奇蹟 ★☆☆
(The Miracle)

1959 US
監督:アービング・ラッパー
出演:キャロル・ベイカー、ロジャー・ムーア、ウォルター・スレザク、ビットリオ・ガスマン

左:ロジャー・ムーア、右:キャロル・ベイカー

このタイプの映画を評価するのは極めて難しいところがあります。というのも、「奇蹟」は、宗教的なテーマが扱われてはいても、「十戒」(1956)、「偉大な生涯の物語」(1965)或いは「天地創造」(1966)のような聖書をベースとした宗教映画とは違い、ナポレオン戦争時代のヨーロッパを舞台としたラブロマンス/メロドラマに宗教的要素が加味された作品だからです。すなわち、「十戒」や「天地創造」などで、たとえば紅海が真っ二つに割れる奇跡を描いたシーンを見ても、キリスト教徒ならずともオーディエスはそれを聖書的な文脈で必ずや捉えるはずであり、いちいち「そんな馬鹿な!」などと思わないのに対して、「奇蹟」のように、ごく一般的な背景を舞台としてタイトル通り通常では起こり得ない奇蹟が描かれると、どうしても「そんな馬鹿な!阿呆らしい!」と呆然とせざるを得ないところがあるからです。1950年代には時々このタイプの作品を見かけ、最近見たものの中では、ジェーン・ワイマン主演の「Miracle in the Rain」(1956)がまさにそのような作品でした。けれども、日本人よりも遥かに宗教に馴染んでいる人々の目からするとどうもそれは少し違うようです。その証拠に、この作品があまたある世の映画の中で最も好きであるとわざわざメールを送ってくれた外国人もいました。では、どのようなストーリーなのか次に説明しましょう。修道院に暮らす多感な尼僧の主人公(キャロル・ベイカー)は、イギリス将校(ロジャー・ムーア)を一目見てホの字になってしまい、彼を追いかけて修道院を脱走し、ヨーロッパ中をさ迷い歩きます。ところが、ここで奇蹟が起こり、彼女が修道院を留守にしている間、聖母マリア様の彫像が彼女の姿になり代わり、あたかも本人がまだ修道院で勤めを果たしているかのように振舞います。一方の本人はと言えば、追いかけているイギリス将校が戦死したと勘違いして、ジプシー(ウォルター・スレザク)とともに歌手として生計を立てながらヨーロッパ中を転々としますが、その間、行く先々で彼女に言い寄ってきた野郎どもが不幸なアクシデントに見舞われ死んでしまいます。やがてお目当てであるはずのイギリス将校に再会しますが、今日のオーディエンスの目からするととても信じられないことが起きます。そうです、彼女はイギリス将校に置き手紙をして、もとの修道院に帰り、敬虔なクリスチャンとして尼僧生活に再び戻っていくのです。また、彼女がいない間、その修道院が位置する地方は途切れることのない干ばつにみまわれていますが、彼女が戻ると同時に、なぜか恵みの雨が降り出します。宗教的な素養が限りなくゼロに近い小生の印象からすれば、どうにも焦点が絞りにくい作品で、それ故、くだんのメール氏には誠に申し訳ありませんが、★☆☆の評価にならざるを得ません。とはいえ、忘れてならないことは、宗教とは実証の問題ではなく世界観の問題であり、自分がよく理解できないというだけの理由でダメ出ししていたのでは、たとえばくだんのメール氏が、どのような世界観を持ってこの作品が世の映画の中で最も好きであると述べているかを見逃してしまうことにもなるでしょう。社会学者のピーター・バーガーやトマス・ルックマンが「聖なる天蓋」(新曜社)などの著作で述べているように、宗教はそれを信奉する人々にとっては、いわば生きられる意味で充たされた生活世界を構成するのであり、すなわち生きるという意味自体が宗教的世界観と不可避的に結びついているのです。従って、宗教を信奉する人々にとって、たとえば神や奇蹟とは、勿論実証的に証明されるべき思考の対象として存在しているわけでは決してなく、自分達が生きて生活する世界を構成する意味連関の一部として、すなわち生きられる意味がそこから湧出する源泉として経験されるわけです。このような宗教体験の本質を理解することは、宗教にほとんど縁がなく、宗教を生きられる意味としてではなく1つの思考対象としてしか捉えられない小生のような輩からすると実に困難であり、従って冒頭に述べた通りこのタイプの映画の評価が困難になる次第なのです。けれども、たとえば、主人公が修道院に戻り、何年かぶりに雨が降り、地元の人々が修道院に集まり、讃美歌の中で敬虔な感謝の祈りを捧げるラストシーンなどを見ていると、宗教の持つ意味が実は生活世界と密接に結びついていることがよく理解できます。そのような意味において、ストーリーが面白いか面白くないかは別として、一度このような趣向の作品を見ておくのも損にはならないでしょう。


2001/09/01 by 雷小僧
(2008/10/12 revised by Hiroshi Iruma)
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