おかしなおかしな大追跡 ★★★
(What's Up Doc?)

1972 US
監督:ピーター・ボグダノビッチ
出演:ライアン・オニール、バーブラ・ストライサンドマデリン・カーン、ケネス・マース

左:ライアン・オニール、右:バーブラ・ストライサンド

歩くナショナルディザスター、バーブラ・ストライサンドの面目躍如といった作品です。とにかく、バーブラ・ストライサンドが歩いた後は草木も生えないことがよく分かります。「おかしなおかしな大追跡」は、一般的には伝統的なロマンティック・コメディの流れに属する作品であるように捉えられることが多いようですが、さすがはピーター・ボグダノビッチ!単なる一山いくらのロマコメには終わらせていません。というのも、ハチャメチャなストーリー展開は別としても、「おかしなおかしな大追跡」にはどうもパロディが含まれているとおぼしきところがあるからです。1つはヒッチコック映画のパロディが見出されるように思われます。月並みな言い方をするとヒッチコックは間違えられたアイデンティを題材にした作品をしばしば監督していますが、「おかしなおかしな大追跡」ではアイデンティティが間違えられるのは人間ではなく何と!鞄なのです。複数の旅行鞄が、間違えられたり盗まれたりして大勢の登場人物達の間で目まぐるしく所有者を変えていくのです。正直言えば、何度見返しても、誰が何の為にどの鞄を盗もうとしているのか皆目見当がつかないことをここで告白せねばなりません。しかしながら、実はそんなことはどうでもいいのです。ヒッチコック作品を含めたサスペンススリラー作品の場合には、アイデンティを間違えられた主人公が本人のコントロールの及ばないのっぴきならない状況に追い込まれることによりサスペンスが醸成され、ストーリーの進行と共にそれが発展され、最後に全てが収まるべきところに収まるところにカタルシスが生み出されるという展開になるのが普通です。ところが、「おかしなおかしな大追跡」の場合には、アイデンティティが間違えられるのが鞄であるばかりでなく、結局最後まで何の為に皆で躍起になって鞄を追いかけているかが全く判然としないのです(或いは、小生のおつむがポンツクということか?)。その様子は、あたかも目茶苦茶なスピードで表層を駆け回ってアイデンティティなどどうでもよかろうとでも言わんばかりなのです。また、「おかしなおかしな大追跡」を始めて見る人は、序盤は必ずや、なぜジュディ(バーブラ・ストライサンド)は見ず知らずの音楽学者バニスター博士(ライアン・オニール)にしつこく付きまとうのか不思議に思うはずです。なぜならば、会話の内容はコメディそのものであるとはいえ、まるでヒッチコック映画のような謎を秘めた思わせぶりなシーンが続くからです。ヒッチコックの作品を見る場合には、オーディエンスはまさにそのような謎めいた展開にどんどん引き込まれ、それにつれてサスペンスが深まっていくのを楽しめるわけです。「おかしなおかしな大追跡」は全くその反対であり、見れば見る程「なぜジュディは見ず知らずの音楽学者バニスター博士にしつこく付きまとうのか」などという疑問はどうでもよくなるのです。しかも、実際、最後までそれに対する回答は明かされる気配すらありません。勿論、「おかしなおかしな大追跡」はコメディなので、ヒッチコックが監督したシリアスなサスペンススリラー作品とは違うのは当然ですが、監督のピーター・ボグダノビッチはヒッチコックを個人的にもよく知っていたようであり、いわばヒッチコック映画の持つエッセンスをコメディに取り入れて、それをパロディとまでは言わずとも一種のオマージュに仕立てようとする意図がボグダノビッチの頭の中にあったとしても何の不思議もなかったはずなのです。また、「おかしなおかしな大追跡」では、舞台がサンフランシスコ市街地に置かれ、スリリングな?カーチェイスシーンが見られます。サンフランシスコ市街地でのスリリングなカーチェイスシーンといえば何と言っても「ブリット」(1968)が思い出されますが、ここに、2つ目のパロディが見出せるのです。何しろ、悪漢(?)に追われて逃げるジュディとバニスター博士は、盗んだチャリンコやマメタンクのようなハネムーン用の車でサンフランシスコ市街地を逃げ回るのです(上掲画像参照)。サンフランシスコ名物の坂を駆け下りるかと思いきや階段を駆け下りたり、最後には皆で揃ってサンフランシスコ湾にポチャンと突っ込む有り様なのです。勿論、「おかしなおかしな大追跡」はコメディなので、「ブリット」のようなシリアスなアクション犯罪映画とは違うのは当然ですが、「ブリット」や「フレンチ・コネクション」(1971)のようなカーチェイスをウリとする当時のヒット作品のパロディに仕立てようとする意図がボグダノビッチの頭の中にあったとしても何の不思議もなかったはずなのです。かくして、「おかしなおかしな大追跡」は、ボグダノビッチ一流の巧妙洒脱なパロディが見出される作品ですが、勿論スラップスティックコメディとして見ても、或いはロマンティック・コメディとして見ても面白いことに変わりはありません。最後に付け加えておくと、「おかしなおかしな大追跡」で一番コメディセンスが光っているは、バーブラ・ストライサンドでもライアン・オニールでもなく、当作品が事実上のデビュー作といえるマデリン・カーンです。


2002/08/03 by 雷小僧
(2008/11/19 revised by Hiroshi Iruma)
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