遥かなる戦場 ★★☆
(The Charge of the Light Brigade)

1968 UK
監督:トニー・リチャードソン
出演:トレバー・ハワード、デビッド・ヘミングス、バネッサ・レッドグレーブ、ジョン・ギールグッド

左:ハリー・アンドリュース、右:トレバー・ハワード

クリミア戦争を舞台として、イギリスの軽騎兵が、無能な司令官の命令により砲兵部隊を含むロシア軍に対し無益な正面突撃を敢行して壊滅する様子が描かれたトニー・リチャードソンの監督作であり、ペースがスローであるという点を除くとかなり出来の良い作品であると評価できます。たとえば、衣装或いは最後の突撃シーンなどを見てもエンターテインメント性が十分に考慮されていることが分かり、イギリス映画にしては極めてゴージャスな印象を受けます。個人的に、トニー・リチャードソンの作品は、あまり好きではありませんが、「遥かなる戦場」はそれなりに気に入っています。冒頭で述べたように「遥かなる戦場」の焦点はイギリスの司令官達の無能さを描くことに置かれていて、その彼らをトレバー・ハワード、ジョン・ギールグッド、ハリー・アンドリュースというイギリスの名優達が演じています。ラストシーンで、軽騎兵が壊滅した責任を互いになすりつけ合う様子を見ていると、現実生活でもよく見掛ける光景だと思わせますが、非難されるべきは、司令官個々人の無能さであるというよりも、むしろそのような司令官が幅を利かせる硬直した軍隊組織そのものであると見なすべきでしょう。イギリス映画にはこのタイプの軍隊組織を批判する作品がたまにあります。たとえば、アレック・ギネスが主演した「Tunes of Glory」(1960)などがそうです。アメリカ映画の場合には、軍隊組織そのものをターゲットとして無能な官僚制度を批判する作品はほとんど見られず、これも米英間の文化の違いでしょうか。勿論、アメリカ映画にも司令官の無能さを描いた作品はあります。たとえば、ロバート・アルドリッチの「攻撃」(1956)などがそうです。しかしながら、「攻撃」の場合、確かに司令官(エディ・アルバート)は無能な人物として描かれていますが、その一方で勇猛な兵士(ジャック・パランス)を登場させ、軍隊或いは軍隊組織が批判の対象となっているとは見なせません。たまたま個人として無能な司令官が部隊を率いて、部下を窮地に陥し入れたというだけであり、それにも関わらずジャック・パランス演ずる兵士がシンボライズするようなアメリカ軍の勇猛なスピリットは決して衰えていないことを示すことにむしろ焦点が置かれ、軍隊組織の批判どころか逆に軍隊の結束の高さがテーマであるとすら見なせるのです。勿論、「遥かなる戦場」にもデビッド・ヘミングス演ずるキャプテンのように勇敢で任務に忠実な人物も登場します。しかしその彼も、司令官達の無能さを際立たせる為に登場するだけであり、その証拠に彼は、無益な突撃の最初の犠牲者になります。また、殊にベトナム戦争以後のアメリカ産戦争映画には、たとえば「ディア・ハンター」(1978)のように、戦争そのものの無益さをテーマとした作品が出現しますが、「遥かなる戦場」はそれとも趣きを異にし、クリミア戦争に対する批判はあまり感じられません。勿論、無能な司令官達が続々と登場することもあって、それはまた戦争そのものに対する批判でもあると解釈できないこともなく、実際Variety誌のレビューなどでもそのように書かれていますが、個人的には、戦争の遂行そのものに批判の焦点があると見なすことは穿ち過ぎであると考えています。かくして、イギリス映画において時々個人でもなく戦争そのものでもなく軍隊組織に対する批判が意図された作品が現れる理由は、軍隊組織の位階制度が階級社会のそれとパラレルであると見なされている為、すなわちアメリカとは違ってイギリスには階級意識が厳然と存在している為ではないかと考えられます。いわば、軍隊組織の批判の裏に、階級制度に対する批判があるのではないかということです。もう1つこの作品には興味深い点があります。それは、無能な司令官の一人(ジョン・ギールグッド)や新聞記者或いは奥さん連中すらが、軽騎兵部隊が壊滅する様子をワインを飲みながらゆるりと丘の上から双眼鏡で眺めている点です。すなわち、戦争が一種のスペクタクルであるものとして描かれているのです。こんな光景は、一度発生すると老若男女を問わず全員が巻き込まれざるを得なかった20世紀の戦争では全く考えられません。ある歴史家の計算によれば、総人口に対して戦争に巻き込まれる人口の比率は、17世紀及び18世紀で1−5%、第一次世界大戦で14%、第二次世界大戦になると何と!ほぼ100%になるそうです。また、歴史家のホブズボームの指摘によれば、人類はますます残虐になっていく傾向があり、勿論過去においても勝者による簒奪が当たり前であったことは事実としても、戦闘員と非戦闘員の区別がまるでなくなるのが20世紀以後の戦争の特徴なのです。動物学者のコンラッド・ローレンツが指摘するような儀式的な振舞いを通しての攻撃衝動抑制メカニズム(人間の世界においては騎士道のような考え方がそれにあたるのではないでしょうか)すら存在しないのが20世紀以後の戦争であり、要するに啓蒙主義者の信ずるところと違って人間は動物以下に成り下がってしまったということです。最後に付け加えておくと、「遥かなる戦場」にはところどころにアニメーションが挿入されており、これが実に楽しく且つ的確です。たとえば、熊の姿をしたロシアが、七面鳥(turkey)の姿をしたトルコ(Turkey)を締め上げているのを見て、ライオンの姿をしたイギリスが立ち上がるという具合ですが、これらのアニメーションは、作品のエンターテインメント性を高めることに寄与していることは明らかです。


2003/08/30 by 雷小僧
(2008/11/08 revised by Hiroshi Iruma)
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