(3)
僕は映画館に入り、チケットに指定された席に座った。
周りに彼女の姿は見えなかったし、僕の隣は空席のままだった。そのまましば
らく待ってみたけど、彼女は姿を現さなかった。──とうとう、上映開始のブザ
ーが鳴って辺りが暗くなっちまったよ。
その時、僕の隣の席に誰かが座った。
僕はそっと横を向き、暗闇で目を凝らしてみた。だけどそれが彼女なのかは分
からなかった。ちょうどその席は、スクリーンやフットランプの明かりが届かな
い場所だったんだ。
僕に見えたのは、隣に座った誰かの影だけだった。背格好は彼女に似ているよ
うだったけど、どことなく感じが違うような気もした。それに、その影は僕のこ
となんか全く気にしていなかった。平然と席につき、始まったばかりの映画を見
てる、そんな感じだった。
声をかけてみようかとも思ったけど、結局やめておいた。その影が彼女だとい
う確信はもてなかったし、彼女は他の席に座るかもしれないんだ。
いつの間にか、喉がカラカラに渇いてた。映画のストーリーなんか全然頭に入
ってこなかったよ。目はスクリーンに向いていても、隣の影のことが気になって
映画に集中できなかったんだ。──テンポも良かったし、映像の方もなかなかき
れいだったんだけどね。
暗闇の中で、だんだんと隣の影の存在感が膨らんでいった。それは彼女かもし
れない、違うかもしれない、そんな考えが繰り返し浮かんでは消えていった。そ
してだんだんと、僕はその影は彼女なんだと思い込み始めていた。映画が終わっ
たら、何と言って声をかけようかなんて考えたりしてたんだ。
一本の映画が終わるのが、あんなに待ち遠しかったことはなかったよ。場内の
明かりがつくと、僕はすぐに隣の席に目をやった。
──だけど、そこにいたのは、彼女じゃなかった。髪形や身長は彼女に似てい
ないこともなかったけど、全くの別人だったんだ。
僕はぽかんとその人を見つめてた。そこにいるのが彼女じゃないってことが信
じられなかったんだ。
その人が、僕の方を振り向いてうっすらと微笑んだ。──そしてそのまま立ち
上がり、出口に歩いていってしまった。
それからしばらく、僕はその席に座り込んでいた。何が何だか分からなかった
んだ。隣の席に座ったのは彼女じゃなかった。辺りを見回しても彼女の姿はない。
──それがどういうことなのか、僕には分からなかったんだ。
やがて、ブザーが鳴り響いた。次の回の上映が始まる合図だ。
僕はわけの分からないまま席を立った。そしてぼんやりと出口に向かった。
頭の中は空っぽだったよ。狐に化かされたような気分っていうのは、ああいう
時のことをいうんだろうね。
僕は映画館のロビーを抜け、出口に向かって呆然と歩き続けた。そして出口に
さしかかった時、驚いてその場に立ち尽くした。
受付に、彼女が座っていたんだ。──映画館の制服に身を包み、口元に微笑を
たたえて。
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