偽りの売国奴 ★★☆
(The Counterfeit Traitor)

1961 US
監督:ジョージ・シートン
出演:ウイリアム・ホールデン、リリ・パルマー、ヒュー・グリフィス、クラウス・キンスキー



<一口プロット解説>
第二次大戦中、石油ビジネスを行いながら密かにドイツ国内で軍事情報を収集して連合国に知らせていた人物の物語。
<雷小僧のコメント>
何とおどろおどろしいタイトルでしょう。売国奴というのはそもそもネガティブな表現なので偽りの売国奴という言い回しは言ってみればダブルネガティブ(2重否定)になるのですが、まあ要するにかなり複雑な人物を描いているということです。自国(米国)を売るようにナチに見せかけて逆にナチの情報を得ようとした男の物語で、エディー・チャップマンという実在の人物をモデルにした「トリプル・クロス」(1966)という同種類の映画もこの映画と同じ頃制作されていますが、この「偽りの売国奴」の方がはるかに面白いように思います。
この映画の面白いところは、主人公のウイリアム・ホールデンはそもそも愛国者的な確固たる信念を持つ人物としては描かれていないということです。まず第一にホールデンはたとえ商売上の理由があったとしてもアメリカ人であることを止めて中立国スエーデンに帰化したということになっており、要するに愛国者的人物とはほど遠いと言うことが出来ます。そういう彼が戦時下のドイツでスパイ活動を行う理由は、ひとえにイギリスの秘密情報部員にブラックリストからはずすことを条件としてそれを半ば強制されてしまうからです。これに対し、ドイツ人であるにも係わらずこのウイリアム・ホールデンに協力するのがリリ・パルマーです。ホールデンが、あるシーンでパルマーに対し、自分のように連合国に弱みを握られているわけではないのに何故危険を冒してでも連合国に協力するのかなどというかなりプラグマチックな質問をするのですが、ちょっと細かいところは忘れましたがパルマーは確かイエス様だかマリア様の目は誤魔化せないとかなんとかかなり宗教的な返事をします。この辺が、要するに内部にいる人間と危険は冒しているといえども所詮は外部の人間との違いなのでしょう。ある箇所でパルマーは、今迄他人のように見えていたナチに虐待された人々が自分の兄弟のように思えてくるような状況が、一瞬でやって来ることがあり得るというようなことをホールデンに言います。これは、別に彼女の宗教的な信条を述べているのではなく、外部から内部への転換というのはある事象を契機として一瞬且つ全的に起こりうるものであり、それが実際起こると自分を取り巻く世界の意味構成が一瞬にして全く変わってしまうということが示唆されていると言えます。実際、今まではゲシュタポのお墨つきで戦時中であるにもかかわらずドイツ国内をうろちょろすることが出来たホールデンが、逆にゲシュタポに逮捕されたあたりからこの状況の転換が起こり始めるわけです。こうしてホールデンは徐々に内部者としての立場に引込まれていくのですが、この映画を見る限りやはりこの人は内部者ではないのです。何故ならば、外部への彼の逃走が始まるからです。ところが、このようなホールデンに対し、逃げ去るべき外部を持たない(実際逃亡しようと思えば出来たのですが、内部者としての自分の心情がそれを許さない)パルマーは結局処刑台の露と消えてしまいます。まあ、こういったところの演出がこの映画はよく出来ているように思います。
ここで1つ、この映画を512倍引立たせているリリ・パルマーについて述べてみましょう。この人は、ドイツ生まれの女優のようで主に40年代50年代に活躍したようですが、今のところ私目は、この映画と「クロスボー作戦」及び「モール・フランダースの愛の冒険」という映画くらいでしか見たことがありません。その「クロスボー作戦」の英語レビューの中でも書いたのですが、この人は何というか日本人の感性にマッチしたような雰囲気を持ちあわせていて(但し、私目の個人的な趣味でないという証拠もありませんが)、「偽りの売国奴」でも話半ばで処刑されてしまうのはとても残念で、もっと出ていて欲しかったとなどと私目などはいつも勝手に思っています。ある英国人の書いた評にも、haunting performanceというような感想があったように覚えていますが、要するに心に取り付いて離れない演技というような意味になりますが、まさにその通りだと思います。また「モール・フランダースの愛の冒険」という映画では、コミカルな役を演じているのですが、映画自体にしまりがなく(もともとオスカーウイナーである「トム・ジョーンズの華麗な冒険」の亜流映画なのですが、私目はもともとこの「トム・ジョーンズの華麗な冒険」自体面白いとは全然思わないのでその亜流など問題外です)、又主演のキム・ノバクも魅力的というには疑問符がつくような程度なので、ただただこのパルマーに注目してしまいました。やっぱりいいですねこの人は。
いずれにしても、この「偽りの売国奴」は2時間半近い映画なのですが、長すぎるという感じはなく大変よくまとまった出来のよい映画であると言えます。

1999/04/10 by 雷小僧
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