ペーパー・チェイス ★★★
(The Paper Chase)

1973 US
監督:ジェームズ・ブリッジス
出演:ティモシー・ボトムズ、ジョン・ハウスマン、リンゼイ・ワグナー、エドワード・ハーマン

上:コチコチの名物教授を演ずるジョン・ハウスマン

 日本では大学レジャーランド化と言われるようになってから既に久しいが、「ペーパー・チェイス」は実名でハーバードロースクールが舞台になっていながらそのような用語とは全く縁のない世界が描かれている。尤も、大学レジャーランドなどという用語は、入学することばかりが重要視され、XX大学出身というブランドを取得すればあとはそのXX大学で学生が何をしようが烏の勝手であると考えられている日本でしか通用しない用語であるのかもしれない。「ペーパー・チェイス」には、情け容赦もなく厳格なことで知られる教授キングスフィールド(ジョン・ハウスマン)の下で、学生達が必死になって勉学に励む様子が描かれている。どれだけ凄いかというと、ホテルに缶詰になって勉強以外のことには目もくれず、部屋中を散らかし放題にした上、ホテルに無理難題を押し付けるので最後は支配人に追い出される程である。このように言うと、そんな映画のどこが面白いのかと思われるかもしれないが、これが予期に反して目茶苦茶に面白い。

 カウンターカルチャー運動の影響を残したこの当時の学園もの映画といえば、反戦運動などのカウンターカルチャー活動や学生運動に関するテーマが前面に突出しがちであったのに対して、むしろこの作品は学生が学校で本来行なうべき勉学という営みを扱っているストレートさが実に新鮮である。しかしながら、登場人物がひたすらガリ勉ばかりしているシーンが描かれていたとすれば、それでは映画にならないのは当然である。この映画の素晴らしさは、そのような環境の中で自己の自立を目指す登場人物達のパーソナリティや登場人物間でのインタラクションが実に生き生きと描かれている点にある。その焦点は、コチコチにハードな名物教授キングスフィールドと主人公の学生ハート(ティモシー・ボトムズ)のインタラクションにあるが、組み合わせからも容易に想像出来るように彼らの関係は親密感溢れるインタラクションなどでは全くない。そうであったとすれば先生と生徒の間のありふれたヒューマンドラマに終ってしまうが、この映画はそのようなクリーシェとは全く無縁であり、ここには潔いまでの誠実さがある。というのも、ハートは、キングスフィールドを半ば恐れながら常に尊敬し続けているが、重要な点はキングスフィールドがいかに非人間的とも言えるコチコチの教育者であったとしても、ハートという一人の学生がそれを一つの素材として利用し成長して行く過程が巧みに描かれているからである。

 話を分かり易くする為に、この作品の対極にあるとも言える1980年代の人気作品「いまを生きる」(1989)との比較を行ってみよう。「いまを生きる」では、学校が非人間的な管理社会の代表であるかのように描かれ、それに対抗するヒューマンな先生を登場させ、学校=管理社会VS.人間的な先生+生徒達=ヒューマンな社会というような図式を敷衍するが、「ペーパー・チェイス」では外見上はとてもヒューマンには見えない厳格な先生とのシンプルな対話を通しての生徒の成長が描かれている。従って、後者には前者にあるような芝居がかった嘘臭さがなくそれだけシンプル且つ力強い印象をオーディエンスに与える。冒頭でキングスフィールドが新入生達に対して、自分の授業はソクラテス的な対話を通じて生徒が自分の頭で物事を考えられるよう導く授業であり、決して与えられた問題に1回1回懇切丁寧に解答を与えていくような授業ではないと述べているが、対話とは勿論いたずらに相手を打ち負かすことでもなければ、その逆に相手の立場を斟酌して迎合するような妥協的な行為を意味するのでもなく、最終的な目的は自分で物事を考える為の力を養うことにある。この作品ではそのような過程がキングスフィールドと生徒達とのインタラクションを通じてシンプルではあるが実に説得的に描かれており、その点にこの作品の真髄が存在する。

 このように、生徒が自分で物事を考える力を養うこと、それが本来の学校の目的であるが、これは必ずしも先生と生徒が結託して権威的な学校組織に反抗することを通じて得られるものではない。ラストシーンで、ハートは結果を全く見ずに成績表を紙飛行機にして飛ばしてしまう。これはあたかも非人間的なまでに頭の固そうな名物教授や成績が全てであると見なす学校に対する反抗であるかのようにも見えるが、実は全くそうではなく、自分で物事が考えられるようになった彼はそもそも誰かに対して反抗する必要などどこにもない。このラストシーンが示唆するメッセージは実にストレートで且つ力強く、生徒達が机の上によじ登ってロビン・ウイリアムズ演ずる先生に敬意を表する「今を生きる」のラストシーンが、一見するといかにもパワフルであるにも関わらず、どうしても芝居臭さを感じざるを得ないのとは対照的であるような印象を受ける。比喩的に言えば、「ペーパー・チェイス」では、先生と生徒の間の対話(ダイアローグ)が弁証法的(ダイアレクティク)に止揚されて生徒の心の中に全く新しいステータスが形成されていく様子が描かれているとも言えよう。このようなテーマを扱った映画としては、この映画とルイス・ギルバートが監督した「リタと大学教授」(1983)が最高峰であると個人的には考えていて、この両作品は見ていて自分までもが勉強をしたくなる不思議な映画である。付け加えておくと、コチコチの大学教授キングスフィールドを演じたジョン・ハウスマンは「ペーパー・チェイス」でオスカー(助演男優賞)に輝いている。

※当レビューは、「ITエンジニアの目で見た映画文化史」として一旦書籍化された内容により再更新した為、他の多くのレビューとは異なり「だ、である」調で書かれています。


2005/01/23 by 雷小僧
(2008/10/18 revised by Hiroshi Iruma)
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