大脱走 ★★☆
(The Great Escape)

1963 US
監督:ジョン・スタージェス
出演:スティーブ・マクイーン、チャールズ・ブロンソン、ジェームズ・ガーナー、ジェームズ・コバーン



<一口プロット解説>
脱走不能と言われるドイツ軍の捕虜収容所に札付きの脱走屋が集められるが、彼らは早速トンネルを掘って捕虜全員の脱走計画を練りはじめる。
<入間洋のコメント>
 小生は小学校時代から高校時代までを静岡県で過ごした。静岡県と言えばお茶とみかんの名産地ということになるが、もう1つ忘れてはならないことがある。それはサッカーである。小生が住んでいたのは静岡県でも東部の沼津市近辺であり、オランダに渡った小野選手やドイツに渡った高原選手は静岡県東部の出身であるとは言え、清水、静岡が位置する中部に比べれば熱狂的なサッカーどころであるとは言えない。それでも、小学生の頃、図工の担当にもかかわらず熱狂的なサッカーファンの先生がいて、毎日昼休みに生徒を集めてはサッカーに打ち興じていたことを今でも良く覚えている。小学生のサッカーと言えば、通常はボールのあるところに全員が我先に一斉に集まる為にサッカーの試合にならないものであるが、静岡県では小学生の昼休みのサッカーですらフォーメーションを決め、見た目はプロのようなサッカーをするのである。今やプロサッカーリーグであるJリーグが始まってから早10年以上が経ち、開始当初の熱狂は今では色褪せたとはいえサッカー人気も固定化してきたが、ご存知のように静岡県では30年以上前からサッカーが現在と全く変わらないくらい盛んであったのである。

 そのような経歴があり又現在でも浦和レッズのお膝元であり静岡県同様サッカーが盛んな埼玉県に住んでいる為もあってか、個人的には野球よりもサッカーの方が遥かに好きである。またそのような地理関係は別としても、野球においては基本的には個人の能力が優先され、いかに速い球を投げ、いかにパワフルにその球を打ち返し、いかに速く走るかというような量的側面が強調され、アメリカで流行するのも尤もなことであるように思われるのに対し、サッカーにおいてはまず組織プレーがありその上でたとえばマラドーナのような天才的なプレイヤーによる個人プレーが成り立つという、いわば質が優先されるスポーツであるという側面があり、それが個人的な趣向にもマッチしているという理由もある。勿論野球に質的側面がないと言うわけではないが、たとえばありきたりな言い方をすれば、ホームランバッターを8人並べ、剛速球投手を星の数程抱えたチームがそうでないチームに勝つ確率は、マラドーナが10人いるチームがそうでないチームに勝つ確率と比べれば遥かに高いであろうことは容易に想像可能である。サッカーでは少し油断するとアマチュアがプロに勝つ場合も稀ではなく、阪神タイガースがPL学園と試合をして負けるであろうとは、冗談で言うことはあっても誰も本気で思わないのと事情が全く異なるわけである。これはサッカーというスポーツが組織面にも大きな焦点があるが故であり、組織がバラバラで個人プレーに走るプレイヤーが多いチームはなかなか勝てないのが普通である。サッカーではボールを持っていない選手の動きも重要であるとしばしば言われるが、それは何故かというとサッカーのベースが組織的な戦術にあるからである。しかしながら組織だけではなかなか点を取れないのがまたサッカーの奥深いところであり、そこで登場するのがマラドーナでありジダンであり中田である。すなわちアイデアと想像力に溢れた天才選手の天才的な個人プレーが組織の壁に穴をこじあけ点を取る、これこそがサッカーの持つ醍醐味である。

 読者の中には「大脱走」を語るにあたって何故延々とサッカーの話を続けるのか不思議に思う人もいるかもしれないが、その理由は、「大脱走」を見ていると、組織プレーと個人プレーの融合が重要な要素を構成するサッカーを思い出すからである。説明するまでもなく「大脱走」のストーリーは、ナチスドイツの捕虜収容所から連合軍のツワ者捕虜達がトンネルを掘って脱走するという極めてシンプル且つパワフルなものである。しかしながら、前半と後半では展開がかなり異なっていて、前半は一クセも二クセもある多彩なツワ者達が寄り集まっているにも関わらず組織で収容所の脱走準備を行う様子が描かれており、いわば組織プレーに焦点が置かれている。これに対し、後半では今度は収容所を脱走した各人がいかにしてドイツ国境を越えるかという個人プレーにスポットライトがあたる。従って、組織プレー+個人プレー或は組織プレーの上に成り立つ個人プレーというサッカー的な図式が、「大脱走」の前半と後半に分かれてうまく表現されているように見える。確かに、前半においても、スティーブ・マックイーン演ずるヒルツのように、一匹狼として振舞い、決して他のメンバーが企てている脱走計画には参加せずに一人で脱走を試みては捕らえられ独房に放り込まれるようなキャラクターも存在する。しかしながら、皆が皆ヒルツのように行動していれば捕虜全員を脱走させることなど不可能であることは火を見るよりも明らかである。そのヒルツも、アメリカ独立記念日に相棒をドイツ兵に殺され、他のメンバーが企てている脱走計画に協力するようになる。

 後半に入ると、いよいよ緻密な組織プレーによって準備されたリソースを最大限に活かして、今度は各個人が各自の創意工夫に従って敵陣を切り裂き国境というゴールを目指して突っ走る。スティーブ・マックイーンは彼らしくオートバイに乗ってスイスを目指し、冷静沈着なジェームズ・コバーンは飄々とチャリンコに乗りというような具合に各人各様のスタイルが貫徹される。かくして、マックイーン、コバーンを始めとして、チャールズ・ブロンソン、ジェームズ・ガーナー、リチャード・アッテンボロ、デビッド・マッカラム、ドナルド・プレザンスというような今から見ればレアル・マドリード並みの豪華メンバーによる逃走が始まるわけである。この映画で見事なのは、後半の個々人による脱走シーンにおいて各キャラクターの特徴が際立つように、各人各様に様々なパーソナリティが付与されていることであり、その準備段階として前半部では各登場人物の性格付けにも細心の注意が払われていることである。たとえば、前述した一匹狼スティーブ・マックイーン、脱走組織をオーガナイズする黒幕リチャード・アッテンボロ、アイデア屋のデビッド・マッカラム、盲目のドナルド・プレザンスに最後まで付き添うヒューマンなジェームズ・ガーナー、飄々としたジェームズ・コバーン、暗闇に閉じ込められるのを恐れながらもトンネル掘りを続けるチャールズ・ブロンソンというように、主要登場人物には明白な性格付けがされドラマ的側面が非常に分かり易いのは、シンプルでパワフルなストーリー展開とも見事に調和する。この映画を見ながら、会社の上司や同僚の顔を思い浮かべ、あいつはヒルツだとか、俺はニヒルなジェームズ・コバーンだとか比較しながら見るのもまた一興かもしれない。但し、この作品には、大概この種の映画ではお約束になっている胡麻摺り屋や裏切り者のような腹黒い輩が登場しない為、会社の人間に適用しようにも適用出来ないケースがあるかもしれないのでフラストレーションが溜まらないようご注意の程を。

 いずれにしてもこのような多彩なキャラクターが織り成す骨太なドラマは、ドラマとは何たるかがよくは分かっていなかった子供の頃ですら大いに魅了されたものであったが、レアル・マドリードのような豪華な脱走メンバーの中でも小生のお気に入りは、慌てず騒がず飄々とチャリンコに乗って逃走するジェームズ・コバーンであり、彼は国境を越えることに成功する数少ない脱走者の一人である。とはいえ、やはりこの映画の後半の焦点は、アルプスを背景にバイクに乗って疾走するスティーブ・マックイーンに置かれていることには間違いがなく、この作品における彼の勇姿に魅せられた映画ファンも少なくはないことだろう。丁度良い機会なので最後に少しスティーブ・マックイーンについて触れておこう。正直言えば、小生はスティーブ・マックイーンの大ファンではないが、彼には独特なカリスマ性があったことには間違いがない。タフガイでありながらどこか周囲とは隔たった孤独な陰が見え隠れしていることが多い俳優であり、いわゆる一匹狼タイプだが、「大脱走」でも共演しマックイーンと共に1970年代に活躍したもう一人の一匹狼チャールズ・ブロンソンが外見のスタイルが全てであるように見えるのとは異なり、外向きの自信の裏側にそれよりも遥かに大きな内向性が存在し、その溢れんばかりの内向性が外面にわずかながら到達した結果が不遜とも見える表情に現われているというようなただならぬ雰囲気を常に漂わせている。そのような彼の特徴が早くも見事に活かされた映画として、イギリス映画の「戦う翼」(1962)が挙げられるが、彼はこの映画の中で、仲間から尊敬されてはいるが、戦争に対する余りにも度を越した情熱に周囲がついていけなくなり、次第に孤立して行く飛行隊長を演じている。その後の彼の経歴を見ても、彼にはそのようなイメージが常に影のように付き纏っていることは明白であり、オーディエンスにそれまでの古典的なヒーロー像にはない新鮮なインパクトを与え続けてきたのである。ポール・ニューマンとともに彼が1960年代に出現したニューヒーローであったことに異論を差し挟む者はいないだろう。

※当レビューは、「ITエンジニアの目で見た映画文化史」として一旦書籍化された内容により再更新した為、他の多くのレビューとは異なり「だ、である」調で書かれています。

2001/01/27 by 雷小僧
(2008/10/16 revised by Hiroshi Iruma)
ホーム:http://www.asahi-net.or.jp/~hj7h-tkhs/jap_actress.htm
メール::hj7h-tkhs@asahi-net.or.jp