ザ・ドライバー ★★☆
(The Driver)

1978 US
監督:ウォルター・ヒル
出演:ライアン・オニール、ブルース・ダーン、イザベル・アジャーニ、マット・クラーク
左:イザベル・アジャーニ、右:ライアン・オニール

ライアン・オニールといえば、「ある愛の詩」(1970)や「おかしなおかしな大追跡」(1972)で見せてくれたやさ男風のイメージを脳裏から振り払うのが困難ですが、意外や意外クールガイを演じてもなかなかいけると思わせるのが、ここに取り上げる「ザ・ドライバー」での彼です。彼は、銀行強盗などのワルどもを車に乗せ超絶ドライブテクニックで犯行現場から逃がす「逃がし屋」と呼ばれるプロを演じていますが、ゴルゴ13のごとく無口で眉一つ動かさず、ひたすら己のドライブテクニックを信じて何事もなかったかのように一仕事済ませるクールぶりは、これが「おかしなおかしな大追跡」でバーブラ・ストライサンドにさんざんおもちゃにされたライアン・オニールと同一人物なのかと思わせてくれます。このようなライアン・オニール演ずる主人公の他にも、妙に自己充足した風変わりな二人のキャラクターが登場します。それは、自分が逮捕した強盗犯人を脅迫し、逃がし屋として主人公を雇わせた上で銀行強盗を実行させようとするなど、どんな汚い手段に訴えてでも主人公を逮捕しようとする刑事(ブルース・ダーン)と、強盗の手助けをする主人公の姿を現場で目撃しながら証言を拒否し、逆に彼に近付くクールな女(イザベル・アジャーニ)の二人です。「ザ・ドライバー」の最大の魅力はまさにこれら3人のキャラクターが織り成すドラマ、或いはむしろアンチドラマに由来し、確かにアクション映画ファンには夜間のカーチェイスシーンなども大きな魅力であるかもしれませんが、モナドのごとく自己充足した3人の主要登場人物が織り成すブラウン運動のようなランダムな軌跡に思わず目を奪われること請け合いです。たとえば、イザベル・アジャーニはライアン・オニールに近付くとはいえ、ロマンティックなシーンなど微塵もなく、愛が世界を救う式の気高い高次法則とは全く無関係に、あたかも無数の分子がブラウン運動を繰り返す内に、たまたま2つの分子が出会ったという印象すらこの二人の関係からは受けます。ブルース・ダーン演ずる刑事については、確かに逃がし屋を逮捕しようと公務に勤しんでいるのだから、ブラウン運動のごとくランダムな軌跡を描いているなどとはとても喩えられないように思われるかもしれません。しかしながら、逃がし屋を逮捕する為にはどんな汚い手段に訴える彼も、世の中の正義を守る式の気高い高次法則とは全く無関係に、自分のやりたいことを自分のやりたい方法で実行しているだけなのです。勿論、無口な逃がし屋と饒舌な刑事の間にはパーソナリティの違いがあるのは確かであるとはいえ、実際には、各人の役を入れ替え、ブルース・ダーンが饒舌な逃がし屋を演じ、ライアン・オニールがクールなデカを演じていたとしても作品の本質は損なわれなかったはずです。或いは、イザベル・アジャーニがクールな女逃がし屋を演じていたとしてもです。それほど、この3人は、分子的であるという意味において、本質的に全く同様な特性を持っているのです。夜の大都会を舞台とするスタイリッシュな作品であるという点では、「ザ・ドライバー」は、フィルムノワールジャンルに分類されるべきと思われるかもしれません。しかしながら、この作品は極めて70年代的な特徴が際立ち、自己充足した登場人物がブラウン運動のごとく振舞う様子が描かれている点において、60年代以前のフィルムノワール作品とは根本的に異なる側面があります。60年代以前のフィルムノワール作品に精神分析を適用することは十分に可能であっても、「アンチ・オイディプス」を自ら体現するがごとくの「ザ・ドライバー」に、精神分析は全く通用しないと評せば、あまりにも突拍子もなく聞こえるとはいえ、あながち全く出鱈目な比喩ではないはずです。70年代のカーチェイス映画に「ダーティ・メリー、クレイジー・ラリー」(1974)という作品がありましたが、それにも「ザ・ドライバー」と似た側面があり、追う側も追われる側も高次の法則に従うことがなく、追う方は追う為にひたすら追いかけ、追われる側も追っ手がいようがいまいがひたすら突っ走る無目的なブラウン運動がそこでは描かれていました。ということで、会話主体の作品を好む聴覚派の小生には会話がまばらな「ザ・ドライバー」は好みのタイプであるとは必ずしも言えませんが、奇妙な魅力に溢れる作品である点は認めざるを得ません。尚、フランスの女優さんイザベル・アジャーニの海外初出演作品に当たるのではないでしょうか。


2005/09/03 by 雷小僧
(2008/12/07 revised by Hiroshi Iruma)
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