田澄子氏を迎え,世界に類を見ない少子高齢社会を迎えた日本の医療・介護・福祉が抱える問題点と進むべき方向性等について語っていただいた.

 唐澤 近年,高齢化が進み,医療や介護の必要な方が増える一方で,看取りについても医療界の問題かと思っています.私ども医療担当者は,医学・医術の進歩による卓越した医療技術という"技"をもって奉仕することが大事ですが,最近,全人的な医療の必要性も感じています.

 しかし,医療あるいは医師側からの従来の考え方では対応しきれない高い壁もあります.そこで,羽田先生が映画を通して示されている,医療や介護についてのお考えを伺いたいと思います.

 羽田 最初にお断りしておきたいのですが,私は医学・医療の専門家ではなく,普通に暮らしている人間として自分が感じた矛盾や問題を,私の専門である映画を通して問題提起してきました.ですから,全く素人の視点での話,ある意味で普通の人間の率直な意見ということでご了解いただければと思います.
 
 唐澤 はい.そういう視点から言っていただくのが大事だと思っています.ところで,お正月が来るといろいろなことを思い出しますが,私は昭和17年生まれですので,終戦後で3〜4歳だったのですが,先生は,何かお正月の思い出がありますか.

 羽田 私は大正15年,旧満州の大連生まれで,会長より大分年上なものですから,強く印象に残っているのは,戦前の小学校から女学校時代,家が旅順にあった頃の豊かなお正月のことです.母がお重に詰める日本のお節料理とは別に,家の近くの中国料理店に注文し持ってきてもらう,大きなお皿にいろいろな料理がセットされたお正月料理のおいしさが非常に印象に残っています.それに,今とは違い,知り合いや隣近所にお年始のごあいさつ回りをするという風習がありました.

 当時は,女の子は着物を着せられていたのですが,母が結構ハイカラな人で,決して着物をつくってくれず,お正月は一番いい洋服を着て,お客様が見えるのを待って,おいしいごちそうをいただくのがとても楽しみでしたね.

 唐澤 確かに,お正月になると親類縁者や日頃付き合いのある人が集まって,にぎやかに過ごした時代がありましたが,最近は,家族だけで三が日を過ごす家庭が多くなったようですね.昔は,お年玉をもらったり…….カルタ取りや福笑い.男の子は,たこ揚げやすごろく.

 羽田 そう,お年玉をもらい,カルタ取りやすごろく,羽根つきもしましたね.

 唐澤 今は,お正月ならではの遊びや風習を,あまり見かけなくなりました.しかし,大陸は少し奥に入ると大変な寒波に襲われるそうですから,寒かったでしょうね.

 羽田 南の方でしたから,暖かくて,いちばん寒くても零下10度ぐらいでした.

 唐澤 元気で活発なお嬢さんでいらしたのですか.

 羽田 いえ,私はあまり丈夫ではなく,体操とかスポーツは至って苦手で,それほど活発ではありませんでした.

 唐澤 学生時代は,日本で過ごされたのですね.

 羽田 そうです.自由学園に入り,家が大連だったので,3年間寮に入っていました.

 唐澤 学生時代や岩波映画に入られた頃の思い出は何かありますか.

 羽田 学生時代は太平洋戦争真っただ中で,敗戦の年の卒業です.寮では食べ物がほとんどなく,ひどい生活をしていました.最後の一年間は学徒動員として中島飛行機製作所で零戦のエンジンをつくり,私は旋盤工でした.敗戦の年の三月,卒業式で空襲があり,記念写真もない時代でした.卒業後,大連の家まで,普通なら三泊四日のところを十日以上かけて,やっと帰りました.

 三年たって引き揚げて,本籍地の静岡で出版社に勤めたのですが,東京に出たくて,国会議事堂のすぐ脇にあったGHQのチャペルセンターに勤めました.その時,自由学園の恩師の羽仁説子先生が,私を岩波書店に引っ張ってくれたのです.

 当時,文字文化では岩波書店がトップでしたが,岩波茂雄氏の「これからは映像文化の時代に入る」という遺志を受けてつくられた,雪の研究で有名な北海道大学の中谷宇吉郎博士の研究室(岩波映画製作所の母体)に,スタッフに入らないかと声が掛かったのです.実は,映画はよく分からなかったのでお断りしたのですが,「本の編集はどうでしょう」と言われ,『岩波写真文庫』の編集スタッフとして,中谷宇吉郎研究室に入ったのです.

 当時中谷宇吉郎研究室には,写真の世界では非常に有名だった名取洋之助さんが岩波写真文庫編集長で,それと,私を誘ってくださった羽仁説子先生の息子さんで映画監督の羽仁進さんが,映画をやりたいということで入っておられました.

 最初は編集をしていたのですが,映画の部署が忙しくなり,そちらのスタッフに引っ張られ,やり出したらおもしろいものですから,映画の仕事をするようになったのが,この世界に入ったきっかけです.

 唐澤 私も映画のことは全く分かりませんが,映画をつくるのは大変だと思います.実は,岡本喜八監督,みね子御夫妻は,私の親の患者さんだった関係で,非常に親しくしてくれて,生田(いくた)の自宅へ行きますと,制作とか構想の途中なのか大変なご苦労をされているのが分かりましたから.

 羽田 私は,ドキュメンタリー映画で,岡本喜八さんは劇映画ですから,いろいろな点で違いがありますけれど,映画づくりは確かに大変ですよね.

医師本来の使命と終末期医療

 唐澤 先生がつくられた映画,『痴呆性老人の世界』『安心して老いるために』『終わりよければすべてよし』などは,われわれ医療界が今後考えていくべき,さまざまな問題を提起されています.しかし,これらの問題を乗り越えていくことは非常に難しいとも感じます.

 終末期医療では,生きるとか死ぬということは,その人の問題なのでしょうが,医療担当者としては,健康になって,もう一度復帰していただきたいというのが本来の使命であり,そのために自分の持てる知識や技術を提供するわけです.しかし,ご本人の考えよりも,使命だけを強調してやっていくのは,いかがかなとも言われており,その点は見直さなければならないと思っています.

 ただ,終末期医療でもホスピス医療でも,何か助ける道はないのかと徹底的に努力するのが医師の使命であり,最初からホスピス医療とか終末期医療に積極的に取り組むことは,「医療放棄」などと批判を浴びかねず,医師側としては,なかなか踏み切れない難しいところがあります.

 ドキュメンタリー映画は,恐らく許可は取られるのでしょうが,目の前に起こっている現実を映像化してつくられるわけで,いろいろなものが込められているはずですが,われわれは何を感じ取ったらいいのでしょうね.

 羽田 何を感じ取ったらいいかという質問は困りますね.その作品が訴えていることが問題であって,きちんと訴えられれば,きちんと感じてくださるわけですから,それは作品の問題であって見る方の問題ではないですよね.

 唐澤 確かに印象に残る映像は,全部頭に残っていますね.『赤ひげ』という作品も,本だと忘れてしまいますが,映画の映像だけは消えませんから,すごいですよね.

 羽田 おっしゃるように映像の力は非常に強くて,"百聞は一見にしかず"と言いますが,本をいっぱい読むよりも,パッと見た映像一つで分かってしまう.だから,ある意味で,映画をつくるというのは責任があると思います.

 今まで映画制作のなかで,どのくらい医療の仕事にかかわってきたか思い返してみましたら,岩波映画製作所が1964年に,日本医師会の企画で,『TV医学研究講座』というテレビ番組をつくったのですが,その時の会長は武見太郎先生でした.私は,当時,御茶ノ水の医師会館に伺って,武見先生が世の中で言われているほど怖い先生だとは知らずにお話ししていたのです.

 私がつくったのは,「脳出血」「神経症」「分裂症」など数本で,それが医学にかかわった最初です.1960年代の後半で,日本の医学がすごい勢いで進歩し,まさに医学に対する信頼感が高まるところでした.

 唐澤 昭和30年代からは,日本の経済が成長し,医学が急速に進歩した時代ですね.

 羽田 いくつか医学の番組をつくりながら,「なんて医学はすごいのだろう」と,大きな信頼感を持ったのです.それぞれの専門分野がものすごく進歩していく途中だったと思います.

 その後,全然違う仕事に入ったのですが,その医学に対して私が基本的な疑問を持ったのは,十年もたたない1972年,私の妹ががんで亡くなった時です.原発部位が卵巣にあり,腹腔内全体に転移していたことが解剖で分かりましたが,初めはお腹が腫れてしまい,何だか分からなかった.がんだということで入院し,数カ月で亡くなったのです.その時,最終的に痛みが非常にひどくなって…….

 唐澤 痛みがひどかったのですね.

 羽田 ええ.モルヒネを打ってくださるのですが,数時間でまた痛がるので,「何とかしてください」とお願いすると,「体に悪いからもう打てない」と言われるのです.私は驚き,痛みに対応する医療がないことを不思議に思いました.

 それから,最後に,もうだめかなと思った時に,私たち家族は部屋から出され,お医者さんがベッドに飛び乗って,妹の体を押しつけている.多分,心臓マッサージだと思うのですが,しばらくして,「ご家族の方,どうぞ」と言われて入ったら,妹は死んでいました.私は,その時,医療は人を生かすことに集中し,どうやっても生きなかったことで終わりになる思想しかないのだと思いました.

 人間はどんなことをしても死ぬ.そして医療は最も死に対応している学問であり,技術であるわけです.しかし,いくらやってもだめだったということでしか死を考えていないことに,非常に疑問を感じました.

 人間が死ぬ時に,最も身近に存在する医者が死について何も考えていないのはおかしいのではないかと思ったのです.でも,お医者さんは,尊敬すべき,何か怖い存在でもあり,そんなことを言える親しいお医者さんも身近にいなかったので,私はそれを飲み込んだまま,何十年も過ぎてしまったわけです.

 唐澤 がんの末期医療については,検討が重ねられ,日本医師会でも,『がん末期医療に関するケアのマニュアル』(平成元年9月15日発行)や『がん緩和ケアガイドブック』(平成20年3月発行)等の冊子を作成し,会員に配布するなどして,がん医療の水準の向上を図って努力をしているところです.

介護・福祉に対応するシステムの重要性

 羽田 その後,さまざまな傾向の作品をつくっていくなかで,私が再び医療に向かうきっかけとなったのが,『痴呆性老人の世界』という作品でした.

 今は「認知症」と言いますが,1982年当時の「痴呆症」には対応する薬もなく具体的な治療方法もない状況で,ある製薬会社から認知症に対する介護のあり方を考える学術映画をつくりたいという話が岩波映画に来たのです.それを私が担当することになり,監修者で,当時聖マリアンナ医科大学教授だった長谷川和夫先生が,「認知症に対して非常にすばらしい対応をしているから」と紹介してくださったのが,認知症の方が50人くらい入院している熊本のK病院でした.下見で10日,撮影で約1カ月いたのですが,私は,認知症がどんなものか全く知らなかったので,人間がこんなふうになってしまうと知り,本当にショックでした.院長の室伏君士先生は,「確かに認知症は治らないが,介護の仕方で状態は改善出来る」と言われ,介護をする人は,落ちていく知能ではなく,残っている情緒を見て対応しなさいというのが大原則でした.

 物忘れがひどくなり,自分が何をしたか忘れてしまった人は,「さっき言ったじゃないの」とか「また同じことを言って」と,家の人に悪いことの指摘しかされず,何度も怒られて,だんだん精神不安になり,異常行動が増えてくる.それで,手に負えなくなって病院にくるわけですが,K病院では,お医者さんも看護師さんも,お年寄りが何をやっても絶対に否定的な言葉を使わないのです.

 そこにいる人は何をやっても決して怒られない.怒られないということは,自分の存在は否定されていないということで,精神が落ち着いて穏やかに暮らせるようになる.ですから,知能は衰えてくるけれど,落ち着いて静かな終末を迎えることが出来るわけです.室伏先生は,「ここでは薬はほとんど使いません.早ければ1週間,遅くても1カ月,頑張ってそういう対応をしていれば,みんな落ち着いてきて,症状が改善される場合もあります」と言われました.それが分かるような映画を撮りたいとつくったのが,『痴呆性老人の世界』です.

 実は,この映画をあるお医者さんに見ていただいた時に,「一体どこの施設ですか.病院なのですか」と聞かれたので,「ええ,病院です」と答えたら,「病院なのに,何の治療もしていないじゃないか」と言われたのです.私は,ハッとしました.つまり,お医者さんの意識のなかでは,介護が治療に結び付いていない.なぜ介護を重要視しないのだろうと不審に思い,また,宿題で抱えたままになりました.

 当時,お年寄りや認知症の方を抱えて困っている家族はたくさんいたのですが,どうしていいか分からず,世間体もあって,みんな黙っていました.上映会には,家族など,大勢の人が見に来られました.つまり,封鎖されて社会問題になっていなかった認知症の問題が,この映画によってオープンになっていったのです.

 私は,全く想像もしていなかったのですが,上映会がきっかけとなって,「いつだれがなるか分からない.その時こういう介護が必要なら,福祉の問題として考えないといけないのではないか」という話し合いの場が,あちこちで起きてきたのです.逆に私がそこから勉強したのは,認知症への対応が分かるだけではどうにもならない,つまり,対応出来ない家族が大勢いるということでした.どこの地域でも,介護に対応出来るシステムが要ると痛感し,『安心して老いるために』という映画をつくることになったのです.

 実は,『痴呆性老人の世界』をつくった後,特別養護老人ホーム(特養)がもっと必要だと思ったのですが,そこでは必ずしも私が描いたような対応をしていない.社会が対応出来るようにと考えて,良い施設を探し歩いて見つけたのが,岐阜県池田町のサンビレッジ新生苑で,『安心して老いるために』は,すべて池田町で取材することになりました.

 その頃は,どこの特養も封鎖的で,玄関や認知症のお年寄りがいる所は必ず閉まっているのです.閉めると可哀想ということで,新しい設計の特養のなかには,廊下がぐるぐる回れるようになっていて,認知症のお年寄りが同じ所を1日中歩いているという施設もありました.

 唐澤 現在,多くの痴呆対応の病棟は外へ出られず,ぐるぐる回る回廊になっていますね.

 羽田 そうです.それを見て悲惨な気持ちになりました.ところが,サンビレッジ新生苑では,玄関もデイルームのベランダの戸も開いていて,認知症で徘回する人は出て行ってしまう.すると,徘回する人ごとに"徘回専門パート"というアルバイトの担当者がいて,ずっと一緒に歩いて,くたびれた頃帰ってくる.K病院より一歩進んだ対応をしていたのです.

 さらに,当時,福祉が進んでいると言われていた,アメリカやスウェーデンなどの福祉先進国に行こうと考えました.アメリカは,老人が住むすばらしい地域が出来ていたのですが,その地域だけでしたので,国全体として対応していたスウェーデンに行って取材したわけです.

 唐澤 福祉先進国としては,北欧のスウェーデンやデンマークが有名ですね.

 羽田 ええ,デンマークは認知症の人は病院に入院させている状況でしたが,スウェーデンではモタラという所でグループホームが成功したと話題になっていました.映像で日本にグループホームが紹介されたのは,『安心して老いるために』が最初だと思います.まだ日本では,「グループホーム」という言葉がなく,私は映画のなかで「グループハウス」と言っていますが.

 実は,グループホームを取材して,とてもうれしかったのです.というのは,K病院では,あれだけ落ち着いているのに,夕方になると,みんな「そろそろ家に帰ります」と言ってナースの所に来る.自分が家にいるとはだれも思っていない.どうしたらいいのだろうと考えていました.

 それが,モタラのグループホームでは,みんな自分の家にいると思って落ち着いているのです.日本とはけた違いに多いスタッフが家族として対応し,台所で料理をつくったり,みんなで一緒に食事をしたりと,家庭的な雰囲気をつくり上げていて,認知症の人にはこういう対応が必要なのだと強く感じました.

 1990年に『安心して老いるために』が完成する数カ月前に,厚生省(当時)が「高齢者保健福祉推進十カ年戦略(ゴールドプラン)」を発表し,それと前後する形でしたので,多くの方が見てくださいました.

終末期医療で問われる医師の"心"

 唐澤 認知症の方の介護から,福祉システムのあり方へと,「老いを支える」というテーマの作品をつくってこられたわけですね.そして,『終わりよければ すべてよし』をつくられた…….

 羽田 はい.そのうち,ほとんどの人が終末期には病院に運ばれていた特養のサンビレッジ新生苑に,緩和ケアに対応出来る医師が常駐するようになって,80%の人が施設で最期を迎えるようになり好評だというのです.その頃には緩和ケア病棟が出来て,がんの終末期についても問題になっていました.

 そして,富山県の射水市民病院で人工呼吸器を外したために患者が亡くなったということで病院長が謝罪会見をしたとの報道を見て,私がずっと抱えていた医療に対する不信感のようなものが表立って問題視され,話し合っていい雰囲気が出来てきたなと感じました.これがきっかけでつくったのが,『終わりよければ すべてよし』です.それまでは,人間の死についてあれこれ言うのは僣越ではないか,知識もないし,ものが言えないという感じでしたが,私も80を越したから,何を言われてもいいという気になってつくったのです.

 先ほど,会長のお話を伺って,お医者さんは,責任を負わされ,何かあったら訴訟を起こされるのですから,やれるところまでやろうと考えるのは当然ではないかと思いますが,やはり,医学,医療が死をどうとらえるかということを,教育しなければいけないと思うのです.

 これは教育だけで済む問題ではなく,お医者さん一人ひとりの決意というか,思想の問題です.はっきりした思想をきちんと持っているお医者さんであれば,患者さんは納得するし,たとえ訴訟が起きたとしても,対応出来るのではないかと思います.そういうことを考えて欲しいと思ってつくったのが,この映画なのです.

 唐澤 今の先生のお話に,今後,日本の医療・介護に求められることが全部現れているように思います.世の中が動かなければいけないと思いますし,医師には,やはり教育が大事なのですが,どうも抜けていますね.

 ホスピスや緩和ケアなど終末期に医療提供をする場合は,知識,書物,哲学,倫理だけでなく,宗教など何か心を支えるものがないと無理だろうと思います.

 これからは,われわれ医師の専門団体としても,ここを出発点として生かしていきたいと思います.インフルエンザのワクチン接種などにおける"ブースター効果"ではありませんが,決意とか志といったものが,最後は誓いのようなものになって広まれば,大きな力になっていきます.

 医療においては,学問や医療技術も大事だけれども,死に対する"心"を培うことの重要性を先生にご指摘いただいたような気がします.

 羽田 私などが言うのは僣越ですけれども,本当に一人の患者として,お医者さんに期待することです.

 唐澤 そのとおりだと思います.私も,一昨年に脳外科,8年くらい前に消化器で2回の手術を受けています.顧みて自分が医療を受ける患者という立場になると,複雑なものがありますね.

 しかし,みんなの気持ちを大きく動かすというのは大変なことですが,映画は,映像が気持ちを広げていきますから,そういう点はいいですね.
 羽田 そうです.『痴呆性老人の世界』をつくった時の反響を見て,「ああ,映像の仕事をしていて本当によかった」と思いました.

 唐澤 これから800万人といわれる団塊の世代も高齢者といわれる年代に達し,看取りや介護が必要となってきます.さらに,認知症の方も増加してきますから,世の中がどう対応していくかは大きな問題です.もう政治とか政局だけの時代ではないということを,国民の皆さんにも何とか気付いて欲しいのです.

 私はいつも,「地域の皆さんが気付いて取り組んでくれないといけない」と話しているのですが,まだ認知症とか精神障害といった方々に対して地域社会の思いは向いていないのが実情ですね.

 羽田 そうですね.でも,『痴呆性老人の世界』をつくった時から見たら,認知症問題への認識は非常に広がってきたように思います.

 今では,呆けたと言っても,そう不思議がらない時代になりましたからね.

 唐澤 脳血管性の認知症は防げるかも知れませんし,それは医学的な大きな命題です.

 しかし,発症された方をどうするかということも大事で,認知症に限らず,われわれ医療者が,地域の医師会等を中心にして,国民のニーズに応えられるような,地域の実情に合った医療・介護システムの構築を推進していくべきだと考えているのです.

 医療・介護・福祉の分野で,どのような役割を果たしていくか,今,問われているのではないかと思います.
 本日は本当に,ありがとうございました.

日医ニュース 2010年1月20日

第22回日本総合病院精神医学会
取り組み進むがん患者の心のケアに期待
 がん診療連携拠点病院における緩和ケアチームの設置が必須となり,緩和ケアと並んで"心のケア(精神腫瘍学)"が注目されるようになってきた。大阪市で開かれた第22回日本総合病院精神医学会のシンポジウム「緩和ケアと精神腫瘍学の目指すもの」では,がん患者が呈するさまざまな精神症状や心理状態について,がん医療の現場の最前線で心のケアに携わる精神科医からの報告が行われた。

心理社会的介入法の開発が進む

 がん臨床におけるさまざまな心理側面の問題について言及した名古屋市立大学大学院精神・認知・行動医学の明智龍男准教授は,がん患者ではあらゆる時期に多彩な精神症状や心理状態が認められると概説。そうしたがん患者の個々の精神症状や心理状態に対して,なんらかの介入が必要となってきており,現在は心理社会的介入法の開発が進んでいることを報告した。

 明智准教授によると,精神医学的診断の観点からは,がん患者は全病期において約半数になんらかの精神症状が見られ,特に不安,抑うつの頻度が高いことが示されている。がんと共存しながら生きる「がんサバイバー」においても,再発・転移の不安,すなわち"再発不安"の頻度は高い。

 また多くの疫学研究において,がん患者は一般人口に比べて自殺率が約2倍程度,有意に高く,特に進行がんの患者で診断後数か月以内の自殺が最も多いことが共通して示されている。最近の緩和医療の現場では,終末期がん患者において多く認められる「実存的苦痛(Psycho-existential suffering)」(自己の存在と意味の消滅に起因して生じる苦痛)に関心が高く,その検討も進んでいる。

 また同准教授は,抗がん薬投与に関連して発現する特殊な嘔気・嘔吐として,催吐作用の強い抗がん薬を繰り返し投与されている患者では「予期悪心・嘔吐」が約30%に認められると報告。点滴室に入ったり,点滴ボトルを見たり,注射の前にアルコール消毒をされただけで悪心,嘔吐を来すことがあるという。

 こうしたがん患者の再発不安や実存的苦痛などに対しては,国際的にも標準治療法が確立されているわけではない。現在わが国では,特に厚生労働省の研究班が中心となり,再発不安に対しては「問題解決療法」,実存的苦痛に対しては「ディグニティセラピー」の開発が進められているという。

 問題解決療法は,問題が解決すれば精神症状が改善するというシンプルなモデルで,「問題解決技法(5ステップ)」で対応可能という考えのもとに治療マニュアルが作成されており,実際に術後の乳がん患者に対して適用した結果,精神症状が改善したことが示されている。

 ディグニティセラピーは,進行・終末期がん患者の実存的苦痛を緩和し,患者の個としての尊厳を維持するための治療で,9つの質問プロトコルに基づく面接(30〜60分を3,4回)を録音後,文書化したうえで患者と共同作業で編集を行う。

 同准教授は,こうしたがん患者に対するさまざまな精神症状,心理状態に対して新たな心理社会的介入法の開発が望まれていることを指摘した。

がん医療に精通した精神科医が必要

 がん患者はさまざまな精神症状を呈することが多い。埼玉医科大学国際医療センター精神腫瘍科の大西秀樹教授は,がん患者の精神症状は治療および日常生活のさまざまな面に負の影響を及ぼすことを指摘し,がん医療やがん患者およびその家族の心理などに精通した精神科医の診療の必要性を強調した。

登録精神腫瘍医制度もスタート

 大西教授は,がん患者にとって精神症状は"苦痛"であると指摘し,「がん患者は,化学療法よりも,うつ病のほうが苦しいと言う」と述べた。また,がん患者の約9割は術後化学療法を受けているが,抑うつ症状を呈するがん患者では,約5割しか術後化学療法を受けていないなどの報告があり,意思決定障害やQOLの低下,さらに家族の精神的苦痛や自殺など,さまざまながん医療に及ぼす精神症状の負の影響があると概説した。

 そのうえで同教授は,がん医療やがん患者の心理,精神医学的な問題に精通した精神科医による診療の必要性を強調した。

 また,がん患者の家族は自分の苦悩を訴えてはいけないと考え,家族の苦悩は過小評価される傾向があるが,がん患者の家族は"第2の患者"と言われており,治療とケアの対象であると指摘。がん医療に従事する精神科医は,がん患者の家族の心理にも精通する必要があるとした。

 同教授自身は既に,多くのがん患者,家族の診療を行っているが,たくさんの診療を行うなかで見えてくるものがあり,それを還元することで,精神医療全体の発展に寄与できると考えているという。

 最近になり,"サイコオンコロジー(精神腫瘍学)"という学問が注目されるようになった。日本サイコオンコロジー学会では,本年度から「登録精神腫瘍医」制度を開始し,ホームページ(http://jpos-society.org/)上で登録精神腫瘍医が公開される予定である。同教授は,がん医療における精神腫瘍医の必要性を強調した。

進行がん患者の大うつ病に対する薬物療法アルゴリズムを概説

 がん患者に合併するうつ病と適応障害は,一般人口に比べて有病率が高く,治療に当たってはがんの病状,治療を考慮した対応が必要になる。国立がんセンター中央病院(東京都)精神腫瘍科の清水研氏は,がん患者に合併するうつ病,適応障害の診断,特徴,介入法の実際などについて概説した。

医療チームの連携した対応も重要

 清水氏によると,同院ではがん患者のうつ病の診断については,特別な診断基準が用いられているわけではなく,米国精神医学会による精神疾患の分類と診断の手引き第4版(DSM-IV)が用いられている。しかし,同診断基準にある「睡眠障害」,「食欲低下」,「思考・集中力低下」,「倦怠感」といった症状はがんによる症状との区別が難しい。例えば,胃がんが進行すると,がんの症状として食欲低下が生じることもある。同氏は「うつ病の診断基準に含まれるこれらの症状をどのように評価していくかは,われわれが常に悩むところだ」と述べた。

 そのため,がん患者のうつ病診断法として,DSM-IVの診断基準のみに捕らわれない包括的診断(がんの症状による可能性があっても包括する),除外的診断(がんの症状による可能性がある症状は基準から外す),代替的診断(がんの症状に関連する可能性がある場合は代替基準を採用する)などいくつかのアプローチ法が推奨されている。どのアプローチ法も絶対的に正しいというものではないが,現在は「過大評価するより過小評価してうつ病を見逃してしまうことのデメリットのほうが大きい」というのが臨床でほぼ得られているコンセンサスであり,包括的診断が用いられることが多いという。

 また,うつ病に対する薬物療法を行う場合には,がん患者に既に出現している症状などを考えながら,抗うつ薬の選択を行う必要がある。同氏は,同センターでは進行がん患者の大うつ病に対する薬物療法のアルゴリズムを作成していると報告した。大うつ病の重症度評価で中等度から重症,あるいは軽症でもベンゾジアゼピン系抗不安薬のアルプラゾラム投与で無効な場合には,一般的な抗うつ薬が用いられるが,がん患者の個々の副作用プロフィールによって使い分けられている。例えば,抗がん薬を投与していて吐き気で苦しんでいるがん患者に,さらに吐き気のリスクのある選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)やセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)を投与することはリスクが高いと考えられている。

 また同氏らは,同院精神腫瘍科に紹介され,DSM-IVにより大うつ病と診断された症例のうち,精神科紹介後3か月以内に死亡が確認された20例を対象に,終末期がん患者のうつ病に対する精神科介入の有効性を予備的に検討した。その結果,予後1か月以内であった9例中8例は,抗うつ薬投与による症状改善は認められなかった。同氏は「予後1か月以内のがん患者に抗うつ薬を投与するメリットがあるのか。むしろ副作用だけが先に出てしまうのではないか」と指摘。終末期がん患者のうつ病については,あえて抗うつ薬は投与せず,倦怠感についてはステロイドを投与するなど,おもに症状を緩和することで対応していくのがよいのではないかとした。

 さらに同氏は,がん患者のうつ病の特徴として,疼痛などの身体症状の緩和や社会的問題(家族のサポートの低下など),実存的苦痛が関連しているとされていると指摘。これらの関連要因を含めたトータルなケアが必要であり,医療チームの連携した対応も重要であると強調した。

せん妄治療はがん罹患の特性を理解した支持的ケアを

 せん妄は,がん患者が緩和ケア病棟に入院する時点で約半数,死の直前には約8割に見られる。名古屋市立大学大学院精神・認知・行動医学の奥山徹講師は,がん患者におけるせん妄治療について,せん妄以外にもさまざまな苦痛を有していることを配慮し,支持的な対応が必要であることを指摘した。

オピオイド関連のせん妄への対応にも習熟を

 奥山講師は,がん患者におけるせん妄治療ではまず,がん罹患の特性をよく理解してケアに当たることが重要であることを強調した。すなわち,がんの経過,家族構成,生活歴,病状説明内容などの十分な把握が必要であり,せん妄の治療だけでなく,患者,家族への支持的なケアが必要であることを指摘した。
 またせん妄は,疼痛治療に対して頻用されるオピオイドに関連して生じることも多いが,痛みとせん妄の緩和の両立は難しいことも多い。せん妄となることで疼痛評価が困難になることもあり,難しい判断が迫られることも多いため,精神科医も痛みの治療,オピオイドの使い方に関する基本的知識を習得する必要があるとした。

 終末期がん患者におけるせん妄は頻度が高いうえに,非可逆的で治療反応性に乏しいことも多い。医療としてのゴールが不明瞭なことも多く,どの時点でせん妄の治療から深い持続的鎮静に移行するのかという問題もある。同講師は「身体的側面や患者およびその家族の意向を念頭に,医療としての最善のゴールを考え,包括的な視点からケアに当たる必要がある」と述べ,医療チームと情報,医療のゴール,その優先順位などを共有し,連携することが重要であることを強調した。

包括的ケアを提供する専門緩和ケアチームの育成を

 がん診療連携拠点病院(以下,拠点病院)における緩和ケアチームの設置が,2007年4月に義務化された。国立がんセンター東病院(千葉県)臨床開発センター精神腫瘍学開発部の小川朝生室長は,緩和ケアチームにおいて精神科医は,精神症状と心理社会的問題を合わせた評価と治療を行うことが求められていることを報告し,包括的なケアを提供する専門的緩和ケアチームの育成の必要性を強調した。

がん医療における精神保健専門家を支援する体制を

 小川室長は,コンサルテーション・リエゾン精神医療(臨床各科で見られる精神症状の診療)における精神科医の役割と,専門的緩和ケアチームにおける精神腫瘍医としての役割について比較し,前者では精神症状の緩和が求められるのに対し,後者では包括的な症状の緩和,すなわち精神症状だけでなく医療スタッフ,家族を含めた対応が求められると指摘。またコンサルテーション・リエゾン精神医療では,治療に関して時間の束縛は少なく,ある程度身体治療と独立した対応が基本的になされるが,専門的緩和ケアチームでは,がん治療の段階を踏まえた対応が必要で時間の制限もあり,見通しを立てた対応が求められると述べた。

 日本緩和医療学会が2008年に行った「がん診療連携拠点病院の緩和ケア及び相談支援センターに関する調査」の結果によると,拠点病院での緩和ケアチームの平均依頼件数は1か月間で平均4.5件,35%の施設は3か月間で依頼件数が10件未満であった。また日本緩和医療学会に所属している医師は 76%で,日本サイコオンコロジー学会に所属している医師は28%,看護師が認定または専門看護師であったのは57%であった。

 同室長は,わが国における緩和ケアチームが抱える問題点として,メンバーのほとんどが兼任で,勤務時間内の活動が確保されていない(個人のボランティア)ため研修機会が不足しており,過度に個人の能力・意欲に依存している面があることを指摘。また組織内の位置付けが不明確で,活動が体系化されていないことなどを挙げた。

 精神腫瘍学は比較的新しい学問であり,わが国の精神腫瘍医はまだ非常に少ない。多忙な現場で臨床の最前線に立つ精神科医にとって,従来の業務に加えて緩和ケアチームの運営に加わる負担は大きい。同室長は,一般診療においては精神症状の対応がほとんどなされておらず,看護師,医療ソーシャルワーカー,心理職への精神医学的教育もほとんど行われていないなど,現状での課題は多いとして,がん医療における精神保健専門家を支援する体制や育成の必要性,また精神保健専門家とプライマリケア・チームの連携システムの構築の必要性などを提唱した。

メディカルトリビューン 2010年1月28日

死のにおいをかぎつけ50人の入院患者をみとった「死を予知する猫」
 ロードアイランド州のホスピスで飼われている猫のオスカーは、普段は人に懐かず病院内を気ままにさまよっているのですが、入院患者が死にひんした最後の数時間だけは、まるで見張っているかのようにその患者のそばを離れないそうです。

 これまでに50人の患者をみとり、末期患者の死のタイミングを「予知」する能力は病院のスタッフより正確かもしれないとのことで、オスカーが患者のベッドに飛び乗ると、病院から患者の家族へ連絡するようにまでなっています。

 詳細は以下から。

 Cat predicts 50 deaths in RI nursing home - Telegraph

 現在5歳のオスカーは、子猫のときに重度の認知症の患者をケアするロードアイランド州プロビデンスのSteere House Nursing and Rehabilitation Centreに引き取られました。

 オスカーは普段は病室から病室へと歩きまわり、1人の患者のそばにずっと居るということはないのですが、死の数時間前だけはその患者のそばを離れません。死にかけている患者の病室から閉め出されたときにはドアをひっかいて中に入ろうとします。

 オスカーの「予知能力」は時に病院のスタッフより正確です。あるとき、看護士らが「余命わずか」と感じていた患者のベッドにオスカーを載せたところ、オスカーはすごい勢いで飛び出してほかの病室へ行き、その病室の患者のそばに座りました。オスカーが駆け込んだ病室の患者はその夜のうちに息を引き取り、看護士が余命数時間と考えていた方の患者はその後2日間もったとのことです。

 病院にはオスカーのほかに5匹の猫がいますが、このような「予知能力」を見せるのはオスカーのみとのこと。

 ブラウン大学准教授で老人病専門医のDavid Dosa博士は、2007年にNew England Journal of Medicine誌にオスカーの「予知能力」について執筆しました。それ以後もめったに外れることなく患者の死を予知し続け、Dosa博士はこれは偶然ではないと確信しています。

 今ではDosa博士や病院のほかのスタッフらは、オスカーがベッドに飛び乗り患者に添い寝をすると、その患者の家族に知らせることにしているようです。

「いつものようにブラブラせず、2分ほど病室から滑り出してどこかで何かを食べると、また患者のそばに戻ってきます。寝ずの番をしているかのようです」と Dosa博士。

 オスカーについて書かれたDosa博士の著書「Making rounds with Oscar: the extraordinary gift of an ordinary cat」ではオスカーの行動について確固たる科学的な説明は提供されませんが、「ガンのにおいをかぐことができるとされる犬のように、オスカーは細胞が死ぬときの独特なにおいを発するケトンをかぎわけることができるのではないか」と示唆されています。

「死をかぎつける猫」というと不吉な感じがするかもしれませんが、患者の家族や友人はオスカーを不気味がることはなく、患者の最期にオスカーがそこに居てくれることに感謝し、時に新聞の死亡広告などでもオスカーを称賛するそうです。

「人々は大切な人が息を引き取る時にオスカーがそこに居ること、自分がその場に居られなかったとしてもオスカーがそこに居てくれたということに大きな慰めを見いだしています」とDosa博士は語っています。

 なお、この不思議な猫のオスカーについてのDosa博士の著書は「オスカー――天国への旅立ちを知らせる猫」として2010年2月19日に早川書房から日本語訳が刊行されるそうです。

Web gigazine.net 2010年2月3日

第10回日本クリニカルパス学会 円滑な地域連携パスの運用法を考察
 整備が進む地域連携クリニカルパスだが,脳卒中と大腿骨頸部骨折の「一方向型」やがん,糖尿病などの「双方向(=循環)型」,「在宅支援型」と形は多岐にわたる。岐阜市で開かれた第10回日本クリニカルパス学会〔会長=松波総合病院(岐阜県)・松波和寿副院長〕のパネルディスカッション「地域連携パスの光と影」〔オーガナイザー=若草第一病院(大阪府)・山中英治院長,黒部市民病院(富山県)関節スポーツ外科・今田光一部長〕では,円滑な地域連携パスの運用法を検討した。

がん診療におけるパスの在り方

 がん対策基本法の制定で地域連携パスへの期待は大きく膨らんだ。パスの運用にはかかりつけ医とがん拠点病院の連携が不可欠だが,ことがん診療ではかかりつけ医を持たない患者がほとんどである。愛知県がんセンター中央病院胸部外科の伊藤志門医長は,肺がん領域における地域連携パスの在り方を検討した。

検討すべき緩和医療の取り扱い

 2006(平成18)年成立のがん対策基本法では,都道府県にがん対策推進基本計画の策定を求め,肺,乳,大腸,胃,肝臓の5大がんで12年度までに地域連携パスの整備を義務付けた。愛知県では2007年にがん対策推進計画を取りまとめ,5大がん連携協議会を設置し,各がん領域のワーキンググループを立ち上げた。

 同県でパスに参画するがん拠点病院は14施設。地域ごとにかかりつけ医と拠点病院のネットワークは異なるが,共通パスの使用を目標としている。しかし,愛知県を東西に分けると東の拠点病院は3施設と偏りがあり,統一パスのメリットにも差がある。加えて肺がん診療の特徴として外科手術や放射線治療を行う施設が限定され,拠点病院で完結するケースが100%近くを占めるという。

 伊藤医長は肺がんが予後不良で再発の可能性が高く,非専門医には敬遠されがちなため連携が困難と指摘。このため術後の I A・ I B期と比較的軽い症例を対象に連携パスの運用を考えている。パスではおもに術後経過観察と術後テガフール・ウラシル配合薬(UFT)投与を扱うが,同医長は「再発緩和ケアにも対応できるパスが求められている」と述べた。提供パスには患者用と医療者用の共同診療計画書,データ記入シートや患者カルテ「結い日記」が作成され,5大がんのホームページを立ち上げて情報を共有,更新している。

 同医長は,本来は連携のなかで連携パスの導入を考えるべきだが,最初から「導入ありき」で進められていること,パス管理やデータ集計,管理者が定まっていないことを問題点に挙げた。また,がん連携パスは「アウトカムが良好な脳卒中や大腿骨頸部骨折と違い,アウトカムを明言しにくい緩和医療をどう組み込むのかが課題である」とまとめた。

連携実務者のネットワーク充実が鍵

 がん対策基本法の成立に伴い,がん診療連携拠点病院は2012年4月までに5大がんの地域連携パスを整備しなければならない。東京女子医科大学病院地域連携室の下村裕見子氏は,連携実務者のネットワークは全国的に広がりつつあるが,連携推進の問題解決には,連携調整部門のさらなる充実が必要と指摘した。

情報とノウハウの共有を

 わが国のがん死亡数は2005年で32万人強,死亡者全体の3割にのぼり,患者総数は142万人とされる。下村氏はがん医療連携を考える場合,3 つのフェーズがあると説明した。(1)がん発見から急性期治療までの「紹介:診病連携」(2)急性期治療後のフォローアップを主眼とした外来診療ベースの「逆紹介:病診連携」(3)最後に終末期,介護が必要になったときの入院病床にかわる「在宅医療」−であり,各地域で作成されるがん地域連携クリティカルパスの目的の大半は(1)と(2)にある。

 同氏は,高齢化や医学の進歩によりがん医療は安定期にかかわるウエートが大きくなっているとした。これまで行われてきたがん医療を振り返り,1病院での治療完結型で病院医師に自分で診たいという傾向があり,2次医療圏にがん患者の受け入れ可能な診療所が少なく,患者家族の病診連携への理解が低いことが問題との調査結果もあったという。

 2009年現在,全国で運用されている地域連携パスは63あり,1,320人の患者がパスによる医療を受けている。同氏らががん診療で連携する難しさ(複数回答)を尋ねたところ,「地域ネットワークの未成熟」を原因とする声が110人と最も多かった。そのほか,「在宅医療の未成熟」(70人)や「連携先データベースの未成熟」(53人),「ホスピス施設の不足」(50人)など,ネットワークと安定期の受け皿が不十分なことがあらためて浮き彫りとなった。

 東京都連携実務者協議会では,年2回ほど実務者が情報交換する場を設けている。同氏は「連携パス事務局のノウハウを協働することが不可欠。治療から維持期へと継続診療にかかわる連携を調整する人と機能を充実させ,直接的,間接的に医療者・患者家族を支えなければならない」と述べた。そのうえで「連携実務者がまず地域連携パスを理解することが必要」と訴えた。

パスの本質は地域医療の向上にあり

 地域連携クリニカルパスを導入するには医療者の連携や情報の受け渡し,コスト削減などさまざまな問題に直面する。しかし,国立病院機構長崎医療センター脳神経外科の高畠英昭氏は,パス導入の本質はバリアンス(不測事項)の検証を繰り返すことで地域医療の質を向上させることにあり,それ以外の事柄にとらわれて目的を見失うべきでないと訴えた。

目的と手段の峻別を明確に

 高畠氏は,人口約37万人の長崎県県央地域(諫早市,大村市,対馬や五島などの離島)のリハビリテーション連絡協議会で,作業部会長として脳卒中パスの作成を進めてきた。重視したのは機能障害を改善,軽減,回復させること。同氏は「医療者同士のコミュニケーションや情報のやり取り,在院期間の短縮などは手段にすぎず,それにとらわれてはパスの本質を見失う」と指摘した。

 パス作成で問題だったのは,脳卒中の病態や症状,治療法は必ずしも均一でなく,一定の達成目標を設けることが困難だったことだという。パスの本質である地域医療の質向上と改善には,目標となる具体的なアウトカムの設定が必要であり,そのために適用・除外基準を設けた。

 同作業部会では,当初,脳梗塞と脳出血で回復期入院を経て自宅退院が見込める中等症に絞りパス運用を開始した。終了したパスは長崎県央保健所内にある事務局で一括管理され,バリアンスの解析が行われた。

 その結果,回復期入院1か月目には25例中13例,回復期退院時は25例中19例にバリアンスがあった。解析結果に基づき,すべての脳卒中が対象の地域連携パスが作成された。

 同氏は,地域連携パスの意義について「検証作業を繰り返し,地域全体でアウトカム・マネジメントを行うことで,どの病院に入院しても質の高い医療を安心して受けられる体制を構築できる」と述べた。

開業医の負担減らすパスを検討

 地域連携パスの普及は,いかに無理なく導入でき,負担感を増やさずに運用できるかが課題となっている。北美原クリニック(北海道)の岡田晋吾理事長は,実際に運用している複数の地域連携パスを示しながら,開業医の負担軽減が導入成功の鍵になると論じた。

参考にすべきTS-1パスやMedIka

 岡田理事長は,パスに対する勤務医と開業医の理解不足が不満につながり,導入に消極的な姿勢になっていると指摘。「不満を持ったままでは効率も質も保証できない。パスをうまく利用することで効率と質が両立できると考えればよい」と述べた。

 対象疾患は,がんのほか経皮内視鏡的胃瘻造設術(PEG)や気管支喘息,糖尿病,肝炎などがあるとし,「開業医が連携パス成功のポイントになる」と強調した。開業医を取り巻く環境は厳しさを増しているが,「地域連携パスへの参加は,収入よりも負担が軽減し,患者や家族の喜びや地域の信頼が高まることにつながると考えるべき」と話した。

 有効な地域連携パスとして同クリニックで導入するテガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合カプセル剤(TS-1)パスを挙げた。病院の専門医や看護師,薬剤師の指導が受けられ,想定外の事態が起きると24時間対応で対処できるという。同理事長は経過中の見落としや検査の脱落などが防げる開業医のメリットと,急性期の医療に特化などができる病院のメリット,常に病状を把握してもらえているという患者のメリットがあり,円滑な運用が相乗効果を生み出すと説明した。

 地域医療連携ネットワークの「MedIka」では,検査や処方・医用画像データなど連携施設に診療情報提供書では伝えきれない情報を開示でき,電子カルテシステムとの組み合わせで現場に負担をかけない情報公開が実現できると紹介した。同理事長は「開業医の潜在能力を引き出し,モチベーションを高める地域連携ネットワークを練り上げなければならない」とまとめた。

メディカルトリビューン 2010年2月4日

新・がん50人の勇気
* 書店最新情報:新・がん50人の勇気 [著]柳田邦男
 出版社:文藝春秋  価格:¥ 1,680

* [評者]重松清(作家)


■まっすぐ向き合った姿 敬意込め

 がんで亡くなった人々の、死に臨む記録である。タイトルに「新」とあるとおり、1981年刊行の『ガン50人の勇気』の続編という位置付けなのだが、前作から約30年という歳月の流れは、日本人の死生観を問う柳田邦男さんの主題をさらに深化させてくれたようだ。

 前作・今作ともに、柳田さんはさまざまな人の〈豊かな死〉を描き出す。武満徹、山本七平、米原万里、乙羽信子、谷岡ヤスジ、本田美奈子……今作だけでも60人を超える死の先達のドラマは、それぞれ深い余韻を読み手の胸に残す。

 もちろん、心ならずも人生を途上で断ち切られてしまうのだから、無念はある。悲しさや悔しさもある。家族や仕事を案じる思いもあれば、後悔もある。だが柳田さんは、彼らがその思いをグッと呑(の)み込んで、まっすぐに死と向き合った姿を、敬意と共感を込めて描く。前作のあとがきにあるとおり、〈「別れの時」が迫ってきた場合においても、絶望でなく希望と勇気を、しっかりと手にし得る道があるのだということを示してくれた人々のことを、記録しておきたかった〉のである。

 さらに、前作と今作との間に流れた歳月は、死に臨む際の意識を変えた。病名や余命の告知が逡巡(しゅんじゅん)されていた時代に著された前作では、がんと知らずに亡くなった人の物語も多かった。それは裏返せば、真実を隠し通さなければならない家族の葛藤(かっとう)の物語でもあった。だが、今作では大半の人が告知を受け、家族と手を携えながら人生を締めくくっている。また、30年前には例外的な存在だった緩和ケアやホスピスが広まったことで、苦痛と闘うのではなく、家族とともに穏やかに人生を閉じる選択肢も生まれた。

 〈別れの時〉をどう迎えるかは、家族にとって最後の共同作業――だからこそ、〈希望と勇気〉も、家族全員で分かち合うものになった。柳田さんが紹介した数々の〈豊かな死〉は、読者がいずれ(誰もが、必ず!)死を迎える際のお手本であると同時に、せつなくも温かな家族の物語集でもあったのだ。


◇やなぎだ・くにお 36年生まれ。作家。『ガン回廊の朝』『生きなおす力』など。

朝日新聞 2010年2月6日

ビデオで脳腫瘍の治療法選択に変化 視聴後は延命治療敬遠・CPR拒否に
 マサチューセッツ総合病院(ボストン)内科のAngelo Volandes博士らは,脳腫瘍患者に末期患者の各種治療の様子を撮影したビデオ映像を視聴させ,その後の治療法の選択がどのように変化するかを調べた。その結果,ビデオ視聴後は緩和ケアのみを選択し,心肺蘇生(CPR)を拒否する傾向が認められた。
 
人生の最後を静かに過ごす選択

 ビデオには3通りの終末期医療の様子が収録されている。この映像を視聴した患者は,治療法の選択肢について口頭で説明を受けただけの患者に比べ,延命より人生の最後を静かに過ごしたいと望む傾向が強いことがわかった。実際,ビデオを視聴した患者全員が「脳腫瘍が進行しても延命治療を受けることを望まない」と答えたのに対し,ビデオを視聴しなかった患者では半数にとどまった。

 Volandes博士らは,MGHがんセンターで悪性神経膠腫の治療を受けている患者50例を対象に調査を行った。まずCPRが行われた患者や人工呼吸器につながれた患者がどのような経過をたどるかなどを含め,終末期医療に関する知識について患者に質問した。また,脳腫瘍が末期に至った場合に CPRを受けるか否かも聞いた。

緩和ケアや基本的治療の光景を映す

 患者は口頭のみでの説明を受ける群(対照群)と,口頭での説明とビデオ視聴の両方を受ける群(ビデオ視聴群)にランダムに割り付けられた。対照群には,(1)延命(CPRや機械的人工呼吸を含む)(2)基本的入院治療(抗菌薬や輸液投与を含む)(3)緩和ケアのみ―の3段階に関して口頭で説明を行った。ビデオ視聴群には上記の説明の後,その説明内容を補完する6分間のビデオ映像を見せた。

 ビデオにはCPRの模様や集中治療室での人工呼吸器による延命治療の映像,入院し点滴で抗菌薬を投与されている基本的治療の様子のほか,自宅やホスピスで普通に食事しながら酸素療法などの緩和ケアを受けている光景が映し出された。その後,脳腫瘍が進行した場合に3段階の治療のうちどのレベルを選ぶか,そしてCPRを受けることを望むか否か質問した。また同時に,患者自身が望んだ選択肢にどれほど確信を持っているかも評価し,ビデオ視聴群ではビデオの内容に対する感想も聞いた。

延命よりも緩和ケアを

 その結果,ビデオ視聴群では23例中21例が緩和ケアのみを,1例は基本的治療を選択した。残りの1例は決断を保留し,延命治療を選択した者はいなかった。対照群では約半数(27例中14例)が基本的治療を選択し,6例が緩和ケアを,7例が延命治療を選んだ。CPRを受けるか否かに関しては両群とも説明を受ける前では差がなく,半数が「受けない」,3分の1が「受ける」,残りが「わからない」だった。しかし,ビデオ視聴群は説明・ビデオ視聴の後では,2例を除く21例がCPRを望まなかった。一方,対照群では説明前とほとんど変化がなかった。

 Volandes博士は「ビデオ視聴群では,緩和ケアを選択する率が大幅に増加しただけでなく,視聴することで安心できたと話していた。ビデオによって医師と患者の話し合いが進み,患者が確信を持って治療法を選択できるようになる。今後さまざまながん患者を対象に,ビデオがどれほど役に立つのかを調べるつもりだ」と述べている。

メディカルトリビューン 2010年2月11日

<チーム医療>真ん中の患者を支える
阿南節子・市立堺病院部長 

 がんの外来化学療法や緩和ケア、感染症の治療などで多職種が参加するチーム医療を行っている市立堺病院 (大阪府)の阿南節子薬剤・技術部長に、チーム医療の意義や展望を聞いた。

チーム医療が求められる背景は

 「複雑化する医療を医師だけで担うのは無理で、医師の『私にすべて任せて』、患者の『私の命は預けます』といった従来の態度では対応できない。病気に立ち向かう姿勢を応援するのには、さまざまな職種がかかわる方がいい」

堺病院での導入はスムーズだったのか
 
 「1980年代末から、入院患者の服薬指導の一部を薬剤師が担当し、医師からも『自分の治療が正しいかを違う目で見てもらえる』と理解が少しずつ広がった。その後も抗がん剤の治療や副作用についての説明を医師に代わって引き受けるなどして、徐々に現在のチームの形態が整った」

 「職種が違えば患者へのアプローチや情報提供の質も変わり、さまざまな角度から患者を支えられることが、今では共通認識になった。事務職が参加するチームの打ち合わせもある」

どんなことができるようになったか。医師だけが担っていた時とはどう違うか

 「例えば私が術前化学療法を説明する場合、図を描きながら、がん細胞がなぜできて、どのように増えていくのか、といった話から始める。告知を受けて落胆したり、大きな不安を抱えたりする患者に、手術前にがんをたたいておくことの必要性や、副作用の脱毛はがんをやっつけていることの裏返しであることなどを、時間をかけて理解してもらう」

 「患者に迷いがあるような時、一番身近にいる看護師が背中を押してあげるようなひと声をかけ、後で感謝されたケースも見た。昔なら『先生に聞きましょう』だったかもしれないが、情報を共有し、チームで方針が統一できているからこそ、こうしたことができる」

望ましいチーム医療の姿は

 「科学的根拠に基づいた医療をスタッフが熟知していることが大前提。共通の認識を持ち、同じ目標に向かって互いに切磋琢磨することが重要。それぞれの分野の専門家として自由にものが言え、ひとりひとりがリーダーになれることが理想だ。医師が真ん中ではなく、医師もほかの職種も『メディカルスタッフ』として、真ん中にいる患者を支えるべきではないか」

47NEWS 2010年2月16日

緩和ケア
石川県立中央病院緩和ケア内科 黒川勝医師

患者、家族の生活の質改善

 「緩和ケアとは、人生を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対して、疾患の早期から痛み、身体的、社会的、スピリチュアルな問題に関してきちんとした評価をおこない、それが障害とならないように予防したり対処したりすることで、クオリティー・オブ・ライフ(生活の質)を改善するためのアプローチである」

  WHO(世界保健機関)は、2002年に緩和ケアをこのように定義しています。緩和ケアとは、生命を脅かす疾患に伴う痛みをはじめとする身体のつらさ、気持ちのつらさ、生きている意味や価値についての疑問、療養場所や医療費のことなど、患者や家族が直面するさまざまな問題に対し援助する医療のことです。

  また緩和ケアは、病気の時期や治療の場所を問わず、いつでもどこでも提供される必要があります。従来、緩和ケアは「看取りの医療」と、とられがちでしたが、これによりがんが進行した患者だけでなく、より早期から行われることが重要であると考えられるようになりました。

  世界の緩和ケアの歴史は元々、中世ヨーロッパで旅の巡礼者を宿泊させた援助施設が始まりで、これをホスピスといいました。やがて、病となり旅立つことができなくなった死にゆく病人の慰めと安らぎの場としても、使用されるようになりました。

  その後、1967年英国のシシリー・ソンダース医師は、セントクリストファー・ホスピスを建設し、緩和ケアを基本とした現代ホスピスの基礎を作り、世界の先駆けとなりました。

  日本は73年、大阪府の淀川キリスト教病院にホスピス病床が設けられました。87年には千葉県の国立療養所松戸病院(現在の国立がんセンター東病院)に公的な機関として初めて開設され、全国各地の国公立病院に広がりました。

読売新聞 2010年2月17日



治療初期から実施の流れ

 日本では現在、生涯のうちで2人に1人は、がんに罹患しています。年間の全死亡者数約110万人のうち、約3分の1ががんにより命を落としており、死亡原因の第1位です。

  本来どんな病気の患者でも緩和ケアが必要ですが、がん患者は数も多く、苦痛を中心としたつらい症状の発生頻度が高いため、緩和ケアでは中心的な病気と考えられています。そして、2006年、がん対策基本法が成立しました。重点的に取り組むべき課題の一つとして、治療初期段階からの緩和ケア実施が挙げられました。

  現在、緩和ケアを受けているのは主に入院中の患者です。ホスピス・緩和ケア病棟への入院と、緩和ケアチームによる診療という二つの方法があります。前者は定められた病院にあります。石川県では、済生会金沢病院と小松市民病院です。

  後者はがん診療拠点病院の指定を受けている病院または、緩和ケアを積極的に取り入れている病院にあります。がん診療拠点病院は、金沢大学附属病院、金沢医療センター、石川県立中央病院、金沢医科大学病院、小松市民病院の5病院となっています。

  今後は外来診療でも対応が進んでいくと考えられます。ホスピス・緩和ケア病棟に入院できるのはおおむね、がんの進行に伴う身体のつらい症状や精神的な苦痛があり、完治する治療法がないか、治療を希望しない患者が対象です。

  一方、緩和ケアチームは、入院療養中に生じる、主治医のみでは対応困難な問題をサポートします。メンバーは厚生労働省で定められており、身体を担当する医師と精神症状を担当する医師、緩和ケア専門看護師の計3人です。その他、薬剤師、ソーシャルワーカー、理学療法士(リハビリ)、栄養士らが参加している施設もあります。

読売新聞 2010年2月24日

2010改定/静岡がんセンター・山口総長がコメント
 がん関連 医師以外専門職の評価は画期的
 静岡県立静岡がんセンターの山口建総長は2月17日、がん領域での次期診療報酬改定の内容について「エポックメイキング」とするコメントを発表した。医師以外の職種が評価されており、チーム医療の実践を目指す同院を含めたがん診療拠点病院などの追い風になるとしている。

 特に、がん看護関連の項目新設に触れて、「専門性を評価した項目が加えられたことはなかった」としている。

 次期診療報酬改定は、「充実が求められる領域」にがん医療を位置付け、がん診療拠点病院と後方施設との連携体制、拠点病院でのリハビリ強化などがん診療をさらに充実させる方向を示した。

 がん看護の専門性の評価では「がん患者カウンセリング料」(500点)が新設される。緩和ケアの知識がある医師と「6カ月以上の専門の研修を修了した看護師の同席」を算定要件とした。

 算定要件を満たすのは日本看護協会の認定看護師で、がん化学療法、がん性疼痛、緩和ケア、乳がんなどの分野で十分なスキル・知識があると認められた看護師が誕生している。

 それ以外のものも含めて「専門の研修」がどう定義されるのかは現時点では不明。何回算定できるのかも関係者の関心事になる。静岡がんセンター医療広報室は、「カウンセリングは通院、入院を通じて行われている」とし、実態に見合った回数が設定されることを期待している。

m3.com 2010年2月22日

「キュアからケアへ」、がん患者の相談支援のあり方でシンポ=東京
 身近にがん患者がいるとしたらにどのように接すればいいのでしょうか。なんとなくお茶を濁してあたり障りのない話をしてしまいそうです。がん患者は真剣に悩んでいるにもかかわらず私たちになすすべはないのでしょうか。この難しいテーマを真正面から見据えようとシンポジウムが行われました。

 メディカルタウン再生力シンポジウム(30年後の医療を考える会・白十字在宅ボランティア会主催)が2月21日(日)、聖路加看護大学(東京都中央区)アリス・S・ジョンメモリアルホールで催され、「がん患者の相談支援のあり方」をテーマに講演とシンポジウムが行われました。在宅看護に携わる関係者はもちろん、関心のある約300名が聴き入りました。

 講演では「マギーズ・キャンサー・ケアリング・センターの実際」と題して、CEOのローラ・リー氏の話がありました。

 冒頭、創始者のマギー・ケズウイック・ジェンクスの「above all what matters is not to lose the joy of living in the fear of dying(一番大事なことは死の恐怖の中でも生きる喜びを失わないことである)」の遺志を継いで、現在の無料相談支援活動を展開しているとの話から始まりました。がん患者が自己統制力の喪失や絶望感と無力に襲われた際には、1)情報面でのサポート、2)心理・社会・感情面でのサポート、3)ライフスタイル調整の最適化、4)がんの診断に対応する上で積極的な役割を果たす機会の提供の4プログラムを用意し、がん患者が「積極的に生きる」ことをお手伝いするのがマギーセンターであると述べておられました。

 マギーセンターはミュージアムであり、教会でもあり、病院そして家庭の様な場所ととらえ、利用者が快適な時間を過ごすため、さまざまな工夫がなされています。太極拳や習い事なども行っています。がん患者の誰もが気兼ねなく利用できる施設をとの思いから、利便性を考えセンターはすべて医療施設に隣接して作られています。

 裏付けるように来訪者の65%はがん患者で、35%がその介助者や友人・家族、また65%が女性、35%が男性だそうです。

 こうした施設が誕生した背景には、3人のうち1人が生涯のうちがんにかかる、200万人の英国人ががんを持って生きている、毎年29万3000人ががんと診断されている、英国の全死亡の27%はがんである等、日本でも同様あるいはそれ以上の状況にあります。決して他人事とは思えない切実な問題です。

 財源は大きな課題で、その多くは善良な支援者の寄付とイベントなどの事業収入で賄っているそうです。日本でも一部の篤志家だけに頼らず、善意の寄付がたくさん集まれば設置は可能です。今後、ネットワークを香港、バルセロナ、オーストラリア、日本にも拡大する計画です。このうねりが世界に拡大することを期待したものです。

 パネルディスカッションでは、パネラーの実体験を踏まえた考えを基に討議が行われました。一日も早い日本への導入を期待することで意見の一致を見ました。

 柳田邦男氏のメッセージ(代読)「日本版マギーセンターの誕生に期待する」のコメントに等しくうなずく姿がありました。

【マギーズ・キャンサー・ケアリング・センターとは?】

 造園家で中国庭園の研究家でもあった故マギー・ケズウィック・ジェンクス(1988年乳がんの宣告を受け、1995年多臓器がんで死去)の遺志を受け、がん患者・家族、また友人に至るまで様々ながんの悩みに応える無料相談支援施設として、1996年にイギリスのエジンバラに1箇所目が開設されました。(イギリスのNHS=公立病院の「がんセンター」の「敷地内」に、「別棟」(院外)として設置、全額チャリティ&他の運営主体により運営)

 その後、英国中で需要が高まり、2002年にグラスゴーで第2号、2009年までに全英で7箇所が開設され、利用者は患者・家族・友人を含めて 77,000人に上ります。2012年までに更に5箇所が開設予定など、その機能は世界的にも注目されています。

PJニュース 2010年2月23日

緩和医療:専門医を認定へ
NPO法人、10年で1000人目指す−−4月から
◇日本では認識薄く

 がんなどの患者の痛みを和らげたり、精神的なケアにも携わる緩和医療の専門医を認定する制度が4月、スタートする。緩和医療の重要性は医療関係者の間でも十分認識されておらず、専門医が不足しているとして、NPO法人日本緩和医療学会(理事長・江口研二帝京大教授、会員約9000人、事務局・大阪市西区)が選定し、10年間で1000人程度の認定を目指す。若い医師を育て専門医が増えれば患者や家族の希望に沿った質の高い緩和医療の普及につながると期待される。

 同学会によると、緩和医療を実践するホスピス発祥の地、英国には専門医制度があり、大学でも緩和医療が広く教えられている。一方、国内で専門病棟を持つ医療機関は約200施設しかなく、がんの痛みを取り除くモルヒネなどの医療用麻薬の消費量も欧米に比べ少ないという。

 国が07年6月に策定したがん対策推進基本計画では、治療の初期段階からの緩和医療の実施とともに、専門知識を持つ医師を育成する必要性が明記された。そこで、同学会は同年9月、専門医認定制度準備委員会を設立した。

 専門医の申請条件は、5年以上の緩和医療の臨床経験▽学会認定施設での2年以上の臨床研修▽自ら緩和医療を担当した20例の症例報告−−など。第1回の試験は申請者56人のうち、書類審査で19人に絞り、昨年11月に筆記試験、口頭試問を実施。最終的に12人が合格し、初の認定医となる。

 同学会専門医認定制度委員会委員長の恒藤暁(つねとうさとる)・大阪大大学院教授は「質の高い緩和医療を提供するために、厳格に審査した。来年、再来年はもっと合格者が増えるだろう」と説明する。

 同学会はまた、医師不足解消に向けて臨床研修医のカリキュラムでの緩和医療の必修化などを提言する。恒藤教授は「専門医イコール教育者と考えている。若い人が研修の時に専門医から緩和医療について教わって、地域で活躍していくようになれば」と話す。

■ことば
 ◇NPO法人日本緩和医療学会


 医療、福祉の各専門分野を包括した緩和医療を確立するため、96年に設立された。会員の約半数は医師で、他は歯科医師、看護師、薬剤師など。教育セミナーの開催や診療ガイドラインの作成などに取り組んでいる。

毎日新聞 2010年2月27日

第14回日本在宅ケア学会
各職種の目線で家族支援の現状を捉え,方策を探る
 在宅ケアにおける家族支援は,職種または対象が抱える問題によって異なる。東京都で開かれた第14回日本在宅ケア学会のシンポジウム「家族支援の実際と家族・専門職のパートナーシップ」では,各職種から家族支援の現状が解説され,よりよい方策のための議論が行われた。そのなかから3題を紹介する。

〜訪問栄養指導〜管理栄養士が多彩な事例に個別に対応

 地域栄養ケアPEACH(Perfect Eating And Comfortable Health)厚木(神奈川県)では,訪問看護ステーションが提供する在宅看護と同様,管理栄養士が在宅での臨床栄養の支援を行っている。同事業所の江頭文江代表は,訪問栄養指導の重要なポイントを挙げながら広範囲で多彩な事例に対応する業務を解説し,「在宅ケアは究極の個別対応ができる場である」と述べた。

摂取量の絶対量,患者支援の中心者の把握が重要

 同事業所は,疾病の予防および治療にかかわる栄養管理を提供することを理念とする。事業内容は在宅の訪問栄養管理だけでなく,診療所の外来支援,離乳食教室,介護保険施設での栄養管理,食育活動と幅広く,他施設,他職種との連携を図りながら実施している。

 訪問栄養指導を行った222例の内訳は,脳血管障害が44.8%と最多で,神経筋疾患,糖尿病,認知症,呼吸器疾患の順だった。依頼内容の7割は摂食・嚥下障害,次いで低栄養の改善が多いが,低栄養は咀嚼や嚥下の障害に起因していることも多い。

 評価は栄養状態,摂食・嚥下機能,食生活について行うが,評価時に最も重要な食事摂取量については,全体の何割という相対量ではなく,何をどの程度食しているかを把握することが必要である。また,患者の支援をだれがどのように行っているかが実際の食事ケアにつながる。

 食事ケアでは,(1)栄養評価(2)経管栄養(3)栄養補助食品の利用などの栄養管理(4)食具や一口量などの食べ方の指導(5)姿勢の調整(6)排泄管理(7)糖尿病,腎障害食を含む調理指導(8)ターミナルケア(9)ヘルパーへの指導−などが総合的に支援される。時には食材の買い物に付き添い,電子レンジやパッククッキングを利用した調理法,手抜きの工夫も指導する。

 その過程では,(1)在宅環境の把握(2)介入の優先順位の決定(3)成功事例の他職種との共有(4)情報の視覚化(5)改善よりも維持を目標とする(6)最低ラインを明確にする(7)頑張りすぎる介護者への情報提供の仕方−に重きを置く。事例は,食事摂取量の減少,ヘルパーによる食事援助,ミキサー食からのステップアップなどさまざまであり,これらに個々に対応し,客観的かつ個人に適した情報を提供する栄養管理士の役割は大きい。

 江頭代表は「おいしく食べるためには,おいしい料理,口から食べる機能,心身の健康の3つの要素が必要であり,その実現のために訪問栄養指導を役立てたい」と述べた。

〜在宅療養の多職種連携〜同職種間の連携から始め,在宅チームを構築

 厚生労働科学研究班の調査では,在宅医療から入院死亡の転帰をたどった約3割は介護破綻を入院理由としており,病態の重篤度,難易度が在宅ケア中止の決定因子にはならず,家族への支援が重要であることが示唆された。あおぞら診療所上本郷(千葉県)の川越正平院長は,在宅療養を支援する医師の立場から,家族支援の実際や同職種間の連携と在宅チーム構築の必要性を示した。

家族への指示を明確化

 川越院長によると,家族の支援は在宅ケアの前提であり,診察時に介護者の健康問題にも相談に応じ,在宅療養を安定的に継続するため治療およびケアの単純化に意識を置いている。療養指導は,3食連続して欠食した場合連絡する,1日の摂取水分量目安は1,000mL,おむつの重みや排尿回数に留意するなど具体的に行う。医師,看護師はどのような変化があったときに報告すべきかを家族に明確に伝達する必要があるという。

 同院長は多職種連携について,病院主治医・緩和ケア担当医と在宅医療を提供する診療所医師,病棟・外来看護師と訪問看護師,病院薬剤師と調剤薬局薬剤師などが有する貴重な情報を共有することを重要視し,同職種同士の連携から始めることを提唱した。加えて,「双方が勤務する施設は異なるため,在宅でのチームを構築し,病院と地域の連携を進めることが実際的である」とした。

 さらに,同院長は「医師に比べ訪問頻度が多く,滞在時間も長い医療とケアの双方を熟知している訪問看護師こそが在宅ケアの根幹を支えている」との見解を示した。

 同診療所では,訪問看護ステーションとの合同カンファレンスを月1回開催し,院内にはステーション担当看護師を配して,週1回の定期連絡を行う。急性増悪や合併症併発中は毎日連絡を取って情報を共有している。

 一方,多職種チームの一員としての医師の役割については,診断,治療方針の決定,病状説明,対医師対応を挙げた。

 今後,地域の有床診療所,老人保健施設,特養・ナーシングホーム,有料老人ホーム,グループホームが,在宅の延長線上にある療養者の居場所となってケアを提供することは意義深く,これらの施設が街角ホスピスとして機能することが期待される。

 同院長は「医療,介護保険に住まいの機能と家族の支援を合わせた4つが一体となって初めて在宅での療養を継続し,完遂することができる」と述べた。

〜看取りのケア〜子供の年齢,ヘルパー,学校関係者へ配慮

 世界保健機関(WHO)が定義する緩和ケアでは,患者の家族も対象となっている。あすか山訪問看護ステーション(東京都)の平原優美所長は,在宅で看取りを行った一事例を提示し,看取りを行う子供に対しては年齢に見合った対応と,ヘルパー,学校関係者など訪問看護師が行う緩和ケアの対象は幅広い職種に及ぶことを示した。

看取りの評価までが看護師の責任

 事例は40歳代女性,頭部腫瘍,家族は夫と7歳の息子。平原所長はまず,自宅での緩和ケア期間は患者の看護,精神的支援に加え,患者夫婦と高額療養費手続き,患者の希望を実現化するための話し合いを持った。子供に対しては,患者が病状を説明する席に立ち会い,両親と協調を図りつつ学校生活での悩みにも対応した。また,療養が家族にとってよい思い出となるよう,夫婦が話し合える時間を取れるよう配慮した。患者が希望した運動会への出席実現に向けて,事前に学校関係者へ病状や子供の心理過程の説明と学校環境の確認を行い,連携を図った。

 運動会への参加後,病状が悪化した際,同所長は「安定した看取りのためにはチームの再編成が不可欠である」として,ヘルパーの不安を軽減するため同行訪問を実施した。臨終数日前は子供に告知し,葬儀などの今後の成り行きを説明すること,およびその話法を夫と確認し,丁寧な説明が行われた。

 臨終当日の日中は往診医に臨時往診を依頼して看護師が看取ることに備えた。夫には,状態確認と子供への配慮,学校との連携について承諾を得,臨終時の対応を説明した。看取り後は教師の動揺が子供へ影響することを防ぐため,学校関係者へ看取りの様子を報告し,子供に対する心理的配慮,級友への伝え方を文書とともに提案した。グリーフケアは葬儀および訪問や電話相談を通し2年半続いた。

 米国がん協会「親の終末期に立ち会う小児を支援するアプローチ」では,間欠的,短期間の感情反応を呈する子供の特徴を示し,その年齢に合った対応が必要だとしている。終末期の親を持つ6〜8歳児の家族に対しては,親の疾患について適宜情報を提供し,(1)見聞きする事柄についての説明(2)児は親の強烈な怒りや悲しみに圧倒されることがあるという認識(3)教師などかかわりが深い人物への疾患の説明(4)児の発達過程で適切な活動を維持できるような配慮(5)激しい不安,恐怖,学校恐怖,自責の念,持続的な抑うつや自尊心の低下が見られる場合の小児専門医への受診−などについてアドバイスする必要がある。

 同所長によると,訪問看護師が行う緩和ケアの対象は,患者と家族だけでなく医師,ヘルパー,ケアマネジャー,学校教師,臨床心理士,子供の友人など看取りにかかわるすべてとする。また,グリーフケアは必要な看護であり,在宅看取りの評価までを引き受ける責任があるという。

 同所長は「子供が家族を在宅で看取ることは在宅医療の未来をつくることであり,子供や学校が在宅死のよさを知ることは重要である」と述べた。

メディカルトリビューン 2010年3月4日

第14回日本在宅ケア学会
地域での看取りを支援する新しい選択肢
 兵庫県立精神保健福祉センターの魚崎須美氏は,地域でターミナルケアを支援する新たな取り組みとして“まちかどホスピス”を紹介し,「在宅と病院の中間に位置する第三の選択肢としての概念と機能を有する」と述べた。

厳しい経営財政

 まちかどホスピスには3つのタイプがあり,兵庫県内には有床診療所タイプ1施設,ホームホスピスタイプ2施設,療養通所介護事業所タイプ6施設が展開されている。

 有床診療所タイプは,入院設備を持つ有床診療所に緩和ケアの機能を強化し,往診や訪問看護を保持しつつ緊急時の一時入院も受け入れる。常勤医1人と非常勤医4人(常勤換算1人強)を配し,2008年はがんと難治性疾患の終末期を含む入院130例,在宅55例を看取った。

 ホームホスピスタイプは常勤医を要さず,家庭に近い環境で看護介護職による24時間のケアが提供される。週1回の緩和ケア専門医の往診と,毎日の在宅ケアホスピスを特徴とする訪問看護ステーションの利用が可能である。昨年は開設1年で8例を看取った。

 療養通所介護事業所タイプは,訪問看護ステーションに併設あるいは隣接し,通所による在宅ケア,ホスピスケアを提供する。送迎サービス,日常生活の世話,機能訓練が実施されるが,利用者はまだ少ない。

 有床診療所の入院点数は一般病院の半分に満たず,財政基盤は厳しい。効果を検証したうえで国へ入院点数の改定を要望することが必要である。ホームホスピスと療養通所介護事業所については,開設支援に対する県補助金の創設,県営住宅の空き室の活用の方策を,人材育成,啓発とともに行う必要がある。

 魚崎氏は「個々の取り組みに行政支援を加えることによってシステム化することを提案したい」と述べた。

メディカルトリビューン 2010年3月4日

子どもホスピス、日本にも 3カ所、重病の子や家族滞在
 重い病気や障害と共に生きる子どもや、その家族を支える日本初の「子どもホスピス」が、神奈川県大磯町と奈良市、北海道滝川市の3カ所で、今年から2012年にかけて開設される。365日間、病や障害とともに暮らす子どもや家族が「第二の家」として滞在し、つかの間の休息を得られる場の整備を進めている。

 子どもホスピスは英国で誕生し、重い病気や障害の子らを短期間預かる施設として同国などで広がっている。

 小児科医らでつくる「小児在宅医療・緩和ケア研究会」代表の細谷亮太・聖路加国際病院副院長によると、こうした施設は日本にはまだない。自然に囲まれた自宅のような環境で家族も宿泊でき、周辺の医療施設との連携を目指しており、研究会は神奈川県大磯町の古い民家を利用して開設することにした。

 古民家は、子どもたちに命の授業をするNPO法人「生きるちからVIVACE(ビバーチェ)」が提供する。代表の甲斐裕美さんの義父は小児まひで足が不自由な中、企業の会長を務め、大磯の古民家を所有。4年前に肺がんで亡くなる前に「最先端の医療でも助からない人のために使って」と言い残していた。

 14年前、脳腫瘍(しゅよう)だった7歳の息子を自宅でみとった浜松市の加藤真弓さん(47)も活動に協力する。「当時はほとんど眠れない状態が続いたが、外に助けを求めてはいけないと思っていた。そういう場があるだけで安心できる」

 研究会は新たにNPO法人をつくり、周辺の医療施設と連携。2年後の開設を目指す。細谷さんは「子どもはもちろん、看病にかかりきりの親、親に甘えるのを我慢しているきょうだいが、休息できる場を提供したい」と話す。

 奈良市では東大寺の宿坊「華厳(けごん)寮」を、ホスピスとして利用する計画が進む。京都大付属病院遺伝子診療部の富和清隆教授が4月に東大寺福祉療育病院に移り、寺と協力して運営方法を検討する。

 富和さんは東大寺近くの高校出身で、京都大での任期が切れるのを機に、地元に戻り社会貢献したいと考えていた。企業や専門家らと組み、どんな環境なら過ごしやすいのか、研究プロジェクトの立ち上げも計画している。

 富和さんは「寺は昔から、地域の人の安らぎの場だった。旅行もままならない人たちが、くつろげる場所を目指したい」と話し、年内の一部開設を目指している。

 北海道滝川市では、難病児のための野外施設「そらぷちキッズキャンプ」で今春からホスピス建設が始まる。

asahi.com  2010年3月10日

がん患者:本音、知って 悲しみ、つらさ…体験語る活動広がる
◇医療現場の参考に/高校で授業、生徒ら共感

 がんを体験した人たちが、さまざまな場で本音を語り始めた。同じ患者や家族、若い世代にも、共感と理解が静かに広がっている。

 <胸が二つあるだけでうらやましかった。子どもに授乳できないのが悲しく、夫婦生活でも夫に申し訳ない気持ちになる>

 <5歳の息子にがんを伝えた。時々「ママを忘れないでね」と言っては、夫に怒られ反省する>

 NPO法人「健康と病いの語り ディペックス・ジャパン」(東京都中央区、電話050・3459・2059)は昨年12月から、ホームページ(http://www.dipex-j.org)で20-70代の乳がん体験者43人の「語り」を、発見▽治療▽再発・転移▽生活▽診断時の年齢--の5項目に分けて公開している。

 登場する人たちは全員匿名で、一部は音声や文章のみだが、大半は顔を出して語っている。英オックスフォード大の取り組みをモデルとしたもので、厚生労働科学研究費の助成を受けた。前立腺がんの体験者にも話を聞いており、近く一部公開する予定だ。

 「がんサポートかごしま」代表の三好綾さん(34)=鹿児島県薩摩川内市=は7年前に乳がんが分かり、乳房を切除。知人にこの活動を教えられ「自分の体験が役立つなら」と08年夏、インタビューを受けた。講演で話したことはあったが、洗いざらい語ったのは初めて。話しながら自然と涙があふれた。「悲しみやつらさを吐き出すことができた。患者の話をじっくり聞く時間のない医師や医学部生にも見てほしい」という。

 インタビュアーはオックスフォード大で研修を受けた臨床心理士や大学講師ら女性4人が担当した。その一人、射場典子さん(46)は、自身もがん体験者だ。東京都内の看護大でがんの緩和ケアなどを教えていた06年2月、卵巣がんが見つかった。治療後、活動に本格的に加わり、患者たちの話を聞いた。「私も本当につらいことは医師や家族にも言えず、同病の友人が頼りだった。サイトを見て、1人じゃないと感じてほしい」と話す。

 ディペックス・ジャパンの佐久間りか事務局長(50)は「いろいろな立場の人の語りから、自分が共感できるケースや情報を探せるはず」と期待する。認知症患者とその家族、がん検診、うつなどのデータベース化も検討中だ。

 がん患者の桜井なおみさん(43)=東京都豊島区=は昨年11月下旬、群馬県伊勢崎市の県立伊勢崎興陽高を訪れ、がんをテーマに授業をした。本紙連載「がんを生きる」で紹介された桜井さんに、生徒たちが感想文を送ったのがきっかけ。高校生約180人が真剣に耳を傾けた。

 桜井さんは37歳の時、乳がんが分かった。手術や治療の後遺症で当時の勤務先を退職し、再就職。昨年末にがん患者の就労を支援する会社を設立した。

 授業では福祉・医療職を志す3年生らを前に、がん患者の多くが以前の職場への復帰を望みながら転職を余儀なくされている現状や、なぜ会社を設立したのかについて説明。「がんになったことに何か意味があるはず。マイナスの経験に価値を見いだし、毎日を大切に生きていこうと思っています」と語った。

 授業を受けた中澤和也さん(17)は「ドラマなどで見るがん患者のイメージと違い、力強く前向きな生き方が心に残った」。担当の中山見知子教諭(43)は「生徒たちががんの問題をより身近に考えるきっかけになれば」と期待する。

 桜井さんは「感想文を読むと、話をしっかり受け止めてくれたようで安心した。教科書の知識だけでなく、生の体験談を聞くことは大事。がんが決して人ごとでないと感じてもらえたらうれしい」と話している。

m3.com 2010年3月15日

がんに関するマスコミ報道は楽観的情報に偏向
 米ペンシルバニア大学臨床疫学・生物統計学のJessica Fishman氏らは,マスメディアのがんに対する報道姿勢を検証,昨日(3月16日)のArch Intern Med 2010; 170 オンライン版に報告した。報道の多くはがん生存や積極的治療に関するものがほとんどで,死や終末期医療はあまり取り上げられていないようだ。

生存と死亡,治療と終末期医療の情報量に大きな差

 Fishman氏らは多くの発行部数を有する新聞8紙と雑誌5誌に取り上げられたがん治療ならびに予後に関する報道を調査した。対象にはNew York Times,NewsweekやTimeなどが選ばれた。2005〜07年の関連データベースにアクセス,がんを取り上げた記事全体に占めるキーワード別の記事の割合を調査した。

 436件のがんに関する記事のうち,140件(32.1%)が生存に関するもので,死亡などに関しての記事は33件(7.6%)と有意に少なかった。また,積極的治療の非奏効が取り上げられていたのは57件(13.1%)だったが,同治療の有害事象に関する記事は131件(30.0%)であった。

 過半数の記事(436件中249件)は積極的治療を全面的に取り上げていたが,終末期医療あるいはホスピスに関する報道は0.5%にすぎなかった(436件中2件)。

 同氏らは今回の調査結果から,マスメディアのこうした報道姿勢により患者ががん診療や予後に対し,不適当に楽観的なイメージを抱いている可能性があると指摘した。

メディカルトリビューン 2010年3月17日

こども病院の写真セラピー 思いを形にして生きる力を喚起
 ワークショップが始まるとすぐに中学1年の女子生徒が病院内の売店に走った。「新しいものはあるかな」とつぶやきながら、菓子のコーナーで写真を撮り始める。

 2月3日に宮城県立こども病院の西多賀支援学校こども病院分教室で行われた「写真セラピー」での一コマ。ほほ笑ましい姿にレンズを向けていると、教諭が「あの子は食事が制限され、お菓子が食べられないの」と教えてくれた。女の子の笑顔に胸が詰まった。

 現在、日本写真療法家協会は長野県立こども病院と宮城県立こども病院の院内学級で「写真セラピー」を実施しており4月からもう1カ所増やす。代表の酒井貴子さん(51)は、こども病院を活動の原点だと感じている。

 04年に長野県立こども病院で行った、最初の「写真セラピー」。薬の副作用のためベッドで過ごす時間の多い女子生徒が参加した。車いすに乗り、震える手で撮った写真はわずか3、4枚。ぶれた写真だったが皆が神秘的と褒めた。彼女は喜び、カメラを買った。積極的に参加し、体も心もしっかりしていったという。酒井さんは「最後は自分の足で歩いて退院した。写真の力を信じるきっかけだった」と振り返る。

 「退院したいでーす。海行きてぇー」。昨年8月に長野県立こども病院のワークショップで男子生徒が書いたメッセージだ。素直に表現された心の声。「写真セラピー」で子どもたちは思いを形にし、生きる力を喚起しているように見えた。

■NPO日本写真療法家協会が提唱■

 「写真セラピー(写真療法)」はNPO日本写真療法家協会を07年に設立した酒井貴子代表が提唱する療法。

 写真を撮り、好きなカットを選んでプリント。それを30センチ四方の画用紙に張り付け、自由に飾り付けて、言葉を添える「スクラップブッキング」を行う。写真を通して自由な自己表現を楽しむことで、対象者が自ら癒やされ、自信や意欲など、生きる力を喚起する方法。写真の技術は必要とされず幅広い人が参加できる。知的障害者施設、高齢者施設、緩和ケア病棟など10カ所で実施されている。

 同協会(03・3755・2085)は、ワークショップの世話をするファシリテーターの育成に力を入れている。今年は東京と大阪で実施予定。3日間の講座で、写真療法の理論、実践例、各施設での注意事項などを学び、実施方法を習得し、活動を体験して修了となる。講座を修了し会員となれば、協会が無料で機材を貸与してワークショップを実施できる支援プログラムが利用できる。

毎日新聞 2010年3月18日

立花隆さん、がん闘病体験語る−−長崎
 長崎市出身のジャーナリスト・立花隆さんが27日、長崎市茂里町の長崎ブリックホールで、「がんと共に生きる」と題して講演し、自らのがん闘病体験を語った。

 講演会は長崎市医師会主催。立花さんは政治、科学分野での活動のほか、医学をテーマにした活動でも知られる。07年12月に膀胱(ぼうこう)がんの手術を受け、現在は「再発待ち」で3カ月に一度、内視鏡検査に通っているという。

 持ち前の好奇心で、がんについても取材を重ね、知れば知るほど「何がどう効くのか分かっていない」と気付いたという。そして「数カ月の延命効果のためにがんと闘うことより、生活の質の維持を選んだ」と語った。

 立花さんは「ヒトは死ぬべき動物という自覚を持つべきです。悲しみや嘆きから抜け出し、死を受け入れるために、医者は、身体的苦痛から精神的苦痛まで全人的ながんの苦痛を和らげる緩和ケアしか、本来はできない」と話した。

毎日新聞 2010年3月28日

第12回日本在宅医学会
皮下輸液は管理・安全面から全身状態の改善に有効
 通常,輸液は経静脈的に行われるが,在宅療養患者では静脈からの投与が困難な場合がある。一方,皮下輸液は比較的手技が簡便で,家族でも管理が可能といった利点がある。医療法人鳥伝白川会鎌倉常盤クリニック(神奈川県)の今井一登氏らは,在宅療養患者に対して皮下輸液を施行した症例を検討。「皮下輸液により脱水など全身状態の改善が見られ,管理および安全面を考慮すると在宅医療において有効な治療手段である」と述べた。

がん末期患者では看取りの準備が可能に

 対象は在宅で皮下輸液を施行した25例(男性12例,女性13例,平均年齢85.9歳)。基礎疾患はがん末期患者(肺,胃,大腸,膵,脳腫瘍,皮膚,喉頭)が13例,非がん患者(高血圧,脳梗塞,パーキンソン病,慢性閉塞性肺疾患,肝硬変,慢性心不全)が12例であった。

 輸液を施行したおもな理由は,(1)経口摂取量低下による脱水の補正(2)意識障害による経口摂取困難(3)肺炎またはイレウスの治療(4)鎮静目的(5)家族の希望―などであった。また,皮下輸液を選択した理由は,(1)循環動態が不安定(2)静脈確保が困難(3)自己または事故抜針の危険性が高い(4)家族主導の点滴管理―などであった。

 皮下輸液施行数は年々上昇し,昨年は11例に施行されていた。皮下輸液の投与日数は平均11.6日,投与量は平均607.9mL/日であった。

 死亡は16例,改善は9例であり,これをがん末期患者と非がん患者とで比較すると,がん末期患者では死亡10例,改善3例であったのに対し,非がん患者ではそれぞれ6例,6例と50%に改善が認められた。投与日数や投与量にがん末期患者と非がん患者で明らかな差は認められなかった。

 皮下輸液を中止した理由は,(1)全身状態の改善(2)死亡(3)局所の吸収障害による浮腫(4)刺入部の皮膚発赤(5)家族の希望―であった。

 皮下輸液の利点としては,(1)非がん患者では有効(50%が改善)(2)水分補正が緩徐なため循環動態への影響が少ない(3)がん末期患者では本人や家族が死を迎えるまでの気持の整理,心の準備をする時間ができる―などが考えられた。一方,欠点としては浮腫の増加や刺入部に皮膚発赤が認められることがあり,この場合は中止する必要がある。なお,重度の感染症は認められなかった。

 今井氏は「皮下輸液を施行することで,在宅終末期の患者や家族に死を迎えるまでの時間をつくることができた」と述べた。

メディカルトリビューン 2010年4月1日


第12回日本在宅医学会
地域医療研修で医療連携や機能分化を理解
 医療法人社団博腎会野中医院(東京都)では,地域での医療支援活動の一環として地域病院の初期臨床研修医への地域医療研修を実施している。同院の安達昌子氏(慶應義塾大学麻酔学教室緩和ケアチーム)らは,同研修が研修医に与える影響について検討するため,研修前後にアンケートを実施。「退院前カンファレンスへの参加など,退院調整時からかかわり,在宅移行の流れを体験することで医療連携および機能分化についての理解を深めることができるため,地域医療実習は初期臨床研修医に有用であると考えられた」と第12回日本在宅医学会で報告した。

介護保険制度の理解は大幅に増加

 対象は,1か月間の地域研修を行った初期臨床研修医35人(回収率100%)。在宅医療,介護保険,実習内容に関して,研修実施前後に記載式アンケートを実施した。研修内容は,外来診療,維持透析患者の診療および定期訪問診療などで,訪問診療では,退院前カンファレンスから始まる在宅移行の流れを体験し,地域多職種によるサービス担当者会議にも参加するものである。

 研修医の68.6%が研修前に地域医師との連携経験を持ち,その症例は多い順に,がん末期,慢性疾患,廃用症候群であった。将来志望する専門科は,多い順に内科,外科,泌尿器科,婦人科,麻酔科であった。

 在宅療養支援診療所の仕組みを知る者は,研修前はわずか2.9%であったが,研修後は100%となった。68.6%が退院前カンファレンスに参加し,そのうち75%がその有用性や必要性を感じ,今後病院医師として積極的に参加すると回答した。

 訪問診療同行の感想としては,回答の多い順に,「患者の実生活を実感した」,「医療連携または機能分化への理解が深まった」,「患者や家族の安心」,「信頼感を体感した」,「包括的生活支援の重要性を実感した」,「幅広い臨床能力の必要性を感じた」,「コミュニケーションの難しさを感じた」などが挙げられた。

 介護保険制度を理解している者は研修前はわずか8.6%であったが,研修後は71.4%に増加した。研修前,88.6%が主治医意見書作成の経験があり,その内訳は多い順に,加齢変化・慢性疾患に伴う要介護の発生,医療処置発症例,がん末期,認知症であった。担当者会議には68.6%が参加し,91.4%が研修後に介護保険における医師の役割を理解した。

 身近な者が介護保険を利用している割合は,研修前は14.3%だったが,研修後は100%が自身の介護必要時に在宅医療支援や介護保険による生活支援を希望した。体験したい実習内容は,多い順に,医療連携および在宅訪問診療,透析の実際,地域医療全般,在宅ターミナルケアであった。研修前,夜間臨時訪問への参加希望者は17.1%のみであったが,研修過程では多くが自主的に参加した。また,在宅での看取りの経験を貴重と受け止めていた。

 安達氏は「訪問診療では,地域で療養する患者の生活現場を体験することを貴重と受け止め,今後の医療連携や在宅移行症例への積極的関与が期待される。研修医の多くは研修中に地域医師として活動し,医師と患者,家族間の安心や信頼関係構築に携わることで,患者に寄り添い,ともに疾病と闘う視点を再確認した」と述べた。

メディカルトリビューン 2010年4月1日

ホームホスピス:「われもこう」開所 「もう一つの最期の居場所」地域の中に /熊本
 高齢の認知症患者らが入居するホームホスピス「われもこう」の開所式が13日、熊本市城山薬師2の同所であった。古民家を改修した落ち着いた造りで、看護師やヘルパーが24時間体制で入居者を見守る。「老老介護」などさまざまな理由から自宅で最期を迎えるのが難しい中、家庭的な雰囲気で穏やかに過ごせる居場所として注目されそうだ。

 われもこうは、NPO「老いと病いの文化研究所われもこう」が運営。代表の竹熊千晶・熊本保健科学大特任教授(48)は、天草市の離島で保健師をしていた時、病院か遠く離れた子どもの家で亡くなる高齢者が多いのに衝撃を受けた。「地域の中でその人らしく最期を迎えてほしい」と2月から受け入れを始め、正式に開所した。

 熊本市京町の木下和夫さん(79)は1年前にインフルエンザ脳炎にかかり、気管を切開した。以前暮らしていた施設では、自由に歩くことは許されず、気管に入れた管を抜かないようにと手袋を付けられていた。2月にわれもこうで暮らし始めてからは笑顔を見せるなど表情が明るくなった。妻昌子さん(76)は「本当は自宅がいいけれど私も高齢だし、子どももすぐに来れる距離ではない。安心した表情になったのを見て気持ちが楽になった」と話す。竹熊さんは「自宅でも施設でもないもう一つの居場所にしたい」と話している。見学など問い合わせは096・329・7833。

毎日新聞 2010年4月14日

医療問題、58人が熱演 医大生、自作でシナリオ /和歌山
 医療を巡るさまざまな問題をテーマに、医大生がシナリオを自ら作って演じる「医療問題ロールプレイ」が、和歌山市紀三井寺の県立医大であった。今回は、緩和ケア▽医療ミス▽医療費問題▽感染予防----の4テーマについて、臨床実習を控えた5年生58人が4班に分かれて演じた。シリアスさとユーモアが入り交じった発表に、学生や患者らは見入っていた。

 緩和ケアのグループは、末期がんと診断された患者と家族の苦悩を表現。がんの告知や緩和ケアを勧める場面なども盛り込み、医療従事者の葛藤(かっとう)も表現した。また、医療ミスをテーマにしたグループは、医療ミスで命を奪われた患者3人が主人公。悲劇を食い止めるために、医療従事者に何が求められるかを「神」と一緒に考えるユニークな演出で発表した。

 医療問題ロールプレイは、医療のあるべき姿を患者と家族の立場になって考えてもらおうと、「麻酔科・緩和ケア」の授業の一環で99年から実施している。同大は「臨床実習に入る前の今の段階で、何が問題なのか考える機会にしてほしい」としている。

m3.com 2010年4月17日

薬物治療,栄養および呼吸管理
エビデンスに基づく筋萎縮性側索硬化症(ALS)のケア
―日米のALS診療の違いを踏まえて―
齋藤 豊和 氏 北里大学名誉教授
三本 博 氏 コロンビア大学神経内科教授


 神経変性疾患の1つである筋萎縮性側索硬化症(ALS)は運動ニューロンが侵される難病であり,原因は明らかにされていないが,リルゾールをはじめとして,非侵襲的呼吸補助(noninvasive ventilation:NIV),経皮内視鏡的胃瘻造設術(percutaneous endoscopic gastrostomy:PEG)などを含むいくつかの治療法がある。米国神経学会(American Academy of Neurology:AAN)では1999年に発表したALS患者管理のためのエビデンスに基づく診療指標(practice parameter)に新たなエビデンスを加え,10年ぶりの改訂を行った。委員会メンバーである三本博氏に齋藤豊和氏が診療指標改訂の概要についてお話をうかがった。

見直されたリルゾールの有用性

齋藤 本日はAANが改訂したALSの診療指標について,改訂作業に当たった三本先生をお迎えしてお話をうかがいます。今回,改訂に至った背景についてご説明ください。

三本 今から約10年前の1999年に前回の診療指標が発表されました。ALSの専門医がエビデンスに基づき,または,エビデンスがないときは,われわれ自身の経験からよりよいALSの診療を推奨したものが診療指標としてまとめられました。それから10年の間に,非侵襲的呼吸補助(noninvasive ventilation:NIV)に関する無作為化試験を含むいくつかの重要な研究成績エビデンスが発表されました。現在でも米国食品医薬品局(FDA)から承認されたALS治療薬はリルゾールだけですが,対症療法にいくつかの進歩がみられたことなどから,エビデンスに基づいた診療指標改訂に至りました。往々にして今までの治療法を続けようとする保守的な医師の行動を変えるにはしっかりとしたエビデンスの裏づけが必要です。

齋藤 今回の診療指標のなかで,唯一のレベルAの治療として推奨されているのはリルゾールだけですね。

三本 リルゾールは米国で発売されてから13年経ちます。現在でも唯一の薬剤であるリルゾールの重要性が今回,見直されています。リルゾールには4つのクラス I の発表があり,これにより,レベルAとして推奨されました。つまり,この診療指標のなかでは,ALS治療においてリルゾールは「必ず投与しなければならない薬物治療」と位置づけられています。

齋藤 米国のリルゾール服用率はいかがですか。

三本 60〜65%ぐらいだと思います。薬剤費が高価(約900ドル/月)ですので,ほとんど加入している健康保険が認めてくれる人だけが服用しているのが現状です。また,リルゾールに対する認識が十分ではない医師が,患者さんにきちんと説明しないケースもあります。前回の診療指標でもリルゾールについては記載しているのですが,今回はレベルAとして明確に推奨されました。

齋藤 リルゾールが発売された当初は,生存期間は数か月延長する程度であるが,進行は遅らせるということでしたが,この10年間で新しいエビデンスはあったのですか。

三本 大規模なデータベースを使い5〜10年間にわたり実施したコホート調査によれば,生存期間を6か月から21か月延長したとされています。また,xaliprodenの臨床試験で併用したリルゾールについてpost hoc analysisを行い,リルゾールの長期的な延命効果が確認されました。私は当初考えられていたよりも効果があるのではないかと考えています。

齋藤 十数年使われてきましたが,おもな副作用は倦怠感と嘔気であり,高価ですが有用な薬剤です。

三本 それははっきりしています。副作用のためにリルゾールを使用しないことは少ないと思います。

経皮内視鏡的胃瘻造設術は体重安定,延命に有効

齋藤 次に栄養管理についておうかがいします。日本ではかなり高い頻度でPEGが造設されていますが,今回の改訂ではどのように扱われていますか。

三本 PEGについては,新しい重要なエビデンスが出たため,「栄養状態の悪化や体重減少が著明な場合には行うべきである治療(レベルB)」と位置づけています。この10年で,米国ではPEGの導入率が2倍になりましたが,まだ十分とは言えません。

齋藤 PEGは延命効果にも有効であると記載されていますね。

三本 確かにPEGの導入による延命効果を報告した文献が何報かありますので,レベルBとなっています。私の個人的な意見ですが,この結果はもう少ししっかりとした研究がないと結論が出ないと思います。QOLに関してはプロスペクティブな試験がないために,結論づけられないという評価です。

齋藤 栄養補助剤に関しては,いかがでしょうか。

三本 「クレアチニンは治療として用いるべきではない(レベルA)」,「高用量ビタミンEは考慮すべきではない(レベルB)」としています。患者さんにビタミンEやクレアチニンの摂取を勧めるべきではないということです。

非侵襲的呼吸補助の導入を強く推奨

齋藤 次に呼吸管理の問題について,大きく変更された点をお教えください。

三本 もっとも大きく変わったのは,NIVが延命および努力性肺活量(forced vital capacity:FVC)低下を遅らせるのに有効であるというエビデンスが出たため,「ALSの呼吸不全治療にはNIVを考慮すべきである(レベル B)」と推奨されたことです。1999年の時点では,FVC<50%になったら勧めたほうがよいだろうという程度だったのですが,明確なエビデンスが出たことによって推奨度が上がりました。

齋藤 呼吸機能低下の診断について,夜間オキシメトリーおよび最大吸気圧(MIP)は立位 FVCよりも呼吸不全の早期検出において有効な可能性があり,また,仰臥位FVCは,横隔膜筋力低下の検出において立位FVCよりも有効な可能性があると書かれていますが。

三本 確かに立位FVCは60%程度であっても,不眠や仰臥位ではよく眠れないと訴える患者さんでは,仰臥位FVCを測定すると20%以上低下するケースがあります。また,呼吸困難や不眠を訴えるが,立位でも仰臥位でもFVCが保たれている患者さんで夜間酸素濃度測定(オキシメトリー)すると,desaturationの時間が長い,頻度が高い方がいます。FVCはばらつきが大きいので,いろいろなものを組み合わせて呼吸状態の悪化を見出さなければなりません。そこで,FVC以外の呼吸機能評価法についていろいろな研究がなされた結果,レベルC の推奨となったわけです。

齋藤 日本ではNIVが非常に多く使われ始めていますが,米国ではいかがでしょうか。

三本 呼吸機能が悪化してくれば,ほとんどの方にNIVを奨めます。一概には言えませんが,多くの患者さんは,嚥下障害,球麻痺がなければ,NIVだけで少なくとも1〜2年生きることができます。しかし,NIVを使っていくうちに,特に球麻痺のある患者さんでは次第に使いづらくなりますし,最初から使えない患者さんもいます。そうした場合,気管切開を選ぶのか,緩和ケアを行うのかという問題が起こります。

齋藤 日常診療のなかで,「気管切開をしますか?」という話は必ずするのですか。

三本 医療者も患者もなるべく触れたくない話題ですので,何か問題が起こったときに話すということにしています。しかし医師によってそのアプローチの仕方がかなり違うと思います。NIVに関しては延命効果があるし,睡眠やQOLを改善することを話し,絶対にやらなければならない,というふうに話します。

齋藤 日本では呼吸が苦しくなると,気管切開へと移行している傾向があるのですが,NIVによって患者さんに大きな選択の余地を残すようになってきたことは非常に好ましいことだと思います。

三本 そうですね。NIVを経験することによって,気管切開がどのようなものかを患者さんがある程度予測できる利点があります。

齋藤 日本ではNIVの導入が十分に検討されないまま,人工呼吸器に直接移動してしまったため,緩和ケアを十分に検討する余地がなかったのかもしれませんね。

メディカルトリビューン 2010年4月22日

終末期は病院希望 大阪府医師会が府民意識調査
 大阪府医師会がとりまとめた医療制度改革に対する大阪府民の意識調査によると、「府民の多くが終末期には病院に入院したいと考えている。現在の医療体制では不十分」と指摘、「府民は医療費の抑制策が医療崩壊の原因であり、その転換をするべきであると思っている」と分析している。

 在宅医療と介護・療養について、「自宅で最後まで」と願う府民は2割弱で、「可能な限り自宅(終末期は病院、ホスピス、緩和ケア病棟に入院)」が5割を占めた。病院での終末期を望む理由としては「家族に大きな負担をかけたくない」が挙げられている。医師会は、医師、保健師、ケアマネジャーなどの多職種連携、医療機関、介護施設などの機関連携、近隣住民の協力体制の構築などの「地域ネットワークづくりが在宅医療の推進に役立つ」としている。

 また、同調査では「医療の質」「アクセス」「コスト」を医療の3要素と定義し、府民が最も重視している点は「医療の質」であることを強調、医師会に対して「医療の質の維持が望まれていること、維持するためには財源の確保が必要であることを政府に強く主張していくべき」と提言している。

 調査は20歳以上の府内在住者が対象で、昨年1月から2月にかけて実施、2631人から有効回答を得た。

大阪日日新聞 2010 年4月24日

余命わずかの生徒に卒業証書、学校と同級生が1か月早い卒業式を開く
 米国では5月中旬から6月上旬が卒業シーズンですが、先日、それより1か月近くも早く、カンザス州の高校で一人の生徒のために卒業式が行われました。

 米紙カンザスシティ・スターによると、この卒業式に臨んだのは、同州タンガノキシー・ハイスクールに通う18歳のコーナー・オルソンくん。彼のために開かれた卒業式には、両親と祖父母、そして彼の世話をするホスピスの看護士らが参列しました。実はコーナーくんは骨をむしばむガンのため余命わずかと診断され、同校が本来予定している卒業式まで命が持たないと言われていたのです。

 しかもコーナーくんは、4月に入ってから病状が悪化。病で弱った身体に脳卒中が起きてしまい左半身がマヒ、もうしゃべることも難しくなっていました。これを知った学校側と同級生らは、なんとかコーナーくんに卒業証書を受け取ってもらいたいと、急遽、彼のための卒業式を計画。両親に申し出ました。

 当初、この計画を聞いたコーナーくんの両親は「晴れの舞台とはいえ、ガンの痛みで苦しんでいる息子に外出は無理ではないか」(カンザスシティ・スター紙より)と感じたそう。しかしコーナーくんは「(卒業式の)ステージに上がりたい」と懇願。両親もその強い意志に心を打たれ、卒業式に賛同したのです。そしてすべての準備が整った4月15日、式の当日を迎えました。

 この日学校側は特別に授業を半日で切り上げ、500人近い生徒が講堂に集合。そこに赤と白の卒業ガウンを着たコーナーくんが通路に登場し、BGMに「威風堂々」が流れる中、知人らに車いすを押されステージに上がりました。

 式の最中も痛み止めの点滴を受けていたコーナーくん。手伝った友人たちとの間で、痛みがひどかった場合のジェスチャーを最初に取り決めておきました。「痛みがあったら指1本、我慢できない痛みだった指2本を挙げること」(カンザスシティ・スター紙より)。しかしコーナーくんは最後まで指を2本挙げることはせず、最後まで卒業式を乗り切ったそうです。

 もうすぐこの世を去ってしまう彼の姿を見て、会場では思わず泣き崩れる友人も。ただ、コーナーくんは念願の卒業証書を手にして、とても幸せそうだったと伝えられています。

 そして4月21日の夜、コーナーくんは18年間の短い生涯を閉じました。彼の父は「家族と友人に囲まれて、まさに彼が望んだ通りでした」(カンザスシティ・スター紙より)と語っています。

ナリナリドットコム 2010 年4月26日

「奈良県ホスピス勉強会」結成10年 検診受診率アップ目指す
◇「がん医療充実」今年、名称変更

 県内にホスピス(緩和ケア病棟)を開設しようと、住民たちが結成した「奈良県ホスピス勉強会」(馬詰真一郎会長、約400人)が10年を迎え、主催する勉強会は5月に50回の節目を迎える。この間、県内にはホスピスが開設され、終末期医療への理解も進んだが、依然として課題は多い。今年4月に「奈良県のホスピスとがん医療をすすめる会」に名称を変更し、がん医療の充実に向けて、活動の幅を広げ始めた同会を取材した。

 「このままでは奈良県は、ホスピスがない最後の県になりますよ」。00年秋、河合町で開かれた講演会で、馬詰さんは壇上の医師の言葉にがく然とした。当時、県内のホスピスはゼロ。危機感を覚え、入所先の老人ホームの田島誠一園長(当時)に相談した。「他県では市民運動の結果、ホスピスができた。私たち2人でやりますか」

 同12月にホームページを立ち上げて会員を募集した。しかし、医療についての知識はほとんどなく、01年4月から2カ月に1回程度、医師や看護師を招いた勉強会を始めた。当初は約15人だった会員は半年後に約150人に増加。02年には、ホスピス開設を求める約3万8000人分の署名を集め、知事に提出した。

 こうした努力が実を結び、05年5月、国保中央病院(田原本町)に県内初のホスピス(20床)ができた。奈良市立奈良病院も緩和ケア病床(10床)の設置を決めた。

 しかし、近くで緩和ケアを受ける態勢にはほど遠い。緩和ケアの普及度を示す指標の一つ、人口1000人当たりの医療用麻薬の消費量は、奈良県は全国で29番目(08年)。ホスピス以外の医療機関では、普及が進んでいないのが実態だ。

 メンバーで上牧町の女性(64)は、約15年前に子宮がんの母親をみとった経験から、「各生活圏に一つは緩和ケアができる病院が必要」と指摘する。母親はがんが背骨に転移したが、県内の病院では痛みを取ることができず、大阪市の病院まで通わざるを得なかった。「往復2時間かかって大変だった。痛みを取れる医師を県内でもっと育成してほしい」と訴える。

 一方、馬詰さんが懸念するのが、がん検診受診率の低さだ。県が昨年11月に策定した「がん対策推進計画」の検討作業に加わった際、受診率の数値目標が焦点の一つになった。07年の調査では、肺がんは18・7%、子宮がんは18・0%で、いずれも全国で44位。数値目標は結局、国と同水準の「50%以上」に落ち着いたが、「奈良で50%は無理」という意見も出た。受診率アップの難しさを実感したことが、会の活動を広げるきっかけになった。

◇ 5月23日に50回目勉強会

 50回目の勉強会は、5月23日に県文化会館(奈良市登大路町)で、市民フォーラムの形で開く。参加費無料。問い合わせは同会(0745・33・2100)。

m3.com 2010年4月28日

がん対策充実求め提案書
 がん患者らでつくる厚生労働省がん対策推進協議会(会長、垣添忠生・国立がん研究センター名誉総長)が、2011年度のがん対策に向け、緩和ケアを担う施設の拡充など140の推奨施策をまとめた提案書を長妻昭厚労相に提出した。

 緩和ケアに関連するベッドを現在の約3500床から3年間で1万床に増やすことや、患者のための相談センターの設置、治療期間が長くなる患者への医療費助成など9施策を、特に重要と位置付けた。

 提案書作成は協議会の作業班が担当。昨年度、全国6カ所で行ったタウンミーティング、患者や医療関係者へのアンケートで集まった1万件近い意見をまとめた。

47NEWS 2010年05月6日

在宅死より病院死が増加
親族の介護人が多いと死の恐怖に
 ロンドン大学(UCL)プライマリケア・公衆衛生学のAnn P. Bowling教授らは高齢者の死に対する恐怖について研究を行った結果,少数民族集団の高齢者では,親族の介護人が多いと死の恐怖が増すことが明らかにされた。この結果は親族の介護人など家族のネットワークが死の恐怖を緩和するとのこれまでの認識と矛盾する。

介護できる親族の数に差

 Bowling教授らは,65歳以上の高齢者から成る民族的に異なる集団(1,000人)とすべてが白人系英国人で社会,教育,経済的背景が類似している集団を対象に,死に対する恐怖などを調査した。

 被験者はすべて,英国家統計局(ONS)Omnibus調査(おもに白人系英国人)とEthnibus調査(民族的に異なる)から抽出された。被験者に,(1)死ぬことに対する恐怖(2)死ぬ前の苦痛(3)死を止められない恐怖(4)死に方への恐怖―の4項目について質問し,回答を5ポイント尺度で採点した。

 有効性が確認された質問票を用いて,高齢者のQOLに関する35の質問も行った。

 Ethnibus群の約3分の1が家庭内で4人以上の成人と同居していたのに対して,ONS群では1%にとどまった。さらに,Ethnibus群で独居者は20人中1人にとどまったが,ONS群では約半数を占めた。

 Ethnibus群では3分の2が介護できる親族が4人以上いる大家族ネットワークを有していたのに対して,ONS群では3分の1であった。

QOLが高いほど恐怖心は低い

 解析の結果,Ethnibus群の半数以上では,QOLに対するスコアが最も低かった。いずれの群においても,QOLが高いほど恐怖レベルは低かったが,恐怖レベルはONS群に比べてEthnibus群で有意に高かった。

 インド人,パキスタン人,カリブ海系黒人,中国人を含むEthnibus群の4分の3強(77%)が死に関する4項目の質問に対して「極度あるいはかなりの恐れ」を示した。

 必要なときに介護してくれる親族が多い者では,これら4つのうち3つの項目の恐怖が増大していた。この群では,病弱,長年の疾患,400ヤード(約360m)の歩行困難も死の恐怖の増大と関連していた。高齢は死の恐怖を軽減したが,ONS群に限られた。

 Bowling教授らは,英国を含む多くの先進国では在宅死は5分の1以下で,最近の傾向に基づくと2030年までに在宅死は10人に1人未満となると指摘。「在宅でのケアの質と終末期の症状および疼痛に関する恐怖が在宅死より病院死の増加を促進する要因の1つであるため,このことは今後の医療サービスにとって重要な意味を持つ」と指摘している。

 同教授らは「在宅で最期を迎える人が増えるには,コミュニティーでの質の高い緩和ケアサービスを一様に受けられるようにするなどして,人々の恐怖に対処する必要がある」と述べている。

メディカルトリビューン 2010年5月13日

第8回英国緩和ケア関連学会報告
緩和ケアをすべての疾患に拡大する
医療における第3のパラダイムシフト
加藤恒夫(かとう内科並木通り診療所)

 第8回英国緩和ケア関連学会(8th Palliative Care Congress)が,2010年3月10−12日の3日間,英国南部のボーンマウス国際会議場で開催された。同学会はAssociation for Palliative Medicine of Great Britain and Ireland(以下APM),The Palliative Care Research Society (PCRS),Royal College of Nursing Palliative Nursingの共催で行われた。同学会は隔年でEuropean Association for Palliative Care(以下EAPC)と交互に開催されている。

 今回の参加者は約500人で,日本からの出席は筆者1人であった(2008年,グラスゴーで開催された第7回大会には,日本からは10人近くが参加していた)。また,参加者はウガンダからのゲストスピーカーによる招聘講演「International Initiative:Learning from Developing Country」をはじめとして,発展途上国を含めた世界的な広がりを見せていた。

 日本の緩和医療に関連するいくつかの学会(研究会)では,参加者が3000人を越えることが多いが,英国では参加者が少ない。その理由を,APM創設者の一人Richard Hillier氏に聞いたところ,その答えは以下の通りであった。「英国では緩和医療が専門領域として認められ教育の体系が整ったので,無理に学会そのものに参加しなくても十分な情報とキャリアアップが可能となっているからでしょう」。

非悪性疾患にも緩和ケアを――重要疾患は認知症

「認知症の緩和ケア」で登場した道化師たち

 今回の学会の特徴は,これまでにも増して「悪性疾患から非悪性疾患へ」の流れをより加速するものであった(ここで言う「非悪性疾患」とは,治療を望めなくなった疾患のうち,がん以外のものを指す)。その流れは開会宣言直後の全体講演(Plenary)の演題「Having the last laugh-using the performing arts in improving quality of life and well-being in dementia care」に象徴的に表れていた。特に強調されていたのは,高齢化する成熟社会の課題を「認知症」とし,学会が,今後の主な対象疾患を「認知症の緩和ケア」に当てたことであった。これは,本学会本部の意図であることは前述のHillier氏も認めていたところである。

 この動きは,1997年以来,英国緩和ケア協議会National Council for Palliative Careが推進してきた「緩和ケアを非悪性疾患に拡大する」方針のもと,2005年英国国会で可決された「自己決定能力を失った人の意思を尊重する法」ともいうべきMental Capacity Actや,英国のDepartment of Healthが発行した『End of Life Care Strategy』(2008年)の影響を受けたものである。

 学会内容で注目すべきは,会全体を通して,自分で意思決定できなくなる前に作成する自分のケア計画であるAdvance Care Planning(米国で言うところのAdvanced directive )に関する講演や発表が多かったことである。この課題は,「認知症の人たちへの告知」という難問と深くかかわりがあるゆえに,現場の医師たち,とりわけ認知症の患者を長期にわたり診療する一般医(General Practitioner)と,当局の政策立案者の間に意図の乖離があることが話題に上り,現実的運用の困難さが浮き彫りになっていた。その状況は,1960年代後半に近代ホスピス運動が開始され,「がんの告知」がさまざまな議論を呼んだ時期と酷似しているように感じられた。

 また,認知症患者の緩和ケアの実践法としては,神経内科や老年科との連携のもと,これまでの「がんの緩和ケア」の知識・態度・技能が十分活用可能であることが報告された。これは,認知症患者のニーズは(その評価が難しいのだが),先行きに対する不安,孤独などを取り除くコミュニケーションや,痛み,皮膚や外陰部の不快さなどを和らげる疼痛管理などであり,「がんの緩和ケア」と共通点が多いためであるという。

 一方,がんの緩和ケアの領域では,Break Through Painにフェンタニルの経鼻投与が,そしてオピオイドの便秘対策としてナロキソンの内服薬が紹介されたこと以外,新規なものはなかった。しかし,研究方法論のセッションの多さも目立った(今回は「サービス利用者の研究への参加」が主題)。

Good Deathを包括した公衆衛生的アプローチ

 そのほか,パーキンソン病,腎臓病,脳卒中の緩和ケアの特別講演が企画され,これらの疾患の患者が持つ緩和ケアニーズの解析と対策立案が「公衆衛生的アプローチ」として議論された。とりわけ印象的だったのは次の2点が参加した専門職の共通の意見だったことである。1つ目は,これらの慢性疾患が,時には医療的介入により一時的に改善する可能性があるために,積極的医療などの適応を含めたケアのあり方の判断根拠(Evidence)を明確にすることが急務であること。もう1つは,家族・医療者双方の「想い」の調整が,がんの緩和ケアに比して格段に難しいことがである。

 ところで,今回の学会の伏線として,死のとらえ方をめぐる,社会教育および医療の観点からの議論を喚起する必要性の認識が高まっていたことがある。彼らがめざしているのは,医療の中でこれまでタブー視されてきた「死」を「誰にも訪れる必定」ととらえ直すこと,そして,これまでのCureをめざす医療をGood Deathを包括する医療へと転換していくことである。

 I. Higginsonは,医療の第1のパラダイムシフトは近代医学の発展による感染症の克服であり,第2は近代ホスピス運動の開始である(ひたすらCure を追求し,人間を生物学的モデルのみとして扱い,医療現場から人間性を剥奪してきた近代医学に対するアンチテーゼ)と語る。それならば,「終末期ケアの非悪性疾患への拡大」は,死を“Good Death”として医療対象化した第3のパラダイムシフトにほかならない。

新しい医療文化としての緩和ケアと世界的優位性の確保戦略

 英国で緩和ケアが専門性領域として認知された直後の1991年,筆者は英国領事館(The British Council)主催の緩和ケア講習会(1週間にわたりSt Christopher’s Hospiceで開催)に参加したが,その場には東欧諸国をはじめ,南米,アフリカ,アジア各国から50人近くの参加者がみられ,英国が世界の緩和ケアの頂点に立ったかのような状況だった。なお,その年には『Textbook of Palliative Medicine』初版(Oxford University Press)が刊行され,また,英国緩和医療学会の全国統一公式カリキュラムが完成・発表され,講習会場で大々的に公表されている。

 あれから19年,今回の学会の直前に,最も古い緩和医療誌であり,かつEAPCの機関誌である“Palliative Medicine”誌が,第24巻1号よりAPMの公式機関誌としても承認され,その最新号(第24巻2号)は本学会の抄録集も兼ねている。この動きは,英国が文字通りヨーロッパと世界の緩和ケアの牽引役となったことにほかならない。

 この点を踏まえて考えると,発展途上国からのゲストの招聘などの今回のさまざまな企画は,英国医学界が,緩和ケアの新しい潮流を前面に押し出し,その困難さを乗り越える姿勢を示し,緩和ケアという新しい医療文化において世界的優位性を確保しようとする文化的戦略として受け止めることができるだろう。

日本の緩和ケア関連諸団体は協働して今後の方向性の議論を

 日本は,近々,団塊の世代が大量に高齢化し,世界に前例のない社会的・医療的問題を抱えようとしている。その中で,いま,われわれ緩和ケア当事者に問われていることは,緩和ケアの対象をがんから解き放ち,すべての疾患に普遍化することができるよう,医療者と社会の教育戦略を練り直すことであろう。とりわけ,認知症はすべての人にとって発症しうる疾患であることを呼びかけ,認知症早期の段階から「公と個と地域社会による対策」を優先的に講じる必要があろう。

 日本にはいくつかの緩和ケア関連団体があるが,残念ながら彼らは問題を共有し,共同して解決する場を持たない。したがって,それらの年次集会では,同様の事柄が,あちこちで,ばらばらに語られることが多い(筆者の個人的見解かもしれないが)。これは,「社会的・文化的表象形態としての医療」の変革者として存在しうる「緩和ケアの歴史的役割」に対する関連諸団体の認識と今後の戦略性の現状を物語る。

 今後,日本の緩和ケア諸団体が一つのテーブルにつき,現状を語り,これからの方策を共に模索するよう期待したい。英国の緩和ケア史はその好例を提示している。

週刊医学界新聞 第2879号 2010年05月17日

第107回日本内科学会 終末期がん患者への血液培養実施は慎重に行うべき
 緩和医療を受ける終末期がん患者への抗菌薬投与は自覚症状を緩和させるとの報告があるが,度重なる検査や点滴で患者の苦痛が増す可能性が懸念される。亀田総合病院(千葉県)緩和ケア科の廣橋猛氏は,一般病院における同患者への感染症治療の現状を把握し,血液培養の必要性を中心に検討。死期が近いと予測される場合は,血液培養の適応は慎重に判断すべきとの見方を示した。

死亡直前では症状緩和に寄与しない

 対象は,2009年1〜9月に同院緩和ケア科に依頼のあった院内死亡例のうち,化学療法などの積極的治療終了後に経静脈的抗菌薬投与を行った78 例(男性39例,女性39例)。感染源,抗菌薬の種類,血液培養の有無および結果,症状改善の有無について後方視的に解析した。

 その結果,37例(47.7%),43回(重複あり)で抗菌薬投与開始が観察された。感染源の内訳は,呼吸器系37.2%,消化器系32.6%,尿路14%,皮膚軟部組織など16.2%。多くは緑膿菌をカバーする広域な抗菌薬が用いられていた。

 抗菌薬投与開始エピソードのうち33回(76.7%)で血液培養が実施されていた。Palliative Prognostic Indexでは予後3週間以内を予測できることから,廣橋氏は死亡日の3週間以前(19回)と3週間以内(14回)に分けて検討。その結果,後者のうち4 回は死亡3日以内に血液培養が行われており,感受性試験の結果が判明するころに死亡していた。また,血液培養なしでは症状緩和が得られないケースは見られなかった。

 さらに,3週間以前群では7割以上で自覚症状の緩和が得られたのに対し,3週間以内群では14例中5例にとどまった。この5例の血液培養は死亡2 週間以前に行われており,死亡直前の血液培養は症状改善に寄与しない可能性が示された。また,残り9例の経過は悪化の一途をたどっていたという。

 同氏は「適切な抗菌薬投与により,終末期がん患者でも自覚症状の緩和が期待できる。臨床現場では,経験的な抗菌薬の選択はやむをえないが,死期が近いと予測される場合には血液培養の施行は慎重に判断するべきだ」と結論。内科と緩和ケア間で議論される課題は多く,これらの検討を続けていくとした。

メディカルトリビューン 2010年5月20日

医療が危ない!
元国立がんセンター院長が警告!「厚労省は医療現場の状況をわかっていない」
「在宅療法を本気で推進する気はあるのか」 役人による机上の論理に疑問符
土屋了介(つちや りょうすけ)


 前回取り上げたように、毎年30数万人ががんで亡くなっていく。「3 人に1人ががんにかかる」と言われている時代であり、自分ががんになった場合や、末期と診断された際に、どのような医療を受けたいのか、どのように苦痛をとってほしいのか、或いはどのように残された時間を過ごすのが幸せなのか、予め考えておくことが必要だ。

 また、在宅で最後を迎える患者は、現在がん死亡者数の10%未満。残りの90%以上は病院で亡くなっている。拠点病院に緩和ケア病棟があっても対応できる病床数はない。末期の患者やその家族の意向を踏まえた住み慣れた家庭や地域で療養できる環境整備が重要だ。

 その点、土屋氏は「病院に限らず在宅や介護施設等においても緩和ケアを提供できる体制を推進していかなければならない。そのためには、拠点病院、、介護施設、在宅療養支援診療所やホスピス・緩和ケア病棟を含む地域におけるがん医療の連携協力体制の構築が欠かせない。こうした声は医療現場では高まっているものの、厚生労働省がまったくわかってない」と訴える。

 厚労省はがん患者の在宅療法を進めている。背景には「医療費の削減」があるとみられる。ただ、現在どれくらいのがん患者が在宅で看取られているのか、そして今後どれくらい増加していくのかなど、実態はまだまだ見えていない。こうした見えていない部分を研究で明らかにし、在宅における緩和ケアを提供できる体制を考えるのが目的だ。

 ところが、土屋氏は以下のように厚労省の在宅療法推進の問題点を指摘する。「厚生労働省の第3次対がん総合戦略研究事業では、がん患者の在宅緩和ケアに関する研究を行っている。その中で、帝京大学の江口先生や国立がんセンターの的場先生が、在宅での看取りがどれくらい増えるかということを研究している。

 こうした研究については、がん患者さんがすぐ亡くなるわけでないので、継続してフォローアップしないと研究の意味がない。しかし、厚労省はこの研究に来年度以降の予算はつけないと騒いでいる。結局、一部のがんを診察したことがない医師免許をもった役人が、見栄えの良い成果を求めて机上で判断していることが大きな問題だ」

 在宅医療を支えるには、医療関係者の地道な努力が必要だ。実際、受け皿として積極的に在宅を目指す開業医師の数は少なく、きちんとした体制が整わないまま、今でも手探り状態であるといっても過言ではない。在宅医療の推進は重要な施策であるが、号令だけでは現場は混乱する。

ダイヤモンド・オンライン 2010年5月27日

患者の周囲の他者が,「私たちのために生きていてほしい」と願い,
その生を最後まで肯定していくのは,当たり前のこと
川口有美子氏に聞く

 第41回大宅壮一ノンフィクション賞(日本文学振興会主催)に,医学書院刊『逝かない身体――ALS 的日常を生きる』が選出された。喜びさめやらぬ著者の川口有美子氏に,受賞作に託したメッセージや難病介護の現状に思うこと,これから取り組みたいことを伺った。

――受賞,おめでとうございます。

川口 ありがとうございます。このような大きな賞をいただくとはまったく考えてもいなかったので,とにかく驚きました。いまだに驚きが続いていて,私はどこにいってしまうのだろう,という気持ちです(笑)。

 本を書いたことは家族には内緒にしていたので,受賞によって知られてしまった今,どういう顔を向けたものか。家族も,自分たちのことが書かれている本がこうして世に出ているわけですから,少々複雑な面持ちでした。

――審査員の柳田邦男さんの講評をお聞きになって,いかがでしたか。

川口 共感の言葉がうれしかったです。柳田さんご自身が脳死状態の息子さんを看取った父親として,生と死の狭間での葛藤を『犠牲(サクリファイス)――わが息子・脳死の11日』(文藝春秋)に書かれていたこともあり,ご自身の過去を振り返りつつ『逝かない身体』を読んでくださったのかもしれない,と勝手に推測してしまいました。

 また,逝きゆく身体のケアにおいて言語化されていないことが多々あり,それらを文学にしたことを評価してくださったのも,ありがたかったです。

病人はアスリート,介護者はトレーナー

――ALS介護の記録というと,感傷的な「闘病記」と受け取られるかもしれませんが,それとはまったく別のものですよね。「植物的な生」を肯定し,植物を育てるがごとくケアをする。潔ささえ感じます。

川口 ALSの患者さんは文字盤を通して,「薬指にくっついている小指をちょっとだけ離して」といったミリ単位の要求をしてきます。「ン? 指の位置がおかしいの?」と言うと,パチッとまばたきが返ってくる。そこから位置の調整を始めて,またまばたきでOKが出るまで,何度も繰り返すのでたいへんな時間がかかります。

 1日24時間,家族とヘルパーさんが交替でそうした身体の微調整をずっと繰り返しているのが,ALSの介護。慰め合っている暇もありません。

――感傷に浸っている場合ではないと。

川口 ええ。患者さんは神経を研ぎ澄ませて身体に極力集中し,ベストな体調にコントロールしてもらおうとします。「今日は睡眠薬を4分の3に削って何時に飲ませて」「今日は気分があまりよくないから,呼吸回数をちょっと落として,呼気の量を450から475にして」などと実に細かく指定してくる方もいます。そうした調整を刻々と続けていると,良い体調は皆で作るという気概が生まれてきて,病人といえどもオリンピックのアスリートのようになってくるんですよ。介護者は,縁の下で支えるトレーナーの気分です。

――それは,患者が何も発信できない状態(TLS : Total1y Locked-in State)になっても同じなのですか。

川口 突然その状態になるわけではないので,介護のスタンスは変わらないですよ。それまでも経験の積み重ねを総動員させてケアをしてきており,患者さんの顔を見て,何を言いたいのかだいたい読み取ってきていますしね。あうんの呼吸です。そうして亡くなる瞬間まで,患者の意思を汲み取ろうとして身体をとても大事にし続けます。

 ですから,そんな身体介護をしてきた人にとっては,世話する身体を喪失したときが死なのです。私がいちばん悲しかったのは,母のお棺に釘を打つそのときでした。呼吸器が外された後も身体が存在している間は冷静でいられましたが,火葬場のボイラーが点灯した瞬間が最もつらかったですね。

 そんなふうに,身体を心や意識と同等に大切なものとして扱うことを心身一元論と呼びますが,母や他のALSの介護の様子から,そうした理論は自然に身に付いたと思います。

――日本には昔から,そうした考え方がありますよね。

川口 むしろどこの国にも,原初的な心身一元論はあるのではないかと思います。西欧では主流でないだけです。

 西欧では「我,思うゆえに我ありのデカルト的な心身二元論に基づいた生命倫理観が主流で,まず高尚な魂=思考する脳が重要視されているため,自己決定ができなくなったら生きていても意味がないと考えられがちです。

 そうした思考はALSの医療にも反映されていますよ。例えば,英国では優れた緩和ケアのプロセスがありますが,長期人工呼吸器の装着は QOLの低下であるとして,選ばないよう導かれます。自己決定できなくなるのだから自律できなくなる。だから呼吸器を選ばないという考え方が主流です。オーストラリアの患者会でもALS患者家族を対象に,穏やかな死を迎えるための講習会が行われています。

「それでも生きたい」への共感

――呼吸器の選択については,本人の意思が重要だとして,事前指示書やリビングウィルを書いておくべきとする風潮が,日本でも強まっていますね。

川口 それも,西欧的な心身二元論に基づくものでしょう。日本は西欧に比べて遅れていると言われますが,「あなたは生きたいか,生きたくないか」という問いそのものが,おかしいという議論もあります。

 心の中では生きたいと願っている患者さんでも,先々に不安があったり,自分が生きていることで家族が苦しむと思うと,その生きたい気持ちを表出することは難しい。葛藤の末「呼吸器を着けない」選択をしてしまうこともあります。日本は現在のところ呼吸器を選ぶことができる国ですが,ALS患者8000人強のうち,呼吸器を着けていない7割の中にも,そうした事情から着けられない方はかなりいます。押しつけに近いかたちで生死の選択を迫られる ALS患者の悲しみを,私は日ごろからひしひしと感じています。

 人間は孤独ですが,独りぼっちで生きているわけではなく,他者との関係性で生き方も考え方も変化していきます。誰かに好かれ望まれればうれしいし,嫌われると悲しい。ですから「死にたい」という者に対して家族,友人,恋人などの他者が「私たちのためにこそ生きていてほしい」と願い,その生を軽んじることなく肯定していくのは,当たり前だと思うのです。しかし,そうしたごく自然な感覚が,ALSをめぐる医療からはスポッと抜け落ちているように感じます。

――「機械に囲まれて生かされていて,かわいそう」という声も聞かれます。

川口 一般的には,医療機器に頼らないで,「最期まで自分らしく」「自然に」亡くなることが良いことだと考えられているかもしれません。でも私たちは,たとえまったく体が動かなくなっても,呼吸器を着け,経管栄養になっても,自分らしさを失わずに明るく生きている人を知っていますよね。その点はしっかりと伝えていきたいですね。

――『逝かない身体』には,診療所の中村洋一先生が,呼吸器を着けて生きることに意味があると励まし続けてくれたことが書かれていました。

川口 生きる意味を見失って悩み苦しんでいる母に対して,「それでも生きていたいよね」と共感してくれる人は本当に少なかったのですが,中村先生は一貫して「地域医療のパイオニアになるって言ったよね」と母を元気づけてくださっていました。

 先生は,母が「死にたい」などと言っても,「今度はいつ温泉へ行きましょうか」なんて質問をするんです(笑)。すると母も,「うーん… じゃあ,○月×日に」と(笑)。支援する人は患者の悲しみは受け止めても取り込まれずに強くありたいものです。一歩一歩,苦痛も生きている証と肯定して,「いっしょに生きていきたい」と言ってあげてください。

すべてが実践から生まれた

――「この病いは,あらゆることを体験から学びなおす機会を与えてくれる」(p. 160)とありますが,人工呼吸器や経管栄養も観念的な議論に固執せず,実践を繰り返したことで得られたものがとても大きいように感じました。

川口 私はそれまで医療を勉強したことがまったくなく,突然母の介護現場に足を踏み入れたんです。

 だから,それまで家族は全員同じご飯を食べていたのに,胃瘻にしたとたん母だけが急に食べる物も変わるなんてことは念頭になかった。母も経管栄養剤には吐き気を催していたので,極力ミキサー食を漉して経管で胃に流して命をつなぎました。管を詰まらせずに注入する方法を工夫し,カロリー計算をしつつオリジナルの経管栄養を作ったりしました。その他のケアにも勘を働かせて野性的な介護をしてきたのですが,それでも母は12年間元気に生きられたので,これでよかったんだ,という確信が得られました。

――医療者のほうが意外にも,人工呼吸器や経管栄養に否定的な場合が多いかもしれません。

川口 それは医療が標準化されてしまって,一対一の人間関係から入っていけないからではないでしょうか。

 介護者と一対一の関係での患者さんは唯一無二の存在ですから,できることは片っ端から試してみたくなるのは当然です。多くの介護者が戸惑いを感じ始めるのは,生存自体が苦痛であるとか,介護者のせいで苦痛を長引かせているなどと他人に言われたときからです。まぁ,生きていても仕方がないとさっさと見切りをつけてしまう介護者も少なからずいるんですけどね。

誰でも介護ができる社会へ

――12年間ALSの介護を経験されて,難病介護の現状や今後について,どう考えておられますか。

川口 今,病気になって治療しても治らないことがわかると,一足飛びに死ぬ話になってしまい,その“間”のこと,「ケア」がスポンと抜けているように感じます。でも介護や看護によってその“間”は埋められるし,元気なころよりも豊かな人生を過ごしている人もいます。

 そうした“間”のケアの大切さは実践の経験からしか学べませんので,誰でも基本的な介護――身体が不自由な人の車椅子への移乗や外出の介助,トイレや入浴介助――ができるといいなと思います。NPO法人さくら会でも,介護の未経験者向けに20時間の講習会を行っています。身体の介助などは現場で時間をかけて練習すれば身に付くので,この講習会では主に意思伝達が困難な重度障害者に対する支援の理念について教えており,これまでに約900人のヘルパーを養成しています。

 皆が障害に対して正しい考え方を身に付ければ,障害のある人への偏見もなくなるでしょう。それに並行して介護を有償化して,家族以外にも介護を依頼しやすくしたり,アルバイトで介護を手伝ったりできればと,次の障害者施策にも提言しています。

――家族だけで抱え込んでしまわないことが大切なのですね。

川口 家族だけで対処しようとすると,次第に介護やお金の工面に疲れ果てて,チラッと「いなくなれば楽になる」という考えが浮かぶ。やがて存在の否定が始まります。ですから最後までその生を肯定し看取るために,それこそ「ケアをひらいて」,他人と代われるところは代わりつつ,家族は愛情や思い出の共有といった家族でしかできない支え方をするべきだと,経験から学びました。

「個」ではなく「関係」が人間存在の最低条件

――『逝かない身体』では書ききれなかったこともあるのでしょうか。

川口 死にたいという人に「生きろ」と励ますのは傲慢だと批判されることもあります。「つらい」「死にたい」という思いに共感して楽に死ねるように支援することも重要だと。なぜ私たちが患者さんに,あるいは患者同士が「あなたには“生きる義務”がある」と言っているのか,この本には十分には書ききれなかったです。

 その答えは,歴代の,さまざまな医療介護制度を作ってきたALS当事者の生きざまに端的に現われていますから,彼らのことはいつかどこかに書きたいです。私の母の物語は文学的でロマンチックでさえありますが,それとは違い,重度障害者たちの破天荒な生き方や秀逸なアクティビストとしての顔を記した内容になるでしょう。

 例えば橋本操(ALS当事者/日本ALS協会副会長)さんは,お兄さんが何人もいて,生まれたときから至れり尽くせりで要介護度5だったという人で(笑),人は「生きる意思」だけでは生きられないことが,よくわかっている人です。人は原子のように「個」として存在するのではなく,「関係」を存在の条件と知っている。本人は自覚していないかもしれませんが(笑)。

――天性のものなのでしょうね。

川口 私と橋本さんは,よくコンビを組んで国の会議などで発言しますが,彼女は本当に短い言葉しか言いません。それを私が膨らませて説明しているから,どうしても私の考え方がブレンドされてしまって,橋本さんの思いとは,多少ずれていることもあります。でも橋本さんは,それでもいいと達観している。彼女の他者を信じる力,人を動かす才能が,彼女の療養を支えていると思います。

――これからこの本を手に取られる方に,ひと言お願いします。

川口 読む方によってはともすると耳の痛い記述もあるかもしれないのですが,私の経験してきたことを素直に書いたつもりです。ALS当事者の家族からは,本を読んで「自分がやっていたことが間違っていなかった」「ほっとした」とも言われますので,そう感じてくださる方もいるかもしれません。

 家族の介護をしている方,在宅介護の最前線で悩んでいる看護師さん・ヘルパーさんらに,ひらかれたケアで生の希望をつないだ私の体験を届けられたらうれしいです。

――ありがとうございました。

週刊医学界新聞 第2881号 2010年05月31日

終末期医療 高齢死亡者の4分の1超が決定能力欠如
事前指示書の重要性を示唆
 ミシガン大学内科の Maria J. Silveira助教授らは,高齢死亡者3,746例を対象とした終末期医療に関する全米縦断研究の結果,4分の1超が自身の終末期医療において,決定能力を欠いていたことがわかったと発表した。

事前指示書に関する誤解多い

 筆頭研究者のSilveira助教授は「遺言状(living will)に記されている延命治療に関する希望や弁護士への代行権限委任(durable powers of attorney)などを事前指示書(advance directives)に明記していた患者のほとんどは,自らが望んだ医療を受けていた」と述べている。

 同助教授によると,これまで終末期医療に関する複雑な決定を他人に代行してもらわざるをえない高齢者の数は,把握されていなかった。今回の研究結果は,終末期に侵襲的治療か限定的治療,緩和ケアのいずれを施行すべきかを他人に決めてもらわなければならない高齢者が相当数いることを示している。

 また,今回の研究では,遺言状の作成と意思決定代理人の選択はともに重要なことが明らかになった。

 同助教授は「終末期医療に関する決定は,しばしば感情的要素を伴うことから困難なものであるが,今回の研究結果は,自身と家族のために,生前に意思を示しておく必要があることを強調しており,医療に関する遺書の作成や代行権限の委任に費やす時間は無駄ではないことを示している」と述べている。

 事前指示書には,通常,遺言状に記されている延命治療に対する希望を明記するか,医療に関する代行権限を付与する代理人を選択しておくことを明記しておく。事前指示書は,米国の50州すべてで認められており,弁護士を頼まなければ費用をかけずに作成できることから,同助教授はそうした方法を推奨している。

 しかし,事前指示書に関する俗説や誤解は多く,例えば多くの人は「明示された意思の代行は,患者が医療に関する意思決定を自分でできない状況になった場合にのみ行使されること」,「作成した意思の内容を文書か口頭によりいつでも撤回できること」などを理解していない。このように事前指示書は,しばしば医療に関する決定に関係しない遺言状や代行権限の委任と混同されている。

事前の意思表示者ではほとんどが希望通り

 今回の解析対象は,同大学社会研究所の全米縦断研究であるHealth and Retirement Studyに参加した米国在住の高齢者のうち,2000〜06年に60歳以上で死亡した米国人3,746例である。事前指示書により意思を明示していたのは68%で,そのうち90%超が終末期に限定的治療または緩和ケアを要求していた。意思決定の必要があったが,自分自身では不可能な状態にあった者のうち,限定的治療を要求した患者の83%,緩和ケアを要求した患者の97%が,自身の希望に沿った治療を受けていた。

 Silveira助教授は「医療に関する遺言状を作成したり代行権限の委任を行っていた者では,院内死亡率や侵襲的治療の施行率が低かったが,これは患者のほとんどが自ら希望していたことであった」と述べている。

 侵襲的治療を望んだ少数派のうちの半数は,実際には侵襲的治療を受けていなかった。これに関して,同助教授は「生前の意思で示された医療が認められなかったと結論付ける者もいるかもしれないが,今回の研究では,侵襲的治療に対する希望を示した場合には,そうした希望に言及しなかった場合と比べ,実際の侵襲的治療の施行との間に非常に強い関連が認められた。終末期医療において,限定的治療と緩和ケアは常に選択肢となるが,侵襲的治療は施行不能な場合があり,単にそれが原因だったのではないか」と述べている。

 同助教授によると,多くの患者が終末期医療と事前指示書に関する話を医師の側から切り出して欲しいと望んでいる。同助教授は「医師はそのための報酬を受けるべきである。最近,終末期の意思決定をルーチンで行うことに対して,メディケアが支払いを始めたことは評価できる」と強調している。

 さらに「終末期の適切な計画を立てるためには,時間のかかる話し合いが必要である。そのための時間と場所,報酬を医療提供者が確実に得られるような医療システムをつくることが重要だ。高齢者の多くもそれを望んでいる」と述べている。

メディカルトリビューン 2010年6月10日

がんの死亡者3年で6%減 厚労省が中間報告
 75歳未満でがんによる死亡者が3年間で6%近く減少したことが6月15日、厚生労働省が公表したがん対策推進基本計画の中間報告書で分かった。基本計画は「10年で20%減」を目標としており、同省は「達成できるペース」とする。放射線治療や抗がん剤治療、緩和ケアなども拡充したが、未成年者の喫煙は「3年以内にゼロ」の目標を達成できなかった。

 国は2007年4月施行のがん対策基本法に基づき、11年度までの5年間で達成すべき目標を基本計画で設定。中間報告書は来年度の最終報告に向け、対策の評価や見直しのため、患者などが参加するがん対策推進協議会の意見を盛り込んでまとめた。

 中間報告書によると、高齢化の影響を排除するため75歳未満で年齢調整したがんの死亡率は、基本計画の策定時点で判明していた05年の死亡率を100とすると、08年は94.4で、5.6%減少した。同省は「がん拠点病院の整備などが影響したのでは」と推測する。

 ただ協議会では「治療技術の進歩などで死亡率は基本計画策定前から年2%程度減少しており、『10年で20%減』の目標が低すぎる」などの厳しい声も。「将来的にはがんの種類別に、がんになる率と死亡率の減少、生存率の向上について適切な数値目標を設定すべきだ」との指摘も出た。

 一方、「5年以内にすべてのがん拠点病院で放射線治療や通院による抗がん剤治療(外来化学療法)を実施する」とした目標は今年4月時点で達成。初期治療からの緩和ケアが実施できるように3年間で1万人以上の医師が研修を修了するなど、治療のすそ野は広がっていた。

 だが未成年者の喫煙率は08年度調査で高校3年男子が12.8%など「3年以内でゼロ」は達成できなかった。検診の受診率も「50%以上」の目標達成は厳しい状況。協議会は「量的な充実だけでなく、医療の質の評価なども必要」と指摘しており、同省は12年度以降の基本計画策定に向けて対応を検討する。

日本経済新聞 電子版 2010年6月15日

埼玉県立がんセンター新病院 平成25年度運営開始
 上田清司知事は15日の定例会見で、伊奈町小室に建設する県立がんセンター新病院の概要を発表した。本体工事費や職員住宅整備費など予算は計約316億円で、平成23年6月に着工、25年度に運営開始を予定している。

 新病院は鉄筋コンクリート地上11階地下1階建て。延べ床面積は現在の病院から約1万平方メートル増の約5万7700平方メートル。病床数は500床で、100床増加する。

 手術室は現在の7室から12室へと増設。がんの痛みを和らげる緩和ケア用病床も18床から36床へ倍増させる。医師数は現在の96人からの増加を検討中で、看護師は約370人から約100人増加させる方針。

 また、小さながんの発見を可能にする最新の診断装置「PET−CT」などの高度医療機器を導入。将来は手術室でCTスキャンや放射線治療なども可能な「ハイブリッド手術室」の実現も目指すという。

 現在の病院は昭和50年開院で、老朽化などの課題があった。上田知事は「県民の期待に応えられるよう、最先端の医療と同時に患者や家族に優しい病院作りをしていきたい」と述べた。

産経ニュース 2010年6月15日

「家庭医療専門医」は質とアクセス、どちらを優先すべきか
日本プライマリ・ケア連合学会、第1回学術大会のシンポジウムで議論
 第1回日本プライマリ・ケア連合学会学術大会が6月26日と27日の2日間、東京都内で開催された。本学会は、日本プライマリ・ケア学会、日本家庭医療学会、日本総合診療医学会の三つの学会が今年4月に合併して誕生、その最初の学術大会に当たる(『小異を捨てて大同につき3学会を合併 - 前沢政次・日本プライマリ・ケア連合学会理事長に聞く』を参照)。当面の課題が専門医・認定制度の確立で、27日のシンポジウムとして開催されたのが「本学会における専門医・認定医制度を考える」だ。

 本学会は新たな専門医として「家庭医療専門医」を創設、医療法に基づく「広告可能な専門医」として認めるよう求めている。認定制度検討委員会委員長を務める、伊藤澄信・国立病院機構本部総合研究センター臨床研究統括部長は、「厚生労働省医政局総務課と広告規制緩和に関する協議を行ったところ、きちんとした研修施設で研修を受けていない人を専門医として認めるわけにはいかない、と言われた」と説明。さらに、(1)既に広告が可能となっている、日本内科学会の「総合内科専門医」、日本小児科学会の「小児科専門医」との違いの明確化、(2)各方面(日本医師会、日本医学会、日本専門医制評価・認定機構など)への説明、なども求められたという。

「広告可能な専門医」を目指す

 4月に合併する以前、前日本プライマリ・ケア学会では、認定医と専門医の二階建ての制度、前日本家庭医療学会は専門医制度を運営、前日本総合診療医学会には専門医制度がなく、「病院総合医」養成に向けた後期研修プログラムの構築に取り組んでいた。既存の各専門医制度を継承する形で創設されるのが、「家庭医療専門医」だ。

 「家庭医療専門医」は、「プログラム認定」。つまり、2年間の卒後臨床研修を終了後、学会が認定した後期研修プログラムで3年間研修した医師に対し、「家庭医療専門医」の受験資格を付与する形を基本とする(2014年3月までは、前日本プライマリ・ケア学会の専門医Aコース(所定の5年間の研修修了者)とするなど、移行措置あり)。

 もっとも、「家庭医療専門医」をめぐっては、 (1)「広告可能な専門医」として認められるか、(2)移行措置等の在り方、(3)「病院総合医」(病院総合診療専門医)との関係――など、今後の検討課題が多々ある。

 前述の伊藤氏の発言は、(1)に関するもの。厚労省の見解は、「後期研修プログラムで研修した人はいいが、それ以外の移行措置で専門医資格を得た医師を、広告可能な専門医として認めていいのか」という趣旨。これは、(2)の移行措置等の在り方とも関係する問題だ。前日本プライマリ・ケア学会では、「認定医+2年間の研修」で専門医の受験資格を得ることも可能だった。さらに、各領域の専門医資格を持つ医師が開業するに当たって、あるいは既に開業している医師について、「家庭医療専門医」の取得を可能とするかなども論点だ。

「開業医も取得できる制度にすべき」との意見も

 シンポジウムでは、フロアから下記のような意見が出た。「家庭医療専門医」の質と量をどちらを優先すべきか、つまり「後期研修プログラム修了者」以外に、どこまで移行措置を認めるかについては、学会員の中でも大きく意見が分かれている。

 「以前にある取材を受けた際、家庭医療専門医の養成数について、『今は年間約20人だが、将来は 100人、200人にしたい』と説明したところ、『日本の人口は1億2000万人。私の身の回りにそうした人が働くようになるには、いったい何年かかるのか』と言われたのが印象に残っている。専門医の養成といっても、プライマリ・ケアの専門医の養成は特殊。クオリティーももちろん大切だが、まずはアクセスを確保しないと社会的な責任を果たせないのではないか。他の専門医を持っている医師が、ジェネラルな分野に参入したいという場合に、そのハードルは当面はあまり上げすぎない方がいいのではないか。クオリティーとアクセスビリティーの兼ね合いを認識して議論する必要がある」(大滝純司・東京医大病院総合診療科教授)

 「家庭医療専門医の質は重要だが、まずはアクセス、量の確保が重要ではないか。できるだけ質の高い家庭医療専門医を養成する方向は目指し、3年間の研修をやってそれから認定するのがベストではある。ただ初期は、非常に診療に忙しい開業医が資格を取れるように、移行措置として、試験だけの認定でもいいのではないか。家庭医療専門医は、それほどハイリスクな手技をするわけでもない。家庭医療専門医を非常に貴重なものとして、出し惜しみするのではなく、ちゃんと勉強した人は家庭医療専門医とするような太っ腹な気持ちで最初は数を確保する。そして、正規の研修を受けた家庭医療専門医が育ち、その人たちが将来に担うのを待つのはどうか」(生坂政臣・千葉大医学部附属病院総合診療部教授)

 さらに開業医の立場から、次のような意見も出た。「制度としては、国が『総合医構想』を出してきた。一方、日本医師会が『かかりつけ医構想』を出し、今は『日医生涯教育制度』があるが、非常に分かりにくい制度になっている。私ども開業医としては、どうしたらいいか日夜、悩んでいるところだ。そこで今回3学会が連合して、日本プライマリ・ケア連合学会が設立された。今後はこの連合学会こそが、厚労省、あるいは日医にきちんと提言していく必要があるのではないか。この場に日医と厚労省も呼んで議論しないと、それぞれがまた勝手にやっていくことになる。私ども開業医、プライマリ・ケアを担っている立場としては、簡単な試験をして登録して、その後、研さんができるような形を連合学会として提言していただきたい」。

「病院総合医」の位置づけも課題

 さらに、今後の検討課題である、(3) の「病院総合医」(病院総合診療専門医)は、「家庭医療専門医の研修3年+病院総合医2年」という形が想定されているが、こうした「二階建て」ではなく、「家庭医療専門医と病院総合医の研修は並列であるべき」という意見もある。

 富山大学附属病院総合診療部教授の山城清二氏は、「病院総合医の習得すべき中核的能力」として、(1)内科を中心とした幅広い初期診療能力(1次、2次救急を含む)、(2)病棟を管理運営する能力、(3)他科やコメディカルとの関係を調整する能力、(4)病院医療の質を改善する能力、(5)診療の現場において初期・後期研修医を教育する能力、(6)診療に根ざした研究に携わる能力、の6つを挙げる。

 「病院総合医」の役割やその研修のあり方はまだ検討課題が多いこともあり、伊藤氏は「まずは家庭医療専門医について先に議論を進めたい。結局は、厚労省がどんな制度であれば、専門医として認めるかによって、家庭医療専門医の制度設計を決めることになるだろう」との考えを示している。

 そのほか、「家庭医療専門医」については、前述のように日本医師会の「生涯教育制度」との兼ね合いなどの問題もある。

 日本プライマリ・ケア連合学会の専門医については、会員の中でもコンセンサスが得られていない部分が少なくない。各者の考えが異なることから、依然として制度・専門医の名称が複雑で、それが関係者以外にとっては分かりにくい議論になっているのも事実だ。

 シンポジウムには、メディアの立場からNHK解説委員の岩本裕氏が出席、「専門医制度が国民に認知されるために、どうあるべきか」を質問され、次のように回答した。「『国民に認知される』とは難しいことだが、複雑な制度になったら絶対に無理。『このマークのあるところに行けば、安心できる、それが皆のコンセンサスとしてある』という状態にもっていってほしいというのが単純な願い。そのためには、レベルを完全に保障しなければならず、その制度設計をきちんとしていく必要がある。私としては、一つ(の制度)であれば一番うれしいと思っている」。

m3.com 2010年6月28日

手を取り癒やしの歌 歌手の安田姉妹が病院を慰問 仙台
 歌手の安田祥子さん、由紀さおりさんの姉妹が6月27日、仙台市青葉区の東北大病院緩和ケアセンターを慰問し、美しい歌声で患者の心を癒やした。

 ミニコンサートとして、医療支援のNPO法人キューオーエル(仙台市)が企画した。患者と家族、ボランティアら約50人が参加。安田さんと由紀さんは患者の手を握りながら、「赤とんぼ」「冬景色」「夏の思い出」など、四季折々の歌を披露した。

 患者たちは涙を流しながら、姉妹のハーモニーに聞き入った。病室で童謡を口ずさむことがある青葉区の鈴木よしえさん(76)は「とてもきれいな声で目の前で歌ってくださって素晴らしかった」と感激していた。

 安田さんたちが緩和ケアセンターを訪れるのは4度目。由紀さんは「私たちが病院にいられるのは一瞬だが、先人が美しい言葉で作った歌で少しでも患者と家族を励ましたい」と話している。

河北新報 2010年6月29日

病院が虚偽説明と賠償20万 末期がん治療、東京高裁
 静岡県沼津市立病院で亡くなった末期がんの男性の遺族が、不適切な治療や説明があったとして市と担当医に計1200万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁は7日、請求を棄却した一審判決を取り消し、病院側の虚偽説明を認め、市に20万円の支払いを命じた。

 治療そのものについては一審に続き不適切な点はないとした。

 岡久幸治(おかひさ・こうじ)裁判長は、緩和ケアとして男性に投与された塩酸モルヒネを100ミリグラムから50ミリグラムに半減するよう頼んだ家族に対し、看護師が実際は減らしていないのに75ミリグラムと説明した点について「家族は精神的苦痛を受けた」と指摘。

 「家族が緩和ケアに反対するので、やむを得ない説明だった」との市側の主張を「治療内容に対する家族の不満は、意図的な虚偽説明を正当化する理由にならない」と退けた。

 昨年3月の一審静岡地裁沼津支部判決によると、男性は呼吸苦などを訴え2003年4月、市立病院で重い肺がんと診断された。治療中の6月に緊急入院し、それまでの抗がん剤に代わって翌7月9日から塩酸モルヒネを投与されたが、3日後に死亡した。

m3.com 2010年7月8日

第51回日本神経学会
ALS 研修・教育の必要性を指摘
 座長の荻野講師は,2009年3月に,日本神経学会認定の専門医4,500人全員を対象に「ALS終末期医療に関する意識調査」を行った結果,ALSに対するモルヒネ・鎮静薬使用,人工呼吸器の装着・取り外しに関する研修,教育の必要性を指摘した。

47%が独学でモルヒネを開始

 同調査の回収率は34%。現在,わが国ではALSの呼吸苦に対するオピオイド(以下モルヒネ)を用いた緩和治療は保険適用されていないが,21%がモルヒネの処方歴があると回答しており,2年前の調査(共同通信社実施)の14%を上回っていた。ただし,その47%が専門医や緩和ケアチームとの連携なく,独学で使用を開始しており,臨床教育の必要性が示唆された。

 また,今後,必要な場合は保険適用の有無にかかわらずモルヒネを使用するとの回答が47%と比較的高かったことから,今後,使用を考える神経内科医が増える可能性があり,早急に教育体制を整えるべきである。鎮静薬の使用を容認するとの意見も多かったが, 一方で,モルヒネ・鎮静薬の使用と安楽死との混同が約27%と比較的多く見られた。

 現在,わが国では,いったん装着したら事実上取り外しのできない状況のなかで,ALS患者の30%が人工呼吸器を装着して生活している。今回の調査では,人工呼吸器装着の判断について,「本人と家族の意思を同等に重視する」と「本人の意思を重視する」がともに半数を占めており,家族の意思を重視する日本的文化の影響がうかがえた。

 患者または家族から人工呼吸器の取り外しを要望されたことのある医師は21%,取り外しについては「認めるべきでない」24%,「(条件付きで)認めてもよいのではないか」59%と,意見が割れていた。人工呼吸器の取り外しを真摯に願う患者に同情を示す回答も多く,また20%が自由記載欄に,患者や家族からの回答困難な要望,現在の介護環境ではすぐにはどうにもならない現状のなかで最善を尽くす難しさを訴えていた。

 このような結果から,荻野講師は「多くの神経内科専門医が終末期医療において困難に直面していた。ALSに対するホスピスやモルヒネの保険適用の実現とともに,患者に対する同情から十分検討されないまま事故につながらないように,療養環境の改善に取り組むと同時に終末期の決定プロセスを含む研修や教育プログラムが必要だ」と指摘した。

 人工呼吸器を外すことの是非については,さまざまな立場から多くの賛否両論が述べられている。同講師は,療養環境も十分と言えない現状のなかで生命倫理の専門家はこれらの問題をどのように分析しているのか,また法的立場からの見解はどのようなものなのか整理する必要があると述べた。

メディカルトリビューン 2010年7月8日

手足のマッサージが遺族の慰めにも効果
 カロリンスカ研究所(ストックホルム)がん病理科のBerit Seiger Cronfalk博士らは「愛する人が亡くなった後は遺族の悲しみが深くストレスも強いが,リラックス効果のあるマッサージを8週間受けると,遺族の慰めとなる」との研究結果をJournal of Clinical Nursing(2010; 19: 1040-1048)に発表した。

悲しむことと前向きに生きることのバランスに有用

 軟組織のマッサージは優しくかつしっかり行うことで,皮膚の触覚受容体が活性化し,オキシトシンが放出される。オキシトシンは健康とリラックス効果を高めると言われるホルモンで,例えば,母親が子供に母乳を飲ませる際に分泌される。

 今回の研究は,肉親をがんで亡くし,緩和ケアチーム(ストックホルム・シュークヘム)と連絡を取っている妻,夫,娘,姉妹などの18例(34〜78歳)が参加した。

 マッサージは手か足に行われ,足を選んだのが9例,手が8例で,手足両方が1例であった。

 遺族は1回25分のマッサージを週に1回,8週間受け,場所は自宅,勤務先,病院のいずれかを選択できた。

 マッサージは柑橘系あるいはサンザシの微香性のオイルを用い,ゆっくりと直線になでる,軽く圧をかける,円を描くといった動きで行われた。マッサージの後,遺族には30分間リラックスすることを推奨した。

 プログラムの開始前と終了1週間後に,それぞれ60分間の面談を行ってデータを収集した。さらに,プログラム終了後6〜8週間の追跡調査を行った。

 その結果,17例は前向きに生きることができるようになったが,1例はその後,新たに肉親の不幸に接し,心の問題を抱えていたことが明らかになった。

 しかし,今回面談をした遺族は全員,治療が「慰め(consolation)」となったと述べている。また,治療について,(1)時宜を得た救いの手となった(2)頼れるものだった(3)安らぎの時間だった(4)生きる力をもらえる時間だった―の4種類のコメントを残している。

 Cronfalk博士は「遺族にとってマッサージは,身体に触れられるため安らぎにつながり,虚無感,孤独感の軽減に役立ったようだ。また,マッサージは肉親の死後の悲しみと肉親がいなくなった生活に適応するという2つの必要性のバランスを取るうえで,有用であった」と結論付けている。

メディカルトリビューン 2010年7月15日

死に場所なら英国が一番、英調査
 死を迎えるのに最適な国は英国――英誌「エコノミスト(Economist)」の調査部門「エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(Economist Intelligence Unit、EIU)」が14日、このような調査結果を発表した。

 EIUは、経済協力開発機構(OECD)加盟30か国とその他10か国の医師・専門家などを対象に、終末期医療に対する国民意識、トレーニングの有無、鎮痛剤の使用状況、医者・患者間のコミュニケーションの透明性などを基準とし、「クオリティー・オブ・デス(QOD、死の質)」を評価した。

 英国は、政府による終末期医療サポートや、ホスピス間のネットワークが充実している点が評価され、40か国中トップに立った。2位にはオーストラリア、3位にはニュージーランドがランクイン。アイルランド、ドイツ、米国、カナダもトップ10入りした。

 デンマーク22位、フィンランド28位など、富裕国とされる国の複数がランキング下位20位と低評価を受けたほか、ワースト10にはポルトガル、韓国、ロシアが入った。最下位はインドだった。(日本は高額な医療費と医療に従事する人員の不足がたたり、23位と低い評価だった)

■富裕国での終末期医療整備が急務

 EIUは、「最先端の医療システムを有する富裕国」でも医療制度に終末期医療を組み込んでいない国が多いと指摘。人の寿命が延び、高齢者が増え続けるなか、こうした国々で終末期医療の需要が急激に高まるとの見通しを示した。

 また、緩和医療は病院だけで行われるべきものではないこと、自宅での死を選ぶ人が多いことを挙げ、自宅介護士の育成を強化するよう薦めている。

AFPBB News  2010年07月15日

「がん相談対話外来」でよろず相談、国立がん研究センター
“がん難民”対策の一環、初日は100件以上の相談、政策立案につながる期待
 国立がん研究センターは7月16日、記者会見を開き、同月12日から開設した「がん相談対話外来」をはじめ、最近の取り組みを紹介した。

 同外来の予約は7月1日から受付開始、初日は100件以上の相談が寄せられ、7月中はほぼ予約で埋まっているという。医師だけでなく、看護師などが対応するのが特徴で、1回当たり1時間で2万6250円、病理診断を行う場合には3万1500円だ(詳細は同センターのホームページを参照)。1日当たり8件の相談に対応しているが、ニーズの増大に応じて今後、対応件数を増加する予定。

 理事長の嘉山孝正氏は、「“がん難民”は、『適切に治療を受けていない』『主治医から見捨てられたのではないか』と感じたり、最先端の治療を受けてももはや効果が期待できず、緩和ケアや精神的ケアを必要としている場合などに使われる言葉。がん相談対話外来の設置は、こうした“がん難民”をなくすことの一環だ。他のセカンド・オピニオン外来は、治療法のオプションを提示し、それを説明する形だが、医学的なことに限らず、様々な相談に応じて患者の納得を得ることを目指している」と説明する。

 「がん相談対話外来」の設置に先立ち、約350カ所の全国のがん診療連携拠点病院に、理事長名で同外来の趣旨などを説明する手紙を送付した。「中央病院には、600ベッドしかなく、患者を全員受け入れることはできない。地方からも患者は来ている。がん相談対話外来で治療法を相談、それをがん診療連携拠点病院で受けてもらうこともある」(嘉山氏)。

 対応事例のうち、他の患者および医療者に参考になる事例については、個人が特定されない形でホームページに掲載していく予定だという。さらに、「我々が思いもしなかったところで困っている“がん難民”がいるかもしれない。“よろず相談”を行えば、こうしたことも見えてくるだろう。それを基に我々が政策立案して、行政に提言していく」(嘉山氏)。がん研究センターの理念に、「がん難民を作らない」のほか、「患者目線で政策立案を行う」がある(『「がん難民はもはや作らず」、嘉山・国立がん研究センター理事長が宣言』を参照)。「がん相談対話外来」は、個々の患者への対応にとどまらず、がん診療連携拠点病院との連携、政策立案とも連動した取り組みと言える。

医師には1回5000円の手当を新設

 「がん相談対話外来」の特徴は、1時間の相談全体を通して看護師が関わること。(1)患者・家族が問診票を記入、(2)医師・看護師・患者・家族との面談(状況によっては、がん専門相談員、心理士も加わる):30〜40分、(3)看護師・患者・家族だけの面接を行い、医師の説明で分かりにくい点がなかったかを確認:10〜15分、(4)再び医師も同席して、説明:10〜20分、という流れになっている。

 国立がん研究センター企画戦略室室長の成田善孝氏は、「医師は専門的な用語を使って説明しがち。医師を途中で外し、看護師が分かりにくいところがなかったかを聞くことなどを通じて、患者の理解を深めることが可能」と説明する。

 7月12日から15日までの4日間で23件に対応。7件が終末期医療(ターミナルケア)、16件が「現在の治療法でいいか」についての相談。がん研究センターで治療を行うことになったのは1例のみで、他は対応した医師の説明を聞き、現在の主治医のもとで治療を継続することになった。

 会見では記者から、「免疫療法など、科学的なエビデンスがない治療法、自由診療でやっている治療法もある。この辺りは個々の医師はどう判断して説明するのか」との質問が出た。これに対し、嘉山氏は、「ガイドラインやエビデンスがあればそれを示す。したがってその辺りの判断は、個々の医師によって異なることはない。ただ、自由診療については我々はコメントできない」などと回答。健康食品やサプリメントなどについては、国立健康・栄養研究所と共同研究を始めているという。

 なお、「がん相談対話外来」を担当する医師には、1回当たり5000円を手当として支給している。「今年4月の診療報酬改定では、『勤務医の負担軽減・処遇改善』が重点課題だった。がん相談対話外来は、通常業務に加えて行うものであり、医師に負担がかかる」(嘉山氏)。

“よろず外来”に何でも聞ける安心感

  16日の記者会見では6月の会見に続き、患者会の代表も出席。卵巣がん体験者の会「スマイリー」代表の片木美穂氏は、「6月に、“よろず外来”を設けるという発表があり、患者会に説明したら、“よろず外来”というネーミングがいいと言われた。“セカンド・オピニオン外来”と言っても、“オピニオン”って何、となり、ハードルが高いと感じている。“よろず外来”であれば、自分が分からないことを聞ける安心感になる。ただ、『がん研究センターの先生の言葉が分からない』という問い合わせを受けることがあり、コミュニケーションスキルを磨いてほしい」とコメント。これに嘉山氏は回答、既に「がん相談対話外来」の対応に当たる医師については、コミュニケーションスキルのセミナーを実施したという。

 悪性リンパ腫の患者会であるNPO法人グループ・ネクサス理事長・天野慎介氏は、「説明書に、『説明を受けた』としてサインをする欄があるが、実際にはサインをしても理解できていないことがある現状で、看護師がこうした外来が入ることは画期的。看護師が担当することに院内で疑問があったと聞き、驚いている。地方などでは、患者がセカンド・オピニオンを切り出したところ、『もう診ません』と言われるケースがある。がん相談対話外来のような好ましい事例が普及していくことを期待している」との感想を述べた。

 天野氏は、「がん相談支援センター」が普及しない現状や、ドラッグ・ラグの問題などについても質問。嘉山氏は、「がん相談支援センターには、診療報酬上での評価がない。ドラッグ・ラグは、(適応外処方の根拠となる)『55年通知』について中医協で議論していくことになっている。ただ、『55年通知』だけでは解決できない問題もあり、(民主党政権が掲げる、新成長戦略の)ライフ・イノベーション戦略の中で、特区などで(適応外処方を)認めていくという方向性が出てくるのではないか。ただそれをやりすぎると、国民皆保険から離れる懸念もある」との考えを示した。

6センターで課題解決や戦略立案に取り組む。

 そのほか、16日の会見では、同じくこの4月から独立行政法人化された六つのナショナル・センター間の取り組みなども紹介された。

 理事長特任補佐で弁護士の境田正樹氏は、「がん研究センターが、日本の司令塔としての役割を果たすためには、ガバナンスの面でも改善すべき点があるが、今の独立行政法人通則法では、単年度会計、調達制度、評価制度、人事制度など、研究センターにはなじまない点が多々ある」と指摘。

 「ナショナル・センターは、国家戦略の要として機能しなければならない。例えば、日本には、いいシーズがあっても、知的財産に結びつかない。臨床試験でも、『チームジャパン』で取り組む必要があり、当センターは日本の『リサーチアドミニストレーター』として機能しなければならない」(境田氏)。

 独立行政法人化されたナショナル・センター間で、共通課題の解決や戦略立案などに向けて、今秋から文部科学省のWebサイト「熟議カケアイ」のシステムを使って、議論をしていく予定だという。

 なお、同日、「国家戦略としてのがん研究シンポジウム」の第1弾、「大規模ゲノム医医学研究の方向性」が開催された(『ゲノム医学成功のカギは「All Japan」と「日常診療」』を参照)。その趣旨を嘉山氏は、「がんセンターができたころは、世界のオピニオンリーダーだったが、今は日本は世界から取り残されている。現時点でわが国ががん患者のためにどんな研究をすべきかをオールジャパンで議論することが目的。学閥など関係なく取り組まないと欧米に勝てない。コホート研究もオールジャパンでやらないと意味がない」と説明した。

m3.com 2010年7月17日

延命治療中止の妥当性は「司法だけで結論出せぬ」
川崎協同病院事件を巡りシンポ
 最高裁の上告棄却で終結した川崎協同病院事件では,延命治療中止の妥当性を法廷で裁くことの難しさがあらためて浮き彫りにされた。市民と医療を考えるシンポジウム実行委員会のシンポジウム「川崎協同病院事件から医と法を考える」は7月18日,東京都内で開かれ,事件の当事者となった医師の家族や看護師,法律の専門家などが医療とシステムが異なる司法が医療行為の是非を結論付けることに無理があるなどとする意見を発した。人として死ぬことを尊重する行為が「犯罪」と見なされる現状では,医療従事者の重圧と苦悩は限界に来ている。

判決で延命治療中止の適法基準は示されず

 川崎協同病院事件は,1998年11月に同病院に心肺停止で運ばれた喘息患者への処置に端を発する。患者は蘇生し人工呼吸器は外れたものの気管内チューブは残されたままで昏睡状態は続き,重症気管支炎などで予断を許さない状況となった。主治医の須田セツ子氏は患者家族とのやりとりを経て,延命治療中止のため筋弛緩薬を投与した。それから3年後,内部告発から殺人容疑で同氏が逮捕,起訴される事件に発展した。

 一審の横浜地裁判決では殺人罪の成立を認め,懲役3年,執行猶予5年を言い渡した。二審の東京高裁判決では延命治療の中止が家族の要請で決断されたものと認定して減刑したものの,有罪は変わらなかった。最高裁まで争われたが昨年(2009年)12月に上告棄却。延命治療の中止を巡り医師が殺人罪に問われた事件で最高裁が判断した初のケースとなったが,延命治療の中止が許される基準は示されなかった。
「国家が刑罰で威嚇してまで守りたいもの」とは

 須田セツ子氏の兄弟でシンポジストを務めた慶應義塾大学大学院発生・分化生物学教授の須田年生氏は「裁判官は理念的,理想的な考えで裁判に臨んでいる。この点が現実乖離の司法判断を招いた」と振り返った。

 弁護士で国立がん研究センターがん対策情報センター研修専門官の大磯義一郎氏は,刑事訴訟では「実際にあった事実と訴訟上の事実が異なってしまうため,司法が医療に介入するには限界がある」との見解を示した。続けて「国家が刑罰で威嚇してまで守りたい利益はなんなのか。終末期医療で守られるべきは,乱用で失われる生命である」と訴えた。

 亀田総合病院(千葉県)泌尿器科顧問の小松秀樹氏は,超高齢社会では同事件に類似する問題が増加すると指摘し,「ぎりぎりの努力をせずにあきらめることにも正しさはあるのではないか」と提起。医療行為の妥当性は「法律のように演繹的,原理的に考えるのではなく,個々の状況に合わせて考えるべき」と主張した。

多様な感覚,感情が生じる現場を法で規定できるか

 都内の病院に勤務する医師の濱木珠恵氏は,腹膜播種で余命わずかだった患者の手術を断念した事例を紹介した。手術を受けさせられなかったことが心に引っかかっていたが,遺族からは「最期のお別れができた」と感謝されたという。同氏は謝辞を受けたことを意外に感じたものの,医師として貴重な経験が得られたとし,「医療現場でしか感じ取れない感覚や感情があるのに,法律で一くくりに規定すべきでない」と強調した。

 コメディカルの立場からも意見があった。看護師の恒松佳代子氏は,ある患者が看護師とコミュニケーションが取れていたときに延命治療の拒否を明言していたが,看護師が医師に伝えても聞き入れてもらえなかった事例を解説した。「看護師が患者の意思を記録し,それをもとに医療者間の意思統一を図るべきでないか。職場内で看護師が発言できる環境を整える必要もある」と求めた。

 須田セツ子氏の診療を受けていた患者の家族である斎藤武敏氏は,患者と医師の関係に言及した。同氏は診察に当たる須田氏の姿勢に対する患者の信頼は厚かったとし,「医師が患者の目線に立ち,患者のためを思っているのかということを患者は敏感に感じ取っている。それが感じられれば信頼関係は生まれる」と話した。

 司直の手がどこまで医療に介入すべきなのかという議論は,多様な考えや不安定な政局などの影響で具体策を講じるには至っていない。医療従事者が患者のためを思って人間らしく死ねる手助けをすれば有罪になる恐れが高い以上,国民に必要な医療行為と司法判断の方向性を早急に見出さなければ,医療萎縮の流れは止まらない。

メディカルトリビューン 2010年7月20日

第106回日本精神神経学会
がんセンター精神腫瘍科が新しい業務モデルに
 がん医療に精神科医が参画するシステムが充実してきた。千葉県がんセンター精神腫瘍科の秋月伸哉部長は,精神腫瘍科が総合病院精神科の新しい業務モデルを展開するチャンスになる可能性があると述べた。

予防的介入などの役割も

 近年,精神科を含めたさまざまながん医療体制が整備されつつある。精神科医が加わった緩和ケアチームへの診療加算,精神科医などの常勤を義務付けたがん診療連携拠点病院制度,がん患者・家族への心のケア,精神腫瘍医の育成などを推進するがん対策基本法,がん対策推進基本計画の整備などである。4月にはがん患者へのカウンセリング料も設定された。

 しかし,全国の拠点病院で,精神科医が常駐している施設はまだ3分の2。精神科医が関与する緩和ケアで診療加算を得ている施設は2割にすぎない。制度を十分利用しきれていない状況だが,がん診療の現場からはさまざまな役割が期待されている。

 秋月部長によると,同センターに精神腫瘍科(無床)が設置されたのは2009年4月。精神科医2人(常勤1人),臨床心理士2人で,患者やその家族,遺族を対象とした外来診療と入院コンサルテーションを行っている。初診患者のうち入院患者は6割。終末期以外の患者が8割を占める。家族あるいは同センター以外の患者はまだ数%にとどまる。

 診断名は反応性の適応障害,大うつ病やせん妄などが多い。これら精神疾患の診療に加え,侵襲が大きいがん治療を受ける患者に対する予防的介入,がん医療に関する意思決定支援・同意能力評価,認知症,統合失調症などを有する患者のがん治療支援,入院を要する場合の精神科病院との連携なども行っている。

 同部長は「コンサルテーション・リエゾン精神医療から一歩進んだ,総合病院精神科の新しい業務モデルを展開するチャンスとすることが可能かもしれない」と述べ,腫瘍精神科の拡充に向けた精神科医の積極的な取り組みを促した。

メディカルトリビューン 2010年7月22日

第15回日本緩和医療学会
 第15回日本緩和医療学会が6月18−19日,東京国際フォーラム(東京都千代田区)にて志真泰夫会長(筑波メディカルセンター病院)のもと開催された。創立15年目を迎える本学会は,緩和ケアの重要性が高まるとともに会員数も増え続け,今年3月には9000人を突破するなど,職種の垣根を超えて緩和ケアのあり方について議論する場となっている。

 今回は,「いつでもどこでも質の高い緩和ケアを」をテーマに,最新の知見が語られるとともに,より質の高い緩和ケアをめざした活発な議論が交わされた。本紙では,一般的にはまだまだ普及していない小児緩和ケアにスポットを当てたシンポジウム「小児の緩和ケア」(座長=聖路加国際病院・小澤美和氏,名大大学院・松岡真里氏)のもようを紹介する。

成人とは異なる小児の緩和医療をいかに推進するか

 シンポジウムではまず,多田羅竜平氏(大阪市立総合医療センター)が小児緩和ケアの特徴とわが国の現状について解説。氏はまず,現在小児の緩和ケアはがんが中心となっているが,神経筋疾患,代謝性疾患,染色体異常,重度脳性まひなど,さまざまな疾患においても必要であることを強調した。しかし,疾病が多様で体のサイズも個人差が大きいこと,患者の絶対数が少ないことなどから,システムの確立や技術の向上が難しいと指摘。その上で,今後は地域医療・教育・福祉・企業との連携や,小児緩和ケア専門施設の開設などにより,緩和ケアを進めていくべきと述べた。

 佐々木征行氏(国立精神・神経センター病院)は,神経・筋疾患は治癒しない疾患が多いこと,徐々に進行するため一般に“ターミナル”ととらえられる期間が長期間にわたることから,「緩和ケア」という考え方は神経・筋疾患領域には浸透していないと現状を説明。しかし,今後は“できることは何でも行う医療”から,“有意義な生を全うするための医療”にシフトするために,神経・筋疾患においても緩和医療的な考え方を導入すべきではないかと述べた。

 小児医療においては,何が子どもにとって最善の選択となるのか,悩む場面も多い。しかし,そもそも子どもや家族が主体的に医療に参加する環境は整っているのだろうか,自分たちがよいと思っていることを押し付けてはいないだろうか。有田直子氏(高知女子大大学院)は看護師の立場からこのような問題を提起し,小児がんの終末期ケアについて考察。看護師の役割として,患児・家族と話し合える関係を築き,寄り添いながら適切な情報提供を適切な時期に行うことや,苦痛の緩和に効果的なケア技術を医療者間,家族との間で共有することなどの重要性を説いた。

 前田浩利氏(あおぞら診療所新松戸)は,1999年の診療所開設以来行ってきた,わが国ではまだ認知度の低い小児の在宅医療について紹介。重症児を地域で支えるためには,訪問診療や訪問看護だけでなく,ホームヘルパー等の生活支援・介護支援の充実,短期入院施設やデイサービス施設等のレスパイトケアの整備,ケアコーディネーターの設置など,多施設,多職種で連携していくことが不可欠であるとした。

 小児の終末期医療においては,在宅で過ごしたいという家族の要望も少なくない。しかし,実際には小児患者を受け入れる診療所の不足が指摘されるなど,課題も多く山積している。そのようななか,各演者の発表後に行われた討論では,会場から「小児の在宅医療にかかわりたいと思っても,小児専門の医療施設ではない診療所等には情報提供されず,積極的にかかわることが難しい」などの声が挙がった。地域にどのようなニーズがあるのかを把握し,適切な情報提供を行うなど地域連携を強化することで,小児緩和ケア,小児在宅医療の新たなステージが開ける可能性を示唆するシンポジウムとなった。

週刊医学界新聞  2010年07月26日

闘病に安らぎ「子供のホスピス」 医師ら団体発足
 重い病気の子供やその家族を支える「子供のホスピス」の設立を目指し、大阪の小児科医らが29日、任意団体「こどものホスピスプロジェクト」を立ち上げる。将来的な施設建設を視野に入れつつ、当面は子供の看護で疲労する家族が休息を取れるように看護師らによる訪問ケアを軸に活動する。「できることから始め、徐々に活動の幅を広げていきたい」と小児科医らは話している。

 子供のホスピスは、難病の娘の看護に疲れ切った両親に休息を与えようと看護師が娘を数日間預かった体験を基に1982年に英国で設立されたのが始まり。

 専門的なトレーニングを受けた医師や看護師、理学療法士らが子供一人一人の状態に合わせた医療を提供するほか、子供たちを楽しませるパーティーなどのイベントも盛んに開かれる。

 「ホスピス」という言葉から、末期がん患者らのための看取りの場を想像されがちだが、病気の子供を短期間預かることで、両親らの心身の疲れを回復させる「レスパイトケア」目的の利用が大半だ。現在、英国内に40以上あり、カナダやオーストラリア、ドイツなど多くの国にも誕生している。

 日本でも奈良市などで設立に向けた動きが進んでおり、大阪でも昨秋、英国から子供のホスピス創設者らを招いて交流会が開かれたのをきっかけに、大阪市立総合医療センターの多田羅竜平・緩和医療科兼小児内科医長らが中心になって準備を進めてきた。

 英国の施設は主に地域住民らの寄付(年間3〜5億円)で運営されているが、寄付文化の浸透していない日本では資金面など課題が多い。そこで、「できることから始めよう」(多田羅医師)とまずはボランティアでの訪問ケア活動に取り組むことにした。

 看護師や学生らが重い病気の子供の家庭を訪問し、数時間を子供と一緒に遊んで過ごす。その間、保護者は休息を取れるという仕組みだ。学生らには将来、英国で「プレイワーカー」と呼ばれる“遊びの専門家”になってもらう狙いもあるといい、候補家庭の選定を経て10月頃からスタートさせる予定。

 このほか、子供を亡くした遺族が、同じ経験をした遺族のカウンセリングに携わる試みも計画。また、任意団体をできるだけ早期に社団法人化させる。

 多田羅医師は「第一歩を踏み出すことが大事。プロジェクトへの賛同の輪を広げながら、将来的な子供のホスピス設立につなげていきたい」と話している。

 「こどものホスピスプロジェクト」発足式は、29日午後7時から大阪市都島区の市立総合医療センターさくらホールで。入場無料。詳しくはホームページ(http://www.childrenshospice.jp/)で。

産経ニュース 2010年7月27日

抗がん剤治療中も食べる喜び
味覚分析おいしいレシピ 県がんセンターとキッコーマン開発へ
 県がんセンター(千葉市中央区)と、キッコーマン(野田市野田)は28日、抗がん剤治療の副作用で食欲不振に苦しむがん患者向けのレシピの共同研究に取り組むと明らかにした。県内の代表的ながん専門病院と食品大手が連携し、がん患者の生活の質の向上に取り組む初のプロジェクトとなる。

 センターによると、抗がん剤治療を続ける多くのがん患者にとって、おいしく食事を楽しめることは生きる支えになり、治療への参加意欲を促すことにもつながる。ただ、抗がん剤治療を受けている間は、食事をしても「砂をかんでいるみたい」など、味覚などの異常を訴える例が多い。

 共同研究では、センターで抗がん剤の通院治療を受ける患者50人に、酸味、辛味、甘味、苦味など7種類の味覚の感じ方を検査するほか、味覚や嗅覚(きゅうかく)のアンケートも行う。

 そのデータをキッコーマンが分析し、患者の味覚の変化を把握し、2012年3月までに、患者にあった味付けや調理方法などのレシピをセンターの栄養士らと一緒に開発する。

 中川原章センター長は「抗がん剤の種類によって味覚障害の表れ方も違うので、メカニズムを解明し、栄養の改善と食べる喜びの回復を目指したい」と狙いを話す。

 一方、今回は無償で協力するキッコーマンのコーポレートコミュニケーション部では「社内で続けてきた味覚や嗜好(しこう)に関する研究が、対外的にも役に立てることは我々の励みになる」と話している。

m3.com 2010年7月29日

第21回日本在宅医療学会
退院や緩和ケアの意思決定を看護師が調整
 東京女子医科大学八千代医療センター医療支援室の長井浜江師長は,在宅医療体制の整備に携わった経験から地域連携について解説し,「退院や緩和ケア病棟への入院における意思決定の調整に果たす看護師の役割は大きい」と述べた。

緩和ケアチームを発足,近隣緩和ケア病棟と連携

 同センターは八千代市を中心に東葛地域で急性期医療を担い,地域医療機関と機能分担と機能連携を行いつつ,自己完結型医療から地域完結型医療を目指す。市内の近隣病院とは2か月に1回の会議を持ち,入院患者の状況や各施設の退院支援の問題点を報告し,ケアワーカーも交えて検討を行っている。今年4 年目を迎えるが,開院当初は在宅医療や緩和ケアを行う市内の診療所および近隣の緩和ケア病棟を有する医療機関が不足。院内でも緩和ケアに関する認識の相違や在宅医療に関する知識,意識が不足していた。

 こうした状況下,入院中および退院後に緩和ケアを必要とする患者の増加,地域医療機関からの要望に応え,緩和ケアチームが立ち上げられた。終末期や臨死期に限定せず,早期にがん症状を取り除き,治療や在宅療養に移行する短期集中型緩和医療を目的とした。活動内容は,講義や勉強会の開催,院内外への知識の普及,地域医療機関医師や訪問看護ステーションを核とした在宅医療での緩和ケアの推進,疼痛コントロールを中心としたコンサルテーションなど。

 また,訪問看護師や在宅療養支援診療所の医師と連携し,在宅療養を支援している。患者の希望により,緩和ケアチームまたは市外の緩和ケア病棟で症状コントロールを行う。地域では,在宅へ戻るための緩和ケアであり,症状コントロールであるという認識が浸透しつつある。

 現在,訪問看護は依頼の翌日に介入が可能である。緊急時は支援センターが介護支援に即座に対応し,訪問診療,往診も数日以内,緩和ケア病院への面談は1週間以内に予約が可能である。これらの結果,在宅看取りは増加している。

 院内においても医療チーム間が連携することで早期介入が可能になった。がん専門看護師への相談,薬剤師の介入,外科的緩和ケアの依頼,入院前からの退院支援などにより,疼痛コントロール困難例は減少し,緩和ケア病棟への入院患者は増加,訪問看護および訪問診療を依頼する医師,看護師も増加し,看護師からは地域包括支援センターや介護サービスの利用について患者と家族への情報提供もなされている。

 今後対応すべき課題としては,がん難民と言われる症例,経済的問題で入院や在宅療養を受けられない症例,介護力がない高齢者および身寄りがない独居症例,介護施設などから入院した高齢者や認知症症例などへの対応が挙げられる。

 長井師長は「在宅導入の成功には日々の調整が重要である」と述べた。

メディカルトリビューン 2010年8月5日

認定看護師の教育課程を開設/香川県看護協会
 香川県看護協会(渡辺照代会長)はこのほど、救急看護認定看護師の教育課程を開設し、10人の受講生を受け入れた。認定看護師は緩和ケア、乳がん看護など21の分野別に認定。救急看護の分野で認定看護師を目指す教育課程を設置するのは、中四国で初めて。

 認定看護師は、特定分野で高い看護技術を持つ人材の育成を目的に日本看護協会が、1997年から認定を開始。5年以上、うち特定分野で3年以上の実務経験者で、同協会が定める教育課程(6カ月、600時間以上)の修了者を対象に認定審査(筆記試験)を行っている。

 救急看護の分野では、これまで東京、大阪、青森、愛知にしか教育課程を設置する専門機関がなく、志望者には転居など経済的負担が大きかったことから、県看護協会が開設した。

 大学など教育機関が設置母体となるケースが多く、都道府県看護協会が開設するのは、救急看護に限れば大阪に次いで2例目、全分野では8例目。県内では、香川大学医学部が9月に緩和ケア認定看護師教育課程を開設する。

 高松市国分寺町の県看護協会看護研修センターで第1期生の入学式があり、県内をはじめ、中四国、九州から集まった10人の受講生を代表して秋山恭子さん(30)=香川大学医学部付属病院=が「認定看護師に必要な専門知識・技術を習得し、実践力を身につけたい」と宣誓。今後、受講生は基礎・専門課程を履修するほか、11月中旬から救命救急センターのある大学病院などで5週間にわたって実習に取り組み、来年5月の認定審査に臨む。

 渡辺会長は「既婚者だと県外で生活しながらの受講は難しい。私たちの取り組みが意欲のある看護職のスキルアップにつながれば」と話している。

 7月現在、全国で7363人が認定看護師として登録。県内では15の分野で70人、うち救急看護では7人が登録され、医療機関で活躍している。

四国新聞 2010年8月11日

第15回日本緩和医療学会 ガイドライン(GL)改訂
ガイドライン(GL)運用状況の検証を

 座長の林医長は,これまでの文献からPalliative Sedation(緩和的鎮痛)の現状について分析し,今後検証すべき課題を示したうえで,「GLやフレームワークが適切に運用されているかを,大規模な実態調査で検証する必要がある」と指摘した。

医師の約半数が鎮静の医学的適応の判断に困難

 鎮静の生命予後への影響は,約半数の論文が報告しており(24時間以内の死亡38%,1週間以内96%,3週間以内94%。鎮静からの平均生存期間は1〜6日),鎮静の有無で生存期間に有意差はないとする多施設研究も見られる(Ann Oncol 2009; 20: 1163-1169)。林医長によると,鎮静が寿命を縮める可能性は低いが,合併症など患者個々の状態も異なるため,通常の医療行為と同様に注意を払う必要があるという。

 また,鎮静決定までの過程に言及した15論文では,患者本人の意思確認や家族の関与の状況は,国や施設で大きく異なっており,また,医療者からの情報が不十分と感じている家族が22%いることがわかった。

 家族の意思決定の妨げになる要因としては,せん妄やアンビバレントな患者への思い,苦痛なのかを明確に評価できないことが挙げられ,家族の不満度が高くなる要因には,鎮静後も患者の苦痛が取れないこと,情報不足,寿命を縮める恐怖,医療者の思いやりのなさ,患者との議論がないことなどが挙げられていた。

 鎮静に賛同する医師は8〜9割超であったのに対し,鎮静の正確な医学的適応の判断に困難を感じている医師が約半数を占め,4分の1が不適正な鎮静を行うことへの不安を抱いていた。約9割の家族が症状緩和につながったと肯定的に評価している一方で,家族が罪悪感や無力感,身体的・精神的疲労を感じているとする報告も見られた。また,鎮静の有効性に関しては,その成功率は約9割と高く,効果発現時間は60分〜48時間とばらつきが見られたという。

 最後に同医長は,今後検討すべき課題について言及。「GLやフレームワークが適切に運用されているか,大規模な実態調査を行う必要がある」とし,「緩和ケアスタッフの精神的なケアや労働環境の整備がないと,鎮静の施行率が上がるという報告もあり,これらの関連性を検討する必要もある。また,今後,鎮静GLの適応となる状況設定の拡大も検討していくべき」と結んだ。



改訂に臨床現場の声を大きく反映

 座長の池永ホスピス長は,2007年の鎮静GLに関する質問紙調査から,さまざまな改訂・追加の要望点が挙げられ,それらが今回の改訂に反映されていることを強調した。

85%が対象拡大を要望

 2007年,同学会員の緩和ケアチーム担当者を対象に,2005年版鎮静GLに関する質問紙調査が実施された(回収率51.8%,127施設が回答)。その際,85.5%のGL使用者から対象拡大を求める声が寄せられ,そのうち「緩和ケアチームのサポートのもと」とする回答が43.5%を占めていた。この結果を受け,鎮静GL作業部会での検討に基づき,同GL使用者の適応に「緩和ケアチームもしくは緩和ケアに習熟した医師の診療・助言のもとで診療を行っている医療チーム」という項目が加えられたという。

 池永ホスピス長によると,この調査から,そのほかの改訂・追加の要望点が浮き彫りにされ,これらも今回の改訂に反映されているという。まず,「生命倫理学的基盤」の項を見直し,「倫理学的妥当性」として改め,その内容について可能な限り明確に述べる表現を採用。そのうち,生命予後との関連については,これまでの報告をかんがみ,適切な方法を取ることにより生命予後に関する影響は少ないと判断している。

 鎮静に使用する薬剤には,第一選択薬としてミダゾラムのみを推奨。同薬が有効でない場合,クロルプロマジンとレボメプロマジンを削除し,プロポフォールなどを追加。また,在宅での対応としては坐剤で使用できる薬剤(ジアゼパム,ブロマゼパム,フェノバルビタール)を追加した。

 さらに,鎮静の種類(持続的・間欠的・深い・浅い)ごとに具体的な鎮静の方法を新たに記載した。なお,坐剤については今後,具体的な使用法の検討が必要であるという。また抗精神病薬は,あくまでせん妄に対する治療薬として用いるが,苦痛緩和のための鎮静薬としては推奨していないという。

 さらに,改訂後には鎮静施行に関するフローチャートを詳細に示し,また,治療抵抗性の苦痛を判断するツールとして「治療抵抗性と判断するための対応チェックリスト」と「鎮静の説明文書(例)」が付されたことも特徴の1つだ。

 さらなる課題は,緩和ケアに習熟した医師の要件の明示やミダゾラム以外の鎮静薬,意思決定能力の評価方法と基準,文書同意・家族同意の必要性などが挙げられ,さらなる検討を行っていく構えであるという。



一般診療科での適切な鎮静が可能に

 札幌南青洲病院の中島信久副院長(緩和治療科)は,今回の鎮静GL改訂を機に,一般診療科における鎮静の現状を整理し,今後の在り方を検討。「今回の改訂版を活用することで,一般診療科でも適切な鎮静の運用が可能になる」と述べた。

患者―家族―医療者間の良好なコミュニケーション構築を

 調査の対象は,急性期病院外科病棟で2003〜06年に死亡した終末期がん患者175例のうち,苦痛緩和を目的に鎮静を行った32例。まず,鎮静開始に際しての問題点を抽出したところ,「患者に未告知」,「患者・家族が病状を理解していない」,「眠ってしまうことへの不安,恐怖」,「患者と家族/家族内で意見が異なる」などが浮かび上がった。そこで,2005年版GLをもとに,鎮静が円滑に運用できなかった理由について分析・検討した。

 まず,医学的適応の検討のうち,「治療抵抗性」は,十分な治療を尽くしたうえでの判断なのかが難しく,“いよいよ差し迫った状況のなかで鎮静が始まった”という現状が見られた。「全身状態・生命予後の評価」に関しては,GLでは持続的/深い鎮静の対象は予後数日以下とされており,実際の投与期間は平均5日の結果から見ると鎮静の開始時期は妥当と考えられたという。

 未告知の場合,患者本人の意思決定は難しく,苦痛が増強していくなか,家族のみの了解で鎮静を開始する場合が多い。患者に意思決定能力がない場合でも,家族のだれの意見をもとにするのか,家族内の意見は一致しているのかに十分な配慮がなされていないケースも見られた。

 また,ぎりぎりの状況で鎮静の決定を求めること自体が医療者側から患者・家族への圧力になる可能性への配慮が必要といった反省点が挙げられた。さらに,患者と家族/家族内の意見が異なる場合には,間欠的/浅い鎮静で患者の苦痛を最小限にすることに努め,家族内の意見不一致の解決には,家族関係に配慮し,より早期からの情報提供やコミュニケーションの構築が不可欠であることが示された。

 中島副院長は「これらの問題解決のため,病状変化に即した情報提供と,患者―家族―医療者間の良好なコミュニケーションの構築を進めながら,適切なタイミングで鎮静の導入を図る必要がある」と強調した。

 以上を踏まえ,同副院長は,一般診療科における適正な鎮静普及のための検討課題について提示。「鎮静GLを活用することで,一般診療科における鎮静の適切な運用が可能になると考えられる。今後,鎮静により苦痛が緩和されることの根拠や耐え難い苦痛の妥当性,鎮静を決定するための必要な意思決定能力の明示といった課題の解決を目指すことで,よりよい終末期ケアが提供されていくことが期待される」と結んだ。

メディカルトリビューン 2010年8月19日

「抗がん治療が終了してから緩和ケア」の時代は終わった
米RCTで早期からの緩和ケアが生存期間延長にも寄与
東札幌病院副院長・化学療法センター長 平山 泰生

研究の背景:固形がんでは緩和ケアの重要性が認識されてきている

 多くの手術不能あるいは再発固形がん患者は,薬物療法により数か月の延命は得られるにせよ最終的には死亡する。死亡する前には通常がんは大きくなっており,それにより各種肉体的苦痛に曝されるとともに,精神的苦痛は診断時から一貫して続く。一時的に「がんは縮小しましたよ」と言われるときはあるにせよ,全体を通しては増大することのほうが多く,後半はさまざまなバッドニュースを聞きつつ死を迎えることとなる。がん薬物療法を受けている期間は「人生の最後の生活」そのものなのである。

 こういった視点に立つと,固形がん薬物治療における緩和医療の占める位置は重要であり,中核を成すと言っても過言ではない。

 今回,肺がん患者で診断早期から緩和ケア介入をした群のほうがQOLは良好で,生存期間も延長したとの米国のランダム化比較試験(RCT)の結果が報告されたので紹介する(N Engl J Med2010; 363:733-742)。

研究のポイント:早期からの緩和ケア群で良好なQOLおよび生存期間中央値延長

 新たに転移性非小細胞肺がんと診断された外来患者において,診断後の早期の緩和ケア導入が,治療転帰と終末期医療に及ぼす影響を検討した。

 これらの患者を,がんの標準治療に早期緩和ケアを組み合わせて行う群と,標準治療のみを行う群のいずれかにランダムに割り付けた。ベースラインと 12週目のQOLと気分を,がん治療の機能評価・肺(Functional Assessment of Cancer Therapy-Lung;FACT-L)尺度と,病院環境における不安と抑うつ尺度(Hospital Anxiety and Depression Scale)を用いて評価した。主要アウトカムは,12週目におけるQOLの変化とした。

 ランダム化の対象となった151例のうち,27例が12週目までに死亡し,107例(残りの患者の86%)が評価を完了した。早期緩和ケア群のほうが,標準治療群より QOL が良好であった〔FACT-L尺度(0〜136点で,スコアが高いほどQOLが良好であることを示す)の平均スコア98.0点 vs. 91.5点,P=0.03〕。また,早期緩和ケア群のほうが,抑うつ症状を呈する患者が少なかった(16% vs. 38%,P=0.01)。

 終末期に積極的治療を受けた患者は,早期緩和ケア群のほうが標準治療群より少なかったにもかかわらず(33% vs. 54%,P=0.05),生存期間の中央値は早期緩和ケア群のほうが長かった(11.6か月 対 8.9か月,P=0.02)。

私の考察:緩和ケアの分野でも積極的に臨床試験を

 抗がん治療が終了してから緩和ケアを行うという時代は終わった。世界保健機関(WHO)が2002年に発表した緩和ケアの定義は「生命を脅かす疾患による問題に直面している患者やその家族に対して疾患の早期より,QOLを改善することである(一部略)」として早期からの緩和ケアの必要性が示されているが,今回初めてそれが実証された。

 本研究における緩和ケアの実際は「NCP Clinical Practice Guidelines for Quality Palliative Care, Second Edition, 2009」に示されているが,日本医師会の「がん緩和ケアガイドブック2008年度版」に示されているような通常の緩和ケアにカウンセラーによる密接な精神的ケアが加わったようなものである。

 精神的サポートによる生存期間の延長は以前から報告されており(Cancer2008; 113: 3450-3458),機序は明らかとは言えないが,がん医療における緩和ケアの重要性は,データとして証明されつつある。エビデンスの確立に必要なのは臨床試験である。

 がん薬物治療の分野では,RCTの重要性が医師に十分認識され,日本での第U相,第V相臨床試験の実施数も増加しているのは喜ばしい。しかし,緩和医療の分野での日本の臨床試験が非常に少ないのが残念である。倫理的な困難を乗り越え,生物統計学者に相談して各種多施設RCTを企画してもらいたい。

 テーマはたくさんある。例えば,倦怠感の薬物療法については特に,日本で汎用されるステロイド薬が本当に倦怠感改善に有効なのか,などである。根拠(エビデンス)と言われる過去の論文を見てもエンドポイントは倦怠感(fatigue)にはなっていないのである(「がんの倦怠感に精神刺激薬が有効」参照)。

 一方,早期からの緩和ケアを重視するあまり,治癒的治療の障害となるようなことはあってはならない。私が冒頭で「固形がん」と限定したのは薬物でなおることがまずないからである。

 非固形がん,例えば,血液腫瘍や小児肉腫では状況が異なる。悪性リンパ腫の抗がん薬治療において疼痛コントロールのためのオピオイドを増量したために便秘となりビンクリスチンを減量せざるをえないのであれば,医師は「善人の顔をした死神」でしかない。治癒的治療に関しては,「時には患者に我慢を強いる必要がある」のもやむをえない。早期からの緩和ケアにおいては,そういった長期的生存率も考慮に入れた総合的判断が必要とされるだろう。

メディカルトリビューン 2010年8月27日

終末期患者への酸素吸入は室内気吸入と比べて息切れ改善に差がない
オーストラリア,米国,英国共同のRCT
 終末期の患者に対し,息切れの改善目的でしばしば使用される酸素吸入。米デューク大学のAmy P. Abernethy氏らは,終末期患者に鼻カニューレによる酸素吸入を行っても室内気吸入と比較して息切れ改善に差がないことをLancet9月4日オンライン版に報告した。

NRスケールで呼吸を評価

 Abernethy氏らによると緩和ケアの70%の医師が息切れを伴う患者に酸素吸入を行っているという。しかし,酸素吸入導入についての明らかなエビデンスはないことから,同氏らは3か国共同で二重盲検ランダム化比較試験(RCT)を行い,終末期患者への酸素吸入の効果を検討した。

 対象は,オーストラリア,米国,英国の計9施設の肺疾患,緩和ケア,がん,プライマリケアなどの外来診療科に通院中の生存期間1か月と判定された終末期患者239例〔18歳以上,動脈血酸素分圧(PaO2)>7.3kPa,Medical Research Council(MRC)dyspneaスケール3以上〕。貧血(ヘモグロビン<100g/L),高炭酸血症(PaO2>6.7kPa),認知機能障害〔Mini-Mental State Examination(MMSE)スコア<24〕,喫煙歴あり,直近の7日間で呼吸器または心イベント発症は除外した。

 これらの患者を治療により状態を安定させた後,鼻カニューレにより2L/分の酸素を少なくとも15時間/日吸入する酸素吸入群(120例,男性 76例,平均年齢73歳)と,鼻カニューレで室内気を吸入させる室内気吸入群(119例,男性71例,平均年齢74歳)に分け,7日間,Numeric Rating(NR)スケールを用いて朝夕の息切れの程度を10段階で評価した。

 なお,慢性閉塞性肺疾患(COPD),初期肺がんは酸素吸入群でそれぞれ59%,15%,室内気吸入群ではそれぞれ68%,13%に見られた。

QOL改善,副作用発現は同等

 ベースラインから6日後の計7日間評価できたのは,酸素吸入群120例中112例(93%),室内気吸入群119例中99例(83%)であった。これらの患者における朝の平均NRスケールは,ベースラインに比べて酸素吸入群では4.5から0.9低下(相対変化率−20%,95%CI−1.3〜−0.5),室内気吸入群では4.6から0.7低下(同−15%,−1.2〜−0.2)したが,両群間に有意差は見られなかった(P=0.504)。一方,夕方の平均NRスケールは,酸素吸入群で4.7から0.3低下し(同−7%,−0.7〜0.1),室内気吸入群では 4.7から0.5低下(同−11%,−0.9〜−0.21)したが,同様に両群間に有意差は認められなかった(P=0.554)。

 両群におけるQOL改善および副作用発現に差はなかったが,極度の眠気は酸素吸入群10%,室内気吸入群13%,鼻の炎症はそれぞれ2%,6%見られた。酸素吸入群では鼻からの厄介な出血が1例発生していた。

 試験終了後,全例に酸素吸入について質問したところ,43例(18%)が酸素吸入を望まないと回答。そのほかに,介入しても恩恵が得られないと回答したのが63例(26%),試験終了後に酸素吸入を希望し実際に導入したのが41例(17%),酸素吸入を希望したが実際には導入しなかったのが74例(31%),残りの18例(8%)は無回答であった。

 カニューレによる鼻への酸素吸入は,室内気吸入と比べて息切れの改善効果に差がなかったことから,Abernethy氏らは患者の予後を考慮し負担が少ない治療を行うべきであると述べている。

メディカルトリビューン 2010年9月9日


キノコ含有幻覚物質で進行がん患者のうつ,不安が改善の可能性
米の研究グループがプラセボ対照二重盲検によるパイロット試験
 米Harbor-UCLA Medical CenterのCharles S. Grob氏らはマジックマッシュルームなどのキノコに含まれる幻覚物質シロシビンが進行がん患者の不安やうつ症状を改善する可能性をArch Gen Psychiatry9月6日オンライン版に報告した。12例を対象としたプラセボ対照二重盲検試験で,問題となる副作用は見られず,シロシビン0.2mg/kgの投与によりうつ,不安評価スコアの改善傾向が認められたという。

30年以上前に研究も長年放置されてきた領域,と著者ら

 Grob氏らによると,進行がん患者の不安や絶望感などに対する幻覚薬の研究は1950〜70年代にかけて進められており一部では強力な改善効果も報告されたが,政治的・文化的な圧力により道半ばで中断されたという。

 同氏らが今回着目した薬理作用が期待される幻覚物質の1つ,シロシビンはさまざまな種類のキノコに含まれており,体内で代謝を受け,セロトニン受容体のアゴニストとして作用し,幻覚作用を引き起こすことが知られている。同氏らは,最近の臨床的検討からシロシビンはヒトの精神的健康への危険性がないことなども明らかになっていることから,以前の研究から35年以上を経た今回,研究を行うことにしたという。

 対象となったのは36〜58歳,12例の進行がん患者(11例が女性)。4例は幻覚剤の使用経験がなかったが,8例は過去にLSDやマジックマッシュルーム,ペヨーテなどの使用歴があった。各症例はシロシビン0.2mg/kgおよびプラセボとしてナイアシン(ニコチン酸製剤)250mgの2つをそれぞれ別の機会に渡され,服用した。どちらの被検薬が渡されたかは治験担当薬剤師のみが把握していた。両被検薬の服薬セッションは数週間空けて設けられた。

 各セッションの1日前から6か月までの評価が行われた。評価項目は血圧,心拍数,体温ならびに,うつや不安に関する調査票によるスコア。

 セッション実施前後における生理学的な問題,いわゆるバッドトリップなどの精神的な安全性に関する問題は見られなかったほか,臨床的に有意な有害事象もなかった。不安に関する評価スコア(State-Trait Anxiety Inventory;STAI)がセッション開始前日に比べ,開始1か月,3か月で有意に改善していた。また,うつ症状(Beck Depression Inventory;BDI)についても6か月時点で有意な改善が認められた。

 同氏らは今回のパイロット試験により,進行がん患者の不安やうつ症状の改善を目的とした中等用量のシロシビン投与の実施可能性と安全性が確認されたと結論。長年放置されてきたとも言えるこの領域で,今後の追加検証を行う必要性を支持するものとしている。

メディカルトリビューン 2010年9月9日

関心高まる日本緩和医療薬学会
 今週末は、日本緩和医療薬学会年会が、4回目にして初めて地方都市の鹿児島市で開催される。地方開催にもかかわらず、事前登録が2000人を超え、参加者は昨年(横浜市)の約2100人を上回るとものと予想されている。

 発足間もない学会が、地方都市で開催し、かつ大都市圏での開催よりも参加者数を増すというのは、関係者に対する学会の認知、学問領域の必要性の高まりと共に、学会の成長性を感じさせる。

 実際、会員数は昨年2500人、今年9月時点で3000人を優に超え、年々発展を遂げている。薬剤師の緩和医療に対する関心の高さがうかがえる結果だ。なお、今年会の事前登録者のうち、800人以上が非会員ということで、さらなる会員数の増加も見込まれる。

 緩和医療薬学会は「がん対策基本法」が施行された2007年に、星薬科大学の鈴木勉教授を理事長として立ち上げられた。同年3月24日に病院薬剤師、薬科大学教員、保険薬局薬剤師の有志、賛同者らが集い、設立総会と記念講演会が開催された。

 翌08年4月の診療報酬改定で、「緩和ケア診療加算」において、緩和ケアの経験を有する専任薬剤師の配置が算定要件として加えられ、薬剤師の本格的な緩和ケアへの参画を後押しし、さらに、学会への関心を押し上げる形となった。

 09年には、緩和薬物療法認定薬剤師制度を立ち上げ、“専任の薬剤師”をバックアップする事業を開始した。

 一方、緩和医療への関わりは、入院患者に対応する病院薬剤師だけに限られない。在宅で終末医療を含めた緩和薬物療法の必要性、重要性への認識の高まりを背景に、在宅領域等で活躍する地域の薬局薬剤師も認定薬剤師を目指すなど、多領域の薬剤師、基礎を担う薬学研究者等へも関心を広げていった。

 緩和薬物療法はチーム医療が前提であり、今年会の事前登録を見ると薬剤師がほとんどだが、医師が50人超、看護師も70人超、他に臨床検査技師や理学療法士など、多様な医療従事者が登録しているという。そういった他職種との交流の場を提供できることも、学会の大きな魅力の一つになっている。

 10月には、薬剤師最大の“学会”である第43回日本薬剤師会学術大会が長野市で、11月初旬には岐阜市で第4回日本薬局学会、千葉市で第20回日本医療薬学会年会と、全国規模の“学会”が続く。

 現役の薬剤師には、こうした多彩な機会を利用して、基礎や臨床の知識を深め、日頃の技能に生かしてほしい。また、「生涯学習」に真摯に取り組む姿勢を、実習生をはじめとした薬学生に示してほしい。

薬事日報 2010年9月24日

高齢者の末期腎不全治療に大きな地域差
 ワシントン大学のAnn M. O'Hare助教授らは「ホスピスへの受け入れや死亡前の透析中止などの終末期ケアについて,末期腎不全(ESRD)の高齢患者の治療内容には大きな地域差がある」との研究結果をJAMA(2010; 304: 180-186)に発表した。

治療強度高い地域で高罹患率

 ESRD患者のなかで,現在75歳以上の患者が急速に増加しつつある。高齢の長期透析患者への平均メディケア支払い額は,治療開始から1年間で10万ドルを超える。高齢のESRD患者に対する実際の治療内容およびそれが地域間でどの程度異なるかについてはほとんど知られていない。

 そこでO’Hare助教授らは治療強度が異なる諸地域にわたり,ESRD罹患率と高齢のESRD患者の終末期ケアについて調べた。研究では全国ESRD 登録のデータを用い,2005年6月1日〜06年5月31日に長期透析を開始または腎移植を受けた65歳以上の4万1,420例(白人またはアフリカ系米国人)を対象とした。地域的な終末期ケアの強度は,Dartmouth Atlas of Healthcareの指標を用いた。

 その結果,白人では治療強度が高い地域ほどESRDの罹患率も高いことが判明し,この傾向は高齢者で最も顕著であった。

 同助教授らは「アフリカ系米国人では,高齢者(男性で80歳以上,女性で85歳以上)にのみ同様の関連性が存在した。終末期ケアの強度が最も高い五分位の地域在住者では最も低い五分位の地域在住者と比べて,ESRD発症前に腎臓専門医による治療を受ける確率が低く(62.3%対71.1%),また血液透析開始時に(グラフトまたはカテーテルに対して)フィステル(透析アクセスのために,通常は前腕で,動脈を静脈に接続する内シャント手術により作製)をつくる確率が低い(11.2%対16.9%)」と述べている。

患者特性の差違によらず

 全体的に,ESRD発症から2年以内に患者の51%(2万1,190例)が死亡し,終末期医療費が最も低い五分位の地域の47.1%から最も高い五分位の地域の52.6%にわたった。O’Hare助教授らは「死亡前に透析が中止された割合は,終末期医療費が最も低い五分位の地域在住者では44.3%,最も高い五分位の地域在住者では22.2%であった。死亡前にホスピスケアを受けた患者の割合は,終末期医療費が最も低い五分位の33.5%に対し最も高い五分位では20.7%で,院内死亡の割合はそれぞれ50.3%,67.8%であった」と述べている。

 このような顕著な治療の地域差は,ESRD発症時に測定した患者特性の差違では説明できなかったとしている。

 同助教授らは「高齢のESRD患者のケアには,ESRD発症前と死亡前の両方で未解明の大きな地域差がある。今回の結果から,ESRD治療に関してはエビデンスと診療ガイドラインに基づいた包括的で継続的なインフォームド・コンセントを得ることが重要なことがわかった。そのような努力は,透析の開始と中止を含めた治療の決定が地域的な診療スタイルではなく,患者の意思と価値観に即して行われる方向に向かうのに役立つだろう」と結論している。

メディカルトリビューン 2010年9月30日

乳癌患者の男性パートナーはうつ病リスクが高い
 妻やガールフレンドが乳癌になった男性は、他の男性に比べて重症のうつ病および不安で入院する比率が約40%高いことが、デンマークの大規模研究で示された。女性の癌が直接的に男性に心理学的問題をもたらすことを裏付けるものではないが、男性が妻の重篤な疾患や死に直面した際の精神的苦痛に弱いことを端的に示した点で価値のある研究であると、この分野に詳しい米ダナ・ファーバーDana-Farber癌研究所(ボストン)精神-癌&緩和ケアセンター長のHolly G. Prigerson氏は述べている。

 今回の研究は、1994〜2006年にデンマークに在住し、乳癌を発症した女性パートナー(妻または同居するガールフレンド)をもつ男性2万538人を追跡したもの。

 教育レベルなどの因子による誤差のないよう統計値を調整した後、このような男性は他の男性に比べ、うつ病や不安などの気分障害で入院する比率が39%高いことが判明した。入院リスクはパートナーの乳癌が最も進行している場合に高かったが、実際の入院数は2万538人中180人と少ないものであった。このほか、パートナーが死亡した男性は、パートナーが癌を克服して再発もなかった男性に比べ入院の比率が3.6倍であることもわかった。

 米メモリアル・スローン・ケタリングMemorial Sloan-Kettering癌センター(ニューヨーク)のWendy G. Lichtenthal氏は「今回の知見から、男性が集中的な介護やパートナーを失うリスクなどの因子によるストレスを受けていることが示される」と述べるとともに、「パートナーを亡くした場合は、大切な人を失った痛みに加え、パートナーとしてのアイデンティティに対する疑問や、日々の生活パターンの変化にも苦しまなければならない」と説明している。

 Prigerson氏は、ほかにも「情緒の伝染(emotional contagion)」と呼ばれる因子が関与していると指摘。乳癌の妻の情緒が夫に伝播(でんぱ)している可能性があると述べている。

 Lichtenthal氏は、このような大規模研究は、家族に重点を置いたケアの重要性を浮き彫りにした点で意味のあるもの。重症のうつ病になるリスクの特に高いパートナーは、治療を避けたり、責任を過度に抱え込んだりする可能性があるため、医療チームは患者のパートナーにも目を配る必要がある」と述べている。

NIKKEI NET いきいき健康 2010年10月7日

家族介護者の多くが患者と経験を共有
肺がん患者と家族対象の質的研究で明らかに
 エディンバラ大学(英)のScott A. Murray教授らは,肺がん患者と患者の家族介護者への面談による質的研究の結果,「患者自身だけでなく家族介護者もまた,愛する家族である患者の経験を目の当たりにし,その経験を共有していることが分かった」と発表した。この結果を踏まえ,同教授らは「終末期だけでなく,介護が必要となる全期間にわたって家族介護者に対する支援が必要である」と主張している。

介護能力が損なわれるケースも

 がん患者が最も深い苦悩を経験するのは,(1)がん診断時(2)初回治療を終え帰宅したとき(3)再発が分かったとき(4)終末期 の四つの時点であることが分かっている。

 今回の研究では,患者の家族介護者も同様に,患者が経験する幸福感や苦悩の典型的なパターンを共に経験している可能性が示唆された。

 Murray教授らは,肺がん患者19例とその家族介護者19例を対象に,最長で1年間または患者が死亡するまでの期間に複数回の面談を行った。面談は3カ月に1回のペースで行われ,通算で患者対象のものが42回,介護者対象のものが46回行われた。

 これらの面談内容を分析した結果,総じて介護者は患者よりも良好な健康状態にあったが,介護者になんらかの健康上の問題があると介護能力が損なわれる場合があることが浮き彫りになった。

介護者には心理的支援も必要

 また,介護者は介護の中で疲れ果て,患者の疾患を共有しているように感じることがたびたびあることが明らかになった。特に,そのような感情は時間が経過し,死期が近づくにつれて強まることも分かった。

 同教授らは「介護者は患者と同じく,感情のジェットコースターに乗っているように感じており,がんの経過によりストレスや不安がピークとなる各時点で大きな感情の浮き沈みを経験する」と説明している。

 これらを踏まえ,同教授らは「がん患者が深い苦悩を経験する上記の四つの時点で,介護者にも心理的・経験的支援を提供すべきである」と結論付けている。また,「ある時点でストレスを感じたり,助けが必要と思ったりすることは普通であると介護者が理解することも,自身の力になるかもしれない」と付け加えている。

メディカルトリビューン 2010年10月21日


リビング・ウィルの普及・医療現場への浸透などを提言
厚労省・終末期医療のあり方懇談会、報告書案取りまとめ
 10月28日、厚生労働省・終末期医療のあり方に関する懇談会(座長:町野朔・上智大学法学研究科教授)は、報告書案を取りまとめ、内容に大筋で合意した。今後、字句の変更・補足、項目立ての調整などを行い、厚生労働大臣に提出する予定。終末期医療のあり方については、1987年以来、5年ごと(初回のみ7年)、4期に渡って一般国民・医療福祉従事者への意識調査と、それに基づく検討が重ねられてきた。今回の報告書は、2008年3月に実施した調査(客体数:1万4402人)を踏まえてまとめたもの。

 調査結果を受け、懇談会は、(1)終末期医療に関する患者・家族、医療福祉従事者の情報格差の解消、(2)緩和ケアを提供できる場の拡大、緩和ケアに関わる医療福祉従事者における正しい知識の普及、「緩和ケア=死を迎えること」とのイメージの払拭と治療・緩和ケアを同時並行で行う「パラレルケア」の浸透、(3)リビング・ウィルと終末期のあり方を決定する際のプロセスの充実、(4)家族ケア・グリーフケアの議論推進、(5)患者が意思を表明できない、または判断できなくなった状況における判断代行者等のあり方の検討や、国民の終末期医療に対する関心の向上、などの必要性を提言。報告書取りまとめ後も、終末期医療のあり方について引き続き検討を行い、より良い終末期医療を実現するための具体的な方向性の提示を実現するよう要望した。

 調査結果からは、以下のような傾向が明らかになった。

@ 終末期医療に対する関心は高い(80-96%)が、延命治療について家族で話し合ったことがある人は半数程度(48-68%)であり、十分に話し合ったことがある人は少ない(3-7%)

A 延命治療について家族と話し合いをしている人の方が、延命治療に対して消極的な傾向が見られる

B リビング・ウィル(書面による生前の意思表示)の法制化について、一般国民は法制化に否定的な意見が6割を超える一方、医師・看護職員は意見が二分している

C 延命治療に関して、51-67%の人が医師と患者の間で十分な話し合いが行われていないと考えている

D 医療福祉従事者の間で、終末期状態の定義や延命医療の不開始、中止等に関する一律な判断基準については、「詳細な基準を作るべき」との意見と「一律な基準ではなく医療・ケアチームが十分に検討して方針を決定すればよい」との意見で二分している

E 「WHO方式癌疼痛治療法」についてよく知っている医療福祉従事者は少なく(20-31%)、前回調査に比べてやや減少している

 会議の冒頭、大谷泰夫・医政局長は、「終末期医療については、国民の関心が高く、個人の価値観も多様化している。容易に結論を得ることのできない問題も多いが、厚労省としては、重要な問題と捉え、今後も終末期のあり方について、国民の意識調査を行いながら検討を重ねていきたい」と挨拶。池上直己・慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室教授は、資料「延命医療に関する一般市民の意識と遺族の評価」を提出し、延命医療に関し、病院で死亡した患者の遺族調査の結果と、同地域における一般住民の意識調査の比較を紹介。「一般住民も患者の遺族も、家族の延命医療の意向を知っていたのは全体の半分以下。延命医療については遺族の方が肯定的であり、医師が意向を聞くと評価する割合が高かった」として、「延命医療について検討する際には、一般国民だけなく、遺族の体験を聞くことが重要」と指摘した。

 樋口範雄・東京大学大学院法学政治学研究科教授は、「終末期には、大雑把に分けて、救急医療のように短期間のもの、癌など比較的中期に渡るもの、高齢による疾病など長期に渡るもの、という3区分がある。それぞれについて個別の議論を行うとともに、日本医師会や日本救急医学会・日本癌学会・日本老年病学会など、関連する学会のガイドラインを比較検討してはどうか。また、緩和ケアの充実度の実態や、情報格差の解消において必要とされている情報の種類・量、グリーフケアの実例、またリビング・ウィルについて、現在実際に患者に記述してもらっている病院がどれくらいあり、どのような問題があるか、どのような形で活用されているか・いないかなど、現場における具体的事例などを収集し、研究班などで議論を深めることが望ましい」と要望した。

 このほか、「終末期医療に関する情報格差の解消は重要だが、一方で、医療・技術の高度化・専門化により情報格差の拡大は必然。すべての判断が患者本人・家族の選択・決定に委ねられ、情報が押し寄せられるようになると、既に危機的状況にある患者・家族に、過大な負担になりはしないかと危惧される。書類の申請・手続きなどだけでも膨大な手間になるだろう」(伊藤たてお・日本難病・疾病団体協議会代表)、「そもそも"終末期"という言葉は適切なのか。終末期がなく即死する人、障害があったり植物状態であっても現に生きている人はいて、"終末期"という明確な実態があるわけではない」(川島孝一郎・仙台往診クリニック院長)、などの意見も上った。

m3.com 2010年10月28日

緩和ケア様変わり 選べる食事、就寝・起床時間も自由
緩和ケア様変わり 選べる食事、就寝・起床時間も自由 (1)

 看取りや薬物治療のイメージが強い緩和ケアが様変わりしている。今月18日にオープンした大阪府の和泉市立病院・緩和ケア病棟は「がんと闘う患者さんにリラックスしてもらう環境をつくることも役割」と、体調によって選べる多様な食事を用意。起床・就寝時間、家族の出入りを自由化し、ペットの面会も検討しているという。

◆畳部屋やネットも

 緩和ケア病棟は空病棟の2フロアを改築し、16室に22ベッドを配置。病院のユニホームを淡いピンク色に新調し、各部屋を部屋番号ではなく花言葉で区別した。畳部屋も用意し、風呂は家族と入れるように家庭風呂に近い、落ち着いたデザインだ。インターネットが利用できる情報閲覧室や談話室なども設けた。

 特に「食べることが生きる力になる」と病院食に力を入れている。「緩和ケア特別食」として他病棟の食事に比べ、各品を少量にする代わりに、好きなものを少しでも食べられるよう品数を倍に増やした。患者が食材を持ち込んで調理もできる。「治療に疲れたときに心身の状態を整えてもらうため、普段の生活に近づけるよう心がけている」と看護師長の川口いずみさん。こうしたアイデアには患者へのアンケートも反映されているという。

 川口さんは看取りとはほぼ無縁だった助産師。産科で多くの家族と接した人あたりの良さが買われ、「患者さんや家族の気持ちをほぐしてほしい」と病院から頼まれたという。

 同病棟では抗がん剤の副作用で味覚が変わったり、舌がしびれたりするなど食事が取りにくくなった患者向けに、ここ数年注目を浴びている「ケモ食(化学療法食)」を用意した。患者へのアンケートから選んだたこ焼きや団子、サイダー、みつ豆など十数種類を提供。患者の体調変化に合わせた、きめの細かいサービスが行われている。



緩和ケア様変わり 選べる食事、就寝・起床時間も自由 (2)

◆不安取り除く

 こうした環境を患者が有効に生かすためには「症状コントロールや精神的な不安を取り除くことが必要」(福岡正博・同病院がんセンター長)として、抗がん剤などの副作用や緩和ケアに通じた医師や看護師、ソーシャルワーカーらが常時相談にあたっている。

 順天堂大学医学部付属順天堂医院の山口聖子・がん治療センター看護師長は「緩和ケアは、がんの治療の説明時に専門家が立ち会って不安を取り除くところから始まる。しかし、ともすれば患者さんは内に閉じこもってしまいがちで、ケアを困難にしてしまうケースもある。ケアを受けたいと思わせる雰囲気づくりは重要だ」と指摘する。

 患者支援団体「がんと共に生きる会」(大阪市北区)の浜本満紀さんは「患者の行動を制限しないのは、症状コントロールと患者とのコミュニケーション能力に自信があるということ。常に患者の方を向いてくれているという安心感を感じる」と評価している。

MSN産経ニュース 2010年10月31日


懐かしい姿を送りたい 最後の装い、家族癒やす 化粧、ドレスその人らしく
 亡くなった人の顔に施す「死に化粧」や、体に着せる装束など、病院や葬儀業者が担ってきた故人の「旅立ち」の身支度に、家族がかかわるようになってきた。外見をその人らしく整えるプロセスに家族が参加すれば、故人の尊厳を守るだけでなく、家族が死を受容する助けにもなるようだ。

 遺体用の化粧品などを開発、販売する「素敬(そけい)」(山口県下関市)の上野宗則(うえの・むねのり)社長(43)は、1997年に父が直腸がんで他界したのをきっかけに今の道に入った。

 東京から実家に飛んで帰って対面した父の遺体は、無精ひげが目立ち、おしゃれな生前の面影はなかった。胸が痛んだが、綿が詰まった鼻からはみ出た鼻毛を切るのがやっと。父の死を受け入れるのに何年もかかった。

 遺体のケアの大切さを痛感した上野さんは、製品開発に加え、看護師向け講習会も2007年から東京、京都を中心に開催。どこも定員はすぐに埋まり「情報を求める医療者は多い」と感じる。

 従来、多くの病院では患者が亡くなると家族は病室から出され、看護師が死後処置をした。使う化粧品は看護師が持ち寄る不用品がほとんど。

 福岡市の村上華林堂病院緩和ケア病棟に06年から勤務する江口敦美(えぐち・あつみ)看護師長(49)は、以前の勤務先で経験したこんな見送りに疑問を感じていた。同僚が素敬の講習会で学んだ知識をもとに、家族が死後処置に参加し別れの時間を持てるよう、病院の仕組みを整えた。

 3年前、同病院でがんで亡くなった当時50歳の女性の親族は、病院の風呂で約1時間かけて女性の体をきれいにし、看護師らと一緒に化粧を施した。2歳の孫娘が「ばあちゃんと同じつめにする」とせがみ、おそろいのマニキュアをした。泣きながらほほ笑む親族の顔を江口さんは覚えている。今は、家族の8割が死後処置に参加する。「悲嘆のケアになるという実感がある」と江口さん。

 変化は「死に装束」にも及んでいる。オーガンジーなどふんわり柔らかい素材で作ったドレス風の装束を「さくらさくら」のブランドで07年から販売する福岡市の中野雅子(なかの・まさこ)さん(46)。彼女も父の死が転機になった。

 白装束姿の故人を見た当時10歳の娘が「おばけみたい」と怖がり、「最期の姿は身内の心に刻まれる」と実感。得意なデザインを生かし、美しい装束を作ろうと決意した。注文は月に約70着。中高年女性が母親や自分自身のために「そのときが来ても慌てないように」と頼む例が多いという。

 「ケアとしての死化粧」を04年に著し、医療者が死後の化粧に注目するきっかけをつくった元看護師の小林光恵(こばやし・みつえ)さん(49)は「高度成長期は誰もが死や看取(みと)りから目を背けたが、近年は身近な糸口から自分の問題として考えるようになった。死後処置の現状を多くの人に知ってほしいし、自分がどうしたいか家族に伝えておくのも大事ではないか」と話している。

m3.com 2010年11月2日

終末期の疼痛保有率,死亡2年前から出現し3カ月前でさらに増加
米・コホート研究
 カリフォルニア大学のAlexander K. Smith氏らは,米国民の在職期・退職期・高齢期の健康と豊かさを調査するHealth and Retirement Study(HRS)の死亡例のデータから,死亡する2年前には疼痛が見られ,死亡3カ月前から疼痛保有率は増加することを報告した。

年齢層で疼痛出現率変わる

 死期が近い人では,QOLの観点から疼痛管理に的を絞った治療に重点が置かれるようになる。しかし,Smith氏らによると,実際の疼痛管理は死亡する最後の年まで見過ごされがちであるという。

 同氏らは,死期が近い人の疼痛保有率を調査するため,1994〜2006年にHRSに登録された一般住民のうち,しばしば出現する中等度以上の疼痛保有率の対面式調査記録がある4,703例の高齢者死亡データサンプル(平均年齢75.7歳,白色人種83.1%,男性52.3%)を用いた。なお,終末期診断は,がん(27.6%),心疾患(29.7%),虚弱(11.8%),突然死(16.7%),その他(14.2%)であった。

 年齢,性,人種などの因子で補正した後の疼痛保有率は,死亡の24カ月前の時点で26%であり,以降,4カ月前まで変化は見られなかった(28%)。しかし,3〜1カ月前になると,4カ月前に比べて疼痛保有率が有意に増加していることがわかった(46%)。

 同調査から,66歳以上の場合,10歳増すごとに疼痛保有率が低下することも示さている。死の24カ月前,65歳以下では39%に見られた疼痛が,86歳以上では23%であり,この傾向が顕著に現れていたのは死ぬ1カ月前であった(60% vs. 42%)。

 死の1カ月前における疼痛保有率は,関節炎例の60%,非関節炎例の26%にそれぞれ認められ,両者を比べると関節炎例で疼痛保有率が有意に高かったことから,関節炎と疼痛保有率との強い相関が明らかになった。一方,終末期診断におけるそれぞれの疼痛保有率〔がん(45%),心疾患(48%),虚弱(50%),突然死(42%)その他(47%)〕には差は見られなかった。

 終末期における疼痛はQOLの低下に大きく影響することが指摘されている。Smith氏らは,疼痛は死亡する2年前から認められるため,慢性疾患患者においても終末期患者と同じように疼痛管理に目を向けるべきだと述べている。

メディカルトリビューン 2010年11月5日

ペットで癒やし、ホスピス緩和ケア広がる
 末期がんなどの患者をケアする「ホスピス・緩和ケア病棟」で、ペットの持ち込みを許可する病院が全国的に増えている。これまで病院では、感染症の恐れがあるとされ、ペットはご法度だったが、精神的な癒やしやストレスを和らげる医学的な効果の大きさに着目。緩和ケアでは患者やその家族が鬱(うつ)状態に陥ることもあり、患者を力づける“家族”としての役割をペットが担っている。

 富士山を一望できる山梨県中央市の玉穂ふれあい診療所。雄大な自然のもとで療養生活を送りたいと大阪や奈良などからも患者がきている。

 60代の夫妻は約4カ月間、愛犬のチワワと一緒に病室で療養生活を送った。

 ふたり暮らしの夫妻がチワワを家族に迎えた直後に妻の病気が判明した。夫(63)は「病院にペットなんてダメかと思ったら、いいというので驚いた。妻もそれで亡くなる最期まで気持ちが安定したと思います」と語る。

 昭和48年、先駆的にホスピスを開業した淀川キリスト教病院(大阪市)では当初から一定の理解を示してきた。ホスピスは独立棟でないため、小さいペットはケージに入れて持ち込み、大きなペットは玄関での面会としている。ホスピス専門病院「ピースハウス病院」(神奈川県)では、動物の苦手な患者に配慮して公共部分は利用できないが、大型犬なども各部屋が面した庭側のドアから出入りできるよう工夫する。

 また先月18日にオープンした大阪府和泉市立病院の緩和ケア病棟でもペットの面会を検討しているという。同病院がんセンター長の福岡正博医師は「厳しい闘病を強いられる患者や家族の気持ちをどう緩和するのかも医療者の重要な仕事」としている。

 こうした現象はペットの飼育人口が増加しているのも理由だが、ペットの医学的効用にも注目されている。

 がん患者は病気の進行に伴い、意識混濁や幻覚など精神症状を伴う「せん妄」が起こる。予防には病室を自宅の環境に近い状態をつくることも重要であることが最近の研究で明らかになり、緩和ケアでのペットの位置づけがさらに重要になっている。

 情緒水準が高度な哺乳(ほにゅう)類との触れ合いは人間に内在するストレスを軽減させる効果が考えられ、医療の補助治療として近年世界で用いられている。

 このため9月に緩和ケア病棟を増築オープンした和歌山県田辺市の南和歌山医療センターでは、これまでのペットの面会に加え、近くアニマルセラピーも実施する予定だ。

 がん患者や家族の精神的ケアを専門にする埼玉医科大の大西秀樹教授(精神腫瘍科)は「人間は五感を刺激すると精神的に安定する。がんの闘病は、家族の精神的負担も大きく鬱病などの診断がつくことも少なくない。患者が穏やかに過ごせれば、その家族の精神的ケアにとっても効果は大きく、ペットの持ち込みには大きな意味がある。今後もペットに理解のある病院は増えるだろう」と話している。

MSN産経ニュース 2010年11月6日

意思表示不能患者の代理人の多くは自身で終末期の決定を希望
 意思表示不能または危篤状態の患者の代理意思決定者の半数以上は、生命維持の選択を自分で行いたいと考えており、医師と共有したり、任せることを希望しないことが、新しい研究で明らかにされた。

 米ピッツバーグ大学(ペンシルベニア州)准教授で、重症疾患における倫理・意思決定プログラム責任者のDouglas B. White博士らによる今回の研究は、入院中の死亡確率が約50%で、人工呼吸器に依存する意思表示不能の成人患者の代理意思決定者230人を対象としたもの。意思決定者は、最愛の人の治療に関して、治療中の抗生物質の選択と、“回復の望みがない”場合に生命維持治療を中止するかどうかという2つの仮定の状況について記入した。

 研究の結果、意思決定者の55%が、治療中の生命維持治療の中止や中止時期など“価値を付与された(value-laden)”決定を自分で行いたいと考えていた。他の40%はそのような決定を医師と共有したいと考え、5%のみ医師に全責任を負ってほしいと考えていた。

 また、最愛の人の治療を監督する医師への信頼は、意思決定者が生命維持に関する決定を自分で行いたい度合いに影響を及ぼす有意な因子であり、また男性やカトリック教徒は意思決定の権限を譲ろうとしないことも判明した。研究結果は、医学誌「American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine(呼吸器・クリティカルケア医学)」オンライン版に10月29日掲載された。

 White氏は「今回の報告は、これまで考えられていたよりも多くの代理人がICU(集中治療室)における決定権をコントロールしたいと考えていることを示唆している。この結果は、代理人と意見を共有する医師とこれらの決定に最終的権限を持つ医師とを区別する必要性を示している」と述べている。

健康美容EXPO 2010年11月7日

[私のあんしん提言] 家で看取り、欠かせぬ支援
高見澤 たか子さん(ノンフィクション作家)
 患者・家族の立場から医療や介護サービスはどうあってほしいか。14年間の介護の末、夫を看取(みと)った体験を持つノンフィクション作家の高見澤たか子さんに聞いた。(聞き手・猪熊律子)

 ――昨年出版された「ごめんね、ぼくが病気になって」では、パーキンソン病を患い、3年前に77歳で亡くなった夫の看取り体験を赤裸々につづった。闘病生活はどうだったか。

 「新聞記者だった夫が定年を迎え、さあこれからという時に発症し、10年後には車いすになった。13年目に腸ねん転で緊急入院した時は、ひどい床ずれを作られ、院内感染で死にかけた。その後、家に連れ帰りたいと言うと胃に穴を開け管から栄養を注ぐ『胃ろう』にすれば帰ってよいと言われ、約1年間、要介護5の夫を介護した。家で最期まで看取ろうと改築までしたのに、終末期を迎えると入院を勧められ、結局そのまま病院で逝った。支えてくれる専門職がいなければ家での看取りは実現できない」

 ――医療を受けて感じたことは。

 「別の医師の意見を求めたら嫌な顔をされるなど医師とのコミュニケーションに悩んだ。人間を診るという教育を徹底してほしい。医師同士の連携も不十分。入院すると在宅医との縁が切れ、両者が連携して患者を診るという発想がない。以前、取材で訪れたオランダでは、在宅医が病院の医師と対等な立場で診療していたのが印象的だった」

 ――患者のQOL(生活の質)についてはどうか。

 「入院中、少しでも機能を維持したいと、本人がほしがったコーヒーをひとさじ飲ませたら、内科の医師に見つかり、誤って気管に入ったらどうするのかとひどくしかられた。でも、退院してから口腔(こうくう)リハビリで、昆布をかんで唾液(だえき)を出し、唾液をのみ込む訓練をした夫は大好きなおせんべいを食べることができた。生活の質とはこういうことだと思う。訴訟リスクが高い時代に医療関係者の大変さはわかるが、患者・家族と協力して、生きる力を引き出す医療をしてほしい」

 ――介護に対しては。

 「私自身、がんの疑いがあると言われたが、絶えずたんの吸引が必要で、胃ろうや人工肛門(こうもん)をつけた病人を抱えて検査に行く暇もなかった。介護家族への支援はゼロに等しい。在宅での夜間の介護体制を充実させ、介護職には一定の医療行為を認めるべきだ」

 ――ほかの課題について。

 「老後の住まいへの不安が強いのに、日本の住宅政策は自助努力が基本。『最期まで在宅で』と言うのなら、自宅で安全に過ごせるための改修支援や、良質で手頃な高齢者向け賃貸住宅を増やすことが望まれる」

YOMIURI ONLINEいきいき快適生活 2010年11月10日

在宅死は介護者のQOLやメンタルヘルスに好影響
 ハーバード大学のAlexi A. Wright博士らは,死期が近づいているがん患者とその介護者を対象とした研究を実施した結果,「ホスピスケアを受けながら自宅で死を迎えたがん患者と比べて病院や集中治療室(ICU)で死を迎えた患者では,終末期のQOLが低く,さらに介護者の悲嘆期に精神疾患を発症するリスクが高かった」とJournal of Clinical Oncology(2010; オンライン版)に発表した。

終末期の医療内容も大きく影響

 Wright博士は「どこで死を迎えるかは,がん患者本人だけでなく看護する家族にとっても大きな問題である。今回の知見は,病院死の低減あるいはホスピス利用の増加を目的とした介入が,死期が近いがん患者のQOL改善に役立つ一方,死別後に介護者が精神疾患を発症するリスクを低下させる可能性があることを示唆している」と述べている。

 同博士らは,進行がん患者342例とその介護者を対象に,大規模研究“Coping with Cancer”の一部として前向き研究を実施。登録時から死亡時まで患者を追跡調査した(追跡期間の中央値は4.5カ月)。同博士らは死亡前2週間以内の終末期における患者のQOLを評価すると同時に,この試験への登録時と患者の死亡後6カ月時点での介護者のメンタルヘルスを評価した。

 その結果,終末期近くに患者が受けた医療の内容が患者にとっても介護者にとっても極めて重要であることが明らかになった。ICUや病院で死を迎えた患者では自宅でホスピスケアを受けて死を迎えた患者と比べて身体的苦痛と精神的苦痛が大きく,QOLも低かった。また,自宅でホスピスケアを受けて死を迎えた患者の介護者と比べてICUで死を迎えた患者の介護者では,心的外傷後ストレス障害(PTSD)発症リスクが5倍高かった。

 同博士は「患者の最期がどのようなものであったかは,患者の死後,介護者がどのように生きるのかということに大きな影響を及ぼす。今回の研究から,患者が死を迎える場所と終末期の医療は,介護者の死別体験に影響することが明らかになった。患者が死を迎える場所によって患者のQOLに差が生じるとは予想していたが,悲嘆の過程において介護者のメンタルヘルスにこれほどの差が認められたことに驚いている」と述べている。

 また,「死別後の介護者の精神医学的臨床症状について調べた研究はほかにも複数あるが,今回の研究では患者の死亡前後の両方で介護者を追跡調査した。この研究は,患者が死を迎える場所によって介護者が精神疾患を発症するリスクが異なることを明確に示した初めての研究だ」と説明している。

介護者で高い精神障害発症リスク

 Wright博士らは,ICUや病院で死を迎えた患者の介護者のうち21.1%(19人中4人)がPTSDを発症した一方,自宅でホスピスケアを受けて死を迎えた患者の介護者では4.4%(137人中6人)であったことを明らかにした。同様に,病院やICUで死を迎えた患者の介護者の21.6%(37人中8人)では何事も手に付かなくなるような強い悲嘆が長期間続く(遷延性悲嘆障害)一方,自宅でホスピスケアを受けて死を迎えた患者の介護者では5.2%(77人中4人)だった。

 同博士らは,患者・介護者・医師間での終末期についての話し合いの増加や患者教育の改善などを通して,病院で死を迎えることを選択するがん患者を減少させる複数の方法を推奨している。

 同博士らは「死期が近づく中で自分が受ける治療の強度が自分のQOLや自分の死後に愛する人の精神状態に影響を及ぼすことが分かっていたならば,患者は事前に配偶者や医師などに希望を伝えるなどの手段が可能になり,無益な治療を行わずに済むだろう」と述べている。

 同博士らは,患者が自分の予後を完全に理解しているか否かなどの患者と医師とのコミュニケーションや意思決定に関する問題および腫瘍医とがん患者が化学療法などの治療の中止を考える際に何が影響するのかについて研究を計画している。

 「進行がん患者の約70%が自分の予後について知りたいと考えているが,自分の死期を知っていると報告する末期患者は3分の1にすぎない。患者が自分の予後や今後の治療が奏効する見込みについて知らされていたならば,患者が異なった選択をするか否か,また医学的転帰が異なったものになるか否かについて解明したいと考えている」と述べている。

メディカルトリビューン 2010年11月11日

急を要する日本の高齢者終末期ケア体制の改革
英国緩和ケア協議会・終末期ケアセミナーに参加して
加藤恒夫(かとう内科並木通り診療所)
 筆者は2010年10月26日,英国緩和ケア協議会(National Council for Palliative Care;NCPC)の主催,英国コミュニティケア協会,英国ケアフォーラムの共催のもと,ロンドンで開催された高齢者介護施設における終末期ケアセミナー"My Home, My Care, End of life care in care homes"に参加した。近年,自らの診療現場で増加する高齢者ケアの課題解決の端緒を探ることと,今後ますます増加する超高齢者の終末期ケアの体制を学ぶことが目的である。

 英国では近年人口が減少傾向に転じるとともに,病院での死亡が増加し始めている。そして今後,介護施設入居者は増加するものの,そこにおける看取りは減少し続けることが推測されている(Palliat Med. 2008[PMID : 18216075])。

 英国政府とNCPCの過去のさまざまな調査は,その原因が介護施設における緩和ケアの専門的知識・技術の不足と,高齢者の意思決定が十分に尊重される体制にないことだと指摘し,今後の終末期ケアの在り方を根本的に改革する方針を明示した(National Health Service : End of Life Care Strategy, 2008)。本セミナーはその課題解決をめざし介護施設とその関係機関を対象とした,全国規模の最初のキャンペーン企画である。

意思決定を援助する枠組み

 セミナーには英国全土から,緩和ケア専門医,看護師,ソーシャルワーカーなど,介護施設や保健当局,関係機関に勤務する130人が参加。日本からは筆者と看護教育関係者を含めて3人が参加した。セミナーでは,End of Life Care Strategyに沿った,行政,介護施設,介護者,家族,医療関係者,緩和ケア専門家そして地域ケア組織を統合した全国規模の企画が組まれた。そして,緩和ケアが,社会的ニーズの変化に従って癌のみでなく高齢者ケアを包括しなければならない理由が,緩和ケアの「定義上のあるべき姿」と「歴史的背景」との両面から語られた(表)。

表 セミナーのプログラム
◆講義
・「人生の終末を迎えた人々を援助する」
 Martin Green(英国コミュニティケア協会 理事長)
・「終の棲家での余生――終末期ケアへの総合的アプローチ」
 Julienne Meyer(「終の棲家プログラム」代表)
・「とても重要な『他人』――介護者の体験より」
 Brian Baylis(友人の看取り経験者)
・「監督官庁との協働」
 Dame Jo Williams(ケアの質管理委員会委員長)
・「ケアチームのケア」
 Jan Holdcroft(スタンフォードMHA ケアグループ*施設長)
・「地域で終末を迎える――介護施設の役割」
 Jim Marr(バーチェスターホーム*ケア管理者)

◆ワークショップ(分科会):氏名はファシリテーター
・「終末期ケアを提供するスタッフのケア」
 Victoria Metcalfe(Anchor Homes*認知症専門家)
・「介護施設と緩和ケア専門化の連携によるケア」
 Jo Hockley(ナースコンサルタント・緩和ケア専門看護師)
・「認知症の人々を援助する」
 Karen Harrison Daning(英国緩和ケア協議会 認知症専門看護師)
・「認知能力低下者支援法と利用者の意思決定」
 Simon Chapman(英国緩和ケア協議会 政策および議会対策部長)

*高齢者ケア提供民間会社で,いずれも慈善団体登録がなされている。

 また,緩和ケアと高齢者ケアの共通点と相違点も示された。とりわけ強調されたのは,高齢者ケアでは癌の緩和ケアに比して「死について語ること」が現場の伝統として少ないこと,そしてそれが,認知障害がないかもしくは軽いうちに,自らの希望する終末期ケアへの在り方を述べることを妨げる原因の1つとなっていることだった。さらに,「Dying Matters Coalition(死にかかわる諸団体の連合体)」の活動が紹介され,介護施設で「死を語る文化」を普及することの重要性が示された。

 参加者は講義だけでなく2回のワークショップへの参加が義務付けられた。筆者が選択したテーマは,「緩和ケア専門家と介護施設の連携」と「認知能力低下者支援法(Mental Capacity Act;MCA)と利用者の意思決定」であった。前者においては,高齢者の終末期の特徴(多くの高齢者の終末期には痛みや呼吸困難が出現しているが訴えが少ない)や,その問題解決には介護施設と医療との連携のみでなく緩和ケア専門家との連携がカギであることがさまざまな事例により強調された。また,後者では2007年に発効したMCAの現場における運用の事例検討がなされ,従来にも増して利用者の主体性の尊重を可能とするためにMCAを利用することが促された。

 筆者は,MCAが発効した直後の渡英時に,「MCAの遵守は法律家の関与や必要文書の整備など複雑な手続きを現場に持ち込み,終末期ケアにおける負担を増加させる」との意見を多数聞いていた。しかし今回,参加者の幾人かにこの問題を問いかけてみたところ,ほぼ共通の言葉が返ってきた。それは,「確かに手間はかかるが,本人の意思や最適なケアの根拠が集団で検討され,その過程と結論が文書化されるようになり,医療・ケア関係者を守る強力な武器となっている」だった。

日本への教訓――極端に少ない介護施設での看取り

 日本で介護保険法が発効して既に13年になる。しかし,2008年厚労省の人口動態調査によると,全疾患における死亡の場所として多数を占めるのは相変わらず病院である(80.5%)。高齢者介護施設(以下,介護施設)における死亡は,徐々に増加傾向にあるもののわずか2.1%でしかなく,自宅での死亡は12.7%であり,これらの割合はここ10年来大きな変化がない(2000年のOECD諸国における介護施設での死亡は全死亡の約30%)1)。今後,死亡の数が増加し(厚労省の推計では2006年の100万人から2030年には170万人に増加),国民の多くが介護施設での死亡を希望する現実2)や,政府の病院在院日数短縮化の施策などからすると,高齢者の「死」は今後日本の大きな社会的・経済的問題となるだろう。

 一方,最近の介護施設の看取り実施状況の調査では,30−60%の施設で看取りが行われる体制にあるとの回答が得られている。しかし,それらは先述した死亡の場所の統計と照らし合わせると整合性がない(筆者も複数の介護施設に訪問診療を提供しているが,看取りを行っている施設は1か所しかない)。このことは,介護施設の建前と本音の相違を物語っている。そして,その原因は,(1)医療との24時間の連携不足,(2)職員の教育と経験の不足,(3)緩和ケアの専門家との連携不足,(4)利用者の終末期における積極的医療に対する意思が不明,などである3,4)。

 その一方で,特筆に価することは,終末期と判断された高齢者を介護施設で丁寧に介護した場合と緊急入院した場合に分けて比較すると,入院した群のほうが予後が悪く死亡退院が多いことが調査研究として報告されていることである5)。

保険制度整備が最優先課題

 2010年,Lien Foundation, Economist Intelligence Unitは,OECD加盟諸国等の「死の質:終末期ケアの世界ランキング」を発表した6)。その報告によると,総合的な判定で英国が第1位,日本は第23位であり,その差は,政策の戦略性の有無に帰するとコメントされている。現在の日本の終末期ケアの政策対象は,2007年のがん対策基本法の発効とともに癌の緩和ケアが主流となり,高齢者の増加という人口動態的推計や国民の意識調査が制度設計に反映されず,長期計画や利用者中心の姿勢が乏しい。近年の癌の増加は高齢者の発症による影響が大きく,癌は既に高齢者の疾患にもなっている。

 これらの事実は,今後,介護施設における担癌者の増加を予見しており,癌の緩和ケアは必然的に高齢者緩和ケアとの重複を意味している(当然のことながら,癌以外の疾患の緩和ケアも重要課題であることは論をまたない)1)。しかし,われわれの実践から明らかになったことは,特別養護老人ホーム,老人保健施設や療養型病床等,介護保険下で入所中の利用者には他の医療機関との連携が保険上厳しく制限されている事実である。これでは,介護施設における終末期ケアの実践はほぼ不可能であると言ってよい。早急な制度設計の見直しが必要である。

教育および利用者参加がカギ

 1999年,英国の社会学者David Clarkはその著書『Reflections on Palliative Care』のなかで,英国の高齢者緩和ケアの遅れの原因を介護関係者の教育不足と処遇の劣悪さにあると指摘している。その状況は,それから10年余を経た今の日本の現状に符合する。さらに,先行文献では,調査対象を介護施設の看護職や,おしなべてすべての職員としているものは散見されるが,中心的存在である介護職に焦点を当てた調査・研究は非常に少ない。これでは,今後の介護施設のケアの質向上のための重点的教育対象を特定し,その教育内容を確立することは難しい。

 筆者がロンドンに滞在中,朝8時のBBCのテレビ番組で,セミナー当日にはその内容の紹介がなされ,翌日には英国緩和ケアの代表的存在であるFinley女史が「Living and Dying Well:良く生き良く死ぬ」ことについて語るのをたまたま目にした。これらは,先述したDying Matters Coalitionの市民教育活動の一環と考えられる(朝から「死を語らせる直截さ」に筆者は感心もし,驚きもした)。

 また,英国では「利用者の意思の尊重」の履行をMCAとして医療者と施設関係者に法的に義務付けたが,「終末期の個人の意思の尊重」は日本の社会的・思潮的現実からするとまだ遠い道のりと思える。しかし,それに代わる対策として,医療・介護施設利用者(多くの場合その家族)にそれぞれの利用施設の運営に参加してもらい,彼らの意見を運営に反映させることから始めるのが現実的ではないだろうか。

単身高齢者の急速な増加

 筆者は,近年,行き先のない病弱な単身高齢者(癌患者も含めて)を,基幹病院より引き取りお世話する機会が多くなった。しかし,彼らの持つ問題は身体的,心理・社会的と多岐に渡ることがほとんどで,その解決は医師・看護師をはじめ,リハ職,ケアマネ等職場全体と,民生委員や町内会など地域関係者との密接な連携が必要で,関係者に多くの負担を強いる困難な作業である。しかし,筆者らはこの傾向を今後の日本の将来像として受け止め,先取り的に経験を蓄積し問題点と対処方法の類型化をするよう心がけている。

 日英の終末期ケアの歴史の共通点は,改革はいつも民間の側から端緒が切られることであろう。

参考文献
1)WHO Europe. Palliative Care for Older People; 2004.
2)厚生労働省.終末期医療に関する調査等検討会報告; 2004.
3)杉本浩章,他.特別養護老人ホームにおける終末期ケアの現状と課題.社会福祉学.2006 ; 46(3): 63-74.
4)Hirakawa Y, et al. End-of-life care at group homes for patients with dementia in Japan. Findings from an analysis of policy-related differences. Arch Gerontol Geriatr. 2006 ; 42(3): 233-45.
5)栗田明,他.特別養護老人ホームにおける超高齢者の看取りケア――特に急性期病院入院例との比較に於いて.日本老年医学会雑誌.2010 ; 47(1): 63-9.
6)Economist Intelligence Unit, Lien foundation. The quality of death; Ranking: end-of-life care across the world; 2010.

週刊医学界新聞第2906号 2010年11月29日