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"The branch manager of Kansas City is in town. I'm taking him to the theater."
(カンサスシティの支局長が来ていて、彼を劇場に連れて行くことになっているんだ)
と述べます。次に、それは何の劇かと尋ねる奥さんに対して、
"The Music Man, what else!"
(「The Music Man」に決まっているじゃないか)
と彼は返答します。このシーンからも、当時ニューヨークで観劇するといえば、「The Music Man」を見に行くことを意味していたことが分かります。何しろ、主演のロバート・プレストンは、この劇の主役を延べ883回に渡って演じたそうです。勿論、「アパートの鍵貸します」で話題になっている「The Music Man」とは、ブロードウェイバージョンの方を指していますが、映画バージョンの方も好評であったといわれ、この映画に関する悪評はどんなレビューであれ見たことがありません。ところで、もともとミュージカルという分野に属する作品は個人的にそれ程好んで見る方ではなく、レビューとしてミュージカル作品を取り上げることはあまり多くありませんが、そのような小生にとっても「The Music Man」が日本で公開されていないのは少し不思議に思われます。確かに、ビッグスターが見当たらないのが致命的であったのであろうとはいえ、主演のロバート・プレストン、シャーリー・ジョーンズを含め出演者のパフォーマンスが実に素晴らしいので、ビッグスターの欠如が理由であったのであれば、それは極めて残念なことです。主演二人に加えて、バディ・ハケット、ポール・フォード、ハーミオン・ジンゴールド、ロニー・ハワード(後年の映画監督ロン・ハワードのことであり当時は子役でした)などの脇役が、輪をかけて素晴らしい。それにしても、シャーリー・ジョーンズの華やかさはこのような作品では殊に際立ちます。彼女は、当時「エルマー・ガントリー」(1960)で本来のイメージとはやや異なる娼婦を演じてアカデミー助演女優賞に輝いていますが、「The Music Man」では図書館のライブラリアンを演じ、いつもの彼女のイメージを取り戻しています。フレッド・ジンネマンのミュージカル「オクラホマ!」(1955)で映画デビューしたことからも分かるように、彼女は俳優であると同時に歌手でもあり、従って「マイ・フェア・レディ」(1964)でのオードリー・ヘップバーンとは異なり、歌は吹替えではないはずです。そのような彼女の健康美人的なビューティを満喫できることは別としても、「The Music Man」は、絢爛豪華な歌と踊り(上掲画像参照)を見るだけでも十分に価値がある作品です。また、「The Music Man」を見ていると幾つかのことが分かります。その1つは、アメリカ人のパレードに対する偏愛です。主演のロバート・プレストンが嬉々としてパレードを先導する様子を見ていると、きっとアメリカ人は誰でも一度はパレードの先導をしたいと思っているのではないかと思われるほどです。それから、冒頭、歌というよりも地口調でセリフが交わされるシーンがあり、それを聞いていると英語とは実にリズミックな言語であることが分かります。殊更英語でなくともそうであるのかもしれませんが、いずれにせよそのようなシーンを見て(聞いて?)いると、いかに日本語が平板であるかが身にしみて分かってしまうのです。それから、監督は、小生が三度のメシよりも好きな「メイム叔母さん」(1958)を手掛けているモートン・ダコスタであり、「メイム叔母さん」で用いられている手法、たとえばエピソード間の区切りの部分で背景を真っ黒にして人物だけを浮き上がらせる手法が「The Music Man」にも用いられています。ダコスタの本業は舞台監督のようであり、映画作品はどうやら3本しか監督していないようですが、「メイム叔母さん」と「The Music Man」の2本だけでも注目に値します。というわけで、「The Music Man」は、プロダクションバリューが極めて高いエンターテインメント作品であり、殊にミュージカルが好きな人には見逃す手はないでしょう。会話内容の理解が必須であるようなタイプの作品ではなく、英語能力に関係なく海外盤でも十分に楽しめる作品なので、興味がある方は輸入しても決して損はないと思われます。