さらばベルリンの灯 ★★☆
(The Quiller Memorandum)

1966 UK
監督:マイケル・アンダーソン
出演:ジョージ・シーガル、センタ・バーガー、アレック・ギネス、マックス・フォン・シドー



<一口プロット解説>
スパイのジョージ・シーガルは、彼のボスであるアレック・ギネスからベルリンに潜伏するネオナチ運動の黒幕を突止めるように命令される。
<雷小僧のコメント>
しかし、イギリス映画にはとんでもなく暗いというかわびしい(英語を使わせて頂ければbleak且つdrearyな)映画がありますが、この映画もそうですね。いわゆるスパイものですが、007シリーズが賑やか且つ華やかな映画だとすると、この映画はそれに対するアンチテーゼそのものであり、誰でもが007のようなスパイが現実にいるわけはないことを知っているのを利用して、あたかもこの映画のジョージ・シーガルのようなスパイが本当のスパイの実状を表しているように思わせようとしているのではないかと思わせる程にそうなのです。同時期に製作されたスパイもののイギリス映画に「寒い国から帰ったスパイ」(1965)というリチャード・バートン主演の映画がありましたが、こちらも全くこの「さらばベルリンの灯」と同じように陰鬱なスパイ映画でした。このように書いていると、これらの映画がただ暗いだけの映画であるように思われてしまうかもしれませんが、逆にそういう暗さを通して妙な哀愁感を出すことに成功しているのがこれらの映画なのです。スパイ映画に限らずイギリス映画にはこの手の傾向の映画が数多くあるようですが、これもイギリスの暗い気候(と聞いています)の反映なのではないだろうかなどと疑ってみたくもなります。ちょっとアメリカ人的な思考様式とは違う飾らないスタイルというのがイギリス人的思考様式にはあるのかもしれません。
さて、この映画のイギリスらしさは、何も暗いという点にだけあるのではなくて、いかにも階級主義的貴族主義的な描写が時折見られるという点にもあります。それは、たとえばボスのアレック・ギネス達がフィールドワーカーのジョージ・シーガルの動きをコントロールする会議をする時、高級レストランでメシを食いながら行うシーン等に表れています。舌平目のムニエルとか何とかに舌鼓を打ちながらキナ臭い話をしているわけですが、こういうシーンがイギリス映画には結構あります。自分達もそういう世俗的なドロ臭いことに関わっているという事実を舌平目のムリエルという貴族的なコノテーションを有する物でまぶしてフィールドワーカーたるシーガルと自分達を区別しようというような心理的メカニズムが透けて見えます。まあ、よく見ているとイギリス映画に出てくるボス達は、このように高級料理をよく食べています。また、敵方のボスのマックス・フォン・シドーも、実際はネオナチの首領すなわちドイツ人ということになっていますが、いかにも英国紳士のように貴族的に振舞い、ダーティジョブを部下に任せるわけです。これがアメリカ映画であるとまずこの手のレッドテープの後ろに控えるボス達をそもそもわざわざ画面上に登場させはしないでしょうし、登場させてもそこにスポットライトが当たることはまずないでしょう。ところがイギリス映画ではそこにわざわざスポットライトを当てるのであり、このスポットライトを当てること自体が既に階級主義的意識の現れかもしれません。そういえば、本来イギリス映画の007シリーズにもMというボスが確か出てきましたよね?
それから、この「さらばベルリンの灯」を一層引き立てている要素が2つあります。1つは、ジョン・バリーの哀愁溢れる音楽で、この映画の雰囲気にまさにピタリとマッチしています。バリーは勿論あの007シリーズの音楽を担当している人でもありますが、傾向の180度違う映画には、傾向の180度違う音楽を付けてくるところが実にプロフェッショナルですね。それから、センタ・バーガーですが、ううう美しい、と言うほかありません。もともとどちらかと言うとグラマラスな体を利用した所謂演技派ではなく肉体派に属する女優さんであるように思われますが、この映画ではそのような点が強調されているわけではなく実にシンプルに美しいのですね。この人の役柄は、最後まで彼女がカウンタースパイであるかどうかが分からないというようなかなり曖昧性を要求するものですが、そういう微妙なニュアンスを破壊しないように控え目にしている点が、逆に彼女の肉体的な面とは違ったビューティを引き出すことに成功しているように思われます。野郎どもには、彼女を鑑賞する為だけでもこの映画を見る価値があるかもしれません。それからシドーは相変わらずこのような静かなる脅迫者といった役を演じさせると彼の右に出る者はいないでしょう。最後にジョージ・シーガルはどうもコメディ役者的な印象があるので場違いな気がして仕方ありませんでした。これは1970代中頃からコメディに出演し始めた彼にとってはアンフェアなコメントですが、そういう色眼鏡で回顧的に見られてしまうのはいた仕方がないところでしょう。

2000/05/28 by 雷小僧
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