黒い蘭 ★★☆
(The Black Orchid)

1959 US
監督:マーティン・リット
出演:ソフィア・ローレン、アンソニー・クイン、アイナ・バリン、マーク・リッチマン

左:ソフィア・ローレン、中:アンソニー・クイン、右:アイナ・バリン

マーティン・リットのかなり初期の頃の作品で、彼が得意とするセンシティブなドラマが展開されます。やもめ男(アンソニー・クイン)がギャングの元奥さん(ソフィア・ローレン)と仲良くなりますが、彼の娘(アイナ・バリン)が、このギャングの元奥さんを毛嫌いし、自分の父親が彼女を嫁さんにしようとしていることを知ると、彼と口を聞こうとしなくなるというストーリーが繰り広げられます。配役で気になる点は、大陸的に茫洋としたところのあるアンソニー・クインが、このタイプのセンシティブな家庭ドラマにフィットするかです。けれども、この心配は杞憂であり、アンソニー・クインはミスキャストではありません。というのも、50年代としてはかなり斬新な感覚を持っていたマーティン・リットの監督作といえども、「黒い蘭」はやはり50年代の映画に分類されるタイプの作品であり、アンソニー・クインがそれなりにフィットできる余地があるからです。現代の一般的な基準を適用すると、家庭内の不和がテーマであれば、取り返しがつかない程深刻化した状況が描かれているであろう印象を持つはずですが、50年代末から60年代にかけての家庭ドラマは現代の家庭ドラマのようにどうしようもない程徹底して分裂した状況をリアリスティックに描く意図はほとんど見られないのです。もし、「黒い蘭」がそのような現代ドラマの性格を持っていたならば、明らかにアンソニー・クインは全くフィットしなかったはずです。50年代の末にあっては新進監督であったリットの作品であるといえども、「黒い蘭」も決して製作当時の家庭ドラマの例外ではなく、様々なゴタゴタはあれど最後は皆仲良くなってハッピーエンドで終わります。すなわち、この作品は家庭の不和や家庭の分裂を最終的なテーマとする現代的な作品ではなく、いわば雨降って地固まる式のホームドラマと見なした方が妥当な作品なのです。そのようなわけで、このタイプのドラマ作品の中では所作や言動がことごとくコメディパフォーマンスのように見えてしまうアンソニー・クインの演技も、それ程奇異には感じられずに済むのです。たとえば、娘が自分の部屋に閉じ篭ったままになり、娘のフィアンセが彼にどうすればよいか尋ねると、nothing(何もしない)或いはpray(神に祈ろう)などと答えて本当に教会に出掛けてしまうのはいかにもアンソニー・クイン的で微笑を禁じ得ませんが、それがそれ程場違いには見えません。50年代末から60年代にかけての家庭ドラマ作品は、たとえば「アメリカン・ビューティ」(1999)や「トラフィック」(2000)などの現代の社会問題を扱ったドラマとは決定的に違い、どちらかと云えば無神経な印象のある彼のパフォーマンスが返って有効に機能する余地も十分にあったのです。ということで、アンソニー・クインが主演していても、ドラマ映画として十分に機能しているのです。尚、この作品でソフィア・ローレンは、ベネチア映画祭最優秀女優賞を受賞しています。喪服を着たソフィア・ローレンは、多少いつもの印象と違うかもしれません。ソフィア・ローレンとアンソニー・クインの組み合わせは、両者ともにアクが強いだけあって、下手をするとジョージ・キューカーのような人が監督しても「西部に賭ける女」(1960)のような失敗作に終わる可能性がありますが、「黒い蘭」では良い方に結果しているようです。


2003/02/22 by 雷小僧
(2008/10/13 revised by Hiroshi Iruma)
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