サイキンのタケウチ


〔身辺雑記〕

3月6日(水)
 くろべーに、お嫁さんができるかもしれない。
 最近よく行くようになった炭火焼のお店で美味しい焼鮭のランチを食べた後、ご主人や奥さんと喋ってたら犬の話題になった。ご夫婦もボーダーコリーと暮らしてるんだそうで、一気に親近感が涌いた。――大きめの犬同士ってこともあるし、僕は前に『オアシス』って小説を書いて以来、ボーダーコリーって好きなのだ。
 ご夫妻の家のボーダーは、ナナちゃんって女の子で、先代のラブ&ボーダーMIXがロクって名前だったとこからついた名前なんだとか。じゃあナナちゃんとくろべーの間に子供ができたらハチベーですねって軽口をたたいてたら、生ませてみようかって話になった。冗談から駒というか嘘から出た竹内真というか、言った僕もびっくりな展開である。
 くろべーも5月になったら12歳、人間の年齢に換算したら80だとか、12年で十二支は一周するから犬の還暦だとか言われてるが、性欲に衰えは見られない。結構なじーさん犬で二世誕生となれば、こりゃもう『じーさん武勇伝』の世界である。まあ当人同士の相性もあるからどうなるか分からんけど、とりあえずハチベー誕生の可能性を楽しみにしようと思う。

 と、話題を自作に結び付けてみたのは、最近になって“オアシス・じーさん文体”と名付けた作風の小説が書けそうな気がしてきたからである。20代の頃に書いたこの2作品の文体、僕自身はかなり気に入ってて、自分のマスターピースは何かと聞かれると『オアシス』をあげるくらいだったんだけど、その後は特に書く機会がなかった。そもそも近代小説のあり方とは真逆のアプローチなので、小説を書き慣れるにつれてその文体とは離れていくってこともあり、僕の中ではちょっとした憧れのスタイルだったのだ。
 で、いろいろ勉強したり実験したりするうちに、かつての文体に戻して書く方法が見えてきた。かつては天然というか意図せずにそういう形になってたわけだけど、今度は意図的に描写が少なく展開の早い文章を書いてみようと思っている。小説らしくない小説になるだろうけど、そのスタイルの物語で面白いものが書けるって実感は『じーさん武勇伝』と『オアシス』で掴んでいる。ああいう作品をもう一度、思いっきり力を込めて書いてみようと思う。

 ……んがしかし。その前に確定申告が待っている。
 帳簿付けとか決算書作りとか、やらなきゃと思いつつ嫌だなーと思うのは毎年のことで、なんだか年を追うごとに逃避願望が強まっている。今日の午後も、領収書の束から目をそむけ、くろべーの散歩にかこつけてちょっと遠出。炭火焼屋さんで教わった、ホームセンター内にある犬用シャンプースペースを下見にいってみた。
 自宅のユニットバスでやるといろいろ面倒なくろべー洗い、専用スペースを格安料金で借りられるなら楽チンである。大型犬でも専用カートにのせれば店内に入れていいってことなんで、くろべーをカートに入れていざ店内散策。
 ドライブ好きのくろべーだからカートに乗るのも好きかなーと思いきや、安定感がなくて落ち着かないらしい。中腰の変な姿勢をとりながら店内を物珍しげに見回してるが、僕は他のお客さんの反応を見るのが面白かった。
 この店のこういうシステムに慣れてる人は平然としてるし、犬好きの人はにっこり笑いかけてくれたりするんだけど、「こういう場所でこういう形で犬と出くわすなんて思いもしなかった」って人も結構いて、びっくりしてたり立ち尽くしてまじまじと見言ってたり。――くろべーからすると、そういう人間たちはどういう風に思えるんだろうなあ?

3月18日(土)
 このところ、1日か2日おきに那須高原に通ってる気がする。
 えほんの家murmurで「いきものたちの、ものがたり展」という彫刻展が開催中なのだ。僕も物語や作詞で参加させてもらってるし、2月の準備期間や3月上旬のプレ展示期間はお手伝いスタッフとして働いてたんだけど、3月下旬に入ってからは単なるお客というかファンとして通ってる感覚になってきた。
 なにしろプロの彫刻家のはしもとみおさんや本多絵美子さんが大量の彫刻作品と共にやってきて木彫りワークショップを開いてくれてるのだ。僕みたいに我流でやってきた素人は教わりたいことだらけだし、絵本と彫刻に囲まれた空間にはいくらいても飽きない。犬連れ入館がOKなので、くろべー同伴で長いこと居すわってくつろがせてもらっている。

 本来のワークショップは土曜日の午後に3時間ほど開催されてて、普通の参加者は時間内に作品を完成させることになっている。しかし僕は個人的にいろいろ欲張ったせいで3時間だけではとても時間が足りず、片付けが始まっても彫り続ける居残り坊主状態。結局は荒彫り〜中彫りくらいまでしか進まなかった。
 それでも学ぶことって多かったし、先生たちの他の参加者の方へのアドバイスの一つ一つにも納得させられた。――木を彫るのって基本的には一人の作業だけど、その最中に抱いた迷いや疑問をその場で誰かにぶつけられて、ぱっと答えが返ってくるってことが気持ちいい。毎日毎日こんな風にすごせたら幸せだよなーと思ってしまったし、実際そんな風に過ごしつつある今日この頃。
 彫りかけの作品を持ち帰り、日曜にはラジオを聴きつつ自宅で形を整えることにした。日曜には好きな番組が多く、メロディアスライブラリーと日曜サンデーをフルで聴いたから4時間半は彫ってたことになる。知らない番組をなんとなく聞いてるのも好きなので、合計5〜6時間は彫ってようやくクスノキの木片がくろべーになった気がした。
 そして月曜の今日はいそいそとmurmurに向かい、個人的に仕上げを教わった。マンツーマンどころか先生2人に生徒1人って贅沢な状態で、本多さんに耳の処理を教わったと思えばはしもとさんに塗装を教わるって感じで、帰るまでにはどーにか黒犬くろべーが手のひらにのるようになっていた。

 夕方には、それを眺めながら音楽ライブ。今回の企画は彫刻や物語だけじゃなく、ポチとoliveって音楽ユニットも来てくれてて、音楽と彫刻のコラボも開催されるのだ。一応、公式スケジュールとしては土日の夕方に開催ってことになってたんだけど、突発的にライブ開催ってなることも多いようだし、今日からは1曲ワンコインでリクエストってシステムも導入された。長く居座ってるとそれを一通り体感できるわけで、これもなかなか贅沢である。
 彫刻に囲まれながらのライブってだけでも素敵だし、音楽ど同時申告で渡邊春菜さんによる即興の映像演出も楽しめる。僕の作詞した『流れ星のしっぽ』って曲も演奏された上、それを気に入ってリクエストしてくれる人もいて、ただそこに居合わせているだけで幸せな気持ちを味わえる贅沢な時間をすごすことができる。

3月31日(日)
 3月も末になり、越冬地を引き払って自宅山荘への引っ越し。朝から荷物をまとめたり掃除したり。――しかし僕は、片付けや掃除が大の苦手である。不動産屋さんには12時に鍵を返すと言ったのに、40分ほど押してしまった。
 ようやく一段落して車への積み込みを終えた後、マンション向かいのラーメン屋へ。入店した瞬間、何故か店員さんが目を丸くした。……ほんとに道路を挟んで真向かいなので、僕が引っ越し作業をしてる様が店内から見えてたんだとか。
 すっかり顔なじみになってるので、注文する前から裏メニューのギョーザやらチャーシューおにぎりやらをサービスで出してくれた。ありがたくいただきつつ、いい町だったなーとしみじみ。
 勘定してみると、冬が来るたびにいろんなところに住む暮らしを始めて6年になる。越冬地もいろいろあったけど、今回暮らした福島県白河市が一番肌になじんだような気がする。そりゃまあ、土地ごとにいいとこ悪いとこあるもんだけど、誰も知り合いがいない状態でふらっと居ついて、一番居心地がよかった気がするのだ。
 城下町の歴史の古さも今のいろんな取り組みもとても魅力的だったし、図書館は僕の大好きな場所となった。一緒に飲んだり遊びに行ったりする友人も結構できたし、美味しいお店もたくさん見つけた。機会があったらまた住みたいと思ってるし、仕事があるならいっそ定住地を構えたっていいんじゃないかと思ったりもする。僕がちっとでも金を使うことが復興支援につながるのかと思えば、多少の無駄遣いだってすべきことのような気もするし。

 とはいえ。山深く分け入った森の中にある我が山荘も好きなのである。
 到着時には霧が立ち込めてて50m先もろくに見えない様にまいったなーと思ったし、家に入ったらリビングの室温が3度で驚いたが、それでも気持ちいい場所なのだ。空気も澄んでるし、人里離れた森の中で稜線を眺めてるだけでリラックスした気持ちになれる。
 くろべーもそうなのか、車からおりるなり森の下生えの笹をぱくっと齧ってむしゃむしゃ食っている。越冬先や旅先では雑草はもちろん、笹を見つけたって食べやしないんだけど、自宅周りの笹だけはぱくぱく食べるのだ。なにか特別に美味しい品種だったりするのだろーか? 老犬の割に元気だとか毛艶がいいとか言われるのは、もしや散歩のたびの笹食や毎晩の晩酌(僕に付き合って缶や瓶に残ったのを舐める)のおかげだったりするのだろーか?

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