戦う翼 ★★☆
(The War Lover)

1962 UK
監督:フィリップ・リーコック
出演:スティーブ・マックイーン、ロバート・ワグナー、シャーリー・アン・フィールド

左:ロバート・ワグナー、右:スティーブ・マックイーン

ナチスドイツの軍事施設を破壊する為に日夜飛び立つイギリスの爆撃隊に関するストーリーが展開され、比較的新しいところでは「メンフィス・ベル」(1990)が同様なテーマを扱っていました。昔、同じシチュエーションを扱ったボードシミュレーションゲームがありましたが、足の短い戦闘機の援護が全く期待できないドイツ本土のふところ深く潜り込めば潜り込む程ミッションの危険度は増し、それと正比例して任務達成の暁には大きな戦果が期待できるという前提がストーリーの背後にあります。戦争を早く終結させようとすればする程、ますます危険なミッションを遂行せねばならなくなるのです。空からの攻撃が海陸からの攻撃と大きく異なる点の1つは、明確な前線が存在しないことで、勿論制空権という概念はあるとはいえ、「戦う翼」や「メンフィス・ベル」が描くように適地深く分け入り相手の心臓をグサリなどということもそれなりのリスクを冒せば可能なのです。また、心理的効果を狙った民間爆撃などという昔の騎士道精神からすれば考えられないような暴虐が行われるのも空からです。そのような効果が狙われた例としては原爆投下、Vロケットによるロンドン攻撃、ドレスデンなどの大都市に対するテラー爆撃等枚挙にいとまがありません。すなわち、純粋に軍事的な戦術性よりも、民間までをも巻き込む戦略性が問われるのが第二次世界大戦時の空の戦いであったと考えられるでしょう。先般のイラク戦争などでは、アメリカは軍事施設だけを狙った精密爆撃を殊更自慢しているようですが、「誤爆」という用語で民間爆撃の事実が隠蔽されている点は別としても、歴史的には、戦争の早期終結という大義名分を掲げて民間へのテラー爆撃が堂々と正当化され、精密爆撃などという考え方はどこかに吹っ飛んでしまうのが普通でした。従って、相手の抵抗力が失せれば失せるほど、そもそも必要のなくなったはずのテラー爆撃が強化される傾向があり、それがドレスデン爆撃や東京大空襲或いは原爆投下だったのです。この点に関してては、田中利幸著「空の戦争史」(講談社新書)が詳しいので是非そちらをご参照下さい。かつて中国本土を無差別爆撃した日本もその罪を免れませんが、いくら欧米諸国が9.11を非難しようが、そのルーツには欧米自身が始めた民間に対するテラー爆撃があることは忘れられてはならないはずです。大きく脱線したので話を「戦う翼」に戻すと、しかしながら、この作品の焦点はドキュメンタリー的に第二次世界大戦時の空の戦いのあり方を再現することによりも、爆撃隊の隊長(スティーブ・マックイーン)と副隊長?(ロバート・ワグナー)のキャラクタースタディに置かれています。「戦う翼」が極めて興味深い点は、内容そのものよりも2人のパフォーマンスが、その後の彼らのキャリアを通じて形成されるパーソナリティをあたかも予言しているかのように見える点にあります。殊にスティーブ・マックイーンに関しては、この作品に彼を出演させようと考えた人は先見の明があったと言わざるをえません。それは、この作品がイギリス映画であることを考慮に入れれば尚更です。勿論彼は既に「荒野の七人」(1960)への出演実績があり、必ずしも当時無名であったわけではありませんが、しかしながら「荒野の七人」では彼は七人の内の一人であったのであり、彼のスタイルが「荒野の七人」で明瞭になったとは言い難いところがあります。そのような状況において、自信満々且つ常にゴーイングマイウェイでありながらそれ故孤立する爆撃隊長役にスティーブ・マックイーンが起用された事実は特筆されてしかるべきでしょう。正直云えば、個人的には特にマックイーンのファンではありませんが、彼には独特のパーソナリティがあったことは間違いのないところで、タフガイでありながらどこか常に周囲とは隔たった孤独な陰が見え隠れしていることが多い役者でした。いわゆる一匹狼タイプですが、70年代に活躍したもう一人の一匹狼であるチャールズ・ブロンソンが外見のスタイルが全てであるように見えるのとは異なり、外向きの自信の裏側にそれよりも遥かに大きな内向性が存在し、その溢れんばかりの内向性が外面にわずかながら到達した結果が外面の不遜とも言える表情に現われているという雰囲気を常に漂わせています。このあたりがマックイーンのマックイーンたる由縁であり、「戦う翼」でも、自己制御不能な内向性が、自信満々で不遜な態度として外面的に転化され、それ故周囲から孤立していく様子をパーフェクトに演じています。そのようなマックイーンと好対照を為すのが、極めて常識的な副隊長を演ずるロバート・ワグナーであり、最初はマックイーン演ずる隊長に心酔しながら、やがては彼の持つ度を越した熱情(原題の「The War Lover」とは明らかにマックイーン演ずる隊長を指しています)についていけなくなり、至ってノーマルな人物らしく彼を嫌悪するようになります。回顧的な目から見ると、このような役回りが、いかにも彼らのその後の映画俳優としての未来を暗示しているように見えます。マックイーンはその後トップスターになりますが、それは何よりも彼の持つ特異なパーソナリティあってこそであり、良きにつけ悪しきにつけ普通の人々とは大きく異なるパーソナリティを持っていたが故にそれが可能になったと考えられます。マックイーンよりも見ばえでは遥かに二枚目のロバート・ワグナーが結局トップスターになることがなかったのは、マックイーンが持っていたようなその人独自のクオリティに欠けていたからであり、常識的な範囲を越えたプラスアルファとは無縁であったが故でしょう。「戦う翼」でのスティーブ・マックイーンとロバート・ワグナーを見ていると、必ずしも美男美女であることがトップスターになる為の条件ではないことばかりか、第1の条件ですらないことが分かります。というわけで、「戦う翼」はビッグスターになる以前のスティーブ・マックイーンの活躍を窺うには、最も良いもの(必ずしも作品自体が最も良いと言っているわけではありません)であると断言できます。


2005/04/02 by 雷小僧
(2008/10/20 revised by Hiroshi Iruma)
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