The Entertainer ★★☆

1960 UK
監督:トニー・リチャードソン
出演:ローレンス・オリビエ、ジョーン・プロウライト、ロジャー・リヴセイ、アラン・ベイツ

左:ジョーン・プロウライト、中:アラン・ベイツ、右:ローレンス・オリビエ

「The Entertainer」(日本では「寄席芸人」のタイトルでTV放映されたことがあるようです)をプロデュースしたのは、かの007シリーズをアルバート・ブロッコリとともに生んだハリー・サルツマンであり、意外なことに彼は、当初は当作品や「怒りを込めて振返れ」(1959)などの文芸色の濃い作品をプロデュースしていた実績を持っています。文芸色が濃いという点からも予想されるように、「The Entertainer」は、主演のローレンス・オリビエのためにあつらえられたかのような側面があり、その期待に応えて彼は、寄席芸人という外向きの仮面の裏で自己の内面が朽ち果てた主人公を、彼ならではの超絶パフォーマンスで見事に演じ切っています。勿論、彼のみではなく脇役にも特筆すべきものがあり、主人公の娘を演ずるジョーン・プロウライト、父親を演ずるロジャー・リヴセイ、母親を演ずるブレンダ・デ・バンジーらが自らの特徴を活かして主演のローレンス・オリビエを盛り立てています。他にもアラン・ベイツ、アルバート・フィニーという「怒れる若者」を代表するビッグネームも出演していますが、駆け出しの頃であったこともあってか出演時間が短く、彼らはそれほど目立っていません。芸人が主人公の映画といえば、当作品のように、当の主人公が、外面の華やかさとは裏腹に内面が崩壊していたり、虚弱であったりというパターンが多いのが興味深いところで、たとえばビング・クロスビーがアルコール依存症の芸人を演じている「喝采」(1954)(グレース・ケリーが地味な出で立ちで出演し、いつもの華美さとの落差でオスカーを受賞した作品です)や、「The Entertainer」にもわずかながら顔を見せているアルバート・フィニーが錯乱したシェークスピア役者を演じているピーター・イエーツの「ドレッサー」(1983)などが思い出されます。要するに、役者は、本来の自己と自らが演じている役が分裂しながら同居する状況に身を置いており、しかも優れた役者になればなるほど、演技している間は本来の自己を抹殺し、自らの演じているパーソナリティとの一体化が完璧になるがゆえに、役者としての日々の生活の中で完全に自己分裂した状況が生み出されるということなのでしょう。そのために、本来の自己に立ち返った時に、遅かれ早かれ自らの内面に大きな空洞が生まれることになるわけです。というのも、ローレンス・オリビエが得意とするシェークスピア劇を考えてみれば分かるように、役者が同化する対象となるパーソナリティとはいわば凝縮されたパーソナリティであり、そのようなパーソナリティとの同化が完璧であればあるほど、本来の自己とのギャップが大きくなり、いつかは本来の自己が、かくして生じたギャップの重みに耐え切れなくなるであろうからです。ミメシスの持つ魔力の一端がここに垣間見られると表現できるかもしれません。「ドレッサー」におけるアルバート・フィニーは、そのような悲劇的ともいえる状況の極限形態を、それ自体演劇的な誇張を通して表現しているのに対し、「The Entertainer」におけるローレンス・オリビエは、それを演劇的な誇張によってではなく、自然体で表現しています。ローレンス・オリビエはご存知の通り演劇界出身の俳優ですが、ここではむしろ過度に演劇的な表現は避けられており、演劇と映画の区別が見事にわきまえられています。因みに、演劇と映画の違い、及びそれが混淆された場合に発生する問題点に関しては、「ジュリアス・シーザー」(1953)のレビューでかなり詳しく述べましたので、そちらを参照して下さい。いずれにせよ、どのような表現形態であっても苦もなくこなしてしまうのがローレンス・オリビエのローレンス・オリビエたる由縁なのかもしれません。そのように柔軟性のある彼であったからこそ、本来演劇界のスーパースターであったにも関わらず、演劇界における絶大な名声に依存することすらなく、本来劇場とは性格が大きく異なる映画というメディアに、何の違和感もなく登場し、そこでもまた名声を博することができたのでしょう。いずれにしても、役者は役者でも大道芸人を演ずるローレンス・オリビエとはなかなか興味深く、本来トニー・リチャードソンの作品がそれ程好きではない小生も、「The Entertainer」はなかなか気に入っている作品です。ということで、当作品には2000年を過ぎた現在でも数多くの作品に出演している(というよりもIMDbなどを見ても若い頃よりも最近の方が遥かに出演作が多いようです)ジョーン・プロウライトが出演していますが、当作品以外では中年以後の彼女しか見たことがなく、そのような意味でも貴重な作品であることを、最後に付け加えておきましょう。


2003/12/27 by 雷小僧
(2009/01/27 revised by Hiroshi Iruma)
ホーム:http://www.asahi-net.or.jp/~hj7h-tkhs/jap_actress.htm
メール::hj7h-tkhs@asahi-net.or.jp