聖司は、内気な少年であった。
雫ちゃんが気になっても、話しかけることが出来ない少年であった。
図書カードに名前を書いたり、図書館ですれ違ったり隣の席に座ったりしても、話しかけることの出来ない少年であった…。
また、聖司は、自分の気持ちを素直に表わせない少年でもあった。
夏休みの学校で、偶然雫と話の出来る機会に巡りあわせても、つれない仕草をしてしまう少年であった。
雫の忘れた弁当を届けるという絶好のシチュエーションに恵まれても、からかうことでしか愛情を表現できない少年であった…。
それは、屈折した愛情表現。臆病さの裏返し。
キミの告白によれば、はじめて雫ちゃんと話すずっと以前から、彼女のことを思い続けていたんだね。
好きなんだけれども、大好きなんだけれども、つれなく振る舞ってしまう矛盾…。
正直に好きだと言えない気持ち。ほろ苦い思い青春の特権。
キミは、何度眠れぬ夜を過ごしたことだろう。
しかし、本当に雫ちゃんの心をとらえたくば、いつまでもこのままじゃあいけない。
勇気を出して自分の気持ちを伝えなければいけないんだよ。
実際に雫ちゃんと話が出来るようになると、ずいぶんおっかなびっくりだったね、聖司君。 あのつれなかった態度は、一体どこへ行ってしまったんだ。 ともあれ、雫ちゃんを地球屋に案内出来て、おめでとう。 でも、もし雫ちゃんがあそこで男爵の話を持ち出さなかったら、キミはどういう口実で彼女を地球屋に招き入れるつもりだったんだい? |
地球屋の外では顔真っ赤にしていたくせに、いざ雫ちゃんを中に連れ込んだら、急に態度が大きくなってへんか、聖司君。 |
聖司君、キミのヨミは冴えていたよ。 でも、雫ちゃんを上に置いたまま、下であんなにわざとらしくバイオリンを作っていて、それでここまでしゃあしゃあと言ってのける技は、ホントキミにしか出来そうにないな。 |
それにしても聖司君、「カントリーロード」を歌い始めた雫ちゃんが恥ずかしげに聖司君を見たとき、 キミは待っていたかのようにウインクを返したね。じいさんも、全く同じようにウインクしていたから、ホンマ、血は争えないのう。 ところで、聖司君、キミは、実はじいさん達に雫ちゃんを見せびらかしたかったんやろ。おじいさん達が現れた瞬間の、キミの嬉しそうな顔を見逃さへんかったで。それなのに、おんどれの「つれない作戦」が裏目に出て、おじいさん達の前でみっともない姿をさらしてしもて。 まあ、長い人生、いろいろあるさ。 |
キミの思惑どおり、キミと雫ちゃんが二人で歩いているところはバッチリと目撃されていて、翌朝にはしっかりとウワサになっていたね。よかったじゃん、聖司君。 ちなみに、キミと雫ちゃんが別れた場所は、昼間杉村が玉砕した神社の前だったりするんだなこれが。 ともあれ、こうやって雫ちゃんに自分の目標を話したことでいよいよ決意が固まって、信念を持って父親に訴えたからこそ、条件付きながらイタリア行きを認めてもらったんだよね。おめでとう。成せば成るんだ。 …もしかして、聖司君、イタリア行きを一刻も早く知らせたくて、翌朝の雨の中、校門前で雫ちゃんを待っていたんじゃないかな。でも、雫ちゃんは遅刻してしまうくらい遅くまで来なかった。 もし、そうだとしたら、キミにとって昼休みまでの時間はどれほど長く感じられたことだろう。 |