●天沢聖司にツッコミを入れる・第2節
Japanese only

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聖司は、内気な少年であった。
雫ちゃんが気になっても、話しかけることが出来ない少年であった。
図書カードに名前を書いたり、図書館ですれ違ったり隣の席に座ったりしても、話しかけることの出来ない少年であった…。

また、聖司は、自分の気持ちを素直に表わせない少年でもあった。
夏休みの学校で、偶然雫と話の出来る機会に巡りあわせても、つれない仕草をしてしまう少年であった。
雫の忘れた弁当を届けるという絶好のシチュエーションに恵まれても、からかうことでしか愛情を表現できない少年であった…。

それは、屈折した愛情表現。臆病さの裏返し。
キミの告白によれば、はじめて雫ちゃんと話すずっと以前から、彼女のことを思い続けていたんだね。
好きなんだけれども、大好きなんだけれども、つれなく振る舞ってしまう矛盾…。

正直に好きだと言えない気持ち。ほろ苦い思い青春の特権。
キミは、何度眠れぬ夜を過ごしたことだろう。
しかし、本当に雫ちゃんの心をとらえたくば、いつまでもこのままじゃあいけない。
勇気を出して自分の気持ちを伝えなければいけないんだよ。
 
 


状 態


聖司のホンネ(推定)


実際の行動


夕方。
雫、地球屋の前でムーンと一緒に座っている。


あーいい夕日だぜ。こんないい夕日は、雫ちゃんと一緒に眺めてえな。
「あの夕日は魅力的だ。でもキミの魅力にはかなわない。」
なんちってね。


聖司、自転車に乗って地球屋に向かっていた。


聖司、地球屋の前に座った雫を見かける。

しばし凍結。


およ。雫ちゃんがいてる。
ちょっと待ってんか。来るの早すぎるで。
確かに来てほしいとは思っとったけれど。
オレ、まだ心の準備が出来てへん。どうしよう。何て話しかけようか。
オレとしたことが、心臓がドキドキだぜ。おろおろ。

…今日のところはパスしようかな。
いやいや、これって待ちに待っていたシチュエーションやないか。このチャンスを逃してどうするんだ。「カントリーロード」の練習は終わっているし、作りかけのバイオリンもある。そうさ、いよいよ雫ちゃんにオレのバイオリンを聴かせる時が来たのだ。
今こそ、雫ちゃんモノにしてくれようぞ。


聖司
「へぇー。月島かぁー。」



「あっ。」


オレこういうスタンドプレー苦手なんだよな。次は何をしゃべろうか。話題、話題。
そやそや、ちょうどええところにムーンがおったやないか。ここはとりあえず猫の話題でもして、話をもたせるとするか。
それにしても、あのムーンがよく雫ちゃんには触らせたな。オレにはなかなか触らせてくれへんかったくせに。やっぱムーンも女の子がええんかいな。結構やらしい猫やで。


聖司
「よくムーンが触らせたな。おいムーン、寄ってかないのか。」

ムーン
「けっ、おんどれらにはつきあっとれんわ。」
ムーン去る。



「あの猫、ムーンっていうの?」


おっ、雫ちゃんも猫の話題に乗って来たな。
雫ちゃんも、猫が好きみたいやな。


聖司
「ああ、満月みたいだろ。だからムーンって俺は呼んでいるけどね。」



「ムーンはきみんちの猫じゃないの?」


のら猫に決まっとるやないけ。こんな可愛げのない猫を飼う物好きがどこにおるか。
でも、雫ちゃんがムーンのことを聞いてくるとは、ひょっとしてムーンが気に入ったのかもしれん。本当にうちの飼い猫やったらよかったのにな。


聖司
「あいつを引き留めるのは無理だよ。
よその家でお玉って呼ばれているのを見たことあるんだ。
他にもきっと名前があるよ。」



「ふーん、渡り歩いてるんだ。
…そーか、ムーンは電車で通勤しているのね。」


ん? 突然何を言い出すねん。
雫ちゃん、ムーンを前から知っとるんかいな。


聖司
「電車?」



(聖司の方にせりだして)
「そうなの、ひとりで電車乗ってたの。それであとをつけたら、ここへ来てしまったの。
そしたら素敵なお店があるでしょ。物語の中みたいでドキドキしちゃった。」


う。
何と答えたらええのか分からへん。
まさか、雫ちゃんがこないに話す娘やったなんて。ホント予想外。でも、オレ、よく喋る雫ちゃんも好きだぜ。

しかし、雫ちゃんは既にムーンと出会っていたとは。
ムーンも電車に乗るなんて、なかなかやりよるな。それで雫ちゃんはムーンを追いかけるうちに地球屋を見つけたって訳か。何たる偶然。すげえ。


聖司
(思わずのけぞって凍結。)

「…………。」



「悪いこと言っちゃったな。ムーンに、おまえ可愛くない、って言っちゃった。あたしそっくりだって。」


ムーンがお前と?全然似てないよ。


聖司
「ムーンがお前と?全然似てないよ。」

聖司、一瞬凍結。


しまった、考えたことそのまま喋ってしもた。
これって、「キミはかわいいよ。」って言ったのと同じやないけ。うわあ、照れてまう。何とかうまいフォローを考えんと。
あ、何か顔が真っ赤になってきた。一体どうしたんだ聖司。


聖司
(頭をかきながら)
「あいつは、…もう半分化け猫だよ。」


しばしの沈黙。

聖司、顔を赤らめて頭をかきながらムーンの去った方を見る。

雫も顔を赤くして、ムーンの去った方を見る。


うっ、この沈黙には困った。早く次の話題に移らねば。
何だか、雫ちゃんの前だと調子乱されっぱなしだぜ。

雫ちゃん、オレの気持ちを察してくれ。
是非、キミを地球屋に案内したいんだ。そして、オレのバイオリンを聴いてほしいんだ。キミの作詞した「カントリーロード」を弾くから、出来ればオレのバイオリンに合わせて歌ってほしいんだ…。

ああ、この気持ちをキミに伝えたい。伝えたいんだ。
勇気をふりしぼって雫ちゃんに言うんだ、聖司。


聖司
「お前…。」


「あのっ…。」

同時に言い出して二人、凍結。


しばしの沈黙のあと


「おじいさん元気?ずうっとお店お休みだから元気かなって…。」


ええぞ雫ちゃん、じいさんの話題があったやないか。
おかげさんで、じいさんはピンピンしてるよ。


聖司
「ピンピンしてるよ。この店、変な店だから、開いている方が少ないんだ。」



「そうなの。よかった。窓からのぞいたら、男爵が見えないから、売れちゃったのかなって…。」


おっ、雫ちゃん、あの猫の人形を知っとったとは。
そうだ、あの猫を見せることにすれば、実に自然な形で地球屋の中に案内出来るやないか。何たる幸運。
さあ、そうと決まればとっとと誘導しよう。雫ちゃん、ちゃんとついてきてくれよ。
 

聖司
「ああ、あの猫の人形か。
見る?来いよ。」


聖司、勝手口のドアを開ける。

雫、後をついていく。


やたっ、雫ちゃん、オレについてきてくれた。うれしー。
まさか、こんなにうまくいくなんて、まるで物語の中みたいでドキドキしちゃう。
おっと。オレも何だか今日はメルヘンチック。


聖司
「ドア締めて。」


雫、地球屋のすきまから街を見る。
「空に浮いているみたい。」


やたっ、やたっ、ついに雫ちゃんを地球屋の中へ誘導したぞ。どれだけこの日を待ちこがれたことか。
こうなったらもうこっちのもんだ。

おーい雫ちゃん、早くおりておいで。


聖司
「高所恐怖症?」



「ううん、高いところ、好き。素敵。」


雫ちゃんが高所恐怖症じゃなくて良かった。
この景色は是非キミに見せたかったんだ。
今は夕陽に照らされた街が一番きれいな時間なのよ。

でも、景色よりオレのことをもっと知って欲しいんだ。
さあ来なはれや、雫ちゃん。


聖司
「この瞬間がが一番きれいに見えるんだよ。
こっち。」


実際に雫ちゃんと話が出来るようになると、ずいぶんおっかなびっくりだったね、聖司君。
あのつれなかった態度は、一体どこへ行ってしまったんだ。

ともあれ、雫ちゃんを地球屋に案内出来て、おめでとう。
でも、もし雫ちゃんがあそこで男爵の話を持ち出さなかったら、キミはどういう口実で彼女を地球屋に招き入れるつもりだったんだい?
 
 
 


状 態


聖司のホンネ(推定)


実際の行動


聖司、雫をバロンのある部屋に案内する。
雫、後をついていく。
 

ふっふっふっ、まんまと雫ちゃんを地球屋の中へ誘導したぞ。オレのバイオリンを聴かずして帰れると思うなよ、雫ちゃん。
でも、考えてみれば、オレはいま雫ちゃんとふたりっきりなんだな。ふたりっきり。何て甘美な響きなんだろう。夢にまで見たこの瞬間が、まごうかたなき現実になっているなんて。
ううっ、感激。ホント生きてて良かった(涙)。ああ、このままずっとキミと同じ屋根の下で暮らせたら…。
おっと、妄想にふけっている場合やない。はよう猫男爵を見せんといかん。
 

聖司
「ちょうどいいや、そこに座って。」
 


「時計がない。」
 

おっ、あの時計を覚えていたとは。そうか、この間来たときに見たんやな。よっぽど気に入ってたんかな。それに、時計のあった場所までよくおぼえているやん。忘れっぽい娘かと思っとったんやけど…。
 

聖司
「あー、そこにあったやつ。今日届けに行ったんだ。ここに来いよ。」
 


「売れちゃったんだ…。」
 

そんなに残念そうに言わんといてんか、雫ちゃん。あとでオレがキミをバイオリンでなぐさめたるさかいに。
 

聖司
「もともと修理の仕事なんだ。」
 


「もう一度みたかったなー。」
 

ほー、そんなに見たがるとは…さては、じいさん、雫ちゃんに時計のからくりを披露したな。あのメルヘンチックな仕掛は、まさに雫ちゃん好みやし。じいさんもいい年して、なかなかやるやないけ。
くそっ、このオレがじいさんなんぞに負けてなるものか。まずは定番の「つれない作戦」を軽く見舞って、猫男爵の目の秘密を披露しちゃろう。
 

聖司
「3年がかりでさ、月島が弁当忘れた日に出来たんだ。」
 


「あのお弁当っ!」。
 

こんな挑発に簡単に乗るなんて、雫ちゃんも案外単純な娘やな。あれがキミの弁当じゃないことくらいわかっていたよ。お父さんに弁当を届ける途中だったんでしょ。
 

聖司
「わかってるよ。おまえの弁当じゃないことくらい。
ここへ来て、猫の目の中見てみな。」
 


「・・・・・・・。」
 

うんうん、やっぱ雫ちゃんはふくれてもかわいいなあ。(しみじみ)
ほれ、はよう猫の目の中を見なはれ。
 

聖司
「早くしろよ。光がなくなるぜ。」
 


「うわーっ。」


おっ、見入っとる、見入っとる。
そのくるくる変わるキミの表情、大好きだよ。
キミを見ていたら、もうキミをモノにすることしか考えられないよ。
ああ、早くオレのバイオリンを聴かせてやりたい。いかにして自然にバイオリンを聴かせる雰囲気にもっていくか、それがポイントなんだがな。ここはやはり、雫ちゃんに猫男爵を見せている間にしかるべき準備をしておくか。
おっと、考えごとをしている場合やない。とりあえず猫男爵のウンチクを傾けんと。
 

聖司
「エンゲルス・ツイマー。天使の部屋って言うんだ。
布張りの時に職人が偶然つけた傷で出来るんだって。」



「きれいねー。」

そやね。確かに猫の目はきれいやけど、キミの方がずっときれいだよ。
…って言ってみたいんだが、恥ずかしゅうて言えん。
 

聖司
「男爵はなくならないよ。おじいちゃんの宝物だもん。」
 


「宝物?」


そやね。確かに猫男爵はじいさんの宝物やけど、オレにとっての宝物はキミなんだよ。
…って言ってみたいんだが、恥ずかしゅうて言えん、言えん。

そや、そろそろ下に降りてバイオリンの準備をしよう。
 

聖司
「何か、思い出があるみたいなんだ。
言わないけどね。
好きなだけ見てていいよ。俺、下にいるから。電気そこね。つけたかったらつけて。」

聖司、階下へ。


雫、バロンに見入る。
「不思議ね。あなたのことずうっと先から知っていたような気がするの。
時々、会いたくてたまらなくなるわ。
今日は、何だかとても悲しそう…。」
 

さて、どのような作戦で雫ちゃんにバイオリンを聴かせてくれようか。やはり、最初はオレがバイオリンを作っているパフォーマンスを見せて、自然にバイオリンを弾くような雰囲気に持っていこう。、
雫ちゃんの方から「バイオリン聴かせて。」って言ってくれれるのが理想的なんだが。まあ、何とかなるだろう。
演奏するのはどの曲にしよう。やっぱここは雫ちゃんが歌っていた「カントリーロード」だよな。
そうだ、雫ちゃんにも歌わせよう。まさにサイコーのシチュエーションじゃん。…でも、そんなにうまくいくかいな。何せあの娘忘れっぽいところあるし、歌詞忘れてたら無理やなあ。
でも、からくり時計はしっかり覚えていたっちゅうことは、きっと自分の好きな事柄は忘れないんだ。としたら、自分が作った歌詞くらい暗唱できるだろう。よっしゃ、演奏するのは「カントリーロード」、それも伴奏モードに決めた!
それにしても、雫ちゃん遅いな。よっぽど猫男爵に見入っているみたいやな。はよう降りておいて、雫ちゃん。
 

聖司
バイオリンを作りながら、雫ちゃんが降りてくるのを待っていた。
 

地球屋の外では顔真っ赤にしていたくせに、いざ雫ちゃんを中に連れ込んだら、急に態度が大きくなってへんか、聖司君。
 
 
 


状 態


聖司のホンネ(推定)


実際の行動


雫、階段を下りる。
聖司がバイオリンを作っているのに気づく。


雫ちゃん遅いなー。いつまで猫男爵を見とるんかいな。
こっちでは、すっかり準備が終わっとるし。
今日はゼッタイ、オレのことよく知ってもらうぜ、雫ちゃん。

オレ、バイオリン出来るねん。それも、ただ演奏出来るだけとちごて、作ることも出来るねん。将来はバイオリン職人として自立したいとおもっとるくらいなんよ。
でも、この話オレからしたらキザやんか。ここは、ごく自然に雫ちゃんの方から話題を振ってもらわんと。そうすれば、後でキミのためにカントリーロードを演奏してあげよう。

…ふっふっふっ、ようやく下りてきたな、雫ちゃん。
しばらくは気づかないフリをするか。
キミを待っていたことを悟られてはいかんし、な。


聖司
「あー。もういいの。」



「う、うん。ありがと。
ね、それ、もしかしてバイオリン作ってるの?」


よっしゃ、かかったな。
その言葉、待っていたんよ。
でも、普通は気づくわな。問題は、このあとどれだけ雫ちゃんがこれに関心を持ってくれるかなんよ。

ここは、なるべく無関心を装って、一層の注意をひくとしよう。


聖司
「あ、ああ。」



「みていい?」


よしよし。いいカンジだ、雫ちゃん。


聖司
「こうなるんだよ。」



「わあー。これ、全部自分で作ったの?」


よしよし。この調子だ、雫ちゃん。
バイオリン作るのは、そりゃ大変な作業なのよ。
でも、ここはいかにも当たり前のように振る舞わねば。


聖司
「当たり前だよ。」



「信じられない…。」


よしよし。いいぞ、いいぞ、雫ちゃん。
だいぶ関心をもってきたな。

…それにしても、驚いて見入っている雫ちゃん、かわいいなあ。キミを見ていると、オレ、本当にキミが好きで好きでしようがなくなるよ。

よっしゃ、ここでひとつウンチクでも披露してやるか。


聖司
「バイオリンは300年前に形が完成してるんだ。
あとは職人の腕で音の良し悪しが決まるんだよ。」



「あれも全部作ったの?」


しまった。ウンチクには乗ってこない。失敗したかな。
でも、後ろのバイオリンまで気づくということは、オレのバイオリンに興味を持ってくれとるっちゅうことや。
いいぞ、いいぞ。


聖司
「まさか。
ここでバイオリン作りの教室もやっているからさ。」



「でも、あなたのもあるんでしょ。」


おおーっ、オレのこと「あなた」って言ってくれた。
「でも、あなたのもあるんでしょ。」
なんていい言葉なんだ。シビれる〜〜〜っ!!!!
あなた、あなた、あなた…。
なんていい言葉なんだ。シビれる〜〜〜っ!!!!


聖司
「うん。」



「ねえ。どれどれ?」


あなた、あなた、あなた…。
なんていい言葉なんだ。シビれる〜〜〜っ!!!!

おっと、雫ちゃん、いま何か言ったかいな。

いかんいかん、ヘラヘラしたとこが顔に出たら、今までのいい雰囲気が台無しやんけ。

ここは、あくまでも冷静に振る舞わんといかんぜい。
あれが、オレの作ったバイオリンだよ。


聖司
「あれ。」



「わあ、これー。すごいなあよくこんなの作れるねー。まるで魔法みたい。」


魔法だなんて、メルヘンチックやなあ、雫ちゃん。
そないに気恥ずかしいこと、言わんといてよ。
それは魔法とちごて、キ・ミ・へ・の・愛・情なのよ。
そのバイオリン、図書館でキミの名前を知った頃から作り始めてん。だから、ひと彫りひと彫りに、キミへの想いがこもっとるんや。

どうだ、雫ちゃん。これでオレのこと少しは分かってくれたかな。

そうそう、オレの作ったバイオリン、全部キミのものにする方法を教えてあげようか。
それは、キミがオレと一緒になることさ。
そうすれば、オレのバイオリンは自動的にキミのものにもなるちゅうわけ。

うわーっ、!!! 
オレ何て恥ずかしいこと考えてるんだ。=(^ ^)=
よくこんな恥ずかしいことを平気で考えられるよな〜。
キミのメルヘンチックにあてられたかな。


聖司
「お前なー。よくそういう恥ずかしいこと平気でいえるよな。」



「あら、いいじゃない。本当にそう思ったんだから。」


よっしゃ、よっしゃ、こんなにうまく話がつながるなんて、想像していた以上にいい感じやないけ。

そろそろ作る話題を終わらせて、バイオリン演奏に持っていかないと。
ここは、やっぱり定番の「つれない作戦」でこの話題を打ち止めにして、別の話題へ誘導しよう。


聖司
「そのくらいのもん、誰でも作れるよ。
まだ、全然ダメさ。」


雫、ふくれっ面をする。


よし、うまい具合に雫ちゃん、ふくれたな。
さあ、この場をどう収めるかな、雫ちゃん。

聖司はバイオリンを作る。まるで魔法みたいにすごい。
  ↓
でも、聖司は「まだまだダメだ。」と言っている。
  ↓
つまり、聖司は実は高いレベルを目指している。
  ↓
ということは、演奏の方も相当できるだろう。
  ↓
これは是非聴いてみたい。

オレのヨミでは、きっとこういう風に考えて、話題を変えてくるに違いない。さあ、頼むよ、雫ちゃん。


聖司、構わないフリをして作業を続ける。



「ね、バイオリン弾けるんでしょ。」


よし、いい雰囲気だ。
次のセリフ、期待しているぜ。

聖司
「まあね。」



「お願い、聴かせて。ちょっとでいいから。」


よっしゃあっ、よくぞ言ってくれた。
このセリフ、どれだけ待ち望んでいたことか。
オレのヨミが当たったぜ。

でも、ここは嬉しさを隠して、あくまでもつれなく振る舞わなければ。


聖司
「あのなあ。」



「お願い、お願い、お願ーい。」


お、雫ちゃん、ここまで言ってくれるんか。
こりゃ、オレが予想していたよりも雫ちゃん、乗ってきているな。
ならば、雫ちゃんにも一緒に歌ってもらおう。
これこそ、夢にまでみたシチュエーションやんけ。


聖司
「よしっ、そのかわりお前歌えよ。」



「え…。
ダメよ私。オンチだもん。」


おっ、驚いとるな。
またあ、そんなに謙遜しちゃってぇ。
キミの歌が上手なことは、オレ知っているんだよ。

さあ、オレのバイオリンに合わせて、キミの歌を聞かせてちょうだい。


聖司
「ちょうどいいじゃんか。

…歌えよ。知ってる曲だからさ。」


聖司君、キミのヨミは冴えていたよ。
でも、雫ちゃんを上に置いたまま、下であんなにわざとらしくバイオリンを作っていて、それでここまでしゃあしゃあと言ってのける技は、ホントキミにしか出来そうにないな。
 
 
 


状 態


聖司のホンネ(推定)


実際の行動


聖司、「カントリーロード」のイントロを始める。
雫、驚いた表情を見せる。


ふっふっふっ、気付いたようやな、雫ちゃん。
そうさ。この曲はキミが歌っていた「カントリーロード」なんよ。
この日のために、何回もリハーサルを重ねてきたねん。どうや、うまいやろ。ちゃんと歌うてや。


聖司、そしらぬ顔で演奏を続ける。


雫、歌い始める。


おうおう、随分カタイのう、雫ちゃん。
そないに緊張せんとってんか。

それにしても、歌っている雫ちゃん、可愛いなあ。オンチだなんてどうしてどうして。ごっつううまいやんけ。
ああ、いま俺は雫ちゃんと二人で、二人だけの「カントリーロード」を紡いでいるんだな。ううっ、感激だぜ。ああ、オレはこの日を生涯忘れないだろう。

この感激を誰かに見せつけてやりたいもんだ。


聖司、そしらぬ顔で演奏を続ける。


西司郎が音楽仲間とともに出現。
一緒に演奏を始める。


おっ、噂をすればちょうどいいところにじいさんが帰ってきた。しかも、じいさんの音楽仲間まで連れだって、おまけに即興の伴奏までつくとは! じいさん達はオレが「カントリーロード」を練習しているのを知っていたからな。まさか、こんなところで効くとはラッキーだぜベイビイ。

…雫ちゃんが余計に緊張せえへんやろか。この状況でいきなりじいさん達が入ってきて。
でも、その心配はあらへんようやな。かえってリズムに乗ってよう歌ってくれとる。ええぞ、ええぞ、雫ちゃん。


演奏、大いに盛り上がって終わる。



「月島雫です。この間はありがとうございました。」


雫ちゃん、やっぱキミはエライ。オンチだなんて謙遜しながら歌はうまいし、忘れっぽそうに見えて、歌詞を完全に暗唱できるなんて。すごすぎるよ。おまけに可愛くてむっちゃオレ好みやし。オレはもうキミしか考えられないよ。

ちょうど、今は雫ちゃんもすっかり緊張がほぐれていい感じになっとる。よっしゃ、この雰囲気の中で"仲良し"の既成事実を作り上げちまおう。

見たまえ、じいさん達。オレのガールフレンドを。どうだ、可愛いだろう。のひょひょ。\(^o^)/


雫、西司郎の音楽仲間と挨拶。
音楽仲間

「聖司君にこんな可愛い友達がいたとはねえ。」



「え? 聖司? あなたもしかして天沢聖司?」


およ?
雫ちゃん、オレの名前知らなかったかいな。
図書カード作戦は不発だったかな。


聖司
「ああ。あれ、言ってなかったっけ?俺の名前。」



「言ってない! だって、表に"西"って出てた。」


"西"?地球屋の看板を見たな。
ええーっ、雫ちゃん、あんなにオレのこと気にしていたから、とっくに知っとると思っとったのに。
でも、思い出せば、確かに自分では名乗らなかったかもしれん。
何とかこの場をうまく乗り切らなければ。


聖司
「あれはおじいちゃんの名前だよ。俺は天沢。」



「ひどい。不意打ちだわ。洞窟の生き埋めよ。空が落ちてきたみたい。」


ちょっと雫ちゃん、せっかくいい雰囲気になっているのに、水を差すようなこと言わんといてんか。
このまま黙ってくれたら、キミがオレのガールフレンドということにしておけるのに。
頼むから、穏便に、穏便に。じいさん達が不思議そうな顔をしとるやないけ。


聖司
「何馬鹿なこと言ってんだよ。名前なんてどうだっていいじゃないか。」



「よくない!自分はフルネームで呼び捨てにしておいて。」


ああっ、ああっ、そないにキツイことを言わんといてんかっ!!!!!
じいさん達にバレてしまうやないけ。

と言いながら、オレもついつい売り言葉・買い言葉になっちまう。
やばい、やばいぜよ。

聖司
「お前が聞かないからいけないんだろ。」



「聞く暇なんてなかったじゃない。ああ、天沢聖司って、私、てっきり…。」


じいさん達、誤解せんといてや。別に名前も知らん女の子をたぶらかして連れ込んだわけじゃあなんだよ。「カントリーロード」を練習していたやろ。
それに、雫ちゃんもずっと前からオレに注目していたのよ。そうや、そうや、これ本当。オレの片想いなんかじゃないんだよう。


聖司
「何だよ。」



「優しい、静かな人だと思ってたの!」


そんな〜。
じゃあなにか。オレはつれなく振る舞うとんでもないヤツだってか。そう言われたら確かに返す言葉はないが…。でも、これだけは言える。雫ちゃん、その図書カードに書いた「天沢聖司」はオレなんよ。実は、優しい、静かなヤツなんよ。

ひえ〜っ、自分で自分が何を考えているのか分からんようになってきたぜ。一応、図書カード作戦は効いとったみたいやけど。


聖司
「お前なあ、本の読み過ぎだよ。」



「自分だっていっぱい読んでるじゃない。」


うう〜っ、もはや万事休す。
じいさん達には完全にバレてしもうた。こりゃあかんわ。

オレと雫ちゃんの"仲良し"既成事実化計画があ〜(; ;)



西司郎と音楽仲間
「フォッ、フォッ、フォッ、フォッ、フォッ。」


それにしても聖司君、「カントリーロード」を歌い始めた雫ちゃんが恥ずかしげに聖司君を見たとき、
キミは待っていたかのようにウインクを返したね。じいさんも、全く同じようにウインクしていたから、ホンマ、血は争えないのう。

ところで、聖司君、キミは、実はじいさん達に雫ちゃんを見せびらかしたかったんやろ。おじいさん達が現れた瞬間の、キミの嬉しそうな顔を見逃さへんかったで。それなのに、おんどれの「つれない作戦」が裏目に出て、おじいさん達の前でみっともない姿をさらしてしもて。 
まあ、長い人生、いろいろあるさ。
 
 
 


状 態


聖司のホンネ(推定)


実際の行動



「本当に楽しかった。みんないい人達ね。」


一時はどうなるかと思ったけど、何とかうまく場を取り繕うことが出来たぜ。雫ちゃんにも楽しんでもらえたみたいやし、まずまずってとこかな。それに、こうして雫ちゃんを送って行けるなんて、俺はシアワセだ。

しもた。自転車なんて持って来るんやなかった。オレと雫ちゃんの間を自転車が邪魔しとるやないけ。何とか自転車の位置を変えて、雫ちゃんと隣り合わせで歩きたいな。そやけど、不自然にやっても怪しまれるし、自転車のバカヤロ〜!!」


聖司
「また来いよ。おじいちゃんたち喜ぶから。」



「聴くだけならなあ。歌うのはつらいよ。でも天沢君、バイオリン上手だね。そっちへ進むの?」


何いうてんねん。雫ちゃんの歌、ごっつい上手やったやんか。謙遜しちゃって。でも、そういう雫ちゃん、大好きだよ。

誰にも言ってなかったオレの秘密を言おう。
「雫ちゃん、好きじゃあ〜」っと、違う、違う。思わずノドまで出かかったけど、これはまじめな話なんよ。


聖司
「俺くらいのヤツ、たくさんいるよ。それより俺、バイオリン作りになりたいんだ。」



「ふーん。もうあんなに上手だもんね。」


またまた。雫ちゃんの歌の方が、ずっと上手やったやんか。

ほめてくれておおきに。でも、オレ、こないなくらいで満足してへんねん。イタリアへ行って、もっと腕を磨きたいんよ。


聖司
「イタリアのクレモーナにバイオリン制作学校があるんだ。中学を出たら、そこへ行きたいんだ。」



「高校、行かないの?」


高校?そりゃ行きたいさ。
雫ちゃんと同じ高校ならね。雫ちゃんなら、杉の宮高校の制服姿もきっと似合うだろうな。

ああ〜っ、考えてみたら、雫ちゃんと一緒に高校生活をエンジョイ出来へんなんて、ものすごい損やんか。イタリア行くのやめよかな。何だか迷ってしまうぜい。

でも、オレ、イタリア行きは前から目指していた目標やし、どうしても実現したいのよ。そして、一人前になってから、キミを迎えにいきたいんだ。


聖司
「家中が大反対。だから、まだどうなるか分からないけど、おじいちゃんだけが味方してくれてるんだ。」


車、二人に接近する。
聖司、雫をかばう。


おっと、車が来たやんけ。
体勢を変えるチャーンス!
こうして道路わきに幅寄せして、雫ちゃんと密着…。

ああっ、しもた。このまま寄せただけじゃあ、相変わらずオレと雫ちゃんの間を自転車が邪魔するだけで、状況はちっとも変わらへんやんけ〜っ。

クルマのバカヤローっ!!


聖司の思いなど気にもとめずに、車は通り過ぎていく。


「すごいね。もう進路決めているなんて。あたしなんか全然見当つかない。毎日何となく過ぎちゃうだけ。」


おおーっ、クルマが去ったら、何と雫ちゃんの方からオレの方へ位置を変えてくれたやんけ。もしかしたら、オレの一大決意に惚れてくれたんかな。それで、オレと雫ちゃんの間を隔てていた自転車が邪魔になって、オレのいる方へ移動してくれたんやね。(ないない)

やたっ、やたっ、これでオレと雫ちゃんの間に障害はなくなったぜい。この瞬間を見せびらかさずにおれようか。そういえば、ここまでの間に、絹ちゃんちと、ナオちゃんちと、それから何人かのクラスメイトんちの前を通ったな。誰か、オレと雫ちゃんがこうして恋人同士みたいに歩いているところ見てくれていないかな。それでウワサになって、二人の仲が学校の中でとどろいたら、オレ達晴れて公認の仲になれるわけじゃん。うひょ。うひょ。うひょ。

おっと、妄想にふけっている場合やない。進路のことをフォローせんと。


聖司
「俺だって、まだ行けるって決まちゃいないんだぜ。毎日親と喧嘩だもん。
行けたとしても、本当に才能があるかどうか、やってみないとわからないもんな。」


二人、神社のそばまでやってくる。


神社の前までやってきたか。このまま雫ちゃんの家まで送っていければいいんだが、ここまででいいって言うのん? 雫ちゃん。



聖司
「送っていかなくていいの。」



「うん。もうそこだから。じゃあね。」


雫ちゃんが帰っていく。
オレ、雫ちゃんに伝えたいことの半分も言っていないのに。
ああ、何て時間の経つのが速いんだ。

雫ちゃん、これだけは聞いてくれっ!


聖司
「あ、…月島。」



「なに?」


オレさ、雫ちゃんが好きだ。
はじめて見たときから、ずっと。
はじめて話をしたときから、ずっと、ずっと。
今日、雫ちゃんが地球屋に来てくれて、夢じゃないかと思った。
好きだ、好きだ、好きだ〜。雫ちゃん〜!


聖司「おまえさ、詩の才能あるよ。さっき歌ったのもいいけど、俺、コンクリートロードの方も好きだぜ。」



「何よ。この間はやめろって言ったくせに。」


ああっ、好きだというべきところが、何てヘンテコなこと口走ってしまったんだ。やっぱオレは、ストレートに好きだなんていえないナイーブな少年だったのかななんちって。これは、きっと雫ちゃんを好きになってしまったせいだ。


聖司
「俺、そんなこと言ったっけ?」



「言ったー!」


「言ったー!」なんて、雫ちゃん、キュート!


聖司
「そうかあ?」



「今日はありがと。さよなら。」


雫ちゃん、最後にニコッとしてくれた。
よかった。特に気を悪くさせた訳じゃないみたいやな。
よかった、よかった。

とうとう、雫ちゃんにオレの将来を話してしまった。このままズルズルと時間を浪費してられへんな。よっしゃ、今日こそ親父を攻略するぞ。イタリア行きを認めさせてみせる。そして、真っ先に雫ちゃんに知らせるんだ。


聖司、しばらく雫が走っていくのを見ている。
聖司、去る。


キミの思惑どおり、キミと雫ちゃんが二人で歩いているところはバッチリと目撃されていて、翌朝にはしっかりとウワサになっていたね。よかったじゃん、聖司君。

ちなみに、キミと雫ちゃんが別れた場所は、昼間杉村が玉砕した神社の前だったりするんだなこれが。
ともあれ、こうやって雫ちゃんに自分の目標を話したことでいよいよ決意が固まって、信念を持って父親に訴えたからこそ、条件付きながらイタリア行きを認めてもらったんだよね。おめでとう。成せば成るんだ。

…もしかして、聖司君、イタリア行きを一刻も早く知らせたくて、翌朝の雨の中、校門前で雫ちゃんを待っていたんじゃないかな。でも、雫ちゃんは遅刻してしまうくらい遅くまで来なかった。
もし、そうだとしたら、キミにとって昼休みまでの時間はどれほど長く感じられたことだろう。
 
 
 


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