ウチナーグチ


−沖縄の言葉−


佐藤和美


 沖縄の言葉は琉球語・琉球方言・沖縄語・沖縄方言などと呼ばれる。「語」と「方言」の区別は言語学的な基準があるわけではなく、国家とか民族を背景にした言語学的用語の慣用であるにすぎない。例えばスペイン語とポルトガル語はラテン語を共通の祖としていて、その差はほとんどないのだが、スペイン方言・ポルトガル方言とは言わない。以下の文章では「琉球方言」を使用することにする。

 琉球方言は奄美大島から与那国島までの広い範囲で話されている言葉である。本土方言と琉球方言の分離は二、三世紀から六、七世紀にかけてといわれる。その方言差は今ではフランス語とイタリア語ぐらいに開いている。

 琉球方言の最大の特徴は基本母音が「a」、「i」、「u」の三母音であるということだ。五母音が三母音に変化したのは12世紀から15世紀にかけてと考えられる。eがiに、oがuに変化したのである。

eがiに変化した例
 手 te(東京)  ti:(那覇)
 米 kome(東京) kume(那覇)
 酒 sake(東京) saki(那覇)

oがuに変化した例
 星 hosi(東京)  husi(那覇)
 夜 yoru(東京)  yuru(那覇)
 心 kokoro(東京) kukuru(那覇)

母音対応
  ア段 イ段 ウ段 エ段 オ段
東京
奄美
沖縄
宮古
八重山
与那国

 琉球民謡「安里屋ユンタ」のはやし言葉「サーユイユイ」は「サーヨイヨイ」の変化した言葉と考えられる。

 五母音から三母音への変化は子音にも影響をあたえ、子音には口蓋化の現象がおこった。「キ」が「チ」に変化したのである。

「キ」が「チ」に変化した例
 秋 aki(東京) achi(那覇)
 滝 taki(東京) tachi(那覇)
 菊 kiku(東京) chiku(那覇)

 琉球方言では「沖縄」を「ウチナー」と言い、「大和」(本土)を「ヤマトゥ」と言う。(o→u、ki→chi、to→tu)「沖縄人」は「ウチナンチュ」、「大和人」は「ヤマトゥンチュ」である。「沖縄の言葉」は「ウチナーグチ」(沖縄口)、「大和の言葉」は「ヤマトゥグチ」(大和口)と言う。「琉球」は「リューチュー」となる。

 母音e、oは短母音では使われていないが、連母音が変化した長母音としては使われている。
 沖縄島では「ae」は「e:」に変化するので「前」(mae)は「めー」(me:)となる。
琉球民謡「谷茶前」は「たんちゃめー」と読む。
 琉球方言ではナ行音・マ行音が母音欠落をおこし、「ん」になる事が多い。「谷」が「たん」になるのも、その一例である。「紅型」(びんがた)もそうで、「べに」が「びん」に変化している。石垣島の宮良殿内(みやらどんち)は宮良殿(みやらどん)の内(家)という意味である。

連母音対応
  アイ アエ アオ アウ オエ
東京 ai ae ao au oe
奄美 e: e: o: o: i:、e:
沖縄 e: e: o: o: i:、e:
宮古 ai ai o:、au o: ui
八重山 ai ai o:、au au ui
与那国 ai ai au ui

 日本語の「は」行音の子音は現在では「h」だが、江戸時代初期以前は「f」だった。さらに奈良時代よりも前には「p」だったと考えられている。つまり「は」行音はp→f→hと移り変わってきているのだ。
 琉球方言では古音の「p」・「f」が残っている地方がある。例えば「花」を名護では「パナ」、谷茶では、「ファナ」、那覇では「ハナ」と言う。新城島(あらぐすくじま)は「パナリ」と呼ばれることがあるが、「パナリ」とは「ハナレ」(離れ)である。
(厳密には「F」ではない。『は行音について』参照のこと)

 琉球方言では本土方言ではすでに使われなくなった古語を使っている例もある。「子供」を「わらび」(わらべ)と言い、「肉」を「しし」と言う。

 語源が思わぬところにあることもある。「あなた」を「うんじゅ」と言うが、「うんじゅ」は「雲上」(相手を尊敬した言い方)が変化した言葉なのである。

 このように琉球方言は日本祖語をさぐる上で大きな位置を占めている。本土方言の五母音、琉球方言の三母音、そして万葉時代の八母音などを比べてみるのもおもしろいかもしれない。

 言葉にはそれぞれの民族の持っているリズム感がある。本土方言は和歌(大和の歌)に代表される五七五七七のリズムがあう。そして琉球方言には琉歌(琉球の歌)に代表されるように八八八六のリズムがあうのである。

参考資料
外間守善『沖縄の言葉』中央公論社

(1981・9・11)

(注)
 伝言板の沖縄に関する書込みを集めた『伝言板沖縄関係集』でも、沖縄の言葉をあつかっているので、参考のこと。

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